ゴン達はアウトになったツェズゲラがとりあえず無事なのを確認すると、奪取したボールを持って束の間の作戦会議を行う。
「どうする? 今んとこ最大威力出せんのは元に戻ったビスケだろうけど、今回は戻る気ないんだろ?」
「流石に人目につきすぎるしね、今回はあんた等の修行の成果を見せてみなさいな。というより投げたり取ったりは苦手だから、元に戻ってもドッジボールって枠の中じゃあいつに勝てる気しないわさ」
ゴンチームの最高戦力たるビスケはここまでの短い攻防でレイザーの実力の高さ、そしてドッジボールというスポーツの枠の中では己以上の力を発揮することを理解してしまっていた。
加えて自分の本来の姿が元々好きではない上に、周囲に数多く目がある現状でわざわざ本気を出す気になれなかった。
「じゃあちょっと試したいことがあるんだけどいいかな? キルアに手伝ってもらうことになるんだけど」
ゴンの説明を聞いたキルアは思いっきり顔をしかめるも、弱体化してる今なら何とかなるかと渋々提案を受け入れる。
ボールを持ったキルアがコートの中心近くに立ち、両手で上下から抑えるようにボールを構えて相手コート内で一番小柄なNo.3に狙いを定めた。
「最初は、グー…!」
ゴンの小柄な体からオーラが噴き出し、硬により構えた右拳に全て集中する。
「ジャン、ケン!」
その子供離れしたオーラに周囲が驚愕する中、レイザーは冷静にゴンを、そしてゴレイヌに注意をはらいながら脱力してオーラを高める。
「グー!!」
キルアという砲塔から撃ち出されたボールはレイザーのボール以上の速度でNo.3に迫り、そのまま交通事故のように弾き飛ばして外野の壁に衝突する。
「…バカげた威力だな」
レイザーはボールに弾き飛ばされ手足があらぬ方向に曲がったNo.3を掴んで放り投げると、最初から外野にいたNo.5が受け取ってそのオーラを吸収する。
No.8となり更に体格が良くなった念獣が現れると、外野で見ていたクラピカが審判に質問する。
「レイザーチームは合計7人になったわけだが、あれはルール的に許されるのか?」
『試合開始時8人いましたので問題ありまセン。もちろん8人より増えたら反則となりマス』
都合がいいのか悪いのか判断に苦しむ状況だが、とりあえず再びゴンチームのボールから試合が再開する。
「大丈夫かいキルア、今のあんたならノーダメージで出来たと思うけど」
ビスケの心配は、ボールの威力を削がないようにオーラを纏わずボールを構えたキルアの両手にあった。
普通なら余波によってズタボロになるであろう暴挙だが、ビスケも認めるセンスの持ち主であるキルアならば無傷での実行も可能と予測していた。
「摩擦で火傷しかけたけど問題ないぜ。これならオーラで守るまでもねぇや」
それどころかキルアはビスケの予測以上の成果を出しており、両手のみオーラを纏わせず完璧と言えるタイミングで砲塔の役割を完遂していた。
ただ全力で殴るゴンの拳に対し、相手に命中するようにボールの位置を微調整してゴンと狙った相手を同時に意識しながら自分も無傷でボールから手を離す。
「しっかしレイザーの奴半端ねぇな。万が一No.3と入れ替えられても大丈夫なようにゴレイヌとゴリラ達にもしっかり注意を払ってやがった。あれじゃあ不意打ちは無理かな?」
しかも直接は関係ないレイザーにすら意識を割いており、ビスケすらここまで緻密な行動を取れるか難しいと言わざるを得なかった。
(何度驚かせれば気がすむのよこの子達は。弱体化してるとは思えないゴンはもちろん、キルアのセンスとキレは常軌を逸しているわさ。ゴンは身体能力で、キルアはセンスですでにあたしが三十代で到達した領域にいる!)
静かに戦慄するビスケと単純に絶句するゴレイヌを置き去りに、ゴンは更に深く集中するとボールを持つキルアの前に立つ。
(もっと、もっと全力を!!)
ゴンが目を見開くのと同時に、その体から先程を遥かに凌駕するオーラが噴出する。
「最初は、グー!」
キルアの構えた方向にいるのは、ゴンのオーラに驚きながらも自然体で備えるレイザー。
「ジャン、ケン!」
クラピカとレオリオ以外の味方も化け物を見る目でゴンを見守る中、大量すぎるオーラで完璧に硬を行った一撃がボールに炸裂する。
「グー!!」
その一撃を受けたボールは音速に迫り、ビスケとキルア、そしてレイザー以外の視界から完全に消失する。
(呆れた化け物だ、しかし惜しいな!)
