オレが目指した最強のゴンさん   作:pin

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第34話 筋肉とピエロの決着

 

 

 ゴンvsヒソカの試合を固唾をのんで観戦していた全ての者が、ゴンの一撃で場外の壁まで吹き飛んだヒソカを見て驚愕した。

 ゴンから初めてのクリーンヒットに沸く場内だったが、土煙の中から服を叩いて普通に出てきたヒソカの姿に息を呑む。

 

「驚いたよ、さっきまでの印象が強すぎて避け切れなかった♠引いた奇術師の嫌がらせ(パニックカード)が♡のJじゃなかったらやばかったかも♥」

 

 ヒソカはゴンの攻撃が当たる直前、パニックカードで効果を増した伸縮自在の愛(バンジーガム)によりダメージを軽減していた。それでも軽々吹き飛ばしてくるゴンに内心冷や汗をかきながらも、血の付着したトランプを見せびらかすように舐めて嗤う。

 

「相打ち覚悟のダメージ差で押し切ろうって魂胆かもしれないけど残念♦今のボクは君にダメージレースで勝てるだけの下地がある♥」

 

 ゴンの腹部に目をやれば、新たに刻まれた傷で服が血に濡れている。出血はそれほど多くはないが、ゴンとヒソカどちらが多くダメージを負ったかは一目瞭然だった。

 

「やっぱり普通のトランプでも切れるんだね。けど今ので確信した、本気でちゃんと殴れれば倒せる!」

 

「いや、それはそうだよ♣」

 

 ドヤ顔で気合を入れ直すゴンに若干呆れたヒソカは、リングに戻ると両手でトランプを広げて構える。

 

「ゴンのペースでやるとこっちの身が持たないし、ここからはちょっとずるいことするよ♥」

 

 嫌らしい笑みを浮かべ、手に持つトランプを勢い良く投げ放った。

 

 

 観客達はあまりにも濃密な戦闘に時間を忘れて魅入っていたが、実際はまだ十分と経過していないことにどれだけの人間が気付いているのか。それは試合内容をより把握出来る実力者ほど顕著に表れており、キルア達三人は見てるだけにも関わらず大粒の汗を流し、ズシにいたってはまもなく体力の限界を迎えようとしていた。

 

(ふふっ、初めてゴン君に会った時今ならほぼ勝てると思ったものですが、とんだ自惚れもあったものです)

 

 心源流師範代たるウイングをして、今眼下のリングで行われている試合は心の底から戦慄する激闘だった。

 

(今までゴン君の最大パワーしか見えていなくて失念していたようです。強化率を敢えて下げることで、彼の元来高い身体操作能力を十全に発揮している。間違いなくあれが現時点でもっとも強いゴン君の姿!)

 

 続いて初めて目にした時から一切心を許せない、ウイングをして最凶と思わせるヒソカに注目する。

 

(性格や見た目に反し、何て見事な正統派実力者なのでしょう。全ての能力が信じられないレベルに高められていて、彼こそ器用貧乏を超えた万能の戦士と言わざるを得ない!)

 

 ウイングはもし自分がヒソカと戦えば、かなりの高確率で敗れる事を認めなくてはいけなかった。普通に才能が有る程度のウイングが心源流の師範代になれた訳は、苦手を無くし全体のトータルバランスを高めた故。

 ヒソカの戦闘スタイルはまさしく、ウイングの目指した完成形だった。

 

(だからこそわかってしまう、今のゴン君ではヒソカに勝てない!!)

