仮面ライダービャクア   作:マフ30

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知っている人はご無沙汰しております。
初めての人は改めましてよろしくお願いします。

今回どうしても女性ライダー主役で書きたいネタが出てしまい、約五話~七話ほどの短編策と言うことで本作を書き上げました。

短い物語となりますがお付き合いいただけると幸いです。


第一幕 望月さんの放課後

 世界は呪いに満ちている。

 怒りがあり、悲しみがあり、憎しみがあり、恨みがある。

 万華鏡を覗いたような、色とりどりの怨念がいまも世界に芽吹いている。

 人が人として生きていく、この営みがある限り――それは続いていく。

 

 だけど。

 

 

 

 

 とある日の、とある町でのちょっとした出来事さ。

 平日昼間の往来に一人のサラリーマンが歩いていた。

 彼だけじゃない。老若男女関わらず誰もがその日の暮らしをこなしていた。

 買い物に出た奥さんも、楽しく遊ぶ学生さんに、あてもなくふらつく根無し草。

 誰もが変わらない普通の一日を過ごしていたわけだ。

 

 けれども、だ……。

 

 お互いに顔も名前も知らない、縁もゆかりもないようなその他大勢の人たちが行き交う路上のどこかで突然に「シュカ」と奇妙な音が聞こえたんだと。

 するとどうなったと思う?

 せわしなく歩いていたサラリーマンのお兄さんの背中がくたびれたスーツごとパックリと切り裂かれて、コンクリートの地面に真っ赤の血の花を咲かせた。

 

 巷じゃ最近、こんな奇々怪々で物騒な事件が後を絶たない。

 他にも自動車がひとりでに宙を舞ったり、電信柱が針金アートみたく捻じ曲がったりと幸いにもまだ怪我人よりも向こう側へと逝った不幸者はいないそうだが。

 特にこの「透明人間の通り魔」と呼ばれるようになった事件はその後もその町の界隈でチラホラと続いた。

 あるときは動物が、またある時は植木鉢や店の看板なんかがザクザク、スパスパと。いずれも近くには誰かがいて、不可視の凶刃が振るわれる度に悲鳴が上がった。

 

 格別の恐怖が生まれたことだろう。

 狂人が刃物を振り回すだけでも恐ろしいのに、相手は姿が見えないのだから吃驚仰天なんてものじゃないだろうから。

 そう、驚きが転じて恐怖を生む。

 生き物って言うのは自分にとって知らない事柄に驚きを覚えるのが常だ。

 喜びに転じる良い驚きもあるが、大抵の驚きは良くないことが起きる前触れみたいなものだ。

 驚きはやがて恐怖へと変わる。恐怖を筆頭に泥を丹念に煮詰めたような真っ黒で薄ら寒い穢れと表現してもいいような、仄暗い負の念へと化けるのだ。

 そんな穢れをご馳走のように思って舌舐めずりをしているような人外の連中がこの広い世界の日陰のずっと奥底に大昔からいることを知っている人間たちはあまりいない。

 

 

 

 

 四月中旬、本日は良く晴れた一日だった。

 高校生活二年目もスタートダッシュの喧騒が一段落したある日の放課後のこと、ボクこと常若永春(とこわか えいしゅん)は仲の良い友達たちとダラダラと人が減った教室で雑談に興じていた。

 

「あー今日も部活出来ないと暇だな」

「しょうがない例の通り魔事件。学校の近所でもあったんだからさ」

「変な音がしたら次の瞬間に切られてるって奴だろ? 犯人忍者か何かかな?」

 

 短髪の見るからに陽気で体育会系な友人その一である西条がこぼす愚痴にスマホの地方ニュースの画面を見せながら言って聞かせる。

 

「お前は忍者にどんなイメージ持ってるんだい西条?」

「いや、だけどよ永春! 忍者はあれだぞ、速い強いスゴいが揃ってるんだぞ? しかもあいつら刀持ってるじゃん! っ……ほら、やっぱり犯人忍者だって!!」

「そうだな。令和のこの時代に忍者まだ生き残ってるといいな」

 

 陸上部の短距離走のエースで単純明快を絵に描いたような気持ちのいい男だけど、脳みそまで速さを追い求めるあまりに軽量化してしまった傾向にあるのが友達として心配になる。

 

「井上はどう思う?」

「そうだな……」

 

 この調子で西条と話しているとボクまで忍者への過度な期待を押し付ける限界オタクになってしまいそうなので隣でずっと二人の会話を聞きつつ、マイペースに読書をしていたもう一人の友人に話を振った。

 

「高性能な光学ステルス迷彩装備を用いた犯行なのかもしれない。古い映画だけどプレデターに出てくるような感じの。いや、ニュースで流れていた情報の限り事件現場に居合わせていた人たちの証言によると奇妙な物音以外は何も可笑しな異変は無かったらしいから、装着者の動作に対する消音機能なんかが組み込まれているとするのなら、それはもう当時のSFの中のアイテムを現実が凌駕したことになるわけだが……」

「どうした急に」

 

 黙っていれば女子受けの良い美形顔の井上はこんな感じでオカルトやSFといった分野が大好きな爽やか系インテリの皮を被った愛すべきオタクだ。ボクたちは他言無用にしているが大手の動画投稿サイトに考察系の動画を投稿しているぐらいの強い熱量と造詣を持っている。

 

「井上! お前がすごいことを話していることは俺や永春にも分かる! でも、俺はお前の言っていることが頑張っても2ミリぐらいしか理解できねえ!」

「ごめんな井上。ボクも英語のリスニングがダメダメなような男なんだ。だから、日本人に分かる言葉でもう少し短く教えて欲しいよ」

「む。すまない」

 

電子音声のアナウンスのように滔々と持論を語る彼の言葉の濁流の前にボクたちは仲良く沈没する寸前だ。

 

「気にすんなって。つまり、事件解決にはシュワルツネッガーが必要だってことだろう。プレデター倒したのシュワちゃんだしな!」

「でも、シュワちゃんもう結構なおじいちゃんだぞ?」

「やっべ、そうだ。タイムマシン作るところか始めなきゃいけねえのか」

「クローン作った方が速いと思うが」

 