超速でレイザーの腕に着弾したボールだったが、バレーのレシーブの要領で腕と体全体で衝撃を吸収される。
いっそ呆気ないほど軽い音を鳴らしたボールは高々と宙を舞い、外野まで吹き飛びながらも無傷なレイザーは悠々とコートに戻り落ちてきたボールをキャッチした。
「嘘だろ!? 何が起きたってんだ!!」
「あの肉体で何と柔軟な動き、身体操作の点ではゴンすら上回るか!?」
見ることしかできないレオリオとクラピカはレイザーの実力の高さに改めて驚愕し、コート内で向き合うゴン達はより鮮明にその強さを実感する。
「…すっげぇ!!」
「マジかよ、あれがあんな呆気なく取られんのか」
キルアは若干痛めた両手を振りながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ゴンは満面の笑みでレイザーの強さを称賛する。
(この男、本当に強い! おそらく本気で戦っても負けかねない実力者、しかもことスポーツという観点で言えば間違いなく世界最高クラス!!)
(グリードアイランドに入る前の俺じゃ、到底ついていけない戦いだ。このゲームに挑戦したこと、そしてゴン達に出会えたことは俺の人生最大の幸運と言っていい)
ビスケは士気が下がるのを考慮して心の中でレイザーを称賛し、ゴレイヌは今この場に立ち会えていることを心の底から感謝した。
(…喜べジン、ゴンは間違いなくお前のガキだ)
そして痺れた腕を擦るレイザーもまた、ゴンに対して最大級の賛辞を心の中で送っていた。
レイザーがゴンからのボールをほぼ無効化出来たのには主に二つ理由がある。
一つはいくら速いとはいえ反応できるスピードで、命中したのが拳より柔らかいボールだったこと。
二つ目にして最大の理由が、
オーラの有無は赤子と大人の力関係を逆転させるほどの効力を持ち、世界トップクラスのレイザーはオーラ総量はもちろん出力や運用力も規格外と言っていい。
そんなレイザーが本気でオーラを纏い技術を総動員して対処した以上、オーラを纏わないボールなど防げて当然なのだ。
(ったく、かなり本気でやったってのに純粋な運動エネルギーだけで痺れたか。少しでもオーラがこもってたらいなしきれなかったかもな)
しかしゴンの一撃は念の理を打ち破り、僅かにとはいえレイザーにダメージを与えることに成功していた。
念能力者であろうとライフルで撃たれれば致命傷を負いかねないとはいえ、貫通力のないボールでオーラの壁を破ったのは前代未聞とも言える。
大前提として試合に使われているボールが、レイザーの全力に耐えられるようゲームシステムから“不壊”の性質を付与されていなければ起こらない偉業だった。
場の全員が驚愕から動けず若干の間が空いたところに、レイザーへ視線を向けたゴンが頼み事をする。
「ごめん、少しだけ作戦会議の時間もらってもいいかな? 回復するほど長くはかけないから」
「俺は構わんぜ、3分くらいならくれてやる」
腕の痺れを回復させる時間稼ぎも兼ね、ボールを保持するレイザーは作戦会議を認めて腕を組んだ。
「多分もう少し追い込みをかければ
確信を持って告げたゴンの姿にこれまでの試合展開から勝つにはそれがベストだとキルア達も判断し、レイザー側がボールを持つ以上全力で回避を行う必要があると結論が出た。
「オレは最悪
「あたしは正直きついわさ。無傷でいなしたり弾いたりは余裕だけど、完璧に避けるか受け止めるのは自信ないわさ」
これは決してビスケが弱いわけではなく、あくまでも戦闘スタイルの噛み合わなさである。
回避から急所への一撃が本分のキルアはまだしも、純粋に武を極めてきたビスケはドッジボールというルールに適応していないのだ。
「ならいざという時は俺が切り札を使おう、完成して初めての実戦だが、相手にとって不足はない!」
ゴレイヌの力強い言葉に頷いたゴンが外野に行くことを宣言すると、審判から『バック』を使わなければ内野に戻れないと念押しされてギンと共にコートの外に出る。
ゴンは少し離れて立ち止まるとそのまま目を閉じ、傍目にはリラックスした姿でそのまま動かなくなる。
その立ち姿を診たレオリオは、一見静寂な皮膚の下で恐ろしいカロリーを消費しながら脈動する筋肉を感知して冷や汗をかく。
さらにギンが圧縮を解いてゴンの前に立ち塞がると、どんな流れ弾も妨害も通さないと低く唸ってレイザーを睨みつける。
「ただの小動物じゃないと気付いてたが、魔獣でもなく念能力獣ってとこか? グリードアイランドならまだしも外にそんなのがいるんだな」
