無表情だったり男の娘だったり、無口だったり嘘がわかったりする奴らの小説 作:しっけた乾パン
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では、最強系男の娘編 二話目です。
少しだけ、過去の話をするとしよう。
ある所に、見窄らしい少年がおりました。
あるとき少年は両親に捨てられました。
この少年にはお金がありませんでした。
この少年には居場所がありませんでした。
この少年に残されたのはその身一つだけだったのです。
けれども、少年にはそれだけで十分でした。
小汚い少年は路地裏へと追いやられます。
追いやられたその先で、少年は初めて拳を振るいました。
三人ほどの大男が一人の男を殴っていました。
気持ち悪い、気色悪いと暴言を吐き、暴力を振るう男達の姿を見た少年は、初めて殺意を覚えました。
そして、そのとき……
少年は自らの強さを知ったのです。
それは、圧勝でした。
それは、蹂躙でした。
それは、紛れもなく度の過ぎた暴力でした。
拳を振り、血に伏した男を足蹴にし、返り血を浴びて、少年は笑いました。
『ざまあみろ』と、心の底から笑いましたら。
ひとしきり笑ってから、少年は自らの頰に何かが伝っていることに気がつきました。
温かく、しょっぱいそれは涙です。
どうして泣いているのかが、少年には分かりませんでした。
泣きました。
笑った後、ひたすら少年は涙を流し続けました。
その涙は、ある瞬間に止まります。
時間感覚もわからなくなったころ、少年の身体を強く抱きしめた人がいました。
それは、先程少年が助けた男性でした。
男は涙をこぼし続ける少年を抱きしめて、その涙が止まるまで少年の背中を撫で続けました。
・
・
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「ただいま、マスター」
自宅として利用し始めてから、五年間は既に経過しているであろう元喫茶店のドアを開け、そう呟いた。
奏音の恩人が残し、託してくれたその場所は路地裏深くに存在しており、誰も寄り付くことのない安住の地であった。
返事を待つことはない。
そんなものが返ってこないことは、わかりきったことだ。
あの人が今どこにいるかはわからない。
消息不明と言っても過言ではないだろう。
奏音はなんとなく、あの人に自分が再び会うことはないのではないか、と確信めいた予感を覚えていた。
あの日、自分は生まれ変わった。
生きる意味を与えてもらえた。
生きる術を与えてもらえた。
それでいいじゃないか。
何も、それ以上を求む理由はない。
「さて、風呂を沸かして……飯は作り置きがあるからオッケー。軽く見回りをしてから、今日は休むか」
これからの予定をボソボソと呟きつつ、クローゼットへ目を向けた。
自分の身体にフィットする様々な系統の服が幾つも置いてある。
それらは全て、自分で作ったものだった。
「寝巻き、どこに置いたかな……?」
全てが女物である服の山へと手を伸ばし、奏音は苦笑する。
「やべぇ……スペースもうねえじゃん」
それは、繋がり。
自分と彼を紐づける恩義の証。
『あら、中々上手になったじゃないの。ナデナデしてあげる!』
『可愛くできたから! 一回だけ、一回だけ来て頂戴!』
『あら? その服、気に入ってくれたのね♪ 作りがいがあっていいわ〜!』
他人に合わせず、自己を貫く彼へと送る賞賛と敬意。
何より、彼が喜んでくれたことが奏音にとっても喜びであったから。
「新しいクローゼット、用意しないとな」
だからこれからも、黒柳奏音は服を作り、そして着続ける。
✳︎
「1、2、1、2……雫、指先まで意識して! みのりは動きが雑! そんなんじゃ、呆れられちゃうわよ!」
宮益坂女子学院、その屋上にて桃井愛莉の檄が飛ぶ。
不法侵入の常連である奏音は、彼女らのダンスの練習風景を胡座をかいて眺めていた。
「…………ッ! こうっ、かしら……!」
「うぅ……む、難しい」
「コラ、みのり! 泣き言、言わないの! 雫、良くなってるからそのまま最後まで!」
頰を紅潮させ、汗を滴らし、息を切らす美少女達……そう書き表すと、犯罪臭すげぇな。
大丈夫? 通報されたら捕まらない、俺? まあ、走って逃げ切れるからいいけど。
「クロ、水飲む?」
「ごめんなさい。通報はやめてください……って、水?」
「何考えてたの、今」
絶対零度の視線を向けてきたのは桐谷遥。
ジト目の彼女に苦笑いを返しつつ、手渡されたペットボトルの蓋を開ける。
「有り難く頂きます」
飲み口に口が触れないように天然水を喉へと流し込む。
自分が思っていた以上に、喉が乾いていたようで生き返るような至福感を覚えた。や、別に死んでたわけじゃないですよ?
