放課後の空いた教室、ビッチ先生は一人空き教室で佇む。殺せんせーの暗殺が上手くいかず、内心かなり焦っている。しかし、中々暗殺のためのアイデアが浮かばない。ビッチ先生が思索にふけっていると、突如首にワイヤーがかかり、気付いた時にはそのまま吊るされていた。
(……ワイヤートラップ⁉なんで学校に⁉誰⁉どうして私を……‼)
「驚いたよイリーナ、教師をやっているお前を見て。子供相手に楽しく授業、生徒達と親しげな帰りの挨拶。まるで、コメディアンのコントを見てるようだった」
「……‼
師匠と呼ばれたこの男、【殺し屋屋】ロヴロ。ビッチ先生を日本に斡旋した張本人だ。腕ききの暗殺者として知られていたが、現在は引退している。後進の暗殺者を育てるかたわら、その斡旋で財を成している。彼女が吊るされてから少ししてそこに烏間先生が駆け付け、ビッチ先生はそのままワイヤーから降ろされた。
ロヴロは暗殺が上手くいってないビッチ先生に撤収を命じるためにE組に来たのだ。それを拒否しようとした彼女だがロヴロの意志は固い。そこで殺せんせーの提案により、明日一日のうちに烏間先生に対先生ナイフをビッチ先生が当てられればE組に残り続けられることになった。ただし模擬暗殺にはロヴロも参加することとし、先に彼が烏間先生にナイフを当てられれば、彼女はE組を去ることになる。
次の日烏間先生が体育の授業をしている時、ビッチ先生とロヴロは彼に狙いをつける。生徒達は何事かと思ったが、烏間先生はそのまま授業を進める。そして授業が終わり、
「……というわけだ。迷惑な話だが、君等の授業に影響は与えない。普段通り過ごしてくれ」
烏間先生は生徒達に事情を話した。
「……それではもし成功しなければ、ビッチ先生がここからいなくなってしまうという事ではないのか?」
「そういう事になるな……」
話を聞いたガッシュは顔を青くする。彼は座学を受けておらず、それほどビッチ先生と絡みは無い。しかしクラスの先生が去ってしまうのはガッシュにとっても寂しい事だ。
「ヌオオオオォ!どうすれば良いのだァ!」
「どうすれば良いって言われてもなぁ……」
「ビッチ先生が成功させることを祈るしかなくね?」
ガッシュは慌てていたが、生徒達にはどうすることも出来ない。その後もビッチ先生は烏間先生に色仕掛けを試みてみるが、全てかわされる。そして午前中の授業は終わり、刻一刻と制限時間は迫る。
「清麿ォ、このままではビッチ先生が……」
「ああ、かなりマズイな……とはいえ、俺達にはどうすることも出来ん」
ガッシュペアが廊下でビッチ先生の心配をしながら歩いていると、ロヴロと鉢合わせた。明らかに堅気ではない彼の気迫を2人は感じ取る。
「そう固くならなくて良い。さて、君達はイリーナにここにいて欲しいと思うかい?」
「ウヌ、当然なのだ!」
「そうですね。ディープキスと下ネタは勘弁だが、あの先生の授業は為になります」
「ホウ、為になるとは?」
ロヴロはビッチ先生の教師としての生活をあまり良く思っていない。それにもかかわらず2人は彼女を教師として必要としている。そんな彼等の発言に対してロヴロは訝しげに尋ねる。
「あの先生の授業はかなり実践的です。発音の仕方から細かい英文の言い回しまで、先生の海外生活の経験が生かされているから、身になりやすい。色んな国を渡り歩いたからこその授業で、他の先生ではこうはいかない」
「……なるほど、イリーナの経験がこんな所で生かされているとは。暗殺の方はからっきしなのに」
現地の言葉を知っていれば、当然その国の人達と仲良くなりやすい。ビッチ先生は言語をも利用してこれまで暗殺を成功させて来た。ロヴロは何かに納得したように頷く。
「そんな君達に朗報だ。この模擬暗殺から俺は手を引く。後はイリーナが奴にナイフを当てられるかどうかだ。だがまあ、無理だろうがな」
「ウヌ、烏間先生は手強いからのう……」
「確かに、ロヴロさんが引いたところでナイフを当てられなければ意味がない」
ロヴロは朗報と言ったが、実際に状況はそこまで良くない。このまま続けても成功する確率は低い。
「ところで、何か君達からは底知れぬ力を感じるな。只者ではなさそうだ」
(この者、私達の力に気付いておるな。油断出来ん……)
「(明らかに俺達を見透かしている目……)さあ、どうでしょうかね?」
ロヴロの発言にガッシュペアは警戒を強めた。彼もまた、かつて殺し屋としていくつもの死線を乗り越えてきた猛者だ。同じく死線を乗り越えてきたガッシュペアに対して普通ではない覇気を感じ取る。
