怨面を手に取り、変身体勢に入った萌奈を確認するや俺は射程圏内までドジョウらしき化神に接近して牽制の援護射撃を行った。
道具は一通り使いこなせるように仕込まれたが俺が好んで用いるのは弓だ。
和弓じゃなくコンパウンドボウと呼ばれる代物。
発射するのも矢じゃなくて5.5mmの鋼球。
ガキの遊びに思われるかもしれないがこれが結構便利でね。銃なんかよりも軽い。それに火薬なんて使ってないから断然静かで携行数もずっと増やせられるので戦闘支援には最適だ。
そして当たり前だけど弓も鋼玉も対化神用に改造や細工をしてある。
いや、改造はほぼ別の人にやってもらったから俺の手柄じゃない。
我ら御守衆中部支部を束ねる六角頭目を補佐する平装士の梶って人とは仕事仲間以上の深い間柄なもんで色々と俺の装備をご機嫌な仕様によく弄ってもらえるんだ。
俺と梶さんの関係について変に意味深な表現をしたけどまあ、単に好きな映画や漫画のジャンルが似ていていつかの忘年会で仲良くなっただけだけど。
「熱っ…‥!?」
炎のような激しく揺らぐ光に包まれて萌奈が変身したと思えば強烈な熱風が吹き荒れた。両手で顔を庇いながら、どうにか開いた視界の先にはあいつが変身した火の鳥を思わせる武具を纏った御伽装士が立っていた。
『きぃいい! 瑞々しい血肉をした小娘だと思っていたのに御伽装士だなんて……許せん!』
「まだランドセルのガキ狙っておいて今度は逆キレかよ? 詫びとかいらないからさっさとこの世からバイバイしろよな? シャアアッ!」
化神と御伽装士、超常の力を持つ者たちの戦闘が始まった。
ドジョウの化神は両手首から生えている肥大化したヒレをナイフに見立ててヒオウに襲い掛かっているが彼女は独特の
「マーシャルアーツか!」
素人知識しかないが確か軍隊格闘術の一種だ。
使用者のセンスや技量が問われる武術とも聞くが個人的には萌奈には似合うだろうと妙な説得感がある。
事実、ヒオウは機敏な動きと鋭い打撃でバケドジョウを翻弄して戦いを優位に進めている。御伽装士——御守衆が誇る最高戦力の凄さを改めて思い知らされる。
「⋯⋯よくやるよ、マジで」
生意気な後輩の堂々たる戦いぶりを見守っていると思わずそんな言葉が口から漏れた。怨面の担い手たちと俺のような平装士では鍛え方も違えば、決意も努力も理想も違うんだろうな。
それと同じに背負う責任も桁違いだ。
ああ、本当に⋯⋯。
「
愛用の弓を握って、不測の事態に備えている俺の口から出たこの言葉は紛れもなく本心だ。間違いなく、親父にも祖父にも不心得者とぶん殴られるだろう。
解っている。
けど、所詮普通の人間に毛の生えた程度の差しかない平装士のガキがそう感じても悪くはないだろう。
御守衆でも年がら年中全国そこいら中で湧いて出る化神から全ての人々を守り切ることは不可能だ。神様じゃないんだ無理に決まっている。
でも、それでも間に合わずに犠牲となってしまった命に、守れなかった誰かに直面してしまった時は否が応でも罪悪感と後悔を覚える。
年長者たちは「割り切れ」と沈痛な顔をして揃って言う。
だけど、理屈で分かっていてもそんな簡単に割り切れるほど俺は大人じゃない。
