生き物の気配がない荒野の一角において、人類の枠組みを超えた生命力の二人が今まさに激突した。
ゴンとメルエムが衝突したその瞬間互いを破壊できなかったエネルギーが大地に流れ粉砕され、獰猛な笑みを浮かべた両者はしばし押し合い見つめ合うも共に組み合いより打撃戦を好んで示し合わせたように離れる。
その距離は念能力者の戦いはおろか、普通の格闘家だとしても近すぎると感じる程の超インファイト。
最高峰の技術と常日頃対峙することで動きが洗練され続けているゴンに対し、何人かの経験を徴収したのみのメルエムでは本来すぐ決着が付くはずだった。
「ハッハァ! まさか余と真っ向から打ち合える人間がいるとはな!!」
メルエムの戦闘技術はゴンに劣るどころか拮抗しており、互いに有効打のない壮絶な殴り合いがどこまでも続いていく。
直接の戦闘経験こそ少ないメルエムだが、それを補って余りある異常なまでの頭脳を日々の軍儀から得ていた。
それは超高速思考による幾万のシミュレーションと、未来予測にすら匹敵する先読みである。
精度の高すぎるシミュレーションはもはや戦闘が実際にあったかのような経験値をメルエムに与え、先読みはたとえ数度の打ち合いでも相手の次に取る行動が手に取るように読み切れてしまう。
そしてそんな高すぎる頭脳の要求に対し、規格外の身体能力と
1歳未満と十代前半による史上最強のぶん殴り合いは、しばしの均衡の後ゴンが先に一つ手札を晒した。
「
溢れていたオーラが一気に圧縮されていき、それと同時に身体能力が著しく強化される。
動きの精細さが失われたもののそれを補って余りあるパワーを得たゴンの一撃が、キメラアントとして最高の身体能力を持つメルエムの防御を突き破り確かなダメージを与えた。
「まだ上があるだと! 貴様本当に人間か!?」
メルエムは完全掌握を使って力より技術に重点を置いた動きへ変わると、もはや拳の一つ一つが大地を砕き大気を爆ぜさせるゴンの猛攻を紙一重で流していく。
(王である余を
まともに当たればそのまま決着につながるようなゴンの攻撃を、メルエムは欠片のミスも犯すことなく受け流し続ける。
今にも当たってしまいそうなギリギリで、しかし遥かに遠いギリギリを埋められないゴンが新たに手札を切るか悩んだその時。
今まで姿勢制御程度にしか使われていなかったメルエムの尾が振り抜いた腕に絡みつき、合気の要領で増大された勢いそのままに勢い良くぶん投げられた。
「くっ!?」
人が出していい速度など有に超えた豪速に加え、わざとかけられた乱回転により地面と水平にかっ飛んだゴンは受け身も取れず岩壁に叩きつけられる。
それでもほぼノーダメージで瓦礫を吹き飛ばし立ち上がったゴンの目の前に、拳を振りかぶり迫るメルエムが立ち塞がった。
「カハハッ!!」
「ちぃっ!!」
ガードを固めたゴンに今までの鬱憤を晴らすような荒々しい拳が叩き付けられ、そこからメルエムは一切止まることなく無呼吸連打を敢行する。
ゴンの姿が再び瓦礫の中に埋まり、それを追うようにメルエムは攻撃を叩き込み続ける。
終にはメルエムも轟音を立てながら岩壁の中に沈んでいくと、しばらくして数十メートルはある反対側を爆散させながら揃って飛び出した。
「これでも堪えぬか!? 呆れた頑健さよ!」
「鍛えてるからね、この程度わけないさ!!」
無傷とはいかないながらまだまだ元気なゴンは迷いを振り切ると、知る者からは死の宣告と言われだしたお馴染みの構えを取る。
「最初は、グー!!」
高まる圧倒的オーラに普通なら少しは躊躇するところを、メルエムは一切構うことなくゴンへ突き進む。
「ジャン、ケン…!」
(間合いはすでに把握済みよ、受けるか流すかは見てから決める!)
