オレが目指した最強のゴンさん   作:pin

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第81話 戦闘と対局

 

 

 河川の流れが変わり、そこかしこに大量の水溜りと砕けた木々が散乱していた。

 何度も放たれたグラチャンのTSUNAMI(ダイダルウェイブ)は地形を変え、ターガーの竜巻咀嚼(デスロール)は触れる全てを抉っていく。

 土砂降りだった雨も雲が移動し小雨程度に収まる中、激闘を繰り広げるグラチャンとターガーは未だ相手を打倒できずにいた。

 

「ぐはははっ! 人間にしてはそこそこだったが、この大食いキングの俺様ほどじゃァなかったな!!」

 

「なんの、まだまだここからじゃい!!」

 

 お互いまだ立って戦闘を続けられるとはいえ、勝負の結果は既に見えていると言える差ができてしまっていた。

 

「オラオラ自慢の波が見る影もねえなぁ!! やっぱり雨がお前の能力の要だったみてぇだな!?」

 

「ちぃっ、言動の割によく見てる奴じゃのう」

 

 グラチャンの発TUBE(イナムラ)は、雨の時のみ使用可能な水を操作する能力。

 元々漁師だったグラチャンが荒れた海でも漁をするために考案した能力で、雨が降れば降るほど、嵐が強くなるほどに大量の水を操作することができる。

 そんな雨さえ降っていれば無類の強さを発揮するグラチャンだが、いくつかの要因により明らかに劣勢に立たされていた。

 

(爬虫類じゃけ水中で呼吸はできんはずじゃが、流石にワニを溺れさせるのは無理か。しかも水を操作するとバレて河から離されちまったし、こいつ相手なら海で待ち構えてたほうが正解じゃった)

 

 先ず戦う相手がターガーというワニ型のキメラアントだったため、水中の戦闘に強い上に素早さはないものの頑強な肉体を持つことでグラチャンと相性が悪かったこと。

 次にイナムラの能力が水を生み出すのではなく集めて操作するもののため、水源の河から離されたことでより多くのオーラを無駄遣いさせられたこと。

 最後は能力の媒体として具現化した銛とサーフボードが、そもそもその場しのぎの外部端末的な力しか持たないことである。

 

(土砂降りだったから思わず打って出ちまったが、アイツの言う通り俺の船“要塞鯨丸”で迎え撃つべきじゃった)

 

 雨さえ降っていれば陸上でも大抵の能力者に完勝できる故の油断が、漁師の命であり能力の核となる漁船からグラチャンを出陣させてしまったのだ。

 

「ぐふふ、あんまり量はねぇが強い奴はきっと旨いぜぇ。俺様に食われることを光栄に思うんだな」

 

 ちなみに生粋の強化系であるターガーは終始余裕で戦いを進めたが、決して楽な戦いだったわけではない。

 ダイダルウェイブに対してはデスロールで被弾面積を抑えながら貫通力で突っ切り、放たれる銛は鰐肌を全力で強化して弾く等の巧みさが引き寄せた優勢である。

 周りからは食い気だけの頭が残念な奴と認識されていたが、待ち伏せをするなど考えて狩りをするワニらしく案外戦闘巧者だったのだ。

 そしてお互い決め手に欠けることで長引いた戦闘は、それだけでグラチャンにとって最悪の事態を引き起こそうとしている。

 

 

(そろそろ雨が止む、最後の手段は準備に時間がかかるから無理、いよいよ年貢の納め時じゃな。…すまんなモラウ、俺の船はお前にやるぜよ)

 

 ノシノシと距離を詰めてくるターガーに覚悟を決めたグラチャンは、少しでもダメージを与えようと少なくなったオーラを練り上げていく。

 その精一杯の虚勢に舌舐めずりしながら歯を鳴らすターガーは、打ち鳴らされる歯とまだ止まぬ雨の音に紛れて凄まじいスピードで迫る存在を見落とした。

 

「急げ☆急げ☆グラちゃんのピ〜ンチ!? 幽霊自転車アターック!!」

 

 NGLの外縁だから何とか持ち込めた少し丈夫なだけの自転車が、オーラを纏って走る速度そのままにターガーへと射出される。

 

「ぐはぁっ!? 〜ってぇな! 俺様の食事を邪魔すんのは誰だ!!」

 

「お前は!?」

 

 乗っていた自転車を蹴り出すようにして放った後、グラチャンの前にヒーロー着地を華麗に決めた漢女。

 

「まったく、先走るのは男の子の特権だとしても時と場合によるゾ☆」

 

 グラチャンと共に海岸線の警戒にあたっていたメンバーから一人援護に走った彼は、なんとかギリギリで間に合うことに成功する。

 

「グラちゃんの尻はあたしが拭いちゃるけんまかせんしゃい!!」

 

 雨の上がりかけた戦場に、水も滴るいいゴリィヌが到着した。

 

 

 

 

 

 ハンターとキメラアントの女傑対決。

 戦力の要となるビスケとザザンが互いに睨みを利かせる中、先に戦闘を開始したのは取り巻きのハンター達とキメラアント達だった。

 

