マヤノトップガンで耳かきを書きました……が、今回はかなり毛色が違う作品となります。
以前、ツイッター上で色々と物議を醸したマヤノトップガンの漫画がありますが、あれを見て、感じた色んな感情を自分なりに纏めたのが今回の作品となります。
来週からは普段通りの作品に戻りますので、どうか大目に見てください。
夏の合宿。菊花賞を控えた俺とマヤノトップガンは今回の合宿で一気に基礎能力の向上になるよう励んでいた。
というのも、マヤは最近勝ちに恵まれていないのだ。ホープフルこそ一着になれたが、皐月、ダービー、共に三着と入賞こそしているが一着は取れていない。彼女自身は落ち込んでいる様子はないんだが……。
(俺、本当にマヤのトレーナーで良いのか? 俺じゃなくて、もっと別のトレーナーなら……)
俺の眼から見て彼女はかなりの才能を秘めている。皐月もダービーも一着を十分に狙えたはずだ。だが、取らせることができなかった。今回の合宿で菊花賞を取れるようにトレーニングを積んでいるが、もし、取らせることができなかったら……。
……ダメだ、嫌な事しか思い浮かばない。そう言えば、最近は碌に休みも取らずにマヤのトレーニングの事とかだけ考えていたっけ。
ちょっと気分転換に外にでも出るか。そう思い立ち、俺は自室を出て砂浜のほうに足を運ぶ。既に日も落ち、昼間は光を反射して眩しいほどだった海も、今は暗く、全てを飲み込む闇のように見えてしまう。
「あれ……あれは……?」
そんな暗闇のような海から、水を掻き分ける時の音が聞こえてくる。こんな時間に誰か居るのか? 気になって音の方向に進んでいくと、そこには先程まで頭の中で考えていたウマ娘……マヤの姿があった。
「マヤ……?」
ひざ下まで海の中に入っている彼女はそのまま何をするでもなく海を見つめていた。月明りの元、普段よりも薄ぼんやりとしか見えない彼女を見ていると、まるで彼女がこのまま海へ消えてしまうのではないか? そんな気がしてならない。それは、一瞬で自分の心を支配し、気づけば俺はマヤに向かって走り出していた。
「マヤ……マヤ……!」
「ん? トレーナーちゃん……? わひゃっ!?」
俺は振り向いたマヤを抱きしめていた。やめろ、消えないでくれ、行かないでくれ!
「マヤ……マヤ……消えるな……消えないでくれ……!」
「ト、トレーナーちゃん? どうしたの? 何かあったの?」
戸惑うマヤをよそに俺はそのまま彼女を抱きしめ続け……しばらくして慌てて離れた。
「わ、悪いマヤ。俺、どうかしてたみたいで……」
「んーん。マヤ、怒ってないよ。それより……トレーナーちゃん、どうしたの? 何かあったの?」
離れた俺の手を掴んでマヤが見上げてくる。視線を逸らそうとしても、彼女から視線を逸らせない。
「……マヤが……このまま消えそうな気がしたんだ。暗い海の中に……そのまま……」
「んー……もしかしてトレーナーちゃん、疲れてる? マヤがそんな事するわけないじゃん」
「はは……そうだよな」
呆れている様子のマヤを見て、俺は乾いた笑みが浮かんでくる。はぁ……何やってるんだろうな……。
「んー。トレーナーちゃん、お部屋行こう? 今日はもうお休みしたほうが良いよ」
「ああ、そうするよ」
そう言って俺はマヤから離れようとしたが、マヤは心配だからと、俺の部屋まで一緒に付いてきた。
「ねぇトレーナーちゃん、本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよマヤ」
部屋についてからもマヤは心配そうに俺を見てくる。時間も時間だからなんとか返そうとするが、マヤは部屋から出ていかずにキョロキョロと部屋の中を見ている。
「んー、何かあれば……あ、ねぇねぇトレーナーちゃん。あれ、使っても良い?」
そう言ってマヤが指差したのは耳かきだった。
「ん? まぁ、マヤが使いたいなら持っていっても良いぞ。俺は使うつもりはないからな」
「……トレーナーちゃん、何か勘違いしてない? 今からマヤがあれを使ってトレーナーちゃんの耳かきをするんだよ?」
は? 何を言っているんだ? なんで今から耳かきを……。
そんな俺の困惑をよそにマヤは耳かきを手にすると、ベッドに腰掛けて膝をポンポンと叩いてきた。
「ほら、トレーナーちゃん、早く早く」
「いや、別に俺は耳かきするつもりなんてないし、もう夜だからマヤは早く部屋に帰りなさい」
