皆さんこんにちは、蟻塚の監視を他のハンターに引き継いだゴン・フリークスです。やっぱりメレオロンやイカルゴは王との戦いを手伝ってくれないみたい。
しばらく監視の意味も込めて蟻塚に滞在していたゴン一行だったが、第三陣から人員が到着したことで次の行動について話し合いを行っていた。
「さて、良い話と悪い話がある。ワシの好みの問題で良いものから発表するぞい」
ネテロはゴン、キルア、ヒソカ、モラウ師弟にノヴを集めて報告を始める。
その顔は普段の飄々としたものではなく、非常に面白くなさそうな鬱憤の溜まった顰めっ面だった。
「キメラアントの王、メルエムに支配された東ゴルトーが空前の好景気に沸いておる。表向きはまだディーゴ総帥が代表じゃが、既に退陣まで秒読みと報道されておるわい。キメラアントと共存できる可能性がぐんと高まったの」
それはメルエムの本質がどうであれ、むやみに人間を害す気がないという証明。
しかも為政者として突出した才能すら持っており、どう考えても東ゴルトーの国民にとって救世主となっていた。
「補足しますと大量の逮捕者と釈放された罪人がいますが、たいして調べるまでもなく真の悪人が投獄され冤罪の者が自由になっただけですね。不審な失踪も無くはないですが数は少なく、キメラアントの関与も確認できません」
ネテロとノヴの報告はメルエム討伐隊である第一陣にとって非常にやりにくくなる内容であり、特に善性の強いナックルにいたってはもはややる気の欠片も見当たらなくなっていた。
多かれ少なかれ士気が下がっているメンバーを見渡した後、ネテロは特大のため息を吐きながら悪いニュースについて語る。
「V5、世界のおえらいさん達とミテネ連邦首脳達の方針が決まった。人類圏を脅かす外敵を可及的速やかに排除しろとのことじゃ。幸いというかなんというか、NGLに残った残留組については要監視のもと討伐対象から外せたわい」
V5とは、各大陸の代表国が集う世界会議とも言える機関。
彼等は人間ではないキメラアントが国家を支配していることに否定的であり、何より禁忌としている暗黒大陸から来たキメラアントを一刻も早く殲滅したがっている。
東ゴルトーと隣接するミテネ連邦にいたっては俗物的な言い分があり、曰く人外に支配された哀れな国家の解放、曰く人類の叡智を正しく管理するなどとのたまっていた。
「捕らぬ狸といいますか、既に東ゴルトーをどう分譲するか内々に決めているようです。景気が上向き出した辺りで急に横槍を入れてきたのも含め、どちらが醜悪な存在かは火を見るより明らかかと」
「ネテロ会長! 協会はV5の要請を受けるんすか!? キメラアントだって話せばわかるくらい理性的じゃないすか!!」
ナックルはもう完全にキメラアント側の立場に立って意見しており、今までに会ってきたキメラアントがどれだけ善性の存在だったかを声高に主張する。
ネテロを含めその言葉を誰も止めないことから、多かれ少なかれ第一陣の見解が一致しているのは明らかだった。
そんな彼等を監視の名目で隠れて見張るメレオロンとイカルゴは、自分達のことを偏見なくまっすぐ見て判断しているゴン達に感謝の念を強く抱く。
キメラアントに話を聞かれていることに気付かず、そもそも聞かれてもいいと思っているネテロは最終的に決まった第一陣の方針を発表する。
「ビーンズも頑張ってくれたんじゃが、結局こちらの要望は最低限しか通らんかった。方法はまだ決まっとらんが、ワシ等は東ゴルトーにいるキメラアントと決戦を行う」
ネテロがなんとか通した条件は、殺さず勝てたならキメラアントを監視の上で生かすというもの。
初めハンター協会は、東ゴルトーにおいてキメラアントの被害が確認されていないこと、首脳陣が自分から役職を降りようとしていることを踏まえ明らかな内政干渉だと指摘した。
しかし事実としてクーデターまがいのことが起きていること、それを成しているのが暗黒大陸出身の人外だということで認められなかったのだ。
そこでネテロが依頼を受ける代わりに出した条件が、脅威とならなければ無理に討伐する必要はないというもの。
殺し合い前提の戦闘で相手を殺さずに倒すというのは、偶然以上に実力差がなければ成し遂げることは難しい。
それこそキメラアントの生死問わず勝てれば問題ないだろうとした上で、もしハンター協会が負けるようなら被害を無視してミサイル等の近代兵器でも使わなければ殲滅しようがないと主張したのだ。
