静かな林の中で行われる戦闘は近くに居たとしても気付けないほどに無音だった。
キルアは
シャウアプフはその蝶の翅に似つかわしくない速度で木々の間を音もなく飛行し、
(速いっつーの、もっと虫らしくヒラヒラ飛んでろよ。しかも何か厄介な発持ってそうな感じするんだよな)
(速いは速いが、捉えきれないほどではないのに触れられない。最高速度ではなく緩急含めたキレが想定以上、それだけのこと)
互いにまだ様子見も兼ねた前哨戦なのだが、音のなさと夜の暗さもあって一流ですら視認できない超常の戦いとなっている。
自分の手札を見せず相手の手札を引き出そうと企む戦闘だったが、一刻も早くメルエムのもとに馳せ参じたいシャウアプフが先に動くことを決めた。
「舞え、スピリチュアルメッセージ!」
夜間でも目に見えるほどの量、そしてわずかに発光している鱗粉がばら撒かれると色とりどりに明滅する。
「貴方の悪夢に沈みなさい!
それは鱗粉と光による催眠を併用し、相手に悪夢を見せるスピリチュアルメッセージの応用技。
キルアのような毒への耐性持ちだけでなく、ゴンのように端から自分を操作しているような相手に催眠をかけるための念に頼らない物理的な催眠。
何を見たのかキルアはビクリと身体を硬直させ、目の焦点も合わずただの棒立ちになる。
「手こずらせてくれましたね、敬意を表して確実に殺す。それだけのこと」
シャウアプフはスピリチュアルメッセージによりキルアが恐怖の感情に支配されているのを確認した後、油断することなく直上から自身の最高速度で急所を突くべく急降下する。
レイピアの切っ先がキルアの脳天に触れた瞬間、シャウアプフの頭が身体から離れて地面を転がった。
「なっ!!?」
「…っぁあ〜〜、なんつうもん見せやがるコノヤロー」
シャウアプフのファントムメッセージはたしかに効果を発揮し、キルアに催眠をかけて動きを封じることが出来た。
「マジでオレじゃなかったら終わってたな、ヒソカならどうとでもなった気がするのが腹立つけどよ」
神速・疾風迅雷、キルアが視認も反応もできていない攻撃に対してすら発動する超高速カウンター。
悪夢に囚われながらもシャウアプフの頸を正確に刎ね、頭を失った身体はレイピアを地面に突き刺しそのまま固まっている。
「なるほど、まさに私の天敵と言って間違いない。万全以上に準備されていた。それだけのこと」
頭だけになりながら言葉を発したシャウアプフを油断なく見下ろしたキルアは、とどめを刺すべく転がる頭にゆっくりと近付いていく。
「やれやれ、首を刎ねても安心できませんか? 虫は元々殺されてもしばらくは動く。それだけの…」
言葉を遮り放たれたサッカーボールキックが転がる頭部を粉砕し、背後から音もなく突き出されたレイピアが虚しく空を切る。
「やっぱりな。視線に声、そんでオーラもこれから死ぬ奴のじゃねえんだよ。下手くそな演技すぎて笑いそうになったわ」
「それは失礼しました。何分経験不足なものでして」
シャウアプフの何もない首から上に粒子が集まっていき、切られた傷は疎か砕けた痕跡すら残さず無傷の頭部が姿を表す。
「身体の粒子化か? ありきたりなところで小さくなればなるほど弱体化ってところだな。物理攻撃に滅法強いからこその余裕ってわけだ」
「
「へぇ~、わかったんだ?」
「無論です。人の限界を超えた反応速度と瞬発力、そしてレイピアで触れた時に感じたほんの僅かな電気。生体電気を操作する能力と見ました」