「「「っ……ぶっはははは!」」」

 

 しばしの沈黙。からの三人揃って謎の爆笑。

 不謹慎かもしれないが高校生という生き物は無意味でくだらないバカ話を幾らでも作れてしまうし、そこから延々と盛り上がってしまえるのだ。

 大人に片足を突っ込んだ年齢なのだから、真面目に考えれば日々を暮らす地元で凶悪事件が未解決のまま長引いていることに危機感を持つべきなのだがいまいち実感が持てずに対岸の火事気分なのもまた高校生という生き物の性なのだろうか。

 

「あ! そういえばまだ永春から犯人像聞いてなかったわ! 言え!」

「興味深いな。僕たちの説のどちらかと一緒だった。は無しだぞ」

「えー、縛りプレイみたいなのはダメでしょ? じゃあ、妖怪の仕業だったとか?」

 

「……ッ」

 

「聞き覚えのあるフレーズだな」

「パクリじゃ! パクリ野郎じゃあ!!」

「え? あ、ああ……いいじゃんかよ。あと、西条これはパクリじゃなくてインスパイアな!」

 

 ボクの言葉に西条たちが呆れ半分に茶化している最中に、ふと背後から誰かの視線を感じた。二人に悟られないようにさり気なく後ろを見渡す。

 視界に映るのはボクたちと同じように数人が集まってお喋りをしている女子のグループともう一人。

 

(望月さん? いや、まさかね)

 

 教室窓辺の最後尾の席に座る存在感の薄い一人の女子生徒。

 LINEで誰かとやり取りでもしているのか風景と溶け込んでいるかのように静かに自分のスマホと睨めっこをしている彼女。

 

 望月沙夜(もちづき さや)さん。

 

 今年からクラスメートになったその人の存在が目に留まった。

 すらりとした高身長に凹凸がくっきりした抜群のスタイル。

 昔話のお宝級の反物のようにさらりとした美しく長い黒髪。

 伸ばした前髪で両目を隠してしまっているので詳細は不明だが絶対美少女!と評判の謎多き少女である。

 謎多きという表現には様々な理由があるわけだけど――そんな風に望月さんについて回想していると当の本人は無音で立ち上がると鞄を持って歩き始めた。彼女も部活に入っていると言う噂もないし、帰宅するらしい。

 

「望月さん、これから帰るの? よかったらアタシらとカラオケいかない?」

「クーポンあるからいまならお得ですぜ?なんてね♪」

「……ありがと。でも、今日は家業の手伝いが忙しくなりそうなので、また今度」

「ざーんねん! てか、望月さんちってお店やってんだね!」

「なになに、ご飯屋さんとか?」

「えと、あんまりハイカラというわけじゃ。古めかしくて、面白みは少ないと思います。それじゃあ、カラオケ楽しんできて下さい」

 

 呼び止めてきた別の女子たちのお誘いに望月さんはゆったりとした独自のテンポに囁くような喋り方で断ると教室を去って行った。ウィスパーボイスというのだろうか、遠巻きに横聞きしていても耳が気持ち良くなるような綺麗な声だ。

 

「俺、三日ぶりに望月が喋っているとこ見たかもしれん」

 

 彼女が教室を後にして1分後。

 女子グループたちが会話を再開して45秒経過して、西条がそんなことを言い出した。

 

「西条は今日の現国の時間に半分寝てたからね。教科書の朗読してたよ。あと昼休みに巴のお喋りの相手になって相槌打ってた」

「詳しいな。まるで望月さん博士だ」

「せ、席が隣なんだからそれぐらいはね」

 

 不味い。つい口が滑ってしまった。

 これではボクが高校生活の中でそれなりの頻度で望月さんのことを観察していることがバレてしまう。

 

「なんだぁ永春は望月みたいなのがタイプなのか?」

「いや、その……席となりだし、話してみたいかなーとは思うかな」

「そういうもんか? アイツ、なに考えてるか分かんないからちょっと苦手なんだよな」

「近寄り難い雰囲気は確かにあるが彼女は親切で人畜無害なタイプだと思うぞ」

「だよね! 井上よく言った!!」

「永春、やっぱお前……」

 

 そうだね。この際だ、正直に白状しよう。

 ボクは望月沙夜さんのことが気になっている。

 異性としてというよりは人間として、とても望月さんのことをもっと知りたいと思っているんだ。それぐらい、彼女は不思議と魅力を纏っているとボクは感じている。

 

 先の続きを少しさせて欲しい。

 彼女の謎やボクの知っている限りの望月さんの人物像についてだ。

 類稀な恵まれた容姿を持つ彼女なのだが驚くほどに地味なのだ。

 矛盾したことを言っているのは承知の上だけど、学校での彼女は不思議なことに影のように存在感が薄い。

 普通なら彼女ほどの美貌(推定)とプロポーションの持ち主なら良くも悪くも目立って、否が応でも注目の的になるのが当たり前なのに望月さんはいつも賑わいの隅っこ、日陰のようなところにぽつんと佇んでいる。

 だけど全くの無口だとか孤独孤高と言うわけでもなく、話しかければ答えてくれるし、穏やかで気配り上手な人柄だとボクは認識している。

 一つだけ、確かな自信を持って言えるのは望月さんはまるでボクたちと同じ場所に居ても、いつも違う世界に居るようなそんな儚げな空気を持っている。

 陽の差し込む眩しい場所にいる誰かを、暗く静かな日陰の中で優しく見守ってくれているように。

 

「ところで井上はさっきから片手間になに読んでんだ? またオカルトかホラー小説?」

「いや、強いて言うなら一応恋愛小説なのか……人魚姫・異聞ってタイトルだ」

 

 ボクが望月さんについて耽っていると通り魔の犯人当てにも飽きたのか西条が井上の手にしている文庫本に興味を移していた。

 