 

 リングの上には石版の破片といくつものトランプが散乱し、口から血を流すヒソカと全身いたる所を切り裂かれたゴンが対峙していた。

 

 

「んっん〜♥やっぱりゴンには情熱の赫が映えるねぇ、普通ならもうとっくに動けなくなってるはずなのに、オーラ以外に筋肉でも止血してるのか♦」

 

 圧倒的優位に立つヒソカは、愉しそうに口元の血を拭うとゴンの状態を改めて分析する。切り裂きこそすれど致命傷には遠く及ばず、出血もおそらくはまだまだ余裕がある。

 

(計算違いだったかな、ここまでやってもまるで堪えてないなんて随分痛みに強い♣こっちも言うほど余裕がある訳でもないし、本当に厄介な相手だよ♠)

 

 ヒソカはゴンとの戦闘において、伸縮自在の愛(バンジーガム)を普段とは違う使い方で運用していた。

 堅全体をバンジーガムに変化させることによる、ゴムの弾性を利用した防具と動作補助である。

 これによりゴンの打撃に対してオーラの攻防力以上に耐性を付け、本来の動き以上に変則的で素早い動きを実現していた。

 さらには自分の攻撃をほとんど斬撃にすることにより、衝撃に強い筋肉に対して効率良くダメージを与えている。

 

(にもかかわらず崩しきれない、むしろ長期戦はこっちが不利かな♠)

 

 ゴンの攻撃は全てが打撃であり、ダメージは即効性が少ないかわりに体内へと蓄積していく。ヒソカは細心の注意を払って受け流しているが、徐々にその身体をダメージが蝕んでいた。

 

 

 見た目ほど余裕のないヒソカに対し、ゴンも見た目通り余裕は全くと言っていいほどなかった。

 

(くっそぉ、どうしてもパニックカードがチラ付いて後半歩が踏み込めない。そこを見破られてるのか、実際はほとんど普通のトランプを使ってるみたいだし)

 

 ヒソカがハンター試験中に相談したこともあり、ゴンはパニックカードについては世界で二番目に詳しい。しかしそんなゴンですら対応策が見つからないほど、ヒソカとパニックカードの相性が悪魔的に良かった。

 

(見分けることはほぼ無理で、引いたカードによっては一発で致命傷。一応使って消えたトランプの数字と柄は覚えてたけど、それすら被った時点で残りの数字も予測が出来ない)

 

 念能力無しですら手品師顔負けの技術を持つヒソカにしてみれば、パニックカードと普通のトランプを誤魔化す程度は戦闘中でも全く問題ない。真っ向勝負をしているにも関わらず考えること、気を付けなくてはいけないことの多い戦闘はゴンの集中力を大幅に削っていく。

 

(そろそろ決めに行かないとジリ貧、あと少しで掴めそうな“これ”次第かな)

 

 実のところゴンは、全力でないとはいえ止血しながらの牢による戦闘が限界に近い。刻一刻と迫るタイムリミットは、ゴンにさらなるギリギリの攻防を強いる。

 

 奇しくもゴンとヒソカの二人は、ほとんど同時に短期決戦に向けて舵を切った。

 

 

 二人が短期決戦を決めたとはいえ、それ相応のタイミングで仕掛けなければ無意味ということもあり大きな変化なく試合は進む。変わらぬ激闘に魅了される一般観客とは違い、一定以上の実力者達はこれが決着と言う嵐の前の静けさだと理解して集中力を高めていく。

 

(っ!よっしゃ出来たぁ!!)

 

 そしてこの膠着を壊す口火を切ったのは、より追い詰められていながらも新たに力を得たゴンだった。

 

(ぶっ飛ばす!!)

 

(ッ!?仕掛ける気だねゴン♦)

 

 ヒソカはゴンの気迫や動きから、これまで以上の攻撃が来ることを完璧に読み切りパニックカードを引く。

 

(あらら、♤が良かったけど♢のKか♠けどこれなら勢いを止めて詰めれる♥)

 

 ゴンがこれから被弾覚悟の特攻を仕掛けた場合、流石にKの威力を無視することは出来ない。避けるにしろ受けるにしろ、攻めに傾きすぎた意識を切り替える時間を与える気はなかった。

 

(さぁ、フィナーレといこうじゃないか♠)

 

 ゴンがしっかりと見えるように、♢のKを一切隠で誤魔化さず投げ放つ。とんでもないオーラを纏ったトランプがゴンの正中線ど真ん中、最も避け難い位置目掛けて迫る。

 

(避けるかな?受けるかな?君ならきっと受けながら来てくれるよね♥おいで、抱きしめてあげる♠)

 

 ヒソカは幻視した、受けようとして失敗しそれでも自分に向かってくる健気なゴンの姿を。

 限界を迎えたゴンを自分のバンジーガム()で包み込み、勝者の立場から愛でる優越感を。

 

 パニックカードは最短距離で迫るゴンの身体を貫通した。

 

(は?)

