オレが目指した最強のゴンさん   作:pin

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第78話 王になったモノと王になれなかったモノ

 

 

 シャウアプフが宮殿内で最も上質なレア物を連れてきた時、メルエムは静かにオーラを練り上げ瞑想しながら座していた。

 その厳かなオーラと姿に思わず感嘆のため息を漏らしたシャウアプフは、自身の能力で無理矢理最高潮を維持する王への供物を差し出す。

 

「大変お待たせしましたメルエム様。こちらが今提供できる最上の食事でございます故、ご賞味頂ければ幸いです」

 

 ゆっくりと目を開いたメルエムは生気なく棒立ちを続ける守備隊長を一瞥すると、立ち上がりながらシャウアプフへ命令した。

 

「今から全力で余に挑ませよ。言うまでもないが、余計な加減などかけさせるな」

 

「…かしこまりました。では失礼して、“麟粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ)”」

 

 メルエムからの命に一瞬だけ躊躇したシャウアプフだったが、天地がひっくり返ろうと守備隊長に勝機がないことから命じられた通りに能力を行使する。

 広げられた翅から鱗粉が舞い、それを吸った守備隊長が痙攣しながら筋肉を隆起させる。

 

「あっ、あっ、あっ、ぃぁぁあぁああーーッ!!!」

 

 明らかに正気を失い目を血走らせ突貫した守備隊長は、その雰囲気が嘘のように持てる技術と駆け引き、そして念能力を最大限に駆使して躍動する。

 その強さは元々の実力を遥かに上回り、世界全体で見ても間違いなく上位に位置する強さを発揮した。

 

「ふん、所詮はこんなものか」

 

 守備隊長の攻撃を全て踏み潰し、その守りを完膚なきまでに破壊したメルエムが大の字に横たわるその姿を冷ややかに見下ろす。

 その容赦の無さ、そして強さに頬を染めるシャウアプフの前で、メルエムの尾が蠢き先端の針を守備隊長の頭に突き刺す。

 

「貴様の全てを余が上回った。しからばその全てを献上せよ」

 

 覇王蹂躙(オマエのモノはオレのモノ)――

 

 尾が脈動し守備隊長からオーラを、技術を、経験を吸い上げていく。

 白目を剥いて痙攣する守備隊長が萎びて静かになったのはほんの数秒後で、そのかかった時間の少なさにメルエムは顔をしかめた。

 

「やはり愚物だったな、これほど得るモノが少ないとは。なんと哀れで矮小な時を過ごしてきたことか」

 

 メルエムの独白を聞いたシャウアプフは、ことを終えたその姿を見て驚きに目を見張る。

 

(メルエム様のオーラが増加した、その口ぶりからすると記憶も含めて全てを吸収する能力? なんと規格外な!)

 

 メルエムの発“覇王蹂躙”は、相手の全てを奪う特質系の能力。

 発動条件は相手を完全に打倒するか、メルエムに心の底から身を捧げさせる必要がある。

 条件を満たさない場合は多少のオーラを奪う程度にとどまり、経験や技術といったモノを得ることはできない。

 

(流石は我等が王、その器の底がまるで見えない!!)

 

 キメラアントは種族特性として、雑兵から護衛軍まである共通点がある。

 それは生まれた瞬間から完成しているというものであり、誕生したその時から最高のパフォーマンスを発揮できるという非常に強力な特性である。

 

代わりに多くの生物が持つ必要不可欠な要素、成長が存在しないのだ。

 

 念を覚えたことで戦力は増加しているが、これはいわば後付の武器であり素体自体が成長したわけではない。

 護衛軍もこの縛りから逃れることはできていないが、キメラアントの女王は最高の王を望んだ。

 念能力者を喰らい己の糧とし、多くの人間を貪り蓄えたエネルギーを、一点に凝縮して生まれたメルエム。

 

 結果、完成していながらも成長するという、本来ありえない存在が誕生したのだ。

 

(正しく世界の王足る器! あぁ、いつか私も王の一部となれたなら、これ以上ない最高の幸せでしょう!!)

 

 想像しただけで感動に打ち震えるシャウアプフは、萎びながらもまだ息のある守備隊長を見てメルエムに問いかける。

 

「こちらの搾りカスはいかがいたしましょう? 必要なければ兵に餌として下賜いたしますが」

 

 守備隊長の経験を精査していたのか黙って目を瞑っていたメルエムは、萎びた守備隊長を一瞥しシャウアプフに視線を向けると別の問いかけをする。

 

「プフよ、お前は蟻塚の肉団子をどう思った?」

 

「…? これと言って特に何も思いませんでしたが、栄養という点で優れていると愚考します」

 

「はっきり言おう、あのようなクソ不味いモノは食事ではない」

 

 顔をしかめるメルエムは再び守備隊長を見やると、欠片も食指が動かんと続ける。

 

「女王が余を産むために大量のエサを求めた結果があの肉団子なのだろうが、もはやあれ程大量に必要とすることなどない。レア物はまぁまぁ食えたが、あれはオーラが美味いだけで肉団子自体の味は変わらん」

