腐っているなんて、自分でも分かってる。
いつも通りの空、いつも通りの教室、いつも通りの日常。
誰も私のことなんか気にも留めないのに、寝たふりをして過ごす休憩時間。
周りの楽しそうな笑い声は、私には関係のない出来事。きっと私にはこれから先もずっと、ずっと立ち入れない場所の出来事。
『あ、危ない!』
鈍い痛み。こつん、と頭頂部に何かが当たる。
頭をさすりながら下手人を見てみると、クラスの人気者の男子がテニスで使うようなソフトボールを使ってキャッチボールをしてたようだ。
教室でやるな、と少しだけ思いながらも、それを表に出さないようにボールを転がして返す。
『ごめんごめん。次から気を付けるよ』
心にもないことを言って懲りずに続ける男子達。それを見てクスクスと面白そうに笑う女子達。
この教室は、今日もいつも通りだった。
また今日も、寝たふりをして授業を受けて、放課後になれば学校から解放される。
そう思っていた、椅子が突然消えてなくなり、尻餅をつくまでは。
『君達は選ばれた』
世迷言を言う王様みたいな人。
王様は言う、私達は魔王を倒すために呼び出された勇者なのだと。
帰りたいという私達に、王様は当然のように言い放つ。
『帰るためには、魔王を倒さなければいけない』
そして、魔王を倒さなければ自分達も殺され、世界は滅びるとほざく。
あまりにも無責任に、私達に世界の命運なんかを背負わせる異世界の人々。
状況が分からず混乱する私達に向け、神官みたいな人は高らかに言う。
『さあ、勇者様!神より託された聖剣を手に、我らと共に戦ってください!』
クラスメイトは言う、『やるしかない』と。
先生は言う、『前に進むなければならない』と。
王様は言う、『あなた達なら出来る』と。
神官は言う、『それが使命だ』と。
皆は、言う。
『お前だけ何もしないのか?』
☆☆☆☆☆
「ねぇ、聞いた?」
勇者達、つまりは勝手に連れてこられた私達が使う食堂で、誰かが私に聞こえるように噂話を口にしていた。目線は明らかにこちらを向いているが、目をそらして何も見えないふりをする。
皆は護衛騎士という、私達の教育係みたいな騎士さん達と訓練をして、ヘロヘロになっていた。対して私は部屋に引きこもって何もせず、三日間を無駄にした。
だからそれはきっと、私に対する正当な罵倒なのだろう。
「あの子、また今日も訓練に行かなかったらしいよ」
「また?もう三日たつのに、まだ何もしてないの?ヤバくない?」
「きっとあいつ、他の誰かがなんとかしてくれると思ってるんじゃない?前にあいつの護衛騎士さんが相談しに来たよ、『どうすれば部屋から出てもらえるでしょうか?』だって」
「うわぁ、ご愁傷様。嫌な奴と組んじゃったね、その人」
何も聞こえていないふりをして、今日も冷たい目を向けてくる配膳係の人から食事を受け取ってテーブルにつく。
あまり美味しくは無いし、他の人より量が少ないけど、それでも食べなきゃ怒られる。先生は口ずっぱく食事と睡眠はとるように、と生徒に厳命しているからだ。
さっさと食事を食べ終えて、いつも通り部屋に戻る。
部屋に戻ってもすることなど無いけれど、部屋の外よりは安心する。自分一人だけの空間を邪魔する人は、
「失礼します、勇者殿!」
今日もきっちり同じ時間に、無遠慮に部屋の扉を開けて声の大きなあの人がやってくる。
私を担当しているらしい護衛騎士、名前はたしかバトラさん。
相も変わらずテンションが高くて、暑苦しい。私が苦手なタイプの、人生を楽しんでいるタイプの人だ。できれば関わってほしく無いけど、相手にとってはそうもいかないのだろう。
「今日は天気も良いですし、一緒に散歩でも行きませんか!外で食べるお弁当はきっとおいしいですよ!」
耳を塞いで、布団に閉じこもる。何も聞きたくはない、何も言ってほしくない。
そんな意思表示のつもりだったのだが、彼はそんなものなど見えていないとばかりに、テンションガン上げで話し続ける。
「実は最近城下街でおいしそうな果物を見つけたんです!勇者殿も気に入ること間違いなしのとっても甘いフルーツで、ぜひ勇者殿にも味わってほしくて!」
睨みつけるが、まったく引く気はないようだった。付き合ってられない、と布団に潜る。耳を力いっぱい塞いでいるのに、彼の大きな声はそんなものなど貫通して耳に入ってくる。
苦手なタイプだ、とことんまで苦手なタイプだ。人と仲良くなれることが当然と思ってそうな能天気な顔と、躓くことを知らないような前向きな性格。
私がいくら邪険に扱おうとも苛立ちや怒りをおくびにも出さず、ただただ話しかけてくるその態度。全部が全部、私と正反対で、苦手だった。
私が悪いことなんてとっくの昔に分かってる。
彼の仕事は私に魔王とやらを倒させることで、それを遂行するために私を働かせなければならないのに、私が外に出ないせいでそれが出来ないというのは分かってる。
こんなものがただの私のわがままなんてことは、分かってる。
けど、勝手に連れてきたのはこの世界の奴らだ。
私はこんな場所に来たくなかったし、剣を持って魔物と戦いたいなんて思ったこともない。
物語は物語だからこそ面白く、他人事だからこそ楽しめる。自分が当事者になっているにも関わらず、まるで漫画のようだと笑っている他の奴らは異常にさえ思えた。
