仮面ライダービャクア   作:マフ30

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こちらではお久しぶりです。
この度、ありがたいことにビャクアのスピンオフを書いてくださっている作者さんとの交流などで意欲がわきましてセルフスピンオフのようなものを始めました。

分かりやすく説明すると響鬼における裁鬼さんや弾鬼さんの活躍を描いたショートストーリーのようなものです。
基本ビャクア本編だけで分かるお話ですが『マイヤ』『ソウテン』『テンユウ』の三大スピンオフ作品にも関連する小ネタがいくつか仕込んであったりします。

それでは改めて今後とも本作をよろしくお願いします。


異聞・御伽装士録
スイコの章 其の壱


 それはちょうどボクと沙夜さんが東北は岩手にある夜舞家のところへお使いがてらの旅行から帰ってきてからすぐに起きた小さな事件。

 

 まだまだ残暑が厳しい九月のある日の出会い。

 ボクにとって沙夜さん以外に初めて目にしたある御伽装士の小話。

 とある日の、とある町でのちょっとした出来事です。

 

 

 

 

 セミの鳴き声こそ終わってしまったものの、年々その期間を更新し続けている残暑のすごさはボクが暮らす名古屋も例外じゃない。快晴の土曜日というのは一週間の学業を乗り越えた心には気持ちがいいけど、正午前だというのにジリジリと照り付ける太陽光にはうんざりする。

 

「ふー……あちぃ」

 

 もうすっかり通い慣れた六角モータースの駐車スペースに乗ってきた宅配バイクを止めて、ヘルメットを脱ぐと微かに爽やかな風を感じて気持ちがいい。いくら私的に交流のある人たちとは言えお客様の前に酷い顔で行くのはよくないなと自分なりの営業スマイルも浮かべやすくなるようだ。

 

「よっと。相変わらずすごい数だな……毎回ホームパーティみたいだ」

 

 落とさないように気を付けて注文を受けたピザが入った箱の山をバイクから取り出す。

 今日は七枚。店長じゃなくても気前のいいこの上客さんには足を向けて寝れないな。

 なんてことを考えながら、ボクはピザの山を抱えて光姫さんがいるであろう六角モータースの事務所に直行……ではなく、相変わらず大きな音が鳴り続けている工場に顔を出す。

 

「こんにちわー! みなさんお疲れ様です! ピザお待ちどうさまです!!」

 

「よお永春! 元気か? ありがとよォ!!」

「相変わらず早いな! 良い仕事っすわ」

「姐さん事務所にいっからよお」

「駄賃に一杯茶ぁでも飲んで涼んでけよ! 昼からもバイトだろ?」

 

 金属音や溶接音がピタリと鳴り止んで安さんたちいつもの四人が灼熱の太陽も逆に火照らせてしまうような圧の強いマッシブな笑顔を返してくれる。

 

「はい! ありがとうございます!」

「お嬢は生憎と巡回中だ! 残念だったなあ」

「知ってますよ。今朝、やり取りしたばっかりです」

 

 それらしい得意げな顔を作って自分のスマホをチラつかせると芝居っ気のある重低音の歓声や口笛がボクをフレンドリーにからかってくれた。

 強面で屈強な平装士の皆さんともすっかり顔馴染になったボクは自然体の挨拶を返して、本来の目的地へと小走りだ。あんな劇的で怒涛の上半期を乗り越えてボクこと常若永春の日常はと言うと実はそんなに変わっていない。

 

 変えないようにしていると言っても良いのだろうか?

 こうしてデリバリーのバイトは続けているし、同時に沙夜さんたち御守衆との付き合いも大きく変わらずといった感じであくまで一般人の協力者というあやふやな立ち位置で頼まれたり、居合わせたら自分に出来る範囲で彼女たちの使命をお手伝いする。

 

 いつでも沙夜さんがただの女子高生になれるように、彼女と陽の当たる日常を繋ぎ止められる場所に立とうと思ってそうすることにした。いろいろと迷いや過ぎた欲はまだ抱えてはいるけれど――兎に角、そんな毎日を平和と表現していいのかは判断に困るけど、充実した日常を送っていた。

 

「失礼します。アカギーズピザでーす! 光姫さんご注文のピザお届けに上がりました……よ?」

 

 外観こそオーソドックスなカーショップな建物だけど、店長の趣味が大いに繁栄された木材をたくさん使用した明るいカフェみたいな内装の六角モータースの店舗。カー用品やカタログが並ぶ待合室の奥にある事務室にまで入り込んで光姫さんからお代を受け取ろうと思ったんだけど、予想していなかった状況がボクを待っていた。

 

「みつき……さん。じゃない? だれ?」

「おや?」

 

 事務室の奥にある一番大きなワークデスク。

 この店の主にして御守衆中部支部のリーダーを務める六角光姫さんの定位置には何故か見たことも会ったこともない女の人が座っていたのだ。

 

「やあ。こんにちは」

「……ども。こんにちは」

 

 分けがわからず困惑したまま立ち尽くしていると憂い気な表情で一枚の書類らしきものを眺めていたその若い女性と目が合った。彼女はボクのことを認識すると余裕のある、それでいて花の咲いたような明るい笑顔を見せて立ち上がる。

 

「じゃない! 失礼しました。アカギーズピザです。ご注文を頂いたピザをお届けに上がりましたのでご確認ください」

「あはは。そんなに畏まらないでいいよ」

「はあ、すみません」

 

 悪戯っぽく笑ってそんな風に言う黒の半袖Tシャツとジーンズという売り出し中のバンドマンみたいな格好の謎のお姉さんになんとも締まらない生返事をするのでやっとなボクである。

 だけど、弁解させてもらえるのならそれぐらいこの女の人からは眩しいほどの存在感が溢れているのだ。

 南国の海のような鮮やかな藍色の髪をラフなショートカットにして、モデルのようなスタイルと長身……ボクよりも背が高いから、おそらく175㎝ぐらいだろうか?

 

「わたしはお店の人間じゃないけど、先輩からデリバリー頼んだって聞いてるから大丈夫。それでお代はおいくら?」

「ええ、はい。少々……お待ちくださいね」

 

 さっぱりし垢抜けた雰囲気でそれでいて明るく人懐っこい感じの美人さんだった。

 ボク個人の趣向や好みの異性の方向性は置いておくとしても、万人から見て間違いなく綺麗な人にかなりの近距離まで歩み寄られたら自分のような何の変哲もない普通の男子高校生などモブAのような反応しか出来ないと分かってもらいたい。

 

「合計で18,200円になります」

「はは。昼から豪遊してるなぁ。大繁盛だね?」

「貴重なお得意様です。カードでもお支払いできますがどうしましょう?」

「お財布預かってるから現金で! えーっと、小銭は足りるかな……」

 

 光姫さんのことを先輩って呼んでいるってことは学生時代のご友人か何かだろうか?

 そんなことを漠然と考えていると「あった!」と弾むような声を出してお姉さんがピザ代ぴったりのお金を財布から取り出す。

 

「お待たせ。ご苦労様」

「ありがとうございます。またのご利用をお願いします」

 

 無事にお金を受け取り宅配完了。

 光姫さんに挨拶出来ないのは少し申し訳ない気がするがこちらも次の配達に備えないとなのでモータースを後にしなければいけないのだが少し妙な事態が発生した。現在進行形でボクの身に起きている。

 

「………ん? あのぉ」

 

 お金を渡すときにお姉さんはわざわざボクの手を取って、握るように渡してくれた。

 魅目麗しい大人のお姉さんにそんな刺激的なことをされたら男子高校生などという単純な生き物はあっさりと自信過剰な勘違いを引き起こしてしまう。ボクだって沙夜さんという大切な人がいるから正気を保てているけど、いきなりのスキンシップにはちょっと驚いた。

 

「お客さま……その、何か他に御用でも?」

 

 お姉さんが手を離してくれない。

 意外と硬くて、でもすべすべなお姉さんの手の感触と体温がずっとボクの手に伝わり続けている。

 

「君、学生さん? 精が出るね」

「はい。いま高二ですね…………未成年です」

 

 なんでいま自分で未成年アピールなんてしたんだろう?

