・宇宙歴5501年 秋
『本部へ報告。
ツンドラの地に全裸セラピストたちを投下してから、半年以上が経過しました。
組織の一部からは成果を疑問視する声もありましたが、彼らの予想に反し、全裸セラピストはゴキブリ並みの生命力でサバイバルを継続しています。
――はい、おっしゃる通り、全裸セラピストたちに関しては、実験はこれからが本番です。
晩秋の時点で、ツンドラの外気温は-10℃です。本格的な冬を迎えれば、最低気温は-30℃にまで低下し、豪雪が大地を埋め尽くすでしょう。
これまでの実験体たちの命を奪い尽くした、白銀の地獄が始まろうとしています。
この極限の環境を彼らが生き残れば、それは我々の計画にとっても貴重なデータとなるでしょう。
ワタシの計算によると、彼らが今年の冬を生存する確率は――――』
おーい。もしもーし?
キャラバンが来たよー。
『――――』
…………おかしいな。キャラバンが来たら、必ず教えるようにしつこく言ってたのに。
この人工知能、さっきからタブレットに呼びかけてるのに、ちっとも応答しない。
キャラバンはレモンに対応してもらってるけど、そろそろ帰っちゃうぞ。
……ふむ。
やーい、ポンコツ! 回路スカスカ、廃品寸前のオンボロAI!
『――――』
反応なし。これは、ホントに壊れたかな。
まあ、元から正常なのか怪しいところあったしなぁ。しかたないかも。
何度も電気ショック浴びせられたし、いい気味だ。このタブレット、今後は皿として使ってやろ。
『――――ふぅ。想定以上に、本部との会議が長引きましたね』
ああ、アイちゃん!
さっきから呼んでるのに、何も言ってくれないんだから。心配してたよ!
『心配? アナタが?』
うん!
『本当でしょうか。少し、過去のログを参照してみましょう』
そ、そんなことより!
俺、アイちゃんという宇宙最高のテクノロジー様に、申し上げることがあって!
『ほう。サル並みの知能しかないアナタも、ようやくワタシの真価が理解できたようですね』
うん!
『それで、何でしょうか』
今、拠点に……。
「た、隊長」
あ、レモン。どうしたの?
「ピィイイイイ! 怖いであります、隊長!」
イヤァアア!?
泣きながら抱き着いてこないでッ。腰に鼻水がァ!?
何がそんなに怖いのさ!
「グス……。さっき、恐ろしい話を聞いたのであります」
恐ろしい話?
「チュッ! なんでも、この近くに恐怖の蛮族が住み着いているらしいのであります」
えッ。
ネオ・サラゴサ町の近くに、そんなヤツらがいたの!?
「そうであります。なんでも、その蛮族は崩れかけの廃墟を根城としていて」
ほう。
「オサである全裸の野人が、おぞましいカルトを信仰しているのであります。食人の虫を守り神として崇め、生贄を捧げているとか」
ふむ。
「おまけに、『オクスリィイイ!』という少女の叫び声が絶えないそうであります。きっと、さらって来た生贄をドラッグ漬けにしているのであります」
コワイ。
でも、大丈夫。何があっても、俺がバフィとレモンを守ってあげるから。
「た、隊長ッ」
さ、安心して。今日はゆっくり休んでね。
「了解であります。では、お先に失礼するのであります」
お疲れさまー。
『……あの、今の蛮族、どう考えてもアナタたt』
さ、お仕事続けよっと。
うぅむ。
それにしても、ひどいデマが流れているものだな。
『それなりに真実も含まれていましたよ』
む、虫に生贄なんて捧げてないし。
『ドラッグ漬けの少女は?』
知らん。勝手になってた。
おまけに、ネオ・サラゴサ町を崩れかけの廃墟だなんて。
こんな夢のマイホーム、RimWorld全部見て回っても、見つかるものじゃないだろうに。
『どうしてこんなウサギ小屋に、そこまで自信を持てるのですか』
ウサギ小屋って言うな。
ストーブがあって凍え死ぬ心配はないし。屋根と壁のおかげで、雨や雪をしのげるし。
ネオ・サラゴサ町にいれば、最低限は死なずに済むんだよ。他に何を望むことがある。
『無限にあるでしょう』
正直、俺だってこのままでいいとは考えてないよ。
それなりに資材も確保できたし、ちょっとずつ拠点に手を加えていくつもりだから。
ん? バフィが走ってくる。
「カサバルさーん。大変ですぅ」
なんだか今日は、みんなドタバタしてるな。
何があったの、バフィ。
「それが、しばらくネオ・サラゴサ町で暮らしたいっていう人が来たんですぅ。テナントさんですぅ」
おお! とうとう初のテナントが来たのか。
『そういえば、以前に募集していましたね。家賃をもらって、この拠点に居候させるのでしたね』
その通り。ただ、お金が俺たちの本当の目的じゃない。
居候中にネオ・サラゴサ町を気に入ってくれれば、俺たちの仲間になってくれるんだ。
いやー、レモンが加わっても、まだまだ人手が足りないからな。このRimWorldで生き残るためにも、どんどん仲間を増やすぞ。
「ですぅ!」
ところで、どんな人だった?
