LEVEL.75 分裂の時間
3学期の校舎。全員登校こそしているが生徒達の顔色は優れない。暗殺対象の正体は人間。自分達は同じ人間の命を奪おうとしていた。これからも暗殺を続けて良いのだろうかと思い詰める者も多い。
(やはりこうなってしまったか……)
彼等の様子を見た烏間先生は職員室で頭を抱える。彼も断片的に殺せんせーの過去を聞いていたが、それを打ち明けるべきではないのではと考えていた。現に多くの生徒達は悩み続けている。
教室内の生徒全員が着席するとビッチ先生が入ってきた。そして彼女は少しの沈黙の後に口を開く。
「アンタ達が本当はどうしたいか……よく考えなさい。それから私のような殺し方は絶対にダメ。多くを失うから」
彼女は殺し屋として多くの命を奪ってきた。自分が生き残る為に、自分の気持ちを押し殺して。そんな過酷な生活を送ってきた先生なりに、生徒達に最大限の助言をしてくれている。生徒達は黙って耳を傾ける。
「せいぜい悩みなさいな。アンタ達の中の、一番大切な気持ちを殺さない為にも」
先生はそう言い残して教室を出た。彼等には自分のような人生を歩んで欲しくない。奪いたくない命を奪う事は自らも大きな傷を負う事になる。彼等が背負うにはそれは大きすぎる。だから彼女は生徒達に助言する。自分と同じ苦しみを味わって欲しくないから。
その日の放課後、渚がE組全員を裏山に召集をかける。多くの生徒達が疑問に思う中、彼は自分の思いを口にする。
「出来るかどうかなんて分からない、でも……殺せんせーの命を助ける方法を探したい」
渚の答えは“殺せんせーを救う事”だった。勿論方法など分かりはしない。しかし先生の過去を知った以上、皆も今まで通りの暗殺対象として見る事は出来ないのではないかとの考えだ。色々な事を教えてくれた先生と楽しく過ごしてきたのだから、殺すよりも助けたいと思う事が自然であると彼は言う。
「……清麿」
「ああ、そうみたいだな」
ガッシュペアは目を合わせて口角を上げる。奇しくも彼等の出した答えは渚と同じだった。2人が皆に伝えるまでもなく、渚が先に提案してくれた。恩師を助けたい。その考えは間違っていない。現に渚に賛同する生徒達も多い。
(良かった、皆……)
渚は安堵する。ガッシュペア以外にも杉野・茅野・倉橋・片岡・不破・原等の多くの生徒達が同じ事を考えてくれていた。
そうして先生を助ける方法についての話し合いが盛り上がるが、話はそう上手くは纏まらない。クラス全員が渚の意見に賛成している訳では無いのだから。中村が口を開く。
「渚……悪いけど私は反対。暗殺者と標的が私達と殺せんせーの絆、それはとても大切な事。だからこそ、何が何でも殺さないといけないと思うから」
彼女は強気な口調で言い放つ。殺意が結ぶ絆、これこそが今のE組の根幹だ。その揺らぎはクラスの崩壊にもなり得るのではないか。中村はそう考えて真っ先に反対意見を述べた。周りの空気は一変する。すると中村の後ろに寺坂・吉田・村松が立つ。
「助けるっつっても、俺等にやれる事なのか?奥田や竹林の知識だってせいぜい大学生レベル、そんな方法を編み出せる確証はねぇ……まあ高嶺のチート能力を使えばその限りじゃねーかも知んねぇがな」
寺坂が渚の発言を否定した後に清麿の方を向く。
「そうだな……この力で答えを導き出しても今の皆が納得するとは思えない。だから俺もそうはしてこなかった」
殺せんせーを殺すにしても助けるにしても、クラスが一丸となって結論に辿り着かなければならない。清麿も内心では殺せんせーを助けたいと思っているが、今は
「俺等だって渚の言う事を考えなかった訳じゃねぇ。けどな、全員でその方法を探して結局見つかりませんでしたとかシャレになんねーだろ」
「せっかく身に付けた暗殺の力を使わずに無駄にして、タイムリミットを迎える事になるからな。そんな半端な結末を、あのタコが喜ぶとは思えねぇ」
