皆さんこんにちは、ついに百式観音との勝負とあって武者震いが止まらないゴン・フリークスです。キルアが死にそうな顔してるけどそんなに勝算ないかな?
人数有利とはいえネテロの百式観音が相手とあり、ゴン達の中で最も耐久力に難のあるキルアはすでに逃げ腰となっていた。
「オレは正直ついていける気がしない。完全に遠距離担当になるって宣言しとくわ」
「んー、まあしょうがないんじゃない? ボクはまだ見たことないけど威力もやばいみたいだし♣キルアが雷速で動けるならまだしも流石に無理だしね♦」
実際に百式観音を見たことのあるキルアは一発でもくらえば致命傷、そしてどう考えても回避不能と判断して遠距離からの嫌がらせに集中することを決めていた。
まだ直接百式観音を見ていないヒソカも、キルアの判断やそれをゴンが止めないことなどでその脅威をおおよそ把握し、どうやって戦うかのシミュレーションを行う。
「キルアなら百式観音の間隙をねらい打てると思う。攻撃はオレが全部受けるけど守りきれなかったらごめん」
「んなこと誰も頼んでねえ! お前はいつも通り頭筋肉で突っ込めばいいんだよ、オレはそれについていく。遅れたりしねえから前だけ向いて突き進め」
顔色は悪いながらも不敵に笑うキルアと、その覚悟を見て笑みを浮かべるゴン。
拳をぶつけ合う二人を見て鼻から愛を溢れさせたヒソカも拳を差し出せば、ゴンは拳で、キルアは嫌そうにしながらも張り手で触れる。
「〜っ♥ボクはボクでやらせてもらうけど、一つだけ必ずしようと思うことがあるから先に言っておくよ♦」
凄まじい顔で痙攣したヒソカに流石のゴンも一歩引く中、レオリオ達医療班の準備が万端になったと報告が入る。
いざという時は負傷者をすぐさま隔離できるよう、ノヴが外の鍛錬場にかけられた念と
「今回もあたしが立会人を務めるわさ。追い打ちをしない、やられたら大人しく引き下がることを順守なさい」
ある程度の距離を取ったゴン達とネテロのオーラが高まり、ゴンは
ギャラリーは巻き添えにならないように離れながらも、少しでもよく見ようとできるだけ近くで観戦する。
「始め!!」
3対1の組手とはいえ、ネテロは死闘以外で初めて本気で百式観音を繰り出すべく祈りを捧げた。
ゴンは開始早々なんの躊躇もなく、いっそ清々しいほど無策に真っ直ぐネテロへと駆け出した。
当たり前の話だがその接近は中堅能力者でも反応できるか怪しいレベルの速さであり、ネテロにとって自分の倍近い筋肉の塊がその速度で迫ってくるのは普通に考えて恐怖でしかない。
百式観音 弐乃掌
百式観音の攻撃はすべてが決まった型で放たれ、弐の掌は前方に打ち出す横ベクトルの掌底。
とりあえずの牽制であり、接近を許さないつもりのものとはいえ決して手加減などしていなかった。
「取ったぁ!!」
地に足をめり込ませたゴンが、数メートル押されながらも観音の手を抱え込んだ。
「あだぁ!?」
「油断大敵ってね、ゴンばっか注意しすぎ」
百式観音の決まった型をゴンが撃ち抜かれずに抑え込んだことで、神速で終了するはずの攻撃をほんの少し長引かせることに成功する。
その僅かな隙はキルアにとって長過ぎる隙であり、雷速の
「フフッ、チェック♠」
その硬直で肉薄したヒソカがトランプを振り被り、ネテロを切り裂こうと腕を振るうが刹那の時間が足りなかった。
百式観音 弐乃掌
全速の百式観音はヒソカを捉えて吹き飛ばすことに成功し、続けてキルアに対応しようとしたネテロだったが自分に付着したオーラを見て動きを止める。
「ガムとゴムの性質を持つ
大きく吹き飛ばされながらも、ダメージ自体は纏ったバンジーガムで大幅に軽減したヒソカからの置き土産。
前方に引っ張られる感覚にバンジーガムの先を見たネテロは、自分が筋肉との肉弾戦から逃れられぬことを悟った。
「ネテロ会長、勝負!!」
殺し愛
今現在心源流本部道場にいる者は、一度は百式観音をその目で見たことのある者ばかりである。
それが戦闘中か鍛錬中かは別として、見た者達は口を揃えてこう語る。
百式観音こそ最強の能力にして、アイザック・ネテロこそ最強の念能力者である。
それだけの速さ、威力、そして連撃性を持つのは周知の事実であり、単純な戦闘においてこれ以上ない強さを持っているのだ。
そんなネテロが3対1とはいえ明らかに押されていた。
バンジーガムにより超至近距離から離れないゴンと肉弾戦をしながら、襲いかかってくるヒソカを百式観音で迎撃し、キルアの雷撃や隠し持っていた暗器を捌く。
間違いなく超絶技巧と言えるネテロの奮闘だが、目に見える形でその身体に傷が増えていく。
ゴンと打ち合う四肢には青アザが浮かび、百式観音が間に合わなかったヒソカのトランプがその身を切り刻む。
そのように二人が気持ちよく攻勢に出れる一番の理由がキルアであり、徐々に百式観音の技と技の繋ぎに攻撃を差し込めるようになってきていた。
あるかないかというレベルの百式観音のインターバルを、
百式観音の攻撃に怯むことなく攻め続け、くらったとしても抑え込みまた攻めるゴン。
連携の訓練などしていないにもかかわらず、ゴンとキルアに完璧に合わせて躍動するヒソカ。
真っ向勝負できるゴン、射程外から的確に牽制できるキルア、二人の穴を埋められるヒソカという噛み合った三人だからこそネテロを追い詰める。
最強の陥落を予期したギャラリーが驚きと少しの悲しさに包まれる中、渦中の武神は傷付き翻弄されながらも最高の笑顔で戦っていた。
(よくぞ、よくぞここまで練り上げたものじゃ。特にキルア、此奴は殻すら破れていないひよっこだったはずじゃろ!)
