もともとメルエムがキメラアント最高の肉体を持っていたこと、そしてネテロとの戦いで身体能力以上の技術を味わったことで念能力の強化に重点を置いたのだ。
そもそも一囓りで身体能力を上昇させたゴンの肉体が異常なのであり、発と経験を得ることのほうが本来の使用目的なのだから真っ当な強化と言える。
それでも護衛軍として膨大なオーラを持っていたシャウアプフとモントゥトゥユピーの徴収は劇的で、今のメルエムは正に太陽の如く光り輝くオーラを身に纏っていた。
「ハンターの長、卑怯と言ってはくれるな。余にも思うことはあれど、それはその身を捧げた臣に比べれば取るに足らぬ些事」
「わかっとるわい。しかも最初に横槍を入れたのはこちらじゃからの、これで文句を言うほど恥知らずじゃないわい」
改めて対峙したネテロとメルエムはオーラを練り直し飛び出すと、一見先程までと同等の常軌を逸した戦闘を繰り広げる。
超一流ですら視認困難かつ対処不能の拳と拳による満開の火花が三度咲き誇り、全盛期のネテロと万全のメルエムが主導権を握ろうと鎬を削る。
(こやつ、なんちゅう面倒なもんを!)
ネテロはメルエムが装備した手甲具足、そして胸部を守るプレートアーマーに手を焼き、無謀にも思える全力の攻めで何とか拮抗を保っていた。
(しなやかでありながら堅牢、しかも形すら変えてくるとは。正に盾であり矛、正直刃物にならんで助かっとるわい)
モントゥトゥユピーを徴収したことでメルエムが新たに手に入れた発、“
もっとも金属ではなく生物由来ではあるが、その硬度や変幻自在さは生物の枠から逸脱しているため決して過分ではない。
流石にネテロとの攻防では大きな変化が間に合わないこと、刃物を使う超一流の経験を徴収していないため刃物に変化させるとむしろ弱体化するという難点はあれど、シンプルな故に強力な能力だった。
「詰んだ!!」
「ぬぅ!?」
ダメージ差があった上で互角に近かった以上、万全な上に強化されたメルエム相手ではネテロの分が悪い。
拮抗させるために無謀な攻めを繰り返したことも祟り、今も急速に学習して強くなり続けるメルエムが決着への道筋を読み切る。
22手、それで終局を迎えるはずだった戦闘を、ネテロの老獪さが覆す。
百式観音・軽式 弐乃掌 ――
対個人戦なら真乃像こそ最強、故にゴン達にすら使ったことのない百式観音の併せ打ち。
そもそも祈祷式の名の通り常に祈りを捧げ続けている以上、真乃像と共に普通の百式観音を打てぬ道理なし。
「…常に余の思考を上回るのは見事。しかし今の手を見せた以上、次は全て想定して詰めるまでよ」
しかしネテロは敗北への窮地を何とか打開したとはいえ、結局は既に攻略された手札で誤魔化したに過ぎない。
もはやメルエムの勝利は覆らない、それだけ確固たる実力差が開いたことを認めたネテロは、未だに瞑想を続けるゴンを一瞬見た後に構えを解いた。
「本当に参ったわい、“ワシ”ではどうやってもお主に勝てんらしい」
「…その割には諦めたように見えんが、一体何を考えている?」
構えを解いて完全に無防備な姿を晒すネテロに対し、シャウアプフを徴収したことで相手の感情が色として見えるメルエムはその内心が決して諦めていないことを看破している。
「何を言っとるんじゃ、“ワシ”は諦めたぞい。正直想定していたとはいえ、ゴンではなくお主に使うのは悔しさもあるがの」
「貴様何を言って」
ネテロの背後から貫手が胸を貫き、嗤う“真乃像”が血を吐きながら告げる。
「ここからは、“ワシ”じゃなくオレが相手するぜ」
貫手を起点に真乃像を裂いて現れたネテロが、背後で消え去ろうとしている観音を一瞥することもなく歩む。
「武への感謝は変わらん、じゃが観音は他者の想い、手を差し伸べるための掌」
