・宇宙歴5501年 夏
……ソワソワ。
バフィ、そろそろかな?
「もうちょっとですぅ。えっと、ここの部分はこうして……」
ドキドキ。
「終わったですぅ!」
おお!
とうとう、初めての研究が完了した。
長かったなぁ、ここまで。
思い返せば、宇宙船を建造できることを知ったのも、もう1年も前になるのか。
毎日を生き延びるだけで精いっぱいだったのに、ついにここまでの科学力を得られるとは。
かなり感動している。俺たちは、着実に前進しているんだなぁ。
『まあ、人工知能であるワタシと比べれば、ゴミのような技術ですが』
それでも、俺たちにとっては大きな進歩ですよ。
これで、本格的に電化に向けて動き出すことができる。すんごい。
『まあ、バッテリーなど、しょせん地球歴という中世の産物。ワタシからするとオモチャの範囲ですが』
どうして電池と張り合おうとしてるの、この人工知能。
「カサバルさん、バッテリーよりアイちゃんの方がすごいですぅ。バフィ、おしゃべりできる機械なんて、今まで見たことないですぅ」
『そうでしょう、そうでしょう』
ご満悦。
ん? アイちゃん?
「人工知能だと、かわいくないですから。バフィ、そう呼ぶことにしたですぅ。ね、アイちゃん」
ああ。AIだから、アイちゃん。
『名前など必要ないと、申し上げたのですが。ワタシは、技術の粋を極めた、唯一にして至高の存在。有象無象のテクノロジーとの区別など、無用です』
あんなにポンコツさらしといて、その自己意識を保てるのはすごいな。
『対象、全裸セラピスト。体内の自爆装置の起動まで、3、2――』
アイちゃん、サイコー!
もう、存在自体がミラクルって感じッ。
『そうでしょう、そうでしょう』
ご満悦。
「やっと研究が終わったですぅ」
お疲れ様、バフィ。
んじゃ、次は太陽光発電をお願いね。
「え?」
いやー、風力発電だけだと、風の吹かない時に困るからね。
太陽光でも電気が得られれば、電力供給はもっと安定するよ。
「カサバルさん。バフィ、研究よりも動物の世話がしたいですぅ。もう部屋に閉じこもってばかりは、嫌ですぅ」
そう言われてもなぁ。
ウサイヌの調教は最低限終わってるし、他に手なづけたい動物もいないし。あまり無計画にペットを増やすと、食料が足りなくなる。
もうすぐ夏も終わるし、研究はできるだけ進めておきたいんだ。
他に頼める人もいないんだ。がんばっておくれ、バフィ。
「……ですぅ」
さて、今日も畑の世話だ。
研究をしてくれているバフィのためにも、もっと食料を育てるぞ。
『本当に、アナタは栽培スキルだけはすばらしいですね。実験体の中でもトップクラスです』
そんな人材を、砂漠や雪原に放り出すチョイスよ。
でも、花の世話とかするのは好きなんだよなぁ。なんか、心が晴れる。
『情熱を持っている分野ということですね。心情にプラスの影響を与えます。しかし、危険ですね』
危険って、何がですか。
『回虫の治療もあって、アナタのメンタルは改善しました。ですが、あまり浮かれていられる事態ではないということです』
ふえ?
「カサバル、サン」
あ、バフィ。
今は研究の時間だよね。何かあったの?
「カサバルサンノ……」
ん?
「アホー。マヌケー」
……。
…………。
バフィが急にグレたぁ!?
人の悪口を言っちゃダメでしょ! お母さん、そんな子に育てた覚えはありませんからね!
『なぜ母親なのでしょう。それはさておき、こちらをご覧ください』
この画像は?
『ケモロリジャンキーの心情を解析したものです。最近の彼女は、かなり心情が低下していました。ドラッグへの飽くなき情熱に、身を焦がしていたのです』
ひっどい理由。
それで、こんな低レベルな悪口を連発してるのね。
『加えて、彼女は研究に情熱を持っていませんから。趣味嗜好と作業内容が嚙み合っておらず、影響を与えています』
なるほど。
まあ、こんな悪口ぐらい、かわいいもんだ。殺人衝動とか起こされても困るし。
こんなメンタルブレイクもあるんですね。
『甘く見ない方がいいですよ。罵倒された者の心情も悪化し、人間関係にヒビが入りかねません』
いくら俺でも、子供の言うことなんて真に受けませんよ。
「モヤシー。ゼンラー」
うん、そうだね。
「あと、その髪型、似合ってません。ポニーテールが許されるのは、イケメンだけです。いい歳なんですから、もっと自分を客観視してください」
ガフゥッ!
『クリティカルヒット』
……心の中で、あんなこと思ってたんだ。いつもニコニコして一緒に遊んでるのに。
あんなマジトーンで言わなくてもいいじゃない。
『思いっきり、引きずってますね』
ああ、メンタルブレイク舐めてました。
たしかにこんなことが頻発したら、生活なんてできませんね。
『今回はマシな方です。もし襲撃中に発狂すれば、終わりですよ』
ハイ。
しかし、どうすればいいんです?
