LEVEL.54 予感と苦悩の時間
死神との戦いが終わった後、ガッシュペアは帰宅せずにモチノキ町のホテルの一室に招待されていた。帰路に着く途中にアポロとナゾナゾ博士に電話でここまで呼び出されたのだ。言うまでも無く、アポロの財閥が経営するホテルである。
「2人共、こんな時間に呼び出して済まない」
「清麿君、ガッシュ君。まずは今日の戦い、お疲れ様だね」
この2人は今日にE組と死神が接触した事を知っている様子だ。彼等は死神の情報が遮断された後も、可能な限り彼について調べようとしてくれていたのだ。
「2人共、危険を冒してまで死神について調査してくれてたんだよな」
「しかし、私達はその情報を何も活かす事が出来なかったのだ」
ガッシュペアは無力感に苛まれる。死神についてもっと警戒していれば、今回の事態を未然に防ぐ事が可能だったのではと。結果として犠牲は出なかったが、誰かが死んでいてもおかしくない事態だったのだ。加えてクリアまで絡んでいたのだから。
「何を言う。結局我々は大した情報を提供する事が叶わなかったのだ。君達のせいではない」
「博士の言う通りだ。今回僕達は何の役にも立てなかった」
ナゾナゾ博士とアポロは2人に詳細な情報を得られなかった事を申し訳なく感じている様子だ。4人それぞれが、自分にもっとやりようがあったのではないかと考えている。そしてしばらくの間、その場に沈黙が流れる。その沈黙を最初に破ったのは清麿だ。
「今回と同じ失敗は繰り返さないようにするとして……博士とアポロに頼みがあるんだ」
清麿が真剣な表情で言い放つ。それを聞いた博士とアポロは当然身構える。
「今回の死神の事にクリアが絡んできた。そこから察するに、奴等との戦いの日はそう遠くない。だから……」
清麿の頼みはこうだ。クリアとの戦いはいつ何処で行われるか分からない。よって遠距離の移動の際には、アポロに飛行機の手配をお願いしたいとの事である。また移動中にもクリアの襲撃を受ける可能性も考えられる為、非常事態にも対応できるパイロットを選ぶべきだとも彼は考えている。
「勿論だ。僕達に出来る事なら協力は惜しまない」
「パイロットには心当たりがある。任せてくれ」
彼等は2つ返事で引き受けてくれた。
ホテルでの話し合いが終わり、ガッシュペアが家に帰宅したが、デュフォーがまだ起きている。今日何が起こったのかが、ある程度察しが付いている様子だ。ちなみに華は既に眠っていた。
「デュフォー、起きてたのだな」
「ああ、クリアが動き出したからな。早速話を聞かせてくれ」
「そうだな……」
3人が清麿の部屋に移った後、清麿が事情を話す。死神の襲撃を受けた事、それにクリアが関わっていた事、クリア達との戦いがそう遠くないであろう事を説明した。それを聞いたデュフォーは眉をひそめる。
「そうか。戦う時期に関しては、各々の力は円熟期に来ているから問題は無い。だが、いつ戦いになっても良いように気を引き締めておけ。他の仲間達への連絡は俺が明日しておく」
打倒クリアに向けて、一同は日々特訓に励んでいる。その成果は確実に出ており、各々の実力は高まっている。だが、完全体に近付いたクリアの実力は未知数だ。デュフォーはガッシュペアに念を押した。
「当然だ。連絡の方は頼んだぞ、デュフォー」
「ウヌ、分かったのだ」
清麿も同じ事を考えていた。その話を聞いてガッシュペアは気合を入れ直す。魔界の滅亡をかけた激闘の日は近い。
ビッチ先生がE組に復帰する日の朝、ガッシュペアが登校すると校舎の入り口で楽し気に電話をする彼女がいる。彼女は丁度通話が終わったようで、ガッシュペアに手を振ってくれた。
「おはよう、アンタ達!」
「ビッチ先生、おはようなのだ!」
「おはよう先生、機嫌が良さそうだな」
ビッチ先生は朝から元気がある様子だ。リィエンからプレゼントを貰った日のようにテンションが上がっている。
「さっきまでリィエンと電話してたんだけど、また日本に来てくれるみたいなのよ!フフ、次は何を仕込んであげようかしら……」
「おおっ、またリィエンと会えるのだな⁉」
「先生、程々にしておいた方が良いんじゃ……」
電話の相手はリィエンだ。彼女もまたビッチ先生を心配しており、気が気でない様子だった。そんなリィエンにビッチ先生が謝罪した後に、ガールズトークに花を咲かせていたのだ。しかも彼女がまた日本に来てくれるという。ビッチ先生はそれが非常に楽しみな様だ。
