オレが目指した最強のゴンさん   作:pin

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第33話 二度目の戦いとゴンの弱点

 皆さんこんにちは、いよいよ天空闘技場ともお別れが近付いているゴン・フリークスです。ウイングさんには本当にお世話になりました、恩に報いるためにこれからも強くなり続けます。

 

 

 

 

 7月1日、天空闘技場にて大々的に試合告知が行われた。

 

 7月7日の正午、“キングマッスル”ゴンvs“残虐ピエロ”ヒソカ。

 

 7月の試合チケットとは別に専用チケットが一人一枚限りで販売されるも、一時間で立ち見まですべてが完売。チケットの片隅に書かれている注意事項を見ても、誰一人として転売することはなかった。

 

[天空闘技場も全力を尽くしますが、命の保証は出来かねますのでご容赦ください。]

 

 実力者同士の試合では観客に死傷者が出ることも珍しくないここ天空闘技場で、公式が注意喚起と対策を取った最初の試合として後世に伝えられるのだった。

 

 

 

 

 ゴンとヒソカの試合会場として選ばれたのは、まさかのバトルオリンピアが開催される最上階リングであった。現フロアマスター第1位の家でもある最上階が会場とあって様々な手続きがあったことは間違いなく、これだけでスタッフ達のこの試合に込める本気度が推し量れた。

 観客でごった返す会場内において比較的余裕のあるスペースに、ゴンの関係者として席をゲットしたキルア達にウイングとズシが並んで座っていた。ズシの膝ではギンが丸くなっており、天空闘技場では初めてゴンになんの制限もない試合となる。

 キルア達は試合の日が近付くにつれてオーラの圧力が増すゴンと、何処からともなく漂ってくる粘ついた禍々しいオーラにとてつもない不安を感じていた。

 

「あいつ等が暴走しだしたらマジでどうする?正直オレはクソ兄貴の縛りのせいで今ここにいるだけで限界なんだけど」

 

「流石にあの二人も無傷じゃすまんだろ、なんとか円で囲んでドケチの手術室(ワンマンドクター)の鎮静剤と麻酔薬ぶち撒けてやるぜ」

 

「あの二人相手なら私の強大な者の鎖(タイタンチェーン)は最大限強化される。レオリオのワンマンドクターで少しでも動きが鈍れば逃さん」

 

「臨時とは言え私も皆さんの師を名乗っていますからね、たまには強さでも頼りになる所を見せてあげましょう」

 

「自分は邪魔にならないように避難するッス!」

 

「ぐま〜」

 

 一部が悲壮感も混ざった使命感を漂わせている中、純粋に試合を楽しみにしている観客達は天空闘技場の対応に驚いていた。本来普通の試合では使用しない最上階が会場なのはもちろん、観客達の前に強化アクリルを使用した透明な壁がそびえ立っているのだ。全ては観戦者の自己責任を貫き、たとえ死者が出ても一切動かなかった天空闘技場が初めて講じた対策。観客の意識や闘士の心構えだけではなく、天空闘技場の在り方そのものの変化を象徴していた。

 

 

 

 

(不思議な気分だ。ネテロ会長に挑む時とか、キルア達やウイングさんと組手をする時とも違う)

 

 ゴンはリングに続く廊下を歩きながら、自分の胸中に渦巻く熱い想いを分析していた。格上に挑む震える様な高揚とは違い、キルア達の成長を感じる踊る様なわくわくとも違う。

 もっとずっとこの身を焦がす、鮮烈な熱い想い。

 

(これなら、間違いなくベストが尽くせる)

 

 一時も待てぬとばかりに貯筋解約(筋肉こそパワー)で本来の姿に戻りながら、猛る気持ちとオーラそのままに会場へと足を踏み入れた。

 

 

(なんだろうねこの気持ち♣今までのおもちゃには感じたことない、…上手く言葉にできないや♥)

 

 ヒソカはリングに続く廊下を歩きながら、自分の胸中に渦巻く熱い想いを分析していた。極上の玩具を壊す時の震える様な快楽とは違い、まだまだ青い果実を味見する時の背徳的なドキドキとも違う。

 もっとずっとこの身を焦がす、鮮烈な熱い想い。

 

(これじゃあ、我慢しきれるかわからないよ♥)

 

 どうしてもつり上がっていく口角を自覚しながら、逸る気持ちとオーラをそのままに会場へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 リングにゴンとヒソカが上がった瞬間、あれ程賑わいを見せていた会場内が静寂に包まれた。いつもの実況スタッフと解説も口を噤み、何かを察した審判も注意事項を簡潔に述べるとリングの端へと退避する。最後の意地でリングから降りることはせずに、試合の段取りが全て吹き飛びながらも唯一最大の仕事を完遂する。