国家として独自の戦力や裏との繋がりがあるとはいえ、人類圏においてハンター協会を超える規模と質を持った戦闘集団など存在しないが故に押し通せた条件だった。
「つまり勝てばそれでいいってことか、シンプルで良いじゃん。ナックルも殺さないで勝つ自信がないなら降りれば?」
「バカキルア! その条件なら俺の
「ナックル、言うまでもねえと思うが仲間が最優先だぞ。もしそこんとこはき違えたら容赦しねえからな」
戦いが避けられなくなったとはいえ、何とか共存の目が残ったことで皆無になっていた士気が急浮上して賑やかになる。
そんな中静かに考えていたゴンはネテロに視線を向け、肝心要となる最重要事項を聞く。
「ネテロ会長、誰が誰を相手するの?」
その質問に再び場は静かになり、髭を撫でるネテロは変更要望も考えていると言った上で告げる。
「ゴン、キルア、モラウ達で護衛軍を、ヒソカは王を、そしてワシが残りのキメラアント全てを相手にするのが一番確実だと考えとる。そんでおそらくワシが一番最初に手隙になるじゃろうから、その時の状況に合わせて援護に回る感じかのぅ」
それがネテロの考える、ハンターとキメラアントの戦力を比較した上での割り振り。
最高戦力を最高戦力に当てるという至極真っ当な策に誰も異論を挟まなかったが、他ならぬ最高戦力がこの決定に待ったをかけた。
「ボクはネフェルピトーとかいう猫とサシでやるよ♠それ以外は認めない♦」
強者と戦うのが望みのはずのヒソカから飛び出したまさかのワガママに皆が困惑するも、折れる気がないと察したネテロはついでに誰が誰を相手にするのがいいか意見を求めた。
「そうだねぇ♣あくまで聞いた印象と勘だけど、有象無象はネテロ会長、シャウアプフってのはキルア、モントゥトゥユピーは師弟トリオ、王はゴンが相手にするのがいいと思うよ♥」
「随分と具体的じゃな、根拠や理由はあるんかの?」
ヒソカはほとんど勘と前置きし、まず護衛軍と王はバラけさせるべきだと語る。
王が確認できる戦場の場合は護衛軍が捨て身の特攻でこちらを殲滅に来る可能性が高く、ノヴの
そしてそれぞれの割り振りについては、ペギーから聞いた情報を元にシミュレーションした結果だと言う。
「殲滅力は百式観音が断トツだからその他の相手が決まりとして、ゴンが王の相手をするのはワンチャン性能が一番だからだね♥王がどんな能力だったとしても、何もできないってことだけはないはずだし♦」
メルエムが圧倒的フィジカルを持つのは確定した事実として、その他の能力もあると考えると万能タイプのモラウ師弟や耐久に難のあるキルアではどうしても不安が残る。
師団長クラスのキメラアントも数が多いことを考えるとネテロにはそちらの対応を任せるしかなく、消去法でも適任という意味でもメルエムはゴンが相手せざるを得ない。
「モントゥトゥユピーってのは護衛軍で直接戦闘が一番らしいからね、頭もイマイチらしいし師弟トリオならある程度余裕を持って対応できるでしょ♣」
師弟トリオのモラウ、ナックル、シュートはヒソカの言う通り対応力にこそ真価を発揮するタイプのため、モントゥトゥユピーのような直情物理タイプの相手にすこぶる相性が良い。
しかしナックルを筆頭にキルアが一人で護衛軍と戦うことに異議を訴え、シュートがキルアと共にシャウアプフの相手をするべきという意見が出る。
「シャウアプフの相手はキルアだけのほうがいいはずさ♦情報から考えると能力は操作というより洗脳、恐らくは鱗粉を使った薬物中毒系の可能性が高いからね♠」
「なるほど、それならオレが適任か。毒が効きにくい体質もそうだし、
ヒソカは東ゴルトーでの調査結果とペギーからの情報で、少数を精密操作するタイプではなく多数を大雑把に操作する能力だと看破している。
更には姿形が蝶か蛾のキメラアントということで、十中八九鱗粉を能力の媒体に使用していると踏んでいた。
「そんなに単純ですかね? それらがブラフや擬態の可能性も十分あると思いますが」
「ないね♦ここまでキメラアントを見てきた感じ、強くなるにしても何にしても最大効率で行動するようにできてるよ♠鱗粉があるなら絶対に使うし、擬態するなら消える虫みたいにもっとあからさまなはずさ♣」
ヒソカの戦闘に関する洞察力や思考力は常軌を逸するほど高く、第一陣の頭脳を自認していたノヴですらその意見を覆せない説得力と凄みがあった。
(やはり特級の危険人物、しかしこれほど頼りになる戦力も他にいない。破綻している人格含め、おそらくは戦闘特化のサヴァンですかね?)