「…………口、つけないんだ?」
「…………そこ、深堀する?」
「私は、別にどっちでも良かったけど」
「俺もそこまで意識はしねぇよ」
間接キスだのと騒ぐ年頃でもない……いや、中学生ってそういうことに敏感だったりすんのか?
「この前みのりに言ったら、顔真っ赤になっちゃってね」
「虐めてやんなよ……ファンだろ、一応」
「友達を弄るのに、理由が必要?」
「……その返答はズルいだろ」
「……ズルいって、何が?」
マジかよ、無自覚ですか。
意識したこっちが恥ずかしくなるパターンじゃねぇか。
サラッと自分を弄ってきた遥、そのことが彼女に友達認定されていることを示しているのに気がついた奏音の頰が少し緩む。
「何でもない」
「…………へえ?」
じっと奏音の顔を見つめる遥。
その視線から逃れるように顔を背ける奏音。
二人の間に奇妙な沈黙が出来上がること十数秒……沈黙は第三者によって破られる。
「そこっ! 思春期の男女みたいな雰囲気出してないで、練習するわよ!」
「……ッ!? う、うん……今、行くね」
「え、俺も?」
「当然でしょ?」
嘘やん……それと愛莉さん? 思春期の男女ってのは、ただの事実だと思います。
わん、つー わん、つー
トントンタンッと。
「意外と、簡単?」
「出たわね、化け物運動神経」
足捌きのテンポを掴み、振り付けをある程度覚えてから数分。
なんとなくコツ的なものがわかった気がした。
他の奴らの息が上がっているが、当然ながらこの程度でバテる奏音ではない。
愛莉が軽い嫌がらせに可愛らしい振り付けのあるダンスの完コピをさせてみるも、羞恥判定がバグっているらしい奏音は、あっさりと、そして割とノリノリでそのダンスを踊りきってしまう。
最後の〆となるポージング、クルッとターンして、右手を親指〜中指までをピンと伸ばした状態でオデコの位置へ持っていき、くるりと手首を裏返す。
左手は腰へと置き、上半身を少し倒して上目遣い気味にして完成。
左目のウインクはサービスである。
なんか、普通に可愛くてドキッとしたのが癪だった愛莉と遥だった。
純粋無邪気組の雫とみのりは、奏音の元へと寄って行き、その完成度を賞賛し始めるほどだ。
「…………というわけで、運動に関して言えば努力は必要ねぇし、やることもないので俺は寝ます」
「サボらずに、練習を見てもらえないかしら?」
「やだよ。めんどい」
即答である。
「……私もクロちゃんに練習を見てもらいたいわ」
「仕方ないなぁ!」
即答である。
「対応の差が露骨なのよ!」
「愛莉ちゃん、グーはダメだよッ!?」
「どうせ効かないんだから、いいでしょうが! 一発殴らせなさい!」
まあ、今回ばかりは愛梨のグーパンチも甘んじて受け入れておこう。
大した痛みでもないしな。
「冗談、冗談……愛莉も雫と同じぐらい魅力的だとは思ってるよ?」
「…………そ、そういうお世辞はいらないわよ」
真っ赤に頰を染めた愛莉が、チョロくて心配です。
決して嘘をついたわけではないのだが、ここまでわかりやすい反応をされると、こちらが気まずくなるのでやめて頂きたい。
「…………私は?」
「へ?」
「……やっぱり、何でもない」
……可愛いとこあるじゃないですか、遥さん。
✳︎
「愛莉、これで今日の練習は終了だろ? 汗でも拭いとけ」
「はぁ、はぁ…………うん、ありがとう」
時間はあっという間に過ぎていき、完全下校時刻は迫ってきている。
遥に愛莉は比較的余裕がありそうだが、雫とみのり……特にみのりの体力消費はかなり激しいだろう。
仰向けに大の字でねっ転がっているので、とてもわかりやすい。ヘソ出すな、アホ。
愛莉へとタオルを投げ渡してから、みのりの水筒を持って彼女の元へと近づいていく。
しゃがみ込み、目の前でぷらぷらと水筒を振ってみると自分の状況を理解したようで、みのりは勢いよく起き上がった。
「あいたっ!?」
「何してんの?」
当然、その頭をごつんと水筒へぶつけるわけであり、みのりはこちらに向かって抗議の視線を向けてくる。俺って今悪くないよね?
