皆さんこんにちは、カストロ戦前に余裕を持って完治したゴン・フリークスです。今回もまた確固たる技術を持つ相手とあって試合が非常に楽しみです。
『会場に集まった皆様、ついに今日という日がやってきてしまいました』
この日の天空闘技場は、一つの試合がその日の売上の9割をしめるという異常事態に陥っていた。席は当たり前のように満席で通路を埋め尽くす立ち見の観客、天空闘技場内はおろか試合の映るテレビの前すら何処もかしこも人だかりが出来ていた。
『かたや今フロアマスターに最も近い闘士としてその甘いマスクに女性ファンも多い実力派、敗北は200階初戦のみのエリート武闘家!』
選手入場前の薄暗いフロアにお馴染みの実況がこだますると、賑やかだった会場か徐々に静かになっていく。
『そしてもう一人は小さな体の不沈艦、未だに無敗ノーダメージを続けるイカレた暴君!』
静まり返った会場はバトルオリンピアばりに凝った演出で入場口が照らされ、ついに二人の闘士がその姿を現す。
『虎皎拳のカストロ! キングゴン! 両選手の入場だぁーっ!!』
ゴンとカストロが姿を見せた瞬間、会場全体が爆発したような歓声に包まれる。もはや実況の声すらかき消されるような大音響の中、二人の闘士はゆっくりと歩いてリングの中央で対峙する。互いに不敵な笑みを浮かべ、静かに気迫を向け合う両者に会場の歓声も徐々におさまっていく。
『さぁ!いよいよ試合まであと僅かですが、どうやらゴン選手の服装がいつもと違います。同じような見た目ですがサイズがツーサイズほど大きいような?ロン毛、解説!』
『ふむ、まるで意味がわからないが無駄なことをするとは思えない。何かキングなりの理由があるのだろう』
『使えないロン毛は置いておいて試合の準備が整ったようです!ゴードン戦のような熱い試合を期待しましょう!試合開始です!!』
カストロは試合開始が告げられても動かないゴンに対し、虎皎拳の基本的な構えを取りながら様子をうかがう。ゴードン戦での様子から凄まじい怪力と防御力を持つことこそわかっているが、それ以外がほとんど不明の相手に対してとりあえずの見を選択していた。
「ちょっとだけ待ってね、実際に見せないと別人と思われるのも面倒だから」
「…?」
「
呟いたゴンの体が急激に成長し、ブカブカだった服がピッチリめのジャストサイズとなる。いつものように筋肉だけでなくオーラ量も増加し、カストロの顔を冷や汗が一筋伝っていく。
『な、何が起こったのでしょうか!?ゴン選手がマッチョになりました!自分で何を言ってるかわかりませんが大きくなってマッチョになりました!?』
『なんと見事なパンプアップだ、全身をあれだけ大きくするとは未だかつて見たことがない』
『いやパンプアップはああいうのじゃないでしょ!?』
実況はもちろん会場全体がざわつく中、ゴンは調子を確かめるように屈伸したり首周りをほぐすとゆっくりと両手を持ち上げる。
その姿は構えと言うには術理も何もない、立ち上がり威嚇をする熊のような立ち姿。
虎を模すカストロの虎皎拳を前にしながら、それ以上の野性に満ちた暴力の構え。
『こっ、これは!?体格的にはそれ程大きな違いのない両選手、しかし私の目にはゴン選手がとんでもなく大きく見えています!!』
『まずいな、カストロが完全に呑まれている。このまま一瞬で終わってしまってもおかしくないぞ』
カストロは震えそうになる体を必死に抑えながら、これに立ち向かったゴードンに対して尊敬の念を抱いていた。恐怖に打ち勝つのに必要なのは、それ以上に強い想いを抱くことにほかならない。ゴードンにはあったその想いを、カストロは自分自身が持っていると信じることができなかった。
「…カストロさん、あなたはそれでいいの?」
「なん、だと?」
ゴンの眼差しは不甲斐ないカストロに落胆するでも嘲笑するでもなく、ただそれでいいのかと疑問を投げかけていた。
「いくつか試合の映像を見たよ、長く濃い鍛錬が見えるような無駄のない力強い動きだった」
実際カストロの今までの対戦相手には、あと一歩でフロアマスターになれるレベルの者も何人かいた。しかしこれまでの試合では一度も発を使わず、全てオーラを纏った虎皎拳のみで勝ち抜いてきている。
「あなたがなんのためにそこまで強くなれたのかは知らないけど、今あなたを支えている目的は間違ってるんだろうね」
