「今朝の理事会にて旧校舎を取り壊す事が決定しました。皆さん、退室の準備をお願いします」
理事長が言い放つ。E組の生徒達には新校舎に移ってもらう予定だ。そこは刑務所を参考にした牢獄のような環境で、彼曰く“私の教育理論の完成形”との事だ。横暴とも言える突然の決定に当然生徒達は反対するが、理事長は意にも介さない。そして彼は殺せんせーの方を向く。
「それから殺せんせー、私の教育には既に貴方は要らない。今ここで殺します」
何と理事長は禁断の伝家の宝刀、殺せんせーの解雇通知を取り出した。この学園のトップは理事長だ。その気になれば彼の一存で他の教師や生徒を学校から追い出す事も出来る。殺せんせーは冷や汗をかいて怯える。
「はわわわ、そんなのが許される訳……」
“リストラ”殺せんせーが教師である以上これは確かな弱点だ。そしてあろうことか、先生は不当解雇であるとデモに訴えかけ始める。
「解雇の2文字はこのタコに面白い程聞くんだよな」
「超生物がデモって……」
杉野と渚を始め多くの生徒が彼に呆れの目線を向けるが、そんな中で清麿が口を開く。
「ちょっと良いですか、理事長?」
「何かな?」
「殺せんせーをクビにするって事は、俺とガッシュもここから出て行かなきゃならないって事ですよね?」
彼の疑問は必然だ。元々ガッシュペアは殺せんせー暗殺の為に、理事長の推薦でE組に来たのだから。その暗殺対象がいなくなれば自分達もお払い箱では無いのかと清麿は考えた。他の生徒達も不安気にガッシュペアを見る。しかし理事長は首を横に振った。
「好きにすると良いよ、高嶺君。私も罪のない中学生を路頭に迷わせる程鬼では無い。このままE組として新校舎で勉強するもよし、さらに君のような優秀な生徒なら本校舎に来る選択肢もある。ただ殺せんせーの解雇が気に入らなくて学校をやめるというのであれば私は止めない」
清麿が退学になる事は無さそうだ。理事長の言葉を聞いた生徒一同はそれに関しては胸をなでおろす。そして理事長はガッシュの方を向いた。
「しかし……ガッシュ君を学校に来させる事は出来なくなるね。流石に新校舎には彼の居場所はない」
ガッシュは顔面蒼白になるが、理事長の言う事は正しい。そもそもガッシュは正式には生徒として登録されていない。暗殺の戦力として理事長が登校を許可していたに過ぎないのだから。
「ヌオオオオ‼嫌なのだーー‼」
「ガッシュ君‼今こそ立ち上がる時です‼」
「ウヌー‼」
ガッシュは泣きながら殺せんせーのデモに参戦する。彼等は至って真面目に理事長に訴えかけているのだが、多くの生徒達はその様子を何とも言えない表情で見つめる。しかし理事長は笑みを浮かべながら、先程までちらつかせていた解雇通知をスーツのポケットにしまった。
「まあ、それが嫌なら私の暗殺に付き合ってください。その為に来たのですから」
理事長の目は冷徹だ。自らの教育に不要になった者は容赦なく切り捨てる。それは殺せんせーとて例外では無い。その為に彼は一度校舎の取り壊しを中断させた後、校舎に入っていく。
殺せんせーの暗殺方法はシンプル。半円に並べられた5つの机にそれぞれ問題集を置く。その問題集にはピンが抜かれた手榴弾が挟み込まれ、ページを開いた瞬間爆発する仕込みだ。しかし問題を解く者はページの右上の問題を1問解くまでは席を離れてはいけない。
「4つの対先生手榴弾と1つの対人用手榴弾。見た目や臭いでの判別は不可能。貴方が先に4冊解き、私が最後の1冊を解く。このギャンブルで私を殺すかギブアップさせれば、貴方とE組がここに残るのを認めます」
強者としての立場を利用した、殺せんせーにとって圧倒的不利な暗殺。E組一同は苦虫を嚙み潰したような顔をして、窓の外から殺せんせーを見守る。自分達が殺せなかった超生物がこんな方法で殺されてしまうのか。彼等は拳を握りしめる。それでも殺せんせーに断る選択肢は無い。
「どうかな、高嶺君とガッシュ君。強者は簡単に、一方的に弱者をねじ伏せる事が出来る。優しい王様という理想が如何に非合理的かつ非現実的であるかが、この暗殺を通して分かると思うよ。この前の話し合いの白黒もハッキリしそうだね」
「何だと、理事長殿⁉」
理事長の言葉を聞いたガッシュは目を細める。この暗殺でかつて理事長と行われた優しい王様をめぐる議論の決着がつくという。だがこれを止める選択肢は無い。理事長の圧倒的権力のなせる業だ。そして清麿には怒りが込みあがる。理不尽を押し付けられた挙句に自分達の追い求めるものを否定された。彼は我慢の限界に達する。
「おい‼それ以上は」
「ストップです、高嶺君」
理事長に反論しようとする清麿を殺せんせーが止める。今の清麿の言葉は理事長には届かない。ならばどうすれば良いか、先生にはそれが分かっている。
