ヒノエ・ミノト「惚れたハンターを送り出して帰ってきたと思ったら恋人作って連れてきた」 作:あんころずんだ餅
中々書きたいシーンまで持っていけない…
少し時を遡り、高殿前で話すフゲンとハモン。
二人は郵便屋のセンリから手紙を受け取り、その内容に愕然としていた。
「…よもや、あいつに女が出来るとは」
「むぅ…確かにあり得ん話ではなかろうが、予想だにせんかった」
その手紙には一年前、ギルドの応援に向かったこの里のハンターである男が帰ってくること、そして恋人が出来たこと、その恋人を連れて来ることが記されていた。
本来であれば喜ばしい便りだ。その女に着いてこの里を出ていくと言うのであれば話は別だが、その彼女も話した限りではカムラの里を気に入り、実際に自分の目で見てみたいと里を訪れることにしたらしい。
彼から便りが届くのはこれが初めてというわけではない。
不定期ではあったが里に度々、近況を報告する手紙は届いていた。
様々な街を訪れた際にその独特の文化に触れ、感銘を受けた事。
当たり前に思っていたガルクや翔蟲がカムラの里にしかいないという事実に驚いた事。
故郷を恋しく思う事。
しかしそんな手紙の中に女の話が出た事は一度もなかった。
些細な事でも細かに知らせてくれる彼の手紙だからこそ、そんな相手が居るとは夢にも思わなかったのだ。
考えてみれば一人、故郷を遠く離れ命懸けの狩りに臨む毎日は心を擦り減らしただろう。人肌恋しくなる時があるのは当然だ。
故に縁さえあればこの結果は必然と言えるだろう。
そして彼に女が出来る事にどんな不都合があるか、それがヒノエとミノトの存在である。
双子の姉妹揃って同じ男に惚れ込んでいるのだ。
まだミノトは自分の気持ちに素直になれていないようだが、その惚れ込みようは里の者であれば誰もが知っている。
それだけでも修羅場になるのが目に見えているのに彼がここに恋人を連れてくるとどうなるか、里が荒れるのは火を見るよりも明らかだ。
「腹を括るしかあるまい、もう時間がないぞ」
「せめてもう少し早く知る事が出来ていれば…いや、時間の問題か」
この時ばかりはハンターに復帰すればクエストで里を離れることが出来るのでは、と現実逃避していた。
どちらにせよ受付嬢である二人からは逃れられないが。
「…今、なんと?」
「え、えっと、お付き合いさせて頂いています」
信じられないといった表情のまま固まり、ようやく復帰したヒノエが言葉を紡ぐ。
ミノトは未だ無表情のまま固まり、フゲン、ハモンは冷や汗を流し、固唾を飲んで静観している。
唯一、コミツはきょとんとした表情を浮かべ、首を傾げている。
「ハンターさんの彼女さん?」
「改めて言われるとちょっと照れますけど、はい、そうなんです」
「うーんと、うーんと…」
「どうかしましたか?えっと…」
「コミツだよ。えっとね、ハンターさんと彼女さんはどっちも好き同士なんだよね?」
「は、はい、そうです。照れますね…」
二人揃って頬を染め、視線を泳がせ頭や頬を掻く様は初々しい。
しかし指摘された言葉を否定せず、お互いの感情はきちんと受け止め合っている。
それ故にコミツの難しい表情を疑問に思う二人は問いかける。
その問い掛けの言葉は頬の熱を誤魔化すためだったかもしれないが。
「そ、それがどうかしたの?コミツちゃん」
「うーんと、でも、ヒノエお姉ちゃんとミノトお姉ちゃんもハンターさんが「ちょおっとこっちでお話しましょうかコミツちゃん?」もごもご…」
流石に今この場で打ち明けられるのは洒落にならないと、目にも止まらぬ速さで背後を取り、コミツの口を塞いで引き摺っていくヒノエ。
「あれ、ヒノエ?今コミツちゃんが何か…」
「何でもありませんよ、お気になさらず」
「え、でも今…」
「お気になさらず。いいですね?」
「は、はい」
コミツを連れて行くヒノエを背に隠すように立ちはだかるミノト。
有無を言わせない威圧感を放つミノトに二の句を告げなくなる二人。
コミツが言いかけていた言葉が気にはなるが、目の前のミノトを敵に回すべきではないという直感に従い口を噤む事にした。
「それより二人とも、日頃の狩りに加えここまでの移動の疲れもあろう。積もる話もあるがまずはゆっくり身体を休めるといい」
「ウム!夜には凱旋の宴もある。きちんと休むのもハンターの仕事ゆえな」