「アンデルセンの人魚姫の舞台を昔の日本に置き換えて、独自のアレンジを加えたものだけど八尾比丘尼の逸話や日本古来の人魚伝説なんかが破綻することなく盛り込まれていて、なかなかの傑作だと思うよ。実は読み直すのはこれで二回目なんだ」

「ヤオビクニ……助っ人外国人か!?」

「人魚の肉だか生き肝を食べて不老不死になったって伝説の人だよ」

 

 あまりにも日本の文学や民俗に疎い西条にボクが堪らず解説を入れた。

 西条がやっていそうなゲームや愛読の少年週刊誌とかで名前ぐらい出てきそうなのだが我が親友のことなので絵だけ見てセリフは流し見している可能性もあるのだろうか。

 

「不死身ってすげえな、最強じゃん!」

「だと思うだろう? これが後々に意外な形で響いてくるから面白いんだ」

「おーい二人とも、あんまり長居すると流石に生徒指導の先生辺りに注意されるから続きやるなら家でやろうよ」

 

 推しを布教するモードに入りかけた井上を制しながらボクたちも下校することにした。

 でも、確かにボクも少し内容が気になった。

 たぶん井上の口ぶりからすると主人公かヒロインのどちらかが不死身になったところで原作と同じく悲劇的な結末になったのだろう。その人魚姫・異聞という作品も。

 もしも仮に不死身のお陰でハッピーエンドだという結末だったとしたら、井上には悪いけどボクの趣味とその作品は合わないと思う。

 

 

 

 

「じゃあな、また明日!」

「お互い、通り魔には気をつけような」

「全くだな。それじゃあ」

 

 高校の最寄りの地下鉄からボクは西条たちと別れて、独りで家路に就く。

 今日はバイトもないので本屋にでも寄ったり、財布と相談しながら買い食いしながら帰るとしよう。そんな風に予定を立てながら、夕暮れに染まって行く街を歩いていた時のことだった。

 

「あれって、望月さん?」

 

 黒いセーラー服の長身黒髪のシルエットを見つけて、ボクは思わず足を止めた。

 視線の先には間違いなく、気になる彼女が何かを探している様な素振りで雑踏に混じっていた。

 

「意外とボクと家、近所だったのかな? でも、あのキョロキョロした感じは道に迷った系だよね? 家業の手伝いと関係あるのかな」

 

 道案内なら自信はある。住み慣れた地元だし、宅配ピザのバイトをしているから殊更この界隈の地理には明るいと自負がある。

 だけどボクは僅かに躊躇い気味に考える。気安く声をかけていいものかと。

 迷惑にならないだろうか? 

 下心見え見え野郎と嫌われないだろうか?

 恋愛クソ雑魚ボーイの自分ではこの手の話題になるとネガティブなイメージが溢れ出してキリが無い。

 

「いや! ここはいかなきゃでしょ」

 

 彼女を見失わないように目を凝らしながら熟思した末にボクが下した決断は声をかけてみるだった。余計なお節介や勘違いなら謝るだけ、簡単な話だ。

 だけど、もしも本当に望月さんが困っていてそれを見過ごしてしまおうとしているのなら。それが変えようのない過去に流されてしまう前に後悔して傷つくよりも馬鹿をやって傷つきたい。

 

「望づ……って、歩くの速い! えっと……いまどの辺だ!?」

 

 意を決して、歩き寄って声を掛けようとしたのだが肝心の望月さんはかなり遠くのところまで移動していた。背が高いからすぐ見つけられたけど、彼女がこんなに機敏だったとは思わなかった。

 

「あの先は神社だったよな。無駄に広いだけの……とにかく急ごう」

 

 行き交う人の流れを縫うように足早にボクは彼女を追いかけた。

 彼女にだけしか意識が向いていなかったのでその時は気付かなかったけど、先程まで彼女が足を止めてキョロキョロしていたその場所は数日前に透明人間の通り魔によって看板を切り裂かれたお店の軒下だったのだ。

 

 

 

 

 石段を駆け上がって雑木林に隣接する古びた神社と辿りつく。

 中央にある神楽殿や玉砂利が敷き詰められた広い敷地の隅に設置されたブランコは錆つき年季を感じさせる。

 

「昔はよく縁日の屋台とかたくさん来てたのに寂れちゃったよな。望月さんは……いた」

 

 時の流れにらしくなくセンチメンタルを感じつつ、神社を見渡すと彼女は――望月さんは奥にある件の朽ちかけたブランコの傍にいた。

 

「あ、あの望月さん! 学校ぶりです、その!」

「永春くん……? なんで」

 

 後に繋ぐ言葉も考えずに勢いのまま声を掛けるボクの姿に望月さんは微かに肩を震わせえ驚いているようだった。

 

「偶然そこで見かけて、何か探している様子だったから気になって追いかけちゃったんだけど」

「……はぁ」

「その、なんだろ。この辺の地理なら結構詳しいから役に立てるかなって……うん。それだけなんだけどさ……ゴメン、いま明らかに変な奴だと自分でも思うんだけど、ただ――」

「あぶない!」

 

 話しかけたはいいが案の定そこからの言葉に詰まってきもち悪い不審人物ムーブをしているボクに向かっていきなり走り出した望月さんの姿を見て、頭が真っ白になった。

 一拍の間を置いて全身に走る柔らかくも強い衝撃。

 気が付けばボクは望月さんに押し倒されていた。

 同時にすぐ後ろにあった石灯籠が真っ二つにされて崩れ落ちる大きな音がした。

 

「え……ええっ!?」

「ごめんなさい。痛くなかったですか?」

 

 二つの大きくて柔らかく、あたたかな感触を顔に押し付けられながら、彼女の微かに張り詰めた声が耳元に降りてくる。

 

「全然。その、むしろありがとうございます。じゃない! あの、これって!!」

「透明人間の通り魔って永春くんはご存知ですよね? その犯人が私たちの目の前にいます」

 