そんな時に俺はズルい解消法をいつもする。
仕方ない、だって御伽装士だって守れなかったんだからと⋯⋯。
「お前は、どんな御伽装士だ……」
こんな不良装士には目の前で戦う炎の御伽装士の姿がいまにも目が焼けてしまいそうになるぐらい眩しく見えた。
※
木漏れ日が差す林の中で激突するヒオウとバケドジョウ。
バケドジョウは全身の皮膚からぬめりのある体液を分泌させることで敵の攻撃や武器を滑らせて威力を削ぐ厄介な特性を持っている――従来ならば。
「ねえ、もしかして接待してくれてるわけ? ハァアア!」
『いぎっ!?』
フェイント混ぜたヒオウの拳がバケドジョウの横腹に決まる。
滑って不発に終わると踏んでいた一撃がまともに入って驚いたバケドジョウの動揺を見逃さずにヒオウは裏拳で相手の視界を塞ぎつつ左足首へ内側からのローキック、次いで突き刺すようなソバットからなるコンボで蹴り飛ばした。
「バケモノらしくもっと本気で殺しに来てもいいんだぜ?」
『ウギャア!? あ、熱い……貴様何をした!?』
「別に。強いて言うなら、温めてやったよ♪」
『拙が灼熱! まだまだ馳走しようぞ!』
「ひーすけ、うるさい。ちょっと黙ってて」
『応ッ!!』
倒れたまま後退るバケドジョウの体のあちこちからは微かに煙が出ており、よく見れば先ほどヒオウに攻撃を受けた部位が焼けた粘土のように乾いていた。
狼狽しながら問い詰めるバケドジョウに対してヒオウはせせら笑いながら神通力を変換して産み出された高温で赤熱化した右手をヒラヒラと遊ばせて見せた。
『調子に乗るなよ! これならばどうだ! ゲェアアア!』
小生意気なヒオウの態度が癪に障った様子のバケドジョウは口からホースノズルのような器官をせり出すと夥しい量の泥水を発射してきた。
「おっと!」
『まだまだ! この泥は一味違うぞ! 思い知れいぃ!』
初弾を咄嗟に回避したヒオウは跳躍しながら泥水が飛んだ先を見た。
泥水は木の一本に付着すると出鱈目な速度で乾燥して石膏のように固まっていた。まともに直撃を受ければ動きを封じられてしまうのは明白だ。
「いいじゃん。あんたが水鉄砲で遊びたいんなら付き合ってあげんよ。ちょっとレギュレーション違反かもだけどね」
怨面の奥でヒオウは歯を見せ笑うと右手を開く。
「退魔道具……烈火の短筒! ウラァアア!」
ヒオウの掌に灯った火のような光が弾けて金の装飾が優美な黒鋼の短筒が具現化する。
南蛮渡来の趣を有する銃型武具を素早く構えるとヒオウは化神の泥の水鉄砲に対抗して火炎の弾丸をお見舞いしていく。
『ぐぬっ! ま、負けてなるものか! 貴様を倒してまた新鮮な
「御伽装士の目の前で犯行予告かよ? 舐められたもんだな!」
醜悪な願望を自慢げに叫んで泥水を乱れ撃つバケドジョウに侮蔑の意を込めてヒオウは赤く燃える弾丸を撃ち込んでいく。
口調は荒っぽいが彼女は至極冷静にバケドジョウが泥水を放つ瞬間を狙って的確に相手の攻撃を相殺しながら距離を詰めていく。
「ハアッ!」
『ぎゃ!?』
いくつもの泥水が炎の弾丸で撃ち抜かれ、その度にあっという間に乾いて破裂していつしか戦場は濃い土煙が舞うような様相になっていた。