「警戒しなくても良い。別に君達の力を公にさらそうというつもりはない。ただ、君達は存在感が強すぎる。これは戦闘ではともかく、君達2人の暗殺では大きなマイナスになる。少し考えた方が良いかもしれんよ……」
「何と、存在感とな……」
「忠告ありがとうございます。しかし、存在感を消すことなんてどうすれば……」
ロヴロは忠告してくれたが、存在感を消す方法など一朝一夕に身に付くものではない。ガッシュペアはどうしたものかと考える。
「それに関しては、自分達で考えてみたまえ。さあ、君達も自分の教室に戻ると良い」
ロヴロは答えを教えてくれなかった。この問いもまた、ガッシュペアが強くなる為の試練なのだろう。そして彼はそのまま去っていった。
ガッシュペアはロヴロの言葉について考えながら教室に戻る。
「あ、高嶺君とガッシュ君。一緒にお昼ご飯食べようよ!2人ともどこ行ってたの?」
「ちょっとロヴロさんと話してたんだ」
「ロヴロ殿は、模擬暗殺から手を引くと言っておったぞ」
まだ昼食が済んでいない渚がガッシュペアを誘ってくれる。ちょうど今は昼時だ。クラスでもいくつかグループに分かれて仲間内で食事を楽しんでいる。
「へえ、じゃあ後はビッチ先生がナイフ当てるだけだね」
「だけだねって、そんな簡単でもないだろうに……」
「まあね。お、見てみあそこ」
カルマは軽い口調でそう言うが、決して簡単な事では無い。そんな彼は外で昼食を取る烏間先生を指差した。そして烏間先生にビッチ先生が接近する。模擬暗殺の再開だ。
結論から言うとビッチ先生は模擬暗殺に成功し、E組に残留することが出来た。ビッチ先生の色仕掛けとワイヤートラップの見事な複合技術によって烏間先生を追い込むことが出来たが、あと一歩及ばなかった。しかし烏間先生の根負けによりナイフを当てることが出来た。そんな光景を生徒達のみならず、殺せんせーとロヴロも見ていた。
「苦手なものでも一途に挑んで克服していく彼女の姿。生徒達がそれを見て挑戦を学べば、一人ひとりの暗殺者としてのレベルの向上につながります。だから、私を殺すならば彼女は教室に必要なのです」
ビッチ先生は色々な国を渡り歩く為に、多くの外国語を習得した。それは挑戦と克服の繰り返しとも言える。そしてE組に来てからも、殺せんせーの暗殺のために必要な技術を自分で考え、挑戦と克服をしていた。今日のワイヤートラップはその成果の一つだった。殺せんせーの発言をロヴロは黙って聞いた後、ビッチ先生のもとへ向かう。
「師匠……」
「出来の悪い弟子だ。先生でもやってた方がまだマシだ。必ず殺れよ、イリーナ」
「……‼もちろんです、師匠‼」
ロヴロがビッチ先生を、暗殺者だけでなくE組の教師としても認めた瞬間だ。先生の残留は確定した。その事で生徒達は歓喜の声を上げる。そうして昼休みの時間も終わり、殺せんせーと生徒達は授業の準備に入る。一方でロヴロは今日一日E組の授業を見学することになった。
授業が始まったので、ガッシュは裏山で特訓を開始する。特訓の内容はデュフォーに教わった身体能力向上のトレーニング及びマントを使いこなすための訓練、そして烏間先生に教わったナイフ術だ。この時間、ガッシュはナイフ術の訓練を行う。そんな時、授業を見学していたはずのロヴロが現れた。
「ガッシュと言ったか、君は授業を受けていないのだな……」
「ウヌ、私は体育の授業だけ受けることになっておる。それ以外の時間はこうやって特訓をしておるのだ!」
ガッシュが座学の授業を受けていない事に関しても、ロヴロは特に疑問にも思わない。
「そうか……しかし、魔物がナイフ術を学ぶのも変な話だとは思うがな」
「私が魔物だと知っておるのか⁉」
「イリーナ達から聞いたよ。君達の底知れぬ力の正体が分かって良かった」
ガッシュの事に特に驚かなかったのは、ビッチ先生達からガッシュの事情を聞いていた為だった。
「清麿が心の力を切らした場合でも、ナイフがあれば殺せんせーに攻撃できるのだ!だからナイフの使い方も上手くならなくてはならぬ!」
ガッシュが烏間先生に教わったようにナイフ術の訓練を続けると、ロヴロが対先生ナイフを取り出す。
「烏間に借りたんだ。少し、ナイフ術について教えよう」
「ウヌ、良いのか?」
「ああ、ひとまずそこで立っていたまえ」
ロヴロがナイフを構えた。そしてガッシュにナイフを当てようとしたが、ガッシュは難なくかわした
かに思えた。しかし、ガッシュはナイフを避ける際にバランスを崩してしまい、そのままロヴロのナイフを当てられていた。