「あの子にも心配かけちゃったからね。埋め合わせしなきゃ!」
そう言い残してビッチ先生は校舎に入って行く。元気を取り戻した彼女を見て、ガッシュペアも安心した様子で教室に向かう。
「近々進路相談をしようと思います。皆さん、ざっくりで良いので志望校並びになりたい職業について考えておいて下さい」
帰りのHRの際、殺せんせーがそう言った。ちなみにその後、地球が無くなるから無駄になるとも付け足してくる。進路希望が決まり次第、殺せんせーが面談を行ってくれる。今日の放課後は各々の行きたい高校や将来の夢についての話題で持ち切りだ。
「進路か、どうしたものか……」
清麿はため息をつく。これまで殺せんせーの暗殺のみならず魔物との戦いの日々に追われており、将来について深く考える時間が取れていない。前の学校でも進路について、かつての担任だった中田秀寿先生バージョン2・コードネーム“TM・リー”に問われた事があったが、具体的には答えられずに苦言を呈されてしまった。
「え、高嶺君は魔界とこっちの世界を繋げるんじゃないの?」
清麿が悩んでいる時、隣の席のカルマがニヤケながら声をかける。確かに彼自身もそれは考えていたが、リスクの大きい行動である。
「そんな簡単な事じゃないって前にも言っただろう……将来の事はもっと考えなくてはならんな。そう言う赤羽の方こそ、何か考えているのか?」
ガッシュの目標を手伝えば進路について何か分かると考えていた清麿だったが、現状は見つけられずにいる。そんな彼はカルマに聞き返す。
「え、俺はそんなに考えてないよ。何になるのが良いのかね~」
清麿の質問をカルマははぐらかすような口ぶりで答えた。しかし口ではそのような事を言いながらも、彼の目には明確なビジョンが見えている様子だ。それを見た清麿は内心焦りを感じる。
「ていうかそんなに慌てなくても良くね?皆の話も聞いてみようよ」
クラスメイトの将来について聞けば、ヒントが得られるかもしれないとの事である。そしてカルマは早速清麿の前にいる奥田に話しかけた。
「あのさ、奥田さんの将来はやっぱり研究者?」
「はい。理科が好きなので、研究の道に進みたいです。後、進路相談の時に言葉巧みに毒入りコーラを殺せんせーに盛ろうと思ってます」
奥田の夢はハッキリしている。理科が得意な彼女はそれに見合った道を進もうとしている。暗殺を通して身に付けた自信と超生物を毒殺しようとする気概があれば、厳しい研究者としての世界でもやっていけるだろう。
「なるほど、奥田らしくて良いと思うぞ(……あれ、さり気なくとんでもない事言わなかったか?)」
清麿も奥田に感心するが、彼女の毒入りコーラの発言は聞き捨てならなかった。殺せんせーは進路相談の時ですら、暗殺を受け付けている。
「お2人の進路は、どんな感じで考えているんですか?」
奥田が聞き返す。彼女も2人の将来について関心を持ってくれている。
「それが俺も高嶺君も全然決まって無くてさ~。どうしたものかと悩んでいるんだよね。だから奥田さんの話を聞こうと思ってさ」
「そうだったんですね。カルマ君も高嶺君も頭が良いから、どんな所でもやっていけそうな気がします。やりたい事が見つかると良いですね!」
「ああ、頑張って探してみるよ」
奥田が微笑みかけてくれる。彼女の純粋無垢な笑顔は、頭を抱える清麿を励ますのには十分だった。そして3人がもう進路について少し話し合った後、カルマは渚の席に視線を移す。
「そうだ、渚君にも進路について聞いてみよっか」
「分かった、そうしよう!」
「私も渚君のお話、聞いてみたいです」
カルマの提案と共に、清麿達は渚の席に向かった。
「渚、聞きたい事があるんだが……」
「3人共、進路について?」
「そうそう、高嶺君が凄く悩んでいるみたいだからさ。渚君は何か目指してる物ってある?」
進路について聞かれた渚は、清麿と同じく明らかに悩んでいる様子だ。そして少し考えた後、彼は口を開く。
「そうだね、将来は……」
「渚ちゃんの進路は、女子高に進学してからのナースかメイドっしょ!」
渚が将来について話そうとした瞬間、中村に遮られてしまう。しかも明らかに渚の進路を歪めようとしており、清麿達は苦笑いを見せる。