 押し寄せる情報量に思考が追いつかない。

 ついでに望月さんに最低な賛辞を口にしてしまった思春期の健全な男子高校生な自分が恨めしい。いま、彼女はボクを助けてくれたというのに。

 望月さんが咄嗟に突き飛ばしてくれていなかったら切り裂かれていたのは石灯籠じゃなくて、ボクの体だったろう。

 

「永春くんにお願いがあります。いまからしばらく、この場にいてください。でも、私と化神(けしん)からはなるべく離れていて下さい。危ないですから」

「望月さん。君はなにを知っているんだ?」

「……いまはごめんなさい。話せば長くなりますから」

 

 ゆらりと立ち上がった望月さんの長い前髪の隙間から僅かに見えた紫水晶のような綺麗な瞳。険しい目つきで睨むその視線の先には信じられないものがあった。

 

『ウェヒヒヒ! 小僧ォ……いい顔するじゃねえか? 驚くよなァ、怖いよなァ?』

「黒い靄の……なんだあれ、人間じゃないぞ! 動物!? ま、まさか妖怪だっていうのか」

「半分ぐらい、正解です」

 

 禍々しい黒靄に覆われた人型がこちらに向かってハッキリと話しかけてきた。

 直感で解った。ああ、目の前にいるこれは人間の常識の外にいるナニかだと。

 お化けや妖怪だなんて可愛らしい表現をする類の物じゃない。

 これは絶対にボクたち人間に何かしらの危害を与える怪物ような存在なのだと。

 

「鬼ごっこはもうお終いです」

『嫌なこった! 穢れを育て、穢れを食らいようやく上等な躯を得たんだぜ? またまだ遊び足りないぜえええ!!』

 

 心臓バクバクで狼狽しているだけのボクを尻目に何故だか凛として黒い人型と対峙して言葉を交わしている望月さん。彼女が確か化神と呼んでいたそれは興奮したような口調で声を上げると全身に纏う黒靄を霧散させ、奇怪な異形をボクたちの前に晒してみせた。

 

『人間の娘の肉を切り刻むのはまだやってなかった。試し切りさせてくれよ、ナァ!』

 

 ケバケバしい黄色と黒の毛皮に覆われた二足歩行のイタチのような怪物。特筆すべきはその両腕から伸びた文房具のカッターナイフのような刃だ。尻尾の先端は鎌のようになっている。まるで合成獣のようじゃないか。妖怪も時代に合わせて進化しているとでもいいたいのだろうか。

 いや、あいつの正体はこの際何でもいい。一番の問題はこの化け物の標的が間違いなく自分と望月さんだと言うことだ。ボクはまあ、何をされても大丈夫だと思うけど彼女を意地でも無事に逃がさないと仮に死んでも死にきれない。

 

「望月さん、これヤバいやつだ! 逃げた方がいい! 君だけでも急いで走れ!!」

「……ありがとうございます。けど、平気です」

『グオオッ!? ケッ……これだから御守衆の連中は可愛げが無いぜ』

「うそでしょ」

 

 考えるよりも先に体が動いた。

 自分の体を盾にするようにボクは望月さんと化神と呼ばれる化け物の間に立ち塞がった。

 だがしかし、嬉しそうな囁きが聞こえたかと思うと望月さんはボクを軽々と飛び越えて、ついでに化神を蹴飛ばして神社の神楽殿にしゃなりと立った。

 

「望月さん……?」

「ちょっとだけ、私の秘密をお見せします。あの、怖がらないでもらえると嬉しいかもです」

 

 長い黒髪を風に躍らせ、柔和な大和撫子然とした美貌を露わにした彼女の手にはいつの間にか左手首のブレスレットから取り外した不思議な仮面のようなアクセサリーが摘ままれていた。

 

「オン・カルラ・カン・カンラ」

 

 別人のような低音で謎のまじないの言葉を彼女が唱えると驚くべきことに指と指とに挟まれた白いアクセサリーがどんどんと大きくなったじゃないか。

 それは能の舞台で用いられるお面のようなものだった。けれど、翼を広げた白い鴉の意匠の仮面は古臭くなく、ヒロイックと言えばいいのか独特の凄みが醸し出された見た目をしている。

 

白鴉の怨面(びゃくあのおめん)よ、お目覚めよ」

 

 白い仮面に語りかけ、望月さんは自らの顔にその仮面を被った。

 その瞬間、白鴉の怨面と呼ばれるそれが淡く妖しい光を放ち、彼女の白い肌には無数の蛇が這うような赤い痣めいた紋様が浮かび上がる。

 

「クゥ……ア、ァ、ゥアア――」

「も、望月さん!?」

 

 目の前で起きる彼女の異変。

 赤い痣の出現は痛みを伴うのだろうか、息を殺すような苦悶の呻きを漏らす姿にボクは無我夢中で叫んだ。ボクの声に望月さんは微かに視線を向けて、仮面の奥から「大丈夫ですよ」とばかりに目を細めたのは気のせいではないと思いたい。

 

「――変身」

 

 怨面から溢れ出るのは大いなる力を与える代償に彼女の全身を苛む数多の怨念無念の疼き。

 それに耐えきって望月沙夜は覚悟を以ってその言の葉を唱えた。

 次の瞬間に巻き起こった白く輝く疾風の中で彼女はその肉体を超人へと変えていく。

 

「白い……天狗?」

『糞が! よりにもよって装士に変われる奴だったか! ついてねえぜ』

 

 一陣の風が吹き去った後に現れた白き仮面の戦士に永春は感嘆を、化神バケイタチは悪態をそれぞれついた。

 

「我が名はビャクア。退魔の担い手、御伽装士(おとぎぞうし)が一柱。いざ、お覚悟を!」

 

 青みのある黒いアンダースーツ。

 雪のような白に金の装飾が施された山伏を思わせる軽鎧と籠手に、双肩両腕を守る群青色の大袖。

 腰に巻かれたベルトのバックルはヤツデの葉を模っている。

 更に腰からは両端に深いスリットが入った白い垂れ布が前後に覆われて、彼女が動くたびに風雅に揺れる。

 

