「お願い出して!!!」
「………………」
「嫌だよ、出してよ~」
「学べ」
「嫌だ、やだやだやだやだ」
「学べるまでここから出さん」
「無理だよ、助けてカイチョー!!!」
泣きながらドアを何度もたたくテイオー、薄暗い密室の部屋、あるのはかろうじて全体が見える程度の明かり、そしてある生き物
「脱力とは何か、学び、そして身に付けることができたならば出そう」
「鬼! ひいいいいいいいいい!!!」
時をさかのぼる事一時間前、トウカイテイオーはいつものように練習をしていたが、脱力を身に付けるまでに至らず、ただ時間が過ぎるだけであり、オーガはある生き物と閉じ込めることにした。最初は師匠を用意してやると呼ばれ、簡単についていったテイオー、ここが地獄への一歩とも知らず。
案内された部屋は窓も何もなく、いわゆる昔の反省部屋、扉ただ一つだけ、外からカギがかけられ中からは開けられず。ウマ娘用の頑丈な扉であるため、出ることはかなわない
そして部屋に入ってから時間が経つと一つの虫かごを勢いよくぶん投げ壊し、扉を閉め閉じ込めた。最初は一体何なのか理解できなかったが、虫かごから出てきた生き物を見て即座に理解した。
「ご・・・ゴキ・・・・・ゴキブリ!!!」
虫一匹とウマ娘一人が完全な密室に閉じ込められ今も攻防を繰り広げていた。
「やつの速さを見習え、感じろ、体験しろ」
「無理無理無理無理無理無理無理!!!!!!!!!!!」
「あまり長く話すと来るぞ」
「え、ぴええええええええ!!!!!!!!!!!」
特有のあの音が響き、テイオーの顔めがけて飛んでくるゴキブリ、涙目になりながら全力で躱し距離を取る。
「やだやだ、気持ち悪いよ」
「………………」
「ぴえ!またこっち来た!」
鳥肌が全開で、恐怖も全開でもう何時泣いてもおかしくない状況、飛んでは走り、少し目を話せば足元まで来る。自分の方が力も体積も何倍も大きいのに、恐怖する。
「スズカにも話したが、最高速を初速に実現できる生き物」
「ぴええええええええええ!!!!!!!!!!!」
「よく見、観察し、己の武器にしろ」
もう何を言っても開けない、聞きやしない、出るには身に付けるしかない、過酷な状況に追い込まれたテイオーは泣きながらもゴキブリから目を離さない。
よく見て観察し、早く身に付けてここから出る。もうそれしかない、覚悟を決め、涙を拭きながらゴキブリと対峙する。
「………………」
カサカサ、シュッ!
「!!!!!!!!!!!」
躱す、逃げる、逃げる。脱力を身に付けるべく今までの鍛錬を思い出しながら戦う。いったいどれほど時間が経ったのか分からない、蒸し暑く、汗が流れ、疲労がたまる。
「はぁあぁあぁあぁあぁ」
「そろそろか」
ゴキブリは環境への適性が高くそして素早い、人に見つからず行動することが多い、昼より夜の方が頻繁に活動する。つまり知能が高いという事だ。
そう、やつは疲弊してくるのを待っていた。油断をしたその瞬間、喰らいにかかるだろう。
「暑い、水が欲しい」
「………………」
暑さで水を求める。一瞬気を抜いた。その瞬間を狙ってたかの如く、ノーモーションからの最高速を発揮するゴキブリ、だがそれを予測したテイオーは素早くよけようとした。だがそれすら予測していたゴキブリは漆黒に輝く翼を広げた。
テイオーの顔、しかも口にめがけて飛んでくるゴキブリ、まるで死にゆく瞬間に見る走馬灯のごとく、あらゆる脳の記憶がテイオーの頭を過る。
しかし現実は無慈悲だ、止まることはなく、水を求めてか、それとも一体何なのか、一点めがけて飛んでくる。
理解したくない、認めたくない、すぐそばまで迫ってくるただ黒い生物を見ることしかできない、絶望が迫ってきている。諦めの二文字が浮かび、全身の力が抜ける。もうこのまま受け入れて死のう。
しかしそれを許さないプライド、そしてオーガ、おそらく同じことをまたしてくるだろう。ならばこの瞬間に開花させる!
考えることを辞めたテイオー、それはあきらめたのではなく考える時間が無駄と判断した。瞬時に足に力を入れ、横に飛ぶ、そしてその時気が付いた。いつの間にか壁にぶつかっていたことに、その事実を認識するより早く襲い掛かる痛み、そしてすぐさま自身の身体を確認する。奴はいない、あたりを見渡すと壁に張り付いていた。
「え?」
「見事」
扉が開けられ、入ってくるオーガ、部屋から連れ出され、訳も分からず廊下を歩く、ただあの地獄から抜け出せたただそれだけが今認識で来ていた。
「意識を液体レベルまでと行かなくとも、ほんの一瞬その領域に足を踏み入れた。全身から力が抜け、瞬時に力を入れると同時に動く、脱力をよくぞ身に付けた」
「え?」
「その感覚を忘れるな、そして精進しろ」
それだけ言い残し姿を消すオーガ、呆けた状態でただ廊下を歩くテイオー、そしてようやく理解した。自分は脱力を身に付けたのだと。
「………………やった?」
嬉しさよりも安堵が大きく、気が付けば涙を流していた。たまたま通りかかったシンボリルドルフが慌てて駆け寄りどうしたのかと尋ね抱きしめる。しばらくして落ち着いたテイオーは大丈夫と言い、喉が渇いていたことを思い出し、水を求めて自販機へと向かった。
水を買い喉を潤すと徐々にうれしさが混みあがってくる。二度と体験したくないし思い出したくはないがアレから学ぶことができた。いや、元々持っていた基礎がようやく開花したのであった。
平和な日常の中、いつものようにトレーニングをしていると気が付いた。身体が軽くいつもより走れると、これが脱力、そのすごさを改めて実感していた。
「ほう、身に付けたようだね」
「あ、おじさん」
「あとは意識を変えるだけか、ともかくこれで準備はできた。最終調整に少し早いが入ろうか」
「え、うん」
グローブではなく芝を走るためシューズを履き、脱力を意識しつつ自然で出来るように体に覚えさす。何度も何度も繰り返し、いつしかトウカイテイオーは潜在意識下に残る筋繊維の強張りを溶かし、溶かすことに成功。
さらには筋繊維は繊維ですらなく液化へ、さらにイメージは液化から気化へと変わり、超が付くほどの脱力に成功、そしてその瞬間緊張へと転ずる。
そこに発揮される爆発力、想像を、期待を大きく上回り、圧倒的な速度を出せることに成功、ここに超脱力が完成、いわゆるゴキブリダッシュを身に付けることができた。
菊花賞まであと少し、まだ課題は残るが成長出来ている。最終調整に向けてのトレーニングとシャオリーの習得に邁進するのであった。余談ではあるが、しばらくの間テイオーは黒い小さなものや、カサカサした音を聞くとゴルシも驚くようなスピードでその場から距離を取ることがあった。
最近バイクに乗った後にバイクカバーをかけてマフラーのおかげか温かいのか、奴らが暖を取りに来た挙句、家庭を築いていたので泣きそうになりました。いや泣きました。