オレが目指した最強のゴンさん   作:pin

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第62話 復活と決着

 

 その鼓動は、空気を震わせたわけではなかった。

 

 

 ドクン──

 

 

 ゴンの重厚なオーラが脈打つことによる幻聴にも関わらず、その場にいる誰もが同じ音を認識していた。

 

 

 ドクン───

 

 

 それは復活を知らせる筋肉からのメッセージ、筋肉が先かオーラが先か(パーフェクトコミュニケーション)によって一心同体となった筋肉とオーラのハーモニー。

 

 

 ドクン!!───

 

 

 傷を癒やすだけにとどまらず、さらなる進化を遂げた奇跡の肉体がグリードアイランドで産声を上げる。

 

 

 

 

 レイザーは誰よりも全力で警戒しながら、未だに目を瞑り集中して佇むゴンを注視していた。

 突如ダムが決壊するかのように吹き出したオーラはもちろんだが、それ以上に醸し出される雰囲気が一切の予断を許さない警鐘を鳴らし続けている。

 

「バック…」

 

 ゆっくりと目を開いて静かに内野への帰還を告げたゴンを、レイザーは神に誓って瞬き一つせずに視界に収めていた。

 

 まるでその小さな身体が膨張したように、気付けば体勢の変わらぬゴンがレイザーを飛び越えようとしていた。

 

「っ!!?」

 

 予備動作が一切ない足首の力のみの跳躍は、外野から自陣コートへゴンを運び、その物理的に違和感しかない動きを誰もが信じられない表情で見つめる。

 

 そして静かにコートへと降り立ったゴンは、レイザーに対して背を向けたまま徐々にその身長を伸ばしていく。

 

 キルアの身長を追い抜き、ゴリィヌの身長を追い抜き、レイザーと遜色のない身長にまで成長する。

 

 縦に伸びてスラリとした見た目になったゴンの肉体は、次にオーラの脈動と共にその太さを増していく。

 

 今度こそ比喩でもなんでもなく内側から膨張していく肉体に耐えきれず、伸縮性抜群だったタンクトップと短パンが見るも無惨に弾け飛ぶ。

 

 唯一残ったボクサーパンツが伸びに伸びてTバックとなりながらも最後の砦を死守する中、コート内に空前絶後の芸術がその姿を現した。

 

 その姿はパンイチにも拘らず、それを頼りないと思う者は一人もいなかった。

 

 ビスケやレイザーをして別次元の肉体と認めざるを得ないその筋肉は、どんな鎧よりも堅固な守りと、どんな武器より強力な攻めを感じさせる。

 

 やがてゴンは確かめるようにゆっくりと右手を上げ、顔の前に持ってきた掌を静かに見つめる。

 

 そして小指から一本ずつ指を曲げていき、最後に親指でロックすると出来上がった拳を力強く握りしめた。

 

 なんのことはない動作の一つ一つが、まるで映画の中のワンシーンのように見る者の視線を掴んで離さない。

 

「…ごめん、服着てもいいかな?」

 

「……構わんぜ」

 

 レイザー側に傾いていた勝負の天秤が、力尽くでゴン達側に押し込められた。

 

 

 

 イケメンに目がなく、たくましい肉体に目がないはずのビスケが欠片も色を挟むことが出来なかった。

 

(もう呆れたとか驚いたとか、そんな次元の話じゃないわさ。ジジィが、ウイングが手放しで称賛した意味がやっとあたしにも理解できた)

 

 肉体的に全盛期を更新し続け、ネテロは疎か知る限り最高の身体能力を自負していたビスケのプライドは木っ端微塵に砕け散った。

 半世紀にも渡るビスケの磨き抜かれた宝石(筋肉)が、10代前半のまだまだ原石の小僧に輝きで並ばれているのだ。

 

(なによりゴンの身体的特性と発の親和性が高すぎる! まるで最初から到達点を知っていたかのような構成、あの子には一体何が見えているの!?)

 

 本気でやり合えば負けの目があると自覚し、総合戦力的にはまだ勝っているという事実が慰めにもならなかった。

 ウイングがネテロとビスケを間違いなく超えると断言した理由、どう考えてもおかしいレベルのネテロの若返りの理由、近い将来武の頂に立つなど烏滸がましい評価だった。

 

 このままでは武の頂を蹂躙する、ただの暴力による支配が待ち構えているのだ。

 

(あたしも呑気に磨いてなんていられないわさ。依頼通りジジィに合流して追い込まなきゃ、今のゴンに負けることは武の敗北に等しい!)

 

 いつかはゴンも武を修め、ゴン流とも言えるものを創り出すのかもしれない。

 しかし今のゴンは、武を修めたなどとは口が裂けても言えない。

 何故ならゴンは武の対処法を知っているだけで、本人は武も何もなくただ突っ込むのが最強の戦術だからだ。

 

(一刻も早く武を叩き込む、その間敗北は許されない。…まったく、困難なほど燃えるのはハンターの性かしらね。やってやるわさ!)