「むー。トレーナーちゃんの耳かきをするまで、マヤここを動かないんだから!」
頬を膨らませて抗議するマヤ。困ったな、ここで下手に部屋に帰そうとして意固地になられても困るな……。仕方ない、付き合うとしよう。
「……耳かきが終わったらすぐに帰るんだぞ」
「んも~、子ども扱いしないの。ほら、早く早く」
子供みたいな態度をするマヤにツッコみを入れず、俺は彼女の膝の上に頭を乗せる。幼く見える彼女だが、人間をはるかに上回る脚力を生み出すその脚はしっかりとした筋肉の弾力で俺を迎えてくれた。
「んー、トレーナーちゃん、最近耳かきしてないでしょ? 耳が汚れてるよ?」
「ん。いや、人間はウマ娘より耳の手入れが必要なわけじゃないから、そんなやらなくて大丈夫なんだよ」
「むー。でもダメ! マヤのトレーナーが汚い耳のままとかダメなんだから!」
はぁ、本当にそんなに手入れをしなくてもいいんだけどなぁ……。でも、変に反論したら意固地になりそうだし、黙っておこう。
「ほら、まずは外側をゴシゴシ……ゴシゴシ……んー。トレーナーちゃんの耳、粉も多いよ。ちゃんと掃除しなきゃやっぱりダメだよ」
そう言ってマヤが耳かきを目の前に移動させてくると、確かにこんもりと粉が積まれていた。うおっ、生で見ると確かに汚いんだなって実感してしまう。
「ほら、汚いでしょ? だから、これからちゃんと掃除してあげるからね」
カリカリカリ……カリカリカリ……
ガリガリ……ガリガリ……
マヤがそんな音を呟きながら耳かきを動かしていく。耳の外側を掃除する事なんて全然ないから、なんとも新鮮な感覚か。それも、愛バにやってもらってるんだから猶更だ。
「ほら、またこんなに粉が溜まったよトレーナーちゃん」
そう言って耳かきの上に乗った粉をティッシュの上に捨てていく。黄色い粉が白いティッシュの上で非常に目立っていて、なんとも言えない気分になる。
「はい、外側はこれぐらいで。次は中をしていくよー」
外側をの掃除が終わった事を告げるマヤの声と共に耳かきが穴の中に入ってきた。そのまま耳の真ん中ぐらいまできたと思うと、そのまま壁に沿って動き始めた。
「カリカリ……カリカリ……カリカリ……」
彼女の声を聴きながら身を任せていると、不意に、バリバリッと大きな音が耳の中に響いた。
「ん!? なんだ今の音?」
「あ、大丈夫だよトレーナーちゃん。耳垢が剥がれてきてるからその音だね。このまま取っちゃうから、大人しくしててね」
マヤはそう言うと、耳かきを動かしていく。そのたびにバリバリっと音が響いたと思うと、ついに音が止んで、耳かきが引き抜かれた。
「ほら、こんなのがあったよ、トレーナーちゃん」
そう言ってマヤがティッシュの上に捨てたのは、平べったく、茶色に変色した耳垢だった。
「あれが剥がれた時の音だったのか。凄い音がしたよ」
「うんうん、耳垢が剥がれる時って音が凄いよね。さ、耳かきを再開するね」
その後もマヤは軽快に耳かきを動かしていき、似たような平べったい耳垢や粉を上手にとっていく。
「はい、これで耳垢は大体取れたよ、トレーナーちゃん」
「ああ、耳が軽くてスッとするよ。なんだか、眠くもなってきたかな……」
「もー、トレーナーちゃん、反対側もあるんだから、まだ寝ちゃだめだよー」
背中をポンポンと叩かれた俺は、寝そうな頭のまま、体を入れ替えて反対側の耳を上に向ける。
「ふんふん。むー、こっちも汚れてる。トレーナーちゃん、ちゃんとお風呂入ってるの? シャワーだけじゃだめだよ」
風呂……そう言えば、ちゃんと湯船に浸かったのどれだけ前だったかな……なんか、思い出せないような……。
「カリカリカリ……カリカリカリ……トレーナーちゃんは、マヤが居ないとダメだね。もう」
外側を掃除してた耳かきが耳の中に入ってくる。壁をカリカリと擦られると、徐々に眠気が襲ってくる。いかん、このまま寝たら……でも……心地よい……。
「……トレーナーちゃん、すっごいトロトロな顔してるよ。きっと、今夢だからだね。夢じゃなかったら、トレーナーちゃん、こんなトロトロじゃないもんね」
何を……言って……? いや、そうか……夢か……夢……。
「真面目なトレーナーちゃんが、マヤの膝枕で耳かきしてるのも全部夢だからだね。ねー、トレーナーちゃん」
夢……夢……なのかな……? 夢……?