「理事長、ガッシュ君なら優しい王様になれますよ。貴方は言った。“この暗殺をもって2人の目指す王の姿を否定する”と。ならば私はこの暗殺を乗り越えて貴方の言葉を否定して見せましょう」
殺せんせーは暗殺を引き受ける。それ以外の道は無いのだから。権力のみで先生を殺す事で自分の合理性を証明し、ガッシュペアの理想を打ち砕く。それを防ぐのは殺せんせーが理事長とのギャンブルに打ち勝つ以外の方法は存在しない。先生はまず数学の問題集を開く。
(平面図形計算……えーと、これは……)
口では強気に勝負を受けると言った殺せんせーだが、内心は自らの圧倒的不利な状況でかなり焦っている。すぐにテンパるのも弱点で、理事長の思惑通りだ。そして先生が頭を抱えていると、何かが破裂するような大きな破裂音が教室中に響いた。
「まずは1ヒット。あと3回耐えられれば貴方の勝ちですね。出来るとは思えませんが」
大量のBB弾のせいで殺せんせー顔に凹みが出来ている。3度も耐えられるかは疑問だ。理事長は優越感に浸る。“強者は好きな時に弱者を殺せる”。防衛省からの口止め料と暗殺の賞金を使ってこの心理を教える仕組みを全国に広める。彼の願望は見事に果たされると思われたその時、3冊の問題集が閉じられる音が聞こえた。
「全て解きました。日本全国の問題集を完璧に覚えたつもりでしたが、数学だけは生徒に長く貸していましてね。問題を忘れていました、私もまだまだです」
先生の発言と同時に、矢田がカバンから理事長の課した数学の問題集と同じ物を取り出す。何と殺せんせーは教職に就くにあたり、全ての問題集を頭に入れていた。彼はこれくらい教師を目指すなら当たり前だと豪語するが、決して容易な事では無い。
「こんな方法では私を殺す事も、ガッシュ君の目指す王の姿を否定する事も出来ませんよ。貴方は安易な暗殺方法で自らの首を絞めた。さあ理事長、残り1冊です」
理事長の前に最後の問題集が置かれる。殺せんせーは無事に彼の暗殺を回避した。それだけでは無く、強者が好きに弱者を蹂躙出来る現実を突き付けてガッシュペアの理想を否定する事も失敗に終わった。
「自分の死が目の前にある気分はどうです?」
殺せんせーの言葉を聞いた理事長の頭には走馬灯が流れる。かつてE組の校舎は理事長が塾を開いていた場所だった。そこの第一期生は3人。当初理事長は彼等に“良い生徒”に育てる為に尽力した。そして彼等は皆志望した中学へ入る事が出来た。しかしその内の1人の“池田”は中学時代にイジメにあい、自殺してしまった。
(だから私は、強者を育てる為に……)
彼は“良い生徒”では無く“強い生徒”を育てる道を選んだ。その為の椚ヶ丘学園。そしてかつての塾は見せしめの為にE組の校舎とする。そして理事長は殺せんせーとガッシュペアの存在を知り、自らの理想の為に彼等を利用する事を決めた。そんな今の彼の目の前にあるのは死だ。しかし理事長はそれに手を伸ばそうとする。
「まさかアンタ‼死ぬ気なのか⁉」
「やめるのだ‼理事長殿‼」
ガッシュペアが叫ぶ。彼が問題集を開けば間違いなく無事では済まない。目の前で人が傷付こうとする光景を2人が見過ごす道理は無い。彼等は優しい王様を目指しているのだから。しかし理事長はその声には耳を貸さない。そんな彼を止める為にガッシュは窓から教室に入ろうとした。その時、
「ガッシュ君、待って下さい!」
殺せんせーがそれを制止する。そしてガッシュが足を止めた一瞬、理事長は問題集を開いた。その直後に起こる爆発、理事長は死を恐れていない。それを見たガッシュペアの脳裏によぎるのは絶望。目の前の命が失われる事を止められなかったが故の。しかし爆風が消え去った後、そこに死人は存在しなかった。
「これは……」
「ヌルフフフ、脱皮です。脱いだ直後の皮なら、手榴弾の爆風くらいは防いで見せますよ」
殺せんせーの奥の手の1つ、脱皮。これがあるからこそ彼はガッシュペアの手を借りる事無く理事長を助けられた。殺せんせーには、理事長が自分に負ければ自爆を選ぶ事を予測出来ていた。ガッシュペアに教室まで来させなかったのは、万が一彼等が爆発による怪我を負うリスクを避ける狙いもある。
「私達は似た者同士でしたね。昔の理事長の事は調べさせてもらいました。私の教育の理想は、かつての貴方の教育とそっくりだった」
弱者が集うとされるE組。しかし本来のE組制度の目的は見せしめなどでは無い。生徒達が同じ境遇をクラス内で共有し、校内いじめに団結して耐え、仲間に相談できる環境を作る為であるとの事だ。
「そんなE組を創り出したのは……他でもない理事長です。貴方は本能的に私が同じ教育論を持つ事を予感していたのでしょうか。だから私を教師として雇った。そして高嶺君とガッシュ君をE組に呼び寄せたのは私の暗殺の為だけでは無く、彼等なら“良い生徒”としての最高の手本となり得るからと言ったところですかね」
