仮面ライダービャクア   作:マフ30

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今回ちょっと編成の都合上少しボリューム増になってしまいました。
気長に読んでいただければと思います。


第三幕 怨面の秘密

 おや、またお会いしましたな。

 これでお手前さまと顔を合わせるのは三度目になるのかねえ。

 カッカッカ。御仁も存外にモノ好きでございますな。

 さて……ならば、此度は吾とお手前さまとのささやかな友誼の印に昔話の一つもしようか。なんてことない昔々……ってほどではないがあるところにいた童女のお話さ。

 

 とある日の、とある町でのちょっとした出来事さ。

 十と一になる童女が近所に暮らしている同じ歳格好の子供らと遊んでいたら、世にも恐ろしい蜘蛛の化け物に襲われたんだと。

 そいつは恨み辛みが凝り固まった全くにたちの悪い化生でありまして、弱っちい人間を戯れに痛めつけてから食っちまうっていう、なんとも意地汚い野郎でありましてね。

 寂れた片田舎に前触れもなく現れたと思ったら目に映る民草を手当たり次第に襲い始めたんだと。

 この世に神も仏もないものでその童女たちも運の悪いことにその場にいたのでございます。

 化け物っていうものは古今東西どいつもこいつも子供ってもんが大好きだ。

 弱くて、脆くて、よく泣きよく怯える。特上のご馳走というわけさ。

 蜘蛛も当然、童女やその連れたちを玩具にするとじわりじわりと追っかけた。

 子供たちだけは守らねばと息巻いた大人たちを追い散らし、蜘蛛はとうとう童女たちを町の隅っこにある古寺のこれまたカビ臭い土蔵にまで追い詰めたという。

 

 下卑た笑いを上げながら蜘蛛は言うんだ。

 

『子供の肉は柔らかくてうまいんだ。頬肉なんかは絶品だ。生き肝は珍味でな酒もあればなお良かった。どいつから食ってやろうなぁ……お前か? お前か? お前かぁあ?』

 

 子供らは泣き叫んだ。

 童女も泣いた。泣いて喚いて、それでも自分が一番年上だからって蜘蛛の目の前に突っ立って、叫ぶのさ。

 

『しにたくない。おとうさんやおかあさんとお別れしたくない。だから死にたくない』

『しにたくない。今夜の晩ごはんはおかあさんの特製ハンバーグなの。だから死にたくない』

『しにたくない。明日は好きなアニメがやるの。だから死にたくない』

『しにたくない。明日も明後日も学校に行って、みんなとたくさん遊んで勉強して。だから死にたくない』

『しにたくない。わたしもうすぐおねえちゃんになるんだもん。だから死にたくない』

『しにたくない。やりたいことも、いきたい場所も、まだまだ数えきれない。だから死にたくない』

 

 と、まあ人一倍に五月蠅く泣き叫ぶもんだから見事に叩き起こされてちまったのさ。

 え、誰が起こされたと申されますかいお手前さま?

 それはもちろん――吾でございます。

 実に千年以上も蔵の隅っこで埃を被り、枕を高くして眠りこけておりました。

 まあ、起きたところで吾なんぞは仕事をしない方が天下泰平のためと思い狸寝入りを決め込む気でいたんだがね、あんなに涙と一緒に未練を垂れ流されては吾の宿業が疼いて止りません。

 だから、言ってやりました。

 

『どうしても生きてこの世にしがみついていたいのなら、吾を被ると良い』

 

 童女はきょとんとしてから、それでもハッキリと吾を認識して言い返してきやがった。

 

『わたしがお面さんを被ればみんな死なない? この蜘蛛のお化けはどこかに逃げていくの?』

 

 吾ながら呆れちまったよ。

 まさか千年間も昼寝して起きた矢先にこんなにも馬の合うやつに出逢っちまうなんてねえと。だからまあ、珍しく殊勝に忠告はしてやりはしたんですぜ?

 吾を使えば千の恨み、万の辛み……数え切れない怨の念を一生背負っていく羽目になるんだとね。

 

『いいよ。それでもわたしは明日も生きていたい』

 

 小便臭いガキの癖をして一丁前に吠えやがるとあんまりにも面白くて目が覚めちまったよ。だから、吾も言ってやったのさ。退魔のお呪いを教えやろうとねえ。

 

『オン・カルラ・カン・カンラ』

 

 おっといけねえ、そういえばお手前さまにまだ名乗るのを忘れていたねえ。

 こいつはどうも長い間ご無礼を――。

 吾は白鴉。白鴉の怨面。

 昔々、稀代の名匠術師が七日七夜を以って作りだした退魔の魔道具でございます。

 

 

 

 

 カーテンと窓を開けるとまだ少し肌寒い朝の風が部屋へと流れ込んでくる。

 昨夜はたまっていた疲れもあってまさに熟睡だった。おかげで普段は未練がましく掴んだままのまどろみをあっさりと手放して、寝巻の浴衣から着替える。

 

「この一週間は長かったな」

 

 障子戸の奥にある広縁の椅子に腰かけて、深呼吸。

 特に濃密だった二日間を思い返しながら窓の外を眺めると空は快晴。

 気持ちの良い土曜日の朝がボクに挨拶をしてくれているようだ。

 

「……朝飯食べにいこう」

 

 しばらく物思いに耽るふりをして窓の外を眺めて、こんな風にぼーっとしていたらまた睡魔が襲ってくると思い部屋を出た。

 ところでもしかしたら、ボクが生意気にも旅館か立派な日本家屋に住んでいると誤解されるかもしれないのでちょっと我が家同然の下宿屋について語りたいと思う。

 ボクが住まわせてもらっているこの笛吹荘は元々、民宿を営んでいたのを二十年前にリフォームして下宿屋にしたものだ。現在の店子はボクともう一人の住人の二人だけ。そして大家さんである笛吹静江さん(通称お静さん)の三人だけが暮らしている。

 

「先生ー朝ですよ! 先いきますからねー!」

「おぉ……おお。すまーん」

 

 階段を下りて小じんまりとした食堂へと向かう途中に一階にある三つの部屋の内の一つの扉をノックして大きな声で呼びかける。返って来たのはいかにもいま起きたばかりでまだまだ眠たげなバリトンボイスの男性の声だ。

 武士の情けと少しだけ待っていると部屋から浴衣姿のままの背の高い若白髪多めの今年36歳になる中年男性がぐったりした様子で出てきた。

 

「また徹夜ですか?」

「俺のクリエイター能力は夜になってやっと本調子になるからな。全く我ながら非生産的な仕様に嘆きたくなる」

「難儀なものですね」

 

 このパッと見は二枚目だけど、どこか胡散臭そうな風体の彼の名前は水樹八雲。

 地元の大学に勤務する准教授で歴史学を教えている。

 業界ではそれなりに有名なのかゲームやTVドラマのアドバイザーや監修なんかもしているらしい。

 

「そういうお前はどうなんだ? 今週は随分と帰りが遅い日もあったじゃないか」

「別にバイトでたまたま残業と言う名の慈善活動をしていただけですよ」

「なんだてっきり彼女でも出来たと思った。味気のないやつだな。高校生なら火遊びの一つもしないとつまらんぞ」

「二部屋分の本を侍らせてハーレム作ってる人に言われたくないですよ」

 

 先生はボクの兄貴の大学時代のゼミの先生でもあり、こうして一人暮らしをする前から知己のある人だったりする。悪い人ではないのだがマイペースで飄々としていたり、微妙に離れた歳の差もあってボクとは大人と子供と言うよりは世代の違う悪友みたいな会話がしょっちゅうだ。

 

「あらあら、今朝はお早いですね二人とも。朝ごはんできていますから、どうぞ召し上がれ」

「お静さんおはようございます」

 

 ボクと先生が皮肉の応酬を続けながら年季のある廊下を歩いていると大家であるお静さんが食堂の暖簾から顔を出した。出来たての味噌汁の美味しそうな香りが漂ってくる。美味しい朝食をごちそうになって、有意義な休日を過ごしたいものだ。

 

 

 

 

 大量のピザが積まれたバイクを運転してボクは商店街や件の神社を通り過ぎた町外れののどかな道を走っていた。

 

「ま、土曜日って言ってもバイトなんだけどね」

 

