仮面ライダービャクア   作:マフ30

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皆様いつもお世話になっています。
今回もどうにか無事に更新することが出来ました。
世界観や設定説明回でもありますので長ったらしい文章も多々ありますが最後まで読んでいただけると幸いです。


第二幕 夜闇を裂いて

 ちょいとお尋ねするんだが、お手前さまには好きな色なんておありかな?

 へえ……そいつは良いご趣味だ。何よりも、お手前さまは今日を心配無用で往来をうろつける。

 ああ、お節介だとは思うが間違っても赤い着物の類を身につけて外を出歩くことだけは控えておいた方がいい。

 

 とある日の、とある町でのちょっとした出来事さ。

 閑静な住宅街に建てられた真っ赤な郵便ポストが突然に焼け溶けた。それはもう飴細工でも作るのかってぐらいにドロドロにな。

 それだけじゃない、火事を消すはずの消防車に山積みになった赤く熟れた林檎の山にと、巷じゃ赤い某かが何処からともなく奇妙な音がしたと思うと次の瞬間には目が覚めるような激しい炎を噴き出して無残な有様になっちまった。

 いまのところは図体のでかくて赤一色の目立つものばかりが餌食になったがいつか人間が火達磨にならないといいんだがねえ。

 

 

 

 

 あの不思議な体験から一日を経て、こうして午前の授業を受けているボクは教室内で侮蔑と愉悦と一つの憐みの視線に晒されている。大まかな内訳は侮蔑が女子と極少数の男子、愉悦が男子(一応半ば称賛も込められている)、そして憐みがある意味で関係者である望月さんだ。

 

「なあ追跡者、シャー芯分けてくれねえ? 昨日買うの忘れてた」

「その呼び方をやめてくれたらいいよ。五本オマケしよう」

「あー……クハハ、なら井上に頼むわ。ごめんな」

「今夜お前の夢に出てロケットランチャー撃ち込んでやるから覚悟しておけよ」

 

 ボクのささやかな怨嗟の声など気にする様子もなく、我が友は少し離れた席にいる井上の元へと去っていった。とはいえ西条だからこそ、このやり取りもただの戯れで未だにちゃんと友達でいてくれていると信用が持てるのが心強い。

 

「ごめんなさい、永春くん。私、やっぱりちゃんと本当のことをみんなに説明します」

「大丈夫。こんなのはきっとすぐに風化してみんなも飽きるから、望月さんは気にしないで」

「こらぁ! もっちーに近寄るなストーカー男!」

 

 追跡者なる奇なるあだ名で呼ばれるようになって、落胆しているボクに隣の席の望月さんは申し訳なさそうにそう呟く。確かにこの状況は針のむしろだけど、ボクの答えはNOだ。これは譲れない――そう、男子高校生には意地があるのです。

 お互いに小声で、特に望月さんは周囲に二人の関係を気取られないように隠れながら話していると横から言葉のナイフを容赦なく突き刺される。

 それは明るい茶髪をツインテールで纏めた小柄で見るからに元気に溢れている感じのクラスメート、巴双葉のものだ。騒々しいところもあるけど、純粋で憎めない女子サイドのムードメーカーだ。

 

「ふ、双葉さんそれは少し言いすぎじゃ……私はもう気にしていませんので」

「甘いぞもっちー! 男子の反省なんて次の日の夕方にはリセットされてるものなんだよ。アタシんちの下の弟とかもそうだもん」

 

 巴さんはボクの知る限り、望月さんとクラスで一番仲が良い。

 正確には巴さんの方が一方的に望月さんを気に入っていて、あれこれ絡んでくるような関係なのだけど。

 そろそろなんでボクが『追跡者』や『ストーカー男』という不名誉なあだ名で呼ばれているのか説明したいと思う。

 遡ること数時間前。大絶叫した望月さんを宥めて教室へ戻ったところ、案の定昇降口で彼女に手を引かれて連れて行かれるところを目撃していたクラスメートたちに理由を問い質された。

 本当のことを喋るわけにもいかず、かといって下手な言い訳でボロを出せば余計に彼女に迷惑がかかることになると考えた結果、ボクの独断である架空の出来事をみんなに喋った。

 それが下校中にボクが望月さんを偶然見つけて、どこに住んでいるのか気になった結果さり気なく無断で尾行したけど、結局バレていて今朝になって真相の追及をされたという内容のものだ。まあ、ぶっちゃけ純然たるストーキングだよね。

 こんな感じでボクはあっという間にクラス内で絶賛精神的島流しな状況になっている。女子たちからは大罪人の烙印を押されたような物だけど、大半の男子たちからは呆れられながらもその蛮勇を褒められて面白半分で弄られているような状況なので想像以上にダメージは少ないと思う。いや、思わせて欲しい。

 

「巴、ボクは自分の愚かな行いを十二分に反省しているんだ。どうか信じてくれないか? ほら、この人畜無害な目を見て欲しい」

「むむっ! 本当にそうかなぁ? うーん……そうかも?」

 

 そう言ってボクは左右揃って視力2.0の目を真剣な眼差しにして巴さんに見せる。彼女は最初のうちは怪訝な顔をしていたが暫くするとボクの真摯な念が届いたのが少しずつ警戒を緩めてくれ始めていた。

 

「あの、双葉さん。永春くんはちゃんと私に反省文も書くって約束してくれているので勘弁してあげてくれませんか?」

「うん、もっちーが言うなら許す! 良い子になれよ常若!!」

「ありがとうございます巴さん」

 

 望月さんの援護射撃もあって、一先ず巴さんからの疑いの目は解けてくれたようだ。

 彼女の直情的だけど素直な性格が微笑ましくも羨ましい。今夜意地でも西条の夢に化けて出てやろうと思っていた狭量な自分も見習いたいものだ。

 

「助かったよ、望月さん」

「いえ……それより」

「うん?」

「昼休み、お昼ごはんを食べたら屋上に来てください。昨日のことについて話します」

「ッ……でも、うちの学校のは施錠されてるはずじゃ」

「それは私の方で手はずを整えておきますので」

 

一難去ったボクに望月さんはそう耳打ちしてきた。

 何とも言えない緊張に自分の心拍が早まるのを感じながらボクは無言で頷いて、その時が来るのを様々な気持ちを巡らせながら待つことになった。

 

 

 

 

 昼休みになり、購買で買ったパンを急いで平らげるとボクは西条たちには図書室で望月さんへの謝罪文を書いてくると言い訳をして、人目に注意しながら普段は閉鎖されている屋上へと続く階段へと向かった。

 

「ホントに開いてる? あの、望月さん……言われたとおりに来たよ」

 

 薄暗い階段と屋上へと続く扉の周りは気味が悪いほど無音で人の気配が無かった。

 恐る恐る手に取ったドアノブの軽さに先程の彼女の言葉が真実だと確信して、ボクは思い切ってその扉を開けて足を踏み入れた。

 

「ふぇ? あ、や……」 

 