「…負けた相手にリベンジすることが間違いだと言うつもりか?あの試合で刻まれた屈辱を晴らさない限り私に先はない」
ヒソカとの試合がフラッシュバックしたカストロは、今なお自分を苛む屈辱と恐怖を恥じながらも怒りへと変換する。
「武闘家としてこの屈辱、この恐怖を払拭する!そして取り戻すのだ、私の誇りを!」
強い感情で勢いを増したオーラは存在感を増大させ、観客達は小さく見えていたカストロの姿が急に大きくなったように錯覚した。
「キングよ、我が虎皎拳の錆となれ!!」
怒れる虎が、嘆く暴君へと牙を剥く。
観客席から試合を見下ろすキルア達は、カストロが予想以上の実力者だったことに顔をしかめていた。ヒソカも認めた才能は伊達ではなく、美しさすら感じさせる虎皎拳のキレとそれに追いつく流は今の彼らの実力をゆうに超えている。
「チッ、ウイングの言ってたとおりオレよか格上だな。不意打ち出来りゃ殺れっけど真っ向勝負じゃ勝てねぇ」
試合はゴンが防戦一方というよりも、タコ殴りにされていると言ったほうが正しい有り様となっている。カストロの攻撃はそのほとんどが命中しているのに対し、時折放たれるゴンの攻撃はかすりもしていない。
「カストロの強さはわかっけどよ、それ以上にゴンが頭おかしいことしてるぜ。なんであの状況で前進してんだよ」
「たしかに、あれはリングを足で掴んでいるのか?全く後ずさりしないのはいくらなんでも物理的にありえない」
本来であればヒットさせているカストロにポイントが入るのだが、間隙なく攻撃が続いていることとゴンが一切堪えずに前進しているせいで審判も判断に窮していた。やがてカストロが大振りの一撃を躱しながら回り込み、押し込まれていたリング端から中央へと舞い戻る。無傷ながら大きく肩で息をするカストロと、若干の出血が見られるもののダメージを感じさせないゴン。
「…カストロ2ポイント!」
二人を何度も見比べていた審判がカストロへポイントを宣言し、固唾をのんでいた観客達も思い出したように歓声を上げる。
「あれこそ
「けどポイント的にはゴンさんが不利っす、大丈夫っすかね?」
唯一不安そうにゴンを心配するズシに、キルアの身も蓋もない言葉がおくられる。
「その気になれば一瞬で消し飛ばせるんだから心配するならカストロだろ」
ズシ以外の面々は、カストロを破壊してやっちゃったと呟くゴンという未来が来ないことを切に願った。
リング中央で息を整えるカストロの胸中は、ポイントを得ながらも絶望で満たされかけていた。己が絶対的信頼を寄せる虎皎拳を何十発と直撃させたにも関わらず、ゴンへ与えられたダメージは血が滲む程度の擦り傷のみである。
(ははっ、これは笑うしかないな。あの日ヒソカに感じたものより大きな力の差を感じる)
ヒソカに負けてから続けてきた念の修行はもちろん、それ以前の修行すら否定されていると感じるカストロ。これでは発を使ったところで意味がないと、棄権の選択肢すら浮かんでいた彼の耳に一人の声援が飛び込んできた。
「それでいい!競うな、持ち味を活かせッ!!」
そこに居たのは、天空闘技場で一躍有名人となったゴードン。気づいた周囲が色めき立つのを無視しながら、堂々たる仁王立ちで声を張り上げる。
「必ずしも打倒する必要はない!本来勝てぬ相手に勝つことこそが武の、ルール有る試合の本懐ではないか!!」
多くの音が入り乱れる会場にあっても、ゴードンの太く通る声はしっかりとカストロへと届いた。そしてカストロの消えかけていた闘志に燃料を注ぎ、熱く強く燃え上がらせる。
「キングは強いが技術の面でまだ未熟!我ら武闘家の意地を見せてくれ、虎皎拳のカストロよ!!」
心燃やした武闘家が、期待する修羅へと立ち向かう。
再びリング中央で激突した二人だったが、今度はゴンが積極的に攻めてカストロが迎え撃つという構図になった。大振りを止めたとはいえゴンの一撃は十分すぎるほどの威力を秘めており、捌くカストロも決して正面からは受けずに流すか横から弾くことを徹底していた。
(やっぱりこのレベルじゃ小振りにしても当たらない、それならもっと速い攻撃ならどうなるかな)
お互いに膠着状態となった攻防の中で次のプランを決めたゴンだったが、対人戦の経験の差からカストロには全て筒抜けとなっていた。
(威力以上に速さと次につなげる一撃を!)