 一人寂しくそんなことをボヤきながら、事前に聞かされた注文先の住所に近付きボクは道間違えによる時間ロスがないように神経を尖らせる。

 今回は初めて訪問する配達先であると同時に店を出る前に何故か店長から「ここは上客だからくれぐれも粗相のないように」と謎の念まで押されている場所だった。確かに一度の注文でピザを10枚も頼むお客さんはお得意様以外の何者でもないけど。

 

「あれだな。こんなところに自動車修理工なんてあったんだ」

 

 店先にある駐車スペースにバイクを止めて、目的地を確認する。

 看板には六角モータースと記されているので間違いはない。店名の下に修理・魔改造承りという不穏な宣伝文句があるのは少し謎だがマナーのあるお客様であることを祈りたい。

 

「ごめんください。アカギーズピザでーす!」

「「「「オウ?」」」」

 

 営業中なのか大きな物音がする方へと顔を出して、騒音に負けないようにと大きな声で挨拶をする。返って来たのは野太い四色の声でボクの脳裏には嫌なイメージが浮かび上がり、それは的中した。

 

「おお! もう来たかはえーな、おい」

「たまんねえ匂いだ……脳がゾクゾクするぜ」

 

 工場内にいたのは四人の屈強な男の人たち。

 それぞれが青、赤、紫、橙という派手な色をしたツナギを着ている。控え目に言って凶悪な風貌をしたタフガイたちだった。

 ただでさえ四人とも長身でゴツい体格なのにアゴ髭やメガネやスキンヘッド&グラサンという強面な出で立ちは完全に非合法組織のようだ。レンチやスパナが違う目的のための道具に見える。

 

「あの、ご注文のピザをお届けに参ったのですが……」

 

 恐る恐る話しかけると青いツナギを着たメガネをした格闘家みたいな体躯の一人がズンズンと近付いてくる。これはピザだけ奪われるパターンかなと緊張が走った時だった。

 

「いつもお世話様です。遠いところをわざわざどうも」

「姐さーん! ピザキタっすわ! 財布持ってきてくださーい!!」

 

 青ツナギの人はとても腰低くこちらに声をかけてくれた。さらに後ろにいた赤ツナギのアゴ髭の人が奥にいるもう一人を呼んでいる。少し待っていると白いツナギを着た若い女性が陽気な笑顔を見せて軽い足取りでやって来た。

 

「ちーっす! いやぁこんなに早く来るとは思ってなくてすまないねえ。いま払うからさ」

「お、恐れ入ります。ゆっくりで大丈夫ですよ」

 

 スレンダーなスタイルに濃い茶髪のセミロングに切れ長な目元。サバサバした喋り口調の涼しげな美人さんだった。

 ただ何となくだけど妙に貫禄があって彼女がここのボスなのだと言う実感がしてしまう不思議なオーラを放っている。

 

「あー……わりぃ。手元に小銭しかないからさ、お兄さん母屋の方でお代受け取ってくれないかい? 生憎とアタシも電話中なのを抜けて来てるから離れられなくてね」

「あの、それはちょっと……」

「心配すんなって、踏み倒したりはしないから。なあ、アンタたち?」

 

 財布の中身を確認して、何食わぬ顔でボクからピザ箱の山を手繰り寄せた女性はケタケタ笑いながら工場を抜けた先に見える大きな一軒家を指差す。正直、そんなことを言われても困るんだけど。

 

「ご安心くださいお兄さん!」

「俺たちカツアゲとか絶対しないんで、良い大人ですから!」

「もしも足りなかったら、お店の方にしょっ引いてもらっても結構ですよ!」

「全力で身体でお支払いします!」

「わ、わかりました。毎度ありがとうございます」

 

 タフガイたちの無駄に親身で暑苦しい説得に押し負けて、結局ボクは荷を明け渡して言われたままに母屋にいるご家族の方に代金を請求することになってしまった。

 

「ごめん下さい。アカギーズピザですが工場にいるご家族の方からこちらで代金を受け取って欲しいと言われまして」

「……はーい! すぐにいきまーす」

 

 家の中からはボクと同世代ぐらいの女の子の声が聞こえてきた。

 六角なんて名字に聞き覚えはないけど、もしかしたら同じ学校の生徒の家なのかな?なんてことを考えていると薄暗い家の奥から住人が小走りで駆けてきた。

 

「こんなところまでご足労いただいてすみませんでし……た」

「え……っと」

 

 ボクと彼女はお互いの顔を見合ってから、思わず固まってしまった。

 これは驚くなと言う方が無理だろう。だって、失礼かもしれないが変な人だらけの自動車修理工の家から出てきたのは間違いなくボクの知る望月さんだったのだから。

 

「こ、こんにちは。あ、あの……アルバイトお疲れさまです」

「どういたしまして? うん。慣れた物だから余裕だよ、ははは」

「そうなんですか。コミュニケーションスキルすごいですね、うらやましいです」

「大したことじゃないって。望月さんはなんか髪の毛ちょっと濡れてるみたいだけど何かあったの?」

「これはですね……日課の稽古の後でちょっとシャワー浴びたばかりでして」

 

 お互いに目の前にいるのが誰なのかバッチリ認識しているはずなのに何故だかすごく気恥ずかしく、余所余所しくなって変な世間話を展開してしまっている奇妙な状況。

 まさか、こんな形で望月さんの自宅?を知ることになるなんて夢にも思わなかった。それにいまボクの目の前にいる彼女の格好――ゆったりしたノースリーブのパーカーに健康的な生足がすらりと伸びたショートパンツ。意外なほどラフなオフの望月さんの新鮮な姿を直視できない自分がいた。

 

「おーい、沙夜いねえのかい?ってなんだいフツーにいるじゃん。ずいぶん遅いから様子見に来て損したじゃんよ」

「光姫さん!? 彼です! 彼が永春くんです!」

「え、マジ? ふへっ……いやいやいや超フツーの子じゃん」

 

 出会ってまだ五分も経ってないのに、ボクは生まれて初めてほぼ初対面の人に嘲笑を受けた。いや、本当に誰か順を追って説明してください。

 

 

 

 

「さっきは取り乱してごめんなさい」

「気にしないで。ボクの方こそかなりテンパって変なこと言ってたと思うから。ところでここは望月さんのお家でいいんだよね? あの人は……お姉さん、じゃないよね?」

「そのですね、光姫さんもというか表に四人のお兄さんたちがいたと思うのですがみんなも御守衆のメンバーなんです」

 

 あれから無事にピザの代金を受け取って名残惜しさを感じながら帰ろうとしたボクは何故か光姫さんと呼ばれる女性に捕まって、あれよあれよと客間に通されていた。あと、一応ボクはまだバイトの途中なんだけど。それよりもいま望月さんがサラッとすごいことを言っていたよね。

 

「よお、待たせたな。坊やんとこの店長に話しつけて、ちょっと借りさせてもらえたからよ。安心して寛いでくれよ」

「はああっ!?」

「嘘だと思うなら直接あいつから聞いてごらんよ。ほれ」

 

 油汚れの目立つツナギから洒落た作務衣に着替えたお姉さんがとんでもないことを切り出して、ボクに自分のスマホを差し出してきた。

 

「も、もしもし店長?」

『……すまん常若君。何も聞かずに先輩の言うとおりにしてくれないかい、店のためにも』

 

 電話の向こうから聞こえてきたのは罪悪感にひどく憔悴した店長の声だった。これじゃあまるで脅迫されている被害者だ。いつの間にかサスペンス劇場に巻き込まれている。

 

「あの! せめてもう少し事情を教えてくれませんか?」

『ごめんね。その人、僕の高校の先輩でさ……あと、お店の土地のオーナーでもあるんだよ。だから黙って言うこと聞いてあげてくれないか。大丈夫、犯罪になるようなイカれたことまではしないと思うから』

 

 そう言って店長は一方的に電話を切った。

 理不尽だと思ったし、憤りもないわけじゃないけど店長の事情も理解できてしまい何も言えない。大人の世界は世知辛いんだなあって。

 

「納得したかい?」

「一応は……はい」

「そりゃよかった。聞き分けの良い子は大好きだよ。改めまして六角光姫ってんだ。まあ、座って茶でも飲みな」

 

 座卓の対面。望月さんの隣に風格を見せながら座る光姫さんに促されて半ばあきらめを覚えながら座ると彼女は自分たちの簡単な自己紹介をしてくれた。

 

