学園祭も終わり、2学期の目玉の行事は期末テストのみとなる。そこで殺せんせーは1学期の中間と同様に生徒達に全員50位以内の目標を課す。しかしE組一同は日々成長しており、どのような困難でも乗り越えてその目標を達成した上で卒業する事が出来ると先生は断言した。
「それはどうだろうな、何たって……」
多くの生徒が気合を入れる中、杉野だけは優れない顔色を見せる。その目標に当たって、彼は進藤から本校舎での不安要素を聞いていた。それはA組の担任の変更、しかも理事長が直々に教鞭をとるという。先程とは一転、それを知った生徒達の多くが冷や汗をかく。
その日の放課後、E組の生徒達は理事長の話をしながら山を降りる。不破曰く、“理事長と殺せんせーは異常な力を持っているのに普通に先生をやっている共通点を持つ。そんな理事長が教育に専念するんだから手強いのは当然”との事だ。
「理事長殿は、あくまでE組が勝つのを許さぬつもりかの」
「仮にそうだとしても、俺達は負けられん。胸を張ってE組として卒業する為にも」
「そうだね、ここまで熱心に指導してくれた殺せんせーの為にも!」
ガッシュペアや渚を始め、生徒達は理事長の存在を危惧しながらも覚悟を決めていく。標的から教わった第二の刃。これを最大限に振るいE組全員で50位以内を目指す。それを成し得なければ、自分達は暗殺を成功させたとしても不完全燃焼となる。一同が山を降りると、そこには1人のA組の生徒が待ち構えていた。浅野だ。
「お前、どうしたんだ?」
「偵察って訳でも無いだろう?」
前原と磯貝が彼に尋ねると、浅野は両手を握りしめて少しだけ頭を下げる。
「君達に依頼がある。あの怪物を……理事長を殺してくれ」
浅野の懇願。多くのE組達は動揺する。とは言え、文字通り理事長の命を奪って欲しい訳では無い。殺すべきはその教育方針。何故A組のトップの彼が、敵視するE組に頭を下げてまでこのような依頼をするのか。浅野は話を続ける。
「今のA組は地獄そのものだ。理事長は生徒達を煽り、彼等にE組への憎悪を支えに勉強をさせて力を伸ばそうとしている。だが、そんな物は本当の力では無い。それでは彼等がこれからも僕を支えるのは無理だ。目を覚まさせて欲しいんだ、僕の仲間と父親の。だから君達は正しい敗北を彼等にもたらしてくれ」
彼は改めて頭を下げる。浅野自身が敗北を知っているからこそ出来る事だ。それに今の彼は心底他人を気遣っている。浅野もE組との勝負を経て成長しているのだ。しかし、
「ふ~ん。それで、言いたい事はそれだけなの?浅野君」
今までの流れをすべて無視するかのごとくカルマが煽る。これには浅野も怒りの表情を浮かべるが、それは無視された。
「ウダウダ考えずに殺す気で来たら?ま、1位を取るのは俺だけどさ」
(カルマ君は相変わらずだね)
ここに来ての1位宣言。周りの事など度外視で勝負に来いとカルマは発破をかける。これまでもE組とA組は全力で戦ってきたのだから。そんな彼の様子を見た渚は、呆れ混じりに心の中で呟く。そしてカルマは浅野に対して言い終えると、今度は清麿の方を向いた。
「ねぇ高嶺君。俺の言ってる意味、分かるよね?」
カルマは浅野だけでなく、清麿をもトップから引きずり下ろすと言い放つ。彼の敵はA組だけでは無い。自分と同じかそれ以上の成績を誇るクラスメイト。カルマにとって清麿は、自分が1位を取る為に避けては通れないライバルだ。それを聞いた清麿の口角が上がる。
「言われるまでも無いな。泣いても笑っても俺達全員が同じテストを受ける最後の期末。絶対に負けられん」
「皆、ガンバレなのだ!」
清麿も同じ事を考えている。彼もまた浅野に勝った事が無い。カルマ相手には勝ち越してこそいるものの、油断する選択肢は存在しない。否、あってはならない。他の生徒達も日々学力を伸ばしている。少しでも気を抜けば容易に上位からははじき出されるだろう。
