こんな風に彼女に甘えたりできるぐらいの信頼関係を築いてみたいですね。
12月。年末年始も近く、世間と同じように、俺達トレーナーも忙しい時期を送っている。とは言え完全に働き詰めと言うのは不可能であり、今日はあえてリフレッシュのために一日休みを入れていたのだが……。
(どうしてこうなった?)
今、俺は愛バのエアグルーヴと共に自分の部屋の掃除をしている。今日は惰眠を貪るぞ、と布団で寝ていたのをたたき起こされた時は何事かと思ったが、部屋に上げた彼女によってあれよあれよと掃除を始めていったのだ。
「まったく、貴様はどうしてこうも部屋の片づけができないのだ、まったく」
「あー……すまんな、面目ない」
服や要らない書類等をどんどん片付けていく姿は実家の母親を思い出してしまう。けっこうな年下に対してそんな事を思い出すのもおかしい話だが、彼女の手際の良さはどう考えても年不相応な熟練さだ。
「これもゴミ、これもゴミ。これももう使わないなら捨てろ。物が多いから部屋が片付かないんだとなぜわからない」
「いや、だって、最近はエアグルーヴのレースで頭が一杯でさ。どうしてもこっちのほうが……」
「ならば猶更自分の事もちゃんとしろ。トレーナーがウマ娘より先に倒れては本末転倒ではないか、たわけが」
「……返す言葉もない」
エアグルーヴに怒られ、俺は頭を下げざるを得なかった。いや、でも本当大変だったんだぞ。トリプルティアラをお前に取らせるの。お前は非常に優秀だけど、他のウマ娘だって誰もかれも優秀なんだから。マジで毎日お前の事しか頭になかったんだぞ。
なんて事を言ったらなんか恩着せがましいし、自分の能力不足をぶちまけてるようにも感じるしで、俺は何も言わずに彼女の言う事に従って掃除を続ける。
「ふぅ……これで大体片付いたか?」
大体2時間……3時間か? 片づけやごみ捨てだけじゃなくて埃取りから換気までの一通りを終えた部屋は見違えるほど綺麗になっていた。俺一人だとだるくて途中で投げ出しそうだったけど、ウマ娘の身体能力の高さを改めて思い知らされたな。
「いやー……綺麗になったねぇ」
換気を終えて暖房で暖かくなった部屋で俺はそんな事を呟いていた。ああ、これなら気持ちよく新年を迎えられそうだな。
「さぁ、こっちにこい。後はお前の耳の中も掃除するぞ」
そう言ってきたエアグルーヴに俺は思わず聞き返してしまう。
「あー……マジでするの? 部屋の掃除だけでも申し訳ないんだが」
「気にするな。貴様が難聴になっても困るからな」
確かに部屋の掃除をする前から言ってたよ、今日は耳かきもするって。そりゃ、以前もしてもらったし、ついそのまま昼寝まで強請ったけど。それでも羞恥心が無くなってるわけじゃないんだよなぁ。
「さぁ、準備をするから少し待っていろ。言っておくが、前みたいに逃げようなどと考えるなよ」
釘を刺された俺はおとなしく彼女の準備が終わるのを待つことにする。逃げても普通に捕まるしな。諦めるしかないか。
「さぁ、準備はできたぞ。さっさと頭を乗せろ」
正座をして膝を叩く彼女の元に行き、俺はおとなしく頭を置いた。うーん、服の生地が厚くなってるはずなんだが、なんでこいつの柔らかさが伝わってきてる気がするんだろう。
「さて……まずはタオルで拭いていくぞ」
そう言ってエアグルーヴがお湯で温めたタオルで耳を拭いてくれる。裏側、外側の窪み等、優しく余すところなくタオルで擦ってくれて気持ちいい。
「あー……気持ちいい……」
いや、これだけで十分気持ちいいんだよ。これだけで惚けそうになる。
「年より臭い態度をするな。お爺ちゃんか」
そんな俺にエアグルーヴが突っ込みを入れてきたが、仕方ないだろ、気持ちいいんだから。
「いや……なんかさ、社会人してると、しんどいんだよ。特にこの仕事はお前達の人生を背負ってるようなもんだから、気を抜くわけにはいかないだろ?」
社会人になると仕事が生活のほとんどを占めるようになる。おまけに、俺達の仕事はウマ娘の人生を諸に左右するから手を抜くとかできないんだよ。
