怪力無類と壊れの双子 作:カリラシ
二年十三組、日本刀へし折り事件。そのニュースは、直ぐにでも学園中に広がっていた。
勿論、噂話だけでは話半分、もしくは嘘話と考える者も居た。だが、実際にへし折られた刀の残骸が出回ればそれも消える。
結果として残るのは、遠巻きに見られるという事態のみ。もっとも、友達百人を目指していた訳ではない寧々里にしてみれば、視線が煩わしくとも干渉して来ないのであれば気にすることではない。
視線を避ける様にして、屋上でボッチ飯を堪能する寧々里。
そんな彼の下へ影が差した。
「いや~、人気者だね~。リ~コちゃん」
「俺としちゃ、おめぇらの方が人気じゃねぇか?あの鬼の面被った……あー、まあ、アイツ。アイツの刀折ってから、視線が厳しくってなぁ」
「ダウト~。リコちゃんって、そ~いうの気にしない人じゃん」
「バレたか」
現れたのは、眠目だった。彼女は、いつも通りの何を考えているのか分からない表情で寧々里の前に現れると、そのまま彼の座り込むフェンスの隣に腰かけた。
「こ~んな所で食べてたら、落ちちゃうよ?」
「その時は、その時だ。寧ろ、俺よりもおめぇが落ちる心配しとけよ」
「心配してくれる感じ~?」
「さぁな」
ニヤニヤと見上げてくる眠目から視線を外した寧々里は、買っておいたコッペパンをそのまま齧る。
味気ないが、彼にとっての昼飯というのは午後の授業に向けての最低限のエネルギー供給の時間でしかない。
コッペパンにライ麦パン、コールスローサラダの挟まったサンドイッチ、アンパン、ジャムパン、クロワッサンと数々のパンをペットボトルのお茶で流し込む昼食は終了。
大食漢といっても良いほどに彼は食べる。
「相変わらずだね~。寧ろ、増えた?」
「そりゃあ、そうだろ。昔から今の今まで食べる量の変わらない奴なんぞ居ねぇさ」
「それでも、リコちゃんは食べ過ぎ~。今にまん丸の大豚ちゃんになっちゃうよ~」
「そりゃあ、ねぇな。
軽い口調で、しかし寧々里はそう言い切った。
事実、彼の体は大量のパンを食べた後とは思えないほどにスッキリしている。それどころか、食べた量に反して、寧々里理光は痩せている
上背はある。180か、もしくはそれより少し高い。反して、体つきはしっかりしているがだからといってアスリートの様な体つきかと問われれば服の上からは分からない。
だが、眠目は知っている。この幼馴染の体は、物凄い
「ね~、リコちゃん」
「んだよ」
「ボクとヤる?」
前を見たまま、足をブラブラと揺らす眠目はそう問う。
実際に手合わせをしたわけではないとはいえ、寧々里は鬼瓦を結果的に退けた。天下五剣の一人を退けたのだ。
こうなると、他の面々も大なり小なり手を出してくるというのが常。少なくとも、同じく二年である亀鶴城や先輩の花酒はちょっかいを出してくるだろう。
そして、その二人を退けたとすれば、残りの天下五剣である眠目ともう一人もその体裁の為に少なからず干渉せねばならない。
「………理由はなんだ?」
寧々里は乗り気ではないらしい。問い返す彼の言葉には、いまいちの覇気が無かった。
好き好んで暴れるような
何より、馴染みの顔を叩き潰そうと思えるほど、彼は落ちぶれてはいない。
「ボクも天下五剣だからね~。おいたの過ぎる男の子のお尻を叩くのもお仕事なんだ~」
「俺はおいたをし過ぎたって?」
「後々そうなるかも、って話。リコちゃんとヤるってなったら、ボクも準備が要るからさ~」
「………めんどくせぇなぁ……………つっても、俺だってあんなバケモンみてぇな格好は御免被るぞ」
「え~?リコちゃん似合うかもよ?」
「ハッ、思ってもいねぇくせに」
