両親が共働きで忙しい家庭だった私は物心がつく年頃までは殆ど祖父母のところに預けられて暮らしていた。
小さい頃、これでも私は怖がりで泣き虫で怖い夢を見て飛び起きた日なんかにはよくじいちゃんとばあちゃんのところに飛んでいくような子供だったっけ。
泣きじゃくって朧気な夢の話を拙い言葉で必死にする私を宥めながら、怖さを紛らわせるためにじいちゃんがよく話してくれたのが
鴉朗さまというのはずっと昔に人知れずみんなを悪い魔物たちから守ってくれていた黒い鴉のお面と鎧を身に着けたとても強い守り神さまだそう。
鴉朗さまは何十年も何百年も一人であちこちを旅して、魔物に襲われ困っている人たちを何度も何度も助けてきたのだという。
お話の締めは何時も決まってこうだった。
「萌奈や。じいちゃんたちのご先祖さまもな千年も昔に鴉朗さまに助けてもらったんじゃよ」
後から知ったことだけど、私の家は御守衆とは民間協力者のような間柄だった。
詳しい経緯は長い歳月の間にあやふやになってしまっているそうだけど、ご先祖さまは御守衆にはなれなかった。ならなかったそうだ。
その代わりに昔から地元の化神の目撃情報を伝えたり、田畑の作物を分け与えたりと後援者のようなことをしてきたという。時には化神のせいで身寄りを亡くした者の面倒を見ていたこともあったとか。
まさか、ばあちゃんも化神に家族を奪われて天涯孤独になってしまった時期にじいちゃんと出会って結ばれたと聞いた時はビックリしたけど。
「時代も変わっていく。お前にまで無理強いする気はないが……御守衆、あの人たちがいることは覚えていて欲しい」
怖い怪物も、お面の戦士もただのお伽噺だと思っていた全てがこの世に本当に存在するものだと知ったのは中学校に上がる少し前。じいちゃんに連れられて、地元の御守衆の人間の家を訪ねた時のことだ。
古い大きな日本家屋と広い庭には自分の家の物置小屋なんて玩具に見える立派な倉まであるお宅だった。
そこで色んなことを見聞きした。
御守衆のこと。
化神のこと。
御伽装士や平装士のこと色々と。
そんな時だった。
私が声を聞いたのは————。
『火種なる者はいずこか。翼なる者はいずこか』
悔しそうな声だった。
悲しそうな声だった。
苦しそうな声だった。
寂しそうな声だった。
じいちゃんや御守衆の人たちにはその声は聞こえていないようだった。
あの場では私だけがその声を聞くことが出来ていた。
何故かは分からない。
でも、一つだけ……御守衆と御伽装士という存在の話を聞かされて、漠然と我ながら生意気で不遜なことを考えていたからそれが原因かもしれない。
兎に角。
ずっとしくしく、さめざめと嘆き続ける声を放っておけなくなった私は走り出して、お屋敷の倉で埃を被って保管されていた一つの怨面に出会った。
「私がそうだよ」
『……拙の声が聞こえるのか?』
桐の箱の中から聞こえる声は驚きのあまり震えていた。
なので私はとりあえず木箱ごと優しく抱きしめてみた。
貴方のこと、貴方の声、ちゃんと見つけているよと教えるように。
『僥倖だ。この日をどれだけ待ち続けたことか……拙の声を聞き取った汝に問いたい』
桐の箱がどんどんと熱を帯びていく。
だけど、嫌な熱じゃない。
火傷や火事を危惧するような怖い熱なんかじゃなくて、これはお日様のようなぬくもりだ。
『汝は拙の火種となって悪鬼を焼くことが出来るか? 拙の翼となって地の果てまでも飛ぶことが出来るか?』
怨面から藪から棒に吹っ掛けられた問い掛けはとても曖昧で、とても唐突で……それまで限りなく普通の女子小学生として生きてきた私には具体的な
「地の果てなんて言わないで
何故だか自信だけはあった。
鴉朗さまの昔話を聞き、御守衆というものを知り、叶えて見せたい夢が出来上がっていた私としても運命を感じてしまうほどのチャンスだと思った。
「名前、教えてよ? 私は萌奈。明里萌奈」
『良き名だ。愛し子よ、拙の名を纏いて翔べ。拙の名は
こうして私は真っ暗な倉の奥底で藻掻いていた燃え盛る翼を大空へ再び解き放つ役目を担うことになった。
そう、御伽装士の道だ。
※
萌奈と大成が山中の湖に出現した化神退治へ向かっている頃、安曇野にある廃ホテルでは既に化神と御伽装士の戦闘が始まっていた
『嗚呼、