 

「試合開始ィー!!!」

 

 ゴンとヒソカの衝突による衝撃で、審判はリングの上から転がり落ちた。

 

 リングの上に二人しかいない、二人だけの時間が幕を開けた。

 

 

 

 

 流々舞(るるぶ)、武術の鍛錬において型や動作を確認するために、あえて緩やかに攻防を行う高度な組手である。試合開始と同時に、ゴンとヒソカはお互い自然とこの組手を行っていた。

 一つ一つの動きを確認しあい、どれだけレベルアップしているのか、どんな気持ちでこの試合に臨んでいるのか。

 二人にとってはただの確認作業だが、その速度は既に一流の能力者でも愕然とする速さとなっていた。

 まるで静寂の中二人だけで踊っているような、不思議な心境で拳と脚を合わせ続ける。

 

 

「…ちくしょう、オレだって、オレだって出来るって言いたいのに。…ちくしょう!なんでオレはこんなに弱いんだ!」

 

 キルアが思わず弱音を言うほどの光景が、今まさにリングの上で繰り広げられていた。

 見る者が見ればわかるまるで予定調和の舞を思わせる組手ながら、今この場で同じような事をできるのはウイングのみというレベルの高さ。

 

「キルア君、恥じることはありません。私でさえあれ程息のあったやり取りは不可能、というよりもはやあの二人でしか成り立たない領域に到達しています」

 

 危険を感じた審判はすぐに離脱し、解説席に上がって少しでもよく見えるよう強化アクリルに額を押し付けて目を血走らせている。

 息を呑む観客たちはまるで視認できないやり取りと、衝撃でビリビリと震える強化アクリルに言葉をなくし絶句していた。

 

「皆さん、とにかく一瞬たりとも目を離してはいけませんよ。断言しますが、この試合は最上位クラスの戦いです。このレベルとなると、私でさえ片手で数えられる程度しか見たことがありません」

 

 ウイングは自分も一切視線を外すことなく、溢れそうになるオーラを必死に目に集めて試合を見つめる。

 まるで初めて武に触れた子供のような、心の底から湧き上がる熱い想いを会場にいる全ての者が感じていた。

 

 

 およそ2分の攻防の後、ゴンとヒソカは示し合わせた様に開始時と同じ距離を取って離れた。やり合っていたリング中央の石版は完膚なきまでに粉砕されているが、当の二人は軽く汗ばむ程度で息も乱さずに向き合う。

 

「素晴らしいね♥ククルーマウンテン以来だから半年すら経っていないのに、まるで別人じゃないか♥」

 

「ウイングさんのおかげだね、やっぱり感覚派じゃない理論派の指導は物凄くためになる」

 

 やっと静かになった強化アクリルが今度は観客達の絶叫で震えているが、まるで気にすることなく二人は会話を続ける。

 

「準備運動はもういいだろう?ここからは本気で遊ぼうじゃないか♥」

 

「望むところだよ、追加出筋(さらなるパワー)!」

 

 ゴンとヒソカから立ち昇るオーラが互いに干渉して蠢き、熱狂し始めていた観客がまたも水を打ったような静けさに包まれる。

 

「そこでやめちゃうのかい?まだ上があるのに焦らすなんて酷いじゃないか♠」

 

「扱いきれない力で勝てると思うほどヒソカを過小評価してないだけだよ。組手ならまだしも、勝敗のある試合で勝ちの可能性は減らさない」

 

 ゴンは機嫌よく笑うヒソカを前にして、先に手札の一つを切るべく追加出筋で筋肉量をさらに増加させると筋肉対話(マッスルコントロール)を発動する。

 

筋肉が先かオーラが先か(パーフェクトコミュニケーション)!」

 

 ゴンが今行った牢は、ネテロに対して行ったものより筋肉量もオーラ量も少ない。しかしその分体への負担は大幅に軽減され、何より己の意思で十全に戦闘を行う上では最大限の強化率である。

 眼前のヒソカはもちろん、牢を初めて見た能力者達は驚愕に目を見開き、見ただけで伝わってくるその圧倒的パワーに恐れ慄いた。

 

「アハッ、アハハハハハハハハハッ!!…あはぁ♥」

 

 突如として顔を手で覆ったヒソカが、耐えきれないとばかりに哄笑を上げた。そして静かになると上を向いていた顔をゴンに合わせ、指の隙間から爛々と光らせた瞳で妖しく嗤う。