上手く利用すれば自然の煙幕となる粉塵の中を飛び跳ねてヒオウは背後からバケドジョウを奇襲した。
『いつの間に後ろに!?』
「よお雑魚……この距離で撃ち合ったことはあるかよ?」
『な……にっ?』
「分かりやすいリアクションをどーも。んじゃ、初めてを楽しませてやるよ? 食らえ!」
『おお……!? うおおおおあああああ!?』
泥砂が漂う黄土色の世界を切り裂くような回し蹴りで吹っ飛ばされたバケドジョウを追って距離を詰めたヒオウはそのまま近距離での射撃を敢行して敵を追い詰めていく。
多彩な蹴りと接射を組み合わせた波状攻撃がバケドジョウに容赦なく浴びせられる。
『ガ、アア……ようやく躰を得てこれからだというのに! 畜生めエエエエ!』
満身創痍になったバケドジョウは血迷ったのか自らの口元から生えた髭のような触手を千切って両手それぞれに持つと鞭のように振り回してヒオウへと突っ込んでいく。
「蛮勇のつもりかよ? だったら、らしい終わり方をプレゼントしなくちゃなぁ!」
一見すれば無策な攻撃にしか思えないバケドジョウの行動にヒオウは用心しながらも短筒を下げ、新たな退魔道具を召喚する。
「退魔道具……鬼火の
ヒオウの両手に握られたのは長柄の大斧だった。
真紅の肉厚の刃はかなりの重さを誇るが彼女は滑らかに長柄に指を這わせて手に馴染ませると風車のような回転を経て豪快に振り上げた。
『いぎゃああああ!?』
ヒオウが操る鉞は唸りを上げてバケドジョウの右腕を切り落とした。
黒い血飛沫を噴き出して宙を舞うバケドジョウの片腕は地面に落ちるよりも前に霧散して、握られた触手も草むらの一角で弱々しくのたうって消えるのを待つばかりだろう。
激痛に苛まれて足を止めたバケドジョウにヒオウは鉞を構え直し、ステッキダンスさながらに自らが軸となって回転しながら蹴りと斬撃を連続で食らわせて大ダメージを与えていく。
「終わらせる。オン・シャクヨウ・メラ・ヒテン!」
瞬時に片手で退魔の印を結ぶとヒオウは神通力を練り上げ、鉞を構えて走り出す。
やがて神通力が満ちた鉞から炎が燃え上がり、赤く熱せされた刃がバケドジョウを睨みつけた。
『ウヒィイイ!?』
「退魔覆滅技法——焔嵐怒涛!」
すれ違いざまに叩き込まれた剛烈無比なる斧撃。
肉厚の刃と共に浴びせられた火炎は螺旋を描いてあっという間に燃え盛る竜巻のような火柱となると胴体を両断されたバケドジョウの肉体を呑み込んだ。
『あぎゃあああああああ!?』
炎の竜巻に捕らわれたバケドジョウはそのまま灼熱に焼かれながら上空へと投げ出されて花火のように爆散した。
湖畔で発生した戦いはほぼ完璧に近いヒオウの勝利で幕を閉じた。
それは彼女の戦いを離れてモニタリングしていた大成から見ても同様だった。
けれど、彼には何か言い表せない違和感が残っていた。
「お疲れさん、萌奈。後片付けは別の平装士に引き継がせるから俺たちは上がりだ」
化神の特徴。
バケドジョウは決して無力な化神ではなかった。
あの泥水鉄砲といい寧ろ人間の動きを封じる術に長けていたはずなのにどうして美鈴湖では逃亡を選んだ?