「ウヌ、これは……」
「フェイントだよ。そして素早くそれを行えば、攻撃をよけようとした相手のバランスを崩すことすら可能だ。烏間ならもっと上手くやるだろうがな」
現役を引退したとは言え、ロヴロは一流の殺し屋として名前を馳せた男だ。ナイフ術を始めとした武器の扱いには長けている。よってこのような離れ業も難なくやってのける。
「闇雲に力を振り回すだけではナイフは当たらない。攻撃を当てるための過程が大事だ」
「わかったのだ!」
そうしてロヴロはガッシュにナイフ術を指導する。しかし1時間程して、ロヴロは手を止めた。
「どうしたのだ、ロヴロ殿?」
「少し休憩にしようか」
「分かったのだ!」
小一時間もナイフ術の訓練をしていたのだ。いくらロヴロとは言え、疲労感は隠せない。彼等はその場にしゃがみ込む。
「さて少年。私はある事を危惧している」
「……それは何なのだ?」
ロヴロには1つだけ気がかりな事がある様だ。彼は話を続ける。
「イリーナは生徒達と触れ合う事で、優しくなりすぎたかもしれんな」
「ウヌ、ビッチ先生は優しい先生だからの。それは、良くないことであるのか?」
「そうだな……」
ロヴロはこれまで、ビッチ先生を一流の暗殺者として育て上げた。しかし彼女は今やE組の英語教師としての一面が強く出ている。その事で土壇場で殺意が鈍る可能性をロヴロは危惧する。
「しかし、ビッチ先生は見事にナイフを烏間先生に当てたではないか!だから大丈夫だと思っていたが……」
「いや、あれは烏間の温情故だろう。あのトラップは見事だったが、結局見切られていたからな」
結果としてビッチ先生は烏間先生にナイフを当てることが出来たが、本番の暗殺の場合はあの場面で彼女が返り討ちに合うだろう。ロヴロはそれを理解していたが、E組の環境を見た上でビッチ先生の残留の判断を下した。
「イリーナは今、暗殺者としての自分とE組の英語教師としての自分と言う異なる立場の間で揺らいでいる状態に見えた。そこに付け込む輩がいなければ良いが……」
「……ウヌ?」
ビッチ先生はE組に来る前は何人もの要人を殺してきた非日常の生活を送ってきた。しかしE組に来てからは、人殺しとは無縁の生徒達との交流を深めている。そんなギャップを感じて先生は戸惑っているとロヴロは考える。そして、それがビッチ先生の弱みになり得る事も。しかし、ガッシュはそれを理解出来ていない様子だ。
「分かり辛い話をして済まなかった。とにかく、イリーナは精神的にかなり脆い一面がある。その克服は俺には出来なかった。だが、君達生徒なら出来るかもしれんな。頼りない教師だが、生徒達で支えてやってはくれないか?」
「もちろんなのだ!ロヴロ殿は、よくビッチ先生を見ているようだの!」
「まあ、師匠だからな」
ロヴロは表には出さないが、かなりビッチ先生の事を見てくれている。そして、生徒達ならビッチ先生を支えてくれる事を確信していた。それは自分には果たし切れなかった事だから。2人が話していると、下校時刻が過ぎていた。
「そろそろ帰るか。ではまたな、ガッシュ」
「ウヌ、またなのだ!」
ロヴロが山を下りていくのを見て、ガッシュは教室へ向かう。
そして教室では清麿が渚達と話していたが、ガッシュが入ってくる。
「清麿達、そろそろ帰ろうぞ」
「そうだな、帰ろうか」
ガッシュと合流した清麿達は帰り支度を始める。今日の帰りの話題はガッシュがロヴロにナイフ術を教わった事だ。彼はロヴロにナイフを当てられた事を話すと、渚と茅野はそれに驚く。
「ロヴロさんて、すごいんだね……」
「魔物であるガッシュ君にナイフを当てちゃうなんて……」
「ウヌ、ロヴロ殿のナイフ術は強力だったのだ!」
ロヴロの話題は中々尽きない。そして彼の話をしているうちに、渚と茅野との別れ道まで来た。2人と別れたガッシュペアは、ロヴロに言われた“存在感”についての言葉を思い出す。
「ガッシュ、俺は存在感の件はこういう事だと思うんだが……」
清麿は自分の仮説をガッシュに話す。
「ウヌ、そういう事であったか……」
「合ってるかはわからんがな。でもこれなら、より暗殺に役立てるかもしれん!」
「よし、もっと特訓をするのだ!」
ロヴロとの邂逅を経て、彼等には新たな課題が出現した。その克服を行う為にもガッシュペアはこれまで以上に特訓に励むよう意気込む。
読んでいただき、ありがとうございました。ロヴロのフェイントは、バスケのアンクルブレイクを参考にしました。