なんとか読者様の想像力で補ってください。
試合開始早々、まず最初に仕掛けたのはゴンだった。
レイザー戦で見せた、予備動作が一切ない足首の力による跳躍。
正面に立つ相手にとって最も反応困難な動きだが、ヒソカは僅かに目を見張ったもののしっかりとバックステップを踏む。
ゴンの振り下ろした拳は、念で補強された鍛錬場の地面をいともたやすく粉砕した。
その一撃に笑みを濃くするヒソカはトランプを手に間合いを詰め、ゴンの反撃を掻い潜り首と脇を斬り払って離れる。
「んっん〜♥すごく硬いよゴン、天空闘技場の頃はあんなにふにゃふにゃだったのに♥」
ヒソカがオーラを込めたトランプは角が潰れ、斬られたはずのゴンの首と脇は僅かに赤い線が刻まれたのみである。
ウボォーギンとの死闘を経て進化したゴンの肉体は、
もはやヒソカといえども、オーラを纏わせただけのトランプでは刃が立たなくなっていた。
「確認は終わった? ならここからはガンガンいくよ!」
ゴンのオーラがさらなる勢いで噴出し、
ビスケという最高の師に磨かれた技術は正しく効果を発揮し、皮膚レベルまで圧縮されたオーラは仄かに光を放つようにゴンを縁取る。
ゴンの牢を見たギャラリーは、牢を知るものは特大の驚愕を、知らなくとも未知の現象ながら感じる力に驚きを浮かべる。
ヒソカも以前見たものに比べて明らかに洗練された牢に興奮を抑えられず、身体に纏うオーラを
トランプに纏わせたオーラが、薄く、鋭く、剃刀のように研ぎ澄まされていく。
ギャラリーは皆、刃状に変化させたオーラだということは理解できたが、その練度の高さに絶句せざるをえなかった。
何でも切れる刀を具現化することは不可能、しかしヒソカのオーラは全てを切り裂くと言われたら納得しそうになる鋭利さがあった。
「遊ぼうかゴン、最高の時を過ごそう♥」
二人の周囲、そして間の空間が歪んで見えるほどのオーラ。
笑みを向け合う修羅と奇術師は、互いに遅れまいと加速し続ける。
驚愕に包まれるギャラリーの中で唯一、レオリオとクラピカは驚きこそすれど会話し考察するだけの余裕があった。
ゴンならこれくらいできるという信頼もあったため、驚きはもっぱらヒソカに対して強く感じている。
「元々こんだけできたのか、強くなったのかどっちだと思うよ」
「強くなったのだろうな、信じ難い成長だと驚くほかない」
レオリオとクラピカにとって、ヒソカはゴンを抜いて最初に出会った勝ちようのない絶対強者だ。
そして念に限らず他の分野でもそうだが、本来最も成長するのは習いたてや基礎を修めた後など初心者と呼ばれる頃である。
すでにビスケが磨く余地なしと匙を投げるほどのヒソカが、短期間でレオリオやクラピカにわかるレベルで成長するのは明らかに異常事態だった。
「二人してどこまで強くなる気なんだか。キルアはどっちが有利だと思う? …キルア?」
返事もなにもないため視線を向けたレオリオが見たのは、目を見開きゴンとヒソカの戦いを少しも見逃さんと集中するキルアの姿。
(あぁ、そうか、やっぱりお前はそっちに行くんだな)
急に黙ったレオリオを訝しんだクラピカも集中するキルアに気付くと、微笑ましいような頼もしいような、少しだけ寂しげな複雑で柔らかい笑みを浮かべる。
天空闘技場で悔しそうに歯噛みしていたキルアはもういない。
ここにいるのは届かないことを嘆く雛鳥ではなく、同じ高さまで飛び覇を競う資格を得た雷鳥。
その目は絶望に曇るのではなく、勝機を見出し光り輝いている。
同じ始まりだった3人、しかしここで一人が進む道を違えた。
たしかに寂しい、しかしそれ以上に応援することを誓い寄り添う二人のすぐ横で、雷小僧が修羅の道へと力強く足を踏み入れる。
誰もが筋肉とピエロのショーに夢中になる中、レオリオとクラピカ、そしてビスケとネテロは新たな世界最高峰の誕生を目撃した。
ゴンとヒソカの戦いはレベルこそ上がっているものの、天空闘技場での試合と同じような進行をしていた。
一撃必殺の威力を携え果敢に攻めるゴンと、躱していなしながらトランプで切り裂くヒソカ。
ただし今回は一つだけ違いがあり、天空闘技場とは逆にゴンが明らかに押していた。