 いや、現実から目を逸らすな常若永春。

 なんだか嫌な予感がしているんだろう。そうなんだろう!?

 

「そっかぁ。かわいい盛りだね! あ、男の子にそんなこと言ったらダメだよね。バイト頑張ってる君はカッコいいぞぉ!」

「ありがとう、ございます。ところで……」

「ところで! 仮に! 仮にだけど! 初対面の成人女性とお友達から始める健全な交友関係について……興味はあったりするかな?」

「――――――えぇっ」

 

 長い沈黙の後に自分でも驚くほどうんざりした声が出てしまった。

 圧も押しも強い。強すぎる。

 悪い人じゃないとは思う。

 だけど、ボクの目を一切ブレることなく見つめている鳶色の瞳と笑顔からこのお姉さんの意志の強さのようなものがヒシヒシと伝わってくる。

 

「その、ごめんなさい。自分いまは付き――」

「メリットはたくさんあると思うんだ。金銭的にも、あとバイクも車も免許あるから行動範囲も学生同士よりもずっと選択肢が広がるわけだしね。あと、迷える子犬くんに対して人生の先輩として色々とアドバイスも遅れる自信はあるよ」

 

 アドバイスをくれると言うんなら、この状況から脱出できる方法を教えてください。

 あと、せめて人の話は最後まで聞いて。

 と心の本音を声に出す勇気はとてもなく。

 曖昧なリアクションを浮かべている間にもお姉さんは腕に覚えもあるから変な輩に絡まれても安心とか、自慢じゃないけど顔とスタイルも悪くないとか、朗らかな笑顔はそのままにどこか自棄に見えるほど必死にアピールを続けていた。

 

「すみません。せめてお名前を教えてもらえないでしょうか? そうじゃないと答えられるものにも、怖くて答えられませんよ」

「あ……そうか、ごめん。わたしってばちょっと勝手に盛り上がっちゃってたね。ホントにごめんね」

 

 バケツ一杯の水をかけられて鎮火してしまった焚火のようにしゅんと表情を曇らせてボクに謝るお姉さん。思いもしなかったリアクションにもう少し言葉を選ぶべきだったかなとちょっと罪悪感。

 

「しかしだねえ~名前をちゃんと知りたいだなんて、ちゃっかりわたしに興味津々じゃないか~」

 

 前言撤回。

 ちょっとうざいなこのお姉さん。

 そんなに自分に自信あるならもっとランク高い男子高校生漁ってくれよ。

 名駅か大須あたりにホイホイ釣られるやつきっとわんさかいるよ。

 

「にはは。やはりいつの時代も思春期の男子とは本能に忠実だねえ……良き良き♪」

「あのぉ!」

 

 いつまでもこの調子じゃ埒が明かないのでお客様相手に多少無礼になってしまうけど、恋人がいることを白状してさっさと立ち去ろうと大きな声で言いかけた時だった。

 不意にお姉さんの左耳にあるイヤリングが視界に入った。

 ただのチェーンピアスだと思ったそれは翡翠色をした能面のような見慣れないデザインで、それはまるで。

 

「怨面……?」

「――君、なんでそんなこと知ってるの」

 

 うっかり口に出してしまったそのワードにお姉さんの様子が一変した。

 ボクを見る目がまるで猟犬のそれのように鋭くなる。

 握られたままの手が途端に万力のようにギリギリとボクの手に力強く食い込んでいく感覚が走る。

 見覚えのある変貌。

 ボクのよく知る少女が何度も見せてきた変化とそっくりで。

 

「こぉおおら! このバカ姉!! 堅気の店員さんになにやってんだ!!」

「ふぎゃん!?」

 

 息も出来ないくらいの緊迫の空気は呆気なく消え去った。

 いつの間にか事務室に入ってきたこちらも見たことのない切れ長の目元が印象的な金髪の若い男の人が謎のお姉さんを容赦なく丸めたカタログで引っ叩いたからだ。

 

「この愚弟ぇ! なにすんのさ~!」

「黙れバカ姉。知性の欠片もない妄言の八割方はお前の無駄にデカい声のおかげで筒抜けなんだよ。ピザ屋さんの仕事の邪魔してんじゃねえ!」

 

 声を張り上げる男の人はそう言ってお姉さんをボクから引き剥がすとこちらを見つめる。

 ギリっと苦虫を嚙み潰したような表情で深々とボクに対して頭を下げだした。

 

「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。気にせずお仕事に戻ってください」

「は、はあ……えっと」

 

 派手な柄シャツにデニムの短パンという海の家のお兄さんのような人はちょっと怖そうな外見とは裏腹にしっかした物腰でボクにお詫びの言葉を述べて早く行ってくれと店の外へと促す。

 

「待って待って! その子わたしらのこと知ってるっぽいんだって! 

「なにぃ?」

「あーその坊やは良いんだよ。アタシ公認さね」

「光姫さん!」

「こいつは常若永春。いろいろあって御守衆(アタシら)のことも化神のことも知ってる。まあ、民間協力者って感じの坊やだ。だから警戒しなくていいよ」

 

 お姉さんの言葉に金髪のお兄さんも怪訝な顔でボクを見る。

 ますますややこしくなる状況だったが幸いにも助け船がやって来てくれた。

 

「そうなの!? ありゃーだったら何度もごめんね」

「い、いえ……大丈夫です。それより」

「よ! バイトご苦労さん。もうちょっとで折角届けてもらったピザが冷めて台無しになるところだったよ」

「光姫さん……この人たちも御守衆の人たちですか?」

「そうだよ。中部支部の頼れる仲間さ」

 

 ニヤリと笑った光姫さんは流し目で合図を送る。

 するとコホンと一つ咳払いをして、お姉さんが満面の笑みで口を開く。

 

「御伽装士やってます! 龍宮潮(たつみや うしお)だよ! 改めてよろしくねー永春ちゃん」

「弟の(ながれ)だ。およそ理想的なファーストコンタクトとは思えないだろうが……まあ、友好的な付き合いをよろしく頼む」

「話せばいろいろと長くなるし、続きはピザ食いながらだな。坊やも食ってけ。店長には電話しといてやんよ♪」

 

 こうして九月の土曜日にボクは思わぬ出会いをした。

 そして、やっぱり一番のマイペースは光姫さんでした。

 

 

 

 

 六角モータースの敷地内には緊急時の来客等を避けるために任意で起動できる認識阻害や人避けの結界が張られている。現在正午を少し過ぎた頃、その結界が作動中の事務所では御守衆のランチタイムの最中だった。

 

「そうやぁ永春は俺ら以外に中部支部の御守衆に会ったことなかったな」

「俺らで大体なんでもやってるから他の平装士や職人組みたいな専門分野の連中もそれぞれの持ち場や仕事場にいるのが常だもんな」

「いやー有能で辛いっすわー」

「万年人手不足気味なのをマンパワーで誤魔化してるとも言うが……まだ末期じゃないからいいだろうよ」

 

 木材が多く使われた明るくお洒落な内装の事務所は肉密度1000%なタフガイたちが一人一箱ピザを抱えてかぶりつくなんともワイルドな光景が出来上がっていた。

 

「た、大変なんですね」

「こればっかりは土地の問題もあるからね」

 

 手に付いたピザソースをぺろりと舐め取りながらしみじみと言う。

 