無事に倒してしまったのだから無用な推察だと気持ちを切り替えて引き揚げ作業に移ろうと彼がいま、まさに怨面を外して変身を解こうとしているヒオウに歩み寄ろうとした時だった。
「は……?」
バケドジョウの残骸。
あの口髭の触手がどういうわけか消えることなく残っているのを偶然にも大成が見つけたのと同時に異変が起きた。
触手が恐るべき速度で泡立ったと思うと瞬く間に人型に膨れ上がったのだ。
そして――。
『キヒャアア! 死ねぇ!』
「萌奈!!」
「パイセン? あぐ!? なっ……はあ!?」
血飛沫。崩れ落ちる大成。口角を吊り上げて嬉々として笑っているバケドジョウ。
突然、背後から突き飛ばされたヒオウが困惑と怒りで後ろを振り向いた時に彼女の目に飛び込んできた光景がそれだ。
「パイセン!? しっかり! 生きてるよな? オイ!」
「ぐぅ、うぅ……距離を取れ! ぁ……っ、俺のことは後でいい!」
余りにも予期せぬ事態に混乱しながら負傷した自分を抱き止めるヒオウに大成は脂汗を滲ませながらも声を張り上げて彼女に指示を出し、冷静さを取り戻すことを促した。
正直なところ、大成自身も何が起きたのかサッパリ分からずにパニックで叫び散らしたい気持ちはヒオウと同じだった。
ただ偶然にも化神の残骸と思っていた口髭からバケドジョウがそっくりそのまま再生されるという人知を超えた怪異の真髄を目撃してしまったから、咄嗟に体を動かしてヒオウを庇うことだけは出来たということだけだ。
『アッヒャヒャヒャ! 慌てふためいた声は存外可愛いものではないかぁ御伽装士! このバケドジョウを雑魚とのたまっていた女と同じやつとは思えぬよのぉ!』
背中を斬られた大成を抱えて後退するヒオウを嘲笑う再生バケドジョウは早くも勝者の余裕を見せながら、自らの口髭を無造作に引き千切って周囲に放ると二人に何が起きたかの種明かしをして見せた。
『ウッヒヒヒヒ! そぉら兄弟ども増えろ、増えろ!』
『嬲り殺しにしてやるぜえ!』
『遊びは終わりだってなあ!』
一体、二体と増殖していくバケドジョウたち。
自らの穢れが濃縮している口髭を切り離すことで際限なく増殖する恐るべき能力があるからこそ、バケドジョウは人間を襲うのも悪戯の範疇で留めて戯れに徹していた。
全ては圧倒的数の優位からなる強者の驕りだ。
「クソが……なんて失態だよ」
距離を取ってすぐに袋叩きにされる危機を回避したものの依然として窮地に立たされた状況にあるヒオウはむざむざと大成を負傷させてしまった自責に声を震わせる。
「痛っぁ……切り替えていけ。あんなんは初見殺しも良いところだ」
「パイセン、なんであんな無茶したわけよ? 私なら不意打ちを食らっても深手にはならなかった」
「…………仕事をしたんだ。それだけだ。その、あれだ……平装士の仕事は化神を倒すことじゃない、そうじゃないから」
傷を負ってなお自分のフォローをしようとする大成にヒオウはらしくないぐらいに感情的な声色で詰め寄った。
そんな彼女に大成は荒い呼吸を整えて、しばし使う言葉を選ぶような沈黙を経て彼なりの信念を答え始めた。
「俺の役目は
ヒオウの肩を掴んで答える大成の言葉には熱があった。覚悟があった。信念があった。
御伽装士への青臭い憧憬と畏怖を抱く少年は同時に雑兵としての矜持を秘めていた。
「さあ、正念場だぞ御伽装士。
「怪我してるくせに不毛な質問してんじゃねえよバーカ。私、言ったよねぇビンボー症だって」
ヒオウは優しく大成を地面に降ろすと音も無く静かに倒すべき化神の群れに相対する。
「その痛みも流した血も何も無駄になんてしてやるもんか」
その背中には凄まじい戦意が漲っていた。
「見てなよパイセン。アンタが支えた10が10000に化ける景色を特等席で見せてやる。コーラとポテトはまた今度な」
「おう。はは……調子が戻って来たじゃねえか萌奈!」
「いくよぉ化神共ォ!
