時はカイト達が蟻塚を発見する少し前まで遡る。
蟻塚の最奥近い場所にある孵化室にて、キメラアントの最高戦力である王直属護衛軍3体が同じタイミングで誕生した。
「…やあ、はじめまして。これからよろしくね」
「馴れ合うつもりはありませんが、職務上お付き合いさせていただきます。王以外は有象無象、それだけのこと」
「なんでもいいが王はまだ生まれてねえんだよな? とりあえず女王様に挨拶行こうぜ」
女王が特別力を注いで誕生した3体の護衛軍は、生まれた瞬間からオーラを身に纏い基本的な念の知識も完全に把握していた。
待機していた世話役の雑兵アリから衣服を受け取り、それぞれが好みの衣装を身にまとうとペンギンのような師団長ペギーがやってくる。
「おはようございます、王直属護衛軍の皆様。女王がお呼びですのでご案内いたします」
戦闘タイプではないながらも護衛軍の強さを肌で感じたペギーは、羽毛でわかりにくいが大量の冷や汗をかきながらペチペチと早足で先導する。
護衛軍にとってはゆっくりとした足取りで蟻塚の最奥へとたどり着くと、3体はそれぞれが喜色満面の表情で部屋の奥に有るモノを注視した。
『護衛軍よ、無事生まれたようで何よりです。これからあなた達に名と役目を与えます。王が誕生するまでの短い間ですが、それまではしっかりと私を守りなさい』
玉座も何もない最奥で座る、女王の蟻としての形を色濃く残す尾が自身の何倍にも膨れ上がり、その透けて見える中心で人形の影が揺蕩っていた。
その影からはとてつもないオーラと圧が周囲に放たれており、護衛軍は言われなくともそれこそが自分達の仕える王だと確信した。
『まずはあなた、此方へ』
女王が最初に指名したのは、タキシードに身を包み蝶の触覚と翅を持つ美青年。
女王に近付いて腰を折ると、まだ生まれていない王に対して礼をとる。
『あなたの名はシャウアプフ、役目は王への“盲信”です。王の全てを肯定しなさい、王に全てを捧げなさい、王のためならその身含めた王以外の全てを犠牲となさい。あなたが王の完璧を完成させるのです』
「かしこまりました。このシャウアプフ、世界を王に献上します。全ては最初から王のもの、それだけのこと」
シャウアプフは優雅に一礼するとその毒々しくも美しい翅を広げ、音もなくふわりと後ずさると元の位置へと戻る。
『次はあなた、此方へ』
次に指名されたのは、かなり大柄で青灰色の肌を持つズボンだけ履いた偉丈夫。
見た目通りの乱雑さで女王というより背後の王に跪くと、女王から名と役目が贈られる。
『あなたの名はモントゥトゥユピー、役目は王の“武具”です。王の矛にして盾となり、王に仇なす全てを滅ぼしなさい。あなたが王の完璧を守るのです』
「かしこまりました。俺は王の敵を鏖にする」
モントゥトゥユピーは立ち上がると不敵な笑みを浮かべ、今一度王に頭を下げると元の位置に戻る。
『最後にあなた、此方へ』
最後に指名されたのは、黒いシャツにハーフパンツとカジュアルな格好をした猫耳尻尾のある美少女。
猫のような縦長の瞳孔を持つ瞳を爛々と輝かせ、護衛軍では唯一女王も敬いながら跪く。
『あなたの名はネフェルピトー、役目は王への“親愛”です。王を愛しなさい、王を導きなさい、王の臣であり家族であり友となりなさい。あなたが王の完璧を育てるのです』
「かしこまりました。私は王のためだけに生き、そして死にましょう。全ては我らが愛する王の未来のため」
ネフェルピトーも元の位置に戻り改めて護衛軍が並んで跪くと、女王は王が誕生するまでの任務を言い渡す。
『ネフェルピトーは蟻塚周辺の警戒、モントゥトゥユピーはこの最奥の間の前で番を、シャウアプフは王が誕生した後の新たな拠点を見繕いなさい』
『かしこまりました』
女王から命を受けた護衛軍はそれぞれが役目をこなしながら、己の特性に合わせて念能力を鍛え形にしていく。