「中部地方は山岳地帯が多いうえに過疎化で人が暮らしている地域間も距離があったりで人手なんて仮に百人単位で増加があったってまだ足りない」

「名古屋はまだしも愛知県だって市外は自家用車ないと生活できないって言いますもんね」

「首都圏以外はどこも似たり寄ったりだから、今更それで泣き言は言わないけどね。その対策も各支部であれこれ工面してるのさ。アタシらは各県に何人かの副頭目を置いて各々の活動にある程度の自由を設けて働きやすい環境作りをウリにしてるがね」

「丸投げともいうー」

「うるせー」

 

 どこか自嘲気味な苦笑を浮かべる光姫さんの隣で安さんたちと同じくピザ箱一個をキープして四切れ目をパクついている潮さんがにまにまと横槍を入れてくる。当然ながら、鬼のように鋭い光姫さんの睨みを受けるが当の本人は慣れたモノなのか平謝りでケロッとしている。

 

「そんなにアタシに管理されたいならそう言いな。今日の内に地獄のクソローテ組んでこき使ってやるよ潮」

「いやーそれは勘弁」

「身内としては是非そうしてもらいたいものです頭目」

「ちょっと流ちゃん!?」

 

 光姫さんと同じ箱からピザを共有している弟さんの方はどうやらこちらの味方に付くらしい。

 潮さんも個性的だけど、流さんも見た目は正直安さんたちと同じくアウトローな感じだけど基本的には落ち着いていて、だけど無愛想と言うわけでもない不思議な雰囲気の人だ。

 

「で、こいつらは主に三重を中心に活動してもらっているのさ」

「へー……あれ? でも三重県って中部じゃなくて近畿地方じゃなかったですっけ?」

「そりゃあお国が決めた区分けだろう。御守衆じゃ東海三県の括りもあって中部地方に組まれてるんだよ。総本山がある京都や奈良とあの地方は重要な土地が密集しているもんだから負担を減らしたいのさ。それに……いや、御守衆じゃない坊やにあれこれ言いすぎる必要はないか」

 

 そういうものなのか。

 岩手の夜舞さんのところに行った時に御守衆という組織の大きさを思い知らされたような気でいたけど、その規模はボクの想定していたスケールより遥かに大きいものだったんだなと思う他ない。

 

「ところで潮さんがさっき光姫さんのこと先輩って言ってましたけど……」

「なんてことないさ。潮がまだ御伽装士として駆け出しだった頃にまだ平装士やってたアタシが専属のサポート役に付いて世話焼いてただけだよ」

「懐かしいねー先輩! いやぁー二人で乗り越えたあの艱難辛苦の数々と目くるめくあたたかな思い出……いまでも胸が熱くなるなぁ。それがこんな山賊の頭みたくなっちゃって」

「勝手にあれこれ捏造するな。大体お前新人の頃からパニックになったりテンパったりしながら結局化神共を完膚なきまでに血祭りに上げてきただろうが」

 

 頬に手を当てて昔を懐かしむ潮さんにピザを食べ終えて食後のコーヒーに手を付けていた光姫さんの冷ややかな訂正が飛ぶ。思わぬところで光姫さんの過去にも触れたことでボクはついまじまじと顔を見てしまっていた。

 

「どうした坊や? アタシの顔に何かついてるかい?」

「いや……なんていうか、新人の下っ端の頃があったんですね光姫さんにもって」

「アタシを何だと思ってんだい」

「生まれながらにボスだったのかなって」

「ハッ! それなら今頃世界の全てを手中に収めてたんだけどねえ」

 

 軽口を叩く光姫さんだがもしかしたらがありそうな風格を備えたこの人が言うと冗談に聞こえない。規模はともかくボスという単語で何かを思い出した光姫さんはスッと潮さんの前に手を出した。

 

「おう。忘れるところだった。始末書さっさと見せてみな。まだ書けてないとは言わせないからね」

「はいよー」

 

 思わぬ言葉に耳を疑った。

 一体どういうことだろう?

 他人事なのに動揺が隠せないボクの目の前で潮さんは光姫さんのデスクに置いたままだったあの書類のようなものを手渡していた。

 

「何事です? というかボクいる場でいいんですか?」

「んー……丁度いいや、坊やも読んでみろ。忌憚のない意見を聞かせてくれよ」

「ええっ!?」

 

 何を考えているのか光姫さんは自分が目を通した後に始末書なんて重要なものをボクに手渡してきたのだ。当然困惑しかないけれど、一緒にいる安さんたちが止めないということは大丈夫だということなんだろうか? とにかく何もしないままでは状況は変わらないし、ボクは意を決して潮さんの始末書とやらに目を通す。

 

「え? は? 私、龍宮潮はマッチングアプリで知り合った愛知県在住のA氏と交際寸前まで漕ぎつけるも偶然同氏が悪質な結婚詐欺師ということが発覚。ショックのあまりに殴り倒した上に忘却術で一部記憶を消した後に警察に突き出すに至りました。装士としての能力の私的使用につきまして大変反省している次第です。加えて……――」

 

 始末書と言うか反省文と言うか、つまりは悪い男に騙された怒りと悲しみと恨み言に一応の反省の念がその一枚の用紙につらつらと書かれていた。どうやらこの女性は男運ないし恋愛運がとても残念な人のようなのだ。光姫さんじゃなくとも呆れてものが言えない。

 

「というか! 始末書書いたその場でボクにちょっかいかけてるとかダメにダメじゃないですか!?」

「だって! こんな仕事してたら恋も愛もなくあっという間に手遅れになるんだよ!? 直感に従って生涯のパートナーは速攻でキープしないと心の安息が行方不明になっちゃうんだって!」

 

 化神の魔の手からみんなを守るために学校にも満足に通えずに頻繁に任務に赴く沙夜さんを見ているだけに言いたいことは分からなくもないけど、だとしても潮さんは直感に従い過ぎではないだろうか?

 

「先輩みたいに白馬の王子様がジェット機に乗って向こうからやって来てくれるなんてご都合のよろしい展開なんて普通はないんだよ!?」

「めんどくせーやつだねえ。じゃあ、アレだ。安、中、杉、梶! アンタらの中でジャンケンして誰かでもらってやんなよ。潮! コイツらならいい漢だし悪かないでしょ?」

 

 なんか光姫さんは光姫さんでとんでもないこと言いだしたよ。

 スーパーの売れ残りお惣菜を片付けて廃棄品ゼロにするわけじゃないんだよ?

 

「いやー姐さんの頼みでも」

「流石にキツイっすわ」

「俺らにも人権ありますし」

「何らかのハラスメントですよ」

 

 安さんたちも遠慮も慈悲もない追い討ち掛けないで!

 潮さん黒板引っ搔いたみたいな変な悲鳴上げて崩れ落ちちゃってるじゃん。

 あと、流さんは実のお姉さんが徹底的に尊厳踏みにじられている中でなんかタブレット操作して我関せずなのも流石に如何な物じゃないのかなぁ!?

 

「誰か……沙夜さぁん」

「はい。お呼びですか?」

 

 好き勝手に振舞う大人たちについていけず、とはいえこの混乱を捨て置いて立ち去ることも出来ずに自分の無力さを噛み締めていると自然と彼女の名前を口にしていた。

 するとまるで救世主が降臨してくれたかのように、彼女の声をボクの耳は拾った。それは幻聴や錯覚じゃなくて――。

 

「沙夜さん!?」

「こんにちは永春くん。バイトお疲れ様です」

 

 夢でも幻でもなく彼女はそこにいた。

 まだまだ汗ばむ暑さを感じさせない綺麗な夜の闇を思わせるサラサラな黒髪を風に流しながら。

 今日はいつものセーラー服ではなく、装士として活動する際に好んで着ているという黒のチェスターコート姿で凛々しさが際立っている。

 

「光姫さんただいま戻りました。私の昼ご飯分、食べちゃってないですよね?」

 

 物部天厳を討伐した功績もあってすっかり中部支部の主力御伽装士として活動するようになった沙夜さんは以前よりも広域になった担当エリアの巡回から帰還して、光姫さんに報告をする。

 本人は意図していないだろうけど、沙夜さんの登場と言う変化で事務室内に渦巻く混乱はきっと沈静化してくれるはずだ。本当にボクの彼女さんはいつだって頼りになる素敵な人だ。

 

「って、あれ? 潮さん!? あ、まっ……その!」

「さやちー!!!! 会いたかったよぉおおおおおお! 汚い大人共がわたしをイジメるんだよぉ! 癒してええ!!!!」

「ぬっ……!! お、おひさしぶりです潮さん。あ、はは」

 

 沙夜さんを見つけた途端に潮さんは飛び上がるとキラキラした飛び切りの笑顔で猛然と彼女に抱き着いて泣きついた。まるでイノシシと自動車が激突したような音が聞こえたので恐らく並みの大人だったら吹っ飛ぶような強烈なハグなのだろう。

 きっと常日頃御伽装士として鍛錬を頑張っている沙夜さんだから踏み止まれたんだ。流石沙夜さんだ。でも、なんだか沙夜さん様子がおかしい?

