彼女にそこまで慕われるのは果たして良い事なのかどうなのか、少し気になる今日この頃です。
私の名前はシンボリルドルフ。このトレセン学園の生徒会長である。トレセン学園の中で初めての無敗三冠でもある私は皆の模範となるために日々行動しなければならない。
その為、今日の私は遺憾ながらトレーナー君とのミーティングルームに生徒会の仕事を持ち込んでしまっている。本来ならば生徒会と自分のレース関連とは分けて行いたいのだが、今日はトレーナー君も片付けなければいけない書類仕事がある為、それに甘えさせてもらっている次第だ。
「うーん……うーーん……」
そのトレーナー君だが、今は書類と睨めっこしながら唸っている。今日はどうしてもやらなければいけない仕事があるとの事で、こうして共に仕事をしているわけだが……、ふふ、見慣れたはずのミーティングルームがなんとなく新鮮さを感じるよ。これなら、また機会があればこんなことをするのも良いのかもしれない。
と、そんな事を考えている間にこちらの書類仕事は大体終わってしまった。再び視線を向けた先ではトレーナー君がまだまだ書類と睨めっこをしているが……もう時間も良い感じに進んでいるし、そろそろ一息をつくべきだろう。
「トレーナー君、そろそろ一度休憩にしないか? これ以上仕事を続けても効率が落ちるばかりだろう」
「ん? あー……そうする……か」
私が声をかけると、トレーナー君は時計を確認し、それから大きく伸びをした。すると、彼の関節が鳴る音が聞こえてきた。
「どうやらお疲れのようだね、それだけ重要な書類なのかな?」
「あー、まぁな。仕方ないとはいえ、面倒なんだよなぁ……」
そう言ってトレーナー君は席を立ち、お茶を二つ淹れると、一つを私の前においてくれた。ありがたく受け取り、一口飲み、私も緊張を解く。
「ふぅ……しかし、お互いこうも仕事は忙しいというのはいささか不健全と言うべきかな。トレーナー君、書類の方は進んでいるのかな?」
「あー……うん、内容自体は難しい事じゃないから終わらせるのは問題ないんだよ。ちょっと困った内容だけどな……」
ふむ、一体どんな内容なのか……少し気になるが、今は置いといても良いだろう。それよりも……だ。
「トレーナー君、今日は久しぶりに耳かきをしてあげたいのだが、大丈夫だな」
「え? ちょ、俺に否定権は?」
「否定権をあげたら君は遠慮するだろう? それとも、そんなに私の膝枕は嫌いなのかな?」
私が自分の膝をポンポンと叩くと、トレーナー君は黙って首を横に振った。
「そう言うわけじゃないんだが……うっかり寝ちゃうかもしれないだろ? 仕事が終わってるわけでもないし……」
「何、一眠りした後のほうが効率が良いかもしれないじゃないか。大丈夫、寝落ちしてもちゃんと起こそうじゃないか」
そう言うと、彼は諦めた様子で私の膝に頭を置いてくれたので、私はトレーナー君の頭を撫でながら、まずは耳の観察をする。ふむ、さして汚れている様子はないな。
「さぁ、マッサージをしていこうじゃないか。ギュッギュッ……グリグリ……ふふ、トレーナー君の耳を揉むのは楽しいな」
人の耳はウマ娘のよりも小さい。だが、やはり成人男性であるトレーナー君の耳は相応の大きさであり、私の手で包み込み、指でツボを押して行くと、トレーナー君の体温がしっかりと伝わってくる。
「グリグリ……グリグリ……トレーナー君、力加減はこんな物かな?」
「ああ、大丈夫……マッサージも上手だよな、ルドルフは」
「君の為に練習したからね。気持ち良いなら練習した甲斐があるという物さ」
トレーナー君の言葉に気が良くなってしまい、そのまましばらく耳を揉んでいっていたが……うん、ちょっとやりすぎたかな。反省しなくては。
「……さて、少しやりすぎてしまったが、大体こんなものだろう。中の掃除をしていこう」
「……ちょっと痛いなぁと思ったのは気のせいじゃなかったんだな」
「トレーナー君が私の気が散るような事を言ったのが悪いという事にしてくれるかな。さぁ、掃除に取り掛かろうじゃないか」
話題を強引に掃除の方に切り替えて耳かきでトレーナー君の耳の外側を掃除していく。
「ザリザリ……ゾリ……と言うよりはグジュッと言った擬音が似合いそうだね」
「……そんなオノマトペは嫌だから普通のでお願いします」
汗を吸って湿っている耳の粉は圧力を加えるとグジュッと言った感じで音を発する。乾いた音のオノマトペは相応しくないのだが、トレーナ君が言うのでは仕方がないな。
「カリカリカリ……サリサリサリ……これでどうかな?」
「ああ、そっちの方が良いよ……」
ふむ、トレーナー君は満足そうな表情だし、これで良いのだろう。さて、汗が渇いてしまう前に耳の中の掃除をしていこう。
「それじゃぁ、このまま中の掃除をしていくよ。痛かったら言ってくれるかな」
さて、トレーナー君の耳の中は……と。うん、これなら順調にとっていけそうだな。
「ガリガリ……ベリベリ……トレーナー君の耳掃除をしている時の表情、私は好きだな。ずっと見ていたくなるよ」
「それは恥ずかしいから、止めてくれ」
私達の仲なのだからそんな恥ずかしがらなくて良いと思うのだがな。ああ、私ももっと隙を見せるべきなのかもしれないな。
「そんなツレない事を言わないで欲しいな。ほら、ここが弱いんだろ? ここをこう、カリカリカリ……カリカリカリ……」
「ちょ、まじ……マジで止めてくれ」
以前やった時にトレーナー君の反応が良かったところを掻いていくと、トレーナー君は目を瞑って、耐える姿勢を見せてきた。ふむ、やりすぎては流石に怒られるかな。
「わかった。そこまで言うなら我慢して普通の掃除をしていこう」
「本当、頼むぞ……」
残念だが致し方あるまい。カリカリカリ……と普通に耳垢を掻いて行って……ああ、アッサリと取れてしまったな。困ったな、もうそんなに汚れもなさそうだが……後、目ぼしいのはあの大きいのぐらいかな?
