皆さんこんにちは、まさかの大師匠降臨でウイングさんがテンパってますが私は元気なゴン・フリークスです。憧れに会えたズシのトキメキっぷりが眩しいです。
ハンター協会会長アイザック・ネテロの朝は早い。
まだ日が昇り切らぬうちに起き出し、朝日に向かって感謝の正拳突きを行う。基本的には1万回を目処にしているが、その日の予定次第では時間をかけて祈るようにしていた。
まだ十分早い時間の朝食を済ませたら、ハンター協会会長としての雑事をこなしていく。ネテロ自身が人を使うことにも長けている上に、協会設立から長い時をかけて熟成された運営方針は忙しいながらも残業とは無縁のホワイトな職場である。
会長としての職務から解放されたらネテロの自由時間となり、その日の気分で他のハンターにちょっかいを出したり鍛錬したりと様々である。
とても一世紀以上生きてるとは思えないほどアグレッシブかつバイタリティに富んだその生活こそ、ネテロが未だ現役で若々しい理由なのだ。
と、ネテロを知る者たちは勘違いしていた。
287期ハンター試験からおよそ2ヶ月ほどになるが、ここ最近のネテロは周囲が驚愕するレベルで日に日に若々しさを増していた。
大して曲がってもいなかった腰には一本の芯が入り、武闘家はもちろん素人が見てもぶれのない美しい立ち姿に。
総白髪だった髪や髭には明らかに黒色が増え、こころなしかチョンマゲの根本から新たな
肌の色ツヤも良くなっていたがそれ以上に表情が若返っており、喜怒哀楽全てをいい意味でよく表していた。
どんな発を開発したんだと言われてもおかしくない劇的な変化、事の発端は287期ハンター試験終了から一週間程に遡る。
「ふ~~む、…つまらんのぅ」
質素ながら高級品、あるいは骨董品で整えられた執務室。287期ハンター試験の事後処理も粗方終了し、ネテロが対応する仕事も日常の物に戻っていた。ほとんどサインを書くだけであったり確認だけとはいえ、ある人物により最重要案件がさり気なく混ざったりしているためおざなりにすることは出来ない。
「のぅビーンズや、なんか仕事増えとりゃせんか?その割に刺激的な事件もないしこんなに世は平和じゃったか?」
「会長、以前と大して変わらないですから口ではなく手を動かしてください。残業になって面倒なのは会長なんですよ?」
机に突っ伏して文句を言うネテロと、それを窘める秘書のビーンズ。昔から繰り返されたやり取りのため違和感は無いが、唯一ビーンズのみがネテロの異変を察していた。
「今日の仕事ならもう終わったわい。他に予定とか先に済ませられる案件はないかの?」
「なんですって?」
ビーンズはすでに仕事が終わっていること、追加を要求してくることに驚愕した。確かにこなせるだけの能力があるのは知っていた、しかし余裕を見せれば陰湿な副会長からの嫌がらせが増えるため普段から適度に手を抜いているのだ。
「いいんですか会長?そんなことしたら明日以降の仕事量が倍になってもおかしくないですが」
「それは嫌じゃ〜、しかしワシの中で燻る火がこのままではいかんと囁いておるんじゃ〜」
突っ伏したままウネウネしているネテロを見ながら、ビーンズはハンター試験で大はしゃぎだった姿を思い出し考える。若い者達に触れ合うことが楽しかったのならそうすればいいし、試練を与えたいならそうすればいい。ネテロにはそれが出来るだけの立場と強さが備わっていて、本人も気付いてない訳はないのだ。
「結局の所何が引っかかっているんですか?それ次第でどうするべきか変わると思うのですが」
「それがよーわからんのじゃ、なんかムカつくような楽しみなような。なーんか気付けてないことがある気がするんじゃ」
思い出そうとしているのかウンウンと唸るネテロに対し、ビーンズはとりあえずハンター試験であった自分の知らないことを聞いてみた。終始裏方に徹していたビーンズの知らなかった出来事を楽しそうに語るネテロを嬉しそうに見ながら、特に気に入ったらしいジンの息子のゴンについて詳しく聞いてみる。
「ありゃあジンとは違って素直で可愛げがあって超将来有望な金の卵じゃな!いやもう小鳥くらいにはなっとるか」
更に楽しそうに身振り手振りで最終試験のことを話すネテロに机の上に立たないよう注意しながら、百式観音を受けても無事だったことといつか勝つと宣言したことに感心する。
「とんでもない子供がいたものですね、会長の百式観音を知って真正面から破ろうとする人なんて初めてじゃないですか?」
「ん〜?そうだったかのう?」
「それに一番恐ろしいのは目処がたってるらしい所ですよね、ゴン君の能力でどう百式観音を攻略するつもりなのか気になります」
何気ないビーンズの一言が、ひどくネテロを苛立たせた。
「…目処がたってる?」
急に雰囲気の変わったネテロを訝しみながらも、ビーンズは聞いた話から自分の思ったことを告げる。