 

「光姫さんこれはどういう? 何故いまここに潮さんが!?」

「ごめん沙夜……あんた今朝早くに出ちゃったから、今日こいつら来るって伝えるの忘れてた。ホントごめん」

「お世話になる望月。苦労を掛けるがよろしく頼む」

「でしたらお姉さまを引き剥がしてもらえないでしょうか流さん!」

 

 ああ、そうか。

 いまの沙夜さんのリアクションで合点がいった。

 ボクは沙夜さんと仲良くなれたから失念していたけど、彼女は本来人見知りなんだ。だから、いくら秘密の組織の仲間であっても、あんなにアグレッシブでフレンドリーに接してくる相手には苦手意識が芽生えてしまうのも無理はない。それでもきっと沙夜さんは悪い人ではないですよとフォローを入れる優しさを見せるんだろうな。

 

「大丈夫沙夜さん?」

「ええ、平気です。ちょっと私には気おくれしてしまうほど陽気な方ですけど、潮さんは強くて気さくな良い人ですから」

 

 ほらね。沙夜さんは本当にやさしいな。

 でも、そう言いながら潮さんを引き剥がしてもらった彼女はそそくさとボクの後ろに隠れて、ひしとまるで自分を盾にするようにしがみついている。頼られるのは嬉しいけど、沙夜さんの行動に何故か潮さんは愕然とした表情を浮かべていた。

 

「なにがどういうこと? あの人見知りで奥手なさやちーが男子に躊躇いなく密着を? お二人は一体?」

「見てわかるだろ。付き合ってんだよ。恋人、彼氏彼女、カップル、アベック。分かるか?」

「……………そうなの永春ちゃん? 本当なのさやちー?」

 

 ボクたちが説明する前に光姫さんがズバッと潮さんに真相を教えてくれた。

 なのでボクはこれ以上ややこしい状況にならないように徐々に色彩が失われていくように呆然とこちらを見つめてくる潮さんにコクコクと頷くに留めておく。

 なのだが沙夜さんの方は違ったようで長年の過剰なスキンシップに思うところがあったのだろうか、まるで潮さんに見せつけるように無言のまま満足げにボクを後ろから抱きしめて、ムフーと小さく微笑んだ。

 

「おめでとう、さやちー」

 

 とても生気の感じられない乾いた声でボクたちを祝福してくれた後に潮さんはその場に音を立てて崩れ落ちた。

 

 

 

 

 ボクと沙夜さんの関係を知った潮さんはあれから蹲ったままさめざめと泣きだしてしまいました。

 ただ流さんはおろか光姫さんや安さんたちすら顔色一つ変えないところ、御守衆ではよくある光景なのかもしれません。

 

「ぐず……うぅ、ううぇえ……ひっぐ、うわあ……おおぅ、おぉぉん……うおぉぉんん!!

 

 すごい。成人女性のギャン泣きだ。

 なんて迫力なんだ。そしてこの居た堪れなさ。

 美女の涙は美しいだなんてドラマとかでは表現するけど、ボクの目の前にある女性の嗚咽は悲しみが振り切れてまるでオットセイの慟哭にしか聞こえない。

 

「おい二十五歳児、いい加減に泣き止め。クセはあるけどあんたも良い女なんだからそのうち良い奴みつかるって」

 

 どうすることもなく眺めていると痺れを切らした光姫さんがやれやれと慰めてフォローを入れ始める。なにも悪いことはしてないけど、ちょっと申し訳なくなる。

 

「だってーさやちーとは三十歳過ぎても恋人出来なかったら干物女子同盟を組もうって約束してたのに……信じてたのに!」

「約束してませんから。毎年忘年会で潮さんが似たようなこと言ってますけど、私は一緒に誓った覚えはありませんってば」

「おおぉぉぉん……置いていかないでぇ」

「あーあ……なんでウチの御伽装士はどいつもこいつも変な奴しかいないのかねえ」

 

 一応、泣き喚いて落ち着きだした潮さんを確認して光姫さんはソファーに身を預けると盛大に溜め息と一緒に管理職の苦労を隠すことなく吐き出した。

 

「先週に一部の頭目たちと会合したけど、仙台なんかにゃ親父さんから怨面引き継いだ若手の装士がそれはもう絵に描いたような真面目で気持ちのいい有望株だって自慢してたよ。棚ぼたで受け入れたわけありの娘の方も筋が良くて期待してるってさ」

 

「あんたのせいだろう」

「間違いなくウチが癖強い原因は」

「光姫さんの影響だと思いますよ」

「そもそもあんたの旦那が一番どうかしてるんだよ」

「間違いねえ。あんな御伽装士他にいてたまるかって」

 

「よし、アタシは寛大だ。いまのアンタらの言葉は聞かなかったことにしてやるよ。但し中と杉、お前らは後で裏に来い。話がある」

 

 目の前で繰り広げられる御守衆中部支部の面々のやり取りを眺めて、岩手の夜舞家はそう思うと正統派というか高尚な感じだったんだなと素人目線ながらにそう考えた。

 そんな時だった。

 事務室の電話がけたたましく鳴り響く。

 しかもただの呼び出し音じゃない。まるで危険を知らせるアラートのような――まさか。

 

「化神だ! お前ら!!」

「「「応ッ!!」」」

 

 光姫さんが受話器を取るのと同時に安さんが号令をかけて平装士の四人が一斉に工場へと飛び出していく。沙夜さん、そして潮さんや流さんも先程までとは雰囲気がガラリと変わっていた。

 彼らはもう守りし人の顔に切り替わっていた。

 

 

 

 

 六角モータース工場地下に設けられた広い作戦室にて、術を施し遠方の様子を映し出せる水鏡の前で光姫さんが沙夜さんたちに状況の共有と指示を出していた。

 

「化神が現れたのは名古屋港水族館近辺。ガーデンふ頭のあたりだろうね。既に多くの一般人が騒動に出くわして大混乱だ。偶然居合わせた平装士が対応してくれているが焼け石に水だ。みんな超特急で仕事しな! 気合入れていくよ!」

「はい!!」

「ここはアタシ一人で回す! 安、中、梶は動ける平装士たちに片っ端から声をかけて総出で現地の混乱の収拾にあたれ! 杉はSNS界隈の沈静化だ。頼んだよ!」

 

 迅速に準備を完了させた安さんたちは専用車に乗り込んであっという間に走り去っていく。

 それにしても水族館の近く……休日でただでさえ人が集まる場所に化神が現れただなんて。どんな大混乱が起きてしまっているのか想像もつかない。ボクにも何か出来ることはないだろうか?