「話は沙夜の方から聞いてるよ。御守衆のことはコイツから説明されていると思うけど、一応アタシがこの東海エリアの御伽装士や平装士たちを取り纏めている頭目みたいなもんだな」

 

 そう言いながら光姫さんは何の遠慮もなくボクが届けたピザを箱から開封すると目の前で食べ始めた。いや、冷めないうちに召しあがってもらえるのは嬉しいんだけどさ。

 

「山賊じゃないんですから。永春くん、こんな感じの人ですけど本当に私たちの頼れる上司ではあるので信じてくださいね」

「んだよ、猫被りやがって。というかあんたも早く食えよ? チーズカチカチになるとマズいぞ」

「お客様の目の前でそんなお行儀の悪こと普通はしませんからね!」

「あの、お昼時だし俺は気にしないから望月さんも食べてよ」

「いえ。大事なお話もしますしそういうわけには……」

 

 我が道を行く光姫さんと学校にいるときと比べるとかなり明け透けな口調でそれを窘める望月さんというとても珍しい光景を眺めていると狙ったかのようなタイミングで望月さんのお腹がぐうぅーっと鳴った。

 

「その、長居させてもらう感じだしボクもちょっと分けてもらってお昼食べながら話すって言うのはどうかな?」

「……お、お気遣いすみません」

 

 耳まで顔を赤くして、言葉にならない声を漏らし狼狽する望月さんを宥めながらボクは彼女たちの昼食にご相伴にあずからせてもらうことになった。

 ピザをぱくつきながら光姫さんはまだボクが知らなかった御守衆や望月さんたち御伽装士の事情を話してくれた。

 御守衆は現在では非公式ながら政府に存在する陰陽庁が運営している組織で京都に総本山を置き、北は北海道から南は九州・沖縄まで各地に支部があるという。

 中部地方には望月さんを含めて九人の御伽装士が所属しており、光姫さんの旦那さん(婿養子)も現役の御伽装士だそうで彼らはそれぞれに担当する管轄エリアを分担して化神の悪事から人々の平穏を守っているそうだ。

 望月さんは現役学生と言うことも考慮して担当するエリアは比較的狭く、こうして六角家に居候する形でいまはまだ学業を優先しているとのことだった。

 

「にしても記憶消しの術が効かないなんて面白い体している坊やがいたもんだ。で、本当にアタシらに大人しく身の振りを任せるって言うのは嘘じゃないんだね?」

 

 ピザソースがついた指先をぺろりと舐めながら唐突にボクの今後に関わる話題を振ってきた。さっきまではあっけらかんと笑っていた光姫さんの笑みが急に氷のような冷ややかなものに変化したことに言いようのない圧迫感を感じてしまう。

 

「はい。理由は先日に望月さんに話した通りです。酷い目にはなるべく遭いたくはないなと思いますけど、皆さんの活動の邪魔にはなりたくないので」

「そうかい。まあ……随分とお利口な答えだね」

 

 隣で何か言いたそうな望月さんを片手で制して、光姫さんはしばらくボクのことをジッと品定めするかのように見ていた。

 

「坊やのことは京都の方にも一報入れて処分はアタシに一任されているから勿体ぶらずに教えてあげるよ。要観察者ってとこだな」

「はあ……」

「なんだよ? アタシや沙夜に煮たり焼いたりされたかったのかい?」

 

 あまりにも呆気なく、軽い扱いに落ち着いた処遇に生返事を返すと光姫さんは不敵に笑った。まるで気分次第でお前なんてどうにでも出来ると言っているかのようにも聞こえた。

 

「ぶっちゃけるとなアタシらも忙しくてよ。坊やみたいなガキ一人にあれこれ構ってる暇はない。とはいえ……無視も出来ないから御守衆の目の届く場所にはいてもらうけどね。沙夜と同級生ってのは色々と手間が省けて助かったよ。監視とかお目付け役とか面倒なことしなくてこっちも気が楽だ」

「私に後ろめたいこと全部やらせるつもりだったくせによく言いますね」

「いいじゃんよ、お前ボッチなんだし」

「ボッチじゃありませんから。ちゃんとお昼ご飯一緒に食べたりする友だちもいーまーすぅ」

 

 学校では絶対に見れないような言動を見せる望月さんに驚きつつ、ボクの意識はクールな眼差しをにへらと緩めてボクのことは些事だとばかりに言う光姫さんに向いていた。

 望月さんと対照的なこの人の動向や思惑がまるで分からずに無意識に全身が強張った。望月さんは目元こそ前髪で隠れていて何を考えているか分からないとよく言われるような人だけど、じっくり観察していると喜怒哀楽が結構はっきりと読み取れる。

 だけどこの人は真逆だ。常に笑顔を絶やさないようだけど、なんというか深い霧がかかって心が読み取れないような……人当たりは良さそうなんだけどどこか恐ろしさを感じてしまう気がする。

 

「まあ、あれだな……あんまりやんちゃするんじゃねえぞと言っとくよ」

「はい。気を付けます」

「さて……沙夜ぁ。悪いんだけど安や杉たちにお茶淹れてやってくれない? あいつらももう食い終わってるだろう」

「いいですけど、あまり永春くんのことイジメないでくださいよ」

 

 光姫さんに言われて沙夜さんは客間から出て行ってしまった。

 玄関の戸が閉まる音がすると目の前にいる彼女の顔から急に笑顔が消えて、ボクも思わず身構えた。

 

「あいつが戻ってくる前に手短に終わらせたいんだけど、沙夜は坊やにビャクアについて何か話していたか?」

「あの怨面で変身する戦士ってことぐらいしか」

「はぁー……聞いといてよかった。全くあの石頭の頑固者め」

 

 ボクの言葉に光姫さんは大きなため息をつくと何度か自分の拳で額を小突き、また口を開く。

 

「坊やにちょっとクイズなんだがあの怨面に秘められた力の源って何だと思う?」

「あの、どういうことです?」

「三択でいくぞ。A、神々しい正義の力。B、宇宙から降り注ぐ神秘の力。C、禍々しい呪いの力。さあどれだ?」

 

 意味深な含み笑いを浮かべる光姫さん。

 それはズルいだろう。

 こんなの答えをもう言ってしまっているようなものじゃないか。

 だけど、敢えてボクは自分の声でその答えを言わなければならないんだとも自覚する。

 

「……Cの呪いの力なんですか? 本当に?」

「大正解。最初に思い付いた奴が誰なのかとか仔細は資料が紛失していて分からないけど、御守衆が所有している怨面は分かっている物だけでも平安時代の頃に陰陽師やら仏師やらが知恵と力を絞り合って作り上げた呪いの魔道具さ」

 

 にわかには信じられなかった。

 ビャクアの姿は綺麗で神々しくて、どこか儚げでとても呪いの産物だなんて思えない。

 だけど、だけど……一つだけ心当たりがあった。

 望月さんが怨面を被るときに彼女の全身に浮き上がる赤い蛇が這い回ったような痣模様。あれが呪いの証明なのだろうか?

 

「大昔はいまと違って質はさて置き、穢れなんてそこいらで溢れ返っていたらしいからね。なにせ、日本各地で戦に野盗に呪い合いと血生臭い荒事だらけだ……そんな混乱の中で散っていった無辜の民の無念怨念を丹念に注ぎ込んで生まれたのが怨面さ」

「そんな……毒を以て毒を制するみたいなことをやってたんですね」

「思うところはあるだろうが昔の人も必死だったんだろうさ。そして、大事なのはここからだ現実の話をしようじゃないか……他でもない沙夜についてだ。坊やに頼みごとがあるんだよ」

 

 怨面に隠された秘密も十分に愕然とした事実だったけど、望月さんの名前を出されてボクの心臓が早鐘を打つ。まさか変身するたびに寿命を削るとかそういう救いようのないリスクがあるのだろうか?

