オレが目指した最強のゴンさん   作:pin

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第77話 堕ちた国と昇った太陽

 

 

 蟻塚の最も広いフロアに集まった、キメラアントの師団長及びその側近の兵士長達。

 総勢数十にもなるキメラアントの精鋭達は、全員で挑んでも勝てないであろう直属護衛軍シャウアプフ威圧の下、決して視線を上げないように跪いていた。

 突然理由もなく告げられた招集だったが、女王の世話役だったペギーから王の誕生を知らされてとりあえずの疑問は解消している。

 それでも今度はわざわざ師団長達を集める理由がわからず皆首を傾げたが、絶対強者からの命令はキメラアントとしての本能により覆せず戦々恐々としながら待機を続けていた。

 

「皆さん、王メルエム様のご到着です。その威光を感じるとともに、この場に立ち会えたことを生涯の誉としなさい」

 

 下を向く師団長達に見えてなどいないが、シャウアプフもまたネフェルピトーとモントゥトゥユピーを従えやってきたメルエムに跪き迎える。

 急遽用意された台に上がったメルエムは、集まったキメラアントを一通り視界に収めた後に口を開く。

 

「余が誕生するまでの女王の護衛、大儀であった。故に貴様らに褒美を取らす。余について新天地へと向かうか、ここに残るか、あるいは独立するか選ぶが良い。それぞれの部下に関しても裁量権を与える、明朝出発するまでに決断せよ」

 

 それだけ告げた王はさっさと台を降りると、モントゥトゥユピーを連れて蟻塚の奥へと戻っていく。

 モントゥトゥユピーと交代したネフェルピトーは再び蟻塚周辺の警戒に戻るべく外へと向かい、残ったシャウアプフがメルエムの威圧感に動けない師団長達に詳しく王の意向を説明する。

 

「メルエム様についてくる者については、今までとほぼ同じ扱いになります。そしてここに残る者も出ていく者も、敵対さえしなければこちらから干渉することはありません。王の慈悲に感謝し、身の振り方を決めるのですよ」

 

 こちらの手を煩わせることだけはするなと威嚇したシャウアプフがフロアを出ていくと、戦慄していた師団長達はその身を震わせながらこの後の身の振り方について確認し合う。

 結果として気性の穏やかな三分の一程が兵士長クラスや雑兵クラスの戦闘タイプ以外を集めて蟻塚に残ることとなり、ほんの数匹が手勢を連れてNGLの外へ王となるべく旅立つこととなる。

 残った半数以上のキメラアントはメルエムに恭順を示すことを決め、それぞれが部下の振り分けや引き抜きなどで慌ただしく動き出した。

 そしてメルエムの誕生から一夜明け、多くのキメラアント達が先導するシャウアプフ、そして巨大な鳥型に身体を変えたモントゥトゥユピーに座すメルエムに続いて蟻塚を出発する。

 

 いとも容易く一国を落とせる強大な一団が、すでに陥落した一国を平らげるべく行動を開始した。

 

 

 

 

 

 NGL国境近くに陣をはるキャンプの一角で、ゴン達は凡そ一年半ぶりとなるポックルとの再会を果たしていた。

 ゴンはカイトを紹介するにあたり何回か、顔に似合わずマメなレオリオはそこそこ定期的に連絡を取り合ってはいたが、実際に相対すると新たな発見がいくつも見つかる。

 

「…え? クラピカ、さん? え? レオリオと結婚? 子供!? ……全員一つ星(シングル)!? お前らどうなってんだよ!!?」

 

 ポックルはまず見た目も雰囲気も激変したクラピカとレオリオの関係に驚愕し、さらにはキルア含めて幻影旅団討伐の功績で一つ星ハンターになっていることに絶叫した。

 

「あの、覚えてないかもしれないけど同じハンター試験にいたポンズって言います。その、できれば変わられた秘訣を教えていただけたら…」

 

「師に教わったバストアップマッサージと適切な栄養補給に運動の賜だ。そして愛、これに優る薬はない」

 

 男性組と女性組で分かれて近況報告などを行っていると、やがて覚悟を決めていたポックルの表情が諦めたような悲しげなものに変わり、一度天を仰ぐとゴン達に頭を下げて懇願する。

 

「頼む、師匠を死なせないでくれ。俺とポンズのせいで片腕をなくしたのに、何も言わず弟子でいさせてくれる恩人なんだ。いつか絶対報いるから、頼む!!」

 

「もちろんだよポックルさん、カイトはオレにとっても兄貴分だからね。それに心配されるほどカイトは弱くない、守るなんて言ったら拳骨されるよ」

 