レイザーに外野へ移動したゴンを攻撃するつもりは端からないが、ギンが守っている限り本気でいかなければ無理だと理解する。
そして内野に残った三人を見据えると、わざわざゴンを待つつもりはない意思表示も込めてオーラを高める。
「さて、どこまで足掻けるかな?」
身構える三人を嘲笑うかのように、レイザーはこの日最速のボールを投げ放った。
時間にして2分弱、たかが百秒程度の間にレイザーと念獣達がボールを投げた回数は数百回に到達していた。
キルアは持ち前の動体視力と瞬発力で、ビスケは長年の経験から投げるフォームや視線を見て先読みし、ゴレイヌは全体の位置取りやボールの軌道を念獣と共有した視界から把握してそれぞれが回避を続けていた。
もはや数合わせ組はもちろんツェズゲラ組すら蚊帳の外となった試合が動いたのは、もう何度目かわからないレイザー本人の剛速球が放たれた瞬間だった。
アンダースロー気味に投げられたボールは内野の中央付近にいたゴレイヌへと向かい、すぐ左隣りにいるビスケを考えて右に回避行動を取った。
「っ!? ビスケ!!」
「!!」
ゴレイヌの斜め後ろにいたキルアが見たのは、スピードはそのままに直角に曲がってビスケに迫るボールの姿。
キルアの声と同時に飛び退ったビスケのスレスレを通り過ぎたボールはNo.8がキャッチし、まだ空中にいるビスケに向けて再びボールが投げられた。
「このっ、ちょいさ!!」
ビスケはなんとか体を捻ってボールに踵落としをお見舞いし、ボールは地面に叩きつけられて跳ねたところをゴレイヌがなんとか確保する。
『ビスケアウト! ボールは挑戦者チームから再開デス』
「面目ないわさ、なんとかこっちボールにするので精一杯」
「いや、これでまた時間が稼げると思えばまだいいだろ。外野もちゃんと動けるのがゴリラしかいなかったし丁度いい、いやビスケもゴリラか」
思わず手を出しそうになったビスケはキルアの不器用な励ましだと気を落ち着かせ、キルアとゴレイヌに後は任せたと告げると外野へと移動する。
「で? 二人になっちまったことだし、いよいよアレすんのかよゴレイヌ」
キルアが面白そうに視線を向けると、それを受けてゴレイヌはNo.0に改めてルール確認を行う。
「今一度確認だが、念獣は8人を超えなければ増減しても構わないんだな。そして念獣の姿形が変わっても問題なしと」
『問題ありまセン』
その答えに頷いたゴレイヌは2体の念獣を一時的に解除し、集中力とオーラを高めて新たに得た能力を発動させる。
「うおおぉー! いでよ、俺の新たな
『ウホッ♥』
具現化したのは白黒ゴリラと同じ体格ながら、毛色がショッキングピンクでビキニの形に生え揃った、ツインテールにどぎついメイクの雌ゴリラ。
「このまま能力発動いくぜ!
『ウホホー♥』
ピンクゴレイヌとゴレイヌから桃色の光が溢れ、僅かに見える輪郭がゆっくりと一つに重なっていく。
やがて光は徐々に弱くなり、眩んでいた目を瞬かせた者達の視界に映ったのは。
「ぺこり〜☆ゴリィヌ、参上でござるぅ〜♪」
茶髪のセミロングを2つに括り、派手なメイクをしてピンクのチアリーディングユニフォームを着たゴレイヌが顔をレイザーに向けたままお辞儀をしていた。
『……?』
爆笑するキルアとレオリオと、苦笑するビスケとクラピカ以外の誰もが現状を理解出来ぬまま静まり返り、いたたまれなくなりそうな空気をガン無視してゴレイヌ改めゴリィヌが吠える。
「ゴンちゃんには時間稼ぎを頼まれたけど、別にあたしがぶっ飛ばしても問題ないじゃろがい!!」
吹き出すオーラはゴレイヌを超え、荒々しくボールを構える姿からはゴレイヌ以上の逞しさが垣間見えた。
「レイザー、いざ尋常に勝負だゾ☆」
まさしく
後書きに失礼します作者です。
次話でも書きますが桃色賢人について軽く補足します。
桃色賢人(ピンクゴレイヌ)
能力は合体した者の性別を入れ替える。
白黒ゴリラと違って自律行動を取るショッキングピンクのゴリラを具現化する。
基本的に合体が前提の能力のせいか、うるさくうざい動きしかしないし戦闘ではまるで役に立たない。
合体するとサイキョーなあたし降臨(ゴリィヌモード)が発動し、女装にしか見えないがれっきとした女性になる。
今はゴレイヌ自身の性別しか入れ替えられないが、いずれは対戦相手も入れ替えられるように鍛錬を続けている。
ゴレイヌは某観光大使を参考にしたとかしないとか