 

「沙夜が怨面の負の念に呑まれないように学校で気にかけてくれないかい?」

「やっぱり、リスクがあるんですね」

「あいつもちゃんと厳しい修練を重ねて認められた上で白鴉の怨面を授けられている一端の御伽装士だ。万が一の保険だけどな……不慮の事故とは言えあいつは選ばれるのが早すぎたのさ」

 

 やるせないと言った様子で光姫さんは乾いた笑いを薄く作る。

 

「そもそもどうして望月さんは御伽装士になったんですか?」

「沙夜が11歳ぐらいの時にあいつの地元に化神が現れてな。当時の連れたちと襲われて、逃げ込んだ実家の古い蔵に保管されていた白鴉の怨面に見定められたんだとさ」

「じゃあ、生きるか死ぬかの瀬戸際でどうしようもなく、そうなるしかなかった」

「気の毒な話だ。あいつの実家も一応は御守衆の民間協力者程度にこっちの事情も知っていたのが幸いだったけどまさか愛娘が千年以上も担い手の現れない魔道具に選ばれるとは思わなかったろうさ」

 

 初めて知った望月さんの半生とその過酷な事情を聞いて、ボクは不条理だらけの世界に憤るばかりですぐには何も言えなかった。

 

「心も体も真っ当な道を辿って成長する前にあいつは世界の暗がりに浸かりすぎることになっちまった。沙夜は十分以上に頑張ってくれてるがそれでも危ういところがないわけじゃないからね」

「だから、ボクが望月さんに監視されつつ彼女のことを見守れと?」

「坊やの処遇もそういう色んな事情を考慮した上での判断だ。悪い条件じゃないと思うがね」

 

 彼女の役に立てるなら喜んで手伝いたいけど、いまこうして望月さんの身の上話を聞かされてしまったボクには普段のように思い切って二つ返事を答えることが出来なかった。

 ただ部外者同然のボクが何の覚悟や使命といった重荷も背負っていないような奴が気安く関わっていい事柄なのだろうかと。

 そんな風に押し黙って自問自答を続けていると時間切れとばかりに望月さんが戻ってきてしまった。更には入れ替わるように光姫さんのスマホに着信音が響いた。御守衆関係の電話らしくて今度は彼女の方が客間から出て行ってしまった。

 

「大丈夫でしたか永春くん? 光姫さんに変なことされてませんでしたか?」

「うん。何とも……大丈夫」

 

 望月さんがボクの正面に静かに腰を下ろすとふらりといい匂いがした。そう言えば稽古の後にシャワー浴びたとか言っていたような。土曜日のような休日も、雨の日も関係なくきっと彼女は化神からみんなを守るために自分を鍛えているんだろうかと思うと生意気に女子高生も御伽装士も両方頑張ってみようとか言っていた自分に腹が立ってくる。

 

「すみません。まさかこんな急な形で御守衆のことや永春くんへの対応なんかも一気に説明するようなことになってしまって。それにバイトまで途中で切り上げさせるようなこともしちゃいましたし」

「気にしないで……何とも思ってないから」

 

 目の前に確かに彼女はいるのに、なんだかすごく遠くにいるように思えた。

 まさに暗く深い日陰の奥にポツリと佇んでいるように……それぐらい望月さんが生きている世界とボクが暮らす日常は隔絶されていることを思い知らされたような気分だった。

 

「今日は私のこと真っすぐ見てくれないんですね」

「え……?」

 

 ぼそりと彼女の声。

 寂しそうで不満げな、それでも綺麗な望月さんの声が一つボクに刺さった。

 

「いつもの永春くんは……私のあの姿を見た後でも目を合わせようとしてくれていたのに、今日は視線外れてばっかりだなと」

「そうかな? そんなつもりはなかったけど」

 

 言い訳するなよ、ボクの大噓つきが。

 ただでさえ、一つだけずっと隠し事をしているくせにまだ見苦しく嘘を重ねるのか?

 

「ごめん。白状するとお休みモードの望月さんの恰好がけっこう開放的でドキドキしてます」

 

 嘘はついてない。

 ちゃんと彼女のことを見れない理由の一つとして間違ってはいない。

 結局逃げていることには変わりはないけど。

 

「なっ……わ、私これ肌出しすぎでしょうか? はしたない感じですか!?」

「い、いや! そんなことはないと思うよ! 適切だと思うし、もっとだらしない格好でいるJKなんていくらでもいると思いますですよ!」

 

 神妙な面持ちでずいっとボクに顔を近づけて慌てる望月さんの挙動に少しだけ気持ちが紛れて普段の態度で彼女に向かい合えた。だけど、まだボクは彼女を取り巻く環境に触れていいものか戸惑いがあった。どこかぎこちないやり取りを続けていると血相変えた様子で光姫さんが戻ってきた。

 

「沙夜! 急ぎで化神退治に行ってくれ! ちょっと不味い事態だ!!」

 

 

 

 

「安! 杉! 中! 梶! 裏稼業の始まりだ。気合入れて支度しな!!」

 

 六角モータースの工場内に光姫の声が響くと御守衆の平装士でもある男たち四人は地鳴りのような雄叫びを上げて御伽装士の出陣と現地サポートの準備を慌ただしく始めていく。

 工場の地下に設けられた祭壇めいた指令室では光姫が巨大な水瓶を用いた水鏡を介して現地にいる民間人に遠隔式の誘導暗示の術を施して被害を抑える。更に安たち平装士が現地へ赴きより直接的な事後対応に当たるのが御守衆の基本初動であった。

 

「状況を確認するぞ? 緊急の連絡によると隣のエリアで討伐中だった化神が御伽装士の追撃を振り切って逃走。そのままこっちのエリアに進行中とのことだ」

「急がないと被害が広がりますね」

「おうよ。相手はバカでかいタイヤか車輪みたいなふざけたナリでとにかく素早いって話だ。加えて、車や小さな倉庫なんかを轢き潰して遊ぶのが大好きなろくでなしだ。可能な限り速攻で片を付けてこい」

「分かりました」

 

 化神の詳細を聞き終えた沙夜は裏の隠しガレージに待機させてあるハヤテチェイサーに跨ると白鴉の怨面を手に取った。

 

「オン・カルラ・カン・カンラ」

 

 気を引き締めて怨面を被ると彼女の手足に赤い蛇紋様が浮かび上がり、凄まじい力と共に怨面に宿る数え切れない怨念無念、怨嗟の叫びがその身に沁み込んでいく。

 

「クゥ……ア、ァ、ゥアア――」

 

 濁流のように押し寄せる怨の念を弛まぬ集中と緩まぬ気合で受け止めた彼女は拒絶することなく、抗うことなく、ただ優しく抱きしめるように受け止める。そして、怨面に心で告げる。

 この無念、この怨念――全てすべてこの身を介して散らして見せると。悪しき穢れの化神たちにぶつけて浄化して見せようと。

 

「――変身」

 

 覚悟の言葉、呟いて。

 風の中で望月沙夜は白き戦装束を纏い、退魔の戦士へと変わる。

 

「いってきます」

「気を付けて、望月さん」

「……はい。また月曜日に学校で」

 

 背中を見守る永春に怨面の奥で微笑んでビャクアはハヤテチェイサーを駆って、嵐のように走り出した。

 

「坊や。そんなわけでアタシらはこれから大忙しだ。途中まで安に乗っけてもらって今日は帰りな。手前勝手に振り回して悪かったね」

「なにか……力になれることってありませんか?」

「気持ちだけもらっておくよ。いいか、巻き込まれたのならいざ知らず、火事って分かっていて坊やを現地に向かわせるような馬鹿はやらせないからね。あんたもアタシらからしたら守るべき人々の一人だ」

 

 少しでも沙夜の戦いに助力できないかと淡い期待を抱いた永春だったが現実は甘くなかった。光姫の言う正論に何も言い返せずに黙って頷くしかなかった。昨日までの彼ならば一般人らしからぬ鋼の意思で何か行動をしたかもしれない。

 だけど怨面のこと、沙夜の過去のことを知りすぎてしまったいまの彼にはいつもなら踏み出せた一歩を上げることが出来なかった。そうして彼は大人しく安が運転する軽トラの助手席に乗り込んで六角モータースを後にした。

 

 

 

 

 青いツナギの眼鏡のお兄さん。

 安さんと呼ばれている格闘家みたいな圧の強いお兄さんが運転する車に乗せられてバイト先の近くに行くことになっていたボクだったのだが窓の景色を見て違和感を覚えた。

 

「あれ……この道って、あの!」

「少年。漢を見せる度胸はあるかい?」

 

 このルートではバイト先のピザ屋ではなく、少し回り道をして望月さんが化神を迎え撃つ場所へ行ってしまうのではないかと疑問に思ったところで安さんが意味深な言葉をボクによこした。

 