 

「そうか、君はそんな所まで行ってしまったんだね♥いい、いいよ、あぁどうしよう、今すぐ君を、壊したい…♥」

 

 噴き出すのはカストロ戦を遥かに上回る毒々しいオーラ。壁一枚挟んでいるからか、対峙するゴンの輝くオーラの影響か、失神する者こそ出なかったが素人含め全員の頭に一つの考えが浮かんできた。

 

 ここから先は命の保証が無い。

 

 絶大な信頼を寄せていた強化アクリルがまるで和紙のように頼りなく感じられ、先の攻防から視認することも出来ないと理解はしている。

 それでも誰も席を離れない。見えないながら見える範囲で、決して画面越しでは感じられないリアルな空気を求めて。

 そしてヒソカのオーラと真っ向から対峙するゴンは、ネテロとの組手程では無いにしろ全身をほのかに光らせ口を開く。

 

「簡単にいくと思うなよヒソカ、壊せるものなら壊してみろ!」

 

 腰を低くし構えるゴンに対して、ほとんど棒立ちに見える自然体で立つヒソカ。

 本当の戦いは、ゴンの右ストレートから始まった。

 

 

「あれがキングとヒソカの本気、はっきり言って天空闘技場でも場違いすぎる強さだな」

 

「確かに、どちらとも試合した身としては想定内と言いたかったが、所詮私では測れるレベルではなかったかな」

 

 この天空闘技場で間違いなくトップクラスと言える新米フロアマスターの二人、ゴードンとカストロは公式に用意された席に並んで試合を観戦していた。互いに興味があったこともありすぐさま打ち解け、今は協力して試合の全貌を把握することに努めている。

 

「キングがしてるオーラの圧縮は凄まじいな、見たところヒソカの攻撃で一切ダメージを受けていない」

 

「ヒソカも大したものだ。恐ろしいほど正確な流、そしておそらくは発でキングの攻撃を捌き切っている。」

 

 二人は全力で凝をしながら、ゴードンはゴンを、カストロはヒソカを注視することで少しでも多くの情報を入手していた。

 牢と脳筋万歳(力こそパワー)による圧倒的フィジカルで戦うゴンと、洗練されたオーラ運用と卓越した戦闘技術に加え物理攻撃に相性の良い伸縮自在の愛(バンジーガム)を駆使するヒソカ。

 お互い決定打に欠ける様に見える攻防の中、ヒソカを注視していたカストロがほんの僅かなオーラの揺らぎに気付く。

 

「ヒソカが何か仕掛けるぞ!」

 

 その言葉を言い終わる前にゴンの横をすり抜けたヒソカが持っていた物、それは恐ろしく研ぎ澄まされたオーラを纏う♤の10。

 

 ゴンの猛々しく隆起した僧帽筋から、真っ赤な鮮血が吹き出しリングを染めた。

 

 

 初めて見てわかるほどのダメージを与えたヒソカだったが、胸中ではゴンのデタラメさに舌を巻いていた。

 

(本当に冗談みたいな身体だよ、運良くスペードだったのにまるで堪えてないなんてね♥)

 

 大量出血に観客達が驚いた次の瞬間には、すでに血も止まり確かめるように肩を回すゴンの姿があった。

 

(あれだけ筋肉を圧縮してるんだ、大量に出血したように見えて実際はただ勢い良く飛び出しただけ♠切った感触も骨に届いてないどころか、大して深くもないし嫌になるよ♥)

 

 そんな弱音とも取れる心境に反してあいも変わらず笑みを浮かべながら、これみよがしにトランプを派手にシャッフルする。

 

「どうだった?ボクの奇術師の嫌がらせ(パニックカード)♥今度はもうちょっと薄いところを狙うから気を付けてね♣」

 

「簡単には狙わせないよ、深追いしすぎないようにするんだね」

 

 ゴンも表面上は余裕を見せているが、斬撃に特化したスペードとはいえ数字の10で防御を抜かれたことに内心辟易していた。

 

(ヒソカのことだから、数字の大きさによる強化率は一定じゃなくて指数関数的増減が濃厚。そう考えるとダメージの少ない内にジャック以上を経験しておきたかった)

 

 牢の防御を容易く抜けるならば被弾を抑える戦い方が必要になるが、ゴンの戦闘技術ではどう対処しようとヒソカの攻撃を避けきることは出来ない。

 

(しかも狙ってるのかな、バンジーガムを受けの時以外に使ってない。パニックカードを使う以上オーラの節約をしてるとも取れるけど、単にまだ本気になってないだけかな?)

