オレが目指した最強のゴンさん   作:pin

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第87話 覚醒とワガママ

 

 

 その日、世界に衝撃が走った。

 

 史上初めて人類ではない存在が国家を立ち上げ、そればかりか多くの民衆の支持を得た演説の興奮がまだ冷めやらぬ7月7日。

 

 ハンター協会とキメラアントによる決闘が、両陣営から大々的に発表された。

 

 

 

 決闘の日時についてハンター協会に一任すると発表したメルエムは、今日も今日とて宮殿最上階フロアでコムギとの軍儀に精を出していた。

 相変わらず両者ノータイムで打ち続け、盤面に恐ろしい速度で構築される芸術とも言うべき名勝負。

 もはやシャウアプフですら理解不能な難解にすぎるその対局は、もはや予定調和と化した結末を迎えようとしている。

 

「8-7-4中将」

 

「…ないな、詰みだ。77手目が分岐点だったか、コムギならばどう打った? ……コムギ?」

 

 いつもならうるさいくらいに自分の意見を喋りだすはずのコムギが、メルエムに応えることもなく微動だにせず見えない瞳で盤面を注視し続ける。

 その不敬に動こうとしたシャウアプフを一瞥して止めたメルエムは、黙ったままのコムギから淡く漏れ出すオーラを見てわずかに瞠目した。

 

「…国王様、ワダす変です。頭の中に、盤面に今までにないありとあらゆる一手が浮かんでくる!」

 

 興奮から頬を染め口角の上がったコムギが薄くオーラを纏う指先で駒に触れると、駒のみならず盤面に刻まれた路にオーラが奔り淡く光り輝く。

 コムギは自覚しているのかいないのか、指先を離してもオーラは盤面と駒に残留し、駒が音もなく独りでに動き常人では視認不可能な速度で駆け巡る。

 

(なるほど、この様な覚醒もあるのか。……なんと美しい駒の流れ、余も強くなってコムギを成長させていると自惚れていたが、強くなるのはこれからだったのか)

 

(ありえない、人間がこれほどの思考速度を!? 私でも盤面の状態を把握しきれないとは、軍儀においては足元にも及ばない、…悔しい、それだけのこと)

 

 盤面があまりの速さで動いたため長く感じたほんの数秒が過ぎた頃、オーラの霧散したコムギが頭を下げてメルエムに懇願する。

 

「国王様、しばしの休憩をお願いしたいす」

 

「ふむ、お前から休みを言い出すのは初めてだな。理由はなんだ?」

 

「頭に浮かんだ棋譜を一度並べたいんす、そうすればワダすの出来が悪い脳みそも、二度と忘れなくなるっす」

 

 軍儀を打つことより楽しいことはないと豪語する軍儀中毒、コムギが対局を休んででも並べたい数多の棋譜。

 

「なるほど、それを聞いて許すわけにはいかなくなった」

 

「へ?」

 

 その数多の棋譜を一刻も早く目にしたいもう一人の中毒者が、コムギの前で笑みを浮かべながら王命を下す。

 

「休憩前に一局打つぞ。覚醒したその力、今すぐ体感しなければ余の気が済まん」

 

「…わかりました、とっておきの一局をお見せします」

 

 そして対局前の自陣作成中、メルエムはコムギが並べる駒の配置を見て不快そうに眉を顰める。

 それは決して取られてはならない帥の駒を、他の駒とは孤立させて配置する異端の陣形。

 

離隠(ハナレガクレ)、正式には孤独狸固(ココリコ)だったか? 何故今更死路を…)

 

 それはいつかの対局中にメルエムが考案し、しかし既に攻略され軍儀の歴史から消えていた戦型。

 コムギが生み出し自分自身で死路にしたことを悲しそうに語り、メルエムが再びこの世に誕生させたことを寂しそうに喜んだのは記憶に新しい。

 

「わざわざ言うまでもないが、この手はもう死んでいる。余もあの対局以来考え続けているが、その結論に変わりはない。…不甲斐ない手を打てば、わかっているな?」

 