自信満々に語るシャウアプフは天を仰ぎ、間違いなく超一流の発を持った相手と出会えたことに歓喜する。
「数だけは多い人間の中で最上級の上澄みなのは間違いない。これを献上出来れば、メルエム様はさらなる輝きを放たれることでしょう!」
隙だらけの姿を見ても油断しないキルアはゆっくりと動き出し、肢曲による残像を生み出しながらシャウアプフへと迫る。
飛翔もせずに待ち構えるその腹部に超速の貫手を差し込むも、手応えも何もなくただただ空洞を作るにとどまり返しのレイピアを避けて下がる。
「無駄です、大人しく降伏するなら無傷で捕えてあげましょう。私の天敵になりうるとはいえ、戦力の差は歴然。それだけのこと」
どこまでも人間を見下した発言にキルアは顔をしかめ、応えることなく再び肢曲を使って間合いを詰める。
全く同じ動きの攻撃にカウンターを合わせようとしたシャウアプフだったが、つい先程頸を刎ねられたこと、キルアの目とオーラの静けさに本能が踏み出すはずの足を後退させた。
電気の弾ける音と閃光が周囲に広がり、レイピアを握る手が焼き切られて転がる。
「
電気を纏うキルアの追撃は粒子となって散ったシャウアプフに届かず、空中で形を成した身体はレイピアを回収して五体満足に戻った。
「キサマ、私の、メルエム様の所有物である私の身体をっ!!」
憤怒の表情を浮かべ実際に激昂しているシャウアプフのわずかに残った理性が、自身の一部を焼失させたキルアの
「本当によく喋る奴だな。お前の厄介な光の催眠さ、粒子になるやつと併用できないんだろ? じゃなきゃさっきも今も使わない理由がねえ。言っただろ、オレがお前の最適解だ」
キルアの言う通り、シャウアプフのスピリチュアルメッセージはレイピアのように物体として固定化させなければベルゼブブとの同時使用ができない。
己の身体を粒子レベルまで細分化し操作するという規格外の能力は、シャウアプフの優れたキャパシティですら限界ギリギリの発なのだ。
しかし己の能力の弱点を見破られたにも関わらず、シャウアプフはキルアの
(ありえない! 生体電気を操作する能力ならわかる、オーラを電気に変化させる能力ならわかる、しかし系統的に相反するその2つを両立させるなど不可能!!)
シャウアプフが考えるように、同じ電気に由来する能力とはいえこの2つを両立させるのは本来ありえない。
相手にダメージを与えるレベルの電気を出力することと己を傷付けないほど微弱な生体電気を操ることは、もはや別の発と言った方がいいほどにかけ離れた分野だからだ。
変化系のキルアがそこまで繊細にオーラを電気に変化させるというのは、放水車の水で火を消しながら水を溢さずお猪口を満たすレベルのオーラコントロールが求められる。
ネテロにビスケという長い時を武に捧げた二人が認め、ヒソカという戦闘において最高の実力者すら凌駕するモノ。
超一流ですら絶句する、空前絶後のセンスが可能としたオーラコントロール。
跳躍したキルアが腕を振るうとオーラが空中に留まるシャウアプフに雷となって放たれ、ギリギリで避けたシャウアプフの後ろにあった木に着弾する。
(っ!? 今まで触れた地点にオーラが!)
凝を強めたシャウアプフの目に映ったのは、周囲にまんべんなく付着した少量のオーラ。
隠によって隠されていたオーラを指針として放たれる
(まずい! 射線の予測はできても攻撃自体が速過ぎる!? ベルゼブブで散ったとしてもむしろ被弾面積を増やすだけで悪手!)