殺せんせーは全てを見透かしたかのように言い放つ。理事長は昔に描いた理想の教育を無意識に続けていたのだと。その話を聞いたガッシュペアは怪訝な顔を見せる。まさか自分達がE組に推薦された理由が、暗殺以外もにあったとは思いも寄らなかった。そして理事長は何かに納得したような顔を見せて口を開く。
「私は十年余り、多くの強い生徒を輩出してきた……さて、殺せんせーも私のシステムを認めましたね。ならば恩情を持ってE組は存続させる事としましょうか」
旧校舎の取り壊しは中止となった。E組はこれまで通りの環境で残りの学園生活を過ごせる。E組一同は喜びの表情を見せた。
理事長が校舎を出る。すると彼は悟ったような表情でガッシュペアの方を向いた。
「そういう事だったのか、高嶺君とガッシュ君。今なら何故私が魔界の王を決める戦いに勝ち残れなかったのかが分かったよ」
理事長が何気なく口にした発言を聞いたE組一同の間に沈黙が流れる。そして、
「「「「「理事長も戦いに参加してたの⁉」」」」」
ガッシュペア以外の生徒は驚愕する。まさか彼が魔物の戦いに参加していたとは夢にも思わなかったのだ。確かに理事長はガッシュペアの力の事を知った上で、彼等をE組に推薦した。しかし魔物の事を知っていても理事長が直々に戦っていた訳では無いと生徒達は思い込んでいた。そして彼等は理事長に対して、魔物の戦いに関する質問責めを行う。
「やれやれ、口に出す程の事では無いのだがね。まあ、パートナーである彼には悪い事をしたと思っているよ」
理事長は自分とパートナーの魔物との日々を話し始める。パートナーとなった魔物の背丈はガッシュと同じくらいで、それ以外の容姿はかつての教え子の池田によく似ていた。しかし彼はお世辞にも強い魔物とは言えなかった。それを理解した理事長は彼を洗脳教育して強くする道を選ぶ。
「そこから既に敗北は決まっていたのだろう」
洗脳教育により、彼の術の威力も身体能力も飛躍的に上がった。そんな2人の前に現れたのがナゾナゾ博士とキッドだ。博士は理事長が魔物を洗脳する様子を見かねて戦いを挑んだ。純粋な強さだけなら洗脳教育によって、その魔物がキッドを上回っていたかもしれない。
「だが君達も分かる様、この戦いにはパートナーのコンビネーションが必須だ」
洗脳教育でお互いの信頼関係を築く事は不可能だ。そんな事で得た強さには限界がある。理事長達はそこをキッドペアにつかれた結果、本を燃やされてしまったのだ。話を終えた理事長はガッシュの頭に手を置く。
「私の戦いはこれで終わりだよ。彼は“良い王様”になりたがっていた。彼の目指した理想とガッシュ君の目指す優しい王様。どちらが王になっても魔界の皆は喜びそうだね」
理事長はその魔物を大切に思っていなかった訳では無い。むしろ池田の面影を見た彼を強者にしたいという思いばかりが先走った結果、彼は負ける事になった。魔物の戦いでは、お互いが寄り添い合わなくては本当の強さを得る事は出来ない。その事にようやく気付いた理事長はわずかな後悔の念を感じる。
「理事長殿。私が魔界に帰ったらその魔物とも友達になりたいぞ!」
「ああ、よろしく頼むよ」
ガッシュの言葉を聞いた理事長の口角が上がる。そして彼は話を続けた。
「それから高嶺君、ガッシュ君。彼の住む魔界を救ってくれた事、礼を言うよ」
「その事まで知っていたんですね。魔界の皆のお陰で勝つ事が出来ましたよ」
理事長もまたナゾナゾ博士からクリアとの戦いの話を聞いていた。理事長がその魔物と過ごした時間は長くない。だが博士が言うにはその魔物は洗脳された状態でも、理事長の事を最後まで案じていた様に見えたとの事だ。理事長もまた教え子の面影を感じる魔物には思うところがあった。そんな彼が救われた事にはガッシュペアに感謝している。
一通り話しを終えた理事長は、この場を去る前に殺せんせーの方を向いた。
「では私は本校舎に戻ります。それから殺せんせー」
「何でしょうか?」
「たまには私も殺りに来て良いですかね?」
「当然です。好敵手にはナイフが似合いますね」
理事長が対先生ナイフを振りかざす。しかし彼には淀んだ殺意は無い。理事長もまた殺せんせーに手入れされ、爽やかな殺意を持つようになった。これからは息子との関係もより良くなるだろう。そして彼は山を降りていく。その後E組一同が壊されかけた校舎の修理に追われる羽目になったのは別の話だ。
読んでいただき、ありがとうございました。理事長のパートナーの魔物の名前や術は、皆さんのご想像にお任せします。そして次回はついにあの話に入ります。