「もしかして、望月さんのところへ連れて行ってくれるんですか?」

「本当は駄目だ。御守衆として俺はご法度をしようとしている。バレたら姐さんにR指定の制裁を受けるだろう……だけどな、お嬢のことを案じればお前さんに頼まれて欲しい」

 

 安さんはハンドルを強く握りしめながら滔々と話しだした。

 

「お嬢は頑張り過ぎだ。あの子があんなに頑張るものだから俺らもどんなに仕事がキツい日でも負けずに頑張ってやろうって気合を入れられる」

「望月さん、学校でも真面目でみんなに優しいですよ。相手の方から話しかけられたらですけど」

「だろうな。俺ん家も代々御守衆に連なる家系でな……拒否権無しにこういうことしてるがそれでも学生の頃はダチたちと馬鹿やれたし、大学にも通えた。けど……お嬢は自分のこと度外視で突っ走ってる感じでな」

 

 それはボクも少し感じていた。

 バケウシと戦った次の日からは前よりかは学校でも何気ない会話をするようになったけど、望月さんは基本的に受け身だ。自分からはクラスの皆と怪しまれない程度に一線を引いている。だから巴さんみたいに望月さんにぐいぐいと話しかけてくれる同性のクラスメートはとても得難い友人だと第三者としては思えてしまう。

 

「俺たちとしてはお嬢にもっと自分の生活を大事にしてもらいたい。だけど、俺らの声は所詮は身内の声だ……言い過ぎれば逆にあの子を縛っちまうかもしれない。けど、お前さんの声なら届くかもしれない」

 

 最初は半信半疑に思っていた御守衆という組織だったけど安さんのような人が居るのなら大丈夫だと思える自分がいた。同時に燻っていた心にあの日の神社のようながむしゃらな火が灯るのを感じていた。

 

「同じ時間を分かち合う同級生ってやつは……上手く言えないけど不可能を可能に出来るって感じがするだろう? 俺の時はそうだった。ママチャリで箱根駅伝のコース激走するとか無茶もやったぜ。だから、もう一度お前さんに聞きたい」

「はい」

「危ないところだ。命の保証はない。でも、お前が死んだらケジメで俺も死んでやる。だから……だから、お嬢の傍にいてやってくれないか?」

「約束します。漢意地ってのをみせてやりますよ」

 

 これはただの我儘だし、望月さんに嫌われてしまうかもしれない。

 だけど、表と裏の両面の彼女を近くで知り続けることが出来るボクにしか出来ないことが一つだけでもあるのなら、ボクはそれを無駄に投げ捨てたくはない。

 

 

 

 

「見つけた」

 

 ハヤテチェイサーを走らせること数分。

私は一般道を我が物顔で走っている件の化神を捉えた。一見するとそれは石灰色をした巨大な車輪のようだ。目を凝らして見るとどうやらそれは貝の殻に近いように思える。

 

「仕掛けます、ハヤテ」

【■■■■――!!】

 

 馬の嘶きのようなエンジン音を轟かせてハヤテは回転爆走を続けている化神を挑発するように追い抜くとそのまま急スピン。普通のバイクならそのまま転ぶのでしょうけど、式神でもあるハヤテならこんな風にスピートとバランスを維持しながらバック走行も出来てしまう。

 

『うわぁあ!? 何だよ急にッ! むう……お前、さっきの奴とは違う装士だな!?』

「……選手交代というやつです。お覚悟を」

 

 突然の乱入者に化神はとても面食らったようだった。

 まるでやんちゃな子供のような声に私は一切の呵責なく戦意を込めた声を返して討伐の準備を始める。

 

「退魔七つ道具が其の伍、海砕きの無双籠手ッ!!」

 

 微かな閃光が収まると私の両腕には紅い鋼の指を持つ石柱と見間違えるような巨大な鉄籠手が装着される。陽の光を浴びて鈍く輝く巌のような力強い黒鋼には黄金色の波模様が彫られている。

 

「フゥゥウウウ……ッ! いきます!」

 

 途端にハヤテチェイサーの速度がガクッと落ちて鈍くなる。それぐらいこの籠手は頑丈であり重い。この魔道具は見た目通りの対力自慢もしくは対重量級相手のとっておきです。 

 私の強みである速さがまるで殺されるという痛いところもあるけれど、生み出される怪力は桁違い。いま神通力によって無双籠手と私の手との間に疑似神経が結ばれてゆっくりと鋼鉄の指が開いていく。

 

「でえええええいッ!!」

『うぎゃああッ!?』

 

 突然に巨大に変貌した私の両腕に化神が虚をつかれている隙をついて、私はハヤテから飛び降り様に大振りの張り手を叩き込んで進行を阻む。

 

『よくもやってくれたな! せっかく気持ち良く人間のおもちゃたちを潰して遊んでいたのにさあ!!』

「車はおもちゃじゃありません。湿った山の中を走っていればまだ可愛げがあったのに……こんな街中にまで逃げ込んだ分も合わせて、きっちりお仕置きしますね」

『あっははは! できるもんならやってみろよ! この僕を! 化神バケカミナの激走を止めれるもんならねッ!!』

 

 バケカミナと名乗る化神は横倒しになった巨大な体を難なく立ち上がらせると再び風をも追い抜くようなスピードで私に目掛けて突進をしてきた。

 

「そのための! この両腕ですッ!!」

『グゥウウウウウ!!』

 

 巨大な硬い車輪を私は正面から受け止める。

 両者の接地面から激しい火花と煙が噴き出して、力と力の押し比べ。

 目に映る器物を手当たり次第にひき逃げしてここまで来たと言うのは伊達ではなく、少しでも油断して踏み込みを緩めれば無双籠手の剛力を駆使しても旗色が悪くなる可能性は十分にあると実感してしまう。

 

『生意気な奴! もうッ、僕に気持ち良く轢き潰されろよ! 

「……お断りです!」

 

 けれど、どんなに相手が手強くても負けてあげる理由は一切ありません。

 特にいまこの状況。戦場となっている総合ターミナル前の道路のど真ん中。

 まだ暗示が効き切っておらずに逃げ遅れている地下鉄や市営バスの利用者たちが大勢いる中でバケカミナに縦横無尽に走り回られるわけにはいかない。

 

「でいッ! やああああッ!!」

『うぎぃ!? や、やめろよぉ!』

 

 力と力のぶつかり合いの反動でバケカミナの巨体が微かに浮き上がったところを狙って、思いっきり左右の側面を殴り抜く。一度で足りなければ、二度三度と大振りだが連続の落石のような鉄拳を浴びせ続ける。

 

『いい加減にしろ!!』

「っわあ!?」

 

 大拳の猛打の前に化神の殻状の車輪体に亀裂が走り始めた。

 一気に叩き壊そうと全身の力を入れ直した次の瞬間に私の右腕は相手の側面からにょきりと飛び出したカニの鋏のような腕に捕まり放り投げられた。

 

「……なるほど、ヤドカリでしたか」

 

 砂ぼこりの向こうにいる人型の姿を晒したバケカミナを見て思わずそんな声が漏れた。

 視線の先にいたのは赤い甲殻に四肢を覆われたヤドカリの面影を持つ化神。その背中には先程の車輪のような貝殻が随分とコンパクトに収縮されてくっついている。

 

『何か文句あるの? 楽しく走って、楽しく蹂躙する! そのための無駄のないこの姿をさあ!?』

「……いいえ。お前たち化神に不条理を指摘するだけ無駄です」

『分かってんじゃん! じゃあさ、あんたのその無駄な命も早いとこ潰してあげるよ!!』

 

 ……無駄な命ってなに?

