トレセン学園の生徒会室。数千に及ぶ人達が過ごすこの学園では毎日多くの出来事が起き、それに対応するために生徒会には強力な権限が与えられる。
そんな生徒会を取り纏めているのは、史上初の無敗三冠にして七冠の勝者である名家シンボリ家の御令嬢、シンボリルドルフである。レースの実力だけでなく、勉学も優秀であり、カリスマもあるルドルフ程生徒会会長に相応しいウマ娘は居ないだろう。
勿論彼女一人で全てを賄うことなどできず、生徒会には何人ものウマ娘が所属している。だが、直接ルドルフを支えるであろう副生徒会長にはルドルフに劣るとも、高いレース成績を持つ者が自然と就いた。
その内の一人であるエアグルーヴ。今日も彼女はルドルフと共に生徒会室にて仕事をこなしていた。非凡なるウマ娘である彼女は副生徒会長の地位に相応しい仕事ぶりを発揮する。机に積まれている書類を、ある時は無表情に、ある時は眉間に皺を寄せながら処理していく。
そんな彼女がふと横目をルドルフに向ける。視線の先ではルドルフがエアグルーヴよりも多い書類を彼女より早いスピードで処理していっている。
(ああ、やはり会長は素晴らしいな)
エアグルーヴはルドルフの事を尊敬している。一人のウマ娘として、同性として、彼女はルドルフの事を強く尊敬している。それゆえこうして一緒に仕事ができるだけでも彼女にとっては十分実のある事なのだ。
(これであのダジャレがなければな……)
唯一彼女が困る部分があるとすれば、ルドルフのダジャレであった。彼女の感性では理解できないあのダジャレには反応ができない。だが、反応ができない事に対してルドルフが寂しそうな顔をするのが非常に心苦しかった。
「ん……? エアグルーヴ、どうかしたかな?」
「あ……いえ、何でもありません」
そんな視線に気づいたルドルフが声をかけてくる。それを聞いて慌てて視線を逸らすエアグルーヴ。そんな彼女の様子を見たルドルフはふと何かを思いつき、ペンを机に置いた。
「ふむ……どうやら集中力が切れてきているようだな。もうこんな時間か……いったん休憩にしようじゃないか。少しお茶を入れてこよう」
そう言うとルドルフは席を立ってお茶の用意をしにいく。それを見て慌てて止めようとするが、ルドルフが気にせずにお茶を用意しに行くのを見て、エアグルーヴは内心でため息を吐いた。
(ああ、会長の手を煩わせてしまった……)
尊敬するルドルフに無用な手間をかけさせてしまったと後悔するエアグルーヴ。その後にルドルフが淹れたお茶を口にしながらも、耳が垂れさがってしまう。それを見たルドルフは、お茶を全て飲み干すと、引き出しの中から耳かきを取り出した。
「エアグルーヴ、少しいいかな?」
「え? あ、は、はい。どうしまし……会長?」
気落ちしていたエアグルーヴが顔を上げると、そこではルドルフがソファーに座り、手招きする姿があった。
「少しこちらに来てくれないか? エアグルーヴ」
「え? 会長? 一体何を……」
「エアグルーヴ。来てくれないか?」
再び声をかけられ、エアグルーヴは首を傾げながらもルドルフの元に向かう。すると、ルドルフはエアグルーヴの手を取り、そのまま引っ張る。突然の事に体勢を崩すエアグルーブの体を受け止め、そのままソファに寝かせて彼女の頭を自分の膝に載せる。
「か、会長!? これはいったい……!」
「なに、エアグルーヴが疲れているようだからな。普段から世話になっている身としては、たまにはエアグルーヴの為になる事をしてやりたくてなった。このまま大人しくしていてくれるかな」
「か、会長……?」
エアグルーブの視界に広がるルドルフの顔。それに困惑する彼女の頭をルドルフが撫でる。
「疲れが溜まっているならこうして横になるのが一番だ。全身マッサージができれば良いんだが、あいにくその辺りの知識には自信が無くてね。だから、耳かきで代用しようと思う。少しの間、ジッとしていてくれるかな」
「か、会長。いえ、そんな、会長の手を煩わせるなど……!」
「私がしてあげたいんだ。ダメかな、エアグルーヴ」
そう言われては反論もできず、エアグルーヴはしばし迷ったのちに。
「お……お願いします……」
顔を赤くしながらそう答えたエアグルーヴに、ルドルフは柔らかく微笑み、耳かきを始めた。
「エアグルーヴは耳も綺麗だな。手入れも行き届いてるからあまり汚れを掃除するという感じもない……となると、マッサージを中心に行うのが妥当かな」
そう言うと、ルドルフはまずエアグルーヴの耳に指を這わせていき、指先に感じる筋肉の凝りを探っていく。そしていくつかの部分に気づき、そこに指を押し当てた。
「ここかな。それにここも……モミモミ……ギュッギュッギュッ……」
グリグリ……モミモミ……
ギュッギュッ……グー……
「ん……あ……♡」
凝りにしっかりと指を置き、指圧で凝りを解していく。解される筋肉から滞っていた血液が流れていき、エアグルーヴの耳の温度を上げていき、仄かに赤く染めていく。
「やはりレースの練習が耳へのストレスになるのだろう。こうしてモミモミと……」
「あ……会長、そこは……!」
「大丈夫だ。信じてくれ」
一際凝っている部分が揉まれ、エアグルーヴから思わず声が上がる。だが、ルドルフはエアグルーヴに優しく声を掛けながらマッサージを続けていく。
「さて……やりすぎも良くないし、ここで終わりとしよう。どうだったかな?」
