勇者様との交換日記   作:雷神デス

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プロローグ

 その人への第一印象は、あまり良い物ではなかった。

 あまり手入れされていない黒く長い髪、髪の隙間から見える陰鬱な目。

 思わず怯むが、こんなもので怯んではお役目を真っ当出来ぬと思い直し気を引き締める。

 胸を張り、敬礼をして跪く。

 

 

「初めまして、勇者殿!俺の名前はバトラと申します!」

 

「……」

 

「勇者殿の護衛騎士の任を授けられた者です!勇者殿の威光に相応しい騎士となれるよう、精進していきたい所存!」

 

「……」

 

 

 挨拶をしてみたが、何も返してはくれない。思わず聞いていないのかと思ったが、目だけはギョロリとこちらを睨んでいる。けれど口を開ける気配はない。

 もしかしたら、何か機嫌を損ねてしまったのだろうか?そう考え顔色を伺うが、顔を見るとすぐに目をそらされ、俯いてしまう。

 

 

「勇者殿のお名前を聞いてもよろしいでしょうか!」

 

 

 無論、護衛騎士としての任を任される際に諸々のことは聞いていたが、何か話す切っ掛けをと思い質問をしてみるが何も反応は無い。

 まるで『お前と話すことなど何もない』と言われているような気分だった。

 

 

「申し訳ありません!今はお邪魔だったようですね!また後日伺い直します!」

 

 

 何を言っても言葉を喋らず、俯くだけの少女を見て。

 ほんの少し、これから先のことを思い気が重くなった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 『勇者』

 

 それは異界の地より魔王を倒すため呼び出された神の加護を受けし戦士達の通称だ。

 勇者は皆驚異的な力を持つ武器『聖剣』を所持しており、身体能力や魔力保持量も凡人が何人いたところで届かぬほどに高く、強い。

 しかし呼び出されたばかりの勇者は戦いの経験がないらしく、魔物一匹殺すことさえ躊躇する。それ故か、過去には魔王の元に辿り着く前に魔物に騙され殺された勇者もいたらしい。

 そんな事態を防ぐために、勇者には必ず騎士団の中から信頼される騎士を一人付けることが習わしとなり、その騎士を『護衛騎士(ガーディアン)』と呼ぶようになった。

 

 護衛騎士の役目を携わるのは、騎士達にとって最上位の名誉となる。

 勇者と共に魔王を倒し、人々から絶賛された騎士王アーサーを始め、歴代の護衛騎士は騎士達の憧れの的とされてきた。

 そんな護衛騎士に、本来であれば自分のような未熟な騎士が選ばれることなどないのだが―――

 

 

「勇者様の数が二十四人ですか?」

 

「うむ」

 

 

 上司であるロベール卿に呼び出された俺は、突然聞かされた事実に思わず耳を疑った。

 勇者が一人ではなく複数人となるのは、歴代から見ればそう珍しいことではない。

 過去には勇者が最大で四人いたこともあるし、その程度の人数なら護衛騎士の数もさして問題ではない。優秀な騎士をそれぞれ期待度の高い方から順番に与えればいいだけだ。

 だが―――二十四人の勇者というのは、歴代でも前代未聞だった。

 

 

「通常ならあり得ぬことだが、勇者殿達曰く授業中……つまりは学び舎で勉学を学んでいる最中に、召喚用の魔法陣が出現したらしい。それに全員が巻き込まれてしまったようだ」

 

「それはまた、凄いことになってますね!」

 

 

 なんとも間が悪い。

 勇者は数が少なければ少ないほど力が強くなる。神の加護が一人に集中すれば、魔王以外の魔物ならば苦戦することなく倒せてしまうほどに。

 だが、神の加護が分散されてしまう複数人召喚の場合は別だ。一人で戦えば一部の強力な魔物にも苦戦し、全員が力を合わせなければ魔王に勝つことが出来なくなるほど弱体化してしまう。

 過去に魔物に殺された勇者というのも、神の加護が分散してしまった故ともいわれている。

 四人程度でもそうなってしまうのに、それが二十四になればどうなるか。

 

 

「幸いにも、今回の護衛騎士候補達は強力だ。あのランスロ―卿を筆頭に、幹部級にすら通用する力を持った騎士達がいる。だが―――」

 

「護衛騎士候補は十二人、足りませんね!」

 

「その通りだ。まさか護衛騎士の数が足りないという事態になるとは、思いもしなかった」

 

 

 それはそうだろう、と頷く。

 勇者が一人であった場合は、ランスロ―卿が護衛騎士になるだけの話。他の護衛騎士候補は複数人の勇者が召喚された場合の保険だ。二番、三番目の騎士達はともかく、十番や十一番の候補は自身が護衛騎士になることなど半ば諦めていただろう。

 

 それがまさかの十四人。用意された護衛騎士候補の倍の数である。

 今から護衛騎士を選抜するにしても、護衛騎士候補だった方達と比べればそう変わらない実力しか持ってはいない。突出した実力を持つ騎士は売り切れなのだ。

 

 

「……まさか、俺がここに呼ばれたのは!」

 

「そうだ。お前は二十四番目の護衛騎士として選抜された」

 

「本当ですか!?私が、護衛騎士に!」

 

「ある程度の反対意見もあったがな。私はお前がこの任務に適任だと判断した。その、色々とタフな性格を見込んでな。……まあ少し早まったかと後悔してもいるが」

 

 

 難しい顔をして眉間に皺を寄せるロベール公を傍目に、俺は歓喜に打ち震えていた。

 まさか自分等に名誉ある護衛騎士の役目が回ってくるなど、想像もしていなかったのだ。もしこれで功績を遺せれば、歴史に名を遺すことも不可能ではない!