 

 そこまで言ったところでドアがノックされ、モントゥトゥユピーが数名の人間を引き連れて入室してきた。

 

「メルエム様のご要望通りの物を作らせました。こちらがあの豚が普段食している食事にございます」

 

 テーブルもなにもないため床に直置きになるが、俗に言うフルコース料理が並べられる。

 頷いたメルエムはおもむろにワインをラッパ飲みで呷った後、数多く並ぶ料理を少しずつ味わう。

 前菜に肉料理にスープと贅を凝らした料理の数々は、一般家庭一ヶ月分の食費以上に金のかかる贅沢品だった。

 全ての料理に手を付け終わると再びワインに手を伸ばし、今度はしっかりグラスに注いで優雅に味わう。

 

「プフにユピー、許す故お前達も食え。これこそが料理であり、余が食すに値する食事よ」

 

 魔獣の混合生物であるモントゥトゥユピーはそこまで理解できなかったが、シャウアプフはまさに目から鱗が落ちたような表情で料理を味わう。

 人間と混ざったことでこれらの料理を正しく味わうことができ、それこそ栄養補給としか考えずに肉団子を食していた過去の自分を恥じてすらいた。

 

「ユピーは後で家畜の牛なり豚を食してみよ、わざわざ人間を食うよりよほど量も味も優れているはずだ。プフよ、余は人間を食すことを禁ずるつもりだが、その理由がわかるか?」

 

 一通り料理を堪能したシャウアプフは少しばかり考え、今までは見向きもしなかった人間界の常識などを精査して答える。

 

「味はもちろん量や調達しやすさで家畜が優れていること、そして人間の因子を多く持つ我々にクールー病等の症状が出る可能性を危惧してですか?」

 

 本来のキメラアントは、個体それぞれが独立した種族を名乗っていいほどに外見も中身も大きく異なっている。

 たとえ同じ時期に生まれていてもそれは変わらず、過酷な環境では共食いも視野に入れた巣作りを行うことも珍しくない。

 しかし今回の女王が人間の因子を強く持ち、さらには人間を中心に栄養を補給したこともあってキメラアント全体の遺伝子が似通ったものとなってしまった。

 魔獣の混合生物として誕生したはずのモントゥトゥユピーですら、シルエット自体は人間に近いのはこれが原因である。

 

「正解だが足りぬ、一番の理由はこの国の全てが余の所有物だからよ。人間も例外なく余のモノならば、好き勝手に手を出すことは余への反逆と同義なり」

 

「っ!! またしても考えが及ばず申し訳ございません、今すぐ兵達に周知させます。そして兵達に食堂の開放をお許し下さい」

 

「許す。それと調理係に必ず徹底させることがある」

 

 シャウアプフが視線を向けたメルエムは、まだ多く残る料理をなんとも言えない顔で眺めてから告げた。

 

「一回の食事にしては量と油が多すぎる。全体の栄養バランスと分量を考え直させよ、余はあのような豚になる気はない」

 

「かしこまりました。王に相応しい献立を考案してみせます」

 

 この日から、東ゴルトーにやってきたキメラアント達の食事が大きく変化する。

 多くの個体が人間より大食漢ながら常識の範囲内だったこと、ほぼ全ての個体が人間よりの味覚を備えていたことが功を奏した。

 蟻塚に残ったキメラアント達も、争いを好まない性質や人間だった頃の記憶もあり王が旅立ってからピタリと人狩りを中止していた。

 

 この出来事が、後の世界の大きなターニングポイントとなった。

 

 種の存続をかけた生存競争が王の一存により、部族間の抗争とも言えるものへと変化したのだ。

 

 キメラアントが変わらず人間を主食としていた場合本当にクールー病等の病が蔓延したかは不明だが、少なくとも世界を敵に回すことだけは回避することに成功した。

 

 完全な王となるならば、治める国は完全でなくてはならない。

 

 メルエムの野望がまた一歩進み、理想の実現に向けて輝きを増していく。

 

 

 

 

 

 夜も更けたNGL国境付近のキャンプ、ゴン達が突入したことで静けさを増した集団を舌舐めずりしながら見つめる存在がいた。

 彼の名はヂートゥ、人間とチーターが混ざった師団長以下では自他共に認める最速のキメラアントである。

 独立を選んだ少数のキメラアントの一体で、自由気ままが性分のため配下も連れずに最速で国境へとたどり着いていた。

 

「ラッキー♪ ヤバそうな奴等が一気にいなくなってんじゃん。俺の新たな門出に相応しい御馳走がたっくさんあるぜ♪」

 

 そんなヂートゥだったが国境に到着した瞬間残っていた野生の本能が最大級で警鐘を鳴らし、彼に似合わぬ静かな隠密行動でまだゴン達が滞在するキャンプを発見し身動きが取れなくなっていた。

 

「ったく、護衛軍の化物達みたいなのがそこらにいるなんて聞いてないぜ。ま、今回は頭を使って行動した俺の不戦勝ってとこかな♪」

 