元々強者だったゴンとヒソカがここまでできるのに驚きはあまりない、しかしキルアに至ってはまだ念を覚えてから2年と経っていないのだ。
年齢から考えると下地は限界まで鍛えられていたとはいえ、その念に対するセンスはネテロをして未だかつて見たことのないレベルへと達していた。
(ワシが反応出来ずにくらうということは、祈りの完成と同時に電撃を放っているということ。タイミングをこうも完璧に合わせてくるとは、レオリオと同じで見えないものまで見えてそうじゃの)
ネテロの推測は当たっており、キルアはここにきて新たな能力を構築していた。
神速・照魔鏡
周囲に電気が漏れることすら許さない緻密なオーラコントロールで実現した、相手の身体を流れる電気信号を感知するレーダー。
本来感知したところで反応など不可能なのだが、キルアの疾風迅雷はその不可能を可能とした。
漏電しないながらも帯電していることで仄かに輝くキルア、その目が青白く強い光を放ってネテロを見据えている。
(そしてヒソカ、此奴はまるで本気を出しておらんの。あくまでサポートに徹し、ゴンとキルアの成長を最も間近で見ることが目的か。ここまでないがしろにされるとか、こいつマジでワシのこと眼中にないじゃん)
ヒソカのポリシーであるタイマンではない3対1の組手は、本人からヤル気と勝利への欲求を激減させている。
しかし今正に成長を続けるゴンとキルアのサポートに徹することで、束の間の共闘と味方目線での成長を目の当たりにすることに愉しみを見出していた。
意識の殆どをゴンとキルアに注いでいるにも関わらず戦闘自体にそつはなく、基本的には百式観音を受ける担当でありながら目立ったダメージはない。
ゴンという規格外の破壊力に晒されてきたことによる慣れ、そしてバンジーガムという打撃に対する圧倒的アドバンテージを活かし切る妙技があった。
ゴンとの組手でも見せた、バンジーガムの弾性に強弱をつける使い方である。
自分が衝撃を受けないよう弾性に変化をつけ、さらには硬い芯をずらすことで攻撃そのものを受け流す。
相手に最もダメージを与えられる打ち方を見極められるネテロを逆手に取った、百式観音を攻略したと言える対処法だった。
(この戦い方を実現できる能力速度に思考力、ワシの気のせいじゃなければビスケより強くね?)
