球技大会本番、野球部は試合に向けてのアップを始める。そこには一切の慢心もなく、ただ目の前の
「杉野、お前は選ばれざるものだ。選ばれざる者が表舞台に立っているのは許されない。E組共々、二度と表を歩けない試合にしてやるよ」
進藤の言葉に杉野は言い返さない。すると遠近法でボールに紛れている殺監督が、顔色と表情でサインを出す。それを見た渚が、殺監督の出すサインの意味を書いたメモ帳を取り出して意味を調べる。
「……“殺す気で勝て”ってさ」
「よっしゃ、殺るか‼」
「「「「「おう‼」」」」」
E組と野球部のエキシビジョンマッチが今、開始された。ちなみにガッシュはいつもの緑のバッグの中に入っての観戦だ。そのバッグは清麿の荷物としてベンチに置いてある。
E組の先攻で、一番の木村はバッターボックスに立つ。進藤は1球目から剛速球を投げるが、木村は棒立ちだった。
『E組木村、バットぐらい振らないとカッコ悪いぞ~‼』
そんな木村を見て本校舎の生徒達はあざ笑うが、彼は進藤の様子を見たに過ぎない。そして2球目が投げられる前、殺監督のサインが木村に出された。進藤は2球目も剛速球を投げるが、サインを見ていた木村はこれまで練習してきたバントで、内野手の意表をつける場所に球を転がす。そしてE組トップの俊足にて一塁に出ることが出来た。
『2番キャッチャー潮田君』
渚がバッターボックスに立ち、殺監督からのサインが出される。渚もバントを当てて、球は三塁の方に強く転がった。そしてノーアウト一、二塁。
(なっ、何ィ~~⁉)
この光景には進藤も動揺を隠せないもちろん他の本校舎の生徒や教師達もである。まさかほとんどが野球素人の集まりであるE組が、これほどまでにバントが上手に出来るとは予想もしなかった。
『ま、満塁だー‼調子でも悪いんでしょうか、進藤君‼』
次の磯貝も難なくバントを決めて、ノーアウト満塁の状態で杉野に打順が回ってくる。杉野にも殺監督のサインが出され、バントの構えを取った。そんな杉野達を見た進藤は混乱する。自分が本当に野球をやっているかどうかすら分からなくなる程に。しかし彼は脳筋というわけではない。頭を落ち着かせ、バント対策に内角高めのストレートを投げる。これが杉野の狙いだという事も知らずに。
(進藤、確かに武力ではお前にかなわねー。けど、たとえ弱者でも、狙いすました一刺しで巨大な武力を仕留める事が出来る)
進藤の球を見た杉野は、即座に打撃の構えに切り替える。彼が狙いに気付いたときにはすでに手遅れ、杉野は強力なヒットを撃つ。
(俺は今E組と、そういう暗殺やってんだ‼)
『(な、何だよコレ、予想外だ)E組3点先制ー‼』
E組相手に3点も先制点を取られる光景を見て、野球部一同は明らかに動揺する。それを見た野球部の寺井監督は立ち上がり、ベンチから野球部に指示を出そうとする。その時、
「顔色が優れませんね、寺井先生。お体の具合が悪いのでは?……すぐ休んだ方がいい。部員達も心配のあまり力が出せていない」
理事長が突如ベンチに入ってくる。寺井は自分が病気であることを否定しようとするが、
「病気で良かった。病気でもなければ……こんな醜態をさらすような指導者が、私の学校に在籍しているはずがない」
理事長は寺井に自分の顔を近づけ、彼の額に自分の額を当てた。もちろん寺井の熱の有無を見るわけではない。理事長は無言の圧をかけ、寺井から今回の試合の指揮権を奪おうとしているのだ。そんな理事長のプレッシャーに耐え切れなくなった彼は、そのまま倒れてしまった。
「ああやはりすごい熱だ、だれか医務室へ。その間、監督は私がやります……審判タイムを。なぁに、少し教育を施すだけですよ」
一方女子達のエキシビジョンマッチは、健闘空しく僅差で敗れてしまった。相手チームのキャプテンの巨乳を見た茅野が、試合中にも関わらずどうすれば良いか分からなくなったようで申し訳なさそうにする。そんな女子達が応援に加わってくれた。
