祝! 四周年! と言う事で、今回はジェンティルドンナで温泉宿を書きました。良いですよね、彼女。あの圧倒的パワー、圧倒的自信。名家のお嬢様達とはまた違う、荒々しい華美があると思います。
ジェンティルドンナ。このトレセン学園の中でもまさに鬼のように注目される、鬼婦人と評されるウマ娘である。勝利こそ絶対である彼女はその主張に見合うだけの実力を兼ね備えており、特にその圧倒的パワーはあのゴールドシップですら恐れさせると言う。
自他ともに認める圧倒的パワー。勝利こそが絶対と言う主張。それらはともすれば学園内で孤立を招く危険性すらある。そんな彼女は敵も多いが、溢れ出るカリスマによって魅了される者も後を絶たない。シンボリやメジロと言った名家のお嬢様とは違う、一代で財を築き上げた所謂成金の家ながらも、お嬢様としての風格を漂わせている。
「……ああ、疲れた……マジで疲れた……」
そんな彼女のトレーナーだが、幸か不幸か、ジェンティルを導くだけの才覚とやる気に満ち溢れるトレーナーである。しかし、気を抜けばいつジェンティルにそっぽを向かれるかわからないプレッシャー。彼女を育て上げたと言う実績の元に舞い込んでくる仕事の数々、彼女に付き添い露出する事が多くなったメディアへの対応。それらによって疲れきった彼の口からこのような情けない声が上がったことも仕方のない事であろう。
「……URAも終わったし……ちょっと有休をとって旅行へ行くか。うん、そうだな。たまには温泉にでも行ってゆっくりと……」
「あら、どこへ行こうと言うのかしら?」
机に座りながらそんな妄想を呟いていると、トレーナー室に入ってきたジェンティルにその言葉を聞かれてしまっていた。
「……いや、URAも終わったし、ジェンティルも暫くはレースもないだろ? だからちょっと温泉にでも行こうかなって」
「あら。ならこれを使ういい機会ですわね。早速準備をしましょうか」
そう言ってジェンティルがトレーナーの机の引き出しから取り出したのは以前商店街の福引で当たった旅行券であった。しかし、そのチケットを見てトレーナーは首を傾げる。
「いやジェンティル、それってペアチケットだろ? 俺は関係ないから、ヴィルシーナさんとかでも誘ってみたらどうだ?」
「あら、面白い冗談を言うのね? それとも寝言かしら? 寝言は寝ながら言うものよ?」
「いや、流石にジェンティルと二人で旅行は色々とマズいし、俺がそれを使うのを前提としても、それならジェンティルならもっと高価なお宿とか普通に行けるだろ? だから俺と一緒なんて……」
「わ・た・く・し・と。行きますわよね?」
「ア、ハイ」
腰を曲げてトレーナーに視線を合わせながら言うジェンティル。その背後に鬼を見たトレーナーは反射的に了承の返事をするしかできなかった。
そして1か月後、無事に有給の取れたトレーナーはジェンティルと共に温泉宿へと到着していた。なお、トレーナーは最低限の手荷物しか持っておらず、彼の分の荷物も纏めてジェンティルがトレーニング道具替わりに自分の荷物と一緒に担いでいる。
「……なぁジェンティル。やっぱりこう、見た目の問題もあるし、俺の荷物は俺が持ちたいんだけど」
「あら。ウマ娘を見てそんな事を考える人なんているのかしら? 居るとしてもそんな相手の視線なんて気にする必要なんてないんじゃなくて?」
そう言って、ジェンティルはトレーナーの荷物を担ぎながら温泉宿に入り、手続きを済ませると、トレーナーと共に部屋へと案内された。
「ふぅん、悪くない部屋ね」
「ああ、風情があるな」
案内された部屋で荷解きを終えると、二人は温泉街へと繰り出す。
「こういう場所を貴方と一緒に歩くのも新鮮ね。ねぇトレーナー、何か食べたいものがあるかしら? 今日は機嫌もいいから奢ってあげても良くてよ」
「いや、流石に世間体と言うものがあるので自分で買うから。あの、お金払わないで、ちゃんと自分の分は払うから……」
「あら。あの足湯は悪くなさそうね。入っていきましょう♪」
「あ、ああ。わかった」
こうしてジェンティルに振り回されながらも二人は温泉街を楽しんでいく。時折ジェンティルのファンと言う人物に遭遇する事もあるが、ジェンティルは気前よくファンに応え、握手やサイン、写真撮影などをこなしていく。