異様に細長い手足に、不釣り合いな太い胴体。頭から生えた二本の長い耳。真っ赤な瞳は苛立ちで余計に血走っているようだ。そして、ひと際目を引くのは右腕と一体化した石弓。番えられた大きな矢は容易くコンクリートを貫く威力を持っているだろう。
『そして! 狩りの獲物に絶好の相手がのこのことやって来てくれるとは俺はとんだ果報者だとは思わないか? なあ、人間!!』
一跳びで三階相当の高さにまで跳躍したバケウサギは自分を追って廃ホテルへと乗り込んできた御伽装士を見下ろしながら話しかける。
「お前がそう思うんならそうなんだろう」
埃が積もった閑散とした廃ホテルに重く力強い琵琶の音色が響く。
それは森久保圭太が変身した御伽装士が爪弾いているものだった。
「せいぜいその幸福感を今のうちに噛み締めておけよ。幸せの絶頂ってもんは人間であれ、化神であれ呆気ないほどに短いもんだ。自慢じゃないが俺なんて毎週日曜日にいつも登っては転げ落ちてを繰り返してる」
金剛力士のように逞しい筋肉が隆起した山吹色の五体に左半身を包むように紫の袈裟のような装束を纏った姿は法師を思わせる。
のっぺりとした能面のような頭部には真紅の立派な鹿の双角が備え付けられ、赤い隈取が勇ましい鹿の顔を描いている。
「へえ、立派な道具を右手につけているようだがバケウサギの一種で良いんだよな?」
『左様。そういう貴様は? 御伽装士』
「オロクだ。短い間だが仲良く殺ろうぜ?」
ベベン!と軽妙な調子で琵琶が鳴る。
自慢の退魔道具である魔弦の螺鈿琵琶を構えたオロクは口笛を吹いて、まるで路上ライブのセッションに誘うようにバケウサギに啖呵を切った。
『キエエエイッ!!』
開戦の合図と共に目にも止まらぬ速さで動いたのはバケウサギの方だった。
吹き抜けになった廃ホテルの手摺を縦横無尽に飛び回りながら急降下しながら、右腕の石弓から矢を乱れ撃つ。
『手負いの獣はなんとやらだが……やはり痛めつけねば獲物は狩れんよなあ!』
先制攻撃を与えて戦いの流れを自分に寄せようと射出されたバケウサギの矢はろくに狙いを定めてはいなかったが吸い寄せられるようにオロクへ目掛けて迫っていく。
「腕が鳴るぜ。刻むぞ……
『むおっ!?』
鈍い光を放ちながら飛んでくる矢を回避することなく掻き鳴らされる琵琶の弦。
重低音の音色を浴びたオロクの肉体が淡い光を帯びると不思議なことに直撃したはずの強力な矢を全て弾き返してしまった。
「お返しだ! イヤォッ!!」
手にした撥に力を込めてオロクが勢いよく琵琶を鳴らすと今度は音の衝撃波が跳躍途中のバケウサギを襲い吹き飛ばす。
『ぐおおおお!?』
「まだだぜ」
二階廊下部分を転がるバケウサギの耳に今度は寂しげな調子の琵琶の音色が響いてくる。すると立ち上がりかけた自慢の足がつま先から凍り始めたではないか。
「雪花の
『これは!? 貴様……術使いか?』
「ご名答! ちょいとマニアックだが呪術から肉体強化に支援までレパートリーは豊富だぜ?」
御伽装士オロク。
本来ならば琵琶より放つ音を衝撃波や刃に変えて戦うのが本分の御伽装士だ。しかし、当代のオロクは担い手である圭太が偶然ある古本屋で手に入れた呪術指南書を基礎に呪文や術式を演奏に変換して行使するという独自の仙術の使い手であった。
遺憾なことにこの仙術の新体系開発に至った理由がなんと圭太が専門的な呪文の書き取り練習や暗記を面倒臭がって、楽をしたいと思いついたからなのだが威力はご覧の通りだ。
「いいのかウサギさん? 早く逃げないと狩りってのは追いかけ回されるのが定石だろう?」
『うぅ……!?』
煽るような口調でオロクは再び琵琶の弦を弾く。
単調で一定のリズム。
しかし、すぐにその音色は幾重にも重なり廃ホテルを震わせるほどの大音量の合奏へとなっていく。
『おおお!? 寄るな! 来るな! うおおおおっ!?』
上にも下にも、吹き抜けを挟んで自分の正面にも——バケウサギが気付いた時には廃ホテルのあちこちに何人ものオロクが姿を現して、皆同じ動きで琵琶を奏でている。
質の悪い幻術だと理解していながら、視界の全てに恐ろしい敵の姿が映る恐怖にバケウサギは必死になって石弓を乱射して逃走を図った。
「遅い」
『へ……』
走り出した矢先にバケウサギは無数にいるオロクの一人に足を引っかけられてすっ転ぶ。化神の脚力が災いして勢いよく転んだバケウサギはそのまま鞠のように跳ねて宙を舞った。