「皆、お疲れ様なのだ‼」
「お疲れ様、ガッシュ。男子達の方は勝ってるようだね」
「ウヌ!皆頑張っておるぞ、凛香。しかし、理事長殿が来てしまったのだ……」
男子達の健闘に感心している女子達だが、大変なのはここからである。野球部の監督は理事長が務める事になった。一回目表から早々にラスボスの登場である。ガッシュはたまらず顔を出してしまったが、清麿はそれを指摘することなく理事長の入ってきたグラウンドを凝視する。
「さて、とりあえず空気をリセットしてあげたよ」
理事長の言う通り、E組に流れが来ている空気は一瞬で変わってしまった。野球部達も冷静さを取り戻す。
「E組も彼らなりの努力で、先制点を取ったんだね。だが、それがどうした?君達選ばれた人間は、そんな努力をする弱者を踏み潰して進まなくてはならない。これからは“野球”ではなく、弱者を踏み潰す“作業”に入る。さあ円陣を組んで、作業の手順を教えよう」
タイムの時間が終了して試合は再開されたが、そこには異様な光景が広がる。理事長の指示のもとに野球部員が、バント対策で守備を内野に集めていた。
「ヌオオオオォ、あんなのがありだというのか⁉」
「ルール上ではフェアゾーンならどこ守っても自由だね。審判がダメだと判断すれば別だけど、審判の先生は
「ウヌゥ……」
ガッシュが相手の守備に異論を唱えるが、竹林の言う通りで野球部は別に反則はしていない。そんな前進守備に対してバントは効かず、前原と岡島はアウトを取られる。そして次の打順が清麿に回ってきた。
「おおっ!清麿、頑張るのだぞ!」
「ガッシュ、あんまり顔を出すなよ。本校舎の連中に色々言われると面倒だ(本当は裏山で留守番させておけば間違いは無いんだがな。でも球技大会の練習にも付き合ってくれたし、それはさすがにかわいそうか……)」
清麿はバッターボックスに立ったが、先ほどまでと観客の雰囲気が変わる。
(なあ、あいつってあの転校生だよな……)
(バカ、目を合わせるな。何されるか分からん)
(そ、そうだな。なんたって奴は……)
(((((“E組の鬼麿”だ‼)))))
清麿は以前、前原に絡んでいた本校舎の生徒達を鬼の形相で怒鳴り散らしたことがある。その出来事は本校舎で話題となり、清麿は本校舎の生徒達から差別されるどころか、“E組の鬼麿”として恐れられている。もちろん彼本人はそんな事知らない。また、そのことを理事長が煩わしく思っているのは別の話だ。
(観客が俺から目をそらしているような……まあいい。今は試合に集中しなくては!)
清麿が集中力を高めていると、殺監督のサインが来た。
(なるほど、了解!)
理事長に教育された進藤が投げた剛速球を清麿は見逃す。もちろん殺監督の指示だ。
『E組高嶺、見逃しだ!(もっとバカにしてやりたいが、後でどうなるかわからんからやめておこう)』
(何だ?俺が見逃したのに、解説役が煽ってこない。まあ、集中できるからいいが)
そして進藤が2球目を投げてきたが、今度は清麿が球をバットに当てて見せた。しかし球は逸れて、ファールとなってしまった。
「おい、高嶺まで2ストライクになってるぞ……」
「殺監督が指示出してたっぽいけど、大丈夫か?」
(清麿、頑張るのだ!)
岡島と前原が清麿を見て不安になるが、彼は笑みを見せる。清麿は自分が確実にヒットを打てるように、進藤を観察していたのだ。そして3球目が投げられた。
(よし、狙い通り!これなら打てる!)
清麿はヒットを当てて、3塁にいた杉野と同じタイミングで走り出した。すぐに守備が球を取りに行くが、前進守備があだとなり、球を取るのが遅れてしまった。そして杉野と清麿はそのままホームベースまで走り、追加で2点取ることが出来た。
『E組高嶺まさかのヒット!そしてホームベースまで帰ってしまったー!』
(おい、マジかよ!杉野以外にまで撃たれるなんて……)
(ふむ、進藤君に“教育”が足りてなかったかな?)