 強めの春風が吹く屋上には確かに望月さんの姿があった。

 フェンス下の段差に腰掛けた彼女はまだお食事中だったようで傍らには食べかけの手作りと思われるサンドイッチ。そして当の本人は紙パックの牛乳を両手で持ってまったりと飲んでいた。小動物みたいな仕草が普段の静かでたおやかな雰囲気とのギャップが凄まじくすごい破壊力だ。

 

「ご、ごめんなさッ……ン、ケホコホ!?」

「おおお!? ごめんね、急に乗り込んできて!? はいこれ、ゆっくり飲んで」

 

 早すぎたボクの登場に驚いた彼女は思いっきり咳き込んでしまった。

 なんと間の悪いことをしてしまったのだろうと後悔と、ちょっとだけ食事姿も可愛いのはズルいなと不埒なことを感じつつボクは望月さんの背中をさする。

 

「お見苦しいところを……もう、平気です」

「こっちこそ、ごめん。ノックもせずに大急ぎで来ちゃったから」

「では……早速本題に入らせてもらっても?」

 

少し照れながら咳払いをして仕切り直すと望月さんは真面目な面持ちで口を開いた。

 

「まず、昨日の怪物なのですがアレは化神と呼ばれる大昔から存在する怪異です」

「妖怪とは少し違うって言ってたけど、それはどういう……確かになんか腕からカッター生やしていたけど」

「はい。それこそが化神の特徴なんです。彼らは穢れと呼ばれる人間の恐怖や悲しみ、苦しみといった負の感情が吹き溜まり、意思を持ったものです」

「じゃあ、純粋な生き物じゃない?」

 

 彼女の口から語られる化神の正体。

 新たに生まれたボクの疑問に彼女はコクリと頷いてから、続きを聞かせてくれる。

 

「見た目は生物に似ていますがそれはあくまでその個体に芽生えた意思が一番やりたい悪事凶事に適した異能や躰を手に入れようと欲した結果です。最初は普通の人には視認できない黒い靄の塊から始まり、人知れず悪さを重ねることで人々の間で穢れを生ませ、食らい……やがて昨日のような完全体へと変わっていきます」

「なるほど。だからあんなアンバランスなキメラみたいな姿をしてたのか」

 

 彼女の説明で納得がいった。

 そもそもまともな生き物の枠から外れている異形の存在であるのなら、ボクたち人間の常識なんて通用しないのだからあの道具と生物の合成獣のような不気味な姿形にも頷ける。

 

「あまり驚かずに受け入れてくれるんですね。てっきり、もっと大騒ぎされて質問攻めに合うかと思っていました」

「この目で実際に見ちゃってるからね。信じるしかないかなって」

「はあ……永春くん、意外と肝が据わっていますね」

 

 非現実的な話をボクが自然と聞き入れて本当だと信じている姿に、もっと慌てふためくことを予想していた望月さんは拍子抜けしたようで戸惑い気味に様子を窺ってきた。

 確かに例え実体験を経たとはいえ自分でも驚くほどにボクは冷静に彼女の言葉を肌で理解している心地がした。

 何故と言われたら話がまたややこしくなるから割愛するけど、奇々怪々な体験をするのは実はこれで二度目なので耐性が出来ているんじゃないかと自己分析して見る。

 

「続きをお願いしてもいいかな? あの、望月さんが変わった姿は一体なんなの?」

「……簡単に説明しますとあれは御伽装士と呼ばれる怨面の力で変身した化神を退治する戦士です。私が身を置く組織、御守衆の秘密兵器と言えばいいでしょうか」

「御守衆……そう言えばあのイタチみたいなのもその名前を口にしていたような」

「はい。平安時代の陰陽師などが密かに結成した人知の及ばない怪現象などの専門家組織。現代では陰陽庁お預かりとして秘密裏に化神のような存在に抗う術を持たない人々を守るために活動しているんです」

「井上が知ったら泣いて喜びそうな話だな……あ、絶対話したりしないからね」

 

 ここに来て一気にオカルトっぽいキーワードが連続して飛び出してきたことで少し頭が混乱してきたが取り乱さずに落ち着いて、納得していきたいと思う。

 少し薄情で不謹慎なことを言ってしまえば、ボクがどうこうするようなことではないのだ。歴史の授業を聞くようにああ、そういうものがあるのだという気持ちで飲み込めば混乱は少ないはずだと言い聞かす。

 

「ちなみに望月さんのように変われる人は大勢いるの? その御守衆の中には?」

「……沢山はいません。怨面には数に限りがありますので」

「じゃあ、望月さんはすごいんだね。そんなのを使えるんならきっと一杯努力して、頑張ってきたんでしょ? 昨日だってボクのこと庇って、必死になって守ってくれた。改めて、いや……何度でも言うよ、ありがとう」

「えっ!? いえ……そんな、大したことはしていませんから。こそばゆいのでそのへんで」

 

 彼女の目を――まあ、前髪で隠れて見えないのだけれど、その位置をしっかりと見つめてボクは誠心誠意のお礼を伝えた。彼女がどんな事情を背負っているのかは分からないし、そこまで踏み込んで聞く資格はないだろうけど。だけど、せめて守ってもらう側代表として心からの感謝の言葉を贈ることぐらいはおこがましいことではないと思いたい。

 

「すみません。それでは今度は私の方から質問させてもらっても良いでしょうか?」

「あ、うん。どうぞ?」

「何故、永春くんは私が施した記憶消しの術が効いていないんですか? 貴方は何者なんですか?」

 

 途端に彼女の纏っている空気が豹変した。

 まるでよく研いだ剃刀のように冷ややかで鋭い物だ。同時に望月さんが何を言わんとしているのかも理解していた。これまでボクの疑問に親切に答えてくれた彼女は同時にボクのことをずっと警戒していたんだ。

 

「……意地の悪いことを聞いてしまってごめんなさい」

「平気だよ。さっきの驚きようからするとボクは結構イレギュラーな感じなんでしょ?」

 

 ボクが答える前に申し訳なさそうに彼女は言う。

 キュッと一文字に結んで強張った唇が彼女の心苦しい心境を物語るようでこちらも悪い気がしてしまう。

 

「ボクに答えが分かっていればちゃんと教えるんだけど、ごめん……なんで覚えたままのかボクにもさっぱりで」

「そうですか」

「うーん……本当になんでなんだろうね? 両親やじいちゃんたちも普通の家の人だったし、ボクがちょっと鈍感だからかな。風邪とか引いたこと無いんだよね」

 

 不安と困惑の色が隠せない様子の望月さんをなんとか安心させようと用意できる証明材料を言い並べてみるが心許ない。あと一つ、心当たりが無くもないけど……これはボク自身の問題で完結していることだから。

 

「ボクはどうしたらいい?」

「え……その、永春くん」

 

 このまま二人で解けない問題に悩んでいても時間の無駄だとボクは思って、彼女の都合を優先的に解決すべく切り出した。

 

「望月さんがボクの記憶を消そうとしたのって化神や君たちのことをボクみたいな一般人が知っていると良くないからだよね?」

「はい。大衆に無用な混乱や不安をもたらすことは却って穢れの発生を促して化神たちの誕生を助長させてしまうんです。なので御守衆は歴史の影でひっそりとみんなを守ってきたらしいです」

