怪力無類と壊れの双子 作:カリラシ
その放送を、寧々里は登校の途中で聞いていた。
「なんだ?オリンピックのパチモンか?」
「蕨ちゃんの催し物だよ~」
首を傾げる彼の隣に、いつの間にか現れた眠目が補足をしてくる。謎が深まっただけだが。
「蕨?」
「そ、蕨ちゃん。五剣の一人で、熊飼ってるの」
「熊ァ?……で、この催しか。頭おかしんじゃねぇのか、この学園」
「まあ、学生自治の特権だよねぇ~」
軽い眠目と寧々里ではあるが、しかし周りはそうもいかない。
自然と二人の前には道が開き、その先に通じるのはグラウンドだ。
「眠目もついてくるのか?」
「さとりちゃんは見学だよ~。久しぶりに、リコちゃんの化物っぷりが見られるかなって」
「ヒデェ言い草だな……でも、そこまで激しい事になるのか?」
「それは、蕨ちゃん次第かなぁ」
どこを見ているのかも分からない、そしていつも浮かべた仮面のような笑みの幼馴染を尻目に、寧々里は頭を掻く。
周りを流し見れば、ヒソヒソと何やら内緒話。特段耳が良い訳では無い彼には聞き取れないが、しかし彼女らの浮かべる表情を見ればこれから何をやらされるのかある程度予想は付くというもの。
問題は、その内容だ。
「前には、バケツリレー大会」
「バケツリレー?あの、火事とかの時にやる、アレか?」
「そーそー。で、矯正の相手に火のついた薪を背負わせてさ、その後をガソリン入れたバケツで追いかけ回したんだ~」
「……いや、バッカじゃねぇの?馬鹿だろ、何考えてるんだ」
「え~?校舎壊して、こっちに来たリコちゃんも五十歩百歩じゃないかな~」
「アレは……色々あんだよ。それより、まさか似たようなことさせるんじゃないだろうな?リアルカチカチ山なんて、洒落にならないぞ」
「その心配はいらぬぞ!」
げんなりする寧々里の言葉を遮った甲高い声。
グラウンドを背に、尊大に腕を組んで胸を張る金髪の少女。傍から見れば、上背などからも判断すれば年下にしか見えない。
「……小学生か?」
「ひょっひょっひょっ!生意気な
「蕨ちゃんは、ボクらより年上だよ~?」
「マジか……いや、おめぇも年上を“ちゃん付け”してんじゃねぇよ。分からねぇって」
「ほほう?情報の通りじゃの。そちとさとり姫は何とも懇ろな仲だとか」
「誰がだ」
ニヤニヤと内心を隠す笑みを浮かべる花酒に、寧々里は吐き捨てる。
眠目は確かに容姿の優れた美少女と言っても差し支えないのだろう。それこそ、世の男ならば惹かれても仕方がないほどに。
しかし、寧々里にとってみれば、彼女は
彼の隣に並ぶ眠目はというと、常に浮かべた内心を読ませない張り付けた笑み。目が笑っていないのもいつも通り過ぎて、分からない。
花酒は目を細める。
「……まあ、よいよい。妾としても、そちにしか用事は無いのでな」
「ワラビンピック、だったか?スポーツ大会でもするってのか?」
「ひょっひょっひょっ、まあそう急くでない。それと、選手はそち一人よ」
「俺か?……ああ、矯正の続きな」
「さよう。カモンッ!猿渡!」
カッスカスの指パッチンと共に花酒が叫べば、呼応するように重く響くエンジン音がグラウンドに木霊する。
見れば、グラウンドに鎮座するのは一台のトレーラー。ただし、多分な改造が加えられ、もはや牽引車としての機能は果たせないであろう状態。
それが今、唸り声を上げるように黒煙を吐き出していた。
「……アレは?」
「そちの対戦相手ぞ」
「車じゃねぇか。それも、ガッツリ改造された改造車。ここまでの爆音なんざ、早々聞かないぞ」
げんなりとしている寧々里だが、そんな事は花酒には関係ない。
付き人のように現れたクラスメイトからマイクを受け取り、ハウリングを一つ。
『さあ!早速第一種目と行こうではないか!』
テンションを上げる花酒に反比例するように、周りは緊張によって静まりかえる。
『これより行われるのは、【トラック?ドラッグ?400メートル走】じゃ!』
宣言する花酒に呼応するように、一際トラックのエンジンがうなりを上げる。
一方で、寧々里は眉を顰める。
「四百メートル走てことは、アレで走るのか?」
「いや?ソレはちと正しくないのう。そちは、ドラッグレースを知っておるか?」
「あー……車で直線を走る奴だろ?」
「さよう。これより、そちには直線で四百メートルを駆け抜けてもらう。そして、」
一度言葉を切り、花酒が指し示すのは改造トラック。
「あの、モンスタードラッグキョーボー3号より逃げ切ってもらう」
「……つまり、人対改造車の、ドラッグレースって事か」
「さようじゃ。因みに、アレはうちのメカニックである猿渡の手で限界までチューンされておる。燃費は最悪じゃが、時速600キロまで出せるぞ」
「馬鹿じゃねぇの?」
寧々里の目が死んだ。何というか、権力持たせちゃいけない奴に権力持たせるとこうなる、というお手本を示された気分になっていた。
因みに、ドラッグレースにはゼロヨンと呼ばれるものがあり、コレは0mから四百メートルまでのレース。更に、ドラッグレースのドラッグは、薬ではなく引き摺る方のドラッグ。
とはいえ、逃げられないことは明白。というか、ここで逃げ出せば周りからのやっかみやらちょっかいが増えるのは確実だろう。