 メルエムはあの時の表現できない複雑な表情を思い出しながら、コムギが軍儀に対して手を抜くことはありえないと確信しつつも改めて言葉にした。

 全ての駒の配置が終わり、優しく盤面を見つめるコムギが小さく頷いて対局が開始される。

 

(……特に新手があるわけではないのか、このまま何もしなければ死路となる一手に辿り着くのだがな)

 

 対局は孤独狸固の定石通りに進み続け、ついにメルエムは死を決定付ける駒を盤面に放つ。

 

「9-2-1中将新。さあ、この先があるならば余に見せてみよ!」

 

 未だに半信半疑、しかし本当にこの盤面から生きる路があるのならと、メルエムは小さな期待を抱きながらコムギを見据える。

 

「4-6-2忍」

 

 打たれたのは全く見当違いとも思える一手、多くの者が理解できないであろうその一手を見たメルエムの脳内では、爆発的にニューロンが働き無限に思える新たな路が駆け巡る。

 今まさに一段上に進化したメルエムの脳内で、呼吸を止めたはずの路が再び息を吹き返し逆に呼吸を乱そうと迫っていた。

 

「国王様がまた会わせてくれたこの子が、国王様との対局のお陰で生き返りますた。その、恥ずかしながらワダすと国王様の…」

 

「しばし黙れ! 次の一手を違えてこの対局を壊すわけにはいかん!!」

 

 あまりに多くの選択肢を叩きつけられたメルエムは盤面から目を離さず言葉を遮ったため、コムギがどんな表情を浮かべているか見ることなく思考に没頭していく。

 唯一その表情を目にしたシャウアプフは憤怒の形相で動きそうになるも、今までで一番輝く感情を爆発させるメルエムを邪魔しないために舌を噛み切りながら耐え忍ぶ。

 

「早く貴方の名前を呼ばせてくださいね、国王様…」

 

 最高の一手が返ってくることを微塵も疑わない軍儀王は、呟いた言葉が誰にも届かず消えてもただ満ち足りた笑みで自分にとっての太陽を見つめていた。

 

 

 

 

 

 西ゴルトーに建てられたハンター協会の拠点は普通の病院どころか、世界最高レベルの設備が充実した最先端テクノロジーの塊となっていた。

 度重なる修羅達の暴走とその治療を続けた結果、いつしか医療班のトップに収まったレオリオは今日も元気に施術の真っ最中。

 

「レオリオ先生! 今度はシュートさんが巻き込まれて重傷です!!」

 

「ナックルさんの血圧が上がりません!! このままでは後遺症の心配が!」

 

「ネテロ会長の腕と脚が千切れましたぁ!! …あ、いや、念獣の方なので問題無いとのことです!!」

 

「モラウさんとノヴさんのオーラが尽きました! 修羅達を抑えきれません!!」

 

「あーーっ! キルアくんふっとばされたぁ!!」

 

「何やってんだあのバカ共ーー!!?」

 

 キメラアントとの決戦に向けた最終調整が行われたこの日、最後に立っていたピエロも満身創痍という間違った追い込みがレオリオを酷使の極みに陥れた。

 

 

 

「アホかお前等は!? 調整って言っただろうが!! 全力出して死屍累々になんのは調整って言わねぇんだよ!!」

 

 レオリオにクラピカ、さらには協会のハンター達も多くが倒れた決死の治療の末、何とか完治した4人の修羅が正座させられていた。

 

「いやのぅ、勝てるかわからん戦いの前に全力は確かめとくもんじゃろ? やはり最高値は知っとかんといかんからの」

 

「慣らし運転は必要だよ。とりあえずトップギアに入れてみないと、もし本番で戸惑ったら致命的なんだし」

 

「むしろオレ被害者だろ。なんか知らない暗殺者っぽい奴等と川辺に並んで座ってたんだけど」

 

「テンション上がっちゃった♥」

 

「マジでコイツ等ぶち殺したほうが世界平和に近付くんじゃね?」

 