ゴンのような規格外の破壊力があるわけではなく、キルアのような規格外の反応速度があるわけでもない、トータルバランスでみた戦闘力の圧倒的高さ。
ネテロの出会ってきた好敵手の中でもまさに最高峰の強者である。
(そしてゴン、こいつ本当に頭おかしくないか? なんでこの出力で身体が爆散しとらんのじゃ、これでまだ十代前半とかこの先何になるんじゃ)
ウボォーギンとの死闘を経て進化した、ゴンの身体能力とオーラ出力。
ハンター試験の時しこたま驚かされたにもかかわらず、あの頃が可愛く見えてくるほどの暴力の化身。
軽く話したビスケが懸念していた、暴力に対する武の敗北という本来あってはならない事態の可能性。
(認めるわい、お前を力尽くで止めることはできない。何なら技術を使っても厳しいとな)
ネテロは痺れる四肢に活を入れ、ゴンと繋がるバンジーガムが限界に近いのを看破し百式観音でヒソカと同じく吹き飛ばす。
短い時間ながら壮絶な攻防を繰り広げたとわかる傷だらけのネテロと、まだまだ余裕があるゴン達の対比は世代交代を象徴するようだった。
「楽しいなぁオイ、これだからやめらんねぇんだ、強くなって強い奴と戦ってまた強くなる。そんで最後はぶちのめすから最高なんだよ!!」
ネテロのオーラが鋭さを増し、その顔に鬼のような鬼喜の笑みを浮かべる。
ギャラリーが恐れ慄くオーラを真っ向から向けられたゴン達は、その全てを刺し貫くようなオーラの中に感謝の念を確かに感じた。
「百式観音、攻略したと思ってんなら舐めんじゃねえぞ!!」
ネテロはゆっくりと、思考の加速が行われているのではなく事実ゆっくりと両手を合わせる。
ネテロの考えとして、祈りは想いがあれば所作も時間も関係ない。
百式観音を打つ際決まった動作で両手を合わせるのも、結局はルーティーンであり行ったほうが明確に感謝の祈りを捧げられるからにすぎない。
それでもネテロは、この祈りに重い想いを込めた。
超即反応でキルアはその場から飛び退り、ゴンとヒソカはオーラを全力で高める。
百式観音・重式 壱乃掌
今までと同じ感謝の想い、しかし時間をかけた祈りはその分重さを増し、そして重なり顕現する。
より鮮明になった観音が3本の腕を振り下ろし、今までの比ではない威力で着弾する。
「ナルカ…」
百式観音・軽式 弐乃掌
祈りの所作すらないその一撃は、今にも掻き消えてしまいそうな頼りなさでありながら今まで以上の速さでもってキルアを捉えた。
吹き飛ぶキルアと立ち上る噴煙、誰もが言葉をなくして立ち尽くす中、残心を崩さないネテロは確信を持って告げる。
「来い小童共、百年以上の研鑽ってやつをその身に刻んでやる」
噴煙の中から傷付いたゴンとヒソカが姿を現し、吹き飛んだキルアも血を流しながら戻ってくる。
最初からクライマックスの戦いがさらなるクライマックスを迎えようとする中、嗤うネテロの脳天に元の姿に戻ったビスケの拳骨が炸裂した。
「こんのバカジジィ!! 周りの被害を考えるわさ! しかも凄んどいてあんたもうボロボロでしょうが!! 組手はこれで終了! ゴン達も煽られてんじゃないわよ!!」
頭に特大のたんこぶを拵えたネテロが前のめりに倒れ伏し、レオリオ達医療班が慌ててその身をテントへと運んでいく。
肩透かしをくらったゴン達も気が抜けて戦闘態勢を解き、3人の中で一番重傷だったキルアは自分の足でテントへ向かって歩いていった。
「んっんー♥百年の研鑽は伊達じゃなかったねぇ♥どうだったゴン? 百式観音の圧縮は出来てた?」
「出来てなかった。やっぱり大きいのが目的の能力だったみたいだね、だから最後の重いやつと速いやつを作ったんだと思う」
ネテロは天空闘技場での一戦から戻った後、百式観音の圧縮をするべく試行錯誤を行った。
しかしやはり暗黒大陸の巨大生物を見据えていた百式観音の小型化は困難を極め、ならばと祈りの時間を変えることでバリエーションを増やす方向にシフトした。
祈りの時間を増やすことで発動する“百式観音・重式”、速さを犠牲にする代わりに威力を増した観音を顕現させることができ、かけた時間に応じて掌を重ねて増やすことが出来る。
祈りの所作を省略して発動する“百式観音・軽式”、威力を犠牲にする代わりに今まで以上の速さで観音を顕現させることができ、さらに間隙が少ない不可避の速攻となる。
どちらもネテロが人前で使うのは初めてであり、百式観音を知っていた者ほどその進化に驚いていた。
「まったくあのガキジジィは…、ゴンもごめんなさいね、中途半端なとこで止めちゃって」
「止めるならあのタイミングしかなかったと思うし、ビスケが気にすることじゃないよ」
小さくなったビスケがゴンに頭を下げていると、早々に完治したキルアも戻ってきて新たな百式観音に文句を垂れる。
「あれマジ反則、オレでも耐えられる威力だとしても速すぎんだろ。しかも遅くなってるとはいえ十分速い威力重視のもあるとか、あの爺さん最近まで丸くなってたとか冗談だろ」
「百式観音の間隙をつけたあんたも大概だわさ。3対1とはいえあそこまで一方的とか、鍛えたあたしが言うのもなんだけどだいぶ頭おかしいことしてるわさ」
そうしてしばらく戦闘の批評をしていると、初めてネテロがダウンしたことで手持ち無沙汰になった者達がビスケにこの後の鍛錬について質問に来る。
時間的に終了には早すぎる上、とんでもない戦いを見たことでやる気に満ち溢れる者たちを無下にもできず、ビスケ監修の真っ当な鍛錬が行われることになる。
武神の窮地とさらなる進化は、それを見たすべての者の心にさらなる炎を灯して燃え盛らせる。
それはネテロの原動力となった筋肉にも等しく作用し、ゴンを追う雷小僧やピエロもまた同様である。
世界に誇る心源流総本山において、強者が強者を育てさらなる高みに駆け上がる、天井なき蠱毒が幕を開けた。