 軽薄な声を上げて、バケカミナは鋏になっている両腕を突きつけて迫って来る。轢き潰すだけでは飽き足らず、人も物もお構いなしにあの鋏で切り裂くつもりなのだろうか。

 何でもない毎日をがんばって生きる命を、辛く大変なこともある毎日を精一杯に生きる命を、道端の空き缶でも蹴っ飛ばすように面白半分に。

 

『まずはその厄介な腕だ! 肩の付け根から骨ごと断ち切ってあげるよ!!』

 

 怨面が疼く。

 この怨面に刻み込まれた数え切れない誰かたちの無念の叫び。

 この怨面に宿る、生きたくても生きられなかった誰かたちの無数の怨念。

 舐めるなよ、化け物め。

 お前たちがか弱いと嘲笑う人が生み出した情念は貴様たち風情の穢れよりも、ずっとずっと強くて色濃い。それをたっぷりとその身に教えてやる。

 

『ヒャアア……アバアッ!? と、飛ん……だ!?』

「チョキがグーに勝てるとでも?」

 

 両手の指を組んだ無双籠手を神通力で大砲のように撃ち出す。ロケットパンチと言えばいいだろうか。思わぬ不意打ちをまともに食らったバケカミナは上空に吹き飛んでいた。良い位置です。

 

「退魔七つ道具其の弐、裂空の快刀……いざ!」

 

 相手が立て直すよりも速く、召喚した二刀のうちの一本を投げつけて出鼻を挫く。

 鋭い切っ先がバケカミナのどこかに突き刺さったのか汚い悲鳴が聞こえるのを流して、私は信号やビルの壁を跳び伝って相手より上空へと舞い上がるとそのまま勢い良く急降下する。

 

「退魔覆滅技法……乱鴉の太刀!」

『――ッギャア!?』

 

 神通力を宿して妖しい白光を放つ刃による踊るように乱れた無数の剣閃が化神を捉えた。一拍の間を置いて、バケカミナの全身に無数の裂傷が現れて異形の躯はあっという間にズタズタだ。

 私が地上に降り立つとバケカミナは背中に背負った自慢の車輪殻も細切れにして失いボトリと墜落してピクリとも動かない。けど――これは。

 

「死んだふりをしても見苦しいだけですよ」

『あ、あは……あはは。バレてたのか。ざーんねん』

 

 我ながら爪が甘かったです。

 それとも敵の背中にあった車輪殻の強度が一枚上手だったと見るべきでしょうか。無双籠手であれだけ殴って損傷を与えていたのですが恐るべき硬さです。ですがいずれにしても逃がすつもりはない。このままトドメを刺して終わりにする。

 

『しょうがないな。疲れるけど、新しい宿をこさえるとしようか』

「な……ッ!?」

 

 まだ余力を隠していたのかバケカミナは不敵にほくそ笑むと耳鳴りのような音を響かせて体を発光させ始める。すると周囲に散乱していた車輪殻の残骸や自動車なんかが磁石に引き寄せられる金属のように化神に吸い寄せられていく。

 バケカミナを囲むスクラップの山々は生き物のように躍動しながら一瞬で鉄独楽のような形へと変化してしまった。そしてその状態のまま高速回転をしながら空高く浮遊してしまう。これではまるで宇宙人の円盤のようです。

 

『僕はまだまだ遊び足りないんだ。まずは君が壊れるまで遊び尽くしてあげるよ』

 

 新しい姿を得たバケカミナは円盤状態で大量の黒い靄を噴き出して周囲を闇で覆い尽くそうとする。不味い状況ですこれは――。

 

「させない!」

『もう遅いよ! 冥く愛しき暗天舞台よ、我が客を誘え――!!』

 

 大急ぎで快刀を投げつけて、化神たちが持つ恐るべき能力を防ごうと試みましたがあと一歩遅く、黒い瘴気が私を呑み込んだ。

 

 

 

 

「ここは……というか、ボクこれちゃんと起きてるよね?」

 

 ハッキリと覚醒した意識の中でボクはいま自分が置かれている状況に混乱するばかりだ。安さんと別れてから遠くから聞こえてくる騒音を頼りに人混みを潜り抜けた先で望月さんの乗って行ったバイク――ハヤテチェイサーだったかな?それが乗り捨てられているのを見つけたところで突如として広がった黒い靄に呑み込まれて気付いたらこれだ。

 

「おかしいだろ……見た感じは知ってるはずのターミナル界隈なのに、他の人の気配がまるでしない。それどころかたまに吹く気味の悪い風以外に音もなにも聞こえないじゃないか」

 

 目の前に映る景色は夢か幻か――これが現実であることを素直に受け入れることを理性が拒むような、そんな異様な場所にボクはいた。

 逃げ惑う人々のざわめきも、奇怪た乗り物の物音はもちろん小鳥の囀りさえもここには無い。そしてなりよりも――。

 

「この赤黒い空……気のせいじゃなく、太陽が無いじゃないか!」

 

 空を見上げて息を呑むボクの頬を冷や汗が流れた。

迷い込んだこの場所は昼か夜かも分からない暗くは無いが赤黒い色が世界を塗り尽くしたようなところだった。そして、空には本来ならば目を焼いてしまうような眩さを放つ太陽がどこにも見当たらない言い様のない恐ろしさが蔓延する奇奇怪怪な世界だった。

 

「まるで閻魔様がいる地獄みたいだ」

 

 化神と同様に常識の枠から外れた現象に自分は触れているんだと実感して、ボクはふと後ろを振り返り物言わぬ彼女の愛機を見つめた。こんな状況では誰かとは言わず、見知った何かがあるだけでも心強い。

 

「あのー……緊急事態と言うことですみませんがどうかお力をお貸しください。頼みます」

 

 しばらく思案した末にボクは神社にお参りをするように目の前のカスタムバイクへと手を合わせて深々と一礼した。流し聞きだったけど、どうやら式神の一種で自我があるらしいし、ボクのような素人の声が届くか分からないけど念のため。

 

「他に誰かいないか探そう。何かヤバいものに出くわしたら逃げ優先ってことで」

【■■■■――!!】

 

 勝手に乗っていいものか少し迷ったけど、ボクはハヤテチェイサーに跨るとゆるやかに走り出した。心なしか白いバイクのエンジン音が任せておけと鳴いているように聞こえた。

 この異常な空間が暗天と呼ばれる化神が作りだす異空間で、ここではその強さが跳ね上がると知るのはこの十数分後になるとはこの時はまだ思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 一方、永春が移動を始めたのとほぼ同時刻。

 ビャクアとバケカミナの戦いも再開されていた。

 

『アッハッハッハ! 翼のない小鳥さん気分はどうだい?』

「クッ……暗天で強化されているとはいえ、なんて出鱈目な攻撃手段なんですか! カンラ!!」

 

 地獄の釜が開いたような色彩の空を浮遊する円盤形態のバケカミナは外殻から出現させた四本の鋏状の腕から雷撃や火炎弾といった遠距離攻撃を地上のビャクアに浴びせていた。

 集中豪雨のような猛攻をカンラは反撃も出来ずに羽団扇による旋風で吹き払いながらの防戦一方である。

 

『蟻を踏むようにあっけなく、野原の兎を狩るように執拗に……楽しんで殺してあげるからね』

「やれるものなら、です」

 

 静かに闘志を滾らせてビャクアが淡く光る羽団扇を振るうと何処からともなく大量の白い羽根が出現する。上空のバケカミナに狙いを付けてビャクアがもう一振りと羽団扇を動かせば羽根が竜巻のようにうねりながら空へと伸びた一条の道のようになっていく。

 

『そんな!?』

「飛べないならば駆ければいい……御伽装士を軽んじるな!」

 

 仙術・羽根滑走。

 伝説の天狗も舌を巻くような秘技を用いでビャクアは空を駆け上がると我が物顔で空を浮かぶ化神との距離を縮めていく。

 

『驚いたよ。でも、それじゃあ良い的だよぉ?』

「きゃうッ!? 鳥でも虫でも無い飛び方……読みにくいな」

 

 だが、全てが上手くいくわけもない。

 バケカミナは独楽のように再び高速回転をすると無軌道で滅茶苦茶な飛行を行って羽根の道の進行を惑わせると体当たりでビャクアを地上へと叩き落とした。

 

『こういうのは好きかな? 僕は……大好きだ!!』

「なんの! この……!!」

 

 落下中に受け身を取って墜落は避けたビャクアだがバケカミナの念入りな追撃が襲う。円盤形態の中心部から雨のようにウニの棘のような鋭い杭が降り注いだのだ。

 

『ホラホラホラァ! もっともっとだあああああ!!』

「クッ……ッギイィ!?」

 

 決死で体を動かし、羽団扇を振るい続けたビャクアだったが底なしに降り注ぐ猛攻の前についに一本の杭が群青色の大袖を貫通して彼女の左二の腕を刺し抜いた。

 仮面の奥で大粒の脂汗を噴き出して、苦しみ悶えながらビャクアはなんとかビルとビルの隙間に出来た待避所に逃げ込んだ。

 

「ハァ……ハッ…フッ! っあああ!!」

 