 

「光姫さん私ももう出ますよ! ハヤテなら渋滞にでくわしてもすり抜けて名古屋港まで急行できます」

「頼んだよ」

「ちょっと待った。先輩、さやちー……わたしに行かせてくれないかな?」

 

 慌ただしい地下室で突然そんなことを言い出したのは潮さんだった。

 

「あんたにも手伝って欲しいが今回は戦闘は沙夜に任せて、一般人たちの騒動の沈静化を頼みたい。情報社会の弊害じゃないがつい最近に北海道の御守衆がそれで手痛い目に遭ったばかりだからね」

「それなのですが六角頭目。ポジションを逆にして欲しいのです。戦闘は姉貴に、火消しは望月に」

「水辺の戦いなら確かに理に適ってるが他にも理由があるんだね?」

「はい。先ほどご相談させてもらっていた改式(あらためしき)の性能実験……望月に手伝ってもらう予定でしたがこの際です。実戦で検証したいと考えます」

 

 一刻を争うはずらしいのに突然に待ったをかけたのは流さんだった。

 けれど、その会話の内容からなにやら事情があるみたいだ。

 

「ご安心を最優先はあくまでも無辜の人々の守り。怠るつもりは毛頭なく、俺も現地に赴いて避難と情報処置に当たります。どうか許可を」

「分かった。言ったからには死ぬ気で働いてもらうから頼むぞ流! それに潮!」

「はいよー!」

「景気付けだよ! 久々に直接命じてやるさね……狩ってこいスイコ」

「心得た。にはは……やっぱり先輩最高だよ」

 

 不敵に薄ら笑い合う光姫さんと潮さんのやり取りに思わず寒気が走った。

 上手く言葉に出来ないけど恐ろしい凄味のようなものがボクの体を突き抜けていったような感覚だ。

 既に沙夜さんは自分の役目の切り替わりを受理してハヤテチェイサーを走らせてしまった後のようだった。

 我に返ったボクは慌てて光姫さんに何か手伝えないかと聞こうとしかけると何故か流さんが目の前に立った。

 

「常若くんだったな。君に頼みがある」

 

 そう言われてボクはVLOGカメラを渡されるとわけもわからないまま潮さんに連れていかれた。

 

 

 

 

 ハヤテチェイサーがいつも待機している六角モータースの隠しガレージには見たこのない大型のカスタムバイクが置かれていた。オンロードタイプのイルカやシャチを思わせるフロントカウルと後部に取り付けられたタービンのような装備が印象的な青藍色のマシンだ。

 

「これは潮さんの?」

「ハイドロチェイサー。良い愛機()だよ。ほら乗って」

 

 言われるがまま投げ渡されたヘルメットを被っていつの間にかキャメル色のライダースジャケットを羽織っていた潮さんの後ろに二人乗り(タンデム)するとマシンは唸るようなエンジン音を上げて走り出した。

 

「あの! 結局ボクはなにを手伝えばいいんですか!?」

『それについてはこれから説明する。時間が惜しかったからな。不安にさせてすまない』

「流さんですか!?」

 

 ヘルメットに内蔵された通信機から聞こえてきた男の声。

 ボクの驚きには我関せずに彼は滔々と頼みごとについて話し始める。

 なんというか、この人も結構マイペースだ。

 

『君にやってもらいたいのは簡単なことだ。さっき渡したカメラで姉貴の戦いを撮影しておいて欲しい。操作の仕方は説明した通りボタン一つを押すだけだ。出来そうだろう』

「まあ、多分。でもなんで?」

「流ちゃんが改造した退魔道具の性能テストだよ! 本当はさやちーに実戦式の稽古って形で検証するつもりだったけど」

『実戦の方がより詳細にデータが取れる。今後の課題なんかは特にな』

 

 潮さんが横から口を挟みつつ、理由を教えてくれた。

 それにしても退魔道具の改造だなんて、そんなことが出来たんだ。

 

「でも、ビャクアの武器を見たことありますけど改造なんてしなくても御伽装士の武器はみんなすごいんじゃ?」

『ほお、ビャクアの戦いを見たことがあるのか。それなら余計な説明を省ける。強いて言うなら俺のプランは今後の平装士の戦力アップを最終的な視野にも入れているんでね』

「平装士って安さんたちみたいな?」

 

 ハヤテチェイサーに比べて力強い走りで名古屋の街を突き進んでいくハイドロチェイサーの上での流さんによるリモート講義は続く。そこで僕は初めて疑似退魔道具と呼ばれる変身できない人でも扱える化神用の武器の存在を知らされた。

 

『疑似退魔道具の開発はまだまだ発展途上だが兆しはある。なので俺は別のアプローチからの研究を選んだ』

「それが退魔道具そのものの改造ってことですか? でも、あれって御伽装士が毎回ベルトから召喚させていたような?」

「その辺はこうわたしら変身者が上手いこと弄れば長時間現界させることも実は出来るんだよ。すっごく疲れるけどねー」

『それに関しては体力バカの我が姉に感謝しかない。お陰で研究改造時間を想定よりもたくさん確保できたからな』

 

 胸を張って自慢する潮さんに流さんはクククと悪そうな笑いを浮かべて褒めているようだ。

 やっぱりこの姉弟さん根っこは結構似た者同士かも。

 

『ビャクアの退魔道具を知っている君なら分かると思うが御伽装士の退魔道具のおおよそは剣や槍と言った原始的な武器が多い。けれど中には風や雷を発生させたり仙術の行使を主にする魔法の杖のような特殊なものも存在する』

「そんなに種類があったんですね」

『俺の計画では道具の改造によって単純に御伽装士の戦力の底上げを初期目標にしているが最終的には集めたデータと他の技師や職人が進めている疑似退魔道具の研究と組み合わせて御守衆全体の戦力アップを目指しているわけだ』

「そんなことが出来るんですか?」

『さてな。徒労に終わるかもしれない。けれど、まだ誰もやっていないのなら挑む価値はある。我ながらロジカルよりロマン寄りな思考だとは思うが楽しいぞ?』

 

 通信機の向こう側にいる流さんが嬉しそうにしているんだなと何となくだが分かる気がした。

 六角モータースにいた時はどういう人なのか分からなくて苦手な気持ちも微かにあったけど、滔々と語る彼の計画というなの夢には熱意みたいなものが伝わってきて、この人もボクの知っている御守衆の皆さんと同じなんだなと思えた。

 そんなことを考えていたのだけどふと進行方向にある電光掲示板に浮かぶ情報にふと我に返る。

 

「潮さん! この先渋滞だって!? もしかして!」

「化神の影響が思ったよりも大きいね。急がないと……飛ばすよ永春ちゃん!」

「いや、でも渋滞が!」

 

 慌てふためくボクを尻目に潮さんは何やらハイドロチェイサーのコンソールパネルを操作している。

 

「よおし! 認識阻害術式作動! 神通力増幅装置クリア! いくよハイちゃん!」

 

 なにやら操作を終えた潮さんの呼びかけに呼応するように鋼鉄の相棒はエンジンを唸らせる。

 そして、フロントカウルには魔法陣のような物が浮かび上がった。

 

「開け! 無限旅程!」

 

 まるで地図にマジックで線を引くようにハイドロチェイサーの前輪から青い光の道が一直線に空へと出来上がっていく。空間に敷設された光の道路をハイドロチェイサーは駆け抜けて空を走っていた。

 

「噓でしょ!? なんだこれ!?」

「すごいでしょう? わたしは中部の御伽装士の中でも特に水辺の専門家だからね。当然ハイちゃんも効率的な支援ができるようにカスタムされているのさ!」

「だからってこれは少し大雑把な……凄すぎますけれど!」

「そう? バイクが律儀に海の中を潜ったり、水面走るよか現実的……いや、ロジカルだろ?」

 

 茶目っ気を見せた潮さんは実弟である流さんの真似をして楽しそうに微笑んだ。

 ずっと触れないでいたけれど、潮さんは化神が現れたという報が飛び込んできてからずっと、楽しそうな笑みを殆ど絶やしていなかった。

 正直ボクはこの人のことが分からなくて、怖いという気持ちまで抱いている。

 