「やっぱりそうなんだ。じゃあさ、尚更ボクは望月さんに自分のことを預けるよ」

「永春くん……へ? えっ、ええ永春くん!?」

 

 俯いていた彼女はボクの言葉にとても驚いてバッと顔を上げた。

 拍子に前髪が浮き上がって彼女の目元が露わになるがその紫瞳は文字通り驚愕で丸くなっていた。

 

「煮るなり焼くなり好きにして、は少し大袈裟だけど……ボク、普通の一般人だから変に勝手なことするぐらいなら、望月さんたちに身の振りをお任せしようかと思う」

 

 もしかしたら無責任な言葉に聞こえるかもしれないけど、これはボクの本心だった。

 ボクに化神と戦える力やその御守衆の一員になれるような素質があるのなら頑張って訓練してその仲間になるって選択肢もあると思う。

 だけど、現実は非情で悲しいことにボクはそんな都合のいい能力や才能は無い。それなら、何の文句も言わずに身柄を差し出すのが一番彼女たちのお役に立てることだろう。

 

「本気で言っているんですか? お巡りさんに補導されるようなものとは違うんですよ」

「うん。分かってる」

「色んな自由を奪われて拘束され続けるかもしれませんよ?」

「御守衆さんたちの目的を考えたら、正しい対応だと思う」

「特殊な術での実験や尋問……その、最悪の場合は拷問だってされるかもしれないよ」

「自分でも得体の知れない体質だって思えば、怖いけど理不尽じゃないでしょ」

「もう昨日までの日常に戻れないかもしれませんよ。学校にも行けないし、お友達とも会えないかも……」

「望月さん……ボクは昨日、君がいなかったらあの化神に切り刻まれて大変な目に遭っていた。それを望月さんは痛い思いをして庇って守ってくれた。君はそれを仕事だから当然って言うかもしれないけど、ボクにとってみればその恩を返すためならこれぐらい体を張って覚悟を見せないと釣り合いが取れないと思ってる。だから、なんて言われたって……ボクの気持ちは変わらない。望月さんたちにボクはボクを委ねるよ」

 

 声調こそ抑えていたが徐々に昂る感情が盛り込まれ始めた言葉の応酬に区切りをつけるべく、ボクは息継ぎを繰り返して自分の気持ちのありのまま全てを伝え切った。ここまで言っておいて、確かに清々するほどの他力本願にも聞こえるなと少し自己嫌悪を感じてしまうのが我ながら恰好悪い。

 

「どこが普通の一般人なんですか……まったく、意思強すぎです」

 

 二人の間にしばし無音が流れて、どこか明るげな彼女の苦笑が聞こえた。

 望月さんは艶のある黒髪の一房を指でくるくると弄りながら思案して、ボクに語り始める。

 

「永春くんの気持ちは分かりました。ただ本格的な対応については私の一存では決められないので上に報告してその決定に従ってもらうという形で構わないでしょうか?」

「うん。望月さんがそれでいいなら、大丈夫。あー……変なところで意地っ張りでごめん」

「こっちの方こそ、少し熱くなってキツい言葉になってしまってごめんなさい」

 

 化神の説明から始まった奇妙な問答は一応の着地点を見出して終わりを迎えた。タイミング良く午後の授業の始業五分前のチャイムが鳴り響く。

 

「もう時間ですね。私は後片付けをしてから教室に戻りますので先に戻っていて下さい」

「それは悪いよ。何か手伝うこ――」

 

 会話に夢中で何気にまだ昼食も食べきっていない望月さんに申し訳ない気がしてそう言いかけた時だった。白く綺麗な彼女の人差し指がボクの口元の前でシーっとばかりに止る。

 

「……ご安心を。それに私と一緒に戻ったら、嘘の前科が増えちゃいますよ?」

「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて、お先に失礼します」

 

 どこか愉快げに口元を緩める望月さんにボクはすごすごと従う。

 その笑顔に有無を言わせない迫力を感じたと同時に、こんなおどけたこともするんだと嬉しい驚きがあったのは内緒だ。

 

「あ、ちょっと待ってください」

「はい?」

「これから内密な話も増えるかと思うので連絡先を交換させてもらってもいいですか?」

「ボクが!? 望月さんと!? え、ちょっ……よろしいので!?」

 

 あまりにも突然の申し出に思わず変なテンションになってしまう。

 だけど、無理ないと思わないだろうか?

 女子の、それも美少女の連絡先を手に入れられるんだよ。ボクのようなごく普通の一般男子学生なら本来は学生間の裏取引に手を染めなければ入手できないであろう秘宝に等しいはずだ。

 

「もちろん。LINEでもいいでしょうか? これなら教室にいても怪しまれずにお話も出来ます」

「あ、ありがとうございますッ!! それじゃあ、恐縮ですがお先です!!」

「はあ……はい。また教室で」

 

 ボクは深々と一礼してから屋上を去った。

 あれだけ真面目で緊迫した内容の話をしていた後だと言うのに体が羽根のように軽い。

 無論、決してやましい目的や私的な理由で彼女にLINEを送る気は皆無だよ。だけど、宝の地図が手元にあったらそれだけで無敵な気持ちになるのが男子ってものでしょう。

 

 

 

 

 どこか躊躇い気味に一人で教室へと戻っていく彼の背中を見守ってから、私は食べかけのサンドイッチを早口でパクついて。そのままフェンスにもたれて屋上に吹く強めの風を浴び密かに火照りっぱなしだった心と体を冷ます。

 

「男の子って、本当に……ううん。違う、永春くんってズルいです」

 

 実のところ、あんな風に脅しを掛けるような真似をしてしまったわけだけれど彼にどうしてもらいたかったのか私自身も分からなかった。まだ分からない。でも、彼を危険から遠ざけたいという気持ちは本当だ。

 化神との戦いはただの怪物との戦いとは訳が違う。彼らは穢れの集合体――穢れは恐怖や絶望などと説明はしたが更に源流まで辿っていけばそれらはすなわち怨念や恨みといった人間の最も醜くおぞましい情念の一端たちだ。

 

「あんな真っ直ぐに誰かのことを見てくれる彼を私たちがいる陰日向に巻き込ませていい理由はありません」

 

 化神の禍々しさとは人間の持つ醜悪な心根の一部分と言っても過言じゃない。

 退魔だなんて勇壮なことを言っているけれど、御守衆のやることは汚れ仕事に他ならない。目には目を、歯には歯をの精神で鎬を削り合うような。

 私のこの手だって、この身の隅々までだって、怨念無念が煮詰まったような化神の返り血で濡れている。それを彼のような優しく善良な男の子にも強いるようなことになる真似をしたくない。

 

「なってないって、先輩方には叱られちゃうと思いますけど……ずっと義務感や選ばれてしまった使命感で戦ってきたのにあんな言葉をもらったら、揺らいじゃうじゃないですか」

 

