バトルジャンキー無惨様!   作:楠木に住まう天使

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第四話

 少し陽光に当たっただけでも、それを浴び続ければ命にかかわることが理解できた。病気が治っただけでなく、不死性まで手に入れたことで、少し気分が高まっていたのだが、あまりにも厳しいその代償に、冷や水を浴びせられた気分だ。

 

昼間の行動が制限されるだけではない。日中は締め切った部屋に引きこもり、夜中であってもいつ日が昇るかと怯えながら送る生活など考えたくもない。……今不安になっても仕方がない。気を取り直して、脱出計画の修正を図る。

 

今すぐにでも屋敷を出ていきたいのだが、自由に太陽の下に出られぬ以上、日が沈むまで屋敷で待つしかない。しかし私たちが屋敷にいる間に死体が見つかれば、騒ぎになることは明白。最悪の場合、外に出られなくなるかもしれない。

 

そこで、日が沈むまで死体とともに部屋に立てこもり、義正に部屋に誰も近づけないように見張ってもらうことにした。死体と一緒の部屋で気分が悪くならないかと心配されたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

 

早速人払いをしてくるといった義正と一旦別れて部屋に向かう。刀の鞘尻が床に擦らないように注意しながら移動しつつ、今の異常な状況について思考を巡らせる。首を斬られても死なない。にもかかわらず、陽光を浴びただけで消滅する。ちぐはぐな身体のようで、ある意味でつり合いが取れている。

 

明らかに人知を超えたこの変化は、医師の処方した薬でもたらされたと考えるべきだろうか。最後に飲んだ薬でこうなったのか、今まで飲んできた薬の効果が今になって出てきたのか、それとも別の要因か。あの医師は普段から、薬以外にも、人体に関する書物や、調合に必要な器具などを持ち歩いていた。もしこの体の変化が、薬によるものだとしたら、奴の荷物を漁れば何か重要なことが分かるかもしれない。

 

 

 

 

 

 それは唐突に起こった。思考を続けながら歩いているとき、何やら芳醇な香りが漂ってきた。歩みを進めるごとにどんどんと匂いが強くなっていき、気づけば涎があふれ、空腹が襲ってくる。異常な生命力と弱点の太陽に加えて、これも薬の影響によるものだろうか。思えば太陽の光に焼かれた直後から、義正に対しても同じような感覚を抱いていた気がするが、せいぜい無視できるほどでしかなかった。だが部屋が目と鼻の先にまで近づいたとき、自分ではどうしようもないほどに、飢えとも称されるそれが大きくなっていた。

 

分かってはいたことだが、部屋の戸の前には私が殺した二人の使用人の死体が残っていた。片方は苦悶の表情を浮かべ、もう片方は首から上がないので、表情をうかがい知ることができない。床に広がっていた血は固まっていたが、切り口からはいまだにドロドロとした血が流れだしている。

 

その傷口から目を離せない。不意に、数年前の冬に体調が悪化し吐血したことを思い出した。あの時の鉄臭さと酸味が混ざったような味は弐度とごめんだと思っていたのに、今はそれが恋しくてたまらない。

 

我慢しようという気すら起きなかった。衝動のままに死体の傷口にかぶりつくと、格別の味が口腔に広がる。一度その味を知ってしまえば、ますます歯止めが利かなくなり、一心不乱に食い続けた。

 

気付いた時には、部屋にあった死体は()()とも腹の中に納まっていた。

 

「この体質は……面倒だな」

 

陽光で消滅するだけでも腸が煮えくり返る思いなのに、人の血を目にした時に理性が吹き飛ぶのは明らかにまずい。万一理性を失った状態で、義正に襲い掛かってしまえば、返り討ちに会うだけでなく、文字通り白日の下にさらされるかもしれない。人間を食べたことに関する忌避感はないが、義正の目にどう映るか。

 

