サボり癖のあるスカイにちゃんとトレーニングさせるために頑張るもなんだかんだで手玉に取られ……それでもスカイからはちゃんとした信頼関係を築けているトレーナーって凄いんだなと思う今日この頃です。
「ふぁ……眠い……」
あくびをしながら俺はトレーナー室へ向かう。先日菊花賞に勝利した俺の担当ウマ娘のセイウンスカイだが、流石に連続でレースに出させるほどのモチベを維持させるのは無理だと判断して今は過度なトレーニングを抑えて有マ記念に向けて調整している。
とは言え、俺みたいな勤続年数の浅いトレーナーにとってそう言う調整の為の感覚と言うのも分らず、毎日四苦八苦しているわけだが……。
「スカイのやつ、ちゃんと勉強してるだろうな……」
スカイは確かな才能を持っている。だが、生来の怠け癖のせいでどうもそれを活かし切れていないような気もする。あいつがちゃんと活躍できるよう、俺が頑張らないと……。
そう思って部屋の扉を開けた俺の眼に入ってきたのは、ベッドで今にも寝そうになってるスカイの姿だった……。
「こらスカイ! 今日は勉強の日だろ! 寝るな!」
声を上げるとスカイは眠そうに瞬きをしながらこちらを見てくる。
「えー……良いじゃんかー。こないだまで菊花賞の為に全力で頑張ったんだからー……しばらくはお休みしても良いでしょー」
「そうやって気を抜いたらすぐにライバルに追い抜かれるんだぞ。別に全力で勉強しろとは言わないけど、ゴロゴロしてたらすぐに衰えるからな」
こいつの同世代には明らかにやばそうなのが何人も居るんだ。休息も大事だが、ここで気を抜きすぎればあっという間に追い抜かれてしまう。だからこそ気の抜けすぎには注意しないといけないのだが……目に見えてやる気がないなこいつ。
「それじゃぁさぁ。集中力のトレーニング、付き合ってくれない?」
? 珍しいな、自分からトレーニングをするって切り出すとは。だが、それなら応えてやるのがトレーナーの義務だ。
「トレーニングならいくらでも付き合うぞ」
俺がそう答えると、スカイがニヤリと笑った。これは……何か企んでるのか?
「はーい、言質頂きましたー。それじゃ、ちょっと待っててねー」
そう言うと勢いよくベッドから飛び起きたスカイがなぜか耳かきの用意をし始めた……なぜ耳かきなんだ?
「……なぁスカイ。なんで耳かきの用意してるんだ?」
「えー? 鈍いなートレーナーさんは。トレーナさんの耳かきをするからに決まってるじゃないですかー、常識で考えて」
……いや、それは流石にダメだろ。前にやってもらったけど、あれは眠くて半分以上脳みそが動いてなかったからついやってもらっただけで、本来ならやってもらうべきじゃないんだぞ。
「スカイ。俺達はトレーナーと担当ウマ娘であり、過剰なスキンシップと言うのはだな……」
「えー? でも、前にやってくれましたよね? ほら、これ証拠ですよ」
そう言ってスカイが見せてきたのは、明らかに膝枕で寝ている俺の寝顔だった。おま……おまっ、いつの間に!?