 彼には言えなかったけど、御伽装士になる者の選定基準は二つに分けられる。

 一つは過酷な退魔の訓練や実戦を積み重ねて御守衆が所有している怨面のどれかに適合する道。

 もう一つは怨面そのものに見出されて使用者として選ばれる道。

 私が辿った道は後者の方だた。

 忘れもしな11歳のある日、何の縁もゆかりもなかったけど偶然にある騒動が切っ掛けで白鴉の怨面に選ばれてしまった私は親元を離れて、御伽装士になるための修行をすることになった。

 厳しい修行に四苦八苦しながらも正式に一人前ということで活動するようになって二年目になる。お役目には全身全霊で取り組んでいるつもりだけど、それはあくまで才能ある他の誰かがいるのにそれを差し置いて担い手が限られている怨面の使用者に選ばれてしまったという責任感からだった。

 

「男の子ってみんなあんな風に、熱くて気持ちのいい言葉を本気で言えちゃうのかな。言ってることは助けてもらったお礼や、大事なことを他人任せにするようなものなのに……普通のことみたいに本気で言っちゃうんだもの」

 

 きっと、その普通の人を貫けることが彼のすごくて私が眩しいと思ってしまうナニかなのかと一人で得心する。

 御伽装士として活動する二年間の間でも、巻き込まれてしまった沢山の人の記憶を消してきた。

 どんなに術が高度でも、化神と御伽装士の記憶をピンポイント消すのにも限度があるので友達や、知り合いや他人の区別なく、誰かとの間に育んだ思い出や分かち合った大切な気持ちを数え切れないぐらい消してきた。

 消しゴムをかけるなんて比じゃない。白いペンキで塗り潰すように、せっかく撮った集合写真のデータを消すように記憶を消してきた。

 元々そこまで社交的な性格はしていなかったし、山奥に引きこもって修行してきた時間も長いけど……私はいつしか、他人と関わることをおざなりにするようになっていったんだと思う。

 

「誰とも目を合わせないで生きていけば……少しは楽な気持ちでやっていけると思っていたのに、あんな真っ直ぐに目を見られたら困っちゃうじゃないですか」

 

 御伽装士の役目は見返りを求めるようなものではないと分かってはいる。

 だけど、永春くんの――お日様のようにまぶしいただの少年からの感謝の言葉を受けてしまった私の心はどうしようもなく熱く燃えてしまう。

 義務や使命なんてもので縛らずとも、私がこれをやりたいんだという強い願いで御伽装士として頑張って見せるのだと似合わない気合が溢れてしまう。

 

「そうだ……永春くんとのLINE、世間話とかもした方がいいのかな?」

 

 私らしくない小さな悩みを抱きしめて、私も彼を追いかけて足早に屋上を立ち去った。

 

 

 

 

「ごめんくださーい。アカギーズピザです。ご注文の品をお届けにあがりました」

 

 屋上での一件の後はボクの周りに特に大きな騒動は無く、相変わらず西条や井上たちクラスの親しい男子たちに架空のストーキング行為をからかわれたぐらいで学校での一日は終わった。

 

「ご苦労さん。また頼むよ」

「毎度ありがとうございました!」

 

 そして、ボクはいまお店のイメージカラーである赤いユニフォームに袖を通して、同じく赤く塗装された宅配バイクに跨ってバイトに精を出していた。

 諸事情あって一人暮らし……と厳密に言っていいのかは怪しいが兎に角、昔ながらの下宿屋に単身で暮らしている身なので身内からの仕送りはあるものの、可能な限り生活費は自分で賄いたい。

 

「時間的にはいまのでラストになりそうかな? 戻ったら雑用手伝って今日は終わりだといいけど、こういう時は近場の注文入って残業ってオチなんだよね」

 

 春の空は日が沈んでもまだどこかで明るく、帰宅途中の車の波に混じってバイクを走らせながら長めの独り言を呟いてみる。実のところ、黙っているといやでも化神や望月さんのことを考えてしまうから、現実逃避の一種なのかもしれない。

 

「どうなるかは分からないけど、出来るだけ望月さんが嫌な思いしなくてもいいお沙汰だといいけど……ん、なんだあれ?」

 

 角を左折して、がらんと車の量が減った小道を進んでいると奇妙なものを見つけてしまった。いや、偶然じゃなくそれは暗くなった夜だからこそ余計に目立つ異様だった。

 

「なんで看板が燃えてるんだ? 火の気なんてないし、わざわざ誰かがよじ登って放火したのか?」

 

 ボクの暮らしている町はベッドタウンということもあって、ビルが建ち並んで賑やかな区画があっても、すこし脇道や通りをズラすと一瞬で自然の多いのどかな区間に早変わりしてしまうような場所がたくさんある町だ。

 ボクが見つけたその異変も、建物も人気もない小道の傍らにあるものだった。なんと真っ赤に塗られたラーメン屋のポール看板がメラメラと燃えていた。

 

「これ……第一発見者っぽいし、消防車呼ばないとだよね」

 

『ブモォオオオオオ―――!!』

 

「え……うそ」

 

 路肩に停車して消防に電話を掛けようとスマホを取り出した時だった。

 明らかに人間や動物の鳴き声とは思えない咆哮と只ならぬ気配がボクを襲った。

 

『赤! 赤ァ! 赤だぁああああああ!!』 

「マジかよおおおお!!」

 

 恐る恐る周囲を警戒していると目の前に大きな黒い靄が何処からともなく現れた。

 そして、それは信じられない勢いで火の粉のように妖しい輝きへと変わったかと思うと吹き飛んで大柄で筋肉質な牛のような異形に変異してこちらへと突っ走ってきたのだ。

 

『ブウウモォオオオオオ!! 燃・や・さ・せ・ろおおおお!!』

「二日連続ってアリなの!? 冗談じゃないって、ありえねえ!!」

 

 事態が呑み込めないままに新たな化神バケウシに襲われて猛追される羽目になった永春は宅配バイクを加速させると鬼気迫るカーチェイスを繰り広げることになってしまった。

 普通に逆走して逃げては開けた通りに出て、他の自動車を巻き込んでしまうと判断した彼は持ち前の土地勘を活かして細く人気の少ない裏路地などを選んで逃亡を図るがバケウシも自らの言い知れない衝動を刺激させる赤に塗れた彼を簡単にはあきらめず執拗に追跡を始めるのだ。

 

 

 

 

 その頃、沙夜は夕闇の町を巡回していた。

 化神の暗躍やその発生の兆しは無いかを見回る御伽装士としての日課である。

 曜日で分けたその日の巡回エリアを見回り終えて、家路に就こうとした彼女のスマホが突如として鳴り響く。

 

『よお。悪いが帰る途中でおつかいに行ってくれるかい」

「どうしました光姫さん? お夕飯の材料なら昨日の残り使うって決めましたよね」

『んなこたぁ、ちゃんと覚えてるよ。化神が出た。場所は××だ』

「――分かりました」

 

 電話の主の声に沙夜の意識が瞬時に切り替わった。

 踵を返して、化神が現れた方角を向いていまにも全力で掛けようと両足に力が入る。

 

『あんた今日は○○をうろついてたろ? いくらビャクアでも走りじゃ距離がある。アレ使って行きな』

「う、ぐっ……私、あのコの扱い苦手なんですけど」

 

