マルゼンのお姉ちゃん力なら女トレーナーも陥落しそうです。なお、美容の事とかそう言うのを聞くと大抵おばあちゃんの知恵袋的な話を出される模様。
うあー……疲れたよぉ……。
トレーナー室でスケジュールを組みつつ、私は自分の肩を叩いている。原因は先日のレースの結果だ。
私の担当ウマ娘であるマルゼンスキーはその圧倒的な実力から、レースが不成立になる事がしばしばあった。だから、彼女は自分の実力を発揮できず、その足をくすぶらせる日が続いていた。
なにせ、彼女が本気を出したらG1レースですら下手すれば不成立になりかねないのだ。だから、あれやこれやと調整しながらやっていって……彼女のモチベを維持するのが本当に大変だった。
だからこそ、先日のURAファイナルは絶好の機会であった。あそこでマルゼンスキーは全力で走り……そして勝利した。そして後のインタビューではどのウマ娘も打倒マルゼンスキーを掲げると宣言したのだ。
これで、マルゼンスキーは今後のレースでもセーブせずに走る事ができるだろう。それはいい、それは良いんだけど……。
「……突然忙しくなりすぎじゃないですかね……? こんなに忙しくなるものなの……?」
机に積まれた勝利の山に全ての気力が吸われていく。これまであまりレースに出場してなかったマルゼンスキーだけど、URAファイナルで優勝した影響で一気にやる事が増えて……正直私のキャパシティを超えている。ガチで超えてる。マジ無理。
「はぁ……眠……疲れ……た」
キャパシティを超える仕事の量に私の瞼が少しずつ落ちていき……そのまま意識を手放していた。
ふと体が揺さぶられた事で意識が目覚める。あれ、私は机に座ってたはず……頭の横に柔らかい何か……!?
「んん……え? ちょ、何これ? マルゼン?」
目覚めた私が頭を動かすと、そこには私を見下ろすマルゼンスキーの姿があった。この立ち位置は……膝枕されてるのね。
「おはようトレーナーちゃん。疲れてるのはわかるけど、机で寝るのは体に悪いわよ。もう全身バッキバキになっちゃうんだから」
「う、それは反論できない……けど、なんで膝枕なの?」
メッと怒られた私は反論できなかったけど、それはそれとしてなんで膝枕されているの? 因果関係が分からない。
「あら、私の膝枕は嫌かしら? トレーナーちゃんが鍛えた足はお嫌い?」
「えーと、嫌とかそう言うのじゃないんだけど…… と、とりあえずどくね……って、あれ?」
体を起こそうとしたら体を抑えられ、動けなくなってしまった。な、なんで止められるんの?
「まだ動いちゃだめよ。トレーナーちゃんったら耳の中が汚れてるんだもん、ちょうどいいから掃除しちゃいましょう」
「え? い、いや、それは流石に……」
「ほらほら、恥ずかしがらなくても良いじゃないの。前に一回やってるでしょ? 今更恥ずかしがっても仕方ないわよ」
そう言われると反論の言葉が見つからない……仕方ないので大人しくしていると、耳を濡れたティッシュで拭かれ始めた。んー……なんか湿ってる感じがして……好きじゃないなこれ。
「んー、中が汚れてるから外も汚れてると思ったけど、そうでもないわねー。耳垢が溜まりやすいのかしら?」
「んん……冷たいよぉ、そう言うので擦られるのは」
「あら、嫌だったかしら? メンゴメンゴ、次は温かいタオルで綺麗にしてあげるわね」
別にマルゼンスキーに文句があるわけではないけど、好きじゃない物は先に言っておかないとね。言わなかったらまた同じ物使われちゃうし。
「それじゃぁ、耳の中の掃除をしていくわね。綿棒でゴシゴシゴシ……ザリザリザリ♪」
湿った耳の中に綿棒が入ってきて、ゴゾゴゾと耳の中を掃除していく。少しの間掃除されていたけど、程なくして綿棒が捨てられるのが横目に見えた。と思ったら、今度は耳かきが中に入ってきた。
「ふんふんふん♪ カリカリカリ、カーリカリ♪」
楽しそうにオノマトペを呟きながら始まるマルゼンスキーの耳かき。その様子は聞いているだけでも楽しいし、耳かきが耳の中を掻いていくのも心地良くて……あ、耳垢取れたかな。
「今回は簡単に取れたわね。じゃぁ次のをやっていくわ。カリカリ……カリカリ?」
気持ち良さを味わっていたら、なんだか不穏な気配を感じる。あれ、そう言えば前も耳垢が固いって言われたっけ。
「ガリガリガリ……ガリガリ……んー、上からやっても取れそうにない……横……下ね」
んあー! 痒い! 剥がれそうな瘡蓋を四方八方から剥がそうと頑張ってる時ぐらい痒い! と言うか、痛みが少ない分こっちのほうが痒いかも、早く取ってー!
