ギンと共にノブナガとボノレノフを追い詰めつつあったクラピカだが、視界の端でオーラを練り始めたクロロに警戒を強くする。
隠す気がないのかあえてわかりやすくオーラを高めたクロロはクラピカと視線を合わせ、次いでウボォーギン、最後にレオリオを見た所で再びクラピカに視線を戻す。
クルタ族の惨劇を知ったときと同じ恐怖を感じたクラピカが鎖の制御をかなぐり捨てて駆け出し、クロロの口が“守ってみせろ”と動いて
能力はごく短距離の瞬間転移。
ゴンに向けてウボォーギン最強の技である
ウボォーギン自身も突然のことに驚き僅かに動きが鈍るが、放つ直前だったこともありビッグバンインパクトは問題なく打ち出された。
クラピカとレオリオの位置関係、僅かに鈍るウボォーギンの動き、全てを計算し尽くしたクロロの読み通りギリギリで間に合ったクラピカにビッグバンインパクトが炸裂する。
見るからに致命傷を負ってレオリオと共にビルの中へと消えたことを見届けると、クロロは幻影旅団の勝利を確信して盗賊の極意を閉じた。
「ギーーン!!!」
「アォーーーーーン!!!」
気の緩みから動きが止まった幻影旅団に対し、ゴンとギンは一瞬の意思疎通から即座に行動を開始した。
ギンから全力の“咆哮”が放たれると、それは一直線にゴンに向かって突き進む。
クラピカとレオリオがやられた怒りの籠もった一撃が同じく怒りに苛まれるゴンの背中、イルミの針に着弾して盛大な土煙を発生させた。
突然の同士討ちに呆気にとられた幻影旅団の見つめる先、立ち昇る土煙が噴出した憤怒のオーラによって吹き飛ばされる。
「ひぃっ!?」
思わず小さな悲鳴を上げたシズクの視線の先にあったのは、癒着部分を物理的に吹き飛ばすことで針を除去したゴンの背中。
傷付きながらもはっきりと、筋肉の隆起がまるで鬼の貌のように幻影旅団を鋭く見据えていた。
「気でも狂ったか!? 直ぐ鎖野郎の後を追わせてやるよ!」
位置関係的に鬼の貌が見えなかったノブナガは刀を鞘に収めると、一切の油断なく円を発動して間合いに入った瞬間首を落とすべくゴンに迫る。
気付いたら円の中、居合にとって死角である斜め後ろに侵入者がいた。
「ちょっとそこ通りますよっと」
「あがっ!?」
刀を抜く前に蹴り飛ばされるというノブナガにとって屈辱すぎる事態に加え、再び体を流れる電流の感覚に下手人が誰かを理解する。
「おかえりキルア、ごめん、オレのせいでクラピカとレオリオが」
「それを言ったらオレはもちろんギンも同罪だっての、あっちはレオリオに任せてこっちはこっちで決着つけようぜ」
「ぐまっ!!」
憤怒のオーラと背中の鬼の貌とは裏腹に、今にも泣きそうな顔で佇むゴンの両隣にキルアとギンが並ぶ。
「使いすぎたから充電してて遅れたんだけどよ、お陰様でもう足手まといじゃねえ。オレはお前の隣に立つ」
額から血を流すキルアの体はオーラと電気を纏い、先程対峙したばかりの幻影旅団ですら別人かと疑うほどの煌めきがあった。
「ありがとうキルア。ギン、嫌かもしれないけど飲んでくれないかな。もう誰にも大怪我してほしくない」
「ぐまっ」
ゴンが差し出した腕に、ギンが勢いよく噛み付く。
「お前等何してんの!?」
ぎょっとするキルアの視線の先で、ゴンの血で口元を赤く染めたギンに変化が訪れる。
口元から炎が広がるように毛の一部が赫く色を変えていき、元々茶色かった部分は燃え尽きた灰かのように白く染まる。
真っ白な体にファイヤーパターンを刻んだような姿へと変貌したギンは一つ遠吠えを上げると、理性の削れた瞳で低く唸りながら身構えた。
「野生が強くなりすぎるから嫌がるんだけど、これが正真正銘ギンの一番強い姿だよ」
「お前だけじゃなくてギンまで変身すんのかよ、しかもカッケーな」
髪が逆立ち帯電している自分のことは棚に上げて羨むキルアだったが、陰獣を片付けたフランクリンがノブナガ達に合流したのを見て表情を引き締める。
