放課後、殺せんせーの暗殺が開始される。その光景は暗殺というよりも、決闘に近いかもしれない。教室の机を周りに並べてリングに見立て、リング内にてイトナが殺せんせーの暗殺を行う。そしてリングの外に出たら負け、そのまま死刑。シロが決めたルールだが、殺せんせーがこれを破ってしまうと先生としての信用が落ちてしまう。先生はルールに従うしかない。
「……いいでしょう、受けましょう。ただしイトナ君、観客に危害を与えた場合も負けですよ」
殺せんせーの提案に、イトナは黙って頷く。そしてE組一同とシロがリングの外で待機していると、ガッシュペアが口を開いた。
「殺せんせー。上手く言えないんだが……」
「あの者達からは良くないものを感じるのだ!」
これまで死線を乗り越えてきた彼等には、シロから漂う異様な雰囲気を感じ取る事が出来ており、嫌な予感がしていた。
「ひどい言われようだね~、君達。私はただの保護者だというのに、そう睨まないでくれたまえよ」
シロは柔らかな物腰で、彼等の警戒を解こうとする。しかし表面上どんなに穏やかでいても、内面まで感情を隠しきるのは容易ではない。彼等が警戒を解くことは無い。そんなやり取りを他の生徒達は黙って見ている。
「まあいいや。では、合図で始めようか。暗殺……開始‼」
シロの合図と同時に、殺せんせーの触手が一本切り落とされる。E組一同は驚愕するが、理由は別の所にある。何とイトナの髪から触手が生えていたのだ。
「ど、どういうことなのだ⁉」
「何であいつまで触手を持ってやがる⁉おい、これはどういう事なんだ⁈」
「君達~、あんまり私を邪険にしないでくれよ。これも世界をあのバケモノから守るためなんだからさぁ」
ガッシュペアはシロを睨みつけるが、シロは飄々とした態度を崩さない。しかし、彼の目には明確な負の感情が見られた。シロの軽い言動とは裏腹に、殺せんせーに対する侮蔑や怨念と言った感情を持ち合わせている様だ。
(そりゃ雨の中手ぶらでも濡れないわ。全部触手で弾けんだもん)
髪から触手を生やしているイトナを見て、普段は不敵な態度をしているカルマでさえ冷や汗をかく。他の生徒達もまた、困惑、恐怖といった感情に飲まれかかっていた。
「……どこで手に入れたッ‼その触手を‼」
殺せんせーは触手を見て、顔を真っ黒にして激怒する。殺せんせーがこの感情を見せた事は何度かあったが、これほどまでの激怒は初めてだ。
「君に言う義理は無いね、殺せんせー。だがこれで納得したろう?この子と君は兄弟だ。しかし怖い顔をするねぇ、何か……嫌なことでも思い出したかい?」
激怒した殺せんせーを見てもなお、シロは平気で先生を煽る。そしてシロの口ぶりは、まるで殺せんせーについて心当たりがあるようにも見えた。
「おいアンタ!その言い方、殺せんせーについて何か知ってるんじゃないのか⁉」
「どうだろうね、答える必要もないし。だって……殺せんせーはここで死ぬからね」
清麿はシロを睨みつけて問い詰めるが、シロは意に介さない。そして突如シロの裾から光線が放たれ、殺せんせーの動きが封じられる。
「この圧力光線を至近距離で照射すると、君の細胞はダイラント挙動を起こして一瞬全身が硬直する。全部知ってるんだよ、君の弱点はさ」
「死ね、兄さん」
シロが得意げに光線の機能を語ったのち、イトナの触手が動けなくなった殺せんせーを襲う。イトナの触手による連撃で、確実に殺せんせーを殺したかに見えた。しかし殺せんせーは脱皮した抜け殻をおとりにして、天井に逃げていた。
「でもね殺せんせー、その脱皮にも弱点があるのを知っているよ。その脱皮は見た目よりもエネルギーを消耗する。よって直後は自慢のスピードも低下するのさ。常人から見ればメチャ速い事に変わりないが、触手同士の戦いでは影響はデカいよ」
シロは脱皮の事さえも計算に入れて、暗殺の計画を立てていた。
「加えてイトナの最初の奇襲で腕を失い、再生したね。再生も結構体力を使うんだ。二重に落とした身体的パフォーマンス、私の計算ではこの時点でほぼ互角だ。エネルギー砲でも撃ってみるかい?生徒に危害を加えることになっちゃうけどねぇ」
シロは殺せんせーの弱点を知っている。殺せんせーと何かしら関わりがあるようにしか思えないが、シロ自身が口を割る事は無いだろう。そんなシロの言葉通り、殺せんせーの体力はかなり落ちており、防戦一方となっていた。
「また、触手の扱いは精神状態に大きく左右される。予想外の触手によるダメージでの動揺。気持ちを立て直すヒマも無い狭いリング。今現在どちらが優勢か、生徒諸君にも一目瞭然だろうね」