「あばよ。オン・メイロク・メイメイ・オロク」
『ア……——』
「退魔覆滅技法……
その隙を見逃すことなく、本物のオロクは神通力を込めていま一度強く鋭く琵琶を鳴らす。放たれた音刃四連が情け容赦なくバケウサギをバラバラに切り裂いた。
「一丁上がり。さて、期待の新人はトラブルなくやれてっかなー」
バケウサギの亡骸がしっかりと霧散するのを確認すると変身を解いた圭太は後輩たちの働きを案じながら廃ホテルを立ち去った。
※
雑居ビルのガレージから飛び出した俺と萌奈を乗せたグレンチェイサーはあっという間に目的地の美鈴湖に到着した。
ここは元々を辿れば農業用のため池として作られた人工湖だ。
だからこそ、鬱蒼と茂った山林の奥だというのに道は整地されて、近くにはカフェやキャンプ場がいくつもあるので自然を求める観光客にはうってつけのレジャースポットだ。
つまり、何が言いたいかというと外から来た人間が集まりやすくて神隠しめいた不可解な失踪が起きてもその犯人の存在を気取られ難い環境ってことだ。
「湖に続く道路の封鎖と人払いの手配は済ませた。準備はいいか」
「当然」
「よし、相手の正体が分からない。俺が先行するから萌奈はいつでも変身できるよう備えて後ろを付いてきてくれ」
連絡をくれた他の平装士たちが行った聞き取り調査でも悪さを働いた化神の姿形までは掴めなかった。湖に掛けられた浮き桟橋にいた子供が危うく攫われかけたらしい。
近くにいた別の釣り人が咄嗟に子供の手を掴み、水の中にいる何かに抵抗したことでソレは逃げていったという。
「パイセン、待った。順番は逆で行こう。私が前でいく」
「はあ? いや、それじゃあ奇襲された時にお前にリスクがデカいだろ? 囮役は平装士の役目だぜ」
萌奈の提案に深く考えるまでもなくNOを出す。
平装士のプライドというのも無くはないが相手の正体が分かっていない上に、ただの人間に抵抗されたぐらいで子供を誘拐するのを諦めて退散したやつだ。
臆病か慎重なのか、どっちかなんて知らないが逃げ隠れに徹されて発見できないんじゃ事務所を飛び出してきた意味がない。
「パイセンの言いたいことは最もだけど、ショタ拉致未遂の化神は居合わせた大人を殺してから攫うって選択もあったはずなのにそれをしなかったんだよね?」
「お、おう。つまり化神のくせにビビりか用心深いか、それか子供を襲うのに執着している変態クソ野郎ってところだろうよ……あ」
萌奈の質問に答える形で事前状況を復唱したことで初歩的なミスに気付けた。
いまの俺の格好はガチガチに装備を整えた狩人みたいなもんだ。
しかも、流石に素手じゃあ化神に攻撃出来ないから使い慣れた武器も携行している。
そんな男が物々しい雰囲気でこんな山の中を探索していたら、警戒されて化神を発見する前にどこかへ逃げられる可能性が高い。
「私の危惧するところはお分かりかーい?」
「お、おう。そんじゃあ、萌奈のプランでいこう。お節介だろうけど、気ぃつけろよ」
「ハン! お利口さんでよろしい♪」
萌奈の案を素直に採用するとこいつは高貴なお姫さまみたいな薄ら笑いを作ってからかうように俺の頭を撫でやがった。
よせ、やめろ。
ちょっと乙女ゲーの主人公みたいな気分になっただろうが。
「じゃあ、私がバズり目的で無防備に周囲の風景撮影してるバカみたいなJKのノリで先をいくからパイセンは100メートルぐらい離れて付いてきてよ」
「いやいや、流石に離れすぎだろ?」
「だってパイセンが着てるアウター目立つじゃん? 弓持ってるんだからいけるっしょ?」
萌奈の意見はいまの状況を考えれば正論よりなもんだから俺が真っ向から否定できないのがもどかしい。
それにしても、もっと驚くべきは萌奈の落ち着きだ。
初陣じゃないにしても土地勘のない場所でいつも通りの自然体。加えて、僅かに共有した情報だけで倒すべき化神との駆け引きをもう始めている。
総本山付きの御伽装士になるって啖呵を切るだけのことはあるってことか。
『平装士の少年よ、我が担い手を案じていただき感謝する。なれど心配は無用だ。化神共の卑劣など悉く拙の火焔で焼き払ってくれようぞ!』
「そりゃあ頼もしいけど、山火事とかマジで勘弁してくれよぉ?」
いや、いやいやいや。
思わず返事しちゃったけど、いまの声なんだ?