「ウボォーギンは引き続きゴン、あとの三人はオレとギンだな」
「ぐるぁっ」
「任せて、絶対に勝つ」
覚醒した雷小僧に獣、そして筋肉が蜘蛛の前に立ちはだかった。
ウボォーギン達と相対するゴン達を見たクロロは、疼く収集癖を感じながらも確実に始末するべく再び盗賊の極意を開いた。
それは敵がこちらを潰し得ると認めたことを意味しており、先の攻防でレオリオも始末しておくべきだったかと頭をよぎる。
「全員で毒をくらったフィンクスを治療しに行く。シズクは準備を…」
「ただいまクロロ、さぁ、愉しいデートに行こうか♠」
行動を開始しようとしたクロロの背後に、嗤うピエロが音もなく忍び寄っていた。
「ヒソカ!?」
パクノダの悲鳴を合図に回避行動を取ったクロロは己の失策を悟る。
戻ったヒソカが真っ先に狙うのはクロロだと決め付けていた本人含む旅団員たちの思惑を他所に、ヒソカの
「一人で追ってきてね♠じゃないと殺しちゃうから♪」
バンジーガムは伸縮自在、小柄とはいえ3人が夜の闇へと一瞬で引きずり込まれていく。
ヒソカ自身も一度ゴンを見て頬を染めると、パクノダ達の後を追って姿を消す。
「団長! こっちは大丈夫だからパク達を追ってくれ!」
「陰獣は全員動けねえ、フィンクスも気にしなくていい」
ノブナガとフランクリンに促されたクロロはしばし逡巡するも、最後はパクノダ達の能力を惜しみヒソカを追って戦場を離脱した。
「よし、後は俺等もさっさと片付けて団長を追うぜウボォー。 …ウボォー?」
電気の痺れも抜けたノブナガがウボォーギンに声をかけるも、普段なら喧しいテンションのはずが今までにない険しい表情でゴンを睨み付けている。
フランクリンとボノレノフもらしくないウボォーギンの様子に気付いて首を傾げるが、こちらに歩みだしたゴンに向かっていくのを黙って見送る。
「なんか変だが負けやしないだろ、こっちは人数差でさっさと押し切るぜ」
フランクリンの言葉にノブナガとボノレノフも疑問は一旦捨て置き、ゴンを巻き込まないように立ち位置を変えるキルアとギンに集中する。
長いようで短い決戦も、最終局面へと突入していく。
ビルの中へと吹き飛ばされたレオリオは、痛む体を無視して上に横たわるクラピカを極力揺らさないように這い出て容態を確認する。
「っ!」
クラピカの胸部は冗談のように陥没しており、どんな素人が見ても致命傷だということが簡単に判断出来た。
むしろ即死していないどころか僅かに意識があることこそ驚きであり、一秒も無駄に出来ない状況にありながらレオリオの手が思わず止まってしまうほどの状態だった。
「ー、ーー」
肺も潰れているからか全く声になっていないが、焦点の合わない目でクラピカは必死に口を動かしている。
読唇術など全く出来ないレオリオだが早くゴン達の援護に戻れと言っているのはわかり、医療に携わる者としてもトリアージ的にはクラピカを見捨てることこそ正解だと理解していた。
「チクショウ、クラピカ、すまん」
泣きそうになりながらも、今なお口を動かすクラピカを支える手が地に横たえようと動く。
レオリオの想いが伝わったのかホッとしたような表情を浮かべたクラピカの目が閉じていき、生命エネルギーたるオーラも掠れながら最後の言葉を口にする。
「“好き”」
音として聞こえたわけではない、読唇術で読み取れたわけでもない、なんならクルタ族の言語だったため理解すら出来ない。
それでもレオリオにははっきりとその言葉が聞こえた。
クラピカの命から離そうとした手を強く握りしめ、今まさに死へと向かった仲間、“惚れた女“と心中することを心に決める。
(信じることと選ぶこと、自死を迫られると女神の口付け。そういうことかよ、予言のオレもさっきのオレもなんつうバカな選択を!)