 各々反省が見えたり被害者面していたりと様々だが、レオリオはこの4人がキメラアントとメンフィスという国の命運を握っていることに本気で頭を抱えた。

 

「被害を食い止めようとしたノヴとモラウはガス欠、何とか止めようとしたナックルは流れ弾で内臓損傷、同じくシュートはキルアの無差別放電で重度の火傷。本当に何やってんのお前等? 決戦前にメンバー半壊ってどういうことだよ」

 

 オーラが尽きたノヴとモラウはまだ問題なかったが、ナックルとシュートにいたっては割と生命の危機を彷徨ったと言っても過言ではない。

 最終的にはキルアも余波で彼岸を渡りかけ、ゴンにヒソカにネテロも全治数ヶ月レベルの重傷を負ったが現在は全員完治している。

 

 何人もの過労者を犠牲に何とか完治させたレオリオは、己が外科治療という分野で世界のトップ3に立った自覚がないまま説教を続ける。

 

「ナックルとシュートも死線を越えたせいかパワーアップしたし気にしないっていうからもう終わりにするけどよ、ちゃんと覚えてんのか? 決戦はキメラアントを滅ぼすためじゃなくて生かすために行くんだぞ?」

 

『……もちろん』

 

「いや嘘ついてんじゃねえよ!」

 

 もはや当初の目的すら忘れた修羅達に特大のため息を吐いたレオリオは流石に体力の限界が近く、それでも最後にゴンの主治医を自認するゆえに忠告する。

 

「ゴン、お前の貯筋振替(体は筋肉で出来ている)は危険すぎる。たしかに何でもありな念なら可能なんだろうけどよ、それでもあれは医者の立場からは使ってほしくねえ」

 

 ゴンの発の一つである貯筋振替は、体内の臓器や脂肪含めすべてを純粋な筋繊維にする。

 変化系や具現化系が使えないのに何故実現しているのかは不明だが、だからこそレオリオはその危険性を危惧していた。

 能力を維持できなくなったら自動的に解除されるならいい、しかし仮に身体はそのままで念だけ途切れたら間違いなく即死である。

 

 何よりその後に死者の念で甦りでもしたら、ただただ最強を目指し進み続ける最悪(ゴンさん)が誕生する可能性があった。

 

「ごめんレオリオ、あれは重要な能力だから本気の時は使うよ。そうでもしないと辿り着けない」

 

「それくらいわかってんよ、ただオレの気持ちを知っててもらいたかっただけだ。治療とかをする上で、秘密やわだかまりを作りたくないからな」

 

 申し訳無さそうな顔をするゴンの頭をガシガシと撫でたレオリオはもう決戦後の治療しかしないと全員に宣言し、若干ふらつきながら愛する妻と子供のいる部屋へと向かっていった。

 それを正座したまま見送った4人はやがて足を崩し向かい合い、それぞれ最後の調整を終え得たものを話し合う。

 

「ぶっちゃけ皆は切り札完成した?」

 

「問題無いわい」

 

「間違いなくイケるね♥」

 

「正直五分五分だな、テンション上がってればいけると思う。ゴンはどうなんだよ」

 

「オレはまだ無理かな、何となく王と戦えば出来るようになる気がするんだけど」

 

「間に合わねえってことじゃねえか」

 

 各々がまだ誰にも知らせていない最後の切り札。

 年の功と経験値からネテロとヒソカは決戦前に完成させたが、ゴンとキルアは完成したとは言えない状態だった。

 

「キルアは準備してた“アレ”を使うんだよね? ボクからしたらアレを使いこなせたら心底驚くよ♠」

 

「使いこなせなんてしねえよ、振り回されるのを無理矢理耐えるだけだ」

 

「それでも驚きじゃわい。ヒソカを知っていても、お主の才能には驚天するしかないのぅ」

 

 キルアの切り札の詳細は知らないながら、要となるアレを知るヒソカとネテロはその難易度をかなり正確に推測できる。

 才能の塊とも言える存在が生涯をかけてやっと実現できるか否かの超絶技巧を、五分五分とはいえ成人すらしていないガキが成し遂げているのだ。

 