 本人が聞いたら首を全力で横に振りそうなことを言うゴンにホッとした表情を浮かべたポックルは、最後にもう一度頭を下げるとポンズを連れて去っていく。

 二人は大量の蜂を使役する能力と高い狩猟スキルを評価されたため、ビスケが率いる第二陣と合流することが決まっていた。

 ポックルはカイトの負傷への自責の念などから最初はゴン達に第一陣参加を打診しに来たのだが、その実力が試験時とは比べものにならないほど隔絶していることを理解して引き下がったのだ。

 

「私としては良いんだけど、ポックルは本当に良かったの? あんなについていくって聞かなかったのに」

 

「あぁ、冷静じゃなかったんだな。師匠からもずっとできることをするように言われてたのに情けないよ」

 

 悔しそうにしながらも何処か晴々として見えるポックルは師匠に挨拶に行こうと歩き出し、その後ろをついていくポンズは乱れていたオーラが落ち着いた背中を見て笑みを浮かべる。

 身長もキャリアも何もかも劣るカイトに尊敬と劣等感を感じているポックルだが、劣等感の理由が後ろにいるポンズだということに気づいているのかいないのか。

 ポンズもまたポックルが自分を意識していること、カイトが自分を子供としか見ていないことを知った上で何も言わないのは駆け引きか嫌がらせか。

 

 師匠の教えを正しく身に刻む二人は、若干良い雰囲気になりながら自分達の戦場に旅立った。

 

 

 

 

 

 ネテロ率いる第一陣がNGL突入を間近に控えたその日、ビスケが編成中の第二陣から火急の用件が届けられた。

 

「恐ろしいほど静かに制圧されていたようで、気付くのが遅れてしまいました。我々が警戒網を張った時点ですでに手遅れだった模様です」

 

 ビスケが最優先で人員を派遣したNGLの隣に位置する東ゴルトー共和国は、タッチの差でキメラアントに中枢を支配されてしまっていた。

 これといった戦闘や虐殺もなかったのか首都はなんの変化もなく、唯一宮殿内がキメラアントによって制圧されたのか人の出入りが極端に少なくなっている。

 何の意図があるのか指導者であるディーゴ総帥も健在のようで、何ならここ最近は非常に先進的で画期的な政策を打ち出す姿に支持率がうなぎのぼりだったりする。

 そんな一見なんの問題もなかった東ゴルトーの異変を見破ったのは、第二陣合流直後に違和感を感じて遠目に宮殿を凝で確認したポックルだった。

 

 蟻塚の時の半分ほどのサイズだったが、陰によって不可視化されたアメーバのように流動する円が宮殿を中心に広がっていたのだ。

 

 一般的に50メートルを超えれば一流と言われる高等技術の円を、これまた高等技術の隠で隠蔽するという常軌を逸した超絶技巧により遅れた発見。

 これにより王と護衛軍の居場所が判明したのだが、今度は別の問題が新たに発生してしまっていた。

 

「王の存在がほぼ確実となったが、ワシ等第一陣は予定通りNGLに突入する。蟻塚にキメラアントが残っていたなら、王や護衛軍の情報を得られるかもしれんしの」

 

「新たな巣として東ゴルトーが選ばれたのは厄介ですね、ミテネ連邦にも所属していない閉鎖国家ですから我々ハンター協会が大々的に動くのも難しい」

 

「できることから順番にだな。王や護衛軍がいないなら強行軍でも問題ないだろ、すぐに出発してさっさと蟻塚に行こうぜ」

 

 ネテロとノヴとモラウはこれからの予定を確認し合うと、モラウとノヴは前倒しになる突入に向けて準備と報告のためにテントから出ていく。

 そして残ったネテロは連絡係を労うと、東ゴルトーへのアプローチ方法を考えて唸る。

 

(目立った人的被害が出ていない上に首脳陣も健在とはのう、狙ってやったとしたら厄介どころの騒ぎじゃないわい。蟻んコなどと考えず正真正銘亜人として対応せんといかん)

 

 NGLと東ゴルトーがある地域は複数の国からなるミテネ連邦が権威を持っているのだが、そのミテネ連邦に加わらずに好き勝手しているのがNGLと東ゴルトーである。

 とはいえ正式に国と認められている以上はハンター協会としてもしっかり手順を踏まなければ入国も難しく、ことがことだけに周辺国家とのすり合わせも必要になってくる。

 

 最悪の最悪を想定した、使ってはならない切り札はそれだけの危険をはらんでいるのだ。

 

(NGLで動いている間にミテネ連邦と打ち合わせが必要か、手続きが間に合えばそのまま東ゴルトーに突入したいからの。…またビーンズの仕事が増えちまうのぉ、こりゃ事態が収まったら特別報酬と休暇じゃなぁ)

 

 ネテロはこれから明らかにオーバーワークになるであろうビーンズに心の中で侘び、余裕ができたらしっかりと休ませることを誓う。

 それでもビーンズならば問題なくやり遂げると確信しているネテロは、ビスケからも仕事を押し付けられていることも承知の上でさらに仕事を押し付ける。

 