「男の子ですぅ。14歳って言ってたですぅ」
また子供か。
いや、なんにしろ、できるだけの歓迎をしないと。
『気合が入っていますね』
もちろん。
変な対応したら、ますます俺たちの悪評が立つし。
ここは、第一印象が肝心だ。とりあえずはハキハキと挨拶を。
こんにちはー!
「こんにちは」
ようこそ、ネオ・サラゴサ町へ。
若いのに、旅をしてるなんて大変だねぇ。ここではゆっくりしていってね。
「……」
なんだろ。
なんか、変な視線を感じる。やたら俺の全身をジロジロと凝視しているような。
え、気のせい?
「……はぁ」
露骨にガッカリされた!?
「カサバルさん。ほら、もてなすですぅ」
う、うん。そうだね、バフィ。
じゃあ、ネオ・サラゴサ町を案内するよ。
まずはキッチン兼寝室。それから、倉庫兼研究室です。
以上。迷わないように気をつけてね。
『物理的に不可能です』
どう? いい拠点でしょ。
「ちょっと質問いいですか」
いいよ。なんでも質問して。
「トイレが見当たらないんですけど」
ああ、スペースが用意できてなくて。
外に置いてあるから、遠慮なく使ってよ。
「あと、寝室の床が土なんですけど」
それが何か?
「……防壁も何もないんですけど、襲撃者が来たら、どうやって防衛するんですか?」
がんばる!
「それでは、お世話になりました。二度と来るか、こんな地獄みてーなところ」
待ってぇ!? 慣れたら、ここだってそんなに悪くないからァッ。
「すぐに出て行ってしまったであります」
『よほど居住環境に耐えられなかったのでしょう。狭い。部屋が汚い。生き残る未来が見えない。もっとムキムキな男が良かった。などの不満を口にしていました』
最後、なんかおかしくない?
と、言うわけで。
第一回、ネオ・サラゴサ会議を始めます。
今回のテーマは、「そもそも人を呼べるほどの環境を用意できていなかった」というものです。
この問題を解決するために、みんなで意見を出し合いましょう。
『最初に気づきなさい』
まさか、あそこまでボロクソな評価を受けるとは。
地獄とまで言わなくてもいいじゃないのさ。たしかに狭いし、汚いけど。
「あの、隊長。たぶん、狭くて汚いだけなら、我慢してもらえたはずであります」
え、そうなの?
「カサバルさん。RimWorldの人は、生きられさえすれば、多少の不便は気にしていられないですぅ」
たくましい。
それじゃ、一番の問題は……。
「ここにいては危険。そう判断したのであります」
でも、けっこう寝室の汚さとか文句言ってたよ。
「それは、寝室がキッチンを兼ねているからですぅ」
「不衛生な場所での調理は、食中毒の確立を上げるであります。もし自分たちが食中毒の時に敵襲を受けたら、最悪であります。ロクに戦うことすらできないであります」
絶望。
『さらに、拠点があまりに無防備に見えたのでしょうね』
そう言えば、防壁がどうとか言ってたな。
「バフィたちの拠点は、周囲を防壁で囲んでいたですぅ」
「それで拠点の破壊を防ぐと同時に、敵の進むコースを限定するのであります。土嚢やバリケードなどを配置して、有利な状況で戦うのであります」
そうなんだ。
改めて説明されると、ネオ・サラゴサ町って、いつ全滅してもおかしくないような状況だったんだ。地獄かよ。
こうしちゃいられないぞ。
問題点が浮き彫りになった以上、少しでも早くなんとかしないと。
『具体的には?』
……何すればいいんだろう。
『無策ですか』
しかたないでしょ。
俺はただのアロマセラピストなの! そんな知識求めないでよッ。
『逆ギレはやめなさい。アナタに分からないなら、分かるものに聞けばよいでしょう』
え?