「ふふ、強者はファンサービスもしっかりとこなさなくてはなりませんもの」
そう言ってファンに応えるジェンティルと共にトレーナーもファンの質問に対応していき、予想よりも長い時間温泉街を歩く事になったが、二人はその事に何かを想う事もなく、温泉宿へと戻ってきた。
「ふー……さて。俺は温泉にでも入ってくるか」
「あら。では私も参りましょう」
そう言って、二人はこの宿の温泉へと向かう。当然、二人は男湯と女湯に別れ、それぞれが温泉を堪能する。
「あー……良い湯だ」
軽く体を洗ったトレーナーは露天風呂でのんびりと疲れを落としていた。晴れ渡る空、白い雲、少し遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声。都会の温泉では中々味わえない風情に、思わず見とれながら、竹でできた柵にもたれ掛かる。
「あら? トレーナー、そこに居るのかしら?」
不意にジェンティルの声が聞こえて慌てて周りを見渡すが、男湯には当然ジェンティルの姿はない。そこで、後ろの竹柵が女湯との境になっている事に気づいた。
「ジェンティル、そっちに居るのか?」
「ええ。こういう偶然があるなんて思いませんでしたわ。トレーナー、お湯加減はいかがかしら?」
「ああ、良いお湯だ。ジェンティルもそう思うだろ?」
「ええ。来た甲斐がありますわね。それでは、体を洗うのでまたお風呂から上がった後にお話ししましょう」
そんな言葉が聞こえたと思うと、僅かに水音が遠ざかっていくのがトレーナーの耳に入る。ジェンティルが去ったことを感じ、トレーナーも改めて風呂を堪能する。
そして風呂から上がると、二人は部屋に戻り風呂の余韻に浸っていると夕飯が運ばれて来る。近くで取れた新鮮な海や山の幸を堪能し、二人は穏やかに食後のお茶を飲む。
「はー……旨かった……温泉もヨシ、温泉街もヨシ、飯もヨシ……良い宿だなぁ」
「ええ。くじ引きであたった宿と考えたら十分及第点と言えるわね。こう言うのがあるから、侮れないわ」
食事をしながら経営者の視点で物事を考えるジェンティル。それに対してどうコメントすべきかわからないトレーナーは、取り敢えず曖昧な笑みを浮かべて対応する。
そうして食事も終わり、食後のお茶も終えると、二人は部屋の中でのんびりとくつろぐ。一息つき、穏やかな時間が流れる中。普段は仕事の事が頭の中を駆け巡っているトレーナーも、ボーッと天井を見上げ、ゆったりとした時間を過ごしている。
「あら。いくら温泉とは言え少々気を抜きすぎではなくて?」
「ああ、悪い……でも、こうした時間も久しぶりだからつい、な」
ジェンティルの言葉にも苦笑を浮かべながらものんびりとするトレーナー。それを見たジェンティルは唇の端を僅かに上げると、手早く布団を敷き、それからトレーナーの横に来たと思うと軽々とトレーナーを持ち上げ、困惑するトレーナーをよそに、彼を布団に寝かせ、自分の膝枕の上に頭を乗せさせる。
「あの、ジェンティルさん?」
「あら。この体勢で何をするかなんて、もう説明する必要はないのではなくて? のんびりしたいと言うのなら、お手伝いしてあげますわ」
そう言うと、ジェンティルはトレーナーの耳を優しく包み込み、マッサージをしていく。
モミモミ……モミモミ……
グリグリ……グリグリ……
トレーナーの耳を優しく揉み、コリを解しているジェンティル。
「どうかしら? こうしていると、のんびりと過ごせるでしょう? 貴方の愛バとして尽くしてあげてるのですから、感謝してほしいわね」
「ア、ハイ。とても感謝しています。でも、恐れ多いので、この辺りで大丈夫ですが……」
「愛バの奉仕を素直に受けるのもトレーナーと言う者ではなくて?」
トレーナーの遠慮を一刀両断し、ジェンティルはマッサージを終えると耳かきを手にする。
「ふふ、お土産屋の物とはいえ、職人が作っているものですし、悪いものではないでしょう」
そう言うと、ジェンティルは耳かきをトレーナーの耳に当て、そのまま耳かきを始める。
カリカリカリ……カリカリカリ……
カリカリカリ……カリカリカリ……
耳垢を掻く音がトレーナーの耳の中に響き、耳垢が剥がされる感覚がトレーナーに襲い掛かってくる。