 日に日に萎びてきている豆男が、さらなるデスマーチの予感からその顔色をさらに青くして震えていた。

 

 

 

 

 

 時は遡ってメルエム一行が東ゴルトーに到着したその日、宮殿内で最も高い位置にあるフロアにメルエムと護衛軍、そして東ゴルトー総帥ディーゴと国の運営を一手に担うビゼフが集まっていた。

 しかし本来尊大に振る舞うはずのディーゴ及びビゼフは平身低頭で地に這いつくばり、上座に座るメルエムがそれをゴミか虫を見る絶対零度の瞳で見下していた。

 

「この豚すらましに見える汚物が王の国だと? 空から見てきた限り、運営自体お粗末な落第点以下。プフ、貴様本当にこの国が余にふさわしいと思っているのか?」

 

 一見変わらない表情ながらオーラと雰囲気から怒りを滲ませるメルエムに対し、背後に控えるシャウアプフは東ゴルトーを選別した理由を詳しく説明する。

 

「この国は閉鎖的独裁国家ですので、地盤を固める際に余計な茶々を入れられにくいです。そしてその豚以下の家畜を使えば、国民を意のままに動かすことが可能。隣のゴミは曲がりなりにもこの国を保たせていた存在ですから、この後のことを考えて唯一“素面”で置いておきました」

 

 メルエムから見えないディーゴの顔は表情と生気が完全に消え失せ、ビゼフは震えながら顔面蒼白で大量の冷や汗を流している。

 続けて口を動かすシャウアプフは国の惨状を理解した上で、それでもこの国こそメルエムにふさわしいと語る。

 

「周辺国家をあらかた洗いましたが、文明レベルははっきり言ってどんぐりの背くらべでしかありませんでした。それならば開発のしやすさ、そして国を興した後の動きやすさを重視して選定したしだいでございます。偉大なる王メルエム様の始まりの地として、なんとか及第点は取れていると愚考いたします」

 

 シャウアプフの考えを聞いたメルエムはしばし熟考すると、長距離移動のわずらわしさや掌握の容易さ等から確かに理に適っていることを認めた。

 豚以下の国を引き継ぐ形になるのは憤慨ものだったが、他も殆ど変わらないと言われれば諦めもつく。

 そしてメルエムはディーゴに目もくれず、ビゼフに視線を向けると口答えを許さぬ威圧をかけながら指示を出す。

 

「この国の正確な実情と財政、他国との関わり等運営に必要な情報を明日までに用意しろ。プフ、この国の力と頭脳の最高峰は把握しているか?」

 

「この宮殿の守備隊長はレア物でして、今は寿命を削る程の鍛錬で熟成を進めています。頭脳の方ですが、各種盤面遊戯の国内チャンピオンを集めております。どちらも手慰み程度にはなるかと」

 

「これからはレア物に限らず力を持つものは積極的に集めよ。今日はレア物を喰らう故、他の者達は明日まで待機させよ」

 

「かしこまりました」

 

 シャウアプフはディーゴとビゼフに改めて指示を出すと、守備隊長を連れてくるべくフロアを出ていく。

 

「ピトーはこれより宮殿周辺の監視につとめよ、ただしプフの意向を考えあまり目立つやり方は慎むのだ」

 

「かしこまりました。やや警戒範囲が狭まることをお許しください」

 

「許す。ユピーは宮殿中心に陣取り何かあれば即時対処せよ。場合によっては宮殿を破壊しても構わん」

 

「かしこまりました」

 

 命を受けたネフェルピトーとモントゥトゥユピーはフロアを出ていき、メルエムは生まれてから初めてただ一人の時間を過ごす。

 静かなフロアに座すメルエムは、大きな窓から見える太陽に目を細め静かにオーラを練り上げる。

 

「余は王、しかし今はまだ井の中の蛙の王。我等キメラアントが覇権を握っていない以上、世界の王足るには何もかもが足りなすぎる」

 

 生まれた瞬間から凡そ生物として頂点に近い位置に君臨するメルエムだったが、それだけで世界の頂点に立っているなどと自惚れることはできなかった。

 己が王に足る器だと理解していても、満たされていない器になんの価値があるというのか。

 

「力を、知を、威を磨かねばならん。余は、…オレは、この世の全てを背負う」

 

 それはメルエムにとって、最初で最後の弱気の吐露。

 

 完成して生まれ、己より強いものが周囲にいない故の見せられぬ姿。

 

「オレはメルエム、太陽の王」

 

 強いながら弱い、それを識る王はただただ上を見続ける。

 

「日は昇った、あとは頂点で輝くのみ!」

 

 太陽の輝きにより濃くなる影、溶けぬ筋肉が手を伸ばし握り潰さんと迫っていた。

 

 


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