 

 短い時間とはいえゴンとヒソカはお互いにここまでの試合内容から、相手の残り手札や余力などを推測し合う。

 

「ん〜、やっぱりそうか、そのオーラを圧縮する技は弱点をカバーするための苦肉の策でもあるんだね♦」

 

 そして、実戦経験と頭の回転の速さで優るヒソカはゴンのおおよそ全てを解き明かしてしまった。

 

「前から怪しいとは思ってたんだ♣ゴン、君は硬を使うことが出来ないんだね♠」

 

 ヒソカの言葉の真偽は、悔しそうに歪められたゴンの表情から一目瞭然だった。

 

「君の戦闘スタイルなら今している圧縮もとんでもなく強力だけど、それ以上に決め手として高い威力が得られる硬を見たことがないのは有り得ない♣恐らくだけど、脳筋万歳が強力すぎて抑えきれないってところかな♦」

 

「…」

 

「そう考えると筋肉対話も元々は筋肉を操作する能力じゃなくて、オーラを動かして流や凝を出来るようにする発だったりするのかな♦ここまでのやり取りで習得率は160%くらいと伸び悩んでることもわかったし、どうやら最初の印象とは違ってお手軽強力な能力じゃないみたいだね♥」

 

 楽しい様な悲しい様な、複雑な表情で考察を語るヒソカ。ゴンのことをより深く知れた喜びと、自分の高みまで登ってくるのに時間がかかりそうなことがわかった悲しみ。

 しかしながら到達する最大値は間違いなく破格であり、ゴンならば必ずたどり着くと確信できるからこそヒソカは惹かれたのだ。

 それでも僅かな落胆を感じずにいられず、がっかりしたというよりは寂しいという方が近いとはいえオーラにその気持ちが乗ってしまった。

 

 その事実が、ゴンの心を深く強く傷付けた。

 

「…とりあえず今ヒソカが言ったことは全部当たってるよ。オレは脳筋万歳のことを全くと言っていいほど使いこなせていない」

 

「それはないよ♣そもそも能力が発動していて、効果を出してる時点でほとんど使えてるようなものさ♦正直ボクは安心もしてるんだよ、それだけ強力な発ならそれくらいのデメリットは許容…!」

 

 無意識に慣れない慰めを口にしていたヒソカは、俯くゴンから溢れ出た憤怒のオーラに言葉を止める。

 

「誰が何て言おうと、オレ自身がオレの弱さを許さない。この程度で少しでも満足していたら、それはオレの目指す最強(ゴンさん)への侮辱だ!」

 

 牢で抑えられないオーラが渦を巻き、その中心に立つ修羅は己の弱さを認めつつも決して許さない。

 

「キルア達に会って、強くなることと同じ位大事なものが増えた。最初はこれでいいのかって少し考えたけど、今はこの気持ちも最強(ゴンさん)を超えるために必要な想いだってわかる」

 

 抑えきれずに溢れていたオーラが、ゴンの身体に吸い込まれていく。ヒソカは圧縮とは違う現象に疑問をいだきながらも、ゴンから目を片時も離すことが出来ない。

 

 その輝きは、全力を超えて生きる人間の魂の煌めき。

 

「それに、オレはネテロ会長やキルアよりも、ヒソカ、お前に勝ちたい!」

 

 会場内の誰も、対峙するゴンすら気付けない刹那の一瞬。

 

 ゴンから真っ直ぐ向けられたその想いは、ヒソカに人生最大の多幸感をもたらしその禍々しいオーラを嘘のように澄みわたらせた。

 

 そして反転した。

 

「最高だ、君が、ボクを見て捕まえに来てくれる。そんな最高の君を壊した時、ボクは、ボクは人生最高と最低を同時に味わうんだ♠」

 

 ゴンの輝きはヒソカを太陽の下に引きずり出そうとしたが、ヒソカの心の奥底にあるのは光すら飲み込む漆黒の闇。

 

「ありがとうゴン、本当に、本当にありがとう。それしか言う言葉が見つからないよ。君がボクの前に現れてくれた、これ以上の奇跡はない♥」

 

 泣き笑いの表情を浮かべるヒソカに対し、ゴンはどこまでもふてぶてしい笑みを返して言った。

 

「違うね、本当の奇跡が起きるのはこれからさ。ヒソカがオレに負けるっていう奇跡がね!!」

 

 修羅と死神の試合(死愛)、決着の時が近付いていた。

 

 


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