 ひり出すような痛々しい声を漏らしながら、ビャクアは自ら腕に突き刺さった杭を引き抜いて捨てる。生温かい鮮血が飛び散って、白い戦装束を真っ赤に染めていた。

 

『隠れても無駄だよ? 君たちの世界で言うところの爆弾って言うやつ? これであぶり出してあげるよ。ちゃんと生きてよね』

 

 荒い呼吸を繰り返して、夥しく傷口から溢れる血液と共に脱力する体を気力で支えていたビャクアに遥か上空から無慈悲な囁きが十数個の黒い塊と共に投下された。

 絶体絶命。ビャクアが無我夢中で出来るだけ遠くへ逃げようと足に力を入れた時だった。

 

【■■■■――!!】

「見つけた! 望月さん乗って! 早く!!」

「え……永春くん? は、はい!」

 

 機械仕掛けの駿馬が嘶いて、少年の叫びが救いの光明をもたらした。

 咄嗟に飛び乗ったビャクアを乗せて、永春が運転するハヤテチェイサーは間一髪で地下鉄の入口へと走り抜けると爆撃の猛威から逃れたのだ。

 

 

 ※

 

 

 地響きと共に地下鉄の入り口から熱風が吹き込んでくる。

 気味の悪い空を浮かぶUFOみたいな化神が話していたのがボクにも聞こえたからこれがあいつの爆撃だというのは分かるが一応は妖怪の部類の存在が兵器染みた攻撃をするのには呆れてしまう。

 

「これで気休めぐらいになるといいけど」

「ありがとうございます。でも、今回は永春くんに感謝ばかりしてはいられません」

 

 酷い怪我を負ったビャクアの腕にハンカチを巻いて応急処置をするが薄緑の布地はあっという間に赤に染まり水っぽくなった。同時に明らかに怒っているような語気の彼女の声が分かってはいたが心苦しい。

 

「……なんで来たんですか? 危ないって光姫さんからも言われていましたよね」

「ごめん。体が勝手に」

「……いえ、すみません。こうして永春くんに助けられた未熟な私に君の行動を咎める資格はありません」

 

 もっと怒って詰ってきつく非難しても良い筈なのに望月さんはそれ以上ボクに何も言わなかった。少しだけ休ませて欲しいと断って、変身したまま冷たい壁に背中を預けた彼女の呼吸はまだまだ苦しく辛そうだ。ボクと彼女の間に気まずい沈黙が流れる。

 

「暗天のこととか聞かなくていいんですか?」

「え……あん、てん?」

「この太陽のない赤い空の世界のことです。ここは化神が作り出した異空間と呼べばいいでしょうか? 御守衆も詳しく解析出来ていませんが穢れが濃いせいで化神も強くなってしまう厄介な場所なんです」

 

 突然、聞かれてもいないことをペラペラとお喋りし始めた望月さんの意図が分からなかった。鳩が豆鉄砲を食らったようなマヌケな顔で頷き続けていると彼女は小さく笑ってから優しい声でボクに言う。

 

「そんな怖くて恐ろしい場所でなんでただの普通な男子高校生くんは平気な顔をして動けるんですか? 永春くんの普通の基準って映画やドラマの主人公基準になっていませんか?」

「あ、はは……ボクもちゃんと恐怖とか感じてるんだよ? ホントに、けど死ぬ気で頑張ってみたら割と上手くいけた……みたいな?」

 

 場を和ませてくれたのだろうか?

 望月さんにつられて、ボクもふざけすぎない程度に砕けた口調と乾いた笑い。どうしよう。なんて答えるのが正解なんだろう?

 

「……そんな普通な永春くんに恥を忍んで頼みがあります」

「なに? ボクは望月さんのどんな力になれる?」

 

 先のやり取りの中で彼女の中で何かの区切りがあったのかは定かではないけど、礼儀正しく正座をして切り出してきた彼女にボクは真剣な面持ちで返事を返した。

 

「あの化神を倒すには長距離に対応できる攻め手と速い足。情けない話ですが手負いの私ではいまは一つをこなすので精一杯です。だから、永春くんには私の足になってもらいたいんです」

「任せて。やるよ!」

 

 二つ返事で了承するとまた望月さんに笑われた。今度はちょっと苦笑い気味に。

 

「だから、どうして君はそう即断即決が出来るんですか? もう、私なんかより遥かに御伽装士に向いてそうです」

 

 困ったように笑う彼女の声。だけど、そこには呆れの色の他に、悔しさや苦しさのような色が混じっているように思えてボクは思わず聞いてしまう。

 

「望月さんも……やめたくなったりするときってあるの?」

「ありましたよ。押し付けられるものなら、誰かもっと相応しい人にこの怨面を譲ってしまいたいって考えたことも、落ちこぼれは出て行けと資格を取り上げられるのなら、それでも良かったかもしれないです」

「逃げたいときも……あったりした?」

「それはなかったですけど、一生物の怪我とかして引退とかにならないかなって考えたことは実はあります。不謹慎の極みですね、内緒にしていて下さいよ?」

 

 ボクの質問に彼女は迷うことなく弱音の数々を吐露し始めた。

 それはおよそ御伽装士を正義のヒーローと考えるのなら失望すらしてしまうかもしれない、情けない言葉の数々なのかもしれない。だけど、それは普通のことじゃないかとボクは思う。

 

「だけど、望月さんは頑張ってくれるんだよね? みんなのために」

「ビャクアに変身している時の私は……自分でも好きだと思える自分でいられますから。眩しい人を、すごい人を、大事な人を、化神から守ってあげられるちょっとだけカッコいい自分でいられますから。くす、これも大きな声では言えませんね。永春くんも呆れていいですからね」

「そんなことない」

 

 珍しく多弁に、そして自虐的に語る彼女の前に思わず立ち上がってボクは強めの口調で声を出していた。

 

「どんな理由でも、目的でも真面目に頑張れる人は誰だってすごいんだよ。望月さんはすごくすごいことを頑張ってるんだよ……呆れるなんて、お願いされても出来ない」

「……ありがと永春くん」

 

 一日、一日と過ぎ去っていく毎日を惜しむこともなく漠然と無駄遣いして生きているようなボクにしてみれば西条も井上も、望月さんも誰もが星のように綺麗ですごい人たちなんだからと柄にもなく熱弁してしまった。そんなボクの言葉に彼女は噛み締めるようにあたたかな声で短く言葉をくれた。

 

「じゃあ、そろそろ勝ちにいこうか?」

「はい。頼りにさせてもらいます」

 

 ボクの差し出した右手を迷うことなく掴んで彼女は力強く立ち上がった。

 

 

 

 

『いつまで隠れてるつもりなんだいこの臆病者のネズミさんたち!! そろそろ瓦礫の山に埋めちゃってもいいんだよ?』

 

 外から勝ち誇ったような化神の挑発の声が大きくなっていた。

 上等だよと、ボクは珍しく闘争本能を燃やしてハヤテチェイサーに再度跨るとハンドルを握る。背中に軽鎧に包まれたぬくもりを感じながら。

 

「準備はいいですか?」

「いつでもいいよ。日本の宅配ピザ屋の底力を見せてやる」

「では……いざ、参りましょう!」

 

 タンデムした彼女の声を合図にボクはハヤテチェイサーのアクセルを解き放つ。白い機影は薄闇を力強く引き裂いて、空中要塞と化したバケカミナが待ち構える外へと飛び出した。

 

『お! 出てきたね、バラバラに吹き飛ばしてあげるよ!』

 

 ハヤテチェイサーが地上へと帰還したのを発見した空の上の化神は嬉々とした様子で円盤みたいな殻から生やした鋏腕を砲門のようにして、火の玉や雷撃を撃って来る。

 ボクの役目はこの砲火の嵐からバイクを操り全力で逃げ回ることだ。そして――。

 

「退魔七つ道具が其の肆、山崩しの大筒!!」

 

 ハヤテチェイサーの後部に控えるビャクアが新たな七つ道具を召喚して反撃に転じる。

両腕で構えるのは鳥顔の意匠を備えた銃口の大きい長銃のような射撃武器だ。

 彼女が狙いを定めて引き金を引くと強烈な光の弾丸が太い軌跡を描いて発射された。その一撃はボクを狙っていた攻撃を見事に掻き消したのだ。

 

「すげえ威力! よっしゃ、撃ちまくっちゃえ望月さん!!」

「ええ、反撃開始です!!」

 