「だってゴン君は本気で会長に勝つつもりなんですよね?発もほとんど完成していて後は練度を上げるだけだということは、その練度さえ上がれば勝てると思ってるってことじゃないですか」
「…」
「そしてゴン君の能力は致命的なまでに真っ向勝負しか出来ない。つまりは真っ向から百式観音を破る目処があるってことだと思うんですが、違いますかね?」
「……」
「…会長?」
ネテロは激怒した。
己の10分の1程度しか生きていないガキに自分の到達点を攻略したと思われていること、それ以上にそう思われていることを非戦闘員のビーンズに指摘されて初めて認識した自分の思い上がりに激怒した。一体いつからか、ネテロ自身も百式観音が破られるという考え自体浮かばなくなっていた。
「ヒョホホ、年は取りたくないのぅ。気付かぬうちに頭の中が凝り固まっていかんわい」
突如として鋭くなったネテロのオーラに、思わず後退るビーンズは良からぬことが起こることを覚悟した。
「ビーンズ、パリストンの奴に会長権限の3分の1をやるからワシの仕事量を半分にするように言え。もちろんくれてやっても問題無いものから順番にな」
「会長!?そんなことをしたらそれこそハンター協会は副会長の物に!?」
「ならんわい、ワシが現役のうちは嫌がらせをするだけで乗っ取りまではしてこん。あ奴が興味あるのは気に入った者の苦労する姿であって権力や立場に対する執着など無いからのぅ」
それでも食い下がろうとするビーンズを手で制し、携帯電話を取り出して通話を始める。
「おうワシじゃ、今すぐ心源流全支部に通達せよ、高弟以上で手の空いているもの全員に本部へ集まるようにな。最高師範たるワシからの指示だと強く言い含めよ」
一方的に話し一方的に通話を切ると、唖然とするビーンズへと向き直る。
「今すぐ全ハンター受注可能なワシからの依頼を貼り出すのじゃ。依頼内容はワシとの組手、どれだけこなせたかで報酬を出すとな」
我に返ったビーンズが慌てて手続きに入るのを見届けると、長く伸びていたちょんまげと髭を手刀で短く切り揃える。切り取った毛はまとめて放ると、音速を超える正拳突きで思い上がりや慢心と合わせて粉々に吹き飛ばす。
「先ずは不要に溜まった老廃物を削ぎ落とすか。ビスケ風に言うならでとっくすってやつかのぅ」
世界最強の一角が、己の矜持を取り戻すべく行動を開始する。
ネテロが行ったハンター協会の改革とすら言える権限の譲渡は、ビーンズの頑張りとパリストンの天邪鬼さで驚くほど穏便に成し遂げられた。これによってパリストンの小言と嫌がらせを代償に、ネテロの仕事はきっちり半分に減ることになる。
そしてビーンズが張り切っているネテロのために一肌脱ぎ、協会最高幹部である“十二支ん“に割り振れる仕事をそれぞれ選定したおかげで更に仕事を減らすことに成功する。
結果ネテロの会長としての仕事は、余程重要案件がない限り午前中に余裕を持って捌ける量にまで激減した。
ネテロが最高師範としての権限を使い、本部道場に集められた師範代や高弟達。彼らはネテロの命令であることに加え、手ほどきしてもらえるということで非常に高い士気を持って集まっていた。
全ハンター受注可能な依頼に対しても、ネテロとの組手そのものに興味がある者と持ちこたえた時間で指数関数的に増加する報酬目当てに多くのプロハンターが集まった。
彼ら全員の滞在費についてもネテロが負担するということで、多くの者が呑気にこれからのことに期待していた。
ネテロが本部道場でサビ落としを開始してから一週間、本部道場に集まった人員の半数以上が脱走あるいは脱落を余儀なくされた。
ネテロのサビ落としが目的となる組手に手心や指導はなく、ただひたすらに打ちのめされて回復したらまた組手を行うという魔の無限ループと化していた。彼等にとって唯一の救いは、ネテロ自身の鍛え直し故に百式観音の相手は必要無いことだった。
もちろん何度も組手を行うことで地力は上がるし報酬も出るため無駄では無いが、能力的に完成している者やある程度年齢が上の者達は体より先に心が折れた。代わりに高弟未満で見込みのある者も駆り出されたが、こちらは心より先に体が物理的に折れた。
一ヶ月経つ頃にはネテロの組手相手は10人にまで減っており、ネテロのサビ落としも順調に進んで組手相手の生気を吸ったのか目に見えて若返りだした。
さらなる組手相手を求めたネテロは、十二支ん所属のトリプルハンター“チードル“と協会の女医さんと呼ばれるシングルハンター“サンビカ・ノートン”の2人に依頼を発注した。協会内で評判が良く人気も高い2人が治療してくれるという触れ込みにより、有象無象の者達が再び本部道場に集った。その後も美人な美食ハンター“メンチ”の手料理などあの手この手で人数を確保するも、結局直ぐに10人前後に落ち着いてしまうようになる。