背中から伸びる純白のマフラーから炎を噴き出して走るヒオウは爆発的な加速でバケドジョウの軍団に殴り込んでいく。
「ハアアアァァァッ! ひーすけ、出し惜しみは無し! ガンガン滾んな!」
『承知! 刃よ、拙らが敵を一切合斬り払え!』
「ソラソラソラァッ!」
ヘリコプターキックでバケドジョウたちの顔面を薙ぎ蹴りながら攻め込んだヒオウは両手の手甲から火双剣という銘の二又になった赤い刃をせり出して手当たり次第に滅多切りにしていく。
『ぎゃああ!? ひ、怯むんじゃねえ!』
『相手は一人だぞ! 動きを止めて袋叩きにすれば楽勝だ!』
「見え透いてんだって……腐れ雑魚共! シャアア!!」
敢えて取り囲まれるようにバケドジョウたちの中心を目指して攻勢を続けるヒオウは頃合いを見計らって大きく跳ぶと新たな退魔道具を召喚する。
「退魔道具! 猛火の魔弾籠手!」
光が鎮まるとヒオウの両腕には重厚な黒い鋼の籠手が装着されていた。
右は大口径の大砲となり、左は太い五本の指先が銃口となった武器腕と言って過言ではない武装籠手であった。
『神通力、装填完了! いざ神火炸裂!!』
「ぶちかますよ!」
両腕を大きく広げたヒオウの双眸が輝き、真紅の弾丸が雄叫びを上げた。
見た目通り右腕からは高威力の火球が単発で撃ち出され、左腕からは五つの銃口から大瀑布のように連射されていく。
『オグアアアアアアアアア!?』
『ま、負けるな……泥水で固めちまえばこっちのもぎゃああッ!!』
「やらせるわけなくない? ガンシューやらせたことたっぷり後悔させてやんよ!」
ヒオウの両腕から撃ち出される熱線、熱弾の大嵐が次々にバケドジョウたちを射抜いていく。四方八方を飛び交う弾雨は赤い軌跡をまるでイルミネーションのように美しく、荒々しく描くようだ。
「次! 食らえ!」
威力もさることながら、恐るべきは威力の調整だ。
怨面の補助もあるがヒオウはこの激しい炎熱を中心とした攻撃を続けながら一歩間違えば山火事にもなりかねない周囲の自然に被害が極力出ないように神通力の出力を緻密に計算しているのだ。
絶対的な数の優位を誇っていたバケドジョウの群体はいまやただの一体を残して瞬く間に殲滅させられていた。
『こんな……嘘だ……小娘を袋叩きにして、嬲り殺しにするはずじゃ……なあ、兄弟?』
「残念だったね。独りぼっちは寂しいだろ? 兄弟と同じところに葬ってやるよ」
魔弾籠手を解除したヒオウは現実が受け入れられずに取り乱す最後のバケドジョウを確実に討ち取るために必殺の一撃を放つ準備に入る。
「オン・シャクヨウ・メラ・ヒテン」
呪文を唱え、神通力を限界まで高めると右手の人差し指で宙に籠目紋様——すなわち六芒星を描く。するとヒオウの右腕を囲むように六つの黄金色の火球が出現してくるくると回転を始める。
『うあ、ああ……死なば諸共だぁああ御伽装士ぃいいいいい!!』
「退魔覆滅技法——火焔鳳翔拳」
逃げることも叶わないと察したバケドジョウはせめて憎き怨敵を道連れにせんと玉砕覚悟で突っ込んでくる。迎え撃つヒオウは静かに右の拳を握ると狙いを定める。
そして――。
「オオオオオオォォォッ!!」
踏み込んだその刹那、ヒオウの背中でマフラーから展開した炎の翼が燃え上がり推進力となって彼女は弾丸のように突進。渾身の鉄拳と共に右腕を囲んで浮遊していた火球が矛のように六つ同時にバケドジョウを串刺しにした。
『ゲ、ギャアアア!!』
炸裂したヒオウの必殺技の前にバケドジョウは成す術もなく爆散して今度こそ完全に討伐された。
「
鬱憤を晴らしたような心底清々した少女の叫びが湖畔の森に高らかに響いた。
予期せぬ化神の群体を前に若き装士は一歩も引くことなく、これを見事に討伐してみせた。
※