 天狗――古来日本に伝わる神懸かった仙術武術を操る神秘の存在。

 沙夜が変身したこの真紅の双眸を持つ白い仮面の者はそんな天狗や夜叉に似た出で立ちをしていた。

 

「すごい……でも、これむしろ仮面ライダーってやつじゃないのか?」

 

 沙夜であった御伽装士と名乗る戦士の姿に永春は思わずそんな言葉を呟いた。

 仮面ライダー。それは半世紀以上も前から日本に流布している都市伝説だ。

 異形の仮面を身につけ巨悪と戦い、無辜の人々を守る自由と平和の守護者。ビャクアと呼ばれるそれはその伝説に語られる怪人物の特徴と酷似してもいたからだ。

 

『小娘! テメエが装士なら遊びはいらねえ! 叩き切ってやら!!』

 

 永春が神々しさすら感じるビャクアの姿に見惚れているとバケイタチの方は殺気を際立たせて彼女へと襲い掛かった。

 

「ヤァアア!」

『おおっぷ!?』

 

 危ない!と永春が声を上げるよりも速く、ビャクアはバケイタチの振り下ろした刃を片手で受け流す。そのままカウンターの上段回し蹴り、続けざまに両の掌を重ねた強烈な打撃を腹部に繰り出して敵をあべこべに吹き飛ばしてしまった。

 

「すごい……!」

「その、私……これでもけっこう強いです」

 

 見た目に恥じない強さを見せるビャクアに間抜けた声を漏らして感激する永春へと彼女は歳相応な可愛らしい所作で両手を握り拳を作ってみせた。

 

『舐めやがって! 二人仲良く賽の目に刻んでやるからな!』

「いいえ。お前はここで私が止めます。オン・カンラ!」

 

 両腕のカッターナイフを研ぐように擦り合わせて威嚇するバケイタチに対して、ビャクアは再びまじないの言葉を叫ぶとベルトのバックルに装填された霊水晶から赤い拵えの羽団扇を召喚して構えた。

 

「退魔七つ道具が其の壱、天狗の羽団扇! いきます!」

 

 かくして、永春の目の前でビャクアとバケイタチが激突する。

 奇しくも春の空は茜色。

 黄昏。古くより逢魔時と呼ばれる時間帯のことであった。

 

 

 

 

 桜の花弁を舞い散らせながらボクの目の前で二つの異形が切り結ぶ。

 獣らしい獰猛な斬撃で襲い掛かるバケイタチのカッター刃を望月さん……ビャクアは片手に持った羽団扇で軽やかにいなしてく。

 

「ハイヤ!」

『ギャンッッ!? こん、な……団扇如きに!』

「まだ!」

 

 ビャクアが振るう羽団扇は全体に神通力が満ち流れることによって羽毛に等しい軽さをそのままに鋼の如き硬さと鋭さを有して短剣顔負けにバケイタチの体を四方八方に切り裂く。

 そのまま思うように敵を嬲れずに精彩を欠く相手の隙をついて片腕を押さえると手刀を振り下ろして脅威となるカッター刃を叩き折った。

一気呵成に攻め切ろうとしたビャクアだったがバケイタチも食い下がる。

 

『良い気になってんじゃ……ねえよガキ!!』

「うわっ。その刃まるで本当の文房具ですね」

 

 喉笛を狙った刺突をギリギリで羽団扇を使って防ぐとビャクアはバックステップを踏んで間合いを整える。破壊したと思ったバケイタチの右腕の刃は折れた部分からギリギリと新しい物がせり出して瞬く間に再生してしまったのだ。

 その再生能力はまさに刃を換えることで末永く使えるカッターナイフの特性を模倣している。

 

『分かったか? 俺から何かを切り裂くって行為を封ずることは不可能なんだよ!』

「みたいですね」

『声がちいせえぞ!! 怖くて震えちまってんのか?』

「いえ。包丁とかならもう少し迫力がありましたけど、カッターナイフの刃だとそういうゆるキャラみたいでほどほどに可愛らしくて滑稽ですね」

『チッ……顔やそのでけえ乳肉の前に小生意気な舌をぶつ切りにしなくちゃだなああああ!!』

 

 自分が有利に立てたと思って勝ち誇るバケイタチだったが意外とキレのある煽りを返してくるビャクアに明らかに怒り心頭といった様子だ。憎悪を剥き出しにして両腕の刃をがむしゃらに振り回し始める。

 次の瞬間に映った光景に思わず背筋が凍り付いた。

 シュパシュパと奇妙な音が鳴り響いて、二つの刃から放たれた真空波が行く手を阻む物体の数々を切断しながらビャクアに迫っていく。

 

『肉を裂く痛み……恐怖を! 美味い穢れを存分に生み出しな!!』

 

 形なき風の凶刃。

 これこそが透明人間の通り魔の絡繰りの真相だったのだ。

 

「カマイタチ!? 風の刃ってやつか? 避けて望月さん!!」

「カンラ!」

 

 だが、永春の慌てた声を受け止めながらもビャクアはその場から動かずに羽団扇を力強く一振りする。一瞬、淡く光った羽団扇が虚空を撫でるとビャクアの眼前には小規模な白い竜巻が発生する。

 

『ぬおおああぁ!? つむじ風を作りやがっただとぉ!?』

 

 荒れ狂う旋風は真空波を呑み込むと意思を持つかのようにバケイタチを追尾してぶつかり弾けた。錐揉み回転をして地面に叩きつけられたバケイタチは地団太を踏んで悔しがる。しかし、悪辣な性根はすぐさま意地汚い作戦を思いたようだった。

 

『ぐぐぐっ! だったら!』

「ッ……なにを?」

 

 長い尻尾で地面を抉り、避けられない程の広範囲に玉砂利と土を浴びせてビャクアを怯ませると卑しい視線をあろうことかボクへと向けたのだ。

 

『これはどうだよ! イィィィシャ!!』

「ボクか!? やっべ――!!」

 