キルアの動きと残留オーラから攻撃範囲を推測してなんとか回避を続けるシャウアプフだが、雷速にして不規則な軌道で迫るナルカミに追い詰められていく自覚があった。
そしてこのままでは“間に合わない”ことを悟ったシャウアプフはベルゼブブのリソースを減らし、鱗粉を大量展開することでキルアの猛攻を一時的に遮断する。
「
催眠を警戒して距離を取ったキルアをよそに大量の鱗粉が高圧縮されていき、掠るだけで様々な症状を引き起こす猛毒のレイピアが新たに3本形成される。
「ベルゼブブ!!」
全力で発動した能力により身体が粒子となって分裂し、ややサイズダウンした4人のシャウアプフとなってそれぞれがレイピアを握る。
『この数が戦闘力を落とさずに戦えるギリギリ、スマートではありませんが囲んで刻む。それだけのこと』
「はっ! やれるもんならやってみろや!!」
シャウアプフは同一個体による完璧を超えた連携でレイピアを繰り出すが、キルアは神速・疾風迅雷で回避だけでなく反撃すら行いながら互角の戦闘を続ける。
行いながら互角の戦闘を続ける。
4人に増えた高速飛行によるレイピアに加え高速振動する翅の猛攻がキルアに襲いかかるも、そのどれもがキルアに触れこそすれど傷付けることなくすり抜けていく。
シャウアプフが細胞の損失を何よりも恐れているのも拮抗している理由の一つだが、単純にキルアがそれだけの強さを手に入れているのが最大の理由である。
神速・疾風迅雷という規格外な能力は自動迎撃という特性上、相手の攻撃がオーラに触れた瞬間必ず発動してしまう。
キルアはオーラを薄皮一枚程度の厚さで纏うことで誤作動を防ぎ、雷速の反射反応とそれについていける身体能力で攻撃に触れてからの回避を実現している。
もはや
キルアがオーラと電気を貯めている電池を3本消費した頃には、攻防への慣れから反撃の回数と精度が徐々に上がり続けていく。
そしてかすり傷すら付けられないシャウアプフが距離を取って離れると、無傷のはずのキルアが血を吐き出して膝を突いた。
「やっとですか、思った以上に時間がかかりましたがこれにて終演。それだけのこと」
「ありえねえ、吸い込んじゃいないし皮膚から浸透できるようなオーラの隙間も空けた覚えはねえぞ!」
再び吐血したキルアを苛むのは、生き物なら普通に持っている鍛えようのない弱点である内臓への攻撃。
体内の5箇所で暴れる極小のシャウアプフをなんとか捕捉するも、取り出すには身体の奥深くにすぎ、電流で焼き切るには重要器官が近すぎた。
「ベルゼブブで分かれた私は小さくなるほど思考能力が低下し、その動きも緩慢になっていきます。あなたの体内に潜入した後、確かなダメージを与えるまで集合するのを待つのは楽ではなかったですよ」
「んなこと聞いちゃいねえ、オレはお前にそんな隙を与えてない。一切目を離してないのにどうやっ…、っ!!」
「気付きましたか。そう、あなたをファントムメッセージに沈めたあの時です。催眠の継続を止めて取った保険でしたが、何が功を奏すかわからないものですね」
キルアが悪夢に襲われていたあの僅かな時間、シャウアプフは感知されないよう限界まで極小化した分身を送り込んでいた。
あまりに小さく脅威となり得ない分身達は疾風迅雷のセキュリティをかいくぐり、途中鱗粉を大量に放出した際にコントロールを失いいくらかの分身が消滅したが、今まさに内臓へダメージを与えられるレベルまで集合を果たした。
「このまま止めを刺すことは容易いですが、窮鼠猫を噛むと言いますからね。死ぬのを待たせていただきましょう」
シャウアプフはキルアの無差別放電を危惧するのと同時に、生きて捕らえられる可能性も視野に入れて何らかの動きがあるまでは傍観することを決める。
危険を避け確実な勝利を手にするための最善手、しかしシャウアプフの選択はキルアに時間と機会を与えてしまった。
「やっぱこうなるか、まだまだオレ一人の力じゃ足りねえってことだな」
悔しそうに取り出したのはデフォルメされたキルアの描かれた電池ではなく、倍以上の大きさに膨れたマッチョなゴンが描かれた電池。
キルアがシンプルに
容量ギリギリまで込められたゴンの強化率200%のオーラを、キルアは電池を握り潰すことで一時的に己のものとする。