殺せんせーの弱点の一つとして、テンパるのが意外と早い。突如として現れた自分以外の触手の使い手、着実に自分が追い詰められている事実、これらは殺せんせーの精神を揺さぶるのには十分すぎた。さらに追い打ちをかけるようにシロは、殺せんせー目掛けて動きを封じる光線を放つ。それに合わせてイトナも追撃する。殺せんせーは直撃を避けるが、足の触手を損傷してしまった。
「……安心した。兄さん、俺はお前より強い」
イトナは勝利を確信する。あともう少しで殺せんせーを殺せる。そして殺せんせーが死ねば地球の滅亡の心配もなくなり、皆通常通りの日常生活を送ることが出来る。そのはずなのに、E組の生徒達の中には現状を喜ぶものはいなかった。
「……清麿、こんな所で殺せんせーに死んでほしくないぞ!」
「当然だ!」
「君達は何を言ってるんだい?あいつが死ねば、世界が平和になるのに」
ガッシュの言葉や他の生徒の態度がシロには理解出来ない。これはE組の生徒達にしか分からない事であろう。
「それはな、俺達E組の手で先生を殺したいと思っているからだよ!」
清麿はシロを見て言い放つ。他の生徒達も同意するかのように頷く。しかしそんな清麿達をあざ笑うかのようにシロは言い返す。
「自分達で殺したいって、君達はそれが出来ていないじゃないか。だからイトナが代わりに殺そうとしているといるんだ。そんな事を言うのは、的外れなんじゃないのかい?」
「確かに今は出来ていない。それでも、やり遂げて見せるさ!」
「ウヌ!」
シロの反論に対して、清麿はあくまで自分達の手で殺せんせーを殺す事を宣言する。そして彼はガッシュの肩を軽く叩く。そんな清麿を見たシロは苛立ちの感情を見せ始める。
「いやいや。やり遂げるも何も、今日イトナが殺して終わるんだって!」
「それはどうかな?殺せんせーの目を見てみな!」
清麿の言うことに従い、シロは殺せんせーの方を向き直した。そこには先程までテンパっていた様子とは打って変わり、勝ちを諦めないどころか勝利を確信さえしている殺せんせーがいた。そんな殺せんせーを見て、シロは呆れ返る。
「一見愚直な試合形式の暗殺ですが、実に周到に計算されてる。あなた達に聞きたいことは多いですが、まずは試合に勝たねば喋りそうにないですね」
「その自信はどこから出てくるのやら。まるで負けダコの遠吠えだね。殺れ、イトナ」
あくまで勝つ気でいる殺せんせーに対して、シロは止めを刺すように命じた。シロの命令と共にイトナは触手での打撃を繰り出す。しかしダメージを受けているのは殺せんせーではなく、イトナの方だった。
「おやおや、落とし物を踏んづけてしまったようですねぇ」
イトナの攻撃を殺せんせーはかわしたが、触手をぶつけた床には対先生ナイフが落ちている。渚が持っていたナイフを殺せんせーが布を介してつかみ取り、床に設置したのだ。しかし殺せんせーは知らん顔をする。バレれば生徒への危害となりかねない。突然自分がダメージを受けたことに対して、イトナは動揺する。そんな彼を殺せんせーは自分の抜け殻で包み込んで持ち上げる。
「同じ触手なら、対先生ナイフが効くのも同じ。触手を失うと動揺することも同じです。でもね、先生の方がちょっとだけ老獪です」
そう言って殺せんせーは、窓から抜け殻で包んだイトナを放り投げた。
「ダメージは無いはずです、よって生徒への危害とは見なされない。しかし君の足はリングの外に着いている、先生の勝ちですねぇ。ルールに照らせば君は死刑、もう二度と先生を殺れませんねぇ」
殺せんせーは顔に緑の縞々模様を浮かべて勝ち誇る。そんな先生を見たイトナの触手は黒く変化し始めた。
「生き返りたいのなら、このクラスで皆と一緒に学びなさい。性能計算でそう簡単に計れないもの、それは経験の差です。君より少しだけ長く生き、少しだけ知識が多い。先生が先生になったのはね、経験を君達に伝えたいからです。この教室で先生の経験を盗まなければ……君は私に勝てませんよ」
「勝てない……俺が、弱い?」
イトナの触手の大部分が黒く変化し、イトナ自身もまた、目を赤くして殺せんせーを睨みつけた。その様子を見て、シロも焦りを見せていた。
「俺は強い、この触手で誰よりも強くなった。誰よりも‼」
今回の暗殺のルールなど、すでにイトナの頭には無い。彼はただ目の前の敵を殺すことしか考えていない。そしてイトナは殺せんせーに向かって行くが、何かが彼の首に刺さり、そのまま気絶してしまった。
「すみませんね、殺せんせー。どうもこの子は、まだ登校できる精神状態じゃなかったようだ」
シロの裾から麻酔銃が見られた。これで暴れようとしたイトナを眠らせたようだ。そしてシロは麻酔銃を引っ込め、気絶したイトナを肩で担ぎ上げた。
「転校初日で何ですが、しばらく休校させてもらいます」