「中村さん、ちょっと……」
「だったら渚君、卒業したらタイかモロッコに行こうよ!」
「カルマ君、
中村の渚イジリにカルマが参戦する。2人の発言を否定した渚だが、後に彼は大きくため息をついて少し暗い表情を見せる。
「多分僕には……」
「清麿、そろそろ帰ろうぞ!……ウヌ?」
渚が再び将来について話そうとしたが、今度はガッシュに遮られた。その時の彼等の間には何とも言えない雰囲気が漂う。相手から進路について聞かれたのに、彼の話は途切れがちだ。
「渚の顔が暗いのだ……何かあったかの?」
「ガッシュ、間が悪かったな」
「いや、ガッシュ君のせいじゃないよ……」
ガッシュは渚の表情には気付く事が出来たが、場の雰囲気には気付く事は出来なかった。そんな彼を清麿が何とも言えない表情で見るが、渚がフォローを入れてくれた。しかし、何度も話を遮られた彼の目からは涙が流れている。
「ガッシュ君!今ね……」
茅野がガッシュに進路相談の事を説明した、そして渚が自分の事について話そうとしている事も。今のE組では、生徒達の将来の話で盛り上がっている。
「何と、そうであったか……」
「ガッシュの夢は、優しい王様で決まりだもんな!」
「その通りなのだ‼杉野は野球選手かの?」
「おうよ!」
彼等の会話に杉野が加わる。彼の言う通り、ガッシュには優しい王様以外の目指す道は無い。他のE組の生徒達が進路について悩む中、彼の目標は確定している。そんな真っすぐなガッシュを渚が見つめる。
「やっぱりガッシュ君て凄いよね、ここまでやりたい事がハッキリしているなんて……」
「渚。さっきから元気が無さそうだが、大丈夫かの?」
「うん、僕はね……」
渚はようやく自分の将来の話をする事が出来た。やりたい事が明確では無く、自分には人を殺す才能がある事、人の“意識の波長”を見切る事が出来る為に自分が死神と同じ技が出来るであろう事を話した。それを聞いた他の生徒達は困惑の表情を浮かべる。
「渚、殺し屋になってしまうのか?」
ガッシュが不安気な感情のこもった声で言い放つ。友達が殺しの道の歩む事は、ガッシュとしても素直に承諾しかねる様だ。
「どうだろうね。でも、これは大した長所の無い僕にはこれ以上望めないような才能だから……」
「自分の将来について真剣に向き合って苦悩する事、これは大きな糧になりますよ!ヌルフフフ」
「「「「「殺せんせー、いつの間に⁉」」」」」
渚が思い詰めた様子で話を続けていると、突如殺せんせーが現れた。先生の出現により生徒一同は驚くと共に、場の雰囲気が多少なりとも軽くなる。そして殺せんせーが口を開いた。
「しかし今の渚君の言葉には“自棄”が見られますね……まずはどうして君がその才能を身に付けたのかをもう一度見つめ直しなさい。そうすれば君の才能を何の為に、誰の為に使えばよいかが見えてくるはず。後は進路相談の時にゆっくり話し合いましょう。ではまた明日」
そう言い残して殺せんせーは窓から出て行った。渚には自己評価が低く、自分の事を顧みない一面がある。だから4月の自爆も平然とやってのけた。そんな彼の危うい一面を殺せんせーは見抜いた。また他の生徒達も渚に心配の眼差しを向ける。殺せんせーの暗殺とは違う、本当に人の命を奪う危険な職業をクラスメイトが将来の選択肢に入れているのだから。そんな彼等の気持ちを察した渚は、あえて明るい口調で話し始めた。
「それは分からないよ、殺し屋って凄く危ないだろうし……さあ時間も遅くなってきたから今日は帰ろう!」
渚が無理をしている事を他の生徒達は理解していたが、それを言及する者は誰もいない。渚の言葉を皮切りに、多くの生徒達は帰り支度を始めるのだった。
ガッシュペアは渚・カルマ・茅野・杉野と共に帰り道を歩いていたが、暗い雰囲気は漂う。
「皆ゴメン、僕のせいで何だか気まずくなっちゃって……」
このような時でも彼は周りを気遣ってくれているが、渚自身も思い詰めた様子だ。そんな彼を見かねた清麿が、少し考えた後に渚に問う。
「なあ渚。お前が悩んでいる根本的な原因ってのは、もっと別のところにあるんじゃないのか?殺せんせーは何か気付いていたみたいだが……」
そもそもなぜ渚が暗殺の才能に目覚めたのか、清麿はそれが渚にとって苦悩する一番の原因であると考えている。