コミツのお陰で冷えた空気が少しだけ弛緩したのを感じた高年二人は逃げを張る事にした。
「ありがとうございます、里長様。実はもうへとへとで…」
「実は、というか見るからに、だね」
「も、もう!そこは黙っておいてよ!」
「ごめんごめん、それじゃあ家で休もうか」
「うぅ、お言葉に甘えて…」
「それじゃあ皆、また夜に」
そう言って汗だくの彼女の手を引き、我が家へ帰っていくハンター。
後に残された面々は何とも言えない表情だ。
彼の凱旋そのものはもちろん喜ばしい。
だがその事態を手放しで喜べないのは言うまでも無いが二人の姉妹に端を発する。
能面のように表情の変わらないミノト。優しく微笑むヒノエ。
表情だけ見れば普段と変わらないが、纏う空気の冷たさが普段のそれとは比にならない。
「んーと、じゃあハンターさんには内緒?」
「そう、お願いねコミツちゃん」
「わかった!約束ね」
「えぇ、約束です」
コミツに二人の想いを口外しないことを約束する。
悪意を持って言いふらそうとした訳ではないのだからこれで口を滑らせてしまう心配はないだろう。
「姉様」
「驚いたけど、コミツちゃんも悪気があった訳ではないから怒らないであげてね?」
「それは勿論です。ですが、その…」
「あの人の事かしら?それについてはミノト、貴女とも話しておきたい事があるの」
「私にも…ですか?」
「えぇ、でもその前に…里長様?少しお聞きしたい事があるのですが…」
「わ、ワシか!?言っておくが、ワシもあやつに女が出来ていた事は先の手紙で初めて知った事で…」
自身に矛先が向くとは思っていなかった里長はあからさまに狼狽する。
先程から姉妹が纏う空気の冷たさ、それを真近で感じた恐怖だけでもモンスターと相対した時のそれと相違ない。
指向性を持って自身に向けられた寒気を前に思わず背中に冷たい汗が走る。
「やはりそうですか、ご安心を。黙っていたのではと疑っている訳ではなく、責めるつもりがある訳でもありません。ただ…」
話し出すヒノエの表情は百竜夜行に臨む時の様に真剣な顔をしている。
彼女が実行に移そうとしているある一つの思惑。
しかしその計画はあんまりと言えばあんまりな、彼自身の都合を考えない身勝手な計画だ。
全容を聞き終えた三人はあんぐりと口を開けている。
「…本気か?」
「勿論ですとも。伊達や酔狂でこんな無茶はいたしません。あぁ、いえ、ひょっとすると私自身、あの人に狂わされているのかもしれませんが」
「ですが姉様、それはあまりにも…」
「ならミノト。貴女はこのままあの二人を見ているだけで耐えられる?」
「…それは」
切り揃えられた前髪が目を隠すほどに俯き、唇はきゅっと固く結ばれている。
胸元に当てた手は硬く握られ震えており、誰が見てもその姿は苦悩に苛まれている事が見て取れる。
そんな妹の髪をふわりと優しく撫で、微笑むヒノエ。
「聞かせて頂戴ミノト、貴女はどうしたい?」
「私は、私は…」
とっぷりと日が暮れ、月が顔を出した頃。
凱旋を祝う宴の最中、彼の周りには賑やかな人集りが出来ていた。
「すっげぇ!世の中には先輩でも想像がつかない様なモンスターが沢山居るんスね!」
「本当に驚いたよ。山ぐらいあるモンスターなんてゴロゴロ居たし、新大陸の方では異世界から来たモンスターなんてのも居た。俺もゴコクさんみたいに絵が描けたらなって何度も思ったよ」
「い、異世界!?スケールが凄すぎるっス…」
「モンスターもだけど、ハンターも凄い人が沢山居たんだ…そんな人達にはオトモはいらないのかな…」
「そんな事ないさ。イオリのオトモの話をしたらみんな羨ましがっていたよ。自分の狩りにも来て欲しい、とか、ウチのオトモとは大違い、とか」
「そっか…そうなんだ。なら皆をもっと必要に思って貰えるように僕も頑張るよ!」
「その意気だ!イオリのオトモが頼りになるのは俺が保証するさ!」
「むむむ…食材も調理法もこんなに種類が…勉強になるけど覚えきれないかも…」
「街によって色んな食事があったからなぁ…里の近くの村のハンターは『温泉とその後のドリンクが狩りの力の源だ!』って言ってたよ」
「温泉…は無理だけどドリンクかぁ…うさ団子に合う飲み物も研究してみようかなぁ…」
里の外の世界を知った彼からの土産話が華を咲かせ、目を輝かせる里の年若い者たち。