 ヂートゥの頭ではキャンプの目的を理解などできなかったが、それでも感じた戦力からとても重要なものだということだけはわかっていた。

 そんな大事なものを化物達が不在の間に蹂躙するという行為は、獣としての性質を多く残すヂートゥに暗く甘美な愉悦を与えている。

 

「あ~、トロそうなエサの匂いがプンプンするぅ。やっぱ狩りはこうでなくっちゃね♪」

 

 野生の本能に正直なヂートゥは、強敵との勝負よりも弱者を弄ぶことにこそ悦びを感じる。

 ゴン達がNGLに突入した今、キャンプは最高の狩場兼餌場となるはずだった。

 

「ぐげっ」

 

 ヂートゥは特に身を隠していなかったとはいえ、ゴン達も気付かない絶を維持するその目の前に小さな獣が立ち塞がる。

 連日のおやつとブラッシングにより艶があるフサフサの毛並みは、水浴びも風呂も好きだからかシャンプーの清潔な香りが漂っている。

 もはや野生を見つけることすら困難な家キツネグマとなったギンが、ヂートゥを汚物を見るかのように見上げていた。

 

「…? なんだお前? 随分とムカつく目で見てくんじゃん。もしかしていっちょ前に縄張りでも主張してんの? ウケる~」

 

 見つかったとはいえギンから全く脅威を感じないヂートゥは、小馬鹿にしたように見下すと隠で見えないようにオーラを纏う。

 わざわざ隠を使うまでもないと考えているはずだが、ゴン達にバレるかもしれない恐怖により速攻で排除することを選んだのだ。

 

「飼い犬が跳ね返ってんじゃねぇよ、死ね!」

 

 野生動物のスピードは、速さ以上に厄介な要素として無音なことがあげられる。

 それこそ種族的にキルアと同じことができるということであり、身体能力が上回るヂートゥの単純な移動速度はキルアすら上回る。

 

 神速の踏み込みと爪の振り下ろしは、小さなギンの身体を無惨に引き裂くはずだった。

 

「……あれ?」

 

 仕留めたと欠片も疑わなかったヂートゥの目は、何も引き裂くことなく地面に刺さる己の爪を映していた。

 最近は負けがこんでるとはいえ緩急入り乱れる神速をよく知るギンからしたら、ただ速いだけのヂートゥの動きは欠伸が出るほど簡単に対処できる。

 

 一歩下がって爪を避けたギンは大きく息を吸い込み、こちらも隠を使いながらオーラを増大させる。

 

(ちっ!)

 

 見えないながらもギンがなにかしようとしていることに気付いたヂートゥは、一歩下がって避けられたことをやり返すように全速で下がってしまった。

 

「――――ッ!!」

 

 動物の耳ですら聴こえない高周波による咆哮が放たれ、ヂートゥの体内を超高速でシェイクしかろうじて残った意識以外の全てを機能不全にする。

 

 音速は秒速約340m、時速にして1200㎞にもおよぶ。

 

 時速100㎞前後で戦うチーターのキメラアントヂートゥでは、文字通り速度の桁が一つ足りなかった。

 

「なんっ、うげぁ!? ふざけ、ふざけるな、俺は、俺はスピードキング…」

 

 正しく目にも留まらぬ攻撃を受けて錯乱するヂートゥは、ゆっくりと近づいてくるギンを見て必死に動こうと藻掻く。

 立つことは疎か身を起こすことすらできない無様な姿を無感動に見るギンは、獣としての本能からゴンでも嗅げないある種の匂いを敏感に感じ取っていた。

 

 それは野生の獣にはない、快楽のためだけの殺し。

 

 餌にするでも狩りでもなく、ただ楽しいから生き物を殺すという人間の業。

 

 ギンは圧縮を解いてヂートゥを超える体格に戻ると、その手を上げてゆっくりと狙いを定める。

 

「やめ、やめろォッ!?」

 

 速いからこそ優れるヂートゥの動体視力が、己に死をもたらす一撃をしっかりとその目に写した。

 

「俺は、スピードキ…」

 

 頭を叩き潰され絶命したヂートゥは異様な音を立てながら小さくなっていき、ビー玉ほどの大きさになるとそのままNGL方面に弾き飛ばされる。

 夜なのも関係なく見えなくなるほど遠くなったヂートゥだったものは、急激に圧縮を解かれると破裂して粉微塵になって降り注ぐ。

 

「ぐぅまっ」

 

 鼻を鳴らしたギンは満足したのか、再び小さくなるとキャンプの方へと歩いていく。

 わざわざ広範囲に撒き散らした意味は、後続をこちらへ来させないためのマーキング。

 自分が護る群れを危険に晒さないための、これ以上なくわかりやすい警告。

 妊娠中のクラピカもいることで特に神経質になっている守護獣は、誰にも気付かれない内に脅威を排除する。

 

 たとえこれ以上強くなれなくとも、野生が消えかけるほどだらしなくなろうとも。

 

 世界に類を見ない念を使えるキツネグマは、世界最上位の一角に鎮座する。

 

 


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