(態々イベントにするのも、相手の心を折るため、か。逃げ出せば臆病者、負ければ敗北者。そして、競技者には勝つ確率が限りなく低い競技揃い。イイ性格だよ、マジで)
当人間だけでなく、周りも巻き込んでのイベントにしてしまうのはリスクもあるが相手を追い詰めるにはかなり有効な手段だったりする。
一応の名目として、ワラビンピックは体育の授業。そして、高校の授業で体育となれば着替えるのが道理というもの。
「……はぁあ……めんどくせぇな」
ジャージに着替え、上は体操服となった寧々里。
そして、その彼の姿に別の歓声が上がった。
(ふむ……正しく、異形。鬼姫が負けたという話も頷けるというものか)
内心は冷静でありながら、花酒の頬を一筋の冷たい汗が伝う。
制服に隠れた腕などが、半袖の体操服で露になった。その腕が、正に異形。
人間の皮膚の質感を残しながらも、何故か傍から見れば“鋼”という感想を抱く。それほどまでに、皮膚の下にこれでも詰め込まれた筋肉。
加えて、薄着ともいえる体操服は少し大きめであるにもかかわらず、筋肉にさらに広げられうっすらとだがその布地に筋肉の陰影を浮かび上がらせていた。
「で?詳しいルールとかは無いのか?」
「それを聞くという事は、つまりやる気になった、という事で良いな?」
「やらなきゃ、終わらねぇんだろうが……で、ルールは」
「ふむ、といってもそれ程難しいことは無い。そちは400メートルを逃げ切る。より正確に言うのなら、
「へぇー……」
意味深に頷きながら、寧々里はジッとドラッグマシンと化しているトレーラーを見る。
「俺って、走るのは苦手なんだがな……」
そんな呟きは、誰にも拾われることは無い。
流されるままにスタート位置へと連れて行かれ、寧々里の背後では黒煙を吐き出すトレーラーがグリップ力の為に車輪を回して、バーンアウトを行う。
「それでは、始めるぞよ。開始5秒前じゃ!」
メガホン越しに花酒が叫び、寧々里は身を沈める。
クラウチングスタート。恐るべきはその両足の爪先が、半ば地面に突き刺して埋めている点か。
これは、ストッパー。こうでもしないと、彼の脚力によるスタートダッシュが出来ないのだ。
『5!……4!……3!……2!……1!』
筋肉が盛り上がる。
『スタートォッ!!!』
瞬間、炸裂。勢いよく土を巻き上げグラウンドを抉って、寧々里は駆け出した。
ここで、情報を一つ補足しよう。
ゼロヨンはドラッグレースの一つだが、ノーマルの普通車でも行われている。
そのタイムは、凡そ17秒から18秒ほど。そして、ドラッグスターとなった場合の最速は5秒台とされている
一方で、400メートル走の世界記録は43秒ほどとされている。
(まあ、無理だわな)
本気で撥ねるつもりはない事は寧々里も分かっているが、それでも苦笑いは隠せない。
如何に最高のスタートダッシュを決めようとも、100メートルもしないところで追いつかれるのは明らか。
だからこそ、最初から寧々里は
走る事に必要のない余分な力み。今、彼の右拳は硬く固く握りしめられている。
計るのは、タイミング。
そして、悲鳴が上がった。
「何じゃと……!?」
観戦の体勢を崩して、花酒は立ち上がる。彼女の付き人面々も同じく焦ったような表情を浮かべていた。
なんと寧々里、猛烈なダッシュを無理矢理ブレーキで地面を滑りながら止めてしまったのだから。
その滑りながら、彼は体を反時計回りに反転させていく。当然ながら、安全装置があっても突然止まる事が出来ない改造トレーラーが迫る。
ここで、寧々里の立ち位置だが、彼はトレーラーから見て左寄りに走っていた。もしもの時の退避のために、逃げにくい真ん中よりも両端のどちらかに寄るのは間違いではない。その辺りは、花酒達も突っ込まなかった。
そして、突然止まりながら反転していく寧々里は、自然とトレーラーの進路より僅かに外れるようにコースの外へと飛び出ていた。
「オオオオオッッッ!!!!!!!」
咆哮。大排気量のエンジンにも負ける事のない大声と共に、脇に逸れ回転によって勢いを付けた寧々里の右拳がトレーラーの左側面へと勢いよく叩き付けられた。
ドラッグスターは、そのレースの特性上、軽量化を図ってある。大排気量のエンジンを積もうとも、車重を支える為に余分に力を分散させないためだ。
キョーボー3号もトレーラーではあるが、例に漏れず軽量化を施してあった。だからこそ、その巨体に似合わない速度を発揮する事が出来る。
その横っ面を、寧々里は本気で殴り飛ばした。
彼は、素手で鉄筋コンクリートを破壊する。それが出来るだけの肉体を持った、文字通りの化物だ。
だがしかし、そのこう圧縮された筋肉と、その筋肉に負ける事のない骨格を持つが故に、彼は頗る燃費が悪い。だからこそ、痩せの大食いのように大食漢であるし、長距離走などは直ぐにバテて、筋肉が鉛のような重しとなってしまう。
最初から、寧々里はこうやって終わらせるつもりだった。
数トンともいえる鉄の塊であるトレーラーが、僅かに浮かび、そうして横倒しに派手に倒れる。
静まりかえる学園。その中で、寧々里は悠々と歩を進め、そして400メートルのゴールラインを踏み越えた。
「これで、俺の勝ち。別に不正はしてないんだ、物言いも無いだろ?それとも、別の勝負をやるか?」
静かに問う、その言葉。
そして、怪物は、不可侵の存在へと昇華する事になる。