「ん……♡ 気持ち良かったです……会長」
「それは良かった。では、程よく汚れも浮いてきたことだし、耳掃除を始めようじゃないか」
マッサージによって熱を帯び、汗を流したエアグルーヴの耳には、汗によって湿り、目立つようになった汚れが見受けられる。ルドルフはそれを一つずつ、丁寧に掃除し始めた。
カリカリカリ……カリカリカリ……
サリサリサリ……ズゾゾ……
「ふむ、やはりエアグルーヴはちゃんと耳を手入れしているな。そんなに汚れてはないが……まぁ、見える範囲だけでも取っておこうか」
「は……はぃ……」
カリカリカリ♡ カリカリカリ♡
サリサリサリ♡ サリサリサリ♡
暫くの間、耳の外側の掃除をしながら囁き続けるルドルフ。その声の刺激にエアグルーヴは耳掃除による熱以上の体温の上昇を感じ、顔を赤くしてしまう。
「カリカリカリ♡ うん、外側はこれぐらいにしておこう。それでは次は中の掃除だ。動かないでいてくれるかな」
「わ……わかりました」
一度耳かきの汚れがティッシュで拭き取られ、今度は耳の中に耳かきが差し込まれていく。ウマの耳は非常に敏感であるが、それを手放しで掃除される事を許可する辺り、エアグルーヴのルドルフへの深い信頼感を伺う事ができる。
カリカリカリ……ガリガリガリ……
ズゾゾ……ベリリ……
「ふむ、やはり耳の中は少し汚れが溜まっているようだ。ちょうどよい機会だし、掃除していこうじゃないか」
そう言うと、ルドルフはエアグルーヴの耳に顔を近づけ、掃除に集中する。顔が近づき、吐息を感じるようになったエアグルーヴの顔に更に赤みが走る。
「カリカリカリ♡ カリカリカリ♡」
「か、会長……! そんなに囁かれると……!」
「そんなに気にしないでくれ、ちょっとした口癖なだけだ」
そうして耳元で囁かれながら続けられる耳かき。尊敬する相手との普段よりも近いこの距離にエアグルーヴの顔はどんどん赤くなっていく。だが幸いなことに、耳かきの時間はそんなにかからず、程なくして耳かきが引き抜かれた。
「うん、これで大体の汚れは取れたよ。それじゃぁ最後に……ふ~……ふ~……」
「ひょわ!?」
耳かきが抜かれて気が抜けていたエアグルーヴの耳に息が吹きかけられ、彼女の口から驚きの声が上がる。
「かかか……会長!?」
「ふふ、すまない。ついお約束のつもりだったんだが……そんな可愛い姿を見せられるとはな」
エアグルーヴの姿にルドルフは思わず笑みを浮かべてしまう。それに顔を赤くするエアグルーヴだが、ルドルフは彼女の頭を撫でながら話しかける。
「すまない、悪気があったわけじゃないんだ。さぁ、まだ反対側が残っているから、そこの掃除をさせてくれないか」
「……わかりました」
ルドルフに促され、エアグルーヴは深く呼吸し、心を落ち着かせる。その時にルドルフの匂いを感じてしまうが、なんとか気にしないように努める。
「まずは最初と同じように、念入りにマッサージをしていって……」
モミモミ……グリグリ……
ギュッギュッ……グー……
「ん……はぁ……♡ か、会長……そこ……良いです……」
耳の凝りが解されていき、エアグルーヴの耳からため息に似た吐息が漏れていく。
「汗で浮き上がった汚れをカリカリカリ♡……サリサリサリ♡……」
カリカリカリ……サリサリサリ……
ズゾゾ……ズズズ……
「ん……んん……♡」
浮き上がった汚れを掻き取り、纏め、捨てていく。敏感な耳を掻かれ、エアグルーヴは声を抑える。
「そして耳の中の掃除だ。ふむ、そこそこの汚れだな。無理せずともちゃんと取れそうだ」
ガリガリガリ……カリカリカリ……
ゴリ……ゾリ……ズズズ……
「ッ……あ、大丈夫です。続けてください」
耳垢が剥がされた時の痛みにエアグルーヴの眉間に少し皺が寄り、ルドルフの手が一瞬止まるが、エアグルーヴに促され耳かきを続ける。
「最後は……ふ~……ふ~……」
「うッ……ふぅ……」
最後の息の吹きかけが掃除された耳の中を通り、エアグルーヴの体を揺らす。
「さて、と。これで完了だ。痛くなかったかな?」
「はい、気持ち良かったで……ふぁ……し、失礼しました」
話す途中でエアグルーヴの口から欠伸が漏れる。慌てて謝るエアグルーヴだが、ルドルフは優しく笑みを浮かべながら彼女の頭を撫でた。
「ちょうど良い、このまま寝たらどうかな? 普段の業務で疲れも溜まっているだろう?」
「そ、そんな! 流石にそこまでは!」
慌てて起き上がろうとするエアグルーブを優しく押し留め、ルドルフは言葉を続ける。
「エアグルーヴ、無理は良くない。欠伸が出るのはそれだけ眠いという事だ。もし何かあればちゃんと起こすから、今はゆっくり休んで欲しい……ダメかな?」
ルドルフの言葉にエアグルーヴは反論しようとするも、ルドルフの表情に言葉を紡ぎ……やがて諦めたのか、おとなしく目を閉じる。そしてしばらくして彼女の口からは穏やかな寝息が立ち始めた。
「やはり疲れが溜まっていたか。普段から苦労をかけさせるのは非常に申し訳ないが……」
エアグルーヴの頭を撫でながらルドルフは囁く。
「すまないな、エアグルーヴ。君に苦労を掛けているのに、君の可愛い寝顔を見れて嬉しいと思っている私が居る。君が起きてから私ももっと頑張るから……今だけはこの寝顔を見させて欲しいんだ」
そう囁き、ルドルフはエアグルーヴの顔を見続けるのだった。