吉田と村松が真剣な表情で意見を述べる。答えを得られないまま、何も出来ないまま卒業を迎えるなどあってはならない。かつては暗殺に対して後ろ向きだった寺坂グループだが今は違う。暗殺について、クラスについてしっかりと考えた上で自分の気持ちをぶつけている。
「てか渚君、調子に乗りすぎでしょ。一番暗殺の才能があるくせに殺すのをやめようとか、何考えてる訳?」
カルマが言い放つ。渚を睨み付けながら。今のカルマは明確に渚を軽蔑している。クラスの誰よりも暗殺の才能を持つ張本人がそれを投げ出そうとするのだから。その事が彼には、才能が無いなりに必死で暗殺を頑張ってきた者達への冒涜に思えて仕方が無い。
「渚君さぁ、力の弱い人間の気持ちを分かってないんだろ。だからそんな事が言えるんだ!」
「そうじゃない!殺せんせーを助けたい正直な気持ち‼カルマ君は殺せんせーが嫌いなの⁉今まで殺せんせーと過ごしてずっと楽しかったじゃんか‼」
「それはタコが皆の殺意を鈍らせないようにしてくれたからだろーが‼その努力もわかんねーのに半端な事言い出してんじゃねーよ‼頭小学生か⁉」
それぞれの口調が強くなる。カルマは渚以外が同じ事を言い出した場合、ここまで感情的にはならなかっただろう。彼はE組へ進学する以前から渚の持つ底知れぬ何かに気付いていた。それこそが“暗殺の才能”。渚相手にケンカや勉強で勝てても、彼にはその才能が無い。そんな渚が暗殺を投げ出す行為がどうしても許せない。だからこそ渚の言動はカルマの逆鱗に触れた。一方で渚も負けじと彼を睨み付ける。
「何その目。小動物のメスが逆らおうっての?」
カルマはこれまで見せた事の無い怒りの表情を渚に向ける。カルマが吐き出す渚への数々の暴言。多くのクラスメイトが見ている事しか出来ない状況の中、ガッシュが歯を食いしばる。渚とカルマの因縁。それは殺せんせーが椚ヶ丘に来る以前からのものであるが、そんな事を知らないガッシュは遂に動き出す。
「そんな言い方……しなくとも良いでは無いか‼渚だっていい加減な気持ちで言い出した訳ではなかろう‼」
(ガッシュ……)
彼は2人の間に割って入る。カルマと渚の言い合いを黙って聞いていられなくなった様子だ。そんなガッシュに渚は視線を移す。そしてカルマはつかさず怒りの矛先をガッシュに向けた。
「へぇ……ガッシュ君、渚君の味方をするんだ。まさか君まで殺せんせーを助けようとか言わないよね?」
カルマとガッシュの怒気がぶつかり合う。そしてカルマは察する。ガッシュも殺せんせーを助ける方法を探そうとしている事を。その事はさらに彼をイラつかせる。
「噓でしょ……正気なの?」
「私も冬休みの間、考えていたのだ。殺せんせーも皆と同じ人、しかも地球の滅亡は先生が望んでいる訳では無い。それならば本当に命を奪っても良いのかと」
ガッシュは考えを吐露する。殺せんせーの過去が明らかになった以上、これまでと同様に先生の命を狙い続ける事は出来ないと。それを聞いたカルマは舌打ちをした後に反論を続ける。
「何それ……ていうかガッシュ君さぁ、優しい王様を目指してるんだよね?もしも中途半端な事しでかして、期限までに殺せんせーを殺す事も地球の滅亡を止める事も出来なかったら皆死ぬんだよ?そんなんじゃあ優しい王様になれなくね?」
「それは分かっておる‼」
正論。カルマの言う事は正しい。殺すにしても助けるにしても期限以内に成し遂げられなければ地球は終わる。そうなった時点でガッシュは優しい王様にはなれない。だからカルマはその考えを認められない。ガッシュもそれは理解している。しかし、
「それでも私は殺せんせーを助けたい‼先生の事も大切だから‼大切な人1人助けられずして、何が優しい王様か⁉」
ガッシュは言い放つ。殺せんせーの命をも救ってこその優しい王様だと。彼はファウードでの戦いの時も、地球の滅亡か仲間の命の選択に迫られた。しかしガッシュは仲間と共に困難を乗り越え、どちらも失わない結果を得る事が出来た。だから彼は今回もどちらかを切り捨てる事はしない。ガッシュの言葉を聞いた清麿は口角を上げる。しかしカルマは一歩も引かない。
「確かに君達の力は大きい。でもさ、何でも自分達の力だけで思い通りになるとか」