「高嶺、お前は良い目をしている。それに赤羽の勝利宣言……分かった、まとめてかかってこい。僕も全力でやらせてもらう」
浅野が彼等の宣戦布告を受け取る。彼はもう周りを憂いて弱気な面をちらつかせる事は無い。最初から難しく考える必要など無かった。これまで通り、各々がベストを尽くして勝負すれば良かったのだから。浅野は不敵な笑みを浮かべたままその場を立ち去るかと思われたその時、彼はガッシュを指差す。
「ところで……そこの児童は何者だ?」
(((((今それ聞く⁉)))))
E組の多くが呆気にとられる。よりにもよってこのタイミングでガッシュの詮索。しかし気は抜けない。ガッシュの事情が浅野に知られれば、芋ずる式に殺せんせーの事がバレかねない。そもそも緑のバッグから顔と手足を出した子供が中学の帰り道に同行しているのだから、事情を知らない浅野が違和感を覚えるのは自然だ。この場に緊張が走ったその時、浅野はため息をつく。
「まあどうでも良いか。そんな事より君達の上に立つために自習をしなくてはならないからな」
浅野はそう言い残して今度こそE組に背を向ける。生徒達はガッシュの正体を聞かれなくてホッとした。
次の日以降E組は期末テストに向けて全力に取り組む。ノルマを達成し、それを標的に報告する為にも。殺せんせーもありったけの分身を作って生徒達に勉強を教えるが、分身が崩れる程に先生も忙しい。しかし今回の勉強方法はそれだけではない。殺せんせーの指導以外にも、生徒同士でも得意科目を教え合わせたのだ。そうする事でより理解が深まる。
「漸化式は特殊解に持って行ってだな……」
「なるほど、そういう事か」
「……分からない」
清麿は千葉と速水に数学を教えている。数学の成績は彼とカルマがトップクラスだが、カルマは寺坂グループの指導で手一杯だ。2人の全体の成績は上位だが、速水は漸化式で苦戦している。
「速水、大丈夫か?」
「……多分これで問題ない」
千葉に心配された速水だが、どうにか問題を解き終えた。彼女の解答を清麿が確認するが、正解だったようだ。彼は笑みを浮かべながら頷く。
「私、悔しいけど今のままじゃ理数ではアンタ達に勝てそうにないわ。でも皆の足を引っ張るつもりは無いから」
速水は清麿と千葉に対して劣等感を覚える。しかし全体的に見ればそれ程点数が劣る訳では無い。そんな彼女はもう一度気合を入れ直す。
「随分な殺る気だな。この調子で頑張ろう」
「そうだな、高嶺。ところでこの解き方なんだが……」
清麿と千葉は次の問題に取り掛かる。そんな2人を見た速水も負けじとそれに加わり、意見を交換していく。
今日の勉強時間が終わり、生徒達は山を降りる。彼等は明らかに疲労を感じている。ただでさえ椚ヶ丘のテストの難易度は高いのに、今回はとりわけテスト範囲が広くて難しい分野も多い。これは理事長の一存だ。
「今回の期末テスト、下手な模試なんて非にならないんじゃないか?」
清麿はため息をつきながらぼやく。彼は数学のみならず他の教科でも生徒達に教える役割を担っていた。しかしテスト範囲は中学校レベルを余裕で凌駕している。教えるのも一筋縄ではいかない。
「いやー、大変だよね。特に覚えの悪い奴に教えるとなると」
カルマが清麿の肩に手を乗せて来る。彼は寺坂達に数学を教えていたが、あまり捗らなかった様だ。そして彼等が間違える度にカルマは容赦なく竹刀でひっぱたいた。特に寺坂は叩かれる頻度が高く、彼の頭にはいくつかコブが出来ていた。
「チクショー‼覚えとけよカルマ‼」
寺坂はコブだらけの頭をおさえながらカルマに怒鳴る。それを見た多くの生徒が苦笑いを見せる。自分は叩かれたくないと。そんな中でガッシュは苦虫を嚙み潰したよう顔をする。
「皆頑張っておるのだな。私は何もする事は出来ぬが……」
ガッシュは正式に生徒として登録されていない為、テストを受ける事は無い。故に学業に関して彼は蚊帳の外だ。生徒一同が必死で取り組む中、自分が何も出来ない事を歯がゆく感じている。その時、