性格も考え方もまるで違う彼等は、それでも全ては王のために一つの個として行動する。
キメラアントという一つの国が、今まさに完成しようとしていた。
カイトのSOSから僅か5日後の昼過ぎ、NGLの国境付近にハンター協会からの第一陣が到着し拠点となるキャンプを敷いていた。
簡易倉庫には多くの食料や医薬品等の消耗品から、もしもに備えて一般人でも身を守れるように銃火器まで押し込められている。
そしてキャンプの中心ではどこでも手術可能なレオリオが医療テントに常駐し、設備が整うまではかなり多忙を極めることが予想された。
「…なんていうか、思ってたより普通なんだな」
「初対面の奴にそんな事言われたのは初めてだ、俺の何を以って普通じゃないと思ってたんだ?」
「だってゴンの最初の師匠だろ? あれを見たらぶっ飛んだやつだと思わねえか?」
「…ゴンには基本的な知識を教えただけで育ててねえよ。あれは会った時点で頭のネジがぶっ壊れてた」
医療テントの記念すべき最初の利用者になったのは、腕の断面の治療を最低限しただけで第一陣を待っていたカイトだった。
切れた腕の治療に定評のあるレオリオは世間話をしながら処置を続け、第一陣の突入班を先導するのになんの問題もないレベルまで治しきる。
「凄まじい手際と治療速度だな、まるで何回も施術したかのような安心感がある」
「完全に切れてんのは3回目だな、一歩手前とか潰れてるとかも入れたら10回は超えてるぜ」
「えぇ…」
カイトは今までお目にかかったことのないレベルの治癒能力を持つレオリオが、どんな環境でここまでの実力を得たのか片鱗を垣間見て絶句する。
そして治療後すぐに作戦会議中の突入班と合流し、改めてキメラアントの実力と蟻塚の位置について自身の見解を述べていった。
「雑兵キメラアントの配置は外から侵入させないことに特化していた。おそらくだが王の誕生まであと僅かなんだろう、確認できた最悪の個体は数kmの円を長時間キープする規格外だった」
「その個体が王の可能性はないんですか? それだけの個体が何体もいるとは考えたくないものです」
ノヴの推測は他にも何人か考えていたことだったが、現場にいて様々なことを直接感じたカイトは首を振って否定する。
「間違いなく王じゃない、キメラアントの生態を考えたら王に警備をさせることはありえないからな。しかもあいつは円の外だった俺達の存在に気付いていた、それでも持ち場を離れなかったのは蟻塚の警護に専念していたと見ていい」
生物学の知識においてこの場の誰よりもキメラアントに詳しいカイトの説明は理路整然としており、続けて告げられた階級と実際戦って判明した強さは想像を超える厄介さだった。
雑兵、知能はそこまで高くないが軍隊行動は可能で人間大の昆虫のため身体能力はかなり高い。数と種類がかなり多く、苦戦はしないが非常に面倒くさい。
兵隊長、人間レベルの知能を有し雑兵アリに指示を出す。全員が念を習得しているが高レベルな個体は少ないため、余程相性が悪くなければ後れを取ることはない。
師団長、更に高い知能とそれぞれが自分にあった発を持っている。加えて混ざりあった生物の特性を上手く使いこなしており、片手間に相手をしたら負けの可能性が十分にある。
護衛軍、軍とうたいながらも数は最も少なく五体を超えることはまずない。代わりに他の全てのアリを相手にして確実に勝利するほど隔絶した強さを持ち、カイトが撤退を決めた相手がこの内の一体だと思われる。
王、護衛軍すら超える強さを持つ生まれながらの絶対強者。誕生したら巣を出て新天地に王国を築く習性があり、その際護衛軍以外のアリは置いていくことが多い。
「攻めるタイミングの選択肢は2つ、王が生まれる前に全てのアリを相手にするか、巣を移動したあと各個撃破するか。まぁこうしてる間に王が生まれてる可能性もあるがな」