「待ちなさい!担任としてその生徒は放っておけません。一度E組に入ったからには卒業するまで面倒を見ます。それにシロさん、あなたにも聞きたい事が山ほどある」
「いやだね、帰るよ。力ずくで止めてみるかい?」
自分を引き留めようとする殺せんせーをシロは挑発する。殺せんせーの表情は顔がどす黒く染まってはいないが、明らかに怒りの感情が見えた。そして殺せんせーはシロの肩を掴もうとしたが、その触手は破壊された。
「対先生繊維、君は私に触手一本触れられない。心配せずともまたすぐ復学させるよ、殺せんせー。3月まで時間は無いからね」
シロが殺せんせー相手に強気に出ていた理由がこれだ。この白装束がある限り、殺せんせーはシロに手を出せない。そしてシロは、隙あらば電撃を繰り出そうとしていたガッシュペアを指差した。
「君達、私も国側の人間だ。迂闊に攻撃しない方がいいよ。その態度も今回は水に流すから、これ以上は大人しくしていたまえ」
シロは自分に反論してきた清麿に対して苛立っていた。シロの発言からもそんな感情は読み取れた。ガッシュペアはそんなシロを睨み返すが、
「2人とも、やめておけ」
烏間先生が2人を制止した。それを見たシロは鼻で笑い、そのまま校舎を去り、山を下りて行った。
「あのクラス、フフ、面白い。降ったりやんだり、今日の空模様のような教室だな」
校舎が見えなくなる程度の場所で、シロは意味深なことを呟く。
一方校舎では生徒達が机を元の配置に戻していたが、教壇の上で殺せんせーが恥ずかしがっていた。
「シリアスな展開に加担していたのが恥ずかしい。先生どっちかと言うと、ギャグキャラなのに」
「「「「「自覚あるんだ‼」」」」」
「カッコ良く怒ってたね~。“どこでそれを手に入れたッ‼その触手を‼”」
「いやああ言わないで、狭間さん‼改めて自分で聞くと逃げ出したい‼」
狭間が殺せんせーをイジる。彼女はネガティブな一面があり、目立つ生徒ではないが、時折相手のメンタルをえぐるような発言をする時がある。
「しかしあの者、とても可哀そうな目をしていたのだ」
確かにイトナは強大な力を持つが、その力に支配されているようにも見えた。彼がが激怒したときの表情は、およそ正気の沙汰では無い。そんなイトナを見て、ガッシュは心配の表情を浮かべた。
「そうだな、あいつらをこのままにしておくべきではない。だが、その前に俺達には聞かなくてはならないことがある。前回は教えてくれなかった事だが、殺せんせー、アンタの正体についてだ」
清麿もまた、イトナに対して思うところがあった。しかし、それよりもまずは殺せんせーの正体を知るべきだと判断した。前回の暗殺の時にも問いただしたが、結局教えてもらえなかった。しかし明らかに殺せんせーについて何か知っているシロ、何故か触手を持っているイトナ、これらを見てしまい、殺せんせーに関する謎はより深まった。他の生徒達もまた殺せんせーについて問い詰めたが、殺せんせーは口を割らない。
「私達生徒だよ。先生の事、良く知る権利あるはずでしょ?」
沈黙を突き通してきた殺せんせーだったが、片岡の発言を聞いてようやく口を開いた。
「仕方ない、真実を話さなくてはなりませんねぇ。実は私……
人工的に造り出された生物なんです‼」
殺せんせーの自称衝撃告白に対して、生徒達はそれほど驚きを見せない。
「「「「「そんなの、見たら分かるよ……」」」」」
殺せんせーの規格外っぷりをいつも見ているE組一同には、それは容易に予測できた。
「知りたいのはその先だよ、殺せんせー。どうしてさっき怒ったの?イトナ君の触手を見て。殺せんせーはどういう理由で生まれてきて、何を思ってE組に来たの?」
渚が真っすぐな目で殺せんせーに問いかける。そして殺せんせーは、少し沈黙をした後、口元をニヤケさせながら話した。
「残念ですが、今それを話した所で無意味です。先生が地球を爆破すれば、皆さんが何を知ろうと全て塵になりますからねぇ。高嶺君とガッシュ君には前に言いましたが、私の事を知りたければ後から調べればいい」
殺せんせーは、あくまで自分の事を話すつもりは無い様子だ。
「もうわかるでしょう?知りたいなら行動は一つ。殺してみなさい。
答えを知りたければ殺しに来なさいと、殺せんせーはそう言い残して教室を出た。
この出来事を機に、生徒達の意識が変わる。生徒全員で烏間先生に対して今以上に暗殺の技術を教えてもらえるよう懇願し、希望者は放課後にも追加で訓練を受けられるようになった。
「では早速新設した垂直20mロープ昇降、始め!」
「「「「「厳しっ‼」」」」」
なお追加の訓練はかなり厳しい物であった。
読んでいただき、ありがとうございました。次回はいわゆる修行編になります。