「気にすんなよ、ガッシュは俺達の応援をしてくれれば大丈夫だって!お前の分まで紙の上で殺し合ってくるからさ!」
岡島がガッシュの肩を叩く。直接テストに関わる事が叶わなくても、ガッシュの意志は他の生徒達に受け継がれている。だからテストの時もガッシュの心はE組と共にある。岡島が得意げに言い放つと片岡が目を細めた。
「岡島君に同意する日が来るとはね……でもその通りだわ(岡島のくせに生意気よ)」
「片岡‼何で悔しそうな顔してんだよ⁉」
彼女は岡島と同じ事を考えていた事があまり気に食わなかった様だ。クラス内での岡島の扱いはお世辞にも良いとは言えない。彼がエロ絡みの行為を繰り返した結果ではあるが、決してクラスで煙たがられている訳では無い。
「そういう事だ、ガッシュ。心配はいらない。必ずクラス全員で50位以内を取ってE組の校舎に帰って来る。お前の気持ちはしかと受け止めた」
「岡島、メグ、清麿……ありがとうなのだ‼私も皆を信じておるからの‼」
清麿がガッシュの頭に手を置いてそう言うと、ガッシュの表情は明るくなった。例え自分が行動を共に出来なくても、E組全員が頑張ってくれる。その事実だけで彼の心は満たされた。そんな時、清麿のスマホにてモバイル律が起動する。
「ガッシュさんのお気持ちは分かります。私も“仁瀬さん”に代わりをお願いする立場ですので!」
(((((仁瀬……にせ律さんか‼)))))
律もガッシュと同じくテストを受ける事が出来ない。そこで彼女の替え玉としてテストを受けるのが烏間先生の上司の娘、尾長仁瀬だ。クラスの多くが彼女の事を認識していても、これまで本名を聞く事は無かった。律がその名を呼ぶ事で初めて知る生徒も多い。
「仁瀬さんも50位以内を目指して頑張っています。だから私の意志は彼女に託します」
律は彼女に勉強を教える内に2人の間には友情が芽生え、今は何でも話せる仲だ。
「確かに私とガッシュさんは直接テストを受けられませんが、誰かが私達を思ってくれる限り私達は常に一緒です。皆さん、よろしくお願いします!」
「律の言う通りだの‼私達の分まで頑張ってくれなのだ‼」
律とガッシュの懇願に皆が頷く。E組全員で挑むA組との最終決戦。これに勝たない事には、暗殺が成功してもクラス内に未練が残ってしまう。そんな事は許されない。一同はこれまで以上に気合を入れてテスト勉強に励んだ。
期末テスト当日。E組は試験会場の教室目掛けて廊下を歩くが、その途中でA組の生徒達が教室から彼等を睨み付ける。理事長の洗脳により彼等のE組に対する憎しみが跳ね上がっており、今にもE組達を食い殺さんとする勢いだ。
「これが理事長の洗脳教育のなれの果てか。尋常じゃないな……」
「確かに浅野君の言う通り、これは地獄だわ」
「あれぇ、高嶺もカルマもビビってんの?」
2人がA組の惨状に苦言を呈するが、そんな彼等を中村が煽る。しかし彼等の自信は揺るがない。これはE組とA組の対決であるが、それと同時に彼等に殺意を教えた殺せんせーと理事長の対決にも他ならない。そして生徒一同が席に着いた瞬間、期末テストは始まる。
期末テストもいよいよ終盤に差し掛かる。今は最後の数学の時間だ。他の4教科の難易度も高く、全て解き切れなかった生徒も多い。体力の消耗が激しい中での最後の数学。多くの生徒が苦戦を強いられる中、清麿は後ろから2番目の問題を解き終えた。
(本当に漸化式が出て来るとはな、しかもラスト前で……さて)
清麿は気合を入れ直す。今回の期末テストは彼が最も力を入れて勉強し、全力をぶつけている試験かもしれない。転校する前の中学でのテストの難易度はそれ程高くなく、学年トップは当たり前。椚ヶ丘に来た後のテストではクリアとの戦いが常に脳裏によぎる状況で、100%勉強に専念出来ていたかは怪しいところだ。しかし今回はその憂いすらない。