「やっちまうだ! ザザン様の邪魔をする奴等は皆殺しだで!!」

 

「一対一になるな! 必ず互いのカバーを意識し合え!!」

 

 総数自体はキメラアントの方が多かったが、戦闘可能な者に絞るとハンター側の方がちょうど2倍の人数になる。

 一応ザザンの副官として認知されているパイクの号令で散開したキメラアントに対し、ビスケから全体の指揮を任されたツェズゲラは他のハンターに細かく指示を出しながら戦力を振り分ける。

 

(我々の仕事はビスケさんの邪魔をさせないこと。それに加えてこちらはこちらで済ませてしまうのがベストだ)

 

 圧倒的に人手不足の第二陣だけあり、このグループもビスケとツェズゲラを除けば強さという点で見劣りしてしまう。

 それでもビスケから第二陣に選ばれた者達であり、今回の作戦に必要だとツェズゲラが判断しただけの能力を持っていた。

 

「明らかなパワータイプにはまともに付き合うな! その硬そうな相手も人数有利になるまで抑えられればいい! クモタイプは間違いなく糸を吐くだろうから尻と、一応口も警戒しておけ!」

 

「な、なんでオデがクモ糸を口からも吐けるとわかっただす!?」

 

「そいつはバカだ!! 無駄に話しかけて情報を入手しろ!」

 

 ツェズゲラは己も心源流の者と共にやたらと刺々しいキメラアントを相手にしながら、戦場全体をしっかりと把握し逐一指示を出す。

 

「Cコンビは私達とスイッチ! その棘はおそらく射出可能だ、遠距離から削れ!」

 

 自分を除けば最も手練れと組んでいることもあり、ツェズゲラは完全に戦況をコントロールして優位に戦闘を進める。

 ハンター側も決して無傷とはいかないが、それでも誰ひとり欠けることなく戦いは続く。

 

(このまま削り切れれば御の字だが、そう上手くはいかんだろうな)

 

 ツェズゲラの不安は的中し、キメラアント側の傷が増えだした頃、未だに睨み合い機を伺っていたザザンのオーラが跳ね上がる。

 しかし身構えたビスケとハンター達を嘲笑うように、ザザンのサソリの尾が伸びてキメラアント達を次々に刺していった。

 

審美的転生注射(クイーンショット)、あんた達不甲斐なさすぎよ。私のためにもっと強く、美しく進化なさい」

 

 ザザンの発クイーンショットは、尾で刺した相手のオーラを操作する能力。

 念に目覚めていない相手に対しては姿を異形に変える発を無理やり習得させる能力で、発展性はないが無理やり精孔を開けるよりもかなり高確率で生き残ることができる。

 既に念に目覚めている者に対しては単純に身体変化による強化を行う能力で、ヒソカ風に言うならメモリが空いているほど大きな変化と強化が起きる。

 刺された者が持っていた才能や拡張性を潰すこと、ザザンに対して絶対服従を強いられるというデメリットがあるものの、超短時間で強くなるという破格の能力だった。

 

 パワータイプのキメラアントはより筋骨隆々に、硬い甲殻に守られたキメラアントはより硬く滑らかに、全身に棘を生やしたキメラアントは鋭い棘が絡み付くように枝分かれし、それぞれが本来の持ち味を更に強化させた姿へと変わる。

 

「な、なんてことだぁ!? 尻と口だけでなく手からも糸が!」

 

 見るからに凶悪に生まれ変わったキメラアントを目の当たりにしたハンター達は冷や汗を流し、それでも物怖じすることなく構えてオーラを練り上げる。

 

「ふぅ~ん、よく訓練された兵達ねぇ。生き残ったらクイーンショットを使ってあげてもいいかしら」

 

「随分余裕があるじゃないの。睨み合いもいいけどそろそろこっちも始めるわさ」

 

「ふん、顔ザバッと洗って出直せとは言えないわね」

 

 ただ睨み合っていたように見えたビスケとザザンだが、お互いオーラの流れや僅かな身体の動きから相手の実力の高さを推し測っていた。

 結果どちらも油断ならぬ相手だと判断してとりあえずの見に回っていたが、一進一退の攻防を続ける部下達含め戦況の流れをつかむためにもついに動く。

 

 ビスケが本来の筋骨隆々とした肉体に戻り、ザザンもクイーンショットを自分に打ち込みバルクアップした。

 

「やっぱりね、あんたは強い」

 

「チビの時よりよっぽど魅力的よ、私のエサにしてあげる」

 

 拮抗する戦場で、兵を率いる戦女神(ヴァルキリー)が衝突する。

 

 

 

 

 

 東ゴルトー宮殿の最上階フロア、政務も落ち着きメルエムとシャウアプフ、そして軍儀チャンピオンのコムギがいるだけの静かな空間に悔しげな声が響く。

 

「……ない、詰みだ」

 

「総帥様スゲーっす! まだ半日ちょっとしか打ってないのにもう国内チャンピオンレベルっすよ!」

 