「……まったくはしたないわよ、みのり?」
「うぅ……恥ずかしい」
「可愛いおへそですな?」
「「訴えるわよ?」」
「雫様、コイツら止めてくれない?」
辛辣コンビに対抗するために、天然お嬢様へと顔を向けるとそこにあったのは
「…………おへそ」
自分の服を少しだけ上へと引っ張り、自分のへその形を真剣な顔で見ている彼女の姿。
「何してんの、お前?」
「何してんのよ、雫!?」
やっぱ、天然が一番怖いわ。
心からそう思った瞬間だった。
練習の時間は終わり、女性陣が着替えに行くと屋上には不法侵入者である奏音ただ一人が取り残された。
今見つかったら、割と普通に問題である。
「さてと、降りるか」
一言呟き、フードコートを羽織る。クソ暑いな、このやろう。
周囲を確認し、誰もいないことを確認した。
そしてポケットに手を突っ込むと、奏音はひょいと屋上の柵を飛び越えた。
落下する。
重力に従い加速。地面が近づいていく。
着地の寸前に校舎の壁面に取り付けられているパイプを掴み、ピタリと空中で体を静止させた。
音を発さないように意識して、地面へと降り立つ。
「……跡は、ついてないよな?」
パイプに凹みができていないことを確認してから、人に見つからないよう気をつけて校外へと向かう。
幸い、小さな林と言えるほど緑の豊かさを持つこの高校には人の目の届きにくい場所が多く存在する。
木々の間を縫うように疾走し、その勢いのまま学内を囲む塀を飛び越えたところで、ようやく奏音は一息つくことができた。
「……校門は、向こうか?」
まずはアイツらと合流しないとな、なんてら呟きながら奏音は校門へ向かう。
ゆっくり歩いていくと、丁度ピッタリ待ち人達が校舎から出てきたところであった。
「お待たせ」
「いや、そうでもない。忘れ物はないな?」
「大丈夫よ」
「大丈夫だよ!」
「主に心配なのは、お前らなんですがねぇ……」
声をかけてきた遥に頭を振り返答する。
雫とみのりは本当に忘れ物をしていないのだろうか……不安だ。
「それじゃ、帰りましょ?」
「そうだな…………誰の家から行く?」
どうせ、今日も同じことになるんだろうな……と若干死んだ目で四人を見る奏音。
その視線の先に
「「「「私は最後でいいよ(わよ)」」」」
「……毎日やってて、飽きないのか? その譲り合い」
どこか恐怖を覚えるような笑顔——目が笑っていないそれを浮かべる四人の姿があった。
あら、やだ。この子達、怖い。
結局公正なるジャンケンの結果、雫→愛莉→みのり→遥の順に家へと送ることになった。
なぜ、彼女たちが真剣にジャンケンをしているのか察することのできない奏音からすれば、ここまで無駄だと思う時間はないだろう。
何はともあれ、これで漸く奏音の請け負った
✳︎
「……今日も一日お疲れ様、クロ」
「こっちのセリフだ。遥はブランク的なもんはないのか? いや、案外引退からそこまで期間は空いてねぇのか……」
「そうだね……それに、ある程度のトレーニングは習慣として続けてきたから」
雫、愛莉、みのりの三人を順番に、無事家へと送り届けた奏音は、最後の一人を迅速に家へと届けるべく、全力で疾走していた。
そう、
遥をお姫さま抱っこした状態で、都市内に数多に存在する飾り気のないコンクリートの巨塔を足場に、弾丸のような速度で跳躍していくその様は、さながら何処ぞの赤き蜘蛛男の如く。
この下校方法、持ち方の人数的な都合で最後に残った一人だけが堪能できるスペシャルコースとなっていた。
「随分と真面目さんだな」
「…………クロがそんなこと言っちゃうの?」
「あ?」
「わざわざ、私たちが危なくないように家まで送り届けてくれるクロが、真面目じゃないわけないでしょ?」
「…………それが、仕事だ」
「給料は無しだから、ボランティアだね」
友達などいなかった奏音がアイドルを目指す彼女らに協力することになったきっかけはたった一つ。
方向音痴の日野森雫が、趣味である散歩の途中に路地裏へ迷い込み襲われかけた。
妹が妹なら、姉も姉である。
や、順序的には逆なんですがね?
最初の接点はただそれだけだった。
そこから愛理に出会い、みのりに出会い、そして遥に出会った。
後にツンツン時代と称される警戒心大の奏音を絆し、築いていた心の壁をぶち壊したのはこの四人だった。
幾つもの偶然が重なって、幾つもの奇跡が重なって、奏音は彼女らアイドルグループ『MORE MORE JUMP!』のマネージャーとなったのである。
その、結成秘話はいつか機会があれば語るとして……
「……ペース上げるわ。あと三分で届けてやるよ、お嬢様」
「見た目が可愛いから、保護欲の方が勝っちゃうんだよね?」
「うっせぇ、黙れ」
「声も可愛いし、本気でアイドル目指さない?」
「断固拒否する」
「ふふっ、残念」
本日も、東京の夜を黒が舞う。
『ボディーガード』兼『マネージャー』
それが、今の黒柳奏音の役職であり
そこが、いつかの少年が手にした彼だけの居場所であった。