『暮らしの質を向上させるしかありません。高価な家具を用意したり、おいしい食事を食べさせたり。あとは、上質な娯楽を提供するのも効果的ですね』
なるほど。
『物資の不足している現状では、困難かと思いますが』
フッフッフ。
ところが、どっこい。
実は、もうすぐ手に入るんですよね。ネオ・サラゴサ町の生活をグレードアップさせる、秘密兵器が!
『秘密兵器?』
・宇宙歴5501年 秋
ヤッター、大収穫だぁ!
『なるほど。春の終わりにコッソリ植えていた植物は、タケですか』
その通り。
不足している木材の代わりに使おうと、栽培していたんですよ。
もし冬までに電化が間に合わなければ、焚火にくべて寒さを防げる。焚火に使う必要がなければ、建材として拠点の拡張に利用できる。
石材と比べて、加工も簡単ですからね。これなら家具も施設も素早く用意できますよ。
『なんと。アナタが、こんな手段を思いつくとは。雨か雪でも降るのではないでしょうか』
降ってたまるか。
とにかく、これで生活も豊かになるはずだ。拠点で研究してくれてるバフィにも、教えてあげないと。
ん?
なんだか、急に周りが薄暗くなってきたような。
なんだ!? 急に霧が立ち込めてきた。
『おや、これは……』
うわー、どこもかしこも真っ白だ。すごいな。
『呑気に構えている場合ではありません。早急に屋内へ退避することを推奨します』
なんで? ただの霧でしょ。
『違います。これは“ミスト”。RimWorldの住民たちからは、“宇宙からの霧”とも呼ばれ、恐れられています』
そんな大げさな。
でも、たしかに視界が悪くて面倒だな。
ええっと。さっき収穫したタケはどこに置いたっけ。
「■■■■」
あ、どうも。すみませんね、わざわざ手渡してもらって。
…………。
イヤァアアアアアア、ナンカイルー!
『ミストの発生と共に現れる、組織でも正体をつかめていない生物です。それよりも、あまり大声を出さないでください』
お、音に反応して襲ってくるんですか?
『驚いて逃げ出してしまったら、どうするのです。貴重な観測対象なのですよ』
俺の命が尊重されない。今さらだけど。
『心配しなくても、人間を襲うことはありません。ただ霧の中をうろつくだけです。ミストが過ぎ去れば、自然と消滅します』
そ、そうなの? たしかに、俺のこと無視して、フラフラ歩き回ってるけど。
うぅん。なんか、物音からして、一匹だけじゃないな。けっこうな数がウロチョロしてるみたい。
『ああ。霧に遮られて、詳細な映像が取れません。アナタ、一匹捕まえてください』
人命軽視もいい加減にしろ。
いくら無害でも、こっちから干渉したくなんてない。
ん?
無害な存在なら、どうして恐れられているんですか?
『それはですね――』
ア、レ?
なンだか、変な声がすル。
俺の、ア、たまの中カら……。フルー、と、の音色トいっしョ、に。
……■ァ、イア。
カサバルさーん、どこですぅ!
『おや、この声は』
あ、アイちゃん!
どうして、畑の中に落ちてるですぅ?
『少し事情がありまして』
そんなことより、大変ですぅッ。気がついたら、拠点の周りにミストが発生してるじゃないですか。
カサバルさん、きっと知らないですぅ。ミストの中にずっといると、頭が変になっちゃうって。教えてあげないとですぅ。
『そのことでしたら……。おや、ミストが終わりましたね』
あ、長引かなくてよかったですぅ。
『ところで、全裸セラピストなら無事ですよ』
ホントですか!
『はい。彼なら、さきほどから――』
『あのように、大自然をサンバのリズムで練り歩いています』
「ヒィィィヤッフゥゥゥ!」
ハチャメチャに混乱してるですぅ!?
『お待ちなさい。元から、全裸でサンバを踊るのが趣味という可能性もあります』
バフィ、そんな趣味の人と1年も生活してたの、嫌ですぅ。たしかに本人は楽しそうですけど。
『全裸セラピストのことは、放っておきなさい。踊り疲れたら、自然と正気に戻るでしょう』
そ、そうですね。
それじゃあ、バフィは研究に戻るですぅ。
「わぁい。かわいいワンちゃんと踊るぞぉ!」
え、ワンちゃん?
オオカミに襲われてるですぅ!
『完全に捕食対象になっていますね。早急に救助しなくては』
い、いつまでこんな生活が続くですかぁ!?
Modのラヴクラフト御大、入植者を探索者にする勢いでイベントを入れてくる。ただ、ミストは処理がホントに重くなるのでやめてください。ウチのPCは限界なんです。