それは全てのボクサーが惚れ惚れするような左のジャブ、速さを突き詰めた拳は普通であれば命中するか受けられるはずだった。
(っ!?もぐりこまれた!)
最速とも言える攻撃をかいくぐり正面から肉薄したカストロは、リングが割れるほどの踏み込みでその両手をゴンの腹部へと叩きつける。攻撃を受け顔が下がったゴンに対し、膝蹴りによる顎への追い打ちを決めたカストロがすぐさま離れると唸りを上げる拳が虚しく空を切る。
そして残心するカストロの目の前で、確かなダメージを受けたゴンがリングに膝を付いた。
『ダウン!ゴン選手ダウンです!!キングが初めて膝を付きました!!』
このダウンに会場内で最も驚いたのは、まず間違いなくキルア達だろう。ハンター試験から続く鍛錬と組手の中で、ゴンがダメージを受けるのは大部分が自傷ダメージだった。物理的な硬さはもちろんのこと、精神的なタフさにおいても絶大な信頼を寄せている。
「何故だ?たしかに見事な連撃だったがゴンに耐えられないほどの攻撃には見えなかった」
「オレも同感、多分発を使ったと思うんだけどウイングさんは何か気付いた?」
「残念ながら私も今のだけでは看破できませんでした。オーラの動きから発を使ったのは間違いないはずなのですが」
疑問に首を傾げるキルア達だったが、こんな時一番うるさいはずのレオリオが凝をしたまま黙っていることに違和感を感じる。ただじっとカストロを凝視していたレオリオは、視線はそのままで口を開く。
「ウイングさんよ、ネテロ会長の発もあるからただの確認なんだが、
驚きの表情を浮かべたキルア達に目もくれず、先程の連撃で見えたことの説明をする。
「ゴンに攻撃をする前、踏み込んだ時からカストロの体がブレてた。ギリギリまで重なったもう一人のカストロがいやがったんだ。腹と顎への一撃はどっちも正確には二撃を刹那の間に叩き込んでやがったんだよ」
キルアとクラピカが自分達より先に見抜いたレオリオに悔しさを向けている横で、ウイングはカストロの発に大きな驚きと無念さを感じていた。
「なるほど、カストロの発は分身ということですか。能力的に言えば非常に強力なだけに惜しい、強化系の彼が独学で習得したとなると少々厳しい」
「けどネテロのジイさんも強化系であんなもんを具現化してんだろ?それなら分身くらいどってことなくね?」
キルアの最高峰を知っているが故の疑問は、そもそもの前提条件の違いからウイングに否定される。己の系統から離れた発を作るということは複雑で巨大な建物を建てるようなもの、ネテロのように長年の鍛錬で巨大な基礎となる土台が出来ていたならまだしも一年そこらの鍛錬で作るにはハードルが高すぎる。
「それでも習得できてしまったあたりに才能の大きさを感じますが、おそらくは極めるまでかなりの時間が必要となることでしょう」
「それでも雑につえーよな、今は違う使い方してるけど本来は単純に二対一になる能力なんだろうし」
眼下のリングでは試合開始直後のように、とにかく猛攻を仕掛けるカストロとそれを受けるゴンの構図となっていた。先程は前進できていたゴンだったが、発を使ったカストロに徐々に押し込まれていく。
「あわわわ、ゴンさん押されてるけど負けないっすよね?最後は牢とか使えば勝てるっすよね?」
ダメージを受けた上に押されてるゴンを見て不安になったズシに対し、ウイングやキルア達は苦笑いを浮かべるとまるで心配せずにそれぞれの意見を口にする。
「不幸なポイントの取られ方さえしなければまず問題ないでしょう。今はゴン君が技術を学習してる最中ゆえの拮抗ですから安心していいですよ」
「そうそう、発を使いだしてからかなり動きは良くなってるけどあれじゃあゴンには届かねぇよ。むしろ手加減ミスってグロいことにならないかのほうが心配だね」
「あー、そん時はせめて助けられるくらい残っててくれるといいんだがな」
「ふふっ、それにしても楽しそうではないか。あれだけ見れば年相応の無邪気な子供なんだがな」
一方的に攻撃を受けポイントもかなり先行されているにも関わらず、ゴンは大好きなおもちゃで遊ぶような満面の笑みを浮かべていた。
会場の片隅で誰よりも興奮する変態が、ゴンの笑みを市販のトランプへ大量にドッキリテクスチャーしていた。