なんかサムライみたいなやつが会話に割り込んできたよな?
「なぁっ!? だ、誰だおい!?」
「ひーすけダメじゃん。パイセンめっちゃ焦ってるって」
突然、頭に響いた謎の声に慌てふためいていると事態を察した萌奈が視線を下に落として何かを叱っていた。こいつは何かを知っているらしく、俺の異変を前にしても平気の顔だ。
「ごめん、パイセン。私の怨面がいきなり念話で話しかけてきたんでしょ? 敵襲ってわけじゃないから安心しなよ」
『これは粗相を致した。どうか許されよ、少年』
「は、はあ……え、怨面ってこんなフレンドリーに話しかけてくるもんなの? マジ?」
怨面には御伽装士として様々な能力を行使するためにそれを制御する疑似人格、現代風に言えばAIみたいなものが宿っているとは聞いたことがあるけど、赤の他人の俺にまで話しかけてくるとかそんなのありかよ?
「私の怨面ってかなり最後の方に作られたものらしくてさ。性能が良いの裏返しなのかお喋りなんだよねー」
「おー……そっかぁ。次からはいま話しかけても平気か確認を取ってくれると助かるんだが?」
『承知した。では参ろうぞ! 我が愛し子! 少年! 天下泰平を乱す憎き化神どもを一片残さず焼き払おうぞ! 鋭!! 鋭!! 応ォオオオ!!』
怨面さんが漲る闘志を抑えきれないのか急に叫び出した。
頭の中で楽器を爆音で掻き鳴らすロックバンドのゲリラライブが始まった気分だ。
我の強い後輩の持ち物までキャラが濃いだなんて聞いてない。
「ところで愛し子ってなんだよ?」
「ひーすけの怨面見つけたのって私が子供の頃なんだけど、なんか蔵の奥でホコリ被って拗ねてたから、ちょっと優しくして話聞いてあげてからずっとこうなんだよね。面白いからいいけど」
「怨面チョロいな」
※
静かな山道を一人でカメラを起動したスマホを片手にぶらりぶらぶらと進む。
「ちょっと便利すぎるでしょあのパイセン。最高かよ」
情報と状況を整理しよう。
化神は子供を狙って、湖の中から襲ってきた。
けれど、居合わせた大人の反撃で退散した。
この二つが確かな事実。
じゃあ、推察をしてみよう。
何故、化神は大人も纏めて襲わなかった?
非力? 限りなく否だ。化神がそんなのなら御守衆は苦労しない。
化神なりの拘りやただ襲うのではダメな別の目的がある可能性が高いと考えていいだろう。趣味趣向やなんらかの儀式や企ての為に子供だけを狙いたかった……他にも思い当たる節はいくつもあるが仮説を立てようと思えばキリがないから、こちらの推察は一端切り上げよう。
もう一つ、緊急事態のせいで正確な情報が得られなかった疑問点について。
「化神はどうやって逃げた……」
襲われた子供はおろか殊勲物の釣りに来ていた大人も自分たちを襲った何かがどうやってその場から居なくなったのかをはっきりと見てはいないという。
走って逃げた? 飛んで逃げた? 泳いで逃げた?