 バケイタチは突如として真空刃を自分にへと狙いを定めて撃ち放った。

 石灯篭を更に短く斬り落としながら風の刃が目の前に迫るのを感じて、反射的に両腕を身構える。

 

「ガッ……!」

「そんな、何やってるのさ望月さん!?」

 

 真空刃が届く間際にビャクアが俊足を駆使して割り込んできてボクを庇った。

 背中に受けた痛みに体を仰け反らせながら、望月さんの辛そうな声が聞こえてくる。

 

『これこれ! お前ら御守の連中はそこの小僧みたいな虫を、弱き民草ってのを無視できないよなぁ? ご苦労なことだぜ!!」

「痛ッ……ク、ア……ッ!」

 

 下卑た笑いを上げながらバケイタチが追撃に放った真空刃が更に彼女の背中に浴びせられる。

 ボクを守らなければならない為に傷つく望月さんの姿を目の当たりにして、悔しさと不甲斐なさがこみ上げてくる。

 

「ボクはちょっとぐらい怪我してもいい! だから、そこから動いて望月さん!!」

「そういうわけにはいきません。化神を退治するのも大事ですが、平和に暮らす人たちを守ることも大切なお役目なので」

 

 仮面の向こうで苦しそうに、だけど優しく微笑む彼女を幻視する。

 望月さんのこと、ボクはまだ分からないことだらけだけどそれでも強く思うのだ。

 このままではいけないと。

 

「ごめん望月さん。ボク、これからちょっと勝手なことするけど……」

「え……?」

「望月さんの言ってたお願い、破るつもりは絶対にないから」

『特大のをいくぜ? 仲良く真っ二つになりやがれ!!』

 

 勝利を確信したバケイタチが大技を出すべく片腕を大きく振り上げた。

 それと同時にボクは飛び起きると無我夢中で明後日の方角へと駆け出す。

 

「ボクは! ここだぞおおお! 狙えるものなら狙えよおおおおお!!」

『なっ……イッヒャヒャヒャ! 見下げたもんだぜ、一人で逃げやがったあの小僧!!』

 

 傍から見れば自分を庇ってくれたビャクアを蔑ろにしておかしな方角へと逃げ去るように映るボクを嘲りながら、バケイタチは遊興とばかりに自慢の刃先の狙いを一人きりになったボクへと移した。

 

「そうだよ。足手まといのお荷物は一時退場するんだよ! こんな風に!!」

「待っ、永春くん!?」

 

 バケイタチがなるべくボクに意識を向けてくれていることを願いながら、ボクは全力ダッシュのまま結構な傾斜になっている出入り口の石段へと迷うことなくダイブした。

 

「全力で! やっちゃえ望月さぁぁぁん!!」

『はああ!? 気でも狂ったのかあのガキ……!?』

 

 最後に張り裂けんばかりの大声で声援を彼女に送ってボクは石段をゴロゴロと転げ落ちていく。

 どうにか頭は庇っているが薄れゆく意識の中で彼女の勝利を願う。

 いや、確信するんだ。ボクと言うハンデがいなくなった望月さんならあんな怪物は敵じゃないと。

 

 

「退魔七つ道具が其の参――!!」

 

 永春がいなくなった神社に再び凛とした声が響く。

 

『しまっ……ギィエエエエ!?』

 

 彼の予測不能な行動に迂闊にも意識を向け過ぎてしまっていたバケイタチが自らの悪手に気付いた時には既に遅かった。白い影が音もなく肉薄して巨大な斬撃が豪快に異形を袈裟切りにした。

 

「……雲薙ぎの大鎌!!」

『うぎゃあああああああああ!?」

 

 ビャクアが振るう蒼い鋼をそのまま型抜きしたような無骨で鋭利な大鎌の一閃がバケイタチの左腕を容赦なく斬り落とした。黒い血飛沫を撒き散らし、たった二人きりの戦場となった神社に化神の絶叫が木霊する。

 

「男の子って、本当に……いえ、あなたの勇気を決して無駄にはしません」

 

 永春が捨て身で作った隙を活かして体勢を立て直したビャクアは裡に秘める闘志を更に奮い立たせると自慢の大鎌を軽々と振り回して肩に担ぐように構え直す。

 

『畜生がぁああ! 死ぬのはてめえの方なんだよおおお!!』

「ハアアアア――!!」

 

 片腕を喪ったバケイタチは半狂乱になりながらも、怒りに任せて真空刃を連発する。

 だが、ビャクアの操る大鎌の曲刃は片っ端からそれらを薙ぎ払う。

 そして、白い影となったビャクアがすれ違い様に再び悪しき異形を薙ぎ刈った。

 

『ぐああ……がああああ!? こんな筈じゃあ……ッ!!』

 

 自らが罪なき人々やか弱い動物たちにしてきたように胴体に大きく真一文字の刀傷を負ったバケイタチは糸か切れた操り人形のように崩れ落ちた。もはや勝負は決したとビャクアはその首筋に静かに大鎌の刃を添える。

 

「観念してもらいます」

『ま……だだ! まだ俺にはこれ(・・)がある! 死ぬのはお前らだああああ!!』

「暗天を開く気ですか? いいえ、いいえ! やらせません!!」

 

 生き汚く足掻くバケイタチは金切り声のような雄叫びを上げるとその体からは先程の黒く禍々しい靄のような瘴気が大量に吹き出し始めた。

 化神の執念深さに驚くビャクアであったが彼女もまた勇気凛凛とここ一番の意地を張り直すと手早く先手を打つ。

 

 

「退魔七つ道具が其の漆! 韋駄天の鎧下駄!!」

 

 三度、ベルトの霊水晶が輝いてビャクアの両脚には朱色の天狗下駄に白い翼の装飾が組み合わさったような足鎧が装着された。

 

「オン・カルラ・カン・カンラ! いざ! いざ! いざッ!!」

 

 目にも止まらぬ速さでビャクアは両手で退魔の印を結び、裂帛の気合でバケイタチへと疾走する。

 

『うぎゃあん!? なんだ!? 装士の加勢か……いや、まさか!?』

「「「「「「「ハイヤァアアアアア!!」」」」」」」

 

