「…………は?」
突然視界がずれ、頭が床にぶつかった。首を斬られた。そう気づくのに遅れたのは、斬られた時に痛みを全く感じなかったからだ。こんな芸当ができそうなやつを、私は一人しか知らない。
「……義正」
「……その状態で……何故、死んでいないのですか……」
私の首を切った張本人、義正はそう呟いた。こいつの言葉通り、私は生きていた。切られた首の断面からはとめどなく血が流れ、平衡感覚を失った胴体は、倒れ伏して血だまりを形成している。しかし、脳の活動は停止するそぶりを見せず、切り離された胴体も動かそうと思ったら動かせると本能的に理解できた。
明らかに異常だった。だが、このような異常な状況が、かえって私を冷静にさせた。そうなると、考えないようにしていたことにも、目を向けざるを得なくなる。
「義正よ、何故私の首を斬った?」
先ほどのこいつの呟きから察するに、私が生きているのはこいつにとっても想定外のことなのだ。首を切られて尚、生きている理由は分からないが、確実に判ることは、こいつが私を殺すつもりで刀を振ったことだ。
「……あなたが良くない方向に進んでいたからです」
「どういう意味だ」
あまりに抽象的な言葉だったので、真意を尋ねる。
「あなたは人を殺めたでしょう?それも自衛のためではなく、自らの快楽のために。そんな行動を続けていれば多くの人間に恨まれ、最期はすべてを奪われる。私はあなたに、そのような事態に陥ってほしくないのです」
私が人を斬ったことは、血に濡れた刀を見ればわかるかもしれないが、自衛でないと言い切れるのはなぜだろうか。気にはなったが、そこは本題ではない。
こいつの言っていることの意味が分からないわけではなかった。しかし、とても納得のできる内容ではない。いうなればこいつは、私にすべてを失わせないために、私の命を奪おうとしたのだ。
「……私のものを奪わせないために、私を殺すなど矛盾している。いつか来るかもしれない破滅を逃れるために今死ぬなど、本末転倒だ」
「……確かにそうかもしれません。私の行動はただの独善だ。……ですが、命よりも大切なものは存在するのです。今はそれに気づかずとも、いずれあなたにも分かるはずです」
その後義正は、行き過ぎた行動だったと謝罪し、不意打ちで私を殺すようなことはもうしないと誓った。
命より大事なものなど想像もできないが、こいつなりの考えがあって私を切ったというなら、これ以上糾弾する気はない。結果論だが私は生きているのだから。
さて、いい加減頭だけで話すのも疲れた。さっきまで首から下だった部分を遠隔で動かし、頭を拾わせる。そのまま切断面を合わせると、瞬く間にくっついた。普段は冷静な義正だが、この時ばかりはあんぐりと口を開け、驚いていた。……顔には出さないようにしたが、できたことに私も驚いた。
「今更かもしれませんが……なぜそのように愉快な体に?」
「知るか。こっちが聞きたい」
心当たりは全くと言っていいほど…………ないこともない。最後に飲んだ医師の薬だ。相当珍しい原料を使って調合した、と言っていた気がする。今までの薬は全くと言っていいほど効き目がなかったが、今回は当たりだったとでもいうのだろうか。医師が死んでから効き目が出るとは、頃合いが良いのか悪いのか。感情のままに医師を殺したのは失敗だったか。
まあいい、もう過ぎたことだ。今考えなければならないことは、殺してしまった医師や使用人どもの処理だ。どこかに埋めて証拠隠滅を図っても、血の跡まで消すのは不可能。痕跡は残るし、そもそも埋める場所が思いつかない。かといって、私の部屋に死体を放置するという選択肢は取れない。さて、どうするべきか。いい案が浮かばず、義正にも意見を求めれば、死体は放置して私が屋敷から出ていきましょう、などと抜かした。
「待て。なぜそのような考えになった」
「私を犯人にしてしまえば、あなたの立場を守れますので」
義正の考えはこうだ。いかに病人であったとはいえ、部屋で死体が見つかれば、真っ先に疑われるのは私。そこで、死人が出てすぐ義正が姿を消し、私が義正に罪を被せれば、疑いの目は完全に義正に向く。もともとこの家での義正の心証は良くないらしいので、成功する可能性は高いはずだ。
だが、そんな計画を承認するつもりはない。むしろ、
「それを実行するなら私も連れていけ」
「いや……しかし、」
「お前だけ出ていったら、お前に会う機会が一生損なわれるだろう。私はまだお前から剣術を教わっていない」
首を一度や二度斬られた程度で、こいつとの関係を終わらせるつもりはない。せっかく病気が治り、首を斬られても死なない体を手にしたというのに、この家で無為に時間を浪費する事態は避けたい。
義正はかなり悩んでいる様子だったが、やがて根負けして、私もついていってよいことになった。もし拒否された場合は、持てる力を総動員して探し出すつもりだったので、余計な手間が省けてよかった。
「義正よ。行先は決まっているのか?」
「ええ、人里離れた山奥に、私の知り合いが住んでいます。全速力で向かえば、数日で着きます。取り敢えず、そこを目指そうかと」
無計画でないようで安心した。義正の知人がどんな人物か気になるが、悠長に話をする暇はない。死体が見つかって騒ぎになる前に、さっさと屋敷を出ることにした。
堂々と門から出ることは避け、築地を乗り超えて屋敷を出ようという話でまとまった。最低限荷物をまとめ、庭に出ることにしたのだが、陽光が地面を照らしている様子を見て、何故か震えが止まらなくなった。あそこには出るなと、本能が警鐘を鳴らした。
どうしましたか、と義正に言われ、震える声で何でもないと返した。恐怖心を押し殺し、意を決して足を一歩踏み出す。瞬間、ジュッと日に当たった部分が燃え、すぐに日陰に退避した。今まで感じたことのない痛みに、声にならない叫びをあげる。「大丈夫ですか!?」という義正の言葉に、返事を返すもなかった。
どうやら私は、太陽の光に当たることができなくなったらしい。