馬鹿みたいな質と量のオーラを取り込んだキルアの身体から、一瞬でも気を緩めれば物理的に爆散するエネルギーが吹き荒れる。
突然の強化が無茶無謀の試みだと理解したシャウアプフはキルアを囲むように距離を離し、まだオーラに潰されていないその姿を高みの見物とばかりに見下ろす。
(これでは一部しか持って帰れそうにありませんが、素晴らしい能力の着想は得られました。それで良しとする、それだけの…)
「
荒れ狂うオーラが指向性を持って渦を巻き、キルアの小さな身体に吸い込まれて消えていく。
精孔から噴出することで体外に出るはずのオーラが吸い込まれていくのは、ゴンと同様に自身の身体に効果を及ぼすことを意味している。
オーラを飲み込みその身体がひときわ強く輝くと、爆音とともに雷撃が全方位に巻き散らされる。
「……はあ?」
ダメージはないものの眩んだ目を瞬かせたシャウアプフの目に映ったのは先程までの電気を纏ったキルアの姿ではなく、所々形が崩れては戻るを繰り返す何とか人の形を取り繕った電気の塊。
「長くは保たねえ、一発で終わらせる」
電気の塊が言葉を発し自分を見たこと、体内にいた分身が消滅していることを認識したシャウアプフは別々の方向へ逃走を開始する。
林を飛び出し空に羽ばたいたシャウアプフと分身は、既に空中に佇む
しかも雷がキルアを中心に巨大な球状の檻となって展開されており、今までが嘘のような規模の能力行使に絶望感が押し寄せる。
「
言葉と同時に檻の中を大量の雷が蹂躙し、想像を絶する閃光と爆音を撒き散らして破壊を振りまく。
夜の静けさを取り戻した林は一部が完全に消し飛び、何もない空き地の中心でキルアが息も絶え絶えにへたり込んでいた。
「くそっ、何とかなったけど完璧じゃねえ!」
キルアの発
ククルーマウンテンで初めて使った時はそうだったのだが、幻影旅団との戦闘で名付けた時から本質が変わっていた。
どこまでも人から逸脱していく
オーラを電気に変化させるのではなく、自分そのものを雷に変化させるという気狂いの発想。
実現するのにまだまだ足りない技術とオーラをゴンのオーラを使って無理矢理形にしたが、雷化前の怪我が残るなど想定通りの結果を得ることは出来なかった。
「…ちくしょう」
キルアが見上げる先、空中に無傷のシャウアプフが佇んでいる。
先程の一撃は間違いなく命中して範囲内の全てを消滅させたが、完全なる保険として分身の操作範囲ギリギリに潜んでいた本体のシャウアプフはなんとか範囲外に逃れていた。
もはや自前のオーラも底をつき動くことすらままならないキルアと、自身の7割を削られながらも戦闘可能なシャウアプフ。
キルアを一瞥したシャウアプフは怒りの表情を浮かべるも、踵を返しメルエムがいると本能が告げる方角へ全速力で飛翔した。
「生きている! 仕留められる! しかし、これ以上の損失はあってはならない!!」
キルアが意識を失っていれば、確実に止めを刺してから飛び去っていた。
間違いなく限界を超えていたとしても、億が一にも反撃の可能性があっては踏み込むことができなかった。
「ただ負けるだけでなくこれだけの損失、失望は免れない、罰を受けるでしょう、しかし全てはメルエム様のため! 殺されるとしても最後はあの御方の手で!!」
全速力故に一瞬で見えなくなったシャウアプフを見送り、精根尽き果てたキルアは大の字に寝転ぶと顔を覆う。
「クソが、何が一人で大丈夫だ、結局オレはまた負けた!!」
修行中の負けは別にすると、ゴンに出会ってからのキルアはほとんど負けていると言っていい。
自信を持って勝ったと宣言できるのはフランクリンだけであり、直近ではドッジボールとはいえレイザーに手も足も出なかった。
「差がまた開いちまう、だけど、オレはこのままじゃ終わらねえ!」
この決戦で進化することを欠片も疑わせない筋肉に、今まさに進化したばかりの雷皇は誓う。
「絶対に追い付く、だから勝てよ、ゴン!!」
さらなる試練に見舞われるであろう親友に檄を飛ばし、己の全てを出し切ったキルアは静かに眠りについた。
蠅の支配者(ベルゼブブ)については作者がシャウアプフに王を名乗ってほしくなかったんで意図的に変えてます。
キルアはただのゴロゴロの実です。