 烈風の如き一撃に上空へと打ち上げられたバケイタチを無数の人影が次々と神速にて攻めかかる。それはバケイタチが敵の応援が複数人やって来たのだと錯覚するほどの畳み掛けだった。だが、その真実は少し異なる。

 

『影分身!? ふざけやがって、こんなの俺たちだって余程の大物じゃなきゃ出来ない芸当だぞ! それをこんな小娘があああああ!!』

 

 茜空に響き渡るはビャクアの咆哮、その数七つ。

 魔道具・鎧下駄が秘める能力で彼女はその身を寸分違わぬ七つに分けたのだ。

 これぞ御伽装士の神通力が成し得る奇跡の真髄と言えるだろう。

 

「いざ、お覚悟を!」

 

 七人のビャクアが白風となって黄昏空を舞台に踊り舞い、バケイタチを矢継ぎに打ちのめす。

 彼女はそのまま反撃の隙を与えずに一気に勝負を仕掛ける。

 

 

「退魔覆滅技法! 乱鴉一陣!!」

『があっ……こんなんじゃ遊び足りねえ、ぞッ!? ぐあぁあああああッ!!」

 

 縦横無尽に風が吹き荒び、白い七つの影が魔を退けるべく空を駆ける。

 全く同時に繰り出された必殺の蹴撃七閃がバケイタチに炸裂し、悪しき異形は木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

「これにて、落着です」

 

 鳥居のてっぺんに着地したビャクアが静かに残身を取ると神社には変わらぬ寂れた静けさを取り戻していた。燃えるような茜色をとっぷりとした紺色が塗り替え始めた空に黒い鴉の鳴き声が遠くの方で聞こえていた。

 

 

 

 

「うっ……ううん……寒」

 

 冷たい風に吹かれて、微睡が覚めていく。部屋の窓を閉め忘れていたっけ?

 ついてにあちこちが痛い。ボクは何をやっていたんだろう?

 記憶がぐちゃぐちゃではっきりしない。

 

 

「……あ、気が付きましたか? どこか具合の悪いところはありませんか永春くん?」

「ふぁ~ごめん、お静さん……もう五分したら起きますから、あと少し」

 

 というか、ボクの使ってる枕ってこんなに柔らかくて気持ちよかったっけ?

 なんかあたたかくて、いい匂いもする気がする。

 

「ひゃあ! 寝返りしないでください。あと、そろそろ起きないと風邪ひきますよ」

 

 ごめん無理です。

 優しい声の人、すみません。だって、この枕めちゃくちゃ寝心地良いんです。

 

「く、くすぐったいです! 寝息やめ、深呼吸しないでください」 

「へ……あれ、望月さん?」

 

 大きく揺さぶられて、ハッキリと意識が覚醒した。

 目の前にはちょっと顔を赤らめながら、ボクのことを心配そうに見下ろす望月さんの顔があった。きめ細かな前髪が夜風にゆれて、つぶらな紫の瞳が見え隠れしている。

 あれ、これってもしかしてボクは彼女に膝枕されているのだろうか?

 

「ご、ごめんなさい! すぐ起きま……ぶっ!?」

「っ……大丈夫ですか」

 

 慌てて起きようとしたところボクの顔面は大きく突き出た彼女の豊満なお胸に激突。そのまま跳ね返されてしまった。恐るべし女体の神秘。

 

「本当に、本当に色々とすみません。どれぐらい寝てましたボク?」

「そんなには……一時間ぐらいでしょうか?」

「そんなに!? 望月さんこそ寒かったでしょ?」

「いえ。こちらこそ、さっきは助かりました」

 

 周囲を見渡すとすっかり日は暮れてしまったがここは神社の神楽殿の木造階段だった。

 近くにある街灯の頼りない光がボクたちを照らしていた。

 再びゴロゴロと転がって望月さんのお膝から退去する。ここまでやって、ようやく記憶が鮮明に蘇ってくる。

 

 化神と呼ばれる謎の怪物。

 そして、望月さんが変身したビャクアと呼ばれる仮面の戦士のこと。

 分からないこと、知らないこと、多すぎて彼女に聞きたいことは山ほどある。

 

「あの、何から質問していいのか分からないんだけど――……」

「はい。そのことなんですがごめんなさい」

「え……?」

「意味ないかもしれないけど、体を張って手助けをしてくれた永春くんにお礼だけはちゃんと言いたかったんです。ありがとうございました」

 

 順を追って彼女に色々と問い質そうとした時だ。

 望月さんがそっと人差し指をボクの目の前に差し出した。

 彼女の指先に小さな火が灯る。

 

「オン・カンラ」

 

 目の前で幻想的な火が線香花火のように弾けて、ボクの意識は再び暗転した。

 

 

 

 

 記憶消しの術の効果で彼は神社での私のことも化神のことも綺麗さっぱりに忘れるだろう。

 結局、寒空の下に置き去りにしてしまったのは少し罪悪感を覚えるが仕方のない事なんです。

 

 化神を――人外の妖しき存在たちを知るということは様々な危険を招いてしまう。近しい気配を覚えられて憑け狙われてしまうことだってあるし、何よりも知るということは化神への恐れや憎しみといった負の感情。奴らの好物であり、活力となる穢れを生み出す土壌を周囲に伝播させる可能性だってある。

 

 だから、化神のことも私たち御伽装士や御守衆のことも可能な限りは秘匿しなければなりません。そう言い聞かせて、勇気あるクラスメートの男の子の記憶を私は消しゴムをかけるように綺麗に消す。彼が初めてじゃない。もうずっと前からやってたことだ。

 

「くす。私の膝で寝ていた永春くん、大きな猫みたいで可愛かったです」

 

 夜の街を一人でとぼとぼと歩きながら私は自分だけが持つ思い出を反芻しながら小さく笑う。

 

「いきなり石段に飛び込んだ時は驚いたけど、大した怪我もしていなくて本当に良かった。それに比べて、私は……もっとがんばらないと」

 