 光姫と呼ばれる電話の主は気風の良い喋り口で迅速に沙夜に指示を出す。対して、走って行く気満々でいた沙夜は魂胆を見透かされていたこともあって渋い顔を浮かべた。

 

『そう思って職人組の連中に調整するよう交渉してやったんだろよ! あとはあんたの気合いだ気合!!』

「や、やってみます」

 

 光姫に叱咤激励された沙夜はその勢いに押されてやや不安がりながらも、こんな時のための移動手段を準備する。

 スマホケースの内側にある収納部に挟み込んでいた護符のような金属板を取り出すと優しく宙に放り投げた。

 

「オン・カンラ! 出でよ、ハヤテチェイサー!!」

 

 風と光が微かに巻き起こると護符を通じて、翼を広げた鴉を模ったフロントカウルが印象的な白と緑のカラーリングをしたカスタムバイクが召喚されたのだ。

 これこそが御守衆が独自の技術力で開発した式神ビークル・ハヤテチェイサーである。

 

「それじゃあ、お願いしますよハヤテ!」

【■■■■――!!】

「きゃう!? も、もうちょっと安全運転でっていつもいっているのに……ッ!」

 

 AIよろしく式神としての特性として自我を有するハヤテチェイサーは騎手である沙夜の呼び掛けに応じて自動運転で荒馬の如く駆け出した。

 同時にその車体は姿隠しの術が発動して不可視の風となった鋼の駿馬は夜の街を駆けていく。

 

 

 

 

『貴様! 見事な赤だぞ!! 最高だ!!! だから儂に燃やさせんか!!!!』

「ありがとうございます! 他の赤色を探して下さいってええ!!」

 

 逃げろ。逃げろ。逃げろ!

 いまだけは法定速度を徹底的に無視して、国道の風になるんだ。

 時速70kmに満たない頼りない速さでボクは無我夢中でハンドルを握る。

 

『ブモォオオオオオオ!!』

「熱ッ!? ヤバい! マジで、笑えないってば!!」

 

 一直線に噴き出された猛火がボクの運転する宅配バイクを掠めた。

 全身から冷や汗が噴き出る。目にも汗が流れて沁みるけど、怯んでいる暇はない。

 ほんの一瞬の判断のミスやほんの僅かでも運転をトチったら終わる。

 

「このままじゃ、ガチで西条の夢枕に立つことになっちゃうぞ! 頑張れボク、ファイトだ……あ!?」

 

 いや本当にそうはなりたくないし、なれないだろうけど。

 赤い体をして、両手の蹄や口元が鋼鉄のガスバーナーになった牛の化神はボクのすぐそこまで迫っていた。

 燃料の残りを確認していた時だった。道に転がる小石に車体が微かだがブレた。気が付けば川沿いの道を走っていたのでボクはそのままバイクごと草の生えた堤防を滑り落ちていった。

 

「ぐっ……泣けちゃうよ本当。うおわっ!?」

『焦らせてくれたな! お礼に全身全霊で燃やしてやろうぞ!!』

「それ、そこの川の中でやるのはダメだよね?」

 

 我ながら命乞いならもっと必死になるか、マシなことを言えと思う。

 牛の化神が炎混じりの荒い鼻息を吹かして、いままさにボクとバイクを焼き払おうとしていた時だった。鴉の鳴き声のようなエンジン音が遠くの方からあっという間に近付いてきて、突風がボクと化神を襲う。

 

「彼から離れろ!」

『ブモッフウウ!?』

 

 聞き覚えのある声にボクは九死に一生を得た気分だった。

 また何かの術を使ったんだろう。透明な風の幕が剥がれていき、ボクの目の前にはスタイリッシュなカスタムバイクに跨った望月さんの姿があった。

 

「助かった……!」

「永春くん、付かぬことをお尋ねしますが小さい頃に罰当たりなことしませんでしたか? それか前世で何か畏れ多いことをしていたとか?」

「ボクだって知りたいです! 本当になんなんでしょうねこの不運(ハードラック)

 

 バイクから降りた望月さんの開口一番の言葉は哀れみと呆れに満ちていた。

 昼間にいくら本心とは言えあんな啖呵を切るようなことを宣言してからのこと体たらくは自分でも何なんだと思う。穴があったら入りたいとはきっとこういう心境なんだと心で理解するよ。

 

「とにかく、ここは私が何とかします。離れていて下さい」

「気をつけて! アイツ、口や手から火を吹くみたいなんだ。あとパワーもすごい」

「分かりました。ご助言、ありがとうございます」

 

 ボクを下がらせて化神の前に立つ彼女にせめてもの援護と知っている限りの情報を伝える。すると彼女は明るい声でそう答えて、再びあの怨面を手にする。

 

「オン・カルラ・カン・カンラ」

 

 白鴉の怨面を沙夜が素顔に纏うと昨日と同じように妖しき光の後に彼女の全身に赤い蛇紋の痣が浮かび上がり、膨大な神通力と共に苦痛や怨の念が流れ込んでいく。

 灼けるような、あるいは凍てつくような――もしくはそのどちらをも内包するような言葉にするのは難しい稀有な痛みに強張る指を強く握りしめて、少女は前を向く。

 

『貴様は装士か……邪魔をするな! 儂は赤を焼かねばならぬ! この昂りを阻むな!!』

「クゥ……ア、ァ、ゥアア――……やら、せるッゥウ……わけが……クッ、ないでしょう」

 

 目の前の少女の素性を理解したバケウシが四足歩行で猛進していた体勢から二足歩行に切り替えて恐怖を煽るように威圧する。だが、沙夜はそんな挑発も全身を苛む苦しみも全て呑み込んで凛とした眼差しを怨面の奥から光らせ、覚悟の言葉を口にする。

 

「――変身」

 

 白光の風が吹く。

 彼女の強い決意を巻き込んで。

 彼女の秘めた新たなる願いを巻き込んで。

 想いを深く厚く抱き直した彼女が風の中で変わっていく。

 

「我が名はビャクア! いざ、お覚悟を!」

『化神バケウシ!! 赤ではないのが不服だが、御伽装士ならば一切合切焼き尽くすゥウゥウウウ!!』

 

 月の光と、人口の灯りに照らされて二つの異形が相まみえる。

 

 

 

 

 バケウシは黒鉄の三本爪を持ったガスバーナー状の両腕から火炎を放ちながら彼女を標的に定めて突っ込んでくる。ダンプカーのような迫力で肉薄する相手にビャクアは素早く跳躍して回避するとベルトから得物の羽団扇を召還した。 

 

『炎上ォオオオオ!!』

「退魔七つ道具が其の壱、天狗の羽団扇! カンラ!!」

 

 神通力を用いた風起こしを浴びせて、自慢の炎をその巨体に返してみせるビャクアだけどバケウシは平然とした様子で紅蓮を突き破り、着地したばかりの彼女に体当たりをぶつける。

 

『そよ風にも感じぬわ! 小鳥風情め!!』

「グゥ……力も硬さも予想以上、だったら!」

 