モラウ達がモントゥトゥユピーについてヒソカの見解を聞いているのを横目に、ノヴはなんの気無しにメルエムの相手をすることになりそうなゴンへと視線を向ける。
(…あぁ、本当に困りますね。心折れたにもかかわらず、これを見てしまうと居ても立っても居られない)
いつしかノヴだけでなく、その場にいる誰もが目を奪われる。
ゴンが震えていた。
力いっぱい握った拳が、見てわかる力んだ身体が小刻みに震えていた。
しかしその表情に恐れや不安は欠片もなく、あるのは先を、頂きへの越えるべき壁を見た重く静かな笑み。
最強を目指しレールをひた走ってきた
東ゴルトー宮殿内にある修練場で行われた、国内の強者達に対するメルエムの徴収。
メルエムの発“
一人目、東ゴルトーに古くから存在する古武術道場の年老いた師範。門弟もほぼおらず廃れ果てていたが、生涯を武に捧げた師範の経験はメルエムにとって得難い経験となった。
二人目、すでに徴収を終えた守備隊長の副官。実力的には守備隊長に及ばなかったが、オーラを大きさが自在なプレートに変化させて防御や足場にする応用力のある発を持っていた。
三人目、東ゴルトーの裏に潜んでいた国内最強の暗殺者。戦闘力自体はゾルディックと比べればかなり見劣りするが、その分暗殺者らしい技術と狡猾さを持った陰の知識をメルエムにもたらした。
彼等以外に集められた十人ほどの有段者達も間違いなく全員強者だったが、それぞれが先の誰かの劣化版と言えるレベルだった。
メルエムからしたらオーラや経験を徴収したところで旨味は殆どなく、くだらない経験を得るくらいならオーラもいらぬとさっさと切り上げてしまったのだ。
「大変申し訳ありませんでした。あのようなゴミしか集められなかった我が身を恥じるばかりです。どのような罰も受け入れさせていただきます。」
想定の半分以下の時間と数で終わった徴収に、シャウアプフは殺したいほどの怒りを自分自身に感じていた。
確かにメルエムは長く武を探究した経験に応用力のある発、更には裏の暗殺技術や戦術などを得て強くなった。
しかしそのどれもが徴収する前と今で決定的な差になるかと言えばそうではなく、高い学習能力を持つメルエムなら戦闘中に追い付けるレベルでしかない。
シャウアプフにとって、その程度のためにメルエムの貴重な時間を消費したことは万死に値する愚行だった。
「プフ、余は今回の徴収に概ね満足している」
「…メルエム様?」
メルエムの所有物である故に自傷は許されないと罰を待っていたシャウアプフは、他ならぬメルエムの満足という言葉に目を丸くする。
「確かに一つ一つは大したことのない徴収だった。しかし物事はそう単純ではない、何かが一つ増えれば他と関わり無限の広がりを見せる」
それはメルエムが盤面遊戯、特にコムギとの対局で学び手に入れた考え方。
強ければ良いというわけではない、弱ければ意味がないわけでもない、どんな手札も使い所と組み合わせ次第でいかようにも化けるのだ。
「長く術理を探究した経験は、これからの戦闘において理解を深めるのに役立つだろう。簡素で没個性な能力は、すなわちどのような場面でも使えないことがない。そして人間の悪意と業の記憶、…これを知らずに進んでいたら足を掬われたやもしれぬ」
高次元の盤面遊戯では必須とも言える、マルチタスクによる大量のシミュレーションを脳内に展開するメルエム。
徴収前と後のメルエムによる戦闘シミュレーションでは何度やっても千日手となったが、相手が違う場合は圧倒的に徴収後のメルエムがことを上手く運んでいた。
何より人間の理性による悪意と狡猾さは、天然自然から巣立ったばかりのキメラアントにとって間違いなく致死性の猛毒だった。
「プフ、全キメラアントに周知せよ。我等は…、人間の底知れぬ悪意の前には風前の灯だとな」
燦々と輝く太陽はようやく気付いた。
己が光り照らす範囲、その先に広がるドス黒く極寒の闇に。
箱庭の中に沈殿するその悪意は、外の世界から来た自分達をも呑み込むことが可能なのだと。
人類の脅威を正しく認識したメルエム、しかし未だ突然変異達の潜在能力を見誤っている。