理由は単純に、ゴンとヒソカの強みがゴン有利に噛み合ってしまったことだった。
「本当にその回復力はどうかしてるよ、せめてもう少し出血してくれてもいいのに♣」
「鋭すぎるんだよ、一体何を切るつもりでそこまで極めたのさ」
「んー、ゴンのためなんだけど逆に不利になるとは思わなかった♠」
ヒソカの鋭利すぎるオーラを纏ったトランプは、見事にゴンの防御を抜いてその鋼の肉体を切り裂くことに成功した。
しかし鋭利すぎることが仇となってしまい、ゴンの常軌を逸した回復力と相まって切れたそばからくっついて治るというあり得ない現象が起きていた。
本来は他人のオーラが傷口に入ることでここまで早く治ることはないはずだが、ゴンのオーラ密度が高すぎるせいでヒソカのオーラはすぐ体外に押し出されてしまうのだ。
ゴンのために研いだゴン以外にはオーバーキルすぎる技術が、肝心のゴンと相性が悪いという本末転倒な結果となっていた。
「やっぱり念は奥が深いねぇ、ボクもまだまだ勉強が足りないや♦」
「それで? まさか終わりじゃないでしょ、このまま押し切っていいならそうするけどね」
「それこそありえないよ♥想定より早かったけど、ここからが本番さ♠」
ヒソカはトランプ両面の中心にバンジーガムを貼り付け、それを手に持ち勢い良く腕を広げ引き伸ばした。
子供の工作に、“びゅんびゅんゴマ”というものがある。
厚紙の中央部に穴を2つ開け、その穴に紐を通して結ぶだけの簡単なおもちゃである。
紐をねじって引っ張ることで厚紙が高速で回転し、びゅんびゅんと風切り音を鳴らすことが名前の由来だ。
その回転力は馬鹿にしたものではなく、子供が回してもそこそこ危険なスピードで回転させることができる。
ヒソカのトランプは、風切り音すらない丸鋸と化した。
今までの鋭すぎるオーラすら霞む切断力をありありと予感させるそのトランプを、ヒソカは続けざまに5枚作り出すとバンジーガムに繋げたまま振り回す。
かすった地面、触れる空気が切り裂かれるその中心で、残虐な笑みを浮かべたヒソカが一歩を踏み出す。
「簡単にバラバラにならないでね、そのまま壊したくなっちゃうから♥」
ゴンは一筋の冷や汗を流しながらも、笑みでもってヒソカを待ち構えた。
ゴンに傾いていた戦況を一気に引き寄せたヒソカは、高速回転するトランプの付いたバンジーガムを鞭のように操り攻撃を繰り出す。
トランプの回転は念によるものではなく物理現象のため徐々に衰えるが、その度にバンジーガムを伸縮させることで再び高速回転させていた。
ゴンの肉体とオーラでも防ぎ切ることができず、斬られる以上に削り取られた傷は治るのにも時間がかかる。
押されているゴンだったが、牢を使った状態での凝でダメージを抑えつつ治療時間の短縮を行っていた。
ゴンに確たるダメージを与えているヒソカだったが、攻撃手段が限定されているため対応される隙を埋めることができない。
ヒソカの体力を徐々に削っているゴンだったが、ここに来てダメージレースで差が開き始め不利が加速していく。
なあなあの決着ではなく完全決着を望む二人の死闘は、まるで天空闘技場の一戦をなぞるようにさらなる加速を見せる。
仕掛けたのはゴン。
6本になったトランプ丸鋸付バンジーガムを負傷を省みず弾き飛ばすと、身体を捻って硬を行うべく言霊を発す。
「最初は、グー!」
「ジャン、ケン!」
攻めるか引くか、百戦錬磨たるヒソカの経験と欲望は攻めを選択していたが、ヒソカの本能が彼らしからぬ逃げの一手を打つ。
元々手の届かない距離からさらに離れる選択を取った本能に理性が疑問を浮かべたが、次の瞬間攻めていたら負けだったことを理解する。
「パーッ!!」
ゴンによって抉られた大地が大小様々な死の散弾となってヒソカに迫り、並の能力者なら全身バラバラに吹き飛ばされる面の暴力が牙を剥いた。
(えっぐ♥)
ヒソカは身体を丸め被弾面積を減らし、纏うバンジーガムを表面は柔らかく身体に近いほど固く変化させる。
下がったことも功を奏し、いくつかの礫がめり込む程度にダメージを軽減したヒソカだったが、散弾が過ぎ去って開けた視界に身体を捻った体勢で近付くゴンが映った。