キメラアントの詳しい生態と実態を知ったことで再び議論が白熱する中、ネテロがカイトに率直な意見を求める。
「忌憚のない意見を頼むが、お主から見てワシと護衛軍どちらが強く感じる?」
話し合う者達の邪魔にならぬ程度、しかし対面するカイトにはしっかりわかるレベルでオーラを高めるネテロ。
その洗練され尽くし針のように鋭いオーラを垣間見たカイトは冷や汗を流しながらも、恐怖をそのまま形にしたような蠢くオーラを思い返して告げる。
「どちらも俺にとっては雲の上ですが、あえて優劣をつけるならキメラアントのほうが恐ろしく感じます。あれは正しく人間の範疇を超えていた」
その言葉にウンウンと頷いたネテロはカイトと突入班を連れて外に出ると、最終確認と言いながらゴンとカイトを対峙させた。
「どうも相手は思っていた以上に厄介なようじゃ、そこでゴンのオーラと護衛軍を比べてもらう。その結果と各々の希望で、最終的な突入班を選定するぞい」
ネテロはゴンに全力の練を指示し、カイトは念の基礎を教えたこともあって直接成長を見れると期待を高める。
全力ということで
爆発的に膨れ上がる重力そのもののようなオーラに、腰が抜けたようにその場へ崩れ落ちた。
ネテロが比べる相手として自分の後にゴンを指名したこと、これが最終確認だということを正しく理解できなかったカイトは心の準備ができていなかったのだ。
大量の冷や汗をかき荒い呼吸を繰り返していたカイトは、レオリオの気付けで正気を取り戻し咽ながらもなんとか自分の意見を述べる。
「…俺にはわからない、護衛軍のオーラは見ただけで触れたわけじゃないからな。それでも断言できるのは、見たのがゴンのオーラでも即撤退してたってことだけだ」
まだ王が控えている以上ゴンでも足りないと宣言したようなものだが、周囲で見ていた者達の表情は変わらずむしろ気合を入れ直した良いテンションを保っていた。
カイトは誰も突入班から離脱を申し出ないのを疑問に思い、それを察したレオリオがカイトを立たせながら説明する。
「確かに人間から一番かけ離れてるのはゴンなんだけどよ、そのゴンより明らかに強い奴等がいるから平気なんだ」
「バカな、あんな巫山戯たオーラに敵う奴がいるのか!?」
「まぁ模擬戦だけどな、ネテロ会長とその弟子のビスケは普通に勝ち越してんぜ。そんで極めつけ、あそこでやばい顔してる変態はネテロ会長にすら勝ち越すキチガイだ」
レオリオが指差す先、ゴンの本気のオーラにあてられたヒソカが恍惚の表情で視線を送っていた。
カイトはヒソカを視界に入れた瞬間、今まで気付けなかったことに驚愕しながらオーラの禍々しさに絶句する。
オーラに対する恐怖、不吉さで言えば護衛軍すら超えていた。
「…あれは味方なのか? 何故あんなモノが紛れ込んでいる!?」
カイトの真っ当すぎる指摘に対し、レオリオは苦笑しながら落ち着かせるように肩を叩く。
「さっきまで気付かなかったろ? ヒソカの興味はゴンにだけ向いてるからな、案外なんとかなるもんだ。戦闘力に限ればこれ以上ないくらい優秀だしな」
レオリオとカイトが観察していると、辛抱たまらずゴンに突貫しようとしたヒソカを
キルアの反応と速度にもう何度目かもわからない驚愕に包まれたカイトは、ゴンとその周りの戦力を過小評価していたことを実感する。
(ジンさん、あなたの息子はとんでもないことになってますよ。良いハンターは良い仲間に恵まれる、ここまで体現しているのは見たことがない)
キメラアントに対する恐怖が薄れるのを感じながら、カイトは師匠に心の中で感謝を送る。
そして自分がジンを見付けたように、ゴンもすぐに父親を見付けるだろうと確信した。
ついでにゴンの目的の一つにジンをぶん殴ることがあるのを思い出し、空を見上げながら尊敬しつつも憎らしい師匠の冥福を祈った。