 

 

 

 名古屋港ガーデンふ頭。

 水族館や遊園地、南極観測船をそのまま使用した博物館などがある愛知県が誇る一大レジャースポットであるこの場所はまさに白昼の地獄絵図といった様相を呈していた。あちこちから悲鳴が上がり、右往左往と逃げ惑う人々。

 ほんの数刻前までたくさんの家族連れや若者たちで賑わっていた海辺の盛り場は海から上陸した一体の化神によって好き放題に荒らされていた。

 

『あーあーまた壊れちゃったよぉ! どれもこれも脆くてつまらないなあ!!』

 

 大きく丸っこいフグがそのまま顔と胴となったような上半身から筋肉が詰まった野太い四肢が生えた不格好な姿の化神バケハリフグ。は軟派な遊び人のような口調で自動販売機や埠頭にあるオブジェやモニュメントなどを手当たり次第に殴り壊して遊びに来ていた人々の悲鳴を堪能していた。

 

『だりーなんか悲鳴聞くだけなのも飽きてきたなーお?』

 

 筋肉が隆起したバケハリフグの剛腕はコンクリートも自動販売機も街路樹も簡単に破壊してしまう。人間が作り出した物が無惨に壊れる音や自分を見て恐怖でパニックになり逃げていく老若男女の悲鳴の合奏会を愉しんでいた化神だったがやがてそれにも飽きてしまい違う娯楽を思案していると逃げ遅れて隠れていた親子連れを発見する。

 

「かくれんぼってやつかなー? 面白そうな遊びしてるねー! アァ?」

「ひいっ!?」

 

 小さな女の子を連れた母親は屋外に展示されていた雪上車のキャタピラの影に息を殺して隠れていた。しかし、バケハリフグは力任せに雪上車をひっくり返すと意地悪く親子の顔を覗き込み恐怖を煽る。

 

『俺と一緒に遊ぼうぜー! そうだなー鬼ごっこにするかー! いいよなー?』

「助けて……ッ! この子だけはどうか……許して」

 

 心臓が破裂してしまいそうな恐怖に息も絶え絶えに懇願する母親をバケハリフグはプククと嘲笑いながら小さな棘のような突起があちこちに生えた異形の手で指さししてある提案をする。

 

『じゃあこうしよう! いまから十数えてあげるからこの間にこの公園から逃げきれたらあんたの勝ちだ。見逃してやる。けど、無理だったらどこまでも追いかけてグチャグチャに壊すね』

「そんな……ひっ、うぅ!」

『数えるよ? 一、二……』

 

 この世のものとは思えない怪物から持ち掛けられた恐ろしい内容の鬼ごっこに母親は恐怖で涙を溢れさせて慄いた。しかし我が子を守るために震える体で何度も躓きながら娘を抱きしめて走り出す。

 

『六、七、八……へえ! あんなへっぴり腰でよくあんなに早く走れるねーウケる』

 

 傍から見たら姿勢も滅茶苦茶で無様にも思える走り。

 だけど、生きるために。愛する我が子の命を守るために決死の思いで走る母親の走りは火事場の馬鹿力と言える執念で時間内に公園の外へ逃げきれるほどに速かった。

 

『九、十.おお、逃げ切ったねーすごいすごい。約束だから君たちには手を出さないよ。でも』

 

 親子を心底馬鹿にしたような下種な笑みを浮かべて雪上車のドアを引き千切ると足を振りかぶる。

 

『足を出さないとは言ってないなー。人間が壊れたらどんな音がするのか聞かせてよー』

 

 卑劣にもバケハリフグは理不尽な屁理屈で約束を反故にして背中を向けて逃げる親子に向かって大きな鉄のドアを蹴り飛ばす。

 

「え…………」

 

 謎の大きな音に足が止まってしまった母親が振り返ると視界を塞ぐような何かがこちらに飛来してくる。

 けれど、もう遅すぎる。

 身を屈めて避けようにも片腕で身を守ろうにも全てが手遅れだ。

 遠くでバケハリフグが卑しく口元を緩めて人体が破壊される瞬間を眺めていた。

 だが――化神の悪辣な願いは叶わない。

 

「やらせるか!」

 

 それはまるで獰猛なシャチが勢いよく獲物に襲い掛かるかの様。

 間一髪で現場に到着したハイドロチェイサーはウィリー走行で親子の前に横から躍り出ると飛んできた雪上車のドアを叩き落した。

 

「ギリギリセーフ! お疲れ永春ちゃん!」

「ハア……ハア……もうしばらくはジェットコースターは乗らなくていい気分です」

「おや? ナガシマの白鯨は何度乗っても楽しいのに残念」

 

 大空と言う名のハイウエイを激走するという世にも奇妙な体験をして真っ青な顔をしている永春を尻目に余裕の笑顔を浮かべている潮は颯爽とハイドロチェイサーから降りると呆然としている親子に逃げるように促す。

 

「まだ走れますよね? 真っすぐ進めば他にも人がいます。大丈夫ですから、あと少し頑張って」

「は、はい! あ、あの……ありがとう」

「いえいえ。明日は楽しい休日を送ってください!」

 

 自分たちだけで逃げることに良心の呵責を覚える母親だったが腕の中にいる娘を見て、消え入りそうな声で潮に礼を伝えると震えが止まらない足腰に力を入れてどうにか走っていく。親子の姿が小さくなるのを見届けて、潮は改めてゆっくりと近づいてくる化神を見張った。

 

「全く……人気のデートスポットが台無しじゃん」

『お前、知ってるよ。敵なんだろう? 俺たちの? じゃあ、グチャグチャに壊しちゃってもいいよねー?』

「これだけ無遠慮に暴れておいて、なぁに良い子ちゃんぶってるの? にはは!」 

 

 これまで見てきた人間と明らかに反応の違う潮を見て、怨敵の出現を把握したバケハリフグは剛腕を鳴らしながら気怠そうに殺意を飛ばす。そんな化神を前にしても潮は柔軟運動をしながらウキウキとした笑顔を崩さない。

 

「やれるもんならやってごらん?」

『へえー面白いこと言うねお姉さん。玩具にして遊び甲斐があるよー』

 

 両者は共に臨戦態勢。

 泰然自若とした佇まいで口元を緩めたまま潮は左耳にイヤリングに偽装して吊るしてある翡翠色の怨面を手に取った。

 

 

 

 

 大空というほど高所じゃないけどビルの隙間を縫って、渋滞で道路一杯に詰まった自動車たちを眼下に猛スピードで空間に出来た光の道を駆け抜けてここまでやって来た。

 あれだけ急いで辿り着いたのにガーデンふ頭はあちこちが壊されていて、遠くからはまだ化神の襲来に恐怖した人たちの悲鳴や混乱の声が消えない。

 そんな酷い惨状をまるで観光名所を見物するようなにこやかな笑顔のまま潮さんは化神と対峙する。

 

「そいじゃあ、ちょっとやっつけて来るよ! 永春ちゃん専属カメラマンよろしくぅ! カッコ良く撮ってねー!」

「あ、あの!」

「なにー?」

「どうしてそんなに笑っていられるんです? 周りはこんなに酷いことになっているのに……たくさんの人が化神に襲われて恐ろしい目に遭っているのに……潮さんはこの状況が楽しいんですか?」

 

 思わず、聞いてしまった。

 余計なことはするなと理性が自分を怒鳴っていたけど、聞かないわけにはいかなかった。

 だって、潮さんはボクが知る御守衆の人たちと違い過ぎる。

 マイペース? 戦闘狂? 自由人?