「ああ、そう言ってくれるのは嬉しいが。だからこそ、お前自身も健康でいて欲しいのだ。だから、あまり年寄り臭い事を言うな。気持ちがそちらに傾けば、体も傾くからな」
「……善処する」
そりゃまぁ、気持ちが老けたら体も老けるかもってのはわかるけど……いや、エアグルーヴに心配かけるのもあれだし、頑張るかなぁ。
そんな事を考えてる間にタオルが耳から離れた。ここから耳かきだな。
「それじゃぁ、外側をやっていくぞ」
耳を抑えられ、汗やタオルの水分で濡れた耳を綿棒で擦られていく。風呂上りに耳を擦った時のように湿ってペースト状になった粉が綿棒に絡みついていくのだろう。視界の端で黄色く変色した綿棒が捨てられるのが映る。
「ふぅ、相変わらず粉が多いな。ツボは……この辺りとかどうだ?」
窪みや広い所を所々綿棒でグッグッと押されるたびに耳が熱くなるのを自覚する。タオルの熱よりも熱い熱が耳に篭っていく。
「あー……なんか耳が暖かくなってきてるな……気持ちいいよ」
「うむ、ちゃんとツボを押せてるようだな。さぁ、それじゃぁ中をやっていくぞ。動くなよ」
熱の気持ち良さを堪能していると、ついに耳かきが中に入っていく。そのまま、浅い所の部分に引っかかったと思うと、カリカリと耳垢を掻き出し始めた。
「片っ端から取っていくぞ。痒くてもいきなり動き出したりするんじゃないぞ」
「善処する」
そう言う風に言われた後、耳かきが本格的に動き始めた。
「カリカリカリ……カリカリカリ……」
耳かきが動くのに合わせて、エアグルーヴが呟き始めた。普段の大人びた声からはちょっと想像がしにくい柔らかい声が気持ちいい。耳かきなくてもこの声だけでも安らかに気持ちになってしまう。
「トレーナー、本当にこうやって呟きを聞くのが気持ちいいのか? 私はプロではない、なんならプロの音声でも聞いてみるほうが……」
「いやいやいやいや、エアグルーヴがしてくれてるのにお前が呟いてくれなきゃ意味ないだろ。頼むよ」
とんでもない事を言ってくるエアグルーヴに慌てて待ったをかける。彼女に囁いて貰らえないとか本気で嫌だぞ。
「……まったく、我儘だな」
苦笑しながらも、エアグルーヴは囁きながら耳かきを続けてくれる。うん、世話焼き女房ってこんなんじゃないのかな?
「ガリガリガリ……カリカリカリ……」
囁きと共に動く耳かきによって、耳垢がぼろぼろと崩れていくのが分かる。そして、崩れ落ちたものが掻き出されていく。
「あー……うん、良いなぁ。前のでかいのを取ってもらうのも気持ち良かったけど、こうして何回も耳の中を掻いてもらうのもいいな」
耳かきが何回も耳の中を往復し、耳の中を擦るたびに言葉にし辛い気持ち良さを感じ、俺はついついそんな事を言ってしまった。
「たわけた事を言うな。何回も掻いていたら耳の中が荒れる。できれば私としては普通にやりたいんだぞ」
俺のそんな言葉にエアグルーヴが呆れたような声で返してきたが、気持ちいい物は気持ちいいんだ仕方ないだろ。
「ガリガリガリ……ガリガリガリ……」
そんなやり取りをしつつもエアグルーヴの手は止まらない。どうも量があるようで、次々に耳かきが耳垢を掻き出していってくれている。このままもっと耳かきが続けばいいんだがなぁ。
「ザリザリ……ザリザリ……よし、もう少しだぞトレーナー。もう少しでほぼ取り終われる」
そう思っていると、告げられたのは非情な言葉だった。
「ん……そうかぁ……もうちょっとやってほしいかなぁ……」
「たわけた事を言うな。まったく」
呆れたように頭を叩かれた後に耳かきが再開される。だが、耳垢はほぼ取られていたのか、耳かきでなく綿棒が耳の中に入ってきた。
「ザリザリ……ザリザリ……ザリザリ……ザリザリ……」
綿棒でゴソゴソと粉を掻き出されるのも悪くはないんだけど、やっぱり耳かきの方が好きなんだよなぁ……名残惜しい。
「よし、これで小さい物も取り終えたぞ。後はローションでケアをしていくから、まだ動くんじゃないぞ」
ローションかぁ。前にやってもらったのは冷たかったからびっくりしたんだよな。今回も冷たいかもしれないからそれに備えておくか。お、耳の中に冷たいローショ……ん?