湖の底に身を潜んでいるのではという説は騒ぎを耳にして森久保探偵事務所に連絡をくれた別の平装士たちが確認済みだ。少なくとも美鈴湖の湖底には化神の気配は失せていたという。
走って逃げたというのなら、もっと目撃情報があるはずだ。
私たちより前に駆け付けた平装士たちが避難誘導や人払いの術を施さなければいけない程度に美鈴湖の周辺には事件発生当時、アウトドアを楽しむ人たちがもっといたんだから。
「……そろそろかな」
無計画に歩いていると曲がりくねった道の先に小さな池が見えてきた。
林に囲まれ、水草が生い茂った水面はなんとも不気味な気配を醸し出している。
もっと山の奥へ進むと別の河川とぶつかるそうだけど、ここで一つ検証をしてみよう。
スマホのカメラを内側に切り替えて池に背を向けて自撮りのポーズ。
『ひょおおおおん!』
その瞬間に池に大きな水柱が立ったと思えその中に潜んでいたナニかが奇声を上げて飛び掛かって来た。マヌケが引っ掛かってくれた。
そうだよねえ。
飛んで逃げんじゃないなら、水の中でトンネルでも掘って湖と池とを結んだ秘密の逃げ道を作ってるあたりが妥当だ。
「ナマズ? ドジョウかな? 分からん」
『彼奴はバケドジョウだな。侮るなよ、担い手』
「無論、だよ」
『チイッ……! いまのを避けるとは運が良いな娘っ子!』
慌てることなく身を翻しながら大きく跳んで化神と距離を取る。
ヌメヌメとした粘液に覆われた灰色の体に四肢には水色のヒレのようなものが生えている。そして、口元には髭のような不揃いの長さの触手を生やした異形はいまの見え透いた奇襲が得意手だったのかご立腹な様子で私に凄んでくる。
「運が良い、か……意識高いバカ化神はすぐにそういうよね?」
『むう?』
「実力だよ」
鏡が近くに無いので絶対とは言い切れないけど、か弱い女の子を襲っていると錯覚して悦に浸っているバケドジョウに心底軽蔑した顔でお返しとばかりに蹴りかかる。
『おうっ!?』
「背中失礼」
眼前を掠るハイキックはブラフ。
相手の膝裏を押し蹴るような一撃に思わず膝をついた化神の背中を踏み台にして私はあべこべに池の方へと跳ぶと池の隅に浮かぶ朽ちた船の残骸に着地した。
「いくよ、緋凰」
『承知!』
チョーカーのアクセサリーに擬態させていた怨面を手に取り、臨戦態勢に入る。
『うげええ! 御伽装士だとおお!? 変身などさせ、うぎゃ!?』
バケドジョウは慌てて先制攻撃を私に仕掛けようとするが隙だらけの背後に遠方からの攻撃を受けて出鼻を挫かれた。当然それは我慢強く潜んでくれていたパイセンの援護射撃だ。いい仕事をしてくれる。
「萌奈! 足止めは任せとけ!」
「パイセン、サンキュ♪」
見えてないと思うけど、ちょっとしたオマケにパイセンに投げキッスを送ると私は気息を整えて、緋凰の怨面を被る。
「オン・シャクヨウ・メラ・ヒテン」
怨面に秘められた力を解放するための言の葉を唱えるとたちどころに私の全身に燃え盛る火のような赤い紋様が浮かび上がる。幾千数多の呪を束ねた破邪の力が明里萌奈という人間の五体に馴染んでいく証明だ。
「チィ……ク……ッ……!」
痛みが走る。
熱が巡る。
この強力な力に溺れてはいけないと戒めるように。
この大いなる力に呑まれて焼き尽くされてはいけないと励ますように。
分かってるよ。大丈夫。
一緒に、翔ぶぞ。
どこまでも彼方まで!
「変身!!」
怨面から放たれた猛る烈火のような光に包まれて、私が変わっていく。
姿を変えた私から溢れ出す灼熱が小さな池の水を煮立たせる。
『ぬおおお!? なんだこの熱気は!?』
「これが萌奈の……御伽装士!」
熱と輝きが収まり、湯気を放つ水面に紅き鳳の如き御伽装士の姿が映る。
緋色に白銀のラインが走るボディスーツのような体表に翡翠色の宝石が埋め込まれた丸みのある鋼の胸鎧、両腕には万年筆の筆先に似た金色の手甲を纏った戦士。
真っ赤な仮面の額には二又に分かれた黄金の角が重なるように合わせて四本伸びており、双眸は翠玉のようだ。
そして、背中の肩甲骨あたりから翼を思わせる白いマフラーが風に揺れている。
「御伽装士ヒオウ……さあ、遊んでやるよ」
いま、若き火の鳥が飛び立つ。