怪力無類と壊れの双子   作:カリラシ

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 この学園における実力者の序列というのは、割とハッキリしている。

 カリスマ性と実力を兼ね備えた、天下五剣。そしてその内二人を相手取って完勝した女帝。

 その他にも、天下五剣の後継者とされている中等部の少女たちも居るし、天下五剣の付き人のような立場の少女たちも武術を修めている者が居る。

 では、現状で男たちはどうだろうか。

 彼らは総じて、牙をもがれた存在。仮に、腕力で優っていようともメンタルがへし折れているならば意味が無かった。

 では、折れていない男はどうなるだろうか。

 

「何か用か?」

「貴様の矯正は、決まっている。故に、こうしてやって来た、という訳だ」

 

 放課後。屋上で黄昏ていた寧々里の前に現れたのは、刀を新調した鬼瓦だった。

 

「待っていた、ね。態々、人が疎らになるこの時間をか?」

「そうだ。お前が暴れる気が無いのは、今日まで見てきてよく分かった。だが、それだけでは足りないんだ」

「足りない」

「ああ。男子の共生のあり方というのは、単純なものではない。言うなれば、生徒たちの安心もまた、保障するための行為でもある」

「保障、ね。つっても、よぉ。俺は女装なんざする気ねぇぞ。手錠でも掛けろってか」

 

 意味ねぇがな、と内心で寧々里は続ける。材質はどうあれ、細い金属の鎖では例え鋼鉄製でも彼を留め置くには不足する。

 ただ、鬼瓦が言いたいのはそういう事ではないらしい。

 

「実力を見ておかなければならない。そもそも、今の貴様の情報は錯綜し過ぎている。自分の刀を握力で折ったことも驚嘆すべきだが、何より()()()()()()()()()、恐れられる。分かるだろう?」

「……要するに、だ。俺とタイマン張るって事で、ファイナルアンサー?」

「ああ」

 

 七面倒くさい御託を並べてはみたものの、要するにはタイマンの申し込み。少なくとも、寧々里はそう判断を下した。

 言葉というのは、どうしても薄っぺらくなってしまう場面というものが存在する。これに関しては、仕方がないと言う他ない。

 

「……良いぜ、やろうか。寸止めにするか?」

「良いや、構わん。こちらも全力で打ち据えるからな」

「ふーん」

 

 成程、と気のない返事をしながら寧々里は上着へと手をかけた。

 ジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイをほどき、カッターシャツの袖を捲る。ここで改めて、鬼瓦は彼の体をまじまじと見ることになり、同時にその目を剥いた。

 

(なんだ、あの体つきは……彫刻か何かか?)

 

 シャツの捲られた袖より覗いた上腕は、その決して分厚くはない皮膚の下に無理やり押し込まれたかのように詰まっている。傍目から見て、そう理解させられるそんな腕だった。

 剣を振るうが故に、鬼瓦の腕も女性とはいえ相当に鍛え上げられている。それこそ、筋肉の固さだ。

 だが、目の前の男は違う。鍛えただとか、そんなレベルではない。

 

「まあ、なんだ……一応の加減はしてやるが、死ぬなよ?」

 

 言うなり、寧々里はその右拳を握った。

 武術において、余分な力みというのは敬遠されるものなのだがそんな事知ったことかと言わんばかりに、ギュウギュウギチギチ締めに締められる。

 同時に、彼は右足を引いて半身の姿勢となると握る拳を後方に置いて、まるでボールでも投げるかのような構えを見せた。

 大振りだとか、そんな生易しいものではない。野球ならば、球種を指定し、なおかつ投げるコースまで堂々と宣言しているようなものだ。

 侮辱行為とみられても致し方ない行動に、しかし鬼瓦は警戒を滲ませていた。

 隙だらけだ。それこそ、切りかかろうと思えば切りかかれるし、無防備なわき腹を突く事も出来るだろう。

 だが、それら選択肢を許さない。そんな威圧感が今の寧々里からは発せられていた。

 自然、鬼瓦はカウンターを選択する。

 モーションが丸分かりであるということは、そのまま隙を大きく晒していると同じ事。そこに一撃を叩き込めばいい。

 鬼瓦の剣は刃挽きされてはいるものの、極論刀は鉄の棒だ。彼女の技量があればネクタイ程度ならば斬る事は可能であるし、打ち据えればそれだけでもダメージを与えるには十分。

 しかし、彼女は一つ勘違いをしている。

 なぜ寧々里は、上着であるブレザーとネクタイを外したのか。

 動きにくかったから?確かに、余裕のあるシャツに比べれば、その動きにくさには差があるだろう。しかしそれだけではない。

 もしも、寧々里がこの場でパンツ一丁になったならばよく分かったかもしれない。それでも、注視すれば服の上からでもその()()は観測できるかもしれないが。

 靴越しに、指先がコンクリートの屋上の床を掴む。靴の中で、足の甲の筋肉が不自然に盛り上がり、連動して脹脛、太もも、と筋肉が動く。

 そして、力は解き放たれた。

 

「なっ!?」(速い!)