ゴン達を訪ねる少し前、根性と情熱でネテロの組手相手を務めていた者達は既に限界の何歩か先を歩いていた。流石に効率が悪いことを気にしたネテロは、ついに最も信頼する直弟子の一人へと電話を繋ぐ。
人の生活圏から遥か離れた、魔獣が跋扈する山岳地帯。
事前調査の結果から未知の鉱石が埋蔵されていることが判明し、危険度から少人数ながら精鋭による採掘が行われている。その精鋭の中の一人にひときわ目を引く派手なドレスの女の子、ダブルの称号を持つストーンハンターにして心源流拳法師範“ビスケット・クルーガー”がいた。光り物に目のない彼女は多額の報酬と未知の鉱石が宝石の場合その一つを条件に、魔獣の駆除や対応できない事態の対処として同行している。見た目こそローティーンの可憐な少女だが、道中これでもかと有能さを発揮していたため可愛がられながらも頼りにされるという不思議な扱いを受けていた。
『しもしも~、ワシじゃよワシ。ちょいと頼みたいことがあるんじゃが今電話大丈夫かの?』
「ワシワシ詐欺なら他でやってくんないジジィ、それに大丈夫じゃなかったらそもそも繋がらないようにしてるわさ」
『ホッホッホ、相変わらず元気そうで何よりじゃ』
「そっちも無駄に元気そうね、暇じゃないからさっさと用件を言ってくれない?」
採掘が始まってから割と暇していたビスケの携帯に連絡してきたのは、ハンターと心源流両方において上司にあたる唯一の人物であるネテロ。通話での対応はそっけないが、連絡してきたのがネテロと知ったとき心なし嬉しそうだったのはビスケ自身気付いているのかいないのか。
『頼みというのはお主のクッキィちゃんを貸して欲しくての。最近組手相手が怪我は無くても体力が限界で歯応えがないんじゃ』
「はあ?組手相手?突然どうしたわさ、今更強くなろうとしてるわけ?」
『ちょいと思うところがあっての、とりあえずサビ落としの最中じゃ』
「…ふーん、本気なら手伝うのもやぶさかじゃないけどねぇ、アタシも絶賛仕事中で手が離せないんだわさ。」
ビスケは電話越しながらネテロの本気を感じたが、流石に今現在仕事中の身で安請け合いするわけにはいかなかった。電話したネテロ自身もその辺は想定内であり、とりあえず時間ができたら本部道場を訪ねてくれればいいと告げる。
「しっかしジジィが今更鍛え直しねぇ〜、そういえばちょっと前にアタシの弟子が面白いこと言ってたわさ。なんでも成り行きで取った弟子がアタシやジジィを超える逸材らしくて引継いでくれなんて弱音言ってきたのよさ」
『ほう?お主の弟子というとウイングじゃったか、あ奴は自身の強さもいい線いくが指導者としての方が才能ある印象なんじゃがの』
「そうなのよさ。まあ聞いてみたらかなり面白そうな4人組らしいし?弟子にアタシを超える逸材なんて言われて黙ってるのも癪だからね、暇ができたら面倒見ることにしたしその時は本部道場に連れていくのも楽しそうだわさ」
『ホッホッ、そんときゃ引き摺ってでも連れてきな。そんでウイングは今何処にいるんじゃったか?』
「ん?たしか正規の弟子連れて天空闘技場にいるんじゃなかったかしら、移動したとも聞かないし間違いないと思うわさ」
ネテロの食い付きかたに違和感を感じながらも、秘密にすることでもないとウイングの所在地を教える。その後いくつかの雑談と連絡事項等などを済ませ、そろそろお開きという頃にネテロから最後の質問が飛ぶ。
『一応確認だけしとくんじゃが、面白そうな4人組はゴン・フリークス達で間違いないかの?』
「何で知って、…そういえば今年のハンター試験合格者だったわね、知ってるならそう言えばいいのになんで黙ってたわさ」
『ホッホッホ、特に理由はないぞい。じゃ、クッキィちゃんの件宜しくの~』
そのまま通話を切ったネテロにいくつか文句をこぼしながら、弟子と師匠が関わっていて自分だけ仲間外れになっている状況に口を尖らせる。
「なによ年甲斐もなく楽しそうにしちゃって、…マジでそんなに特大の原石なわけ?」
その後未知の鉱石が見つかるまでの間、ビスケは秘境で一人自分だけ知らない原石達の輝きに思いを馳せた。
「ビーンズ!確かワシの代わりにミザイストムが行く予定の仕事があったな?それやっぱりワシが行ってついでに2、3日ばかんすしてくるぞい!」
「はい!?…まあスケジュール的には問題なさそうですね。わかりました、その方向で調整しておきます。ちなみにバカンスの行き先は?」
最近多い突飛な行動に慣れてしまいますます有能な秘書となってきたビーンズに向き直り、着替えやらおやつやらをバッグに詰め込む傍らネテロは満面の笑みで行き先を告げる。
「天空闘技場に授業参観じゃ!」
「…? とりあえず誰かに迷惑をかけるのはやめてくださいね。あと詰め込みすぎたバッグが臨界点の爆発物になってるのでおやつを減らしてください」
ビーンズは注意に口を尖らせながらも大人しくおやつを取り出すネテロを見ながら、若返り続けるその姿を嬉しそうに眺めていた。