「カリカリカリ……カリカリカリ……表面を擦っていって……剥がれてきた部分から匙を差し込んで……ガリ……ガリ……」
「む……あ、そこ……そこそこ……」
トレーナー君がおねだりしてくる姿と言うのもオツな物だが……ああ、もうちょっとで取れてしまいそうだ。
「ガリガリ……ベリッ……ベリッ……ふぅ、ちゃんと取れたぞトレーナー君。ほら、以前と似たような茶色く変色した耳垢だ」
「おお……またそんなのが出てきたのか……」
固い耳垢をティッシュの上に捨ててから耳の中を丹念に覗いていくが……うん、やはりさっきので最後だ。
「ふぅ……こちら側はもう終わってしまったか。残念だな」
「早く終わるなら良い事だと思うんだが……ふぁ……」
ふむ。欠伸が出てるという事は疲れが溜まっているのかな? それならやはり昼寝までやるべきだろう。まぁそれはそれとしてと。
「ふ~……ふ~……」
「おおう!?」
ふふ。油断大敵だよトレーナー君。普段しっかりしている君の驚いている表情はもっと見たいから、もう少しやってもバチは当たらないだろう。
「ふ~……ふ~……」
「ちょ、ルドルフ! 止め……止めてくれ! 降参だ降参!」
おっと、ちょっとやりすぎたかな。ジタバタしてるトレーナー君を押さえつけながらだが、謝らなければ。
「すまないトレーナー君。調子に乗りすぎたね。誠心誠意謝罪するから、許してほしい」
「いや、怒ってはないから。でも、ルドルフに抑え込まれたら俺には抵抗できないんだから、やりすぎは勘弁してくれ」
ああ、トレーナー君を困らせてしまったな。反省しなければ。
「次は気を付けよう。さぁ、まだ反対側が残っている。ちょっと失礼するよ」
トレーナー君の体をひっくり返し、反対側の耳のマッサージをしていく。うむ、少々凝っているようだな。やりすぎないように、それでいて十分マッサージをしなければな。
「モミモミ……ギュッギュッ……グリグリ……」
「ふぅ……はぁー……」
トレーナー君の耳を揉んでいき、トレーナー君の安堵の吐息に満足感を覚える。
「耳の外側をゴソゴソ……カリカリ……ズリズリ……湿った粉を掻き取っていき、見苦しくないようにしなければな」
「いや……そんなに粉で汚れているのか? 俺自身そんな自覚はないが」
「目が良い娘なら十分気づいてしまうよ。気を付けたまえ」
そうやって粉を掃除していって、そのまま耳の中を掃除していく。
「カリカリカリ♪ カリカリカリ♪ どうかなトレーナ君。このオノマトペなら気持ち良いだろう?」
「ああ……こっちのほうが心地良いよ。これだけで眠くなりそうだ……」
ふふ、そうか。これだけで眠くなるというのなら、子守歌代わりにしてみようかな。
「ふ~……ふ~……」
「お……ふぅ……」
最後に息を吹きかけて……さて、これで耳かきは終了だな、と。
「さぁトレーナー君。耳かきは終わったよ。スッキリしたかい?」
「ああ……スッキリして気分が良いよ……で、これは昼寝しないといけない流れなのか?」
「うん、その通りだ。大丈夫、寝るまでずっと囁いてあげようじゃないか。それに、まぁ30分も寝たらちゃんと起こすから、寝すぎる事はない。心配しないでほしい」
そう告げて、私はトレーナー君の耳元でずっとカリカリカリ♪ ……カリカリカリ……♪ と囁き告げていると、トレーナー君の目がトロンとしていき、そのまま寝息を立て始めた。
「……さて、と」
寝息を立ててからしばらく経過してから、私はトレーナー君をそっと下ろして彼が唸っていた書類の中身を確認する。彼があれだけ頭を悩ませていたとは、一体どんな内容が……。
「チーム創設……?」
書類の内容を確認すると、それは学園からチームを創設して欲しいという要請であった。なるほど……確かに私が無敗三冠を為した以上、彼の指導力を有効利用するためにチーム創設の話が出るのは至極当然の話か。
「なるほど……ふむ。これを拒否するわけにはいかないな。トレーナー君を独占するのはウマ娘の為にはならない……が」
私は書類を戻し、再びトレーナー君を私の膝の上に頭を置く。そして、そのまま彼の頭を撫でながら囁いた。
「経験は多い方が良い。私の海外遠征が終わってからでも遅くは無いだろう。学園側にはそう言う風に言っておこう……特に今はアメリカにもフランスにも手強いウマ娘が居るんだ……そうしてくれるよね、トレーナー君」