 修羅達に無理矢理引き摺られてきた修羅見習いは、その類稀なるセンスで修羅達の領域に踏み込んでいた。

 

「それよりゴンの話だろ、間に合わねえならヒソカと交代するべきなんじゃねえか? 確実に護衛軍が王より強いことはないってんだからよ」

 

「ダーメ♥猫はボクの獲物だよ♠」

 

「何でそこまで執着してんだよこえーな」

 

 決戦時にそれぞれが戦う相手はヒソカの案が正式に採用されており、一番強いメルエムを相手にするゴンの切り札が間に合わないことを問題視するキルア。

 本来何の間違いもない真っ当な意見なのだが、この場には頭のおかしい修羅しかいない以上その意見は通らない。

 

「問題ないじゃろ。戦えばいけると言っとるし、ワシがさっさと有象無象を殲滅して手を貸せばいいだけじゃ」

 

「流石にタイマン中の手出しはやめてね?」

 

「当たり前じゃろ、明確に負けたら殺される前に替わるわい」

 

「負けられないっての本当にわかってんのかお前等は」

 

「ふふっ、キルアも心労が絶えないねぇ♥」

 

「お前が言うなお前が」

 

 レオリオと同様に特大のため息を吐いたキルアは立ち上がり、彼岸を渡りかけたことで新たに得た感覚を確かめるべく輪から抜けていく。

 それに続きネテロとヒソカもその場から去ると、一人残るゴンは瞑想しながら物思いに耽る。

 

(取り返しのつかないことになるかもしれない、それでも、このワガママは貫き通したい)

 

 他のメンバーが知らない、ゴン(憑依者)しか知らないメルエムの本当の強さ。

 様々な変化が起きているこの世界で原作と比べるのはナンセンスだが、それでも確定しているだろうことがある。

 

 原作ネテロが手も足も出なかったメルエムが、その強さを遥かに上回る潜在力を持っていたという事実。

 

 どう少なく見積もっても原作以上に強いネテロやヒソカがいるとはいえ、それでも勝利を確信できないだけのインパクトが完全体メルエム(原作)にはあった。

 

(だからこそ、これまでの集大成を確認できる)

 

 ゴン(ファン)の目標は、ゴンさん(原作)を超えること。

 

 原作同様ネフェルピトーを相手にしては、並んだと思えても超えたという確信は得られない。

 

(何よりオレ自身が知りたいんだ、本当の最強はどっちなのかを!)

 

 原作ではついに激突しなかった、ゴンさんと完全体メルエムはどちらの方が強かったのかという謎。

 

 HUNTER×HUNTERのファンとして、原作とは違えどもその答えを知りたい欲求に逆らうことは出来ない。

 

(護衛軍が原作通りなら、きっとシャウアプフとモントゥトゥユピーは駆け付ける。皆には悪いけど、このチャンスを逃すことは今までのオレを否定しかねない)

 

 皆への後ろめたさ、謎が解けるかもしれない好奇心、メルエムと戦うことへの高揚感。

 

 様々な感情が混ざり、普段から重い圧を放つゴンのオーラが黒く沈む。

 

 それは原作でも度々見られた、ゴンがただの純真無垢な少年ではないことを示す色。

 

(勝負だメルエム、そしてゴンさん(原作)! オレは、オレが最強のゴンさんだ!!)

 

 世界線が違う、そんな当たり前のことをしっかりと認識しながらも、ゴンは完全体メルエムに狙いを定める。

 

 ゴンさんに憧れ目指してきたファンが、ついに憧れを捕まえるチャンスを得たのだから。

 

 変わりに変わったゴンさん(筋肉)と、変わりに変わったメルエム(太陽王)が衝突したらどうなってしまうのか。

 

 少なくともどちらが偽物かだけは、ハッキリと確定してしまうのだ。

 

 筋肉が粉砕するのか太陽が燃やし尽くすのか、箱庭が始まって以来最強の肉弾戦がもうじき幕を開ける。

 

 

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