 蹴飛ばしたサッカーボールのように吹き飛んだビャクアだけど、彼女は地面に叩きつけられる瞬間に綺麗な受け身を取って事なきを得る。そして羽団扇を幻のように消してしまうとまだボクが見たことのない新たな力を行使する。

 

「退魔七つ道具が其の弐、裂空の快刀! ハイヤァ――!!」

 

 彼女の手に握られたのは独鈷のような柄を持つ二振りの切れ味の鋭そうな直刀だった。

 ビャクアは鴉が両翼を広げるように両腕を構えて気を吐きながら暗夜を駆ける。

 放たれた矢のように突っ込んでいったビャクアはバケウシが鋼鉄の口元から吐いた業火を斬り払うとそのまま閃光のような一太刀を食らわせる。

 

『グガアッ!? 童子如きが小癪な……ぬう、ぎえあッ!?』

「一気にいきます! 微塵斬りです!!」

 

 力比べでは分が悪いと判断した彼女は得意の素早さで攻めるつもりのようだ。

 バケウシの火炎や剛力は確かに凄まじい脅威だけど、破壊力の代償に挙動が大きく細かな動きは愚鈍となりがちだ。僅かな攻防でそれを見抜いたビャクアは双刃を自分の指先のように自在に操り、敵の巨体を切り裂いていく。

 

「いけるぞ。頑張れ望づ、ッ……ビャクアァアア!!」

「……はい!!」

 

 気が付けばボクは無意識に彼女へと大声で声援を送っていた。

 無力なら、無力なりにお荷物にならないように努めて後方に下がっていたわけだけど、それでもやっぱり仮面に隠した望月沙夜という少女を知っている者として……何か力になってあげたいと願わずにはいられない。

 ボクの有難迷惑かもしれない声に彼女は噛み締めるような力強い返事を返して再び疾風となって相手に切り込んでいく。

 

「ヤアアアアッ!!」

 

 ビャクアの快刀はまるで夜闇を裂くようだった。

 袈裟切り、横薙ぎ、縦一閃。

 一刀を逆手に持ち替えての乱切りに風車のような大振りの回転撫で斬り。

 神楽でも舞うような剣撃がバケウシの巨体を少しずつ確実に追い込んでいく。

 だが、奥の手を隠しているのは向こうも同じだったようで――。

 

『調子に乗るなよ! ブモォオオオオオン!!』

「きゃあ……こんなにも火力が上がるなんて!?」

「でもおかしい! 火が……収まっていく、なんでだ?」

 

 劣勢を強いられていたバケウシだったが怒号と共に全ての発射口から煉獄のような炎を噴き出すとビャクアも堪らず後退せざるを得なかった。

 彼女は敵への対処を思案しながら反撃に備えて身構える。迂闊に近づけない火の塊のようになったバケウシの異変に最初に気付いたのはボクだった。

 

『ブモォオオオオオン!!』

「なっ……速っ、ガア――ッ!?」

 

 余りにも一瞬の出来事に何が起きたのかボクには分からなかった。

 段々とバケウシが纏う炎が弱くなり、やがて鎮火。残されたのは灼けた鉄のように表皮を赤熱に光らせているバケウシだけだと思ったら、その巨体が瞬く間にビャクアの背後に移動してそのまま彼女を殴り飛ばした。

 

「望月さん!?」

「ゴホコホッ……大丈夫です。離れていてください。どうやら厄介な切り札を持っていたみたいです」

 

 川に架かる橋を支える太い柱に叩きつけられた彼女に慌てて駆け寄るとビャクアはふらつきながらも立ち上がり、怯まず恐るべき力を隠していたバケウシと対峙する。

 

『まだやる気か? いまの儂は貴様よりも速いと分かっているはずだぞ?』

「ハッ! クッ……うわあッ!?」

 

 強者の風格を見せつけて不遜な態度を見せるバケウシに果敢に斬り掛かるビャクアだったが振り下ろした刃は謎の俊足を見せる巨体を捉えられない。大気を焦がすような熱気を放ちながら再び背後に回った怪牛の丸太のような豪腕が彼女を木の葉を散らすように蹂躙する。

 

『白き装士よ、儂は貴様はもう少し賢いものかと思ったが身の程も弁えられないたわけだったというか?』

「まだまだ……これぐらいで挫けると思わないでください」

 

 白く流麗な姿を泥で汚し傷つきながらもビャクアは必死で食い下がる。しかし、自慢の速さは無情にも赤熱発光するバケウシの俊敏さには届かず、更に痛ましく猛攻に晒されるばかりだ。

 

「考えろ……考えろ。何かある、何かあるはずだよ」

 

 何も出来ない悔しさで爪が手に食い込む程強く握った拳のことも忘れてボクは無い知恵を振り絞って利用出来ないものがないか周囲を見渡した。あの化神の速さの謎が解けないか傷つく望月さんを見ているだけしかできない苦しさを堪えながら目を凝らした。

 

『燃やすまでもない! 儂の力で捻り潰してやるわい!!』

「ぐぅ……あああ!?」

 

 そんな時だった。

 片足を掴まれて原っぱにビャクアが叩きつけられた反動で草が土煙と共に舞い上がった。

 彼女はもちろん、バケウシも大量の土や千切れた草を頭から被る。すると草土は一瞬で燃え上がり、焦げた臭いが漂った。

 

「あいつ……熱いんだ。なら、もしかしたら弱く出来るかも」

 

 完全な思い付きだけど、激しく燃え上がってそのまま不自然に鎮火した炎とその後の化神の反則染みたパワーアップとの関係性に一つの仮説を立てたボクは巻き込まれないギリギリまで駆け寄って彼女に向かって叫ぶ。

 

「望月さん! そいつに水ぶっかけて冷ませば遅く出来るかもしれない!!」

「え……水ですか? でも、炎はもう消えて」

「たぶんだけど! そいつは炎の高熱を自分の内側に巡らせて細胞を活性化させてるんだ。だから、火を吐かなくなった代わりに滅茶苦茶身軽に動けてるんだと思う」

 

 突然のボクの提案に快刀の一振りを杖のようについて立ち上がっていた彼女は首を傾げた。そのリアクションは当然だ。だから、続けて昔何かの本で見た知識から思いついた謎への答えを伝える。

 言ってみたがこの仮説は裏付けが甘すぎる。そもそも、昼間に化神は真っ当な生き物とは違うと教えられているのに、ボクのこの推測は人の考えた知識の枠のものなのだ。

 

『それに気付いたところで何ができる! 儂をそこの川にでも突き落とすとでも? ナメクジのような遅さの分際で片腹痛いわああああ!!』

 

 ボクの些細な横やりにバケウシは鼻息荒く唸りを上げて怒号を轟かせる。同時にボクとビャクアは何とも言えない気分で唖然とした。オイオイオイ……やったわ、コイツ。

 

「望月さん!!」

「はい。勝ちます!!」

 

 ビャクアの白い軽鎧が傷つき汚れていても、輝く仮面の真紅の双眸と凛とした声に安堵感が湧き上がる。ようやく、ボクのところに幸運が巡ってきた気分だった。

 