目にも留まらぬ刹那の瞬間、ゴンの間合いに入る手前でメルエムの本能が危険を察知した。
「
オーラをプレート状に変化させる能力者から徴収し、メルエムがカスタマイズしたハニカム構造の盾が形成される。
「チーッ!!」
戦車砲ですら傷ひとつ付かない壁が叩き切られ、間合いの外にいたメルエムの胸部に真一文字の亀裂が走った。
「あいこで…!」
更に踏み込むゴンから体勢を崩しながら距離を取ったメルエムが見たのは、明らかに届かない位置から放たれた拳が止まらずに迫ってくる異様な光景。
「グーーッ!!!」
関節を外し無理矢理射程を伸ばした拳がメルエムの胸元に直撃し、外殻を粉砕してその身体を岩壁まで吹き飛ばした。
筋肉を柔らかくしたとはいえ無理に伸ばしたことで自傷したが、その拳に残る手応えにメルエムへの確かなダメージを確信する。
しかし粉塵の中から堪えた様子のないメルエムが歩み出て、血の混じった唾を吐きながら獰猛に嗤った。
「見事、まさか割られるとは思わなんだ」
メルエムの身体は命中したゴンの拳を中心にヒビ割れ、その亀裂は徐々に広がりを見せている。
「余の万物を防ぐ外殻を上回った一撃、その威力に敬意を表そう」
ヒビが顔も含め全身に回ると、乾いた音を立てて破片が一斉に弾け飛ぶ。
「この身を護る鎧は砕けた、ここからは本当の力をもって相手する」
砕けた外殻の下から現れたのは、髪をなびかせ人間の姿により近付いたメルエム。
護ると同時に動きを阻害していた鎧が外れ、開放された肉体が脈動し顕になった精孔から今まで以上のオーラが噴出する。
「刮目せよ、これぞ余の真の強さなり」
言葉が終わると同時に踏み込んだメルエムは一瞬でゴンの前に到達し、何の技術もないただ力任せの拳を繰り出す。
ゴンが反応して放った拳と真っ向からかち合うと、今度は力負けすることなく衝撃波を撒き散らして互いに弾かれた。
「これでも単純な力では押し切れんか。万夫不当、一騎当千、どんな言葉でも足りん剛力無双よ」
弾かれて間合いの空いた二人だったが、空中に展開した“王盾”を足場にメルエムが飛び出す。
地面も空も関係なく三次元的に動き回るメルエムの動きに反応が遅れ、ゴンの身体が空中に打ち上げられると全方向から滅多打ちにされる。
時間にして数秒、しかし何百という打撃に晒され地面に叩き付けられクレーターを造るゴン。
「……、一体何度驚かせてくれるのか、本当に貴様人間か?」
もはや何度目かも分からぬ疑問を口にしたメルエムの視線の先、クレーターの中心に身体を折り畳み完全な球体となったゴンが鎮座していた。
「ただ筋肉を締めるだけではない、攻撃の当たった箇所を複雑に操作することで衝撃を分散している。感触は芯まで詰まったゴム塊を叩くが如し、硬いだけだった余の外殻など比べ物にならぬ絶対防御よ」
筋肉球から手足が伸びるとほとんどノーダメージのゴンが立ち上がり、顔をしかめながら同じく苦い顔をするメルエムを見上げる。
(今の動きをされると防げても当てられない。スタミナ的には向こうの方が上な気もするし、どうしようかな)
(一方的に打ててもダメージがないなら無意味。向こうの攻撃は一発でも当たれば致命傷、どうしたものか)
ゴンはキルア並みに疾いメルエムに攻撃を当てる方法を、メルエムは知る限り最硬だった自分の外殻より強靭なゴンの防御を貫く方法を模索する。
互いに有効打のない千日手になりかけている現状は、陣営の戦況や己のプライド的にどちらにとっても好ましくはない。
戦いが始まってから轟音の止まなかった荒野につかの間の静寂が流れ、とりあえず考えるより殴ると結論付けたゴンが改めてメルエムに向かって突撃する。
ゴンの猛攻はもはや人間らしさからかけ離れ、多少とはいえ腕はおろか脚まで伸ばして攻撃を続ける。
メルエムは防御力こそ下がったもののそれ以外は増大した身体能力を完璧に操り、ゴンの攻撃を全て捌きながらカウンターを何度も叩き込んでいく。
やはり千日手の様相を見せていた両者の死闘は、軍儀によりコラテラルダメージを正しく理解するメルエムにより変化した。
「フンッ!」
「っ!?」
受け流されるはずのゴンの拳に、わざと攻撃を受けて拉げたメルエムの腕が絡み付き動きを止めた。
「ガァッ!!」
動きの止まったゴンの逞しい前腕に、メルエムの鋭い牙が突き立ちゴッソリと抉って嚙み切られる。
「ぐぅっ!?」
ゴンは絡まる腕を振りほどき距離を取ると失った筋肉を
(何と、何という肉だ! 殴った時はあれほど強固だったにも関わらず、今はまるで赤児のような柔らかさではないか! 一囓りにも関わらず仔牛並の量も嬉しい誤算だ。脂の甘味と滴る血をまるで感じんが、オーラの質も正に天上!!)