(まさか勉強でここまで熱くなる日が来るとは思わなかった。浅野、赤羽。お前等を超えて俺は満点を取る‼)
転校してから清麿は試験において単独で1位を取った事は無い。学業において自分と同等かそれ以上の実力者との戦い。彼はこの時、勉強を楽しく感じていた。これは椚ヶ丘に来なければ味わえなかった感情だ。そして彼は最終問題に目を通す。
(空間の問題か……だが、何かありそうだな)
清麿は手を動かさない。最後の問題は一見複雑な計算が必要に思われる。それでも彼なら時間以内に解くことは不可能ではない。しかし彼は違和感を覚える。そしてどういう訳か清麿の頭に浮かんだのは数式では無く、これまでの魔物との戦い及び暗殺の日々だった。
(……なるほど、そういう事だったか。こんな解き方もあるんだな)
清麿は最後の答えを出す。今回のアプローチの方法は、もしも彼がガッシュと出会う事無く家に引きこもったままであればまず思いつかなかっただろう。多くの出会いと経験を経たからこそ、清麿はこの解答に辿り着けた。
(ありがとな、ガッシュ。そして皆)
清麿は心の中で仲間達に礼を述べる。彼等のお陰で色々な世界がある事が理解出来たのだから。少しした後にチャイムが鳴り、試験は全て終了した。
後日テストが返却された。しかしE組にとって重要なのは総合順位。果たして全員が50位に入れたかどうか。生徒達の緊張感は最大限まで高まる。
「では発表します」
殺せんせーはトップ50位が乗っている順位表を黒板に張り出す。E組での最下位は寺坂だ。そんな彼は総合で47位。それが意味する事は、
「「「「「全員50位以内ようやく達成‼」」」」」
「皆、おめでとうなのだ‼」
生徒一同は歓声を上げる。ノルマは無事達成された。上位勢もほぼE組が独占、A組に完全勝利したと言っても過言ではない。そしてガッシュも元気いっぱいに彼等に労いの言葉をかける。
「何か、最終回っぽいよね」
「おい不破、勝手に終わらすんじゃない」
突如遠い目をして呟く彼女に清麿がツッコミを入れる。皆の暗殺生活はまだまだ続くのだから。ちなみに清麿とカルマは初の500点満点での同率一位。彼等との間に優劣は付かなかった。
「何だ、高嶺君とは引き分けか。勝ち逃げされた気分なんだけど」
「お互い満点だからな。ともあれ俺達は最高の結果を出せた、それで充分だろ」
2人は素っ気なく言葉を交わす。他の生徒と比べてテンションがそれ程変わらないのは、喜びよりも目標を達成できた安心感が勝ったが故だ。決して嬉しくない訳ではない。そんな彼等の頭に殺せんせーが触手を乗せる。
「高嶺君とカルマ君。君達と浅野君の差は、数学の最終問題でした」
浅野はその問題を完答する事が出来ず、満点を逃した。彼は数学のみ97点の合計497点での総合3位。清麿とカルマが辿り着いた解答方法に彼は気付けなかったのだ。清麿だけでは無く、カルマもE組での暗殺生活を経たからこそこの方法にありつけた。
ちなみに他のA組の生徒達はテスト前半の調子は良かったが、後半になると多くの生徒が応用問題でつまずいていた。殺意でのドーピングは時間をかけて育ててこそ意味がある。殺意はそんなに長続きするものでは無い。
しばらく全員が喜びを分かち合った後に一息つく。生徒達が席に着くと、殺せんせーは改めて彼等に問いただす。
「さて皆さん。全員E組を抜ける権利を得た訳ですが、ここから出たい人はいますかね?」
答は分かり切っている、当然ノーだ。生徒達は暗殺用の武器を構えて返答した。そして彼等が暗殺へのやる気を見せたその時、何かがぶつかるような大きな衝撃音が聞こえてくると同時に教室が揺れる。
「にゅやっ、一体何が⁉」
殺せんせーの声と共に皆が窓から外を見るが、何と校舎の半分がショベルカーによって取り壊されている。生徒達が何事かと考えていると、理事長が外に立っていた。
読んでいただき、ありがとうございました。次回も諸事情により投稿の日数が空きます。ご容赦下さい。