 どんな主義主張があるのかは分からないし、それを責める権利がボクにはあるわけないとは思うけど、この人が沙夜さんや光姫さん、安さんたちみたいな名前も顔も知らない人たちのために懸命に頑張っている彼らと同じ御守衆を名乗って欲しくなかった。

 とんでもない身勝手なワガママだけど、聞かなきゃ気が済まなかった。

 

「そりゃあ……楽しいとも!」

 

 は――?

 一瞬の思案もなく、潮さんはとびきりの笑顔で言ってのけた。

 この人は本当に――……。

 

「だってこれから何の罪もなく日々を頑張って暮らしてる人達に怖い思いをさせて苦しめたこの化神をぶっ飛ばせるんだよ? 楽しくて血が煮え立つぐらいだよ!!」

 

 けれど、次いで出た言葉にボクの心に渦巻いていた淀みのような気持ちが一瞬で吹き飛ばされたような気持になる。

 

「それにさウチらみたく他人様を守る大事な使命を背負った面子が四六時中辛気臭い顔してたら縁起も福も逃げちゃうでしょー? だから、わたしはいつだって笑うのです! そっちの方が景気良さそうだしね」

 

 誰かを、何かを守ること。

 守るという役目へのそういう向き合い方があるのかと思わず自分の視野の狭さが恥ずかしくなる。

 潮さんの本当の人柄を誤解して勝手に嫌いかけていたことにも申し訳なさが滲んでくる。

 でも、いまは反省は後回しだ。

 頼まれた役目をボクもしっかり果たさないといけない。

 

「潮さん! 頑張ってください!!」

「にはは! カッコ良すぎて、惚れんじゃないよ!」

 

 優しげな笑顔から、強気な笑顔へと潮さんの笑顔は質を変えていた。

 その笑顔はまるで獰猛な肉食獣。

 

「オン・シャナシャナ・スイクン・スイコ」

 

 そして、彼女もまた怨面に選ばれし者が唱えるあの呪文を強い意志が宿った声で唱える。

 

「いざや翠鯱――我らが血潮、滾る時だ」

 

 大きくなった翠色の怨面を潮さんが被ると太陽の下に晒されている腕や首に真紅の大波のような紋様が浮かび上がる。

 

「カッ、ハハハ――! 変身!!!!」

 

 その身を蝕む呪的な痛みに額から汗を垂らしながら、彼女は苦悶を噛み殺して笑いながらその言の葉を叫ぶ。津波のような光が潮さんを呑み込み、やがて弾けると海原を征する獰猛なる御伽装士の姿があった。

 

「そこの化神。一つ訂正させてよ。君が遊ぶんじゃなくてさあ……ここからはわたしが化神(キミ)で遊んでやるんだよ」

 

 大津波に呑み込まれるような戦意が埠頭に迸った。

 そこにいたのは大海を思わせる翠玉色の姿をした御伽装士。

 ダイバースーツのような質感の肢体を覆うのは革鎧の如き軽量の青藍の装甲。

 黒い胸当てにはシャチの牙を思わせる杉綾模様が走っている。

 両腕前腕にはシャチのヒレのような突起が生えており、ベルトのバックルに嵌め込まれた霊水晶はサンゴを思わせる鮮やかな朱色。

 翡翠色の仮面は正面からみたシャチの顔のように頭頂にかけて尖った形状をしており、目元は両端に長く平らな角を備えた山吹色の鉢金型の装甲で覆われている。

 

「御伽装士スイコ! 君の最高潮を見せてごらん? 呑み込んであげるよ!」

 

 潮さんが変身したスイコは意気揚々と駆け出すと猛然とバケハリフグへと向かっていった。

 

『人間風情が生意気なんだよねー!』

「そりゃああ!」

 

 バケハリフグとスイコは小細工抜きで真正面から拳を撃ち出した。

 クロスカウンターの要領で互いの拳はそれぞれの胸を叩き合い、二人は殴られた場所から火花を上げて後退る。先に動いたのはバケハリフグの方。小さく跳んで流星のような拳打を打ち下ろす。

 

「ぐっ……おっとと!?」

『ダッサ! 俺で遊ぶんじゃなかったのかよー! 弱っちいじゃんかー!』

 

 重い一撃をギリギリで受け止めたスイコだが衝撃によろめいて姿勢を崩してしまう。大きな隙を見逃す化神なわけもなく、風を穿つ強烈な剛腕が左右から容赦なく彼女を襲う。

 

「潮さん!?」

 

 カメラを握り締めて堪らず叫ぶ。

 敵の化神が強すぎるのか?

 このままじゃあ潮さんが負けてしまうかもしれない。

 独断だけど沙夜さんに連絡して応援を頼むべきだろうか。

 グルグルと思案するが決めきれずに不安ばかりが膨れ上がっていく。

 

「あー永春ちゃーん! 大丈夫だからー楽に見てなよー!!」

「で、でも……!!」

「平気! もう解った(・・・・・)からさ」

 

 心配で気が気じゃないボクを安心させるためか意味深な言葉を送ると潮さんの動きが変わる。

 タンタンと小刻みなジャンプを繰り返して、ステップを踏んでリズムに乗るような。

 

『ごちゃごちゃとナニ言ってるんだよー! お前が言っていいのはもう見苦しい悲鳴だけなんだってばあああ!!』

「そぉおおい!」

 

 近くに停泊している船が揺れるぐらいの殺意と勢いでスイコに殴り掛かるバケハリフグ。

 腹を叩き、内臓を破るような重い一撃は平手を構えたスイコにいとも簡単に撫で払われた。

 

「君の動きも力強さもまあまあ見切れたから。まな板の上でビビり散らす番だよ?」

『ぶっげえ!? な、なんだっ!?』

 

 冷ややかに囁いて繰り出したスイコの掌打は目にも止まらぬ速さでバケハリフグの丸い胴に届くとその肉体を波打たせるような衝撃で遥か後方へと吹き飛ばしていた。

 

「ハハハーッ! 嵐が来るぞー! これで呑まれて終わるかいバケ小魚!」

『お、おお!? なんなんだ急にー!?』

 

 弾ける喜声を高らかに音もなく肉薄してバケハリフグの懐に飛び込んだスイコは半月を描きながら左右から鋭い手刀を叩き込む。

 激痛に悶絶しながら負けじと機関銃のように速く重い拳打を放っていく化神だが先ほどの優勢が嘘のように独特の歩法を用いるスイコには掠りもしなくなっていた。

 

「もしかして……最初に食らった攻撃あれだけで見切ったのか?」

 

 カメラを回しながら食い入るように潮さんの戦いを見守っていたボクは化神の疑問についての一つの答えを考察する。そんな素人の見立てなんてお構いなしに潮さんは容赦なくバケハリフグを追い詰めていく。

 ブレイクダンスやラテン系の舞踊を思わせる激しく躍動的な動きから繰り出される蹴りの数々が化神の異形をボロボロにしていく。

 

『当たれ! 当たれよー! クソ! クソクソクソ!! なんなんだよー!?』

「どうだいフグくん? 舐め切ってた人間なんて下等生物に手玉に取られる気分は最高?」

『テメェ! 死ねよおおお!』

「フッ……軽い」

 

 怒りを爆発させて繰り出されたバケハリフグの右ストレートが唸りを上げてスイコの仮面を狙う。だが彼女は行く手を遮る小枝を退かすように指二本で捌くとお返しに握り締めた左拳を大木槌のように振り下ろす。

 

「気合入れろやあああ!」

『なっ、ばああああ!?』

 

 スイコの拳の信じられない重さにバケハリフグは愕然としながら立っていられず膝をついて地面に押さえつけられる。スイコの膂力は想像を遥かに超えていた。

 

 化神のプライドを煽っては一撃。

 化神の神経を逆撫でしては一撃。

 邪念と不浄の塊である異形を完膚なきまでに懲罰して地獄へと送らんとする強固な意志を秘めてスイコはバケハリフグを圧倒する。

 

『クソ……仕方ねえ! 俺の切り札を見せてやる! プゥウウウウウウウウ!!』

「おっとお?」

 

 一転して窮地に追い込まれたバケハリフグは意地もプライドも捨てて、スイコを仕留めに掛かった。

 ハリフグ――すなわちハリセンボンよろしく胴体を風船のように丸く膨らませるとその体表には無数の鋭い棘が逆立つ。

 

『食らえええええええ!!』

 

 瞬間、バケハリフグの全身からミサイルのように棘が一斉発射される。

 周囲に飛び散った硬質の棘はあちこちに突き刺さり、建物やコンクリートを砕く。

 そして、その棘の暴風雨は当然ボクの方にも飛来した。

 

「ふー……あぶなかった! 永春ちゃん怪我はない?」

「は、はい」

 

 砂煙が収まるとボクの目の前には不思議な輪っかのような武器を構えたスイコが立っていた。

 あれがスイコの退魔道具?