先ほどまで野球部優勢の雰囲気だったが、清麿のヒットで流れが変わった。野球部は再び動揺したが、理事長は冷静に見守る。そして次の打者はアウトとなり一回表は終了した。現状は杉野と清麿の奮闘により、E組にとって良い雰囲気が流れている。
そして一回裏に入り野球部の攻撃が始まったが、E組がペースを掴んでいる。杉野の変化球が炸裂し、三者連続三振となり野球部の一回裏は終了した。
「しかしさすがだな、杉野は。このまま勝てるんじゃないか?」
「どーだろな?見ろよ、野球部のベンチ」
磯貝の発言を聞いた前原は、野球部のベンチに目を向ける。そこでは理事長が再び進藤を“教育”している。
「大変なのは、これからだろうな。進藤はさらに強敵となる」
「……そうだな。気を引き締めていかないと!」
清麿の言葉で磯貝は気合を入れ直す。そして二回表はカルマの打順であり、殺監督から指示を受けた様だ。
「ねーえ、これズルくない、理事長センセー?こんだけジャマな位置で守ってんのにさ、審判の先生何にも注意しないの。
それを聞いた一般生徒はカルマに怒鳴りつけるが、彼はそれを無視して殺監督の方を向く。すると殺監督は顔にマルを浮かべていた。
(ダメみたいよカントク)
(いいんです。口に出してはっきり抗議することが大事なんです)
カルマの煽りもまた殺監督の指示だ。この煽りが後々聞いてくることをまだ、殺監督以外は知らない。二回表は理事長に教育された進藤の剛速球により、三者三振で終了した。二回裏は進藤が打撃でも火を吹き、3点を取られてしまった。E組は守備の練習が間に合わずら集中打を受けてはどうしようも無い。
そして三回表に入るも、やはり教育された進藤を止める事は出来ず、三者凡退で終わってしまった。三回裏、理事長が指示を出す。
「橋本君、
『あーっとバント⁉今度はE組が地獄を見る番だ‼』
野球部がバントを連発し、ノーアウト満塁となってしまった。普通であれば野球部が素人相手にバントは使いにくいが、E組が先にバントを使用したために、野球部は“手本を見せる”という大義名分を手に入れた。そして次の打者は、野球部の主将の進藤だ。
(最後を決めるのは
この状況を演出する為に、理事長は進藤を教育し続けたのだ。
E組のとって絶体絶命と思われるこの時、殺監督がカルマの下から出てきた。
「カルマ君、さっきの挑発が活きる時が来ましたよ」
「……なるほどね」
「相方は、磯貝君か高嶺君が良いと思うのですが、どうしますか?」
「高嶺君は一回表で頑張ってくれたし、磯貝に頼むことにするよ」
殺監督の指示を聞くまでもなくカルマは意図を理解する。そしてそれを磯貝に伝えた。その後、会場は異様な雰囲気に包まれる。
『こ、これは⁉』
「さっきそっちがやった時は審判は何も言わなかった。文句ないよね、理事長?」
カルマと磯貝は進藤の前に立った。2人による前進守備である。
「(なるほどな。さっき私にクレームをつけたのは、同じことをやり返しても文句を言わせぬ布石だったか。小賢しい)ご自由に、選ばれた者は守備位置位で心を乱さない」
理事長の許可をもらったカルマと磯貝はさらに近付く。彼等はほぼゼロ距離での守備位置に着いた。
「おい、いくら何でも……」
「大丈夫ですよ、高嶺君」
カルマと磯貝がバットで怪我をする可能性を清麿は危惧する。その時、地面から出てきた殺監督に声をかけられる。
「高嶺君。君がやるように言われても、同じことをしたでしょう?それに、彼等の度胸と動体視力があれば問題ないですよ。ヌルフフフ」
殺監督の言葉を聞いた清麿は言い返せない。他に良い方法はすぐには思いつかず、また清麿が指示を受けた時もそれを引き受けるだろうという言葉が決定的だった。そして2人のゼロ距離守備で冷めてしまった進藤が撃った球は簡単に取られてしまい、そのままトリプルプレーでE組の勝利となった。
試合が終わってE組一同が喜ぶ中、杉野は座り込んでいる進藤に駆け寄る。
「進藤。ゴメンな、ハチャメチャな野球をやっちまって。これでお前に勝ったなんて思ってねーよ。けど、ちょっと自慢したかったんだ。昔の仲間に、今の俺の
「なんだそりゃ……ったく覚えとけよ。いいか杉野、次やる時は高校だ」
(その時に地球があればな……)
進藤が杉野を1人の野球選手として認めた瞬間だった。杉野のE組とチームを組んで野球部に勝ちたいという願いは、無事に果たされた。杉野から進藤が離れると、今度は清麿と渚が杉野に駆け寄った。
「勝てたな、杉野!」
「杉野の変化球、練習の時以上に曲がってたね。すごかった!」
「ああ、皆のおかげだ。本当にありがとな!」
彼等がそんな話をしていると、クラス全員が杉野の所へ向かう。そして殺監督も顔を出していた。
「さて、今回は大きな勝利です、おめでとうございます!この調子で本校舎の生徒達を見返していきましょう、ヌルフフフ」
「皆ありがとう!俺、今すげー嬉しいよ!」
今日のMVPである杉野はクラス一同からもみくちゃにされる。その時の彼の表情はとても生き生きとしていた。
読んでいただき、ありがとうございました。鬼麿はコワイヨ……