 

 間違いなく内臓諸々を貫通されたはずのゴンは、一切の減速も堪えた様子もなくヒソカに肉薄すると全力で右脚を振り抜く。

 

(やっば☠)

 

 ヒソカは強化アクリルを軽々と突き破り、観客席最上段の壁に着弾した。

 

 

「あんのバカ、たかが試合で特攻しやがった!」

 

「すぐに治療するぞレオリオ!…レオリオ?」

 

 キルアとクラピカは真っ先に反応するはずのレオリオが静かなことに気付き視線を向けると、グラサンがズリ落ち前衛芸術のように顔を歪めたレオリオがいた。

 

「…あぁ〜、試合後はわからんがとりあえず今は大丈夫だ。てかマジでゴンの頭ん中どうなってんだよ、普通あんなこと思い付くか?」

 

「何を言っているレオリオ!?あの位置は様々な内臓が密集している以上今すぐ治療しても危険なのだぞ!」

 

 頭を抱えて座ったままのレオリオに声を荒げるクラピカだったが、同じく立ち上がっていたキルアも落ち着きを取り戻していることに首を傾げる。

 

「…クラピカ、どうもマジで大丈夫っぽい。内臓やったにしては明らかに出血が少ないし、何より全然血を吐いてない」

 

 言われてクラピカもゴンを注視すれば、身体を貫通されたにしては明らかにダメージが少ない。

 

「多分あいつ筋肉対話(マッスルコントロール)で内臓ずらしやがったな。トランプが通るところに道を作ってダメージを最小限に抑えたんだ」

 

 キルアの予想を聞いたクラピカやウイングも合点がいき、あの激闘の中そこまで危ういことをしたゴンに怒りやら呆れやらが募る。

 

「そうだったらまだ納得出来たんだがな」

 

 そしてこの場で唯一事実を知るレオリオに否定された。

 

「ちょいと脱線するが、一般的な成人男性の筋肉の割合ってのは5割もねえ。皮膚の下には内臓や骨もあるからな、どうやったって限界がある」

 

 いまいち何が言いたいかわからないキルア達が黙って聞いていると、レオリオはゴンを凝視した後に盛大にため息を吐く。

 

「なんでゴンが活動出来てんのかわかんねえけどよ、今あいつの皮膚の下は骨以外ほとんど筋肉だ」

 

『…はぁ?』

 

「多分使ってんのは貯筋解約(筋肉こそパワー)だな、あいつ内臓とかを筋肉に入れ替えてやがる」

 

『はあぁーっ!?』

 

 再び頭を抱えて俯いたレオリオとは逆に、キルア達はゴンを驚愕の眼差しで見つめるのだった。

 

 

(手応えあり、けど仕留めきれてない)

 

 ヒソカを蹴り飛ばしたゴンは残心を解かず、未だ収まらない土煙を注視し続けていた。

 ゴンは身体を貫通されても無事だった理由である筋肉こそパワーの応用技、貯筋振替(身体は筋肉で出来ている)で威力を増した蹴りすら耐えたと思われるヒソカに改めて畏怖を抱く。

 

(けどダメージは完全に逆転した。このまま押し切…っ!)