「ん? 冷たくないんだなローション」
横目でエアグルーヴを見上げながら訪ねると、彼女は少し得意げに口元に笑みを浮かべていた。
「ああ。ある程度暖めておいた。前に冷たいのでやった時は少し驚いていただろ? 今回は大丈夫か?」
「ああ、気持ちいいよ。やっぱり、エアグルーヴは心遣いができる良いやつだなぁ……お前みたいなのが嫁に来てくれると嬉しいよ」
もし彼女が嫁に来てくれたら……なんて考えてついそんな事を口走った途端、耳に思い切り痛みが走り、思わず声を上げた。
「いっだ! いった!」
「と、突然バカな事を言うな! まったく……他の者にそう言う事を言うんじゃないぞ」
エアグルーヴが怒っているが、それどころじゃない。あまりの痛みに涙が出そうだ。いくらなんでも過剰反応しすぎだろ!
だが、痛みに悶える俺を他所にエアグルーヴは順繰りにローションを塗っていき、あっという間に塗り終えてしまった。
「……ほら、どうだ? 大体塗り終えたぞ」
「ああ、多分大丈夫……だと思う。これで終わりか?」
まだあれが残ってるよな? あれも楽しみなんだから、これで終わりだなんていうなよ?
「む……わかってる、そんな期待した目で見るな」
なんかため息をつかれたけど、エアグルーヴは体を屈め、俺の耳元に口を近づけてきて、そして。
「ふ~……ふ~……まったく、これのどこがいいのか……ふ~……ふ~……」
なんて文句を言いながらも息を吹きかけてきた。ローションに吹きかけられ、その冷たさに思わず体が身震いしてしまう。
「うお……いやぁ、これしてもらうと背筋がゾクッ……って感じがして気持ちいんだよ。ローション付きだと猶更な」
そう言ってエアグルーヴを見上げると、彼女は小首を傾げながらも……取り合えず納得してくれたようではあった。
「さて、こちら側は終わりだ。反対の耳を出してくれ」
「ん、わかった」
息の吹きかけも終わり、彼女に促されて体を入れ替えて反対側の耳を上に向ける。こっちの耳かきはどれだけ気持ちよくなれるんだろうな?
「こちらもタオルで外側からだな。ゴシゴシ……ゴシゴシ……」
最初のタオルで耳を擦られ、窪みも上手に擦られる。ちょうど痒かったところが擦られるのが気持ちいい。
「あー、痒い所もそうやって擦られると気持ちいいんだなぁ……人にやってもらうのって気持ちいいんだよなぁ……」
「まったく……だらしがない」
呆れながらも手を抜かないのが彼女の美点だ。だからこそこっちも安心して素の状態を晒せるわけだが。
「さぁ、中の掃除に移るぞ。ふむ、こっちの耳垢も崩れやすいな。突いて崩して取りやすくして……」
「ザリザリ……カリカリ……ガリガリ……」
「ガザガザ……ガザッ……ゴゾッ……」
耳かきが動き、耳垢が崩れ、崩れた耳垢を掻き出していく。耳かきが耳の中を擦る感触、耳の中に響く彼女の声と息遣い、頭や肩に伝わってくる彼女の熱。全てが心地よく、いつまでも味わいたい。だが、至福の時間は終わるのも早かった。
「ガザガザ……ふぅ、こっちも大体取れてきたか。痒い所か、そう言うのは大丈夫か?」
「ん。ああ、大丈夫大丈夫。特に痒いとかはないよ」
「それなら良かった。さて、仕上げに取り掛かろう」
耳かきが引き抜かれ、ローションの塗られた綿棒が入ってくる。そして、熱を帯びた部分を中心に、ローションが塗られ始めた。
「耳垢を取ったところを重点的に……ヌリヌリ……ヌリヌリ……」
「さぁ、ローションも塗り終わったぞ。このまま、まだ動くなよ……ふ~……ふ~……」
最後の息吹きかけによるゾクゾクを味わい、耳かきは終わってしまった。非常に残念だが仕方がない。後はこのまま昼寝したいところだが、今日のエアグルーヴはそこまで許してくれるかどうか……。
「ふぅ、これで耳かきは終了だ。さて、どうせこのまま昼寝するつもりだろ?」
「んぐ……バレた?」
どう切り出そうかと思っていたら、まさかの彼女からの指摘を受けて俺は言葉を詰まらせてしまう。
「なぜバレないと思った。前は私のスカートを掴んでまで昼寝をしたくせに……構わないから、今日もこのまま寝ていろ」
「う……悪いとは思うんだけど、エアグルーヴの膝枕も耳かきも気持ちよくて眠くなって……」
「構わないと言っているだろ。さぁ、さっさと寝てしまえ」
ポンポンと頭を叩かれ、俺は安心して眠気に身を委ねる。あー、愛バの膝枕って最高の枕だよなぁ。こうして膝枕をしてもらえるだけで俺は本当に幸せだよ。来年も、この関係が続けば……いい……な……。