クラピカと自分を包むだけの円を展開し、
普通に治療していたのでは絶対に間に合わない、ならば普通ではない少なすぎる可能性にかけるしか方法はない。
「頼むぜ
これからレオリオが行うのは構想の中にだけあった
「聞こえてるかわかんねえが先に謝っとくぜ、初めてだったら責任取るからよ!!」
全力でオーラを練るレオリオは極限の集中状態に突入し、目を閉じて余計な情報をシャットアウトすると能力の行使にのみ没頭する。
ボロボロの体とボロボロの室内で交わされる深い深い口付けは、真っ赤な鮮血の熱く苦い鉄の味がした。
死へと向かうクラピカは夢を見る。
クルタ族で過ごした幼少期から始まりゴン達と出会ってからの9ヶ月間と、決して長いとは言えない人生が流れ終わるまで大して時間はかからなかった。
気付けば何もない真っ白な空間でただ一人、呑気に過ごしていた十歳頃の姿で遊んでいた。
『クラピカちゃんは将来何をするのかしらね?』
普段はクルタ族でも少ない同年代の友人としてパイロと遊んでいることが多いクラピカだったが、家の中で遊ぶ時は必ずと言っていいほど母親が近くにいた。
『私に似てお転婆になっちゃったもんね、あなたを見てるとクルタ族って箱庭は小さいんじゃないかって思えるわ』
それはただの何気ない日常ながら何故か記憶に残り、今再び走馬灯で繰り返す母の言葉。
『よく覚えておくのよクラピカ、確かにクルタ族は被害者の面が強い。けどなんの悪さもしてこなかった高潔な民族ってわけでもないのよ』
クルタ族の集落を出てから知った多くの物事、その中にはクラピカをしてクルタ族が悪と思える逆恨みに近い報復もあった。
『良くも悪くもクルタ族は緋の眼に振り回されてきた。それだけ魔性の魅力があるのもわかる。けどもっと、もっと素晴らしいものがあったはずなの』
普段の明るさが鳴りを潜めていた母を心配そうに見つめるクラピカだったが、次の瞬間急に恋する乙女のような顔で喋り始める。
『もう長老でも見たことのないおとぎ話に近い言い伝えなんだけどね、ママのお婆ちゃんから聞いた話なのよ!』
緋の眼は悲しみや怒りなど、負の感情から生じる魔性の色。
しからば喜びや愛、正の感情から生じる輝きに勝てる道理なし。
『もう色も伝わってないんだけど、緋の眼なんか目じゃないくらい綺麗だったんだって!』
それは緩やかな破滅に進む、世界と関わることを諦めたクルタ族から失われてしまった輝き。
『あなたはきっと世界を見に行く。たくさんのきれいな景色を見て、たくさんの素敵な人と出会いなさい。優しくて強い私の可愛いクラピカちゃんなら、きっと最高の人と結ばれるから』
いつの間にかクラピカは今の姿へと変わり、記憶の母と同じ目線で向き合う。
『生きなさいクラピカ、私が見たかったあなたの子供を、クルタ族の失われた輝きを宿すまでこっちに来るのは禁止します』
茶目っ気たっぷりに笑うその顔に瞳はないけれど、きっと取り戻すと改めて心に誓う。
『レオリオ君も頑張ってるけど厳しいみたい、さっさと起きて手伝ってきなさい!!』
何故か全力のビンタを頬に受けながら、薄れる意識で手を振る母と見守るクルタ族の皆を目に焼き付けた。
「〜っ!?」
胸部を襲う凄まじい激痛に意識が覚醒したクラピカは、見開いた先に目を瞑るレオリオのどアップが広がり痛みと混乱で数秒フリーズした。
(痛い、動けない、レオリオ近い、口に何か入ってる、痛い、…っ!?)