 

 

「感謝します、ロベール公!あなたの期待に必ずや応えてみせましょう!」

 

「ああ、君に期待しておく。おそらく彼女は君のような、底抜け前向きな奴にしか心を開いてくれないだろう。根気強く彼女と向き合ってほしい」

 

「どういうことですか?」

 

「二十四番目の勇者殿……『シジョウコナラ』という名の彼女は―――」

 

 

 少し間を置いてから、ロベール卿は口を開いた。

 

 

「所謂、コミュ症というやつらしい」

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 初会合から、三日ほどが経った。

 今日もまた、碌に会話もできず終わった訓練の後、宿舎に戻り食堂で昼食をとりながらぼやく。

 

 

「……うーん、どうしよう!」

 

 

 最初は『コミュ症』という単語の意味が分からなかったが、彼女と出会ってようやくわかった。

 コミュ症とはつまり、あまり会話を得意とせず人と喋ることを嫌がる人を指す二つ名のようなものらしい。病気の類ではないようで安心である。

 けれどこのままでは彼女と心を通わせることはできない。何かアドバイスを貰えぬかと、同じ学び舎で勉学を共にしたはずの他の勇者殿に助言を求めてもみたのだが、その返答はだいたい同じだった。

 

 

『え、こならちゃん?あー無理無理、あの子マジで何も喋らないコミュ症だから』

 

『諦めた方がいいと思うよ。その、ご愁傷様?』

 

『誰ともつるまないし、いつも一人で親しい奴とかいねぇしな。無理なんじゃねぇの?』

 

 

 驚くことに、同じ学び舎にいたはずの他の勇者殿達とさえ、碌に会話もしてないらしい。

 どうにか話せぬものかと連日部屋を訪ねてはいるのだが、最初に訪れて

 

 

「せっかく護衛騎士になったというのにこの体たらく!こんなものでは、父上と母上に顔向けできない!どうにかして打開策を考えねば!見ていてください父上母上!俺は勇者殿と仲良くなってみせます!」

 

「何やってんの君」

 

 

 大きな声を上げる俺とは対照的な、呆れたような声色の女性が呆れた顔をして立っていた。

 同じ護衛騎士に選ばれた者の一人であり、最初に選ばれた十二人の騎士の一人。それもランスロ―卿に次ぐ二番目、同期最強の女騎士であり、太陽の子と称される超すごい騎士。

 俺が最も尊敬し、そして十二人の騎士の中では最も会話することが多いウェイン卿がそこにいた。

 

 

「おお、ウェイン卿!実は今、勇者殿と仲良くする術を考えている最中なのです!俺のような優秀な騎士でも三日かけて答えが出ぬこの難問、どうにか解かなくては俺に護衛騎士を任せてくれたロベール卿に申し訳が立ちませんからね!」

 

「万年ビリ欠の落第騎士が何言ってんだか」

 

「順位などただの飾りです!偉い人にはそれが分からんのです!」

 

「厄ダネ押し付けられたって聞いたけど元気だね~相変わらず」

 

 

 ケラケラと笑いながら酒を飲むウェイン卿を見てふと思いつく。

 このお方は色々とあれな性格をしているが、社交性はある。

 何せ噂では既に自身が担当する勇者とは深い絆を結んでいるらしいし、他の騎士達や貴族とのパイプも複数ある顔が広いお方だ

 もしかしたらこの人であれば、勇者殿と仲が良くなるアイデアを出してくれるかもしれない。

 

 

「ウェイン卿!どうか俺に知恵を授けてはくださらぬか!?」

 

「ん~?ああ、二十四番の勇者殿と上手くいってないんだって?」

 

「はい!人に頼る己の未熟さが憎いですが、あなたならきっと素晴らしい知恵をお貸ししてくださると考えまして!」

 

 

 ウェイン卿は少しだけ考えてから。

 

 

「あー……私もよくは知らないんだけど、交換日記ってのはどう?」

 

「交換日記ですか?それは一体」

 

 

 彼女は懐から複雑怪奇な文字(ギャル語と呼ばれるものらしい)が書かれた紙束を取り出す。

 ページを捲ってみれば、ウェインが書いたらしい丁寧な文章の筆跡と、形が崩れていて何を書いているのかよく分からない言語(これもギャル語というらしい、勇者たちの故郷は複雑怪奇な文字を好むのだろうか?)で書かれた文が羅列している。

 

 

「左が私で、右が勇者殿のものだね。複数人の人間が一冊のノートという白紙の本に、片方が日記を書いた後、それをもう片方に送ってそちらも日記を書く。それを繰り返し行うことを交換日記というんだって」

 

「……意図がよく分かりませんな?日記とは本来、誰にも見せぬものでは?なぜそれを他人に見せるのでしょうか」

 

「交換日記の意図は他者に自身にあったことや思いを見てもらうことで、相互の理解を深めるためらしい。勇者殿達の世界では、女子供の間で特に流行ったもののようだね」

 

「なるほど!」

 

 

 異世界にはおかしな文化があるものだ、と思いつつも意図を理解し納得する。

 なかなかに面白い試みだ。紙とペンさえあれば実行できるし、面と向かい合う必要もない。彼女がこれに乗ってくれるかは分からないが、試す価値はあるだろう。

 

 

「まああんたもいきなり実践するのは少し怖いでしょ?ここは何日か私と試しにやってみて、慣れた後にその勇者殿と―――」

 

「感謝しますウェイン卿!さっそく自室で文を書いてきますので、この礼はまたいつか!」

 

「……ああ、うん。いってらっしゃい」

 

 

 ウェイン卿が何か言いかけた気もするが、逸る気持ちを抑えられず食事を平らげ席を立つ。

 こうして、俺と勇者殿との交換日記が始まった。

 

 

 

 





 
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