「そんな事を考えてはおらぬ‼」
ガッシュはカルマの言葉を即座に否定する。ガッシュとて自分だけで殺せんせーを助けられるとは思っていない。
「これは皆の……E組の力を合わせなくては成功させる事は出来ぬ‼」
殺せんせーを助ける。口では簡単に言えてもその方法を見つける事は容易で無い。クラス全員が協力して初めてそれにありつけるかどうか。それすらもやってみなくては分からない。
「だから皆‼殺せんせーを助ける為に力を貸して欲しいのだ‼」
ガッシュは深々と頭を下げた。E組全員で力を合わせてもらえる様に。それを見た渚は後悔する。ガッシュの行動は本来、言い出しっぺである自分が行わなければならない事だったと。そして彼も頭を下げる。
「僕からもお願い‼皆、協力して‼」
渚は罪悪感に苛まれる。殺せんせーをどうするかについて、自分の事しか考えられていなかったと。他の皆も同じに悩んでいるのに、自分の意見で手一杯だった事を恥ずかしく感じた。そんな渚とガッシュの様子をカルマは見つめる。
「なるほどね、2人が半端な気持ちで言い出した訳じゃないのは理解出来たよ」
ここで彼は初めて渚とガッシュの言動を受け入れる。2人の思いは伝わった。しかし、理解を示す事とそれを肯定する事は別問題。
「でも……それでも力は貸してあげられない。あのタコを殺すべきだと思ってるから」
カルマの意志は変わらない。しかし今の彼の目からは軽蔑・怒りと言った負の感情は消えていた。渚とガッシュの全力の思いにあてられ、不用意に暴言を吐くような真似はしなくなる。しかし、
「俺に言う事を聞かせたいんだったらさぁ、俺を倒してみたら良いんじゃない?」
カルマの挑発。お互いに意見を曲げる事が無い以上、力づくで相手に言う事を聞かせる以外の方法は無い。すると渚が一歩前に出る。
「渚、お主……」
「ごめんガッシュ。最初に皆に頭を下げるのは僕の役割だったのにね……だからこの役は、カルマ君とケンカして勝つのは僕が引き受ける」
心配の眼差しを向けるガッシュを差し置いて渚は臨戦態勢を取る。それを見たカルマは渚に殴り掛かろうとする。一触即発かと思われたその時、大量の武器を抱えた最高司令官のコスプレをした殺せんせーが登場した。
「そのケンカは大いに結構。ですが暗殺で始まったこのクラス。決着をつけるのはこれでどうでしょう?」
(((((事の張本人が仲裁案を出してきた⁉)))))
生徒達が内心ツッコミを入れていると、烏間先生とビッチ先生も合流した。そして殺せんせーが説明を始める。赤色と青色に分けたペイント弾とその色のインクを付けた対先生ナイフ。そしてチーム分けの旗と腕章が用意された。
「先生を殺す派は赤、殺さない派は青。この裏山を戦場にチーム毎で戦い、相手のインクを付けられた人は死亡退場。相手チームを全滅か降伏させるか、敵陣の旗を奪ったチームの意見をクラス全員の総意とする。どうです?」
自分の生死が関わる状況でも殺せんせーは楽しそうだ。生徒達が全力で決めた答えならば、どのような物でも尊重すると言う。しかしクラスが分裂したまま終わる事は何としても避けたい。その為の仲裁案だ。それを聞いた皆は頷く。全員がこの方法を受け入れた。
「それから高嶺君とガッシュ君。君達は呪文・
「「分かった(のだ)」」
先生はガッシュペアに制限を設けた。彼等の力は大きく、順当なハンデと言える。それでもガッシュの魔物としての身体能力と清麿の頭脳は脅威だが、他のE組も鍛えられた暗殺者揃い。例え倒す事が出来なくとも、一発彼等に攻撃を当てるだけならば十分に可能だ。そしてガッシュを含めた多くの生徒達が色を決めていく。
(青チームにはガッシュがいるが制限も多い。ふむ……)
まだ武器を取っていない清麿は心の中で呟く。ガッシュ1人の戦力は大きいが、赤色には各分野のスペシャリストが集まる。男子の数も多い。
赤チーム カルマ・岡島・岡野・木村・菅谷・千葉・寺坂・中村・狭間・速水・三村・村松・吉田・イトナ