 

 ゴンがバックステップで飛び下がると、土煙の中から放たれたトランプがオーラの尾を引きリングへと突き刺さる。伸びるオーラはバンジーガム、一瞬で縮めばまるで瞬間移動したかのように仁王立ちしたヒソカが現れる。

 しかしその姿は凄惨そのもの、ガードしただろう左腕はグシャグシャに拉げ口からは大量の血を流している。

 

 それでも浮かべているのは満面の笑み。

 

「クフフフフッ♥相変わらずゴンの愛は重いねぇ、ボク以外が受けたらぺしゃんこになっちゃうよ♠」

 

 拉げている左腕を右手で掴み、思わず耳を覆いたくなるような異音を出しながら真っ直ぐになるよう引っ張る。そしてバンジーガムで矯正すると、何もなかったかのようにトランプをシャッフルしだした。

 

「今のは油断とも違うなぁ♦戦闘自体はびっくりするほど素直なのに、発に関して言えば予想の斜め上なんてもんじゃないくらいぶっ飛んでる♣本当に飽きないビックリ箱だよ♥」

 

 ダメージ差が出来たことで一度様子を窺ったゴンだったが、ヒソカの話術に惑わされないよう改めて決着を付けるべく足を踏み出す。

 

「やっぱり後は場数を()()()学んでいかないとね♠」

 

 踏み出したゴンの足を、リングに刺さるトランプが貫通して消えた。

 

「っ!?」

 

「不思議だね♥一回使ったら消えるはずのパニックカードが消えずに残ってた、まあ簡単な話で最初からゴンに踏ませる目的で設置してただけなんだけど♣」

 

 その言葉にゴンが素早くリングを見渡せば、散乱するトランプの中で不自然に突き立つものがいくつも確認出来た。

 

「単純故に見辛いトラップ、むしろパニックカードに詳しかったのが仇ってやつさ♦」

 

 ゴンは今の使い方が可能なら隠で見えないトランプがある可能性にも気付き、見えない地雷への意識から思わず硬直してしまった。

 

「ここまで使わされるとは思わなかった、やっぱり備えはしておくもんだね♠」

 

 動きの止まったゴンに向かって、ゆっくりとパニックカードが放られる。

 

 見えたトランプは♡の9、自分まで届かないトランプに思考が空回りするゴンの前に落ちると形が崩れだす。

 

「実はさっきゴンが踏んだやつ以外にトラップは無いんだよね♣そしてこれで完成、♡のフラッシュ♠」

 

 ゴンを囲うように配置されたパニックカードが、崩れた♡の9と連鎖してバンジーガムに変わると包み込むように広がる。

 

 依然空回りする思考と足が傷付いた状態で、回避出来るほど甘くはなかった。

 

(くそっ!フラッシュってことは5枚使って効果を底上げしてる!?動けない!!)

 

 囚われたゴンは何とか抵抗しようともがくも、全身余すことなく包んだバンジーガムは多少伸び縮みする程度で微動だに出来ない。

 

「仕上げは何を引けるかな♪…フフッ、なんとなんとJOKERでした♠」

 

 おぞましいオーラのトランプを持ちゆっくりと歩くヒソカは、動けないゴンの前に立つとにっこりと嗤い振りかぶった。

 

「これで戦績は五分、またヤろうね♥」

 

「次は絶対勝つ」

 

 深々と切り裂かれたゴンから血飛沫が舞い、リングに横たわると子供の姿に戻り気を失う。

 

 返り血を全身で浴びたヒソカは両手を広げて天を仰ぐと、恍惚の表情を浮かべて勝利の余韻に浸った。

 

 




 頭の中の妄想を文字に出力する何かが欲しい作者の補足説明入ります。


 貯筋解約のバリエーション、貯筋振替(身体は筋肉で出来ている)

 ご都合主義万歳な、内臓諸々を蓄えてた筋肉と入れ替える頭の悪い能力。
 なんで生きてるのか内臓はどこに行ったのか、ゴンはおろか私にもわからん。
 神の創り給うた人体の黄金比率に唾を吐く愚行ながら、筋肉が増えるから何故か強くなるよ、やったねゴンさん。

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