「はい、これもちゃんと取れたわね。ん? もしかしてそんなに痒かったかしら?」
痒みを必死に堪えている間になんとか耳垢が剥がされて……あー……痒かった……。
「はぁ……か、痒かった……」
正直チョーヤバかった。あのまま耳垢が剥がれなかったら暴れて自分の指を必死に突っ込んでたと思う。そうなる前に取れて良かったー。
「メンゴメンゴ、ちょっち集中しちゃってたわ。次は注意するわね」
本心で謝ってるのか今一わかりづらい態度だけど、謝ってきたマルゼンスキーはそのまま耳垢を剥がした場所をカリカリと耳かきで掻いてくれて……あー、やっと痒みが収まった……って安心してると、耳かきが引き抜かれて、代わりに綿棒が入ってくる。
「綿棒でザーリザリ、ゾリゾリゾリ……んー、大体の汚れは取れたかしら。それじゃぁ……今回は保湿用ローションもぬーりぬりっと♪」
綿棒の掃除が終わり、次にローションが塗られていく。ふひぃ~……カリカリされて熱くなってる所にこの冷たさは心地よくて好き。
「ふ~……ふ~……」
「ふひゃい!?」
そんな気を抜いているところに突然息を吹きかけられ、思わず体が飛び上がりそうになる。ゆ、油断してた……!
「もう、驚きすぎよぉ、可愛い反応しちゃって♪ さぁ、それじゃぁ反対側もしていくから、反対向いて頂戴ね」
「いや、あれはびっくりするって……はぁ……」
もう……まぁいいや。取り敢えず体を動かして反対側の耳を上に向ける。今度は驚かされないように心の準備をしないと。
「外側をウェットティッシュでゴーシゴシ、ゴーシゴシ」
「うーん……冷たい」
なんだかなぁ、ローションと違って普通の状態から拭かれるせいか、やっぱり好きになれそうにないなぁ。
「先に綿棒でガザガザガサっと。うんうん、細かい汚れを取ってからの方が、本命の耳垢が見えやすくなるわね」
「そこまで見えにくいの……?」
あのー、そんなに言われるとめっちゃ不安なんですけど。もしかして私、単に粉ができやすい体質じゃなくて、なんか病気とかじゃないよね? ないよね!?
「んー……これも固いわねぇ……反対側のよりはまだマシだけど……掻くところに注意しないと……」
「はぅ……はぅく……早く取ってぇぇぇ」
耳かきが、耳かきが痒みを余計に酷くしてて……あー、早く、早く耳垢を取ってよー! いや、痛いのは嫌だけど。痛いのは嫌だけど! 急いで取ろうとして痛くされるのは嫌だけどー!
「それじゃぁ、残った汚れを綿棒で……ザーリザリ、クールクル。綺麗になっていくのは、見ていると楽しいわ♪」
あ"あ"……耳垢が取られた後の綿棒で痒みが収まっていく……キツかったよぉ……あとちょっと……あとちょっと……。
「最後にローションをぬりぬりぬり。ぬりぬりぬり。全部塗ったら息を……ふ~……」
「あひぃぃぃ……ひぃぃぃ……」
ローション塗った直後に息吹きかけられたら心の準備できないじゃん! 言ってよ!
「さてと……それじゃぁ耳かきはこれでお終いね。お疲れ様」
はぁ~……耳かきが終わって、肩をポンポンって叩かれて……んー……眠い……ダメだあ……動きたくない……。
「トレーナー君? もう終わったわよ?」
肩をゆっさゆっさと揺らされるけど、もうだめ、このままマルゼンスキーの膝でお眠するから。
「……このまま、寝かせてください、お願いします」
横目でマルゼンスキーの様子を見ながらお願いすると、彼女は嬉しそうに笑った。
「勿の論よトレーナー君。さ、ゆっくりお休みなさい」
優しい彼女の声に安堵して改めて目を閉じると……眠気が襲ってきて……耳に彼女の心地よい子守歌も聞こえてきて……
「んん……母さん……」
無意識にそんなことを呟きながら……私は眠りに落ちていった。
心地良い眠りから覚めた後、マルゼンスキーに頬を引っ張られながら怒られる事になるとは、夢にも思う事もなかった。