 

「退魔道具! 黄雷(おうらい)の戦輪! 残念だったねえ!!」

 

 一度に飛んできたあれだけの数の棘を全部切り払ったのか!?

 戦輪――確かチャクラムだっけ?

 西条と一緒に遊んだRPGでそんな武器に見覚えがある。

 スイコが操るそれは彼女の手首に通せるぐらいの大きな物で黄金色の刃には時折稲妻が迸っているけど。

 

「なかなか悪くない切り札だったよ! お返しにわたしのお気に入りを味わっていけ!!」

『ふざけやがってー! ウザいんだよおおおお!!』

 

 渾身の奥の手を無為にされたバケハリフグは自暴自棄な叫びを上げながら再び棘を撃ち出す。

 しかし、奇襲ですら防がれたのだ。

 スイコは指に引っ掛けた戦輪を高速回転させると飛来する棘を片っ端から切り落として化神に接近。戦輪を手首にまで通すと回転を維持して激しい踊りのような体裁きと組み合わせて四方八方からの斬撃で乱れ切りにしていく。

 

「にっははははは! その程度かい化神君!! これぐらいで人界を壊そうなんて片腹痛いよ?」

『黙れ! うるせえ! 笑うな! 笑うんじゃねえ!! 何様のつもりなんだよてめええ!?』

 

 敵の平常心を乱す一手なのか化神を嘲弄する口撃の手も緩めないスイコ。

 そんな嘲りの数々に耐え切れなくなったバケハリフグは癇癪を起こした小さな子供のように怒鳴り散らす。

 それに対してスイコは悠然と構えると仮面の奥で笑顔を絶やさず、鋼の信念を以て告げる。

 

「わたしは御伽装士。強き人を担っている。だったら、強い人でいる限りはどんな時だって笑っていないとね」

『ガァアア~~~ッ!!』

「強い人がいつも辛気臭かったら守られるべき人たちが不安で心配するでしょう? 例え記憶を消すことになっても、何一つ残らなくても救うべき誰かが絶望に挫けそうなときに強き人(わたし)が笑っていればそれはきっとその瞬間だけでも希望に、勇気になる。だからわたしは笑うのさ!」

 

 全ては守るべきか弱き人々の心の安寧のため。

 何度掻き消される民衆の記憶だとしてもその一時の救いになるために笑う。

 それが龍宮潮という御伽装士を形作る不壊の信念だった。

 

『ぐうぅ……何なんだよお前! もっと俺に気持ちよく物も人も壊させてくれよおお! 馬鹿ああああッ!!』

「させないよ!」

 

 圧倒的な格を見せつけられて心が折れた様子のバケハリフグはせめてもの悪あがきに大きく跳び上がって上空から自慢の棘を地上へと降り注ごうとする。だが、そんな無駄な抵抗にスイコが狼狽える筈もなく素早く二枚の戦輪を投擲する。

 

『あばばばばばっ!?』

 

 風船どころか気球のように大きく膨らんだバケハリフグの腹に戦輪が刺さると同時に放電が襲う。

 雷撃で痺れたところに加えて腹を裂かれて空気が漏れたバケハリフグは萎れて地上に落下していく。

 

「一気に決めるよ! 退魔道具・緋剛の具足! はああああああ!!」

 

 ベルトの霊水晶が輝くとスイコの四肢と胸部に燃えるような緋色の追加装甲が覆われる。

 見た目はと言うとビャクアの無双籠手のような分厚く巨大な鎧というよりも軽量な強いて言うなら格闘技で用いるグローブとシューズのような意匠だ。

 

「ウオリャアアアアアッ!!!!」

『ぶぐっ――!?』

 

 落下してきたバケハリフグが地面に激突する寸前に左腕を掲げて驀進してきたスイコの猛烈なアックスボンバーが満身創痍の化神を薙ぎ払う。矢のように一直線で飛んでいったバケハリフグは鉄柱に激突してバウンド。海に面した遊歩道に倒れ伏した。

 

「船出の準備だ。荷造りは済ませたかい?」

『な、なにを……言っているんだ、よ?』

「決まってる。地獄の果てへヨーソローだああああ!!」

 

 もはや勝敗は決していた。

 抵抗する気力もないバケハリフグへと組み付くとスイコは邪悪なる者を徹底的に散滅するべく一気に大技を仕掛ける。

 

「オン・シャナシャナ・スイクン・スイコ! 退魔覆滅技法――!!」

『あぎゃ――――!?』

 

 バケハリフグの背後を捉えたスイコはそのまま相手の右腕を左足でフックし、左腕を手前に締め上げる。

 

「無敵組手・破流砕(ハルク)――!!」

『ばぁああああああ!?』

 

 裂帛の気合を込めて、全身全霊で勢いよく相手を締め上げると同時に具足を通じて膨大な神通力がバケハリフグに流し込まれる。必殺の技の名をスイコが叫んだ瞬間にバケハリフグの肉体は縦一文字に引き裂かれて爆発四散した。

 

「よおっしゃあ! 翠鯱最高! ナンバ――――ワ――ン!!!!」

 

 負の塊である化神を退治完了したスイコは海原に轟かせるように勝鬨を上げた。

 化神がこの世の邪気や悪意、あらゆる不浄の集合体ならばその穢れの一欠片も残さずに地獄へ流すために完膚なきまでに打ちのめす。

 

遊ぶように蹴散らし。

その悪心を笑い飛ばし。

決して穢れに屈さずの苛烈なる御伽装士。

それがスイコなのだ。

 

 

 

 

「潮さん! お疲れ様です!」

「おー永春ちゃん! カメラマンサンキューね! 帰って映像チェックするのが楽しみだねー!」

「上手く撮れてれば幸いです。ところでその……ごめんなさい」

「うん?」

「実はちょっと潮さんのこと誤解してました。やっぱり御守衆の人は素敵です」

「にははは! この仕事に対価なんて求めてないけど……その言葉は最高の報酬だよ」

 

 そう言って笑う潮さんの笑顔は夕焼けに照らされてとても綺麗だった。

 もう、その笑いに恐ろしさを感じることはなくなっていた。

 

「ところでどっちの退魔道具が流さんが改造したものだったんです?」

「え。あーっ!!」

「なに!? どうしました!?」

「……うっかり、それ使わずに得意の戦法で普通に倒しちゃった」

 

 六角モータースへ帰還してから潮さんが流さんと光姫さんにこっぴどく叱られたのは言うまでもない。

 改式と呼ばれる改造された退魔道具の性能テストは日程を調整して後日行うとして、潮さんと流さんは三重へと帰っていきました。

 

 これが常若永春が二人目にその戦いを見届けた御伽装士の小話です。

 それにしても普通の人でも化神と戦えることが可能になる疑似退魔道具の存在はボクの心に少なくない影響を与えていきました。

 もしもまた潮さんや流さんと出会う機会があるのなら、なにか手伝いをさせてもらえないかお願いしてみることもあるかもしれないです。

 

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