血涙を流す観音が祈りを捧げて消え去り、百式観音に割いていたオーラが全てネテロ本人の強化へと回される。
「負けてられんよ。お主にも、ゴンにも、老いたからとてガキ共に負けてられるかよ!」
取り出した巾着、その中にあるのはビスケから渡された魔女の若返り薬。
50錠を一息に飲みこんだネテロの身体が音を立てて変化し、その姿が真乃像と変わらぬ若さと力強さを得た。
「百式観音・終式 断捨離観音 ――」
それは暗黒大陸との決別。
手も足も出なかった敗北への復讐を捨て、二度と百式観音を使えないことを制約に得た武の極地への新たな一歩。
「
半世紀以上前の世界最強だったネテロを確実に凌駕する、誰よりも強くなりたいという原点に立ち返った修羅が顕現した。
「朱雀掌!」
「ぬぅっ!?」
教えを請う他人の手を取ることに躊躇しない器を捨て、百式観音すら捨て去ったネテロに残ったモノ。
「白虎貫!」
それは誰でも習得できるよう調整し創設された心源流ではなく、ネテロによるネテロのためのネテロだけの流派。
「青龍極!」
若かりし頃にただの空想として終わっていたその黒歴史が、晩年開花し今日まで練られ続けた才能と技術によって誕生する。
「玄武爆!」
昔と今、アイザック・ネテロの過ごした人生が遂に武の極地へと到達した。
「心滅黄龍拳!!」
誰が見ても無駄が多い、しかしネテロにとってのみ最善となる我流の猛攻。
メルエムを打ち据え袋叩き極め押し潰し、百式観音すら遅すぎる至高の正拳がメルエムに突き刺さった。
「本当に、何と美しく輝く時の結晶よ。認めよう、どうあがいても余には再現できん」
それでも、これだけやっても修羅の拳は太陽王に届かない。
メルエムがシャウアプフを徴収したことで新たに構築した発“
万物に付着する光子はそれ自体が感覚器官としても働き、目で見る以上に範囲内の全てを知覚することが可能となる。
メルエムの類稀な頭脳はその膨大な情報を完璧に理解し、もはや“
「心の底から敬意を表そう、だからこそ全力で叩きのめす。起動せよ、“
メルエムの胸の中心、人で言えば心臓の位置に莫大なエネルギーが生まれる。
全能力で構築し発現させた疑似太陽がメルエムのオーラを燃料に燃え盛り、ただでさえ手の付けられないその身体能力をさらなる高次元へと飛躍させた。
「誇るがいい、人の身でこの姿を見た栄光を」
「舐めるなよ蟻んコ、オレはまだ負けてねえぞ!!」
もはや火花が咲き誇る隙すらなく、大気すら追いつけぬ怪物同士の殴り合いが始まる。
もはや姿は見えず、あまりに絶え間なく殴り合うせいで耳鳴りのような音が周囲に広がる。
隠れて見ている十二支んの観測者サイユウが何一つとして理解出来ない攻防は、万を優に超える拳の遣り取りとなってどんな会話より雄弁にメルエムとネテロを繋ぐ。
どんなに惜しくとも始まりがあれば終わりがあり、メルエムにとってコムギとの対局に並ぶほどの至福の時も遂に終局を迎える。
「ちくしょうがっ…!」
メルエムの拳がネテロに致命的なダメージを与え、吹き飛ばされ大地に横たわったネテロの身体から力が抜けた。
「感謝する、これで余は、真なる王として完成した!!」
この瞬間、箱庭の一定以上の実力者達は己を超えるナニかの誕生を直感した。
更にはこの星に住む強大なるモノ達、その中で意思を持つモノ達も己の身を脅かすナニかの誕生をはっきりと知覚した。
多くの生物が強さという点で強制的に格付けを書き換えられ、大半が弱者に落とされた最悪の日。
それを最も間近で目にしたネテロは悔しさと屈辱から顔を顰め、
「
今まさに絶頂を迎えたメルエムが呆気にとられた顔で見つめる先、
「
「
遂に最終形態へと到達した。
「
何故かメルエムは、無性にコムギに会いたくなった。
そして筋肉の波動を最も強く察知したピエロがバランスを崩し、超速移動の勢いそのままに錐揉回転で吹き飛んだ。