 神秘に無縁のただの高校生でありながら、精一杯に自分が出来ることをやって私の手助けをしてくれた彼に胸の奥が熱くなるのを感じる。心地の良いぬくもりです。

 

 嬉しかった。格好良かった。彼のような眩しい誰かを守れたことが誇らしい。

 だけど、この想いは誰とも共有してはいけない。少なくともただの女子高生として生きる日向の日常では決して、誰とも――。

 

「カラオケ、行ってみたかったです。あ、でも……私、そんなに歌のレパートリーないや」

 

 寂しそうにため息を一つ。

 それで気持ちを切り替えると望月沙夜は背筋をしゃんと伸ばすと大きく深呼吸をしてからまた音もなくまだまだ長く深い夜を走る。

 

 

 

 

 翌日、ボクは昨日となんら変わることなく自宅で目覚めて何時ものように登校した。

 途中で出くわした西条、井上たちと他愛のないお喋りをしながら朝のHRまでの時間を潰すのだが今朝は一つだけやることがあるのでちょっとだけ別行動を取る。

 席にはまだ鞄が無かったから、昇降口にいれば確実に出会えるだろう。暫く待っていると予想通りに小川の流れのように歩いてくる我が校の生徒たちの中に彼女の姿を見つける。

 

「望月さん、おはよう」

「……おはようございます。あの、なんだかあちこち怪我しているようですけど大丈夫ですか?」

「またまたぁ、望月さんが介抱してくれたんじゃん。必ずなにかお礼するから」

「え?」

 

 相変わらず目元は隠れているが望月さんは口元を小さく緩ませ柔らかな表情で挨拶を返してくれた。どうやら昨日のことを迷惑がられてはいないようで安心した。

 けれど、どうしたことだろう。なんだか会話が噛み合わないような気がする。

 

「昨夜は色々とありがとう。本当に助かったよ」

「あの、なんのことでしょう?」

 

 ボクの言葉に彼女は小首をかしげて聞き返してくる。

 心なしか途中から声が震えているようだった。

 

「いや、その……だからあまり大きな声で言えないけど、望月さんはボクの命の恩人なわけだし」

 

 ボクが小声でそう伝えるとどういうわけか彼女はビクッと大きく震えてから凍ったように動かなくなってしまった。前髪で隠れていても分かる。いま、ボクは彼女にすごい目つきで睨まれているのだろう。

 

「なんで覚えているんですか?」

「はい? うおっ! ちょっ、ちょっと……!?」

 

 ホラー映画さながらにいきなり手を掴まれたボクはそのまま暴走特急のように駆け出した望月さんに連行されて特別棟の空き教室に押し込まれてしまった。

 

「あのー望月さん……ボクはこれからどうされるのでしょうか?」

「永春くんは昨日のことをどこまで覚えているんですか?」

「えっと、その……」

「正直に答えてください」

 

 壁際に追い込まれて、尋常ではない圧を放ちながらダメ押しとばかりに望月さんはズイっともう一歩踏み込んでボクの顔を凝視する。顔が近いし、鼻孔を爽やかないい匂いがくすぐるがそんなことにときめいている場合じゃない。

 

「神社で腕からカッター生やしたイタチに襲われて、それを望月さんがなんか白くてすごいのに変身してやっつけてくれたみたいな……はい、以上です」

「―――!?」

「もちろん誰にも話していないから安心してよ! 絶対に秘密にしておくから」

 

 正直に質問に答えたところ、彼女は激しく動揺して両手で口元を押さえながら息を呑んでいた。

 慌てて、個人の守秘義務も果たしていることを付け足すが彼女の白い両手が少し痛いぐらいにボクの両肩を掴んできた。

 

「それ、本当に私でしたか? 永春の見間違いではないですか? ね?」

「いやいやいや……あ。カンラ!なんちゃって……カッコ良かったよあれ」

 

 どうにもボクの言葉を完全に信じてくれないようなので苦し紛れに昨日、彼女が戦っていた時の物真似をしてみた。陰陽道か何かのお呪いの言葉だろうか?

 なんてことを考えていると目の前の彼女に異変が起きた。ダラダラと冷や汗を浮かべると顔があっという間に真っ赤に染まり、プルプルと震えながら力なく膝から崩れ落ちた。

 

「あわ……はわわっ」

「なんで!? あの、望月さん?」

 

 引きつった笑い声を押し殺すように漏らしながら震える彼女にボクはなんて声をかけようかと慌てふためくばかりだ。

 そして――。

 

「ア゛アアアアアアアアアアアアッ!?!?」

「も、望月さぁーん!?」

 

 彼女の口からはおよそ美少女が出しちゃいけない汚い大絶叫が飛び出した。

 例えるなら、口から炎を吐いて暴れる巨大怪獣の鳴き声のような。

 後から知った話がけど、姿を変えて戦っている時の少しキャラ作ったような仕草や言葉がバレてしまったことにより望月さんの羞恥心が限界突破をしてしまったのだという。

 彼女には辛い話だがこの時の望月さんの大絶叫は「特別棟の少女霊の慟哭」として数年先まで我が校の怪談として伝わってしまうことになる。

 

 

 

 こうしてボクは望月沙夜さんという少女と深く知り合ったことにより、日常の裏側で起こる奇々怪々な事件の数々に巻き込まれていくことになる。

 

 現代の怪奇なる御伽草子の始まりの壱頁目はめくられた。

 もう、閉じることは出来ない。

 退魔の疾風――その名は仮面ライダービャクア!!

 

 

 




そんな感じで第一話始まりとなりました。
別枠でキャラプロフィールを作るつもりですが主人公である沙夜に関して少しだけ補足しますと……。

身長は170cm
スリーサイズはB89 W55 H90の
癒し系大和撫子な黒髪両目隠れの地味子って感じのキャラとなります。

GW中に頑張ってもう一話ほど投稿するつもりでいますがご意見・ご感想など頂けると執筆への励みとなりますのでどうかよろしくお願いします。

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