 身を乗り出し身振り手振りでどれだけ凄いかを楽しげに語るコムギに対し、これまでの盤面遊戯と違いまるで勝ちの目が見えてこないメルエムは眉間にシワを寄せながらたった今の対局を振り返る。

 

「…22手目、あの砦は余の狙いに気付いていたゆえの一手か?」

 

「いえいえ、流石にあの段階で読み切るのは無理があるっす。ワダすの選んだ戦法は砦が自由に使えるので、何があっても何かができる位置に配置しただけっすよ」

 

 打たれてから一切戦況に関わらなかった駒が終局の間際に己を縛る絶好の位置にいると気付いた瞬間、コムギの呼吸を乱そうと試行錯誤していたメルエムは思わず息を止めて魅入ってしまった。

 それこそ側に控えたルールを把握しているだけのシャウアプフですら、その魔法としか言えない一連の流れに美しさを感じてしまい顔をしかめている。

 

「ふん、つまりあの砦を活かし切るように戦況をコントロールされたわけか。貴様も国内チャンピオンだろうに随分と差があるな」

 

 メルエムは一向に崩せぬコムギの強さから徴収に移れないこと、何より対局する前からすぐに勝てると自惚れていた自分自身に憤りらしくない自虐を口にした。

 敬愛する王の心を傷付けられたと感じたシャウアプフが殺気を必死に抑える中、今まさに命の危機にいると知らないコムギはあっけらかんと答える。

 

「当たり前っすよ。ワダすは国内チャンピオンではなく、世界チャンピオンですから! まだまだ総帥様には負けられないっす!」

 

 笑いながら告げたコムギは相変わらず小柄で薄汚れていたが、見た目にそぐわぬ自信と覚悟がその身から溢れて輝いているようだった。

 その命の輝きに目を奪われたメルエムは、対局を始めてから初めてコムギそのものに目を向けたことでその変化に気付く。

 

「…お主、そこまで細かったか?」

 

 対局前にルールブックを読む傍ら一瞥したのみだったが、メルエムの優れた感覚器官が今のコムギは対局前より細いと訴えていた。

 軍議以外に無頓着でそもそも見えないゆえに首を傾げるコムギを見かね、控えるシャウアプフが許可を取ってメルエムの疑問に答える。

 

「メルエム様、盤面遊戯の高段者は一局にかなりのエネルギーを使うようです。メルエム様はもちろんこの人間も軍議においては凄まじい思考速度を持つようですから、半日打ち続けたことでその身が削れているのかと推測します」

 

 メルエムとコムギは凄まじいペースで対局を続けてきたが、そのどれもが軍儀の国内最高リーグでもめったに見られない名勝負である。

 それを半日以上休憩もなしに続けていることで元よりスペックが人間を凌駕するメルエムはまだしも、人間としてもひ弱なコムギの身体が思考力より先に音を上げだしているのだ。

 

「…なるほど、ならばしばし休憩を取るか」

 

「いえいえ! まだ全然いけます! 軍儀が楽しくなるのはまだまだこれからですよ総帥様!!」

 

 コムギは自分でも疑問に思うほど、必死になってメルエムを軍儀に引き留めようとする。

 それは最近ほとんどなくなってしまった自分もひやりとするレベルの対局が楽しかったからか、降って湧いた己に比肩する才能を感じたメルエムとの対局(逢瀬)を続けたいためか。

 

「うつけ者が、パフォーマンスの下がったお主に勝ったところで何になる。余には他の予定もある、食事も用意させる故英気を養っていろ」

 

「うっ、…わかりますた。食事は持ち込みがありますのでお気になさらず。へば、休ませていただきます」

 

 メルエムに妥協する気がないと理解したコムギは、見るからに意気消沈してメイドに部屋まで案内される。

 手を引かれながらもチラチラと何度も振り返るその姿を呆れたように見送ったメルエムは、コムギの姿が完全に見えなくなってからそのオーラを物騒なものに変えてシャウアプフに指示を出す。

 

「盤面遊戯を終わらせてからのつもりだったが、こうなれば致し方なし。プフ、これより徴収を始める」

 

「はっ! 準備は出来ておりますので、今すぐに開始可能です」

 

 政務をこなし、盤面遊戯に講じていた理知的なメルエムはもういない。

 いるのはひたすらに力を求める修羅、絶対強者たれという本能に身を委ねたメルエム。

 雰囲気も、声質も、オーラの質すら別人に見えるほどの変化は最高の王を目指すメルエムのもう一つの発。

 

 賢い名君にも、強い暴君にも、全てを内包し全てになれる能力“完全掌握(余思う故に王なり)”。

 

 心技体、調整を終えた太陽がさらなる輝きを得るべく動き出す。

 

 





 後書きに失礼します作者です。いくつかの発について補足します。

竜巻咀嚼(デスロール):某海賊漫画の序盤の鮫がやってたみたいな技。

審美的転生注射(クイーンショット):原作ではただ姿を異形に操作する能力なのかもしれませんが、ここでは説明した能力ということで。自分に刺した場合は短時間のブーストのみで、時間が経てばまた元に戻る。

完全掌握(余思う故に王なり):特質系能力。詳細は後々

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