戦いが終わり、幸いにも軽症だった俺はその場で事後処理担当の同僚に手当をしてもらって萌奈と一緒に直帰させてもらうことになった。
「パイセン、ごめんな。いや、違う……すみませんでした」
「え、なに? どした急に?」
そんな帰路の途中、怪我人の俺を気遣ってグレンチェイサーの運転をする萌奈は彼女にしては珍しく沈んだ声色で突然謝罪をしてきた。
「今日のことは完全に私のミスだった。もっと注意深く化神を仕留められていたか確認していればあのドジョウ野郎の小細工にもすぐに気付けたはずだったのに」
「なら、いい失敗をしたな。次はしくじったりしないだろう? だって萌奈だ」
反省して、しょげている萌奈なんて珍しいものを見れたことに驚きと一抹の高揚感が無かったと言えばウソになるが先輩として特に責める気にもならなかった俺は激励の意味も込めて愛車を駆る彼女の背中を軽く小突いて返答とした。
「…………パイセン」
「どうした?」
「いまのでブラのホック外れたんだけど? え、なに? そういう方向で私に反省を促したいの? 変態」
「待て! 違う! そうじゃない! マジかよ、ゴメンな! 今回はホントにやらしい意味はないんだって! サーセンでしたぁ!!」
「く、はは……ウソだよ。パイセン焦りすぎ♪ ウケる」
洒落にならないから本当にやめてくれ。
折角ちょっと頼れる大人びた兄貴的な先輩面出来たのに台無しじゃねえか。
まあ、けど今回は見逃してやるさ。
エンジン音で分かりにくいけど、ちょっと萌奈の声が涙声で震えてたことも含めて気付かないことにしておいてやるのが懐の広い先輩ってもんだろ。たぶん。
「ありきたりな言葉だけど新米の頃に失敗なんて嫌ってほどやっておいた方が大人になってから助かるもんだぜ。って圭太さんはよく言ってた」
「私は失敗したくないんだよ。あークソ、こんなんじゃ婆ちゃんになるまで現役続けてても鴉朗様を超えられそうにないじゃんか」
良い意味で意識が高いのであろう萌奈はよっぽど俺に怪我させたのが悔しかったのか大きな声で自分を叱責しながらグレンチェイサーの速度を上げる。
そして、気になる単語を漏らした。
「鴉朗様ってあのアロウのことか? お前よくあんな昔話まで知ってるな」
「そういうパイセンだって、その反応は解ってるやつのそれじゃん」
「こう見えて結構勉強してるんだよ。じゃねえとウチのじいちゃんがうるせえんだ」
鴉朗様。
御伽装士アロウ。
それは童話の昔話ぐらいの信憑性で伝わっているこの日本に初めて現れた御伽装士の名前だ。曰く、彼が助けた人々が次第に寄り集まって結成したのが御守衆なんだとか。
彼の用いていた怨面は厳密には怨面とは違う物だったとか、人間の姿を見たという記録が皆無だったとか、百年以上の歳月を戦い続けていたかと思えばある日忽然と姿を消してもう二度と表舞台に姿を見せなかっただとか殆ど神話の登場人物だ。
「もしかして、総本山付きの御伽装士を目指しているっていうのも全部そういうことか?」
「当たり。鴉朗様を超えた最高の御伽装士になる……私の夢だよ」
「どこまで恐れ知らずなんだよお前。おもしれーな!」
「だって、飛んでいける空の高さに限界を決めつけている火の鳥なんてつまんないでしょ? ひーすけとも約束したからね、天井なんて気にせずにどこまでだって飛んでやるよ」
萌奈は不敵で涼やかな笑顔を見せて、夕暮れの街を駆けていく。
いつまでの付き合いになるのか分からないけど、この恐れ知らずの後輩を支えていくのは骨が折れるだろうがそれ以上に楽しそうだ。
不謹慎なことだけど、そう思うと萌奈につられて俺まで笑えてきた。
そして、この火の鳥に愛された大胆不敵な少女が宣言通りに歴代でも屈指の速さで総本山付きの御伽装士に本当になってしまうのだが――それはまた別の話だ。