 

 ビスケは嫌に下手に出るツェズゲラからシャツとズボンを借りるゴンを見据え、静かに心の中で炎を燃やす。

 

 世界最高の師匠が、ゴンを弟子以上に好敵手として認めた瞬間だった。

 

 

 

 挑戦者チームで最も大柄なツェズゲラから服を借りたにもかかわらず、上も下も筋肉の厚みでパツパツにしたゴンがコート内に戻る。

 ゴンは普通にオーラを纏い歩いているだけ、ただそれだけでレイザーの額から汗が一筋流れ落ちる。

 

(ジン、お前はとんでもない存在を誕生させたのかもな)

 

 コート上で対峙しているだけで感じるゴンの威圧感は、実戦ではないことをレイザーに安心させるような残念に感じさせるような複雑な感情を抱かせていた。

 キルアとゴリィヌは内野コートの端ギリギリまで下がり、ゴンは中心付近に陣取るとレイザーを見据えて練を行う。

 

 オーラが物理的衝撃を伴い、化物という比喩が可愛く見えるほどの圧がレイザーを襲う。

 

 獰猛な笑みを浮かべるゴンにレイザーも同質の笑みを返し、ゴン達の持つバインダーと同じ効果を持つポケットからスペルカードを取り出す。

 

 それはGM(ゲームマスター)のみが使用できる、GM同士が連絡を取り合うためのカード。

 

「GMコンタクト、エレナとイータ」

 

『はいはーい、レイザーが連絡してくるなんて珍しいじゃない』

 

『ゴンくんもそこにいるみたいだけどどうかしたの?』

 

 突然の通信に誰もが疑問を浮かべる中、レイザーはシステムを統括する立場のエレナとイータに要請する。

 

「ほんの数分でいい、俺をG.I.S(グリードアイランドシステム)から除外してくれ」

 

『はぁ!? あんたそれマジで言ってんの!?』

 

『システムはもちろんレイザーも無事じゃすまないかもしれないんだよ!?』

 

 G.I.S(グリードアイランドシステム)とは、グリードアイランドを創った11人による相互協力型(ジョイントタイプ)の念能力。

 11人もの念能力者による役割分担と、島を依り代とした拠点タイプにすることで神字等の恩恵を最大限に得る。

 本来人の手に余るゲーム内アイテムの数々は、島にいるGMはもちろんプレイヤーからもオーラを搾取しながら、ジンの設計した奇跡と言えるシステムバランスで実現している。

 

「わかってる。それでもあのバカとの約束なんだ、悔いを残さずにやり遂げたい」

 

『…1分、いや2分だけどうにかしてあげる。それでも死んだら死者の念になってシステムに戻りなさいよ!』

 

『ゴンくーん! 申し訳ないけどこいつのわがままに付き合ってあげてね、よろしく!』

 

 通信が切れたのを確認したレイザーは精神を集中し、それに応えるようにゴンもオーラを高める。

 

『G.I.Sに異常発生、レイザーがシステムから除外されています。繰り返します、異常発生…』

 

 突如ゴン達のいるフロアに警報が鳴り響き、システムから解放されたレイザーが大量のオーラを纏う。

 

 10年以上振りに感じる自由を感じる時間すら惜しむように、レイザーは限界までボールにオーラを込めるとバレーのスパイクの要領で宙に放る。

 

 己も大量のオーラを纏って飛び上がり、とどめとばかりに右手に硬でオーラを集中させる。

 

(これが掛け値なし、俺の本気の全力だ! 受け取りやがれ!!)

 

 

 一振りの隕石(メテオスパイク)!!

 

 

 その一撃は正しく隕石。

 

 フランクリンの俺の身体はバズーカ砲(オーラキャノン)を広域殲滅型とするなら、メテオスパイクは貫通力と着弾威力を突き詰めた一点突破型。

 そもそも用途が違うため比較するものでもないが、仮に撃ち合ったならばオーラキャノンを突き破ったメテオスパイクがフランクリンに直撃するだろう。

 

 そんな底辺能力者が見てもヤバいとわかる一撃に対し、究極の一を目指すゴンの選択肢は揺るがない。

 

 

 最初は、グー ──

 

 

 腰を落とし腕を引き絞り、溢れるオーラが右手に集中する。

 

 

 ジャン、ケン──

 

 

 命の危機故か、ゴンとレイザーのオーラの影響か、その場の人間は等しくボールが着弾するまでの刹那の時を認識した。

 

 

「パーー!!」

 

 

 全員の目が、落下する隕石を受け止める巨大な掌を幻視した。

 

 