青チーム 磯貝・奥田・片岡・茅野・神崎・倉橋・渚・杉野・竹林・原・不破・前原・矢田・ガッシュ
ちなみに律は協調の観点から考えて中立の立場を取り、烏間先生と共に戦いを仕切る役割を引き受けた。
「残るは高嶺君だけですねぇ」
「おっとそうだな。出遅れてしまった。だが俺の答えは決まっている」
殺せんせーに急かされた清麿は前に出て青色の武器が置かれる箱の前に立つ。クラス全員の意見を聞いた後でも彼の気持ちは揺るがない。
「俺は確かに殺せんせーの暗殺の為に理事長に推薦された。だが先生の過去を知った時に考えたんだ。俺自身が本当はどうしたいのかを。何が一番正しいのかまでは正直分からん。そして出した結論は殺せんせー、アンタには生きていて欲しい」
ガッシュペアは理事長の推薦でE組に来た。しかし事情が変われば彼等の考えも変わる。
「俺とガッシュが理事長から受けた依頼は“地球の滅亡を防ぐ為に超生物を殺してくれ”だ。だが実際はどうだ?殺せんせーは超生物なんかじゃなくて俺達にとって大切な人だ。だから殺さずして地球の滅亡を防ぐ方法があるのなら、諦めたく無い」
ガッシュペアの目的は地球の滅亡の阻止。殺せんせーの命を奪わずにそれが出来るのなら、当然その道を選ぶ。
「そしてこれはガッシュのパートナーとしてでは無く、1人のE組の暗殺者として出した答えだ。文句は言わせん」
清麿はそう言って青色の武器を取る。ガッシュを王にする為では無い。彼自身の意志に基づいた答え。その否定は誰にもさせたくない。そして清麿が元の場所に戻ろうとすると、カルマが彼に声をかける。
「良かったよ高嶺君。ガッシュ君が殺せんせーを助けたいから青チームに入るとか言い出さなくて」
「当然だ。ガッシュがどうしたいか以上に、俺自身が殺せんせーを助けたいと思った。だからこっちを選んだ。それに先生には、まだやってもらいたい事がある」
「へぇ」
カルマは口角を上げる。清麿は自分の意志でカルマと敵対する道を選んだ。だからこそ倒しがいがある。ただガッシュに引っ張られるだけの清麿なら相手にする価値も無いと、彼は考えていた。
「やってもらいたい事、ねぇ……まあ今は良いや。取り敢えず全力で潰しに行くけど、文句ないよね?」
「それはお互い様だ。悔いを残さない戦いにしよう」
カルマの宣戦布告。彼は学業において遂に清麿に勝つ事が出来なかった。他の分野でもどれだけ清麿と張り合えるか。カルマは渚だけでなく、この戦いで清麿をも打ち倒そうと心に決めている。こうしてE組全員がチームを決めた。
各チームに別れて作戦会議が始まった。チーム毎の連絡は超体操着のフード内に仕込まれた内臓通信機が使われる。また超体操着の機能として即座に迷彩を塗る事が出来る。赤チームは菅谷、青チームは彼に塗り方を教わった倉橋がその役割を引き受けた。しかし超体操着を持たないガッシュはこれらの恩恵を受けられない。これも彼が抱えるハンデの1つだ。
「ガッシュ、お前はカモフラージュとして裏山の葉っぱをマントに着ける事にしよう」
「ウヌ……清麿、頼むのだ」
清麿がガッシュにカモフラージュを施していると、渚が倉橋に裏山の迷彩とは別の迷彩を施してもらっているのを目撃する。それを見た清麿は口元に笑みを浮かべた。渚はとんでもない事をやろうとしていると。全員の迷彩が塗り終わると、磯貝が清麿に呼びかけた。
「多分向こうはカルマが指揮を取ってくる。アイツは頭がキレるからな。こっちの指揮官は高嶺がやるか?」
他の青チームの面々もそれに賛同する。清麿の頭脳を以てすればカルマの指揮にも対抗出来る。しかし清麿は首を横に振った。
「それは戦況を見て臨機応変に決めて行こう。俺達皆が考えた作戦で赤チームを倒す」
清麿1人で全てを仕切るつもりは無い。あくまで青チーム全員が力を合わせる事に彼はこだわる。清麿は意見を出していくが、それは他の皆も同じ。彼等は作戦を考えて本番に備える。
読んでいただき、ありがとうございました。サバゲー編は戦闘が多めで自分自身も描写に苦労すると思いますが、次回もお待ちしていて下さい。