これらの弱点を克服する必要性を強く感じ、何かないかと医師の荷物を漁る。薬の原料をすりつぶす道具や、外国の書物などが見つかる中、ある紙の束に目が留まった。専門用語が多く、読み解くことは難しいが、何について書かれているかはわかる。そこには様々な薬について記されており、その特徴は私が今まで飲んできた薬と合致する。最期の頁に書いてある薬は、まさしく私が今日飲んだものだ。

 

「……青い彼岸花?」

 

少し目立つように、青い彼岸花と記されている。あの医師が言っていた珍しい原料とはこれのことだろう。確かに聞いたことのないものだが、これ程までに人の体を変質させる効果があるのかは疑問だ。しかし、現状はこれしか心当たりがないので、血で汚れないように丁重に懐にしまった。

 

ふと外を見ると、庭が茜色に染まっている。食事に夢中になっている間にかなりの時間がたっていた。そろそろこの家に別れを告げる時間だ。名残惜しさなど欠片もないが。

 

……それはそうと、服が血で汚れてしまったのはいただけない。屋敷を出る前にいくつか服を拝借しておこう。

 

 

 

 

 

完全に日が沈んだので、義正と合流して脱出を図る。合流した際、使用人と医師を食ったこと、継続的に人を食わねばならぬかもしれぬことを打ち明けた。こいつは悩んだそぶりを見せたのち、生きるために必要ならばと、食人を了承した。私の首を斬ったこいつならばもっと反発すると思っていたが、何か心境の変化でもあったのだろう。

 

血まみれの服を着替え、一番近くの築地を目指す。義正は誰かが近くにいれば気配で分かるそうなので、使用人に見つかる心配もない。庭の砂利を踏みしめ、春を彩る草花の熱烈な歓迎を受ける。ふと目に入った桜は、前まで蕾しかつけていなかったのに、今や満開になっている。

 

そうして一つの季節を閉じ込めたかのような庭を歩く中、義正から、名前を変えないかと提案があった。逃げるときの痕跡を残さないために必要なのだそうだ。もちろんそれだけでは不十分だが、最低限やっておいたほうがいい。

 

今の名前を捨てることに未練はないどころか、この家にいた証などさっさと捨ててしまいたいくらいだ。今すぐには決めなくてよいということなので、新しい名前については追々考えよう。

 

それより今はどんどんと近づいてくる、高さが十尺はあろうかという築地が問題だ。どうやって乗り越えようかと悩んでいたところ、失礼しますという義正の言葉とともに、膝裏と腰に手を回されて抱きかかえられた。

 

何をする、と言葉に出す前に、義正は少しの助走で築地を飛び越えた。着地の際にも衝撃は一切伝わってこなかった。……こいつが人間かどうか疑わしくなった。

 

「では急いで向かいましょうか」

 

奴は私を抱きかかえたまま、とんでもない速度で移動しだす。あまりの速さに、周辺の木々が残像を残しているように見える。この体になって動体視力も上がったのだが、そんなもの関係ないと言わんばかりだ。

 

「自分で歩けるからさっさと降ろせ!」

 

「このほうが速いですよ。夜明けまでについたほうが良いでしょう?」

 

夜明けという言葉を聞いて、太陽に焼かれたことを思い出してしまった。仕方がなく抱かれたまま移動しつつ、思考を逸らすように新しく名乗る名前について考える。出来るだけ元の家を連想されない名前で何かないかと悩んだ末、一つの名を口にする。

 

 

「……鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)。私はこれから鬼舞辻無惨と名乗る」

 

「それは……独創的な名前ですね……」

 

微妙に言葉を濁す義正に青筋を立てつつ、突如舞い立った、手に入らなかったはずの未来に思いを馳せる。いろいろと不便の多い身体だが、前よりは幾分かましだろう。今はまだ学ぶ段階だが、すぐにでも義正の実力を追い抜いて見せよう。月はまだ、昇り始めたばかりだ。

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