「ハイヤ! これで……どうだ!」

 

 一足飛びで夜空を舞って川の半ばに降り立ったビャクアは二振りの快刀の柄頭同士を連結させて一本の双刃の槍のような形態へと変形させる。そして、精一杯の力で快刀を水車のようにフル回転させた。

 水面のすぐ近くで回り続ける快刀はやがて川の水を吸い上げるとそのまま水竜巻となって上空へと昇っていき、バケウシの頭上で雨のように降り注ぐ。

 

「すごい……雨は雨でも土砂降りだ! これならいけるか!?」

『なんと!? このような手段で……や、やめろぉおお!!』

 

 焼けた鉄に水が掛かった時の音が周囲に響き渡り、苦悶に満ちたバケウシの悲鳴が水蒸気と一緒に溢れていく。周りの気温が上昇するのとは対照的にすっかり体を冷やして体表がひび割れたバケウシは見るからに弱体化したようだった。

 

 

『このような形で熱を奪われるとは……糞! 糞ぉおお、燃やせぬ! これでは赤を燃やせぬぅうう』

「いざ! いざ! いざ!」

 

 双刃形態の快刀を脇構えに携えてビャクアは戦意を失い嘆きの慟哭を上げるバケウシに颯爽と切り込む。苦し紛れに両腕を振り上げて反撃を試みる化神だが無駄な足掻きだ。

 虚空を走り抜けるように肉薄するビャクアが快刀を早業でくるりと回せば二本の太い豪腕はストンと斬り落とされる。

 

『ブモォオオオアアアアア!? な、ならば……道連れにしてでも、燃やして――』

「黙れ」

 

 最後の執念とばかりに無腕となったバケウシは自爆覚悟でビャクアに目掛けて口から火炎を吐こうとする。しかし、口を開く前にバケウシの喉笛を快刀の刃が刺し貫く。言うまでもなくそれはすれ違い様に背後から彼女が決めた情け無用の刺突だ。

 

 

「オン・カルラ・カン・カンラ! 退魔七つ道具が其の参、雲薙ぎの大鎌!!」

 

 喉を串刺しにされて声も奪われたバケウシが痙攣するように悶えることしか出来ないでいると快刀に代わる得物を召還したビャクアがこの戦いに幕を引くべく仕掛けた。

 

 

「退魔覆滅技法……ッ!!」

 

 退魔の印を結び、双眸を眩く輝かせてビャクアは片手で大鎌を大きく弧を描くように振り回す。

 一振り、二振り……三振りと振り回す度に蒼鋼の大鎌は巨大になっていく。その大きさはビャクアの身長と比べて3倍。およそ5メートル以上は優にあるだろう。そして、決着の刻は来る

 

「――断邪!!」

 

 大回転、四振り目……その刻が来た。

 片手で握る魔人の武具のような巨大鎌を天高く振り上げて、彼女は大地を踏み締める。

 一呼吸して、心技体を整えたビャクアは両の手でしっかりと柄を握り締めると全身全霊を込めて闇照らす月と重なる白刃を振り下ろした。

 

『ブ、モォオ……オ、ア……アアッ――!?』

 

 巨大な鎌刃は異様な唸りを上げて落雷のように一直線にバケウシの脳天に直撃した。

 その桁外れの鋭さと重さを以て、巨躯を誇る異形を面白いほど綺麗に真っ二つに両断した。

 化神バケウシはおびただしい黒い血飛沫を噴き出して、静かに爆発霧散した。

 

「これにて、落着です」

 

 敵を退けたビャクアはバケウシが爆ぜた残り火に照らされながら静かに勝利をボクに宣言した。

 だが、その白い具足姿は化神の黒い返り血がべったりとついて、壮烈な有様をしていた。

 これにはボクも息を呑んでなんて声をかければいいのか少し迷った。

 逡巡していると望月さんの方からポツポツと語りかけてきた。

 

「災難でしたね」

「うん。まさかの二日連続だったからね」

「やっぱり怖かったですよね。化神も……私も」

「そんなことは……ごめん。ラストスパートの容赦のなさはちょっとビックリした」

 

 望月さんの声は先程まで生きるか死ぬかの激闘を繰り広げていたとは思えないぐらいに優しい。

 ここでなりふり構わずそんなことないと叫ぶ勇気が足りない自分が情けない。

 

「私の手はこんな風に怪物たちを屠ってきた血で汚れています。あんな風に化神を倒すためなら手段を選ばないこともあります」

「戦いって言うよりも、殺し合いだから……だよね」

「そんな怖い私をそれでもまだ信じられますか?」

 

 彼女の言葉はきっと、昼の選択を変えないかと言うことだろう。

 貝のように口を閉じて、御守衆のことや化神のことを忘れたふりをして、望月さんのことも他人の振りをして生きていけば今よりも安全に日常へと戻れるかもしれないという意味だと思う。

 

「ボクは信じるよ」

 

 さっきは言えなかったけど、この言葉は声にする。

 続く言葉もこれだけは何としてでも言わなければならない。

 

「だって、ボクが前から知っているのは御伽装士の君じゃなくて、同じクラスの隣の席にいる望月さんだから」

「くす。頑固な人です……分かりました」

 

 呆れてあきらめたのか、ボクの覚悟を汲んでくれたのか静かに怨面を外して元に戻った彼女は困ったように微笑んでいた。

 

「身の程知らずかもしれないけど、学校でも困ったことがあったら頼ってくれると嬉しいよ」

「本当ですか? えと……そ、それならテスト期間が近くなったらお言葉に甘えてしまうかもしれません」

 

 くつくつと笑っている彼女に気をよくしたボクはつい親切心を暴走させてそんなことを口走る。

 でも、このやり取りにデジャブを感じてしまう。忘れもしないあの日もこんな言葉を交わしていたような。

 

「任せてよ。ボクに出来ることならなんでも協力するよ」

 

『本当に? 本当になんでも協力してくれるの?』

 

「なんて、ボクに出来ることなんて限られてるかもしれないけど」

 

『それなら……わたしの代わりに、ずっとずっと苦しんでよ』

 

 遠い昔の(おまじない)が後ろからボクの肩を痛いほど強く掴んだことに気付きながら、ボクはあの日と同じ言葉をいま目の前にいる彼女へと堂々と伝えた。

 

 

「ちょっとでもいい。望月さんの力になりたいんだ」

 

 

 

 

 望月さんと別れたボクはどうにかこうにかバイト先のピザ屋店舗へと戻ってこれた。

 店長には道の渋滞や、工事による通行止めなどで迂回しまくって途中うっかり転倒してしまったと説明したら、一応信じてもらえて特にお咎めは無かった。日頃から熱心に仕事に勤しんでおいて良かったと心の内で実感する。

 

「お疲れさまでしたー!」

 

 そのまま無事にバイトを終えて、店を後にして少し歩いていると今日はもう会うことのないと思っていた意外な人から声を掛けられた。

 

「バイト、お疲れさまです」

「望月さん? あ、どうも」

「途中までご一緒しても?」

「いいけど、その……どうして」

 