「んぐっ……だ、だが、あの時は眠気で判断力が鈍っていて……」
「えー? 社会人としてそんな言い訳が通用すると思うのー? 他の人にも意見を聞いてみようかなー」
上目遣いでそう言ってくるスカイに俺はなんとか反論しようとするが……ダメだ、頭が混乱して、まともな言葉が出てこず、結局口の中でもごもごという事しかできない。
「ねぇねぇトレーナーさん。年下の女の子に言い負かされるのってどんな気持ち? どんな気持ち?」
「……スカイ。流石に怒るぞ?」
流石に調子に乗りすぎてるのを感じてちょっと本気の口調で注意すると、スカイは肩をすくめた。
「ごめんごめん。流石にセイちゃんも言い過ぎたって反省しちゃうよ。でも、耳かきはしても良いよね? 集中力のトレーニングにもなるしさー。ね、良いでしょ?」
「……わかった、わかったから……その画像を誰かに見せたりとかするなよ。フリじゃないからな?」
まぁ、耳掃除は集中力が居るからな、まったく無駄な事ではないだろう……と自分に言い聞かせる。言い聞かせないと納得できない。それに、あの画像を周りに広められたらシャレにならない。
「それじゃぁー……早速始めましょうか。ほら、トレーナーさん、早く早く」
ベッドに座ったスカイが膝を叩いて俺を呼ぶ。眉間に皺が寄っているのを自覚しながらも、俺はスカイの膝枕に頭を置いた。
「ねぇー、トレーナーさん。そんな渋い顔をしないで欲しいな。そんなに私の膝枕って嫌なの? 本気でイヤなら、そりゃ……私もやめるけど」
「……嫌なわけないだろ。嫌なわけじゃないから困るんだよ」
スカイの膝枕なんて、可能なら俺の方からおねだりしたいぐらいだ。だが、俺には立場があるし、スカイとは性別も違う。俺の方から頼むなんてできるわけがないだろ、常識で考えて。
「……それじゃ、耳かきをしていきましょうか。温かいタオルでトレーナーさんの耳をゴーシゴシ」
少し反応が遅かったが、スカイがタオルで俺の耳を擦り始める。温かいタオルにくるまれ、外側も窪みも丁寧に拭かれていくというのはなんとも気持ち良い。
「どーお、トレーナーさん。気持ち良いでしょー。ちゃんと窪みもギュッギュッと擦っていくよー」
「ん……けっこう念入りにするんだな」
普段のけっこうてきとーな部分があるスカイからは想像がつかないぐらい丁寧に、念入りに拭かれてるのを考えると、何と言うか耳かきなんかよりもトレーニングでもっと頑張ってほしいと思うのは俺の我儘だろうか。
「ゴーシゴシ、ゴーシゴシ……うん、こんなところでしょ」
やがてタオルが耳から離れ、籠っていた熱が空気の中に放熱され、残った水分が冷やされた時のひんやりとした感触だけが残る。そんな耳に、次は綿棒が擦られ、残った汚れを擦り取られていく。
「外側は……そんなに汚れてないのかな? うーん、もっと汚れてると思ったんだけどなぁ」
「……いや、残念がる事か? 汚くないほうがいいだろ」
俺が横目でスカイを見上げると、彼女はヤレヤレ……とばかりに肩をすくめられた。なんでだ?
「前回は外側も汚かったしねー。んー、それじゃぁ中はどうかなーっと……んー、んー?」
中を掃除しようとしているスカイの動きが少し止まる。どうしたんだ?
「ふっふっふっ~。汚れてるのはっけーん。さてさて……簡単にとれちゃうのかな? それとも、手強いのかな?」
中が汚れている事が嬉しかったのか、少しテンションが高くなったように感じるスカイ。そして、耳かきが耳の中に入ってくるのを感じた。
「カリカリカリ……カリカリカリ……トレーナーさん、痒いところはございませんか?」
「んん……特にないけど……早く取ってくれると嬉しい」
強いて痒い。と言うほどではないが、やはり耳垢を引っ掻かれるのは痒みを伴う。気持ち良い感覚もあるけど、できれば早く取ってほしい。後、スカイの膝枕のせいか眠くなってきた、早くどかないと寝てしまう。
「もー、トレーナーさんが鍛えた足なんだよー。もっと堪能して欲しいのになぁ」
そんなプンプンという擬音が聞こえてきそうな不貞腐れたような口調だが、耳かきは止まることなく耳垢を掻いていき……んっ、やっと取れたか。
「ガリガリガリ♪ ガリガリガリ♪ うんうん、トレーナーさんの耳が綺麗になっていくのは楽しいなー」
「そんな事に楽しみを見出さなくて良いんだぞ」