現状をある程度理解したクラピカが焦りと気恥ずかしさで動こうとするも、痛みの割に嘘のように動かない体とピクリともしないレオリオに疑問が浮かぶ。
(間違いなく致命傷だった、潰れた肋と肺は疎か心臓も破裂したはず。なんだ? その辺りの感覚どころか存在自体が朧気な気が)
何より目に見える範囲、レオリオのワンマンドクターの中が明らかに厄だとわかるドス黒いオーラで満ちていた。
そのオーラはクラピカから発生しており、そのオーラをレオリオが吸い込み浄化しているように見える。
(治療中、レオリオの新しい発か? それにしてもこの黒いオーラはなんだ、今にも爆発しそうな焦燥感を感じる)
クラピカは砕けて消えていた
(ゴン達の援護に戻らず私の治療をするとは、これが誤った選択でないことを祈るばかりか。…? ……っ!?)
動けないことで手持無沙汰なクラピカが鎖で周囲を確認していると、自分の胸部に加えてレオリオの胸部も消失していることに気付く。
そればかりかレオリオ自身がとてつもないダメージを受けているのか、クラピカの口内に自分のではない血が侵入してきた。
(どういうことだこれは!? 何故レオリオが傷付いている!?)
クラピカが理解出来ないこの現状は、レオリオのダメージコンバートの応用によるもの。
本来は物体に衝撃を溜め込み放出することで遠距離攻撃を行う能力だが、レオリオは構想の中で治療に用いる方法を検討していた。
受けた傷をオーラに変換して放出し、ワンマンドクターで生命維持を行う治療法である。
たとえ本人が原理を理解出来なくとも、想いが強ければ念は発動することに着目したレオリオ一世一代の大博打であり、それ相応のリスクと引き換えに見事発動した。
それがダメージの共有と、失敗時は放出した傷が何倍にもなってお互いに降り注ぐという制約である。
しかも今回はクラピカがあまりにも危険な状態だったために、ダメージ共有時にレオリオが多めに傷を引き受けている。
レオリオは今、クラピカが指一本動かせないダメージ以上の傷を引き受けながらも、集中を途切れさせることなく治療を続けていた。
クラピカの脳内で怒りや悲しみを吹き飛ばし、喜びや幸せの感情が爆発する。
まだおぼろげながらも好意を抱くレオリオが、文字通り命を賭して自分を救ってくれようとしている。
お互いのオーラが絡み合いまるで一つになっているかのような感覚は、孤独に生きてきたクラピカにとって麻薬のように離し難い中毒性を持っていた。
(
復讐を成し遂げられたら死んでもいいと思っていた、致命傷を受けた時も早々に諦めていた、しかしお節介でお調子者で最高にカッコイイ男が手を離さなかった。
(生きたい! 母さん達の目の供養をして、ゴン、キルア、ギンと、レオリオともっと一緒にいたい!!)
激しい感情により、元の色に戻っていた瞳から涙が溢れ、その色彩を劇的に変えていく。
それは苛烈なまでの緋色とは異なる、鮮やかに輝く紅紫色。
三原色の一つに含まれるその濃い桃色の瞳と、クラピカの体の奥底からオーラが溢れ出す。
(死にたくない、死なせたくない! 予言が変わった今、私は未来をこの手で掴む!)
レオリオに巻き付くインスパイアチェーンの先端が矢印からハートに変わり、強化率が今までの比でないほど大幅に高まる。
(私のこの想いに応えろ、
クルタ族の失われていた瞳が、ヨークシンシティで再び開眼した。
後書きに失礼します作者です。
クラピカちゃんになった原因の“紅紫の眼“について補足説明します。
緋の眼が怒りなどの感情が高ぶると発現するなら、喜びなどの感情で発現する眼があったら良いのにという作者の願望から生まれたのが紅紫の眼です。
死の間際に正の感情が最高潮になることはほぼありえないので死後の保存が出来ず、割と悲惨な過去と現状があったクルタ族では発現する者が長い間いなかったせいで言い伝えでしか伝わっていなかった。
真の愛に目覚めた者のみ出せる輝きは、きっと緋の眼を上回る美しさだと妄想してます。
愛は捨てちゃいかんよね