決して、顔立ちが整っていない訳ではない寧々里だが、だからといって女装が似合うかと問われれば否だ。男らしい顔つきの彼は、化粧でごまかすにも限界がある。
沈黙が、二人の間に流れた。この空気を、先に破ったのは、寧々里だ。
彼は足の幅も無い金網の上に立ち上がると、傍らの眠目を見下ろした。
「
ただ一言、それだけを告げて、彼は屋上を去っていった。
その背を振り返ることなく、眠目は空を見上げて息を吐く。
準備が必要なのは本当。しかしそれは、薬を仕込むだとか、相手が弱り切るのを待つとか、そんな事ではない。
言うなれば、錆落とし。如何な名刀も、その刃が鈍っていてはその切れ味を発揮することはできないのだから。
@
寧々里理光という男の、学内の評判は決して好意的なものではない。ただ、それはあくまでも生徒たちからの事。
教室では、女生徒のみならず、男子生徒からも遠巻きにされているがそれでも授業態度は悪くない。騒がないし、居眠りもしない。課題もすれば、授業中に回答を求めてもスラスラと返してくる。
声を荒げる事も、暴力をふるう事も、暴れ回ることも無い。前情報の割には、異様に大人しい。それが、教師陣からの評価だった。
「……はぁ~あ………眠いな」
放課後。大きく伸びをして首を捻り、関節を鳴らした寧々里は大きな欠伸をこぼしていた。
敷地外に出る事の出来ない男子生徒は、部活にも参加することなく大抵は肩身の狭い思いをするために寮へと引っ込んでいる事が多い。
寧々里も、特別理由が無ければ寮かもしくは屋上にいる事が多い。
廊下を歩けば、モーセの如く。割れる人垣を一瞥することも無く、昇降口へと下りて校舎を出る。
「妙な体をしてますね」
「あ?」
昇降口を出た彼の足を止めたのは、幼い声だった。
声の主へと目を向ければ、そこに居たのは噴水のふちに腰かけたツインテールの少女。刀を携えている事から、寧々里は彼女が天下五剣の一人であると、何となく察する。
「俺に用事か?」
「ええ、少し。その体は、
「………おめぇ、俺がターミネーターにでも見えるのか?」
「たーみ……?とにかく、その体です」
言うなり、彼女は噴水の縁より降りると静々と近寄ってくる。
ここで、寧々里はある事に気が付いた。
「おめぇ、目が見えないのか?」
「はい。ですが、耳が良いので何ら困ってはいませんが」
「耳、ね………それで?俺の体がおかしいって?」
「異常な密度で。体内に
「あん?」
ふらふらと近づいてくる少女、因幡月夜を前にして寧々里には一切の力みはない。
それもその筈で、因幡からは敵意を一切感じ取れなかったから。事実、彼女は事を荒立てる意味も理由も持ち合わせてはいない。
ただ、純粋な興味だ。人間の肉体はこのような事が起きるのかという、そんな興味。
「生まれつきでしょうか?」
「まぁな。かなりのきかん坊で、折り合いつけるのに難儀したが、まぁ今はそうでもねぇよ」
「そうですか」
「
「……いいえ、今はまだ」
それだけ言うと、因幡は女子寮の方向へとふらふら踵を返してしまう。
小さな背中を見送りながら、寧々里は人知れず頭を掻きながら、小さく呟く。
「
彼が見上げる先にあるのは、正面玄関上部に作られた会議室。
基本的には、天下五剣が会議などで使う部屋がある場所なのだが、ここにはもう一人この学園におけるアンタッチャブルが根城にしていた。
「……」
烏の濡れ羽色ともいえる綺麗な黒の長い髪を揺らし、窓より睥睨する
その目が見据えるのは、今は一人の男だ。
「因幡月夜が接触したか。何より、鈍ら刀とはいえ指の力で刀身をへし折る剛力。私と
ある種の人体超越の一つの形でもあるだろう彼女をして、寧々里理光という存在は興味を惹いた。
だが、まだ仕掛けない。その存在が、嘘か本当か見極め切れていないのだから。