耳掃除を続けるスカイは本当に楽しそうで……でも、こんな事に楽しみを見出さなくて良いんだぞ。せめて他の友達とかへの耳かきに楽しみを見出してくれ。
「もう、そんなつれない事言っちゃってー。はい、取り敢えずこっちは取り終わりましたよ」
なんやかんやと話している間に耳かきが終わったようだ。汚れてるとは言われたが、難しいわけではなかったか。
「後は、こまか~い汚れをザリザリっと……うん、これで良し。それじゃぁお待ちかね。ふ~……ふ~……」
「んぐっ……はぁ……」
耳かきが終わったかと油断してたら息を吹きかけられた。これは……ヤバイ、癖になりそうなんだよ。絶対にバレられないようにしないと……。
「はい、こっち側お終いですから、次は反対側を……おやおやー? どこに逃げようというのかね?」
逃げようとしたところを掴まれ、グイっと引きずり戻され、抑え込まれる……どころじゃなく、俺の顔がスカイの腹に埋もれている。ヤバイヤバイ、ヤバイってこれは。
「ちょ……スカイ。もういい、もういいから……」
「だーめーでーすーよー。はい、おとなしくこっち側をやっていきましょうねー」
なんとか逃げようともがくも、ウマ娘にしっかりと抑え込まれては人間に為す術はない。それでもなんとか逃げようとしていると……。
「ほらー、動かない動かないー。タオルでゴシゴシしてあげますから、動いちゃだめですよー。それに……おとなしくしてるほうが早く終わる……そう思いません?」
耳元で囁かれた言葉に俺は悩み、考え……そして、結局、動けば動くほど呼吸が荒くなってスカイの匂いを感じることになると気づいたので、おとなしくすることにした。
「あたたかーいタオルで、ごしごーし。ごしごーし。窪みもギューッと、汚れを拭き取っちゃいますからね」
「んん……これ……気持ち良いんだよなぁ……」
おとなしくすると決めた事で気持ちに余裕が生まれたのか、タオルで擦られ気持ち良くなり、つい安心してしまう。
「外側をゴシゴシ、ザリザリザリ。タオルで取れなかった分の汚れをゴーシゴシ♪」
「おお……けっこう隅々までグイグイいくなぁ」
先にしてもらった耳の外側掃除の時にも窪みの隅々までグーッと、痛くない程度の力加減で掃除されるとそれもそれで気持ち良い。
「中は~、黄色く固まった耳垢とか~、細かい粉とかを~ゴーリゴリ、ザーリザリ♪」
「んぐっ……痒い……けど、気持ち良い……」
普段触る事がない耳の中への慣れない感触、瘡蓋を剥がすときのような痛痒い気持ち良さ。それを愛バのスカイにしてもらってると言うので、気持ち良さが倍になる。気を抜くと理性が崩れそうで怖くもなる。
「耳かきが終わったらー……息をふ~……ふ~……」
「うぉぉぉ……ちょ、ゾクゾクする……ッ」
掃除が終わって皮膚が露出してる部分に吹きかけられる吐息。ヤバいぐらい気持ち良い。背筋がゾクッとする。
「……さてさて、耳かきはお終いですから……このままおねんねしましょうね」
「いや、大丈夫。大丈夫だからもう放してくれれば……」
昼寝はできない。前は元々半分ぐらい寝てたからまだ良かったけど、今は……眠いけど、あの時ほどじゃない。だから逃げるぞ……。
「もー、人間はウマ娘には勝てないんですから、トレーナーさんは大人しくセイちゃんのお膝で、おねんねしてくださいってば……わかってるんですよ? トレーナーさん、最近そんなに寝てないでしょ。愛バのわたしにはよーくわかるんですからね」
「いや、そんな事は……」
やはり逃げようとしたのを抑え込まれて誘惑される。ヤバイ、これは悪魔の誘惑だ。負けない、トレーナーとして、悪魔の誘惑には絶対に負けるわけにはいかない……!
「セイちゃんにはわかるんですよ。トレーナーさんが私を見てくれてるように、私だってトレーナーさんの事を見てるんですから……明日からちゃんとトレーニングしますから、今日ぐらいは……ね?」
「ムムム……」
「何がムムムなんですかー。ほら、さっさと寝てください、寝ない限り離しませんからね」
ガッチリと抑え込まれ、もしも本気で暴れても抜けれそうにないし、スカイに間違っても怪我をさせるわけにもいかないし……何より、俺の本能がもう眠りに入ろうとしている。ここまで来たら俺ももう諦めて、体の位置を微調整してから目を閉じることにした。
(あー……やばいなぁ、スカイに手玉に取られてる……)
このままスカイに我儘をさせる余地を与えるわけにはいかない。いかないんだが……今日はもう……寝よう。