 激戦の疲れを感じさせないしゃんとした立ち姿と思いもしなかった発言に思わず真顔になってしまう。

 

「もしも、今夜中に三回目があると大変ですからね。念のためです」

「ご心配おかけしてすみません」

 

 なるほどな、と思わずガックリと肩を落とした。

 完全に不運を引き寄せる疫病神か何かみたいな認識をされかかっているのではないかと心配になってしまう。

 

「さっきは言えませんでしたけど、また……手助けをしてもらいましたね」

「あれは偶然だよ。あと、あの牛が思っていたよりも馬鹿で良かったというか」

「でも、永春くんの閃きがなかったらもっと苦戦していました。お世話になりました」

「そ、それなら……どういたしまして」

 

 何となく、このままだとボクと彼女でお礼と謝罪のループを延々と続けてしまいそうな気がしたので烏滸がましい気もするけど素直に感謝の言葉を受けっておくことにした。心なしかいつものように前髪で隠れて分からないはずなのに、彼女と視線がピタリと重なり合ったような気がした。

 その後しばらく歩くが二人の間には無音が続く……なんだか気まずい気がして、何かないかと話題を思案する。

 

「そうだ。望月さんも夕飯まだだよね?」

「はい……そうですけど」

「なら、昨日のお礼に奢らせてよ」

「いえ、そういうわけには! 一応、御守衆は人々を無償で守るというのが旨ですから」

「それはそれ、これはこれ。クラスメートとしてお礼はさせて欲しくて」

 

 女子を食事に誘う。

 この行為が一般男子高校生にとってどれだけチャレンジブルな行為かボクも知らないわけじゃない。だから、ここはゴリ押しと言われても押し通らせてもらう。負けられない戦いがここにもある。

 

「この時間だとファミレスとかしか候補ないけど、それでも大丈夫?」

「ファミレス……ッ?」

 

 その単語が出た瞬間に彼女は固まってしまった。

 もしかして、安っぽい男だと思われてしまったのだろうか。内心焦っているとボクは突然、望月さんに両手をガッツリと握られてしまった。

 

「こんな遅い時間に行ってしまっても良いんですか、ファミレス!?」

「へ……あ、はい」

 

 黒髪の隙間からハッキリと見える彼女の片目が一番星のようにキラキラと輝いていたのをボクは忘れないだろう。こうして、ボクは少しずつおっかなびっくりな目にも遭いながら望月さんと言う少女のことを識るようになっていくのだ。一昨日とは少し変異した何気ない日常の繰り返しの中で――。

 

 

 

 

 最寄りのファミリーレストランは幸いにも空いていて、ボクと望月さんは奥の方の禁煙席へと通された。自動ドアを抜けてからずっと、彼女は平静を装った風でいるが遊園地に遊びに来た子供のように嬉しそうにそわそわしている。

 

「大変です永春くん。オムライスとビーフシチューが合体した凄そうなのがあります!」

「遠慮しないで食べたい奴頼んじゃいなよ、もっちーさんや」

「はい! ごちそうさまです」

「あ、デザートは良かったの? パフェとかパンケーキとかあったよ」

 

 呼び鈴ボタンを押しかけた望月さんにそう言うと彼女は電流が走ったように驚いた様子だ。

 

「奢っていただけるのは一品だけじゃないと、おっしゃるのです?」

「……イェスッ!」

 

 歓喜と驚きで声を震わせる彼女にボクはつい西条たちと一緒にいるノリで親指を立てた。

 

「あなたとお会いできて良かったです。永春くん……沙夜は幸せ者です」

「待った。待って……それは少しオーバーだと思うから、一回クールダウンして好感度をリセットしよう」

 

 失礼かもしれないがファミレスに来てから頭のネジが吹っ飛んだように舞い上がっている望月さんに思わずツッコミを入れてしまった。そこでやっと彼女も自分のはしゃぎ過ぎを自覚したのかほんのり頬を紅潮させて自省していた。

 

「もしかして、望月さんの実家って良家とかそういうのだったりするの? まさかお嬢様だったり」

「いえ、そんな別に普通ですよ。どこにでもいる寺生まれの長女です」

「そっか、ここ来てからずっと楽しそうだったからさ」

「それは本当ですよ。慎ましい家でしたし、小学生の頃には御守衆に預けられて山奥で暮らしていたので……こういう場所にも行き慣れていなくて。正直、未練がないと言ったら大嘘になってしまいます」

 

 照れ臭そうにしている彼女だけど、そこには普通の女の子でいられなかった一抹の悲しみが見て取れた。

 そして、思う。それならボクのやれることが少しずつ見えてきたじゃないかと。陰日向で戦う彼女が暗い闇の奥深くに入り込んで戻ってこなくならないように、ただの日常に繋ぎ止めておく役目を果たせばいいじゃないかと。

 

「ゆっくりでいいからさ、御伽装士も普通の高校生も両立できるように頑張ればいいんじゃない?」

「永春くん……それは」

「それぐらいなら、お手伝いできそうだからさ。これからもよろしく望月さん」

「……はい。頼りにしてます」

 

 ボクと彼女の奇妙な関係はどうやら、一応の着地点を見出せたようだった。

 それから、注文した料理を美味しそうに頬張る彼女の笑顔を見てボクは静かにこの出会いに感謝をする。

 

 ただ――。

 

「ドリンクバー……噂には聞いていましたがなんと言うラインナップの充実さ。桃源郷でした」

「あの、望月さん……別に悪くはないと思うんだけどさ」

「はい?」

 

 食事を終えて、ボクは彼女と他愛ないお喋りなどもしていたのだけど一つだけ言わねばならないことが出来てしまっていた。彼女がドリンクバーでおかわりを注いできた飲み物についてだ。

 

「まだ立派に育つおつもりですか?」

「はあ……あ、はわっ!?」

 

 ボクの不埒な視線で彼女も言葉の意味に気付いたようだった。顔が一瞬で紅くなった。

 下卑た質問だと思うけど、言わねばならなかったんだよ。

 だって、望月さんってばお昼もそうだったけどいまも美味しそうに牛乳飲んでるんだもん。

 

「べ、別に私だって好きで大きくなったわけじゃありませんから。ただ牛乳は栄養有りますし、骨も丈夫になるから飲んでるだけです! それに大きいと色々と苦労もあるんですよ? 肩は凝るし、可愛い下着は選べないし……戦う時の軽業も動き難いときだってあって――!」

「も、望月さんちょっと、言っちゃいけない言葉が連発気味かと!」

 

 前髪に隠れたあの綺麗な瞳はきっと怒りで潤んでいるんだろうか?

 こんな風に口調が年相応に激しくなる彼女は初めてで新鮮でなんだか素敵なものを見せてもらった気分だ。

 そして、同時に思う……彼女もきっと、ボクや学校のみんなとそんなに変わったところはない。自分に出来ることを一生懸命に頑張っている、眩しくてどこにでもいる普通の少女なんだと。

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
連休が明け、次の土曜日が振り替え出勤と言うこともあり次回の更新は間が空いてしまうと思いますのですみません。

創作活動の励みとなりますのでご意見・ご感想お待ちしております。
それでは!
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