「悪い、言いたくなければそれでも良いんだが……」
「いや、皆に話すよ。これ以上溜め込んでも良くなさそうだし」
渚の表情を見た清麿はバツの悪そうな顔をしたが、渚は悩みの原因を話してくれた。それは渚の母親についてだ。渚の母親“潮田広海”は自分自身が厳しい環境で育ち、親の影響で思い通りの人生を歩む事が出来なかった。その事が彼女にとって大きな傷となり、自分がこれまで出来なかった事を渚に押し付けるようになった。渚が男なのにも関わらず、中性的な言動や恰好をしている事もこれが原因である。
「それで父さんも、そんな母さんと上手くやって行けずに家から出てっちゃったんだ」
渚もまた、竹林や神崎と同様に親の鎖に縛られる。広海にとって渚は自分の人生の“2週目”としか思っていない。そんな彼女の執念に渚は逆らう事が出来ずに人の顔色を伺う生活を送るようになった。それが原因で彼は“波長の意識”を見分けられたり、自分を犠牲にする事を厭わない暗殺の才能を身に付けたのである。
「最近は母さんの機嫌が良くない事が特に多くなってるし、どうにかしたいんだけど……」
渚はそう言うが、彼は諦めの気持ちも抱えている様だ。渚の話を聞いた彼等は重苦しい表情をする。そんな時、杉野が口を開いた。
「そういや俺とカルマで渚の家に遊びに行った時、結構キツイ反応されたっけな。そんな事になってたなんて……」
2人が訪れた時も、広海はその事をあまり快く思っていなかったのだ。場の空気が暗くなる中で、ガッシュが体を震わせる。
「そんなの……辛すぎるではないか‼」
「ガッシュ君……」
竹林の時と同様に渚が母親に大切にされていない事を知って、ガッシュはやるせない気持ちになる。そんなガッシュを見た茅野も釣られたように辛そうな表情をする。
「……家族の問題となると口出しはし辛いが、渚自身の気持ちをもっと伝えた方が良いんじゃないのか?」
清麿は苦虫を嚙み潰したような顔で言い放つ。これまで渚は母親の機嫌を損ねないように強くは言わなかったが、それでは渚自身が潰れてしまう可能性がある。清麿達はそれを危惧している。
「……それも、そうかもしれないんだけどね。言い出したら聞かないからさ、家の母親」
その事は渚も薄々気付いている様子だったが、上手く母親とは話せていない。清麿もまた彼に対して無理強いをする事が出来なかったが、渚が話を進める。
「……でも、このままじゃいけない事は分かっている。どこかで向き合わなくちゃならないんだ、でも中々踏ん切りがつかなくて……」
渚は内心では母親と向き合わないといけない事は分かっている様子だ。そんな時、カルマが口を開く。
「親の問題って難しいよね、俺等がどこまで踏み込んでいいかも分からないし……まあ、いざとなったら高嶺君の家に逃げ込めばいいんじゃね?」
「う、家か⁉」
「ウヌ‼清麿の母上殿なら許してもらえるかもしれないのだ‼」
清麿の家にはこれまで何度も魔物の戦いの関係者が泊まる事があった。今もデュフォーが居候している。それを知っていたカルマが家出を提案したのだ。それを聞いた清麿は驚いたが、ガッシュは目を輝かせる。
「ハハ、どうにもならなくなったらそうしよっかな……」
「……まあ、何かあったら連絡してくれ。そうなった場合はお袋にも聞いてみるから」
渚が冗談交じりにその話に乗ろうとしたが、清麿は満更でもない様子だ。そんな会話をしている内に、彼等の間の雰囲気は先程よりも軽くなっていた。
「渚が家出かぁ」
「渚ってそういうタイプじゃなさそうだから、お母さんもビックリしちゃうんじゃない?」
「何時でも待っておるぞ‼」
杉野・茅野・ガッシュも便乗しており、渚が本格的に家出する方針で話が進みつつある。そんな彼の目には希望が宿っており、そこからの帰り道は楽しい雑談を繰り広げる事が出来た。
そして渚達と別れたガッシュペアは帰路に着く。
「渚、さっきよりも元気になっていたのだ」
「ああ。あれなら大丈夫そうだが、俺達は引き続き渚の相談に乗る事にしよう!」
「ウヌ!」
渚の表情が明るくなった事で、ガッシュペアは安心する。そのまま彼等が帰宅すると、玄関には通常よりも多くの靴が置いてあった。
読んでいただき、ありがとうございました。今回は進路相談の話だったのですが、これからの展開はある程度予測がつく人もいるかもしれないです。