「あい…」
戦闘開始直後にも見せた足首の力だけの移動は、居合道のすり足のごとく構えた状態での移動を可能にする。
「こで!」
詰めるにも引くにも微妙な距離、体勢の崩れたヒソカはその場での迎撃を選択した。
右手の指を目一杯広げ、指と指の間で計4枚のトランプを高速回転させる。
掌をゴンに向けて左手でバンジーガムを引き絞ると、弓というよりパチンコの要領で撃ち放つ。
「ッ!? チーッ!!」
ヒソカが詰めてきたらグー、引いたら再びパーを考えていたゴンはとっさに直撃コースの2枚を手刀で切り払い、残りの2枚を
互いに崩れた体勢を立て直したため間が空き、顔をしかめたゴンと満面の笑みのヒソカが向き合う。
「な・る・ほ・ど♥点のグーに面のパー、そして線のチーってわけだね♦構えも隙だらけだと思ってたけど、あの体勢で動けるならそこまで問題じゃないってことか♠良い技だね♥」
「初見でほとんど完璧に受けられたのは想定外だよ。ヒソカも良い技持ってるね」
揃って隠し玉が不発に終わった二人は、そろそろやりすぎだと止めに入りそうなビスケを見て最後の勝負に出ることを決める。
後先考えずにさらなるオーラを噴出させるゴンと、オーラを暗く重く研ぎ澄ませるヒソカ。
もはや組手の範疇を超えていると判断しているビスケが、飛躍する二人に魅せられ止め時を見誤った故の最後の一合。
2連勝を狙うヒソカがパチンコ方式でトランプを放ちながら急接近し、それを見たゴンはトランプを牢で無理矢理受けた後に迎撃態勢を整える。
「ジャン、ケン!」
4枚のトランプを身体に生やしながらも構えたゴンは、意に介さず左腕を引き絞って飛び掛かるヒソカを迎え撃つ。
「グーッ!!」
完璧なタイミングのカウンターは、空中でピタリと止まったヒソカの鼻先を掠めて空振った。
目を見開いたゴンが見たものは、離れた心源流道場に貼り付くヒソカの伸びた左腕。
影に隠れて見えなかったバンジーガムの腕で止まったヒソカは暗く嗤い、剥がれた左腕がゴムの弾性で超加速する。
ゴンはいつの間にかヒソカと繋がれたバンジーガムで回避は不可能と悟り、恐ろしい速度で迫る拳の間になんとか左腕を差し込み受け止める。
バンジーガムの拳の中に隠された高速回転するトランプが、殴る威力と相まってゴンの腕を切断しそのまま鎖骨に食い込む。
「っ!? 勝負あ…」
慌てて組手を止めようとしたビスケを追い越し、ヒソカの一撃を鎖骨で受け止めたゴンが筋肉と肩で固定し構える。
「あいこでっ!」
「ッ♥」
ヒソカのバンジーガムでできた左腕は、精密操作とパワーを両立させるために切り離すことが困難となっている。
互いに決殺可能な距離での最後の一撃が放たれる瞬間、全てを置き去りにした掌が振り下ろされた。
百式観音 壱の掌
ゴンとヒソカの間に差し込まれたネテロの一撃は、物理的に二人を隔ててビスケの終了宣言を間に合わせる。
「勝負あり! 双方やりすぎの上で決着なしだわさ!! 組手だって言ってんのに死合ってんじゃないわよ!!」
「さっさと腕見せろゴン! ヒソカもめり込んだ礫勝手に抉り出すんじゃねえぞ!?」
「ゴンの腕は回収しておいた。オーラで包んだから雑菌等は防げたと思う」
「でかしたクラピカ!!」
あまりの展開の移り変わりにギャラリーが動きを止める中、チードルとサンビカの二人はレオリオとクラピカの治療速度に目を見張る。
そして治療を受けるゴンとヒソカは、勝負を邪魔されたとはいえ互いの成長をその身に受け合い満足そうに一息ついた。
「腕も取られちゃったし、今回もオレの負けかな?」
「最後の一撃は五分のところまで持っていかれちゃったからね♥止められなかった場合は技の威力的に考えたらボクの負けでもいい気がするよ♥」
「素直に引き分けでいいだろ。先に当たるのはヒソカだったけどゴンの一撃も止まらなかっただろうしな」
「うむ、この勝負は引き分けで決まりじゃ。全く滾らせてくれるわい」
呆れるキルアと目が笑っていないネテロが揃って引き分けを宣言し、治療待ちで説教を我慢しているビスケが見つめる筋肉とピエロ。
3度目の決着が付かなかった二人は軽く拳をぶつけ合い、次こそ雌雄を決すると心に誓い合った。