「ふふ。少し力を入れて耳掃除をしたら……どうなるのかしらね?」
「やめてくださいお願いします」
「あら、お茶目な冗談でしてよ」
ガリガリガリ……ガリガリガリ……
ベリベリベリ……ベリベリベリ……
ジェンティルの冗談に肝を冷やしながらも、耳かきは進んでいき、やがて、耳かきが引き抜かれる。
「まぁ、こんなところですわね。トレーナー、掃除した耳垢見てみます?」
「いや、別に見なくて良いかな……えっと、このまま反対側も?」
「ええ、勿論♪ させて頂きますわよ♪」
そう言うと、ジェンティルはあっさりとトレーナーを引っ繰り返して、自分のお腹の方を向かせる。
「今日は気分が良いですし、私のお腹に顔を埋めてみてもよろしくてよ?」
「いや、それは流石にマズいと思う……ぶもっ!」
「もう、遠慮なんてなさらなくてよろしくてよ♪」
トレーナーが遠慮しようとするも、ジェンティルが自分のお腹にトレーナーの顔を押し付ける。そこから逃げようとするも、ジェンティルの力に勝てるはずもなく、暫くもがくが、やがて諦めて力が抜ける。
「やっとおとなしくなりましたわね。弱者はそうして強者の言う事に従うのが道理でしてよ」
トレーナーがおとなしくなったことで、ジェンティルは耳のマッサージを始める。
クリクリ……モミモミ……
ギュッギュッ……グリグリ……
「ふふ。こうして強者の施しを真っ先に受けられる立場と言うのはどうかしら?」
「あー……非常に申し訳ないです」
「無意味な遠慮は意味がないって事、おわかりではなくて?」
トレーナーの遠慮する言葉をバッサリと切り捨て、ジェンティルは耳かきを手にする。
カリカリカリ……カリカリカリ……
ガリガリガリ……ガリガリガリ……
「貴方も、この私のトレーナーなのですから、もう少し自信を持ったらいかがかしら?」
「いやまぁ、ジェンティルに比べたら俺なんてな……」
「そうして自分を卑下する事は、貴女に育成された私の事も下げる事になるのですよ?」
「ア、ハイ……」
軽く小突かれ、反省するトレーナー。その様子を見たジェンティルは小さく笑みを浮かべると、耳掃除を終えた耳かきを横に置き、トレーナーの頭を撫でる。
「強者たるもの心の寛容も大事……今日は許してあげますわ。気分も良いですしね♪」
「あ、うん。ありがとう……で、俺はもう降りても良いのか?」
「あら、ダメよ♪」
困惑するトレーナーの頭を撫でながら、ジェンティルは囁き続ける。
「トレーナー、少しは自分を誇りなさい。最強である私が隣に立つことを許している相手なんて、そうは居ませんわ」
「そ、そう言われるとその……嬉しいな。ジェンティルに認められるなんて」
「たまにはハッキリと言って差し上げないと、気づいてもらえないのはわかってますもの」
照れくさそうにするトレーナーに微笑みながら、ジェンティルは話を続ける。
「それに、こうしてツバをつけておかないと、すぐに他のウマ娘に目移りもしそうですもの」
「えっと……? それは一体どういった意味なんだ?」
ジェンティルの発言の意図が分からず困惑するトレーナー。そんな彼の頭を自分の方に向けさせ、ジェンティルは上から見下ろしながら答える。
「私が引退した後も、トレーナーを続けるでしょ? そうしたら、新しく担当になった子に目移りするかもしれませんもの。そうじゃなくても、チームの運営や、他のウマ娘へのアドバイス等……色々と他の子と関わるのですから……つい、フラッと目移りされては困るわね。まぁ、今後貴方がどれだけのウマ娘と関わろうとも、最強はいつまでもこの私なのはれっきとした事実だけど……」
そう言うと、ジェンティルは不敵な笑みを浮かべた。
「ああ、もうツバをつけるなんてまだるっこしい事をする必要もないかしらね。貴方は私の隣にいる。これは決定事項ですから。逃げようとしても無駄よ♡」
「あの、その、何と言うかこう、非常に世間的に宜しくない意味合いが含まれている気がするのですがそれは」
「ふふ、それはどうかしらね♪ でもまぁ、学生で居る間は、節度を守って差し上げますわ♪」
そうして楽しそうに笑うジェンティルと、戦々恐々とするトレーナー。例え対等になったとしてもこの二人の関係は、ここから変わる事はないのだろう。