咀嚼し肉の一片はもちろんオーラの一欠片も残さず呑み込んだことで
「なんと、なんと濃密な経験とオーラ。余に言えたことではないが、その齢でよくここまで」
上質に過ぎる筋肉とオーラは不完全な覇王蹂躙だったにも関わらず、メルエムを一段階進化させ爆発的成長をもたらした。
「しかし惜しいな、貴様がその強さに至れた発を余が手にすることは不可能だ」
摂取したオーラ、そして断片的な経験から理解した規格外の発である
直接戦闘において無類の強さを誇る能力だが、メルエムの完全掌握とは共存が不可能だった。
「余は能力により心身共に完全な状態を維持し続けているが、貴様の完全を捨てた究極は理外の発想よ」
己を常に最高の状態へと操作する特質系能力の完全掌握は、キメラアント最高の才能とオーラにより全系統習得率100%を実現している。
「根幹となる発は無理だが、その肉体と経験にオーラだけでも十二分にすぎる。貴様の全てを手にした時、余がどれだけの高みに到れるか楽しみだ」
メルエムはたった一口の摘み食いでゴンを上回ったことに一抹の寂しさを感じたが、王としての矜持と完全掌握の効果によりそれら負の感情を心の奥底へと仕舞い込む。
ゴンも実力差を正しく理解出来たが故に自分の勝ち筋がほぼ消滅したことを知り、それでも決して心折れることなく最後の瞬間まで足掻くべくオーラを高める。
何とか反応して構えた腕を弾き飛ばし、メルエムの拳がゴンの顔面に思いっ切り振り抜かれた。
脳筋万歳を習得してから初の自身を上回る身体能力の暴力に晒されながら、ゴンはメルエムの動きを、その身体構造を観察し続ける。
ウボォーギンとの戦闘以上に殴られ蹴られ、身体が青痣だらけになり血で染まろうとも、その目は光が失われるどころか爛々と輝きを増していく。
(…心の強い人間だ、肉体やオーラなど些事に思えるほどに。オマエもコムギと同様、余の勝てぬ相手だったのやもしれぬな)
メルエムはゴンを心の底から認め、敬意を持ったからこそ全力で叩きのめしにいく。
たとえその先が戦闘におけるコムギのような存在、終生の好敵手との別れを意味しているとわかった上で。
己のため、キメラアントの未来のため、そして帰ると約束したコムギのため、ゴンに止めの一撃を撃ち込むその瞬間。
―― 百式観音 十乃掌
思考の外、そして間合いの外から放たれた衝撃波に吹き飛ばされた。
「……なんと、これほど早く配下達を破ったのか」
メルエムが見上げた先、まだまだ遠い空を一匹の念龍が飛翔している。
どれほどの距離を移動してきたのか定かではないが、かなりのスピードで向かってくる念龍には一人の人間が乗っていた。
「流石はハンター協会の頂点、相手にとって不足なし」
念龍の背に仁王立つアイザック・ネテロが、ゴンとメルエムの戦場に参戦した。