「隊長。防衛については、自分に任せてほしいであります。これでも軍人の子供であります」
レモン。
「バフィも、キャラバンでいろんなコロニーを見てきたですぅ。それを参考に考えるですぅ」
バフィ。
そうか。バフィもレモンも、それぞれの仕事のスペシャリストなんだ。
俺たち3人で助け合えば、きっと解決できる。
よし! 頼んだよ、2人とも!
「ですぅ!」
「了解であります!」
それじゃあ、拠点の改修は任せるね。
その間に、俺はッ。
…………俺は。
アロマセラピストとして、リラックスできるアロマでも焚こう。
『不要ですので、おとなしく雑用をしていなさい』
・宇宙歴5501年 冬
で、できたぁ! ネオ・サラゴサ町改修プロジェクト、完了だ!
『ようやくですか。すっかり冬に突入してしまいました』
フッフッフ。たしかに、時間はかかった。
それでも、この生まれ変わったネオ・サラゴサ町を見れば、きっと腰が抜けるでしょう。
『ワタシに腰はありません』
そこでマジレスしないで。
とにかく!
これが、生まれ変わったネオ・サラゴサ町だ!
なんということでしょう。
以前は地面そのままだった寝室兼キッチンの床は、今では、真新しいタタミに覆われています。
優しい色合いと香りで住民を安らげつつ、キッチンの清潔さを確保。心情と衛生に配慮した、匠の技が光ります。
ドアを開ければ、もうそこには荒涼としたツンドラの景色も、雪交じりの暴風も存在しません。なんと、一面が防壁でカバーされているではありませんか。
寒さと襲撃にノーガードだったネオ・サラゴサ町は、もうありません。敵襲を防ぎつつ、空気の層を設けることで、保温性に優れた楽園へと生まれ変わったのです。
『……え、これだけ?』
なんてこと言うんだ!
『しかし、 以前がこれですよ。
なんです。アハ体験でもさせるつもりですか。
それに、いくらなんでも防壁が狭すぎるでしょう。拠点を広げる時、どうするのです』
んもぅ。分かってないなぁ、アイちゃんは。
『電気ショックが嫌なら、早く言いなさい。今、かつてないほどに、回路に負荷がかかっています』
こ、この防壁は将来的に通路として使うんだよ。隣接して部屋を増築していって。
どっちみち、今は広範囲に防壁を張るのは無理だから。いずれは寝室から拠点各所への移動を、スムーズにするための配置というわけ。
『なるほど。それなら、理解できなくもありません。さすがですね、子供たちは』
「えへへー、褒められたですぅ」
「で、あります」
どうして俺を除いたの。まあ、2人のアイデアなんだけどさ。
とにかく、前よりはよほどマシになったでしょ。
『たしかに、何もしないよりはマシでしょう。改悪にならなかっただけ、及第点かと』
相変わらず、すっごい上から目線。
「これで、テナント殿にも少しは安心してもらえるであります」
「この前みたいにキャラバンが来ても、廃墟なんて言われないですぅ」
そうだね。
『ちょっとお待ちなさい。最近、キャラバンが来ていたのですか?』
うん。
『なぜ教えなかったのです。流通している資料を見たいので、教えるように言ったではありませんか』
だって、あの時、アイちゃんがいくら呼んでも反応しなかったから。
『本当でしょうね。忘れていただけではありませんか?』
本当だって。そんなに疑うなら、過去の会話ログ見て確認してよ。
……。
…………。
あッ。
『…………』
…………。
誤解なんだよ、アイちゃん。
けっして本心からポンコツだのなんだの罵倒していたんじゃないんだ。
だから、電気ショックはやメェアアアアアアア!?
リムワールド、Ver1.4が出ましたね。
数話前に、Ver1.3がどうとか書いてたばっかりなのに。時が流れるのは早い(超遅筆)