 風を切って疾走する愛機のシートの上でビャクアは力強く叫ぶと上空のバケカミナへと怒涛の連続射撃を仕掛ける。相手が浮遊砲台ならこっちは機動砲台だぞと、ボクたちと化神との白熱の銃撃戦が開始された。

 

『この! このこのこのォ! 生意気だぞ人間がああああ!!』

「うぉおおおおおッ! がんばれボク! 頼むぞハヤテチェイサー!!」

【■■■■――!!】

 

 雨霰とばかりに降り注ぐ稲妻や爆弾に火の玉、何ならミサイルのような何かまで生み出してボクらを狙うバケカミナの攻撃をハヤテチェイサーは生き物のような速く繊細で滑らかな動きで回避する。

 

『くそおおお! 入り組んだ路地裏なんかを走りやがって! 気持ち良く僕が撃った攻撃に当たれよ!! ぐわあッ!?』

「まるで癇癪を起した小さい子ですね。こっちは的が一つしかないのでとても撃ちやすいですよ?」

 

 とんでもない速度と馬力に正直生身のボクは体が持たないと思っていたのだがボクを気遣ってか、キツいところはハヤテが勝手に自分の意思で走ってくれたので負担は想像に状に軽かった。さっきのお参りが効いたのだろうか?

 ハヤテのスピードとボクの土地勘でひたすらに逃げている間にビャクアが赤空に浮かぶ化神に射撃を食らわせる。三位一体の連携で圧倒的な不利が確かに覆りかけていた。

 

『もういい! もういい、もういいい!! さっきみたいに直接轢き潰してグチャグチャにしてやるよ!!』

 

 自分の攻撃は当たらず、地上からの大筒の光弾を何度も被弾するようになって苛立ちが抑え切れなくなってきたバケカミナは全身を回転させて直接ボクら狙ってきた。

 

「望月さんどうしたらいい!?」

「真正面から決着を付けます。位置取り、お願いできますか?」

「やってみる。いくぞハヤテチェイサー!」

 

 雌雄を決すると凛とした声に応えるためにボクはハヤテを開けた車道へ進ませると出来るだけ距離を広げてからUターン。バイクVSUFOの異色の一騎打ちの様相を整える。

 

『死んじゃええええええええええ!!』

 

 攻守交代とボクらが待ち構えているとバケカミナは憎悪の叫びを上げながら高速回転により道路や周囲の物を粉砕しながら一直線に突っ込んできた。彼女の言ったようにチキンレースよろしく正面からの決闘になりそうな予感だ。

 

「いってください永春くん!」

「任せろぉおおおおお!!」

 

 その言葉を待っていたとばかりにボクは出せる限りの猛スピードでハヤテチェイサーを発進させる。気持ちが昂り切っていてここまでくると恐怖や不安なんてものは影も形もない。

 

「オン・カルラ・カン・カンラ――!!」

 

 疾走する機体の上で立ち上がり両足を強く踏み締めたビャクアが片手で退魔の印を結ぶと両腕でしっかりと大筒を構える。神通力と呼ばれる超常の力が漲っていくのだろうか拳大の銃口には光が風と共に収束していく。

 

「退魔覆滅技法――烈風葬破!!」

『イギャアアアアアァァァッ!?』

 

 左腕の痛みも物ともせずにビャクアが撃ち放った大筒からの光の大奔流が炸裂する。

 激しい螺旋を描いて発射された光の矢のような光破はバケカミナを硬い殻ごと容易く撃ち抜いて爆散させた。

 

「これにて、落着です」

「ゥ押忍! お疲れさまッした!!」

「えっ、は、はい……おつかれさまです」

 

 戦いの終わりを告げる彼女の言葉にテンションがハイになったままのボクが西条たちと一緒にいるようなノリと勢いで叫んでしまったところ、望月さんは律義に大筒を構えたまま小さく頭を下げてくれた。男子高校生のバカみないなノリに付き合わせてしまって、ちょっとだけ申し訳ないと思う。

 

「うわ……赤い空が砕けていく?」

「発生源である化神が倒れましたからね。もう少しすれば元の世界に戻れますよ」

「そうなんだ。帰る方法がシンプルで良かったよ」

「暗天に取り込まれるのは私も三度目ですし、御守衆もまだ全貌を把握しているわけじゃないのでなにが起きるかは油断できませんけどね」

「え、縁起でも無いこと言わないでもらってもいいですか望月さん?」

「おや? 怖いもの知らずの永春くんにしては珍しいですね」

 

 珍しく普段よりもお喋りでおどけたことをよく言う彼女に驚かされながら、ボクらは無事に現実世界に帰還することが出来たのは言うまでもない。

 

 

 

「今日はいつも以上にお世話になりました」

「あの、腕……大丈夫なの? 病院行ったほうがいいんじゃない?」

「怨面のお陰で装士は傷の治りも早いんですよ。私の方こそ、ハンカチをダメにしてしまってごめんなさい」

 

 戦いの後、ボクは六角モータースに再び連れていかれて共犯者である安さんと共に光姫さんから軽いお説教を食らうことになった。一応今回は安さんが主犯というわけですぐに解放されたわけだけど。

 そして、バイト先へ戻ろうとしたところで見送りにきてくれた望月さんと二人きりになり、ぽつりぽつりと取りとめのないやり取りを交わしていたのだけれど。

 

「あのさ、望月さん……出過ぎた真似だとは思うけど、そのボクなりに頑張って足を引っ張らないようにするから御守衆としての望月さんにも関わらせてもらえないかな?」

 

 光姫さんから聞かされた彼女の過去と怨面の秘密。

 安さんから聞かされて、頼まれた彼女を取り巻く人々の思い。

 何よりもボク自身の望月沙夜というクラスメートへの明確に言葉には出来ないが何か力になってあげたいと言う想いからでた我儘をボクは彼女に伝えた。

 

「見届けたいんだ。御守衆の時の望月さんのことも忘れない自分だからこそ……みんなのために頑張ってる君をちゃんと覚えて、できたら力になりたい」

 

 湧き出る泉のように気持ちだけが先走る熱情をなんとか言葉にして彼女に話してみたが返答はない。心苦しい沈黙が続くけど、ボクは負けずに彼女を見た。前髪に隠れた彼女の眼と視線を合わせるつもりで。

 

「……なまえ」

「え?」

「名前で呼んでくれるのなら、その、いいですよ」

 

 夕焼け空に吹く風で消えそうな小さな声で彼女はボクの我儘への返事をくれた。

 

「私は君のこと名前で呼んでいるのに、永春くんは私のことずっと名字でしか呼んでくれないのは他人行儀でなんだか落ち着きませんので。それが条件です」

 

 前髪、風に浮いて――嬉しさと躊躇いが混ざったような紫色をした瞳がボクのことを見ていた。真っ直ぐに、真っ直ぐに見ていてくれた。

 

「えっと……本当にそんな条件で良いの? もち……じゃない。さ……さー」

 

 なんだろう。意識したら急に舌が上手く回らないと言うか緊張して言い淀んでしまうと言うか……知り合った頃から名字も合わせて綺麗な名前だなってずっと思っていて、声に出して呼んでみたいって密かに思っていたはずなのに口元が強張ってしまう。

 こんな時ばかり、彼女の視線を強く感じる。

 沢山の穢れや醜い怪物たちを多く見ながら、輝き決して濁らない澄んだ瞳がじっと自分を見つめているのが分かってしまう。嬉しいけど、恥ずかしい。だけど、ここで気合なり勇気なり、男気ってものを見せなければ変えたい何かも変えられない。

 

「これからもお願いします……さ、沙夜さん」

「……こちらこそ、頼りない不束者ですがお願いします。永春くん」

 

 まだ少し冷たい爽やかな風の中で沙夜さんははにかんだように微笑んでいた。

 この名前呼びがボクと彼女は対等の協力者だという印であるのだとしたら、こんなに嬉しいことはないと思う。

 今日ボクは踏み込んでいいのかまだ正解も分からない領域に一歩足を踏み込んだ。そうしたことで自分の知らない世界に触れた。何よりもみんなを守るために何時だって頑張っている沙夜さんのカッコいいだけじゃない色々な一面も。

 だからこそ、日々を何となく生きていたボクは願うんだ。

強くて、弱い彼女の戦いの日々に少しでも力を貸してあげたいと――ボク自身の願いとして。

 

 

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