なんだか、頭がふやふやになっている気がする。これは夢……夢……?
「ねぇトレーナーちゃん。トレーナーちゃんはマヤが消えそうだって言ってたけど、何でそんな事思ったの?」
「それ……は……」
「ねー、トレーナーちゃん。なんでー?」
カリカリカリという耳かきの音と、マヤの声。耳から入ってくる音が脳の中に入っていくたびに頭が回らなくなっていく……。
「俺……マヤを活躍させられてない……だから……マヤが俺の前から……消えそうで……俺から……消えていきそうで……」
意識しないうちに口からポロポロと言葉が零れていく。でも、夢だよな、夢だから大丈夫だよな……。
「んー、大丈夫だよトレーナーちゃん。マヤは絶対に居なくならないからね。マヤも頑張るから……トレーナーちゃんは考えすぎないで良いんだよ」
耳かきが抜かれ、頭が撫でられる。あー……気持ちいい……こんな都合のいい夢を見てていいのかな……? 俺、頑張らないと……。
「大丈夫……大丈夫……マヤが一緒に居るからね、トレーナーちゃん」
マヤの声を聴きながら、俺の意識がふわふわと飛んでいく……でも夢だからいい……かな……。
トレーナーちゃんの瞼が閉じられ、完全な寝息を立ててるのを確認して、マヤはゆっくりとトレーナーちゃんの頭を膝から降ろして、ベッドに寝かせて上げる。
「お休みトレーナーちゃん。また明日ね」
トレーナーちゃんに布団を被せて部屋を出て、マヤは自分の部屋に向けて歩いていく。でも、トレーナーちゃん、あんなに悩んでたんだなぁ。
「んー、悔しいけど……でも、トレーナーちゃんをあんなに悩ませる程悔しいとは思ってなかったんだけどなぁ」
マヤに抱き着いたトレーナーちゃんの様子がおかしすぎて、こないだ本で読んだやり方で本音を聞いてみたけど、あんなに悩んでるなんてなぁ。
「……でも、マヤがあんなことしてたから、余計に不安に思わせちゃったのかな?」
マヤが夜の海に居たのは、何か声が聞こえたから。海の方から、良く聞こえはしなかったけど、どこかマヤを誘ってるような、そんな声だった気がする。もし、マヤが本気で悩んでいて、落ち込んでいて、そんな時にトレーナーちゃんと会ってたら、どうしてただろう。
そう言えば、こないだスカーレットちゃん達と見たドラマで心中なんてのがあったっけ。別れさせられそうになった二人が、海に飛び込んで心中するシーンがあったけど、あれを見たせいかな?
そこまで思いついた時、マヤは窓の外に広がる海に視線を向ける。月明りに照らされた夜の海はどこか神秘的で、見ているとどんどん飲み込まれていきそうな、そんな雰囲気を感じてしまう。
「……もしかして、マヤ、誘われたのかな?」
だとしたら迷惑なんだけどなぁ。マヤ、そう言う気は一切ないんだよ?
「べーっ、だ。マヤは絶対にそっちには行かないからね。トレーナーちゃんも、そっちには絶対に行かせないんだから」
海に向かってアッカンベーをして、ちょっと気が晴れたから、早い所寝ちゃおうっと。明日からは、もっとトレーニング頑張るんだから。