 

 距離にして数メートル。それが二人の間に横たわっていた距離だが、寧々里はそれを一歩で踏み潰す。

 一瞬で目の前へと現れた相手を前に、鬼瓦の体は咄嗟に迎撃ではなく回避を選択していた。

 転がるようにしてその場を離れ、間髪入れずに彼女の顔があった位置を剛腕が通り抜けていく。その光景だけでも冷汗が頬を伝うような圧があった。

 

「良い目をしてるじゃねぇか。そら、続けんぞ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて拳を握りなおした寧々里は、襲い掛かる。

 その動きは、ひたすらに相手を殴ることにのみ終始し続けた、野蛮という他ない獣じみた暴力の化身のようなもの。

 後ろへと下がりながら、鬼瓦は冷や汗が止まらない。

 

(暴力その物だ……!自分たちの武とは根本的に違う!生来の身体能力をそのまま発揮している!)

 

 恐ろしいなどというレベルではない。本来ならばただの喧嘩の域を出ないであろう動きが、驚異的な身体能力によって無理やりその水準を引き上げられている。そんな感じ。

 破綻しそうなものだが、出鱈目な動きだろうと成立させる破壊力もある。現に今も、振り下ろされた拳が、コンクリートの床の一部を粉砕していた。

 とはいえ、このまま逃げ回ってもどうしようもない。鬼瓦は、反撃へと転ずる。

 

「あ……うんんん!」

 

 振り下ろしと同時に、独特な呼吸法。

 阿吽の呼吸。相性やコンビネーションのほうではなく、一種の努力呼吸に該当するものでこれによって腕の力などのみならず、内筋などの鍛錬並びに力を引き出すこともできるようになる。

 武術における呼吸というのは、隙だ。力を発揮するための燃料であると同時に、一打で形勢をひっくり返されかねない諸刃の剣。

 彼女の努力呼吸は、その隙を限りなく無くすと同時に馬力を発揮する。

 もっとも、

 

「ぬんっ!」

「ッ!」(拳で、白刃取りだと……!?)

 

 相手の馬力はそれ以上だが。

 寧々里は、特段動体視力に優れているわけではない。筋力が並外れているが、それ以外は鍛えた人間と大差なく、天性の部分はない。

 代わりに、彼には経験があった。それから記憶力も。

 振り下ろしの間合い、タイミング、それらが計れれば後は体を順応させるだけ。

 刀の腹を拳で左右から挟むように止める寧々里。そこから派生させて、放つのは左の腰を回さない回し蹴りだ。

 

「ぐっ……!」

 

 直撃を受けることになった鬼瓦は、あまりの衝撃に一瞬だが呼吸が詰まるのを自覚する。

 そのまま、白刃取りも外されてその体は少し離れた位置まで蹴り飛ばされ、彼女は着地と同時に膝をつく。

 

「ッ、手加減、か……」

「そりゃあ、当たり前だろう。本気で蹴ったら、肋骨砕いて、内臓潰してるぞ」

「そう、か……ッ、ぐっ」

 

 呻きながらも立ち上がり、鬼瓦は改めて目の前の男に対する評価を下す。

 怪力であることは、確か。そしてその上で、細かな力加減を可能としており、純粋な暴力がすでに手の付けられない領域にある。

 

「……一筋縄では、いかないか」

「お、なんだ。まだやる気か?まあ、俺は構わねぇけどな」

 

 両手を広げて、迎え入れるような体勢の寧々里に、今度は鬼瓦のほうから仕掛けてくる。

 刃を利き手側に向け、刀を寝かせて放つ平突き。土方歳三が考案したともいわれるこの突きは、通常の突きと違い二の太刀も意識させる技だ。

 左右に躱しても、寝かせた刃が横薙ぎに変化させることが可能。躱さなくても、それならばそのまま貫くのみ。

 ペーパーナイフであろうとも人体には容易に突き刺さる。刃挽きされていようとも、刀ならば猶更だ。

 だが、

 

「――――鈍らじゃあ、刺さらねぇな」

 

 刀から伝わるのは、固い弾力。シャツ越しに、腹筋を押す切っ先はしかしそれ以上進む気配はない。

 

「……どういう事だ?」

「まあ、体質だ。つっても、刃物に耐性があるとかそんな事じゃねぇ。俺の体は、特別性。それだけだ」

「特別?」

「んー、まあ特異体質って奴さ。俺の場合は、筋肉が異常に発達し続けるっていう代物で……まあ、なんだ。筋肉が筋肉を互いに締め付けあって、結果的にこんな細身だが緊密度は常人の何倍もあるって感じな」

 

 寧々里理光の体は、異形である。

 通常、トレーニングなどで筋肉に負荷をかけるとその筋繊維が切れ、その切れた繊維が栄養と休養で回復し、その回復に際して少し太くなるため結果的に筋肉は大きく育っていく。

 だが寧々里は違う。彼の場合は、生まれつき筋肉が発達し続けるという異常を来していた。

 自動的に太く強靭になろうとする筋繊維は、しかし他の筋繊維の膨張にも押され互いが互いに圧迫しあい、結果として太くなればなるほど圧縮されていった。

 そして、今の寧々里の体となっている。細身ながらも、それは上辺だけ。その本質は圧縮されまくった筋肉の塊だ。

 

「小せぇ時には苦労したぜ。ただ、そっち関連のお医者に色々とトレーニング考えてもらってな。今の俺はこうして立ってる」

「……」

「斬るってんなら、真剣持ってこい。それじゃ斬れねぇよ」

 

 それは、驕りでもなんでもなく純然たる事実。彼はペーパーナイフでは殺されない。 

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