自身の狩りの成果でもあるモンスターの素材や遠い地方の食材を持ち帰り、身振り手振りを交えながら語る彼の話はまだまだ尽きる事はない。
たった一年と言えど実り多く、彼を一回りも二回りも成長させた一年である事が窺い知れる。
「時の流れは早いものゲコ…あんなに小さかったあの子が今や立派なハンターに育って鼻が高いでゲコな!」
「えぇ本当に!ハンターになりたいと目を輝かせて教えを乞いに来た愛弟子が昨日の事のように思い出せます…うぅ、強くなったなぁ大きくなったなぁ愛弟子よ…!」
「確かに目覚ましい成長ぶりよ…あやつの活躍を耳に入れる度、我らもまだまだ腐るわけにはいかぬと思わせてくれる」
「まさしく里を照らす猛き炎!世を知り人を知り、一層その輝きを増したあの姿…ウム、感慨深いものよ」
幼き頃より彼を見てきた大人たちは彼の成長した姿を肴に酒を酌み交わし、時に喜び、時に涙した。
「結局、彼は我が祖国には足を運んでくれなかったようだ。だがこの光景を見ているとそれで良かったのだと思わせてくれるな。やはり彼はこの里が良く似合う」
「ええ、彼の居ない光景はぽっかりと穴が空いたように感じていました。…ここを第二の故郷と身勝手に決めただけの、一行商人に過ぎない私が言うのは厚かましいかもしれませんが」
「随分意地の悪い言いようじゃないか行商人殿。異邦の人間だからとて迫害する様な真似をする者はこの里にはいないだろう。それを分かって言っているな?それとも商人の処世術の一つとして一歩身を引いた視点で話しているのか?」
「ふふ、お見通しでしたか。歳をとるとどうも迂遠な話し方になっていけませんね。祝いの席くらいは素直に楽しむとしましょうか」
「あぁその方がいい。商人としては、その姿勢は見習わなければならないのだろうがね」
異邦の出身の二人も宴会に招かれ、酒を酌み交わしていた。
しかしその二人も里の者と変わらぬ馴染み様で宴会の一員と化していた。
そんな笑いさんざめく宴の最中、
「ところで、受付嬢の二人はどうしたのだ?姿が見えないが…」
不意にこぼれたそんな言葉が一部の者達を凍りつかせる。
「あー、その、なんだ。もちろん参加するぞ?彼女たちも。ただまぁなんというか…」
「用意があるというか、機会を窺っているというか…」
「うん…?何かサプライズでもあるのか…?」
いまいち要領を得ない説明に余計に首を傾げる。
しかしその疑問は思ってもいない形で解消されることになる。
件の受付嬢二人が宴会場へ入ってきた。
その隣にもう一人、女性のハンターを伴って。
「…見覚えのない顔だな、彼女は?」
「おや、聞き及んでおりませんか?彼女は凱旋した彼の恋人ですよ」
「本当か!?彼も年頃だし不思議ではないのだろうが、そうか…もしや、それがサプライズか?」
「…しまった、そのつもりだったのであれば今のは私の失言でしたね。しかし特に口止めはされていなかったのですが…」
里に帰ってきた時にその場に居た里の者達には彼女の存在を知らせたが、きちんと彼女を紹介するのは宴会の場で話そうと決めていた彼ら。
それ故にまだ彼女の存在を知らないものが多数居たのだ。
「あ、三人共遅かったね、何か準備でもあったの?言ってくれれば手伝ったのに」
「お待たせしました。準備というか少しお話があったので」
「ヒノエさん、ミノトさんと…えっと、誰?」
「ふっふっふ、この人は何を隠そう、センパイの彼女さんっスよ!」
「ええっ!?そうなの!?」
「何でタイシ君が自慢げなのさ…」
彼が里に帰ってきた時に居合わせなかったイオリが素直に驚き、
自分の事のように語るタイシに他の者は苦笑いを浮かべている。
しかしそんな空気にそぐわず、遅れて来た三人は鬼気迫る表情をしている。
「お伝えしたい事があるのです」
まっすぐとハンターである彼を見据え、三人はゆっくりと宴会場に響き渡らせる様に話し始める。
「えっと…俺に?」
「もう、他にいないでしょ?」
「意地悪を言うものではありませんよ?身構えさせてしまった事はごめんなさい。でもどうか、きちんと聞いて欲しい事なのです」
「姉様の言う通り、心して聞いてください。聞き逃したなどとは言わせませんからね」
「は、はい」
「私達三人は」
「貴方をお慕いしています」
「………へ?」