 ボールと手が出してはいけない轟音、近くにいたキルアとゴリィヌが転がるほどの衝撃波、粉塵のベールに包まれて見えない着弾地点を誰もが息を呑んで見つめていた。

 ほんの僅かな沈黙は、粉塵を吹き飛ばすオーラによって破られる。

 

 ツェズゲラから借りたシャツが吹き飛び上半身裸となったゴンが、ボールを握りしめてコートに仁王立ちしていた。

 

(…脱帽だな。今のはこの建物を吹き飛ばすつもりの一撃だったんだが、ゴンのオーラにすべて相殺されたか)

 

 メテオスパイクは凄まじい貫通力を誇るが、それ以上に厄介なのが着弾時に炸裂するオーラである。

 ボールに込められたオーラは着弾と同時に全方位へ放出され、周囲にあるものすべてを吹き飛ばし大ダメージを与える。

 避けようにも相手より上から打ち下ろして放たれるため、一瞬で範囲外に逃げない限り至近距離で攻撃を受けることになるのだ。

 そんなレイザー渾身の一撃を身体能力とオーラのゴリ押しで掴みきったゴンは、コート外に転がったあと戻ってきたキルアに顔を向ける。

 

「キルア、またお願いできるかな?」

 

「お前ふざけんなよ!? あんなん見せられて出来るか!!」

 

「ごめん、それでもキルアにしか頼めないんだ」

 

「〜〜っ!」

 

 ゴンからの頼みに数秒うなって恐怖を打ち破ったキルアは、ゴンからボールを奪い取るとレイザーに質問する。

 

「レイザー! “大天使の息吹”は本当にどんな怪我でも治すんだな!?」

 

「あぁ、生きてさえいれば四肢がもげようが心臓がなかろうが完治する」

 

 キルアはポケットから電池を取り出してかじり、自身の最大容量以上に電気を纏う。

 

 “神速(カンムル)・疾風迅雷”

 

 キルアはボールを構えて狙いを付けると、人生最大の集中力を発揮させた。

 

 大きな音を立てていた電気が小さく、しかし全身満遍なく行き渡りチチチッと小鳥のさえずるような音が鳴る。

 大量のオーラと電気を限界まで細かく満遍なく巡らせるそのコントロールは、対峙するレイザーはもちろんビスケも絶句するほどのオーラ運用力。

 

 “借筋地獄(ありったけのパワー)

 

 キルアの超絶技巧すら吹き飛ばす、ただの暴力がその真価を発揮した。

 

 その筋肉はウボォーギン戦を遥かに上回り、溢れるオーラは見ていた底辺能力者や海賊達の心を折り膝をつかせる。

 反動で弱体化していた間の筋力トレーニング、そしてデスマーチの間搾取され続けたオーラの酷使。

 筋肉が先かオーラが先か(パーフェクトコミュニケーション)が筋肉とオーラの負荷を互いに共有しあい、相乗効果の酷使を乗り越え超回復に至った故の新たなステージ。

 

 

「最初は、グー…」

 

 

 硬く握りしめられた右拳にオーラが集中し、強すぎる握力と共にオーラが圧縮されていく。

 見えなくなるほどではないにしろ、体積的には半分ほどになったオーラ密度に空間が悲鳴を上げているようにも見えた。

 

 

「ジャン、ケン…」

 

 

 体が拗られたことで正面を向いたゴンの背中から、ひきつれて笑ったようにも見える鬼の貌がレイザーを見据えている。

 己の死を覚悟したレイザーは極限の集中で待ち構え、オーラを纏わないだろうボールに小さすぎる希望を抱いてオーラを高める。

 

 

「グーー!!」

 

 

 おそらくは有史以来最強の拳がボールへと突き刺さり、不壊の性質を持つボールがあっけない音を立てて破裂した。

 

 見ていた全員が意表をつかれて硬直し、矢面に立っていたレイザーは体も心も完全に機能停止する。

 

 元ボールだった物が力なく飛んでいき、レイザーの膝に当たってコートへと落ちる。

 

『異常事態発生、G.I.Sに損傷を確認。除外されたレイザーを強制的にシステムへ復帰させマス』

 

 再びシステムに組み込まれたレイザーにより、けたたましく鳴り響いていた警報が嘘のように静まり返る。

 全力を振り絞り気が抜けたこと、少なくなったオーラの搾取が行われたことでコートに座り込むレイザー。

 深く息を吐くと俯いていた顔を上げ、キルアと同等の体格になり気まずそうな表情を浮かべるゴンに苦笑しながら告げる。

 

「まいった。この勝負、お前達の勝ちだ」

 

 レイザーの敗北宣言は、両手の指があらぬ方向に曲がったキルアの悲鳴とレオリオの絶叫によりかき消され、その場の空気をなんとも言えないものへと変えるのだった。

 

 


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