私は死にたくないし、誰かを殺したいなんて思わない。
誰かと関わりたくなんて無いし、あなたと仲良くなりたいなんて思わない。
お前達は誘拐犯で、私達はその被害者なのに、なんでそんなに笑っていられる。
今で延々とどうでもいい話を繰り返し、部屋から出ていかない彼に私はいよいよ限界を迎え。
「あ、そうだ!勇者殿にお渡ししたいものがありました!」
何か言ってやろうと口を開けた瞬間に、布団の前にポスン、とノートのようなものを置かれる。表紙部分を見てみると、そこにはあまり綺麗ではない日本語で『交換日記』などと書かれていた。
突然の事態に熱くなった頭は冷め、なんだこれはという思考が頭の中を支配する。
「聞くところによれば勇者殿の故郷では交換日記なるものが流行っていたのだとか!それをすればお互いの絆は深まり、自然と話すことも増えるだろうと聞きました!なのでこのバトラ、一度試してみることにしました!」
ぺらりとページを捲ってみると、なるほど一日目という文字の後に長ったらしい文字が続いている。文字は汚いので、解読には少し時間がかかりそうだけど。
本来なら、初志貫徹を志すならこんなものと投げ返してしまうべきなのだろうが、何かを書くということがどれほど難しいかは私もよく知っている。事実、軽くページを見渡してみても何度も書き直した跡があり、彼の手はインクで汚れていた。
「もし気が向いたら、続きを書いて俺にお渡しください!では、今日はこれにて失礼!」
言いたいことだけ言って、そいつはさっさと部屋から出ていった。
布団の中から這い出て、交換日記だとかいうそれをじっと見てみる。
「……読むだけなら、いいか」
別に、続きを書こうなどとは思わない。
単純に、あいつがどんなことを書いているのか、それが気になったのと、暇つぶしのためだ。
懐柔なんてされていない、私は絶対戦わない。
そう心を固くして、汚い文字を読み進め―――
◆◆◆◆◆
「で?上手く渡せたの?」
「勿論です!」
胸を張り助言をくださったウェイン卿に経過報告をする。
最初は心配だったが、いざ交換日記の話をしてみたら勇者殿は露骨に食いついてくれた。返事を書いてくれるかはまだ分からないが、俺が魂を込めて書いた文は読んでくれるはず。
ならば彼女が俺の心意気に胸打たれ勇者としての使命を思い出すであろうことは自明の理!
「ふふふ、今からでも訓練メニューを考えなければいけませんね。俺と勇者殿ならきっと、他の勇者様達を追い抜き、今回の勇者の中で最も素晴らしき勇者として後世に名を遺すでしょう!」
「わー、根拠のない自信凄い。……ちなみに、なんて書いたの?」
「ええ、それはですね―――おや?」
いざ熱き魂を書き記した交換日記の内容を、こと細かに説明しようとしたちょうどその時、食堂の扉が開かれ一人の少女がずかずかとこちらに近づいてくる。
それはどこかいきり立っているようにも見える、勇者殿だった。
「おや、勇者殿!先ほどぶりですね、まさかもうお返事を?」
「……ねぇ、なんか怒ってない?」
「ハハハ、そんなまさか!怒らせるようなことなど俺には皆目見当が」
バァン、という音が食堂に響く。
神の加護により、常人より遥かに強化された肉体から放り投げられた日記は俺の顔面へと直撃し、あまりの衝撃と音に椅子ごと倒れ頭をぶつける。
痛む後頭部を抑えながら、体から何か赤いオーラのようなものを発する勇者殿を見る。
「ゆ、勇者殿?お返事をくださるのは嬉しいのですが、できれば手渡しで」
言い終える前に、彼女はスタスタと食堂を出ていった。
ウェイン卿と顔を見合わせ、交換日記に視線を落とす。
ウェイン卿は無言で交換日記を開いて、それに目を通して。
◆◆◆◆◆
一日目
勇者殿の事情、ご学友の方からお伺いしました。
勇者殿が口を開かぬ理由、それは、己の口臭を気にしているからだと。
ご学友は仰っていました、勇者殿は身だしなみを整えておらず陰鬱でなんかじめっとしてて不愛想であと口が臭そう、と。それらから導き出せる、勇者殿が喋れない理由は一つ。
つまり俺のような騎士を前にして、自らの口臭を晒してはいけないと考えているが故だと。
ですがご安心ください勇者殿。
俺はそのようなことまったく気にしません。
たとえ勇者殿の口臭がどれほどひどいものであろうと俺は受け入れる覚悟があります。
ぞんぶんにその口を開いてくださって構いません。
しかし勇者殿も俺のような騎士に嫌われたくないためにダメなところを見せたくはないと思います。なのでまずは文を通してお互いの気持ちを伝えあいましょう。
そしていつか勇者殿が俺に自らの口臭をかがれても嫌われぬだろうと確信した時に、その口をお開きください。
そんな日が来ることを願い、俺はこの文を綴ります。
これから短い期間になりますが、よろしくお願いします勇者殿!』
口臭がひどい勇者より
死ね
◆◆◆◆◆
ウェイン殿からまるでゴミを見るような目で見られた。
「え、これ女の子に送ったの?」
「はい!コミュ症と呼ばれる原因を探求した結果この結論に達し、俺がそのようなことは気にしないと伝えるため一日目の日記をこのような形にしました!」
「いや馬鹿じゃん」
その後、ウェイン殿から女性に対して口